「さ、静乃ちゃんこれ持って!」
私は龍華と一緒に静乃さんを連れ出し、私のバイト先の裏の店の地下……ライブハウスに来ている。そこのオーナーと私の父が友達同士なので、こうして娘の私が開いているときは自由に使わせてもらっている。もっとも、タダで使うのはなんとも申し訳なかったので、私と龍華の自作の曲の入ったCDをそれぞれプレゼントしたりしている。(なんとも好評らしく、この前会った時、通販でCDを各3枚ずつ買ったと言われ、若干引いたくらいである。)
「ええっと、私、ギターなんて弾けませんよ?いや、部屋にギターとベースあったから、もしかしたらできるのかもしれないけど、きっと無理ですよ。ギターのギの字も知りません!」
「まあまあ静乃さん、物は試しです。」
記憶をなくしたと聞いた時、静乃さんにギターを弾かせてみようと私たちは思った。というのも、以前と変わらないことをすることによって記憶を思い出すかもしれないと聞いたから。………竜崎さんの話によれば、彼女は物理の授業を特に障害がなく受けていたらしいのだ。脳のタンスの中に記憶がしまわれているとたとえるならば、考えずともそこに入っている知識を引き出すことはできるが、いざ場所を思い浮かべながら引き出そうとすると、思い出せない。覚えてないはずの物理の問題が解けたということは、おそらくそういうことなんだろう。ならば、手に染み付いているであろうギターなら、弾けるのではないか?と、思ったのである。
「静乃さんなんて他人行儀は結構ですよ。むしろ呼び捨てにしてください。そもそも、どうして年下相手に敬語なんですか?」
「な、なんで…でしょうかね…くせ?でしょうか。」
「ほらまた敬語になった!タメ口でいいですよ!」
「結衣は誰に対しても敬語なのさ。」
「はあ、そうなんですか……そこはわかりました。けど、私のことをさん付けで呼ぶのはやめてください。なんか違和感を感じます。」
思わぬ流れ弾を受け、戸惑ってしまった。言葉遣いの理由って確かに…どこに……。
というか”違和感を感じます”って、そこは覚えるですよ。以前の彼女なら絶対間違えないから、やはりいま目の前にいる彼女は、私のよく知る彼女ではないのでしょうね。
「努力します。」
「じゃ、私たちに合わせて弾いてみてね!」
話題をもとに戻そうとして、龍華はベースを手に取った。私と静乃さ……静乃はギターをもち、アンプとギターを接続した。
「ここでドラムがいたら少しやりやすくなんだけどねー」
「キドは用事があったんです。無い物ねだりをしてもアレなので、早速やりましょう。」
私はギターの面をコツコツ鳴らしてリズムを取り、ギターを弾き始める。今弾き始めたのは、静乃が3番目に投稿した楽曲、『暴動』である。単に私が静乃の楽曲の中で一番好きであるからという理由だけである。ともあれ、私はサブパートなので静乃がメインパートを弾くことを私は期待していた。そして…
「んーわかんない。」
静乃ははっきりいって何もできていなかった。
私は弾くのを一旦やめ、龍華と顔を見合わせる。
「だめなのかねぇ?」
「いや、諦めるのは早いです。……けど、どの曲でもこのままだと同じ結果になりそうなので…」
そう言いつつ私は制服の内ポケットに手を伸ばし、スマホとイヤホンを取り出した。
「…………よし、はい静乃、これを聴いてみてください。みんな、貴女の作った曲ですよ。」
「へー私ってオリジナルの曲とか作ってたんだ――――――――へ?ウソ?ほんとに?そんなアーティストみたいなこと私してたの!?」
「………ええ、しかもかなり基本的にはメタルーーかなりヘビィな曲ですね。」
「いやほんと、私や結衣と方向性が全然違ってて面白い曲だよ。私も好きだし。」
「へえ、そうなんですか……キュートでポップな曲をなんで作ってないんだろう。私の趣味はどっちかといえばその方向なんだけどなあ。Perfumeとかaikoとかさ。」
「………ちなみに、数ヶ月前にどんな曲を聴いてるか質問したら、ホルモンとかGLAYって言ってましたよ。まあそれはいいです。とにかく聴きましょう。まずはさっき私たちが弾いた曲です。」
私は静乃にイヤホンを渡し、彼女が耳につけたことを確認すると再生ボタンをタッチした。……これは本当にどうでもいいことだが、このイヤホン、私が高い金出して買ったいいイヤホンなので、音質は最高。
静乃は最初こそ顔をしかめていたが、次第に聴き入って、そのまま曲の終了まで黙ったままでいた。
