静乃に関する続報がないから、当然6時間目の授業も全然集中できなかった。続報が来たのは帰りのSHR。東雲先生が言うことには気を失った理由は判明していないものの、命に別状はないとのこと。一安心する一方、理由不明の失神により気味の悪さは体から消えていない。早いとこ目を覚ました静乃をみたい。まだ俺は昨日のことを謝ってないんだ。
俺はその日の部活を休んで、刹那、怜、カイジ、そして有希を連れて静乃が搬送された病院へと向かった。カイジは自分が事の発端になってしまったと考え込んでいるのか、終始黙ったままであった。友達が倒れたからって見舞いに行くようなやつではないのだが、事が事なだけ理由はわかる。こんなに深刻そうな顔つきのカイジは生まれて初めてみた。
病院に到着して静乃の病室の前へ来た。別に病気を治療しているわけではないので、一般的な患者が使う病室に彼女はいるらしい。その事実は、多少なりとも安心したし、加えて、静乃の病室は相部屋ではなく個室であったため、騒がしくて人に迷惑をかけるといったことにはならなさそうで、そこは救いだった。6人部屋だったりすると、とてもじゃないがこの人数は入りきらないし・・・
「ここが静乃の病室ですね。」
そう言って刹那は、先陣を切って扉を開けた。
病室にはたった一人、非常に美しい女性が椅子に座っていて本を読んでいた。柔和な雰囲気を漂わせ、こざっぱりとしたメイクに、少し色素の抜けている髪色、髪の毛の先端がちぢれていて、体のラインがあまり出ないようなノースリーブのワンピースを着ていた。しかし、静乃を超えるサイズの胸が激しく自己主張をしている。目は妖艶さを醸し出していて・・・・・・満場一致で幸薄な美女といった評価を付けられるだろう。静乃から毒素を抜いたら、こうなるのかなあ・・・と、そう思わせるくらいには要所要所が静乃と似ているから、さしずめ、静乃の親戚か何かといったところだろう。
俺たちは会釈すると、どうもこんにちはと相手も会釈した。儚くも柔らかい微笑みに心を撃ち抜かれかけた。それくらい美しかった。
「・・・静乃の従姉さんじゃないですか。お久しぶりです。」
刹那はとてとてと先の女性に駆け寄っていった。
「・・・ああ、中河さんですか。お久しぶりです・・・。いったい何年ぶりでしょうかね・・・。」
刹那はどうやら彼女のことを知っているらしい。
………なあ有希、お前は知ってた?
………いえ、初めて見ました。
………ほんと、静乃の従姉なだけあって要所要所が似てるわね……目元とか髪質とか。瞳の色は全然違ったけど。
本当なら、ここで思い出話でも花咲かすんだろう。けれど、少なくとも今はそんな事態ではない。それを嫌でも感じさせるのは、刹那の態度だ。黙りこくって、深刻な顔で眠る静乃に駆け寄って、見つめていた。なんとなく、沈黙が嫌だったのか、無理やりそれを破ろうと、俺の口は動いていた。
「・・・あのー・・・静乃の従姉さんですか?静乃の容態はどうなんでしょうか・・・?」
「ええと、ワタシも来てからそう時間は経っていないのですが、ずっと寝たきりなんです。お医者さんからも、その程度の話しかされていなくて・・・」
「そうですか・・・わかりました。ありがとうございます。」
「にしても、従姉さんは誰に呼ばれて来たんですか?普通連絡がいくのは両親が先でしょうし――――――」
ずっと黙っていた怜が話に入ってきた。けれど、そうお言いかけたところで、言葉を飲み込んだ。そして、すいません不躾なことを聞いてと謝罪した。もしかしたら、静乃に親がいなくて親代わりをしてくれているのかと思ったのだろう。
「いえ、謝られるようなことじゃあ・・・。静乃ちゃんの両親は共働きで、どちらもいま取り込み中でどうしても外せないらしくて、片付き次第くるそうです。幸い、ワタシは仕事してませんし。・・・あ、ワタシは主人に頼まれて来ました。」
主人?
そう聞いてふと彼女の手を見ると、銀色のリングが薬指にはめられているのが目に入った。なるほど、主人から聞かされた――――――――え?なんで直接従姉さんじゃなくて主人を介して情報が回ってるの?
