タマゴのカラを割らないでっ!   作:すうどんたくろう

71 / 105
4-2-5 Breakdown

 朱鳥からの電話の後にすぐ、怜からの電話が来て、病院へと呼び戻された。そこには静乃の両親と・・・千歳先生がいた。千歳先生については職務半分、プライベート半分であろう。妻の従妹が搬送されたとなれば、駆け付けるのもわかる。学校での業務を終えられたから、この場に来れたのであろう。怜の電話の中身は、静乃と話せるようになったから来いというもの。その前に、病状の説明を医師が行いたいとのことで・・・彼らも含めた全員が、病状を聞くこととなった。

 

医師の説明によると、今は落ち着きを取り戻したとのこと。記憶喪失については、心因性、逆向性の全生活史健忘とのこと。重度のものではなく、記憶がつぎはぎに繋がれるような錯乱状態ではない。あくまでもある時期からの記憶が全くないだけで、それ以前の記憶はむしろありありと覚えているそうだ。なんにせよ、不治の病とかではなく、なんとかして想起させることで治療はできるらしい・・・。そう、あくまでもこれは医師の予想であって、実際は異なるかもしれない。医師もはっきりと断定はできなかったみたいだ。・・・竜崎が想定していた後者の例に当てはまったわけだが、これが竜崎の言う治療不可能な例に当てはまっていないことを祈るばかりだ。

 

別室での医師からの説明の後、俺たちは静乃がいる病室へと入った。静乃は窓のそばに立って、外をぼんやりと眺めていた。寝込んでいるわけではなく、錯乱もなく、特に問題なさそうな体であったので、少し安心した。俺らの入室に気づくと、静乃はにっこりと笑ってこちらに手を振って挨拶をしてきた。

 

・・・こんなに明るいのは、いつもの静乃じゃない。どうしようもないやるせなさが、体を巡った。

 

「静乃・・・?父さんたちのことはわかるかい?」

 

恐る恐る静乃の父親が問いかける。俺らを交えての説明で初めて病気について知ったらしく、説明中はショックで生返事するばかりであった。だから、今こうして静乃に話しかけるのも相当な勇気を要しただろう。事実を真正面から受け止めるために。

 

「うん。ちょっと老けてるけどわかるよ。にしても、なんか不思議な気分。アタシの身体もかなり成長してるんだもん。ついさっきまで小6だったのに、いきなりこんなことになってるなんてさ。」

 

静乃は先ほどの狂乱状態とは打って変わってあっけらかんとしていた。あの時が嘘みたいだ。何もかもが支離滅裂で人格が崩壊してたりしたらきっとここにいる全員が何も言えなかっただろう。だから、この状態は不幸中の幸いであった。―――――――――そう本気で思っていたのは、果たしてこの中に何人いただろうか。少なくとも、俺は―――――

 

「小6ってことは・・・俺はわかるか?」

 

静乃は手を顎に当てふんふむと考えている風であった。彼女は何か考え事をするとき、よくこういった風にする。たぶん、小学生からの習慣だったはずだ。あまり覚えていないが。

 

「ちょっとまって・・・・・・うん、わかる。あなたは遼でしょ?そっか、遼が大きくなるとこんな感じになるのかあ。」

 

記憶喪失とはいえ、俺のことを覚えてくれていたのは、幸いであった。きっと、俺のことも忘れてしまっていたら・・・

 

「中学のことは全く覚えてないんですか・・・?」

 

刹那は心細げに尋ねたが、結果は勿論NO。

 

「ごめん、全く。今ここにいる人で知ってるのは、両親と、遼と、それに・・・あ!お姉ちゃんはわかるよ!すっごく綺麗になってる・・・。隣の人は―――まさか千歳さん!?確かお姉ちゃんは大学生で、千歳さんが付き合いだして2年くらいで、それから5年経ってるっぽいから長いなあ。まさかもう結婚とか・・・ああっ!指輪してるじゃん!なんだもうゴールインしてるのかあ。」

「ちょっ・・・そこらへんにして、教え子たちがいる手前変な話は・・・」

「教え子?え?学校の先生やってるの!?すごいじゃん安定職だ!持ち合わせてる不幸で潰さないようにね。」

 

思わず苦笑いしてしまう千歳夫妻たちである。

――――――――間違いない。これは明るかったころの静乃――――小6前期の静乃だ。陰鬱な、みんなの良く知る静乃になる前の頃だ。

 

「――――――――ねえ、どうしてさっきは、ああなってしまったの?」

 

誰しも疑問に思っていて、でも触れなかった話題を切り込んだのは怜であった。静乃の顔には翳りが見えた。

 

「・・・あれは悪い夢だったってことにしてるの。ピアノのレッスンから帰って、疲れ果てて家で寝て、起きたら病室のベッドの上だった。きっと記憶喪失とかそんなんじゃなくて、なんかの事故に巻き込まれて、長い間眠っていただけ。その長い昏睡期間の一つの夢にすぎない。記憶喪失なんて嘘。アタシには輝かしかった中学、高校時代がきちんとあったってことを気遣っての嘘に違いないの。・・・そう思いたいんだけど、ツインテールの子をはじめ皆がひどく悲しそうな顔をしてる。・・・そんなの見せられたら、いやでも信じるしかないよ。」

「ねえ、言いたくないなら言わなくていいんだけど――――――――」

「イヤ。」

 

