「萩原は大丈夫だったんだろうか・・・」
生徒会室で作業をしてる中、朱鳥がそんなことを口にした。PCで作業中だったが、キーボードを弾く指が止まった。今日あった事件そのものはみんな把握している。というのも、昼休み校庭に救急車が来ていたのがわかっていたからである。そして一人の女子生徒―――――静乃さんが搬送されたこともすでに校内で情報は回っている。まあその・・・ねえ、Twitterにとある画像が挙げられてしまったから、なおのこと情報の周りは早かったよね。
「千歳センセがお姫様抱っこしてる写真は衝撃的だったぜ。思わず保存してしまった・・・。Twitterにその画像を挙げていた人はさすがにもう消したみたいだ。探してみたけど転載している人はいなかったみたいでよかった。この学校の民度は高かったみたいだ。」
そういって朱鳥が私にその画像を見せてきた。いや、その画像私も保存しているから見せる必要ないんですけど・・・
「これ・・・みればみるほど安らかな寝顔ですよね。苦しそうにしてるわけでもないし。」
一体何が?救急車を呼ぶ程の一大事ってなんでしょうか。貧血が悪化した、体育で体調崩したくらいしか思いつきませんね・・・。でもうわさ話によれば、朝からずっと寝っぱなしらしくて、運動が原因というわけでもなさそうですし・・・
「俺も!俺もみたいっス!朱鳥さん俺にも見せてくださいよ!」
「鹿夫は暑苦しいんだよ落ち着け。――――あ、神前もみるか?」
「・・・ええ。」
神前はその画像を見ると、普段無表情な彼の顔も少しゆがませているように見えた。―――――そりゃあ、彼、静乃のこと気になっていたみたいですから、こんなことになると悲しいですよね・・・。セッションしていた時も、昨日見た感じでも、特にドギマギしてる様子も見えないから、本当に好きなのかな?って思ってしまうけれど、氷の仮面の下にはふつふつと煮えたぎる熱い思いがあるんでしょう。きっと。
「おおい!なんで俺よりも先にキドが見てるんだよ!」
「鹿夫、煩いですよ。投げ飛ばされたいんですか?」
「すいませんでした。」
鹿夫は私が少し凄みを見せると一瞬で引き下がるので扱いやすくていいですね。彼には体よく雑用をしていただきたいから、このままでいてくださいね。
「で、容態はどうなんですか?まだ不明?」
私は朱鳥に尋ねた。朱鳥は私の意図をくみ取ってくれたのか、ポケットからスマホを取り出した。
「ちょいっと待ってくれ。中河に聞いてみる。」
そういって朱鳥は何食わぬ顔で電話をかける。時刻は5時近く。本当はすぐに刹那に確認を取りたかったが、すぐに連絡したところで容体がすぐ判明するとも思えなかったので、落ち着くのを待っていたわけだ。刹那たちは病院にいるから、もしかしたらつながらないかもしれないが、都合よくつながってくれた。
「あいあい朱鳥だけどさぁ、萩原の調子はどう?どうせ貧血こじらせたとかそんなんでしょ?――――――――――――――――おい?なんだって?聞こえんぞもっと大きな声で・・・って今度はうるさいぞ!少し落ち着けって・・・へ?落ち着いてる場合かって?おいおい話が見えん・・・・は?またまたご冗談を・・・へ?マジ?――――――――――――――――――――――――わかった。一回切るわ。また報告頼む。」
電話を切った後、耳に当てていたスマホを持ったまま腕をだらんと下げ、暫く朱鳥は固まって動かなかった。
「朱鳥君?どうしたんだい?」
カトルは事態の重さをとらえたのか、神妙な顔つきで彼に問いかけた。
「にわかに信じがたいことがあって。刹那が錯乱しているだけかもしれない。だから、国広にもかけてみる。あいつも言っているみたいだからな。スピーカーにするから、直接聞くといいよ。俺の口から説明するよりも、絶対にいいだろうから。」
そういうと朱鳥は再びスマホをいじり、電話をかけ、テーブルにスマホを置いた。
・・・不穏なものを感じずにはいられなかった。朱鳥のあの真剣な顔、私は今まで数回しか見たことない。・・・静乃さん、死にはしてませんよね?
数回コールした後に彼は出た。
「もしもし朱鳥だが・・・今時間いいか?」
『・・・静乃関連?』
「話が速くて助かる。刹那から聞いたんだが………
萩原が記憶喪失になったって、本当か?」
「きおっ・・・!」
思わず口走ってしまった。
静乃さんが記憶喪失?
そんな漫画みたいなことあり得るの?
ちらりと周りを見ると、皆似たような反応をしていた。顔を見合わせて、だんだんと青ざめていったのがわかった。
『――――わからない。』
「え?わからない?じゃあ違うってこと?」
『なあ、もし朱鳥が意識を失って倒れて、しばらくしてから病院で目が覚めた時、俺とか・・・そうだな、生徒会の面々がお見舞いに来てたとするじゃない?その時お前、俺らを見て『あなたたち誰ですか!?』って怯えたりするかな?目を覚ますなりガタガタ震えて過呼吸になったりするかな?』
「そ、それは・・・」
あり得ない。
どんなに突然のことがあっても、見知った人たちを誰呼ばわりなんてしない。でも、口ぶりからすると、国広君はそう言われたんだろう。その言葉はもう、決定的ではなかろうか。
『一体どのような記憶喪失なのかはわからない。静乃は目が覚めてからすぐ錯乱して過呼吸になって、それきり。俺らは静乃の容態が落ち着くまで待機ってこと。どの程度のものなのかはそれからだな。・・・ほんと、どうしてこうなったんだろうな。』
「・・・わかった。いきなり聞いて悪かったな。じゃ、また。」
そう言って朱鳥は会話を終えた。
カトルはあっけに取られ、私は呆然としていた。カトルにとってはあまり親しい人ではないかもしれないが、私にとっては大切な友達。リアルでもネットでも深い繋がりのあった彼女が記憶喪失ときたものだ。これを絶望と言わずして何と言うだろうか。
朱鳥は深いため息をついて腰を下ろし、それから何も言わずに黙々と作業に戻った。鹿夫もめっきり口数が減った。キドは・・・うつむいていて、表情がうかがえなかった。程なくすると彼は活動時間ないにもかかわらず帰宅した。なんでも今日は予定が入っていたらしい。私は初耳だったけど。・・・多分、一人になりたかったんじゃないか。好きな相手が自分のことを忘れてしまったのなら、これほど悲劇的なことはない。ゼロから関係スタートなのだから。
ふと、私はこの原因について考えていた。
記憶喪失が突発的に起こるなんて聞いたことがない。何か原因があるはずだ。
創作の世界では、強い衝撃を頭に与えると記憶喪失になることが多い。けれど、今回はそういったわけではない。トラブっていた時に刹那から断片的に情報を集めると、少なくとも、頭を強く打ったというわけではなさそうだ。最初は寝ていたが、途中から気を失った。睡眠から失神へと移行したということになる。いったいなぜ?どのようにして?
少なくとも、情報がなさすぎるし、これがすべてなら、超常現象でも起こらない限り記憶をいじくるなんて・・・・・・
――――――――――いや、すくなくとも、私はあまりに現実離れした出来事を経験している。
国広君のもってるあのしゃべるねんどろいど・・・そして、そのしゃべるねんどろいどが現れるのと同時期転校してきた怜さん。
彼らがもし“記憶を操作する代物をもっているとしたら”―――――――――――聞く価値はありそうね。