タマゴのカラを割らないでっ!   作:すうどんたくろう

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4-2-3 Exposure

 この病院には患者のためのものか、自然豊かな広場がある。俺はそこのベンチに座って、風で揺れるきの枝葉をぼんやりと見ていた。街灯のついてない時間であったから、しかも天気が天気なだけに辺りは暗くてよく見えなかった。

 

 

記憶喪失。

 

 

そんなの漫画の世界だけだと思っていた。ここはどこ?私は誰?そこから物語が始まり、最後に記憶を取り戻してハッピーエンドがオチ。その度に、『なんだまたいい話で終わりかよ。もっと心を抉るような話はないのか』なんて思ってたこともあった。ただ、それはあくまでも二次元の話で、リアル世界でそんな突飛な話は見たくないし望んでいないんだって、今ひしひしと感じている。

 

・・・てかそもそも記憶喪失ってどんなもんなんだ?まさか若年性アルツハイマーじゃないよな?アルツハイマーなら徐々に記憶を忘れるはずだから・・・多分違うんだろうけど・・・けれど、もし仮にアルツハイマーなら、それは不治の病だ。もしそれに似た類のものだったら・・・なんて、考えるとぞっとする。

・・・頼むから杞憂であってほしい。記憶喪失なんかじゃなくて、急に病院に運ばれたもんだから単に錯乱してるだけ。あとで病室に戻ったら何食わぬ顔で俺をなじって欲しい。そう、錯乱、混乱してるだけ!普段は不快に思っていたあの罵倒をこんなに恋しく思ったのは、後にも先にもこの時以外ないだろうな、なんて思った。

 

ふと、記憶喪失とは何かを調べようと思い、ポケットに手を伸ばしてスマホを使おうと――――――したが、電源が入っていなかった。思えば、昨日の晩からずっと開いてなかったような・・・。そうだ、保健室から帰った後、雑念を払おうと電源を切ったんだったな・・・。なんてことを思いつつ起動すると、不在着信が一件、LINEに新着メッセージが来ていることがわかった。電話の方が緊急性が高いので、電話主を調べたら・・・非通知ゆえにわからなかった。1時間前に電話をかけていたようだ。全く気付かなかった。

 

・・・そういや、確か竜崎って、この世界の人間ではなく神みたいなものだって言ってたよな?

もしかしたら、神の技術をもってしたら今の静乃をなんとかしてやれるんじゃないか?そうなればこれは都合がいいぞ。

俺は急いで竜崎に電話をかけた。が、何回コールしても出なかった。

おかしいな。取り込み中か?

スマホをしまおうとしたその時、持つ手が震えた。みると、非通知着信であった。だれだ?

 

「はいもしもし。」

『こちら竜崎、すぐに電話に出てくれて助かる。訳あって携帯電話は使えなくてね。』

「はあ―――――――それより聞きたいことがあるんだがいいか?重大な話なんだ。」

『こっちも話はあったんだがまあいいや・・・・・・とりあえず話を聞こう。一体どうしたの?』

「竜崎の世界の技術力をもってしたら、記憶喪失の患者って治療できるのか?」

 

俺は単刀直入に聞いた。

 

『ん?ああ・・・ものにもよるけど・・・具体的には何かな?』

「ええと・・・」

 

具体的?ものによる?

俺の内にふつふつと希望が湧き上がって、それはもう泡がはじけていくように広がった。

 

「具体的といわれたら・・・そうだな・・・例えばアルツハイマーとか・・・」

 

静乃の記憶喪失の原因がわからない以上、ぱっと思いつくものしか例を挙げられなかった。

 

『ああなんだ、単なる病気による記憶喪失か。その程度なら治すのは容易いな。』

「ほ、本当か!?」

 

俺は思わず立ち上がってしまう。

 

『そりゃあ、病気を成す原因がわかってるんだし、超常現象とか物理的に無理やり消されたとかならまだしも、医学の常識を超えない内容なら治療することは可能だ。もっとも、私は医者じゃないから専門的なことはわからないけど。…そんなことどうして急に?何かあったのかい?』

