8月15日 土曜
このシーズンの土日。それはもう道路が混むわ混むわ。理由は簡単、お盆のシーズンだから、どこもかしこもお墓参りに行くのである。それは国広家も例外ではなく―――――――――さらに従妹の有希の家族、天海家も交えての墓参りに来ている。国広家は俺の祖父母。有希は祖父母と“両親”の。毎年この日の有希は、今までのハイテンションぶりと打って変わって、借りてきた猫のように大人しくなっている。もっとも、年々せわしなさは取り戻しつつあるのだが。
「さあて、昼の時間だし、飯にしよう。近くの店を予約しているんだ。」
俺の父親は腕時計を見た後、俺らに対してそう言った。みんな首を縦に振る。考えることは同じであろう。はじめに言葉を発したのは母であった。
「ええそうね、じゃあ行こうかしら。遼、有希を連れてきてちょうだい。」
「ああ、わかったよ。」
おとなしさに加えて、この時の有希の特徴としては、参りが終わると決まって一人になりたがる。毎年のことなので周りも重々承知していて、ふらっといなくなりそうなのを見かけると、それをあえて見過ごして、墓の近くにあるベンチに腰を下ろし、近況報告などで時間を潰すのだ。特に、両親が海外勤務になってからはこの時期まで家を空けていることが大抵なので話題には事欠かない。もっとも、それ以来は疎遠になりつつあるので話が続くかどうかは別の問題だが。―――――――それでまあ、20分くらいかそれ以上経った後、俺が連れ戻してくるという流れが定型化していた。・・・・・・有希を連れ戻すって言ったって、そもそもどこにいるのか、と問いたくなるが、決まっている。俺は確信を持って、有希の場所へ行くために石段を登った。
この墓地は数多くの墓を抱える程広々としている。そのためかは知らないが、墓地一面を眺めることができる見晴台みたいな場所があるのだ。有希はその見晴台から、手すりに手をかけて遠くの山を見ていた。今日、有希の髪はいつものサイドテールではなく、下ろしていた。なので、風は横から吹いてきたとき、有希の髪は派手にたなびいた。
俺の足音に気がついたのか、有希は振り向いて、俺と目が合うとすぐ視線をそらし、再び遠くの山を眺めた。
「―――――――――もう行く時間?わかったよ。」
そういうが―――――有希は微動だにせず、遠くの山を見ていた。
「・・・・・・私の両親、山が好きだったんだよなあ・・・・・・」
「・・・・・・有希は山をどう思うの?」
「兄さん、それ聞く?」
有希は初めてこちらに振り返った。瞬間、風が横殴りに吹いたが、スカートを抑えようともせずきっと俺を見据えた。その顔は悲哀に満ち、一歩間違えれば泣き出してしまいそうな、まるでひびの入ったガラス玉のような―――――そんな感じだった。
「両親の殺された場所を好む人なんて、誰もいないでしょ?」
有希の両親は登山が好きで、休暇はよく山に登っていた。それに付き合わされる形で、有希も登っていた。その頃は、有希は山が好きであった。
けれど、有希が小学6年生の頃の夏、事件は起こった。
とある休日、有希の両親は今までに登ったことのない山を登ってみようと思い立ち、有名ではないマイナーな山へ行こうとしていた。その時有希は好きなアーティストのコンサートに行く予定だったので、有希は山には行かなかった。加えて、人が登っていいような山なのかさえわからない山になんて流石に登りたくなかった。有希がコンサートから戻ってくると、いつものように母親が有希を玄関で迎えるーーーなんてことはなく、家はがらんどうであった。もう夕方だし、夜には帰るだろう、そう思っていたのだな、玄関のベルは10時を過ぎてもなることはなく、さすがに不審に思った有希は、知り合い各所に連絡した。「私の親がそちらへ訪れていませんか」と。けれど、全て空振り。叔父さんは警察に連絡して、その日から有希の両親の捜索が始まった。両親と思しき人が見つかったと連絡が入ったのは翌日の朝。警察と電話で連絡を取っている叔父さんの話をちらちらと聞いていた有希は安堵の溜息を吐いていたが、叔父さんの顔は晴れるどころか沈み。電話が終わると、叔父さんは何も言わず有希を見つめた。その時の眼は、とてもみれたものじゃなかった。その光景は今でも脳裏に焼き付いて、思い出そうと思えば鮮明に思い出せる。けれど、思い出したくもない。両親が亡くなったことを告げなくちゃいけなかった叔父の気持ちを嫌でも考えてしまうから。