それから静乃は何曲も聴きたがって、ついに最後の楽曲——————————————————静乃の処女作である『嘔吐』に順が回ってきた。……私がこの曲を最後に回したのは理由があって、それは、処女作だから思い入れが強いから、思い出しかかっていた記憶を完全に掘り起こせるのでは?と思ったからである。事実、3曲くらいから静乃は無意識にリズムを取っていた。そのリズムは変拍子であったので、初見じゃ間違いなくリズムは取れない。けれど、彼女は取れた。つまり、体に染み付いていたから記憶に頼ることがなかったから――――――――もしくは、大量の音楽データは忘れてしまったわけではないから……。ともかく、そういった予兆が見られたので、意図的に嘔吐は後回しにした。
「さ、これでどうでるか…」
静乃の様子を見てみると、今までの様子を打って変わり、正座して目を閉じ、完全に聴き入って、とても話しかけられる風ではなかった。
曲が終わり、彼女はゆっくり立ち上がり、立てかけていたギターを手に取った。私たちは多々呆然とそれを見ていた。
「……弾いてみるね。」
静乃はそういって、目を閉じたままギターの弦にピックを当てた。
「………ねえ結衣、これってさ…」
「ええ…………ミスなく主旋律を弾いていて……間違いなく体が覚えてるんですね……」
静乃は嘔吐の主旋律を弾いていた。ギャギャギャッと鳴り響き、実に楽しそうに弾いていた。それは、とても中学以降の記憶を忘れてしまった――――――――――ギターのギの字も知らない人の動きではなかった。
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「私、なんでこんなこと忘れていたんだろう。」
静乃は嘔吐を弾き終わった後、そんなことを口にした。……一人称がまだ"私"であることから、記憶は戻りきってないことは確かではあるが、それでも、得るものはあった。そう、私は安堵した。
「……どこまで思い出したんです?」
「音楽関連のことならほぼ……うん。どんな機材で、どういう経緯で作ったのか、ほとんど思い出した。思い出せないものがあるとしたら、一部の曲の背景。特に『嘔吐』の背景は、ぼんやりとして思い出せない。」
「………ちなみに、私たちと共同で―――――――」
「それも思い出しました。」
「え?ほんとに!?」
龍華は静乃に詰め寄って手を取って目をキラキラとさせていたが、静乃は彼女から目をそらした。
「ただ……ごめんなさい。あなた方がどのような人なのかはいまいち思い出せなくて……その……」
「………アーティストの側面しか思い出せない、ということですか?例えば、私がどんな曲を作っていたとか。」
静乃は黙って頷いた。
「おお、ほんとにこっちの業界の話しか覚えてないんだね……」
龍華は静乃の手を離し、腕を組んでその辺をグルグルと歩き始めた。私も静乃も口を開いていなかったので、龍華のローファーの音がカツカツと反響するのが際立った。
「……ということは、SNSをやっていたことは覚えてるの?」
「はい。覚えてます。ですがそれがなにか……」
「結構静乃ちゃんって出没してたのさ。それが、一週間音沙汰ないもんだから、そろそろつぶやかないとファンの人たちが心配するかなーって。」
「なるほど。」
「多分、スマホにアプリが入ってるんじゃないですか?――――――――ん?」
ちょっと待って。彼女、スマホならさ、普通にロックかかってるんじゃ……
「ああケータイですか?大丈夫です。なんか丸いところ押したら開いたので。」
「そっか指紋認証か。それなら安心だねー。」
静乃はぺたんと床に座り、スマホをいじり始めた。私もふと、ツイッターのことが気になって、私のスマホに入っているツイッターを起動したあと、"Raretsu"ないし"られつ"で検索してみた。すると、私が予想していた通り、消えたられつさんのことを心配する投稿が多数見受けられた。………殿堂入り楽曲を多数出しているだけありますね。さすがの人気です。
[られつさんここ最近全く出てこんな]
[られつの最後の言葉は"暑いよ溶けそうだよ誰か助けて"であった。まさか本当に溶けてしまったのだろうか…]
[きっと里帰りでもしているのだろう。]
などなど。
と、サーチしていたら画面左下に青い点がピコンとついていた。新しいツイートが来たらしく、タイムラインをみてみたら……
られつ[いろいろしていたら一週間経っていた。]
られつ[いまこれからやる企画の打ち合わせでべーさんざーさんと一緒にいる。]
「って、もうツイートしてるし。」
「しかもその言い方だと…」
私たちが一緒になにかやろうとしているじゃないですか。いや、やることは確かなんですけど、確か貴女、まだ名前は知られたくないとか言ってませんでした?私たちはバラしますから察しの良い人は気付いちゃいますよ?