「ん?あ、ああ。静乃がなあ。朝はいつも通りだったのに、午後に入ってずっと寝てると思ったら、気を失ってて、ついさっき目が覚めたんだけど、どうやら記憶喪失に陥っているらしくてさあ。」

『萩原静乃がか・・・まあすぐに治ってくれるにこしたことないなあ。』

「・・・え?」

 

こいつ、言っていることがメチャクチャじゃないか?記憶喪失の治療はたやすいとか言っておきながら、今こいつは完全に人任せだぞ?

 

『―――――まさか、私が治療してあげるとでも思った?あいにく、そう簡単にいかないのでね。記憶喪失は不治の病じゃない。その時代でも治療法はあるはずだ。なら、それで治療すればいい。私達は便利屋じゃないんだ。それに、もし仮に治療するとなると、こちらの世界にある道具を用いなくてはならない。それはそちらの世界に持ち込んだところで、告白券やヘッドギアと違って使うことなんてできない。江戸時代に携帯電話を持ち込んでも使えないだろう?それと似たようなものだ。となると、こちらの世界に彼女を連れ込むしかないのだが・・・それは本来してはならないことなんだ。』

「してはならないこと?この前告白券だなんだで俺もそっちの世界に行けただろ?たやすいことなんじゃないのか?」

 

そう、俺は一回、竜崎のいる世界に行ったことがある。もっとも、目隠しされていて外観を見たことはないのだが、渡ることはできたんだ。ほかの人でも同様のことができるはずだ。

 

『あれは極めて稀なケースなんだ。次はないと思ってくれても構わない。・・・まあ実際問題、萩原静乃ならむしろ難なく呼び込めるとおもうが、私の独断で行うことはできないな。』

 

私の独断とか、してはいけないこととか、ほんと、神の国は秩序が整っているところなんだと改めて思い直す傍、静乃を治療することについて完全に拒否をしていないことから、望みが再度沸き起こり、少し気分が楽になった。

 

『基本的に、その世界に属してない人間が他の世界に行き来することはできない。それを可能にしてしまったのが我々・・・って、この話はいいや。まあとにかく、単なる病気なら治療するつもりはない。我々が引き起こしたことなら治療する義務があるんだがなあ。』

「っ!そこをなんとか!頼むよ竜崎!なんでもするからさあっ!」

 

竜崎はしばらく何も言わず、黙っていた。俺は竜崎の言葉を待った。想像つく範囲のことなら、実際なんでもする覚悟はあった。しかし、あまりに突拍子もなく、現実離れしていた返答に、俺は何も言えなかったし、理解もできなかった。

 

 

 

『――――――――ならいうが、君はこの世界を捨てて私たちの世界に来るつもりはないかい?』

 

 

 

「――――――――へ?」

『嘘だと思っているんだろう?違うんだなこれが。私は真面目に提案している。そもそも、私たちがなぜこの世界に干渉しているか、君は覚えているのか?』

「・・・たしか―――――俺にまつわる不快指数がどうのこうの――――だったはず。それなのにどうしてそっちの世界に行く話になる?」

『考えてもみろ、君がいなくなればヘイトはなくなるだろう?憎むべき対象が消えるんだ。まあもっとも、不快指数に関しての話は、君が彼女づくりをしようとするためのきっかけを作るための方便に過ぎないがね。』

 

・・・は?

方便ってことは・・・・・・竜崎や怜の話すことには嘘が混じっている?

