放課後になり、約束の時間が近づいてきた。
全員で集まっていくかと思いきや、神前は場所の確保のために先に出たらしい。俺はその事実を刹那から聞かされた。女性陣は先に行ってもらった。というのも、ハムと刹那を初めから一緒にいさせてやるのは流石に刹那が嫌かなって思ってのことである。やっぱりサプライズが一番だと。
「そこまでするほど楽しみにしてるってことだよな・・・」
あらためて神前の静乃へかける思いを知る。夏休み中静乃と出かけた時に出くわしたあいつは、内心バクバクだったということか。そして俺の付き合ってるわけじゃないって言葉に安心して、今回の行動に踏み切ったわけだ。
・・・・・・・得体の知れない不快感が身を襲う。なぜ不快に思うのか。静乃は俺の彼女じゃない。俺のものじゃない。他の男が仲良くする分には、なんの問題もない。俺に口出す権利なんて・・・・・・ないはずなのに・・・・・・。
「国広、準備はいいか?」
久しぶりに会ったハムは、少し変わっていた。俺をあだ名で呼ばなくなっており、仮面もつけてない。それこそ、毒素が抜けきっていたというか、痛々しさが抜けていた。劇っぽい喋り方はそのままなんだけど、痛い男から暑苦しい男へと変わっていた。なにが彼をそうさせたのか。理由を聞くと「自分の望みより、少年の望みだ・・・」とのこと。刹那への本格的なアプローチを試みるそうだ。それほどまでに、会えない時間が辛かったらしい。ちなみに、そんなもんだから、その日のうちに声かけたのにもかかわらず二つ返事で今日のことを了承してくれた。刹那をダシにしたら一瞬で食いついた。ここは変わってなかった。
そんなハムは、わざわざ俺の教室の前に来て、俺が出てくるのを待っていた。
「ああ。わかってるよ。わかってるけど・・・」
煮え切らない思いが体の奥底から消えてなくならない。約束したことだ。行かなくちゃいけない。これは俺の義務なんだ。だけど・・・・・・
俺はその場から動こうとした。けど、足が凍ってしまったように動かなかった。動けなかった。
「・・・・・・国広?――――――――――――――――なに、私の方から話をしておこう。今日はもう休んだほうがいい。」
ハムは、俺の体調が悪いと思ったのか。そんな気遣いをしてきた。その言葉に俺は――――――――
「・・・・・・あいつらには、ごめんと伝えてくれ。俺がいないと話が盛り上がらないかもしれない。申し訳ない・・・・・・」
「何を言っているんだ。それくらいの大役、お前の手を借りずとも私がこなしてみせよう。」
そういうとハムは、俺を置いて先に進んでいった。振り返らず、手を振って別れを告げるその姿に俺は救われた気持ちになった。
待ち望んだ言葉だった。やらなくちゃいけないこと、俺の義務。すべきことは、理由をつければしなくても良いことになる。もっとも、その理由をでっち上げるのは良心が痛むが、ハムが勘違いをしてくれたおかげで、それは真実となる。
足はもう思うように動かせた。氷は溶けた。溶かしたのは、安心感によるものか。
・・・・・・なぜ、俺は安心している?本当、どうなってんだ俺は・・・・・・
ハムが見えなくなってすぐ、安心感が押し寄せると同時に、倦怠感が俺を襲う。ハムのいう体調不良は、あながち間違いじゃ無いかもしれない。俺は動くようになった足を保健室へと向けた。今学校を出たら色々な人に鉢合わせることになる。都合が良かった。
保健室のある一階へと向かう。すると、ちょうど教室掃除のゴミ出しだろうか、それから戻る柄谷を発見した。
「国広先輩お久しぶりです。リアルで会うのは有希ちゃんと遊んだ時以来ですね。」
柄谷は一旦足を止めて、俺に挨拶してくれた。わざわざそこまでするなんて律儀だと思い、少し嬉しくなったけれど、体内の不快感を拭うほどではなかった。
「おう、久しぶりだな・・・・・・。」
俺が気の抜けた返事をすると、異変に気付いたのか
「・・・・・・なんか、体調ビミョーっぽいです?風邪でも引きました?夏バテですか?」
「あーうん、風邪かも・・・ちょっと体調悪くて、少し保健室で横になろうかと思って。」
「今からですか?それならさっさと帰った方がいいんじゃないですか?」
柄谷の意見も最もであろう。正当に残る理由がない。今出ると気まずいからって理由は、通らないだろうな…
柄谷の至極真っ当な意見に返事をできないでいると、保健室横の職員室から怜が出てくるのが見えた。目と目があうと、ひらひらと手を振りながらこちらへ向かってきた。
「あれ遼、こっちは玄関じゃないわよ。今日神前君だっけ?彼に呼ばれてるんでしょ?なんでこんなところに?」
「それはこっちのセリフだよ。なんでまた職員室なんかに行ってたんだ?」
「ああえっと、実力テストの物理の解答で先生がわからなかったところがあるみたいで、教えてあげたのよ。」
さらりとすごいこと言ってるなコイツ。あれか?物理教師のさらに上を取りに行くとか、もうコイツが授業したらいいんじゃないか?千歳先生もつらいだろうな…
「で、遼はどうしてここに?」
俺が曖昧な返事でいなそうとしたが、怜にはまったく退く気配がない。あたふたしてるところ
「風邪なので、保健室に行くみたいですよ?不思議ですよね。もう放課後ですし帰った方がいいと思うのに。」
横から柄谷が説明してくれた。もちろんそれは嘘。行きたくないっていう気持ちが強くて、体調なんか悪くなってない。頼むからこれで納得してくれ。
そんな浅い俺の考えは、天才の怜にはお見通しなのか、確信を持って否定してきた。
「遼が風邪?ないない。だってあなた病気にならないでしょ。」
けらけらと笑う怜。さしもの俺も少しイライラするが、風邪は嘘なのでなにも言えない。
にしてもあれだな。馬鹿は風邪ひかないってか?随分とまあ見下した発言なことだ…
俺は彼女を無視して、保健室へ入った。俺を引き止める声が聞こえてきたが、無視した。静乃のことといい、怜といい、心をかき乱す事態を、頭の中から消し去りたかった。
「・・・・・・なに、私そんなに彼の逆鱗に触れていたの?」
「ええとその・・・どうなんでしょうね…。私も正直、そこまで怒るようなことを言ったのかと言われたら・・・」
遼が保健室に入って行った後、私たちはこの事案について考えていた。位置的にも心情的にも、置いてけぼりだ。
「でも、体調悪そうなのはほんとでしたよ。まあその、オーラ的に?」
「オーラって・・・。うーん、どうなんだろう。心が参ってるのかしら。そんなに心を悩ませることかなアレって・・・・・・」
まあ、嫌っていう遼の尻を無理やり叩いて向かわせるのも酷だろうし、諦めよう。リミットまではまだまだ時間がある。なにも今回だけが大切なわけじゃないし。
私は残念な気持ちを抱えながら、玄関へと向かった。もし遼が行くのであれば、会話の援護射撃しについて行こうかと思ったけれど・・・・・・しょうがないよね。
もし、現実がゲームのようにセーブ&リセットを繰り返せるのなら、ここはセーブポイントだったろう。
私も、そして遼にとっても、誤った選択をしてしまった。
この行動が、後の重大事件につながるとは、誰が予測つくだろうか・・・・・・