静乃は、さらに追求しようとする怜の言葉を無理やり遮った。

 

「こんな大勢の人の前で言うような話じゃないと思う。てか、二人きりとかでも嫌だよ。ましてや"見ず知らずのあなたには"二人きりでも決してね。」

 

見ず知らずという言葉にグサリときたのか、怜は口を噤んでしまった。刹那やカイジもビクついて、ますます肩を落としていた。

 

「・・・ごめん。言いすぎたね。でも言いたくないのはほんと。治療に必要なら―――――言うことも考えるけど。」

 

夕焼けが窓から差し込み、逆光となって顔は良く見えなかったが、静乃が辛そうにしていたというのは、ありありと見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 静乃はその日は病院に泊まり、数日には退院するそうだ。日常生活を普通に送り想起を促しつつ病院で治療。そういったスタイルを望んだからだ。

もう時刻も遅いとのことで、俺たちは帰路に着いた。静乃の記憶喪失が重度のものではなかったのがせめてもの救いだが、それでもショックなのはかわりないわけで、みんな黙り込んでいた。刹那なんか虚ろな状態で、何度も転びそうになっていた。無理もない。数少ない親友が自分のことを完全に忘れていたのなら、こうもなろう。

刹那とカイジと別れ、俺と怜と有希の3人となる。俺は彼女らの数歩先を歩いていた。なんとなく、視界に誰も入れたくなかった。

 

「あ、あー・・・そういや私、伯父さんに頼まれ事があったんだった。ごめん、先帰ってるね。」

 

有希はこの重苦しい空気にいたたまれなくなったのか、それとも本当に用事があったのか、この場をとっとこと走り去っていった。残されたのは2人。2人とも、有希が走っていくのを呆然と立ち尽くして見ていた。

 

「――――――――ほんと、どうしてこうなったんだろうな。」

 

有希の走り去っていった方を向いたまま、思わずつぶやいた。

 

「―――――俺さ、外の空気を吸ってた時、竜崎と話したんだよ。」

「・・・うん。」

「きっと神の世界ではこんなことも容易く治療できるのかなって。そしたら案の定、ものによっては治療できるんだとさ。」

「・・・うん。」

「でも、ある時からぽっかり記憶がなくなっているパターンなら、治療は難しいってさ。怜はこの件は治療できると思う?とびぬけた理系なら、何か知らないかな?」

「・・・うん。」

 

生返事を繰り返す怜に俺は苛立ってきた。

 

「うんじゃ分からねえって。なあ?どうなんだ?何か知らないのかって聞いてんだよ!」

 

俺は怜の肩を掴んで俺の方を向かせた。そして怜の顔を見たとき、苛立ちは萎んでいった。

こいつも、ひどく辛そうな顔をしている。

つらいのは、俺や刹那だけじゃない。こいつも同じなんだ。

 

「私だって知りたいわよ。治せるなら治したい。けど、私は医者じゃない。だから、詳しいことはわからないわ!」

 

徐々に涙声になる怜を見て、俺は肩を掴む力が弱くなっていった。そんな俺の手を怜は払い落とした。

 

「それに・・・私たちの世界だと記憶喪失なんてよくあること。そうなってしまったときの対処はしてる。だから、記憶を取り戻すこと自体は難しくはない。けど・・・」

「・・・は?」

 

竜崎は治せないって言っておきながら、こいつは難しくないって言っている?いったいなにがどうなってんだ?

 

「――――――――俺のきいた話とずれているんだが。治すのは難しいんじゃないのか?」

「治すのは難しいわよ。だから、治すんじゃなくて、代わりを用意するの。けれど、この時代じゃ意味がない。」

「意味がないってどういうことだよ!」

「だって、バックアップ取ってないじゃない!」

 

バックアップ・・・?

記憶のバックアップのことを言いたいのか?

記憶のバックアップって、そんなことが可能なのか?

――――――いや、俺の世界の常識は通用しないんだ。理屈で考えちゃだめだ。

 

「私たちの世界では毎日記憶のバックアップを取っている。いつどこで記憶が飛んでもいいようにね。けれどこの時代では・・・」

「そんな・・・」

 

どうしようもないのか・・・?

俺は絶望した。手はだらりと下がり、うつむいた。

 

「朝は普通に起きてたんでしょ?でも、寝てる間に気を失って、そして記憶喪失・・・寝てる間に超常現象が起きない限り、こんなことってありえないでしょ?どうしてこんなことに・・・」

「そう。寝てる間に気を失う・・・記憶喪失・・・ある時から・・・きっぱり・・・・・・・・・・・・・・・・どう考えても、この時代の常識の中にはない。じゃあ私たちの世界でなら・・・・・・・・・・・・・・・もしかして!」

 

俺がボケっとしていると、急に大きな声を上げるものだから、びっくりして彼女の方を見た。

 

「少なくとも、静乃の記憶喪失が何によるものなのかがわからない限り。手の打ちようがない。原因がわかれば、取れる手があるかもしれない。けれど、どうやらそれは私にはできないみたい。」

 

そういうと、怜は俺の肩をがっしりとつかんだ。先ほどと逆の構図になった。

 

 

 

「だから調べるの。静乃はどこまで覚えていて、どこから忘れているか。そして、これが“本当に記憶喪失なのか”を。それができるのは、唯一静乃の記憶に残っているあなたしかいないわ。」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。