新たに明かされる情報が頭の中でグルグル渦巻いて言葉をうまく紡げない。

 

『―――――ただ彼女をつくれっていっても、君は行動を起こさなさそうだからねえ。だから、なんとか行動してもらおうとあの手この手を考えたわけさ。そうして数か月、どうやら君は以前よりは前に進んだようで、もう私がうそをつく必要はないと思ったから、今こうしていっているわけ。』

「・・・仮に、不快指数の話がうそだとしよう。けれど、それならばなおさら俺がそっちの世界に行くのはおかしくないか?彼女を作らず単騎で乗り込むことになるんだぞ?」

 

竜崎の返答はすぐにはこなかった。そうして待つこと数秒、まあ言ってもいいかとつぶやいて、竜崎は思いもしないことを告げた。

 

「彼女づくりは我々の計画の第一歩だ。彼女ができて、初めてスタートラインに立つんだよ。そもそも、いつ“彼女をつくったら君と我々の関係が終了する”と言った?」

 

・・・たしかに、俺はこの関係の目標は話されたが、始めに語られたこの関係の目的――――不快指数、ヘイト関連の話がうそだったとなれば、目的を説明されぬまま目標に向かって行動していたことになる。怪しい宗教団体のようだ。ツボを売れば幸せになれるとうその目的を告げられ、ツボを売るという目標に向かって行動を起こす。真実の目的は、明かされぬまま・・・・・・。

ならば、竜崎はどうしてそんな嘘をついた?こいつらの思惑は何だ?何を考えていたんだ?

 

「・・・じゃあお前らはいったい何が目的なんだよ!」

『それは教えることができない。』

「はあっ!?は?・・・は?」

『本来の目的を言うと思惑から外れるといったのは今でも同じだ。だから、詳細については言うつもりはない。だが、そうだな―――――言える範囲のことでなら―――――"君は鍵となる存在"で、その鍵穴となる存在が君たちの世界にいる。その鍵穴を探すために我々はこの世界に干渉したのだ。7年前から探し続けて、範囲を絞り込めたから干渉した。――――――これ以上は言えないな。』

 

鍵?

俺が?

 

「―――――俺、何か特別なことしたか?俺はちゃんとこの世界に生まれて、この世界で生きてきた―――――なんら変わったことは起こってないはずだ。」

「確かにそうだ。ただ、後半は違う。君は何年も前に、私たちの世界と関わりを持ってしまった。それが原因で、君は後天的にキーパーソンにさせられた。」

 

後天的にキーパーソンにさせられたって、どういうことだろうか。俺は何もしていない。怜のような異世界人と触れ合ってもいない。本当に何もしていないはずだ。

俺は何とか思い出そうとしたが、あまりに漠然としすぎていて、何かを思い出そうとしても何も出てこなかった。検索範囲が広すぎる。

 

「そして鍵穴となる人物は、私たちの世界の人間。つまりだ、何年も前にこの世界には我々の世界の人間が住み着いている。その彼女こそが鍵穴。」

「彼女って―――――相手は女!?」

『ああ。―――――本当は君をなんとかしてしまえば、簡単に事は解決するんだ。・・・って、これ以上は今は言えない。すまないがこの話はまた後日。機会があれば話すよ。』

「・・・何なんだ一体。鍵だと鍵穴だとかわけがわからん。・・・怜に聞いたらすべて――――――――」

 

俺がそうつぶやくとその言葉にかぶせて竜崎は凄みのある声で放った。

 

『あいつにはこのことは聞くな。』

「なぜ?」

『――――彼女は私のエージェントだって話を始めの時にしたことを覚えているだろうか。確かにその通りなんだが、実は彼女は私の部下というわけではないんだ。そちらの世界で言う派遣社員みたいなもの。怜みたいな人材を多く保有している団体がいて、そこから私のところに送られてきているだけにすぎない。私はそちらの世界に干渉することができるが、私自身がそちらの世界に渡ることができない。だから、そちらの世界に渡る人材が必要だった。だけど、誰でも良かったわけじゃない。年齢が16から17歳であること、私の世界とコンタクトを取り続け、レポートを書き続ける忍耐、演算能力、体力、そして、女性であること。これらをすべて充したのが彼女。――――――その団体がなにやら不穏な動きをしているようでね・・・。ああいや、怜はおそらく関係ないはず。というか、知らないはずだ。――――――できれば私の思い違いであって欲しいのだが、君が情報を知りすぎていると、真っ先に私が疑われる。そうなると、私と怜の団体との関係が決裂し、強硬策をとられかねない。そうなると、君や君の関係者の命の危険が迫る。」

 

いや、情報を握っていてほしくないなら、こんなことはなさなければいいのではないか?