有希や刹那はなるほど、そうだったんですかと相槌を打っていたのだが、俺と同じように納得のいってないのが怜である。カイジはもう自責の念にかられてさっきから物も覚えず。
「・・・あ、すいません。申し遅れました。ワタシ、静乃ちゃんの学校の千歳教諭の妻です。こういうことなら、納得できますか?なにか困っているように見えたので。」
・・・千歳先生の奥さん美人過ぎない?どうやって知り合ったんだまじで。
「あ、はい。もう完全に解決しました。それと、申し上げ遅れてすいません。私は国広遼です。こちらのちんまいのが天海有希、それと、奥のが伊藤カイジで、金髪の彼女が榊怜です。」
カイジ以外はぺこりとお辞儀をした。
「国広・・・あ、確か静乃ちゃんと同じ小学・・・でしたっけ?」
「ええ、そうです。よくご存知ですね。静乃がなにか言ってたんでしょうか?」
「そうですねぇ・・・遼をいじるのは楽しいなあなんてことを割りと言ってた気がします。もっとも、小学校くらいの話ですが。中学ではそこまで・・・」
思わず苦笑いしてしまう。奴め、小さい時からずっとそんな風に思っていたのか。
「確かに反応が面白いんですよね。ついついわたしも遊んでしまいます。」
「あ、たしかにね~兄さんオーバーリアクションですもんねえー」
「お前ら・・・」
カイジと俺をそっちのけで、女性陣は話が進んでいた。沈む気持ちを掻き消そうとしてるのか、はたまた静乃が倒れたことをそこまで重く考えていないのか、それはわからない。俺に限って言えば、たんに貧血かなんかじゃないのかなあと捉えてはいるが、昨日のことといい朝から喋れてないことといい変に不安な気持ちがせめぎ合って、焦る気持ちが募ってきていた。
もうかまってらんないと思い、静乃の方を見やる。本当に、ただ眠っているだけのように見える。苦しそうな寝顔、何てことはなく、むしろ幸せそうな――――――――――――にしてもこいつ、寝顔がかなり綺麗だな。いつも突っ伏して寝てるとこしか見たことないからわからなかったが、こんな風に寝てるとは・・・。んんっ・・・って今声が漏れたな。・・・って、起き上がってきたし・・・え?起き上がった?
さすがの周りの人らも気がついて、各々驚きの声を漏らしていた。
静乃の元に真っ先に駆け寄ったのは刹那だった。
「静乃!目を覚ましたんですね!心配したんですよ全く・・・急に動かなくなったもんだから・・・」
まくし立てていう刹那の傍ら、静乃は寝惚け眼を擦っていた。まだ意識が完全に戻っていないんだなあ、と俺は呑気にそんなことを思っていた。瞼がゆっくりと開けられていき、そこで俺は、静乃の身に起こっているある異変に気付いた。
目が輝かしいのだ。
いつものように、腐った目をしていないのだ。
こんな生気の宿った眼・・・つい先日マッサージを受けた時でもここまでではない。あの時は、あくまで濁った水を濾過した程度の鮮度。今のは、化学的に不純物をすべて取り除いた、きれいな蒸留水のような鮮度。こんなの確か、小学生以来じゃ・・・
静乃はあたりをキョロキョロと見渡して、それから自分の頬、額、唇へと手を当てていく。それはさしずめ、何か危ないものに触るかのような手つきで・・・
「・・・って、静乃、さっきから反応ないけど、やっぱりまだどこか悪いの?」
なんてことを聞く怜であったが、それすらも無視する。そして重苦しく開いた口から発せられた言葉に、一同は言葉を失った。
「み、皆さん誰ですか・・・?」
タチの悪い冗談だなあと、俺は思い込もうとした。けれど、先ほどまでのこと、そして今の静乃の様子、それらの異常事態から目をそらすことができなくて、どうしても最悪の結果を思い浮かべてしまう。
「ついさっきまで車の中にいたのに・・・どうして"アタシ"はこんなとこにいるの?ここはどこなの?それにあの人たちもいないし・・・あれ、なんで私あの時あんな・・・・・・あ、ああああ、ああああああああああ!!!!!!!」
急に叫び声をあげて、頭を抱えてうずくまって、ぶるぶる震えていた。錯乱状態に陥って、嗚咽をこぼしていた。しだいに過呼吸気味になり、今度は胸を抑えつけていた。
「っ!ナースコールを!」
「は、はいっ・・・・・・!」
我に返ったカイジはすぐさまボタンを押した。ほどなくしてナースが駆けつけた。俺たちは一旦病室から出て、ロビーに腰を下ろしていた。静乃の容態が落ち着いたら医師が呼びに来るそうで・・・。
・・・静乃はきっと一種の錯乱状態に陥ってるに違いない。そう前向きに捉えようとするのだが、胸の内に広がる黒い靄をかき消すことはできなかった。
なんだこれは?
何が起こっているんだ?
「………ちょっと外の空気吸ってくる。」
誰かが呼び止めたような気もしたが、気にせず病院を出た。