事件は実に不可解で、父親は上半身の遺体が見つからなく、下半身は発見されたのだが、その傷口はまるで大きな斧で両断したとしかおもえないように綺麗なものだった。けれど、そんな斧はおろか、凶器と思しきものは見つからなかった。次に母親、母親も不可解で、ナイフが胸元に刺さったまま、仰向けに倒れていたのだ。ナイフで刺されていたということは、誰かに襲われたことを意味する。殺人だ。
ナイフで刺した人はほどなくして見つかった。もっとも、その人は"死体"としてだが。事件が起きた晩、その山の近くの電車のホームで、人身事故があったらしい。体はぐちゃぐちゃに潰れていて、辛うじて残っていた右手の指紋を採取して、ナイフについていた指紋と照らし合わせてみたら一致したという。つまり犯人は有希の両親を殺し、そのあと自殺をしたということだ。・・・・・・なんとも勝手な話である。殺すだけ殺して、用が済んだら自殺だなんて。そもそも、どうして山の中で殺人事件が起こるだろう。母親へ用いた凶器と死因はわかる。けれど父親の死はどう説明付けることができるだろうか。・・・・・・・・・ほんとうに、ほんとうに不可解で、凄惨な話だ。この事件のせいで、天海家の血筋を受け継いでいるのは有希だけになってしまった。
この事件が起きてからしばらく、有希はずっと沈んだままで、今日のような状態が常であった。あの天真爛漫さはうそのようで、学校にも行けていなかった。当時の静乃とはまた違った影を見せていた。あのときのあいつは破滅という言葉が適していたが、有希は絶望という言葉で表すのが適当であったろう。
誰が有希を養うか、もしくは養子に出すかという話が家族会議で起こった。俺の家は当時は決して裕福とは言えず、もう一人を養うのは辛いものがあった。そんな時、名乗りを上げたのが俺の叔父である国広与一である。彼は独身で子供がいなく、けれど子供を欲しいと思っていた。これならみんな幸せな結果なんじゃないかと、叔父は力説していた。まわりの親戚たちも、正直この案しかないと思っていた。当人の有希は、それが運命なんだと諦め混じり、その好意を受け入れた。
叔父さんや俺ら家族の懸命な努力により、有希は徐徐に元気を取り戻し、現在のようにハイテンションな彼女に戻った。これが、凄惨な事件が引き起こした悲劇の閉幕である。
「私は母を殺した男を許せない。できることなら、その男に詰め寄って、問いただしたい。どうしてそんな事をしたのかって。けれど、その男は死んでしまった。だからせめて、その男の親族にあって、その人はどんな人だったのか聞きたい。けれど、それも叶わない。それがとても、悔しいよ・・・・・・」
有希は手すりによしかかりながら、空を見上げてそう言った。・・・・・・そう、この殺人犯、身元が全く分からなかった。どんなにぐちゃぐちゃになっていたとしても、どこの誰かはわかるはず。けれど、全くもって分からなかった。それも不可解だった。
また、このことは週刊誌にも取り上げられた。ゴシップだらけの記事だが、ふと気になることを書いているものがあった。なんと、事件当日、とある身元不明の女の子が警察署に預けられていたそうである。娘を持つ父親が、娘を警察に預けて犯行に及んだのではないか、なんてことが書かれていたが、ほんとかどうかは知ったことではない。それに、その女の子が誰かもわかっていないのだ。もしその女の子がわかれば、事件の真相がわかりそうだが、記事によると記憶喪失で何も覚えてないらしい。都合のいい設定だな、なんて思って、その週刊誌を当時はすぐごみ箱にぶち込んだ。
大きく伸びをした後、ぱんっと自分の頬を両手で叩いた。その時の有希の顔は少し赤くなっていたが、さっきまでの悲哀に満ちた顔ではなく、いつものハイテンションの有希の顔であった。
「・・・・・・よし。落ち着いた。もう大丈夫!さ、帰るよ。私についてきて!」
有希は元気よく石段を下りて行った。・・・・・・いや、あいつ俺らの車の場所知らんだろ・・・・・・
石段を下りると、有希は腕組みしてそこに立っていた。
「なにやってんだか。・・・・・・まあいいさ。俺についてこい。」
俺は自分たちの車のあるほうへ足を向けた。その後ろに有希を引き連れて。