俺は素っ頓狂な返事をすると、竜崎はなるほどと返した。

 

「確かに、こんな話はする必要ない。けれど、しなくちゃいけない理由ができてしまったんだ。そちらの世界にどうやら怜以外の団体の人間が移り住んでるみたいでね。国広君がそいつに変なことされないよう、予防線を張っておこうと思って、急遽電話をかけることとなったのさ。知らない番号からかけてるのは、私のいつもの携帯電話だと通話記録が残るからだよ。私の通話、メールはすべて私たちの世界の機関の人間に見られる。平たく言えば私の言動は基本的に監視されているのさ。その抜け穴がこれだ。――――――――この電話の目的は、私の考えてることを知り、こちらの事情を知ってもらうことで君の意識を引き締め、警戒のレベルを上げることだ。なにかあったら、すぐに私にコンタクトをとってほしい。そのためのツールを怜経由で渡してもらう。もちろん、怜にはこのツールについてうその情報を与えておく。』

 

ちょっと待て。

こいついま、サラッととんでもないことを言わなかったか?

怜以外にも機関の人間が移り込んでいる?

てことは、この世界には竜崎と怜以外にも・・・

 

「・・・まあわかった。―――ん?じゃあ1時間前の電話ももしかして?」

『理解してくれて助かる。―――――とまあ、これで私の目的は終わった。次は君の番だ。大した協力はできないかもしれないが、話だけでも聞くよ。我々が関与していない可能性もなくはない。もしそうなら、一大事だからな。なんとかする義務がある。』

「義務ねぇ。」

 

そういや、怜が初めてこっちに来て告白券の説明してる時、違反をしたら私たちの世界の法で裁くみたいなことを言っていたような。そう考えると、義務というのも頷ける。

 

「まあいいや。―――本当にわからないんだ。8時ごろは起きていたみたいだけど、8時半から12時半までずっと机に突っ伏して。最初は寝てるだけだと思ってたけど、さすがに4時間ぶっ通しはおかしいだろ?それを見かねてさすがに不審に思った刹那が起こしに行った時に初めて気を失ってるってわかったのさ。全く不思議な話なんだよ。」

『――――え?それだけ?』

「うん。」

『――――ちなみに、どういった感じの記憶喪失だった?"混乱してて何もかもがわかってない"感じ?それとも、"ある時期からの記憶が完全になくなってる"感じ?』

「ごめん。そこはまだよくわからなくて。ただ、目がさめるなり俺らに対して誰ですかって言ってきたから、俺らのことは覚えてないみたい。―――――あ、そういやあ。」

『何?』

「静乃はすぐに錯乱して過呼吸になったんだけどさ、その時おかしなことを言ってたんだよなあ。《さっきまで車の中にいたのにどうして――――それに私、あんなこと―――》だったか、多少違うところもあると思うが、大体そんな感じ。」

『―――おいおい。』

 

その言葉に込められたのは曖昧にしか覚えていない俺に対する呆れだったのか、それとも・・・《おいおい・・・勘弁してくれ・・・》の意だったのか、それはわからなかった。しかし聞く気は無かった。聞いてしまうのがなんだか恐ろしい気がして。

 

『―――――私の口からは病名を断定できないな。ひとまず、医学に精通している知り合いにコンタクトを取ってみる。君は出来るだけ早く萩原静乃と対話して、記憶喪失の状態について詳しく調べて欲しい。・・・もし私が直感していることが当たってしまっていたのなら――――――――』

 

竜崎はやけにトーンの低い声でそう告げる。

やめてくれよ、折角希望が持てたのにうち壊さないでくれよ。

そう思っていたのだが、願い虚しく弾けた泡はみるみる萎んだ。

 

 

『彼女の治療は不可能に近いだろう。』

 


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