「あ、ダメだった?」
「………ちなみに、貴女、文化祭で名前割れることって嫌がってませんでしたっけ?」
「え?そうなの?むしろなんで隠してるの?」
………その辺の記憶はないままなんですね………
早速られつファンの方々が静乃のツイートに食いつき、いろいろ質問し始めた。[べーさんざーさんと打ち合わせって、いったい何のですか?]
[お、これは共同楽曲きたか?]
[うおおおお豪華やんけ!]
なんてツイートがたんまり来て……
「ちょっと静乃ちゃん、指を止めて。私がなんとかするから。」
「え?でも楽曲作るのは本当なんでしょ?」
「記憶をなくす前の静乃ちゃんはバレるの嫌がってたの!」
「…そうだったんですか。」
龍華は指をしゃしゃっと動かし、とあるツイートをした。
ざわ[そういや、近々べーさんとられつさんとコラボした動画あげるんで楽しみにしてください。]
「ん?」
私は思わず首を傾げてしまった。
「てことだから、歌ってみた動画あげましょうかね!」
「おおー!じゃあ私は竜華さんの曲歌うね。」
「じゃあ私は結衣の曲で!」
って、話が勝手に進んでるし……
「私、歌ってみた動画はあげるつもりはなかったんですけど……といつか、なんで歌ってみたに限定してるんですか。弾いてみたでもいいじゃないですか。」
「弾いてみた動画は伸びがよろしくない。かといって楽曲あげるのは時間的に無理。となると、歌ってみたしかないじゃん。幸い、防音設備は結衣の家にあるし。」
「私たちが女性だってことみんなに知ってもらえますね!それはそれで面白そう!みんな、男だと思ってるんだもん。」
「いや、少なくとも私は女性だと思われてるはずです。……だって一度ステージに上がってるんですよ?」
「……いやそれ、自分で言ってて苦しくない?あんなカッコ、私は男ですって言ってたようなもんでしょう。」
私は言い返せず、黙ることしかできなかった。
そう、それは昨年の冬、東京での音楽イベントに"base-on"名義で出演した。その時私は、せっかく声がかかったのだから出演したいのと、身バレをとにかく防ぎたかったので、変装に変装を重ねた。胸にサラシを巻き、髪型も変え、口調も男らしく、トーンも低く……幸い、ギタリストとして呼ばれていたので、歌声を披露することは避けられたけど、けども…………うん、あの日のことはあまり思い出したくない。最後に大きなことをしでかしてしまったから。
「じゃ、決まりね。結衣、収録の時は頼んだよ。」
龍華はグーサインをこちらに向けてきた。ああやめて、そんな笑顔を見せないで、おちょくってるようにしか見えないわ。
「はぁ………わかりましたよ。」
静乃の記憶が少し戻ってほっと一息したものの、楽曲制作に加えてまた仕事が増えてしまい、ため息が漏れた。