「私たちが襲われる可能性があるっていうのに、一緒に行動してほしいっていうのも、なかなかにきついことをいうねえ。」
竜崎の申し出に対して、部長がやるせなく返事をする。そりゃあ、相手が部長たちに告白券を使ってこない保証はない。確かに、使われる可能性は低いかもしれないが、あくまでこれは竜崎の予想であって、断言できるものではない。気が引けるのも無理はない。だが――――――――
「ただ、このまま静乃を放置しておくこともできない・・・ですよね。今の不用心な彼女を放置しておくと、それこそ取り返しのつかないことが起こった時、どうしようもなくなります。————————貴方たちの技術で、彼女を守ってあげることはできないのですか。」
会長の言い分はもっともだ。これだけのぶっ飛んだ技術を持っておきながら、肝心なことは人頼みっていうのも、おかしな話である。
「それは根本的な解決方法でだろうか、それともその場しのぎの解決方法だろうか。その場をしのぐだけであれば、怜を常駐させればいい。その気になれば、彼女に透明ジャケットを着せて、萩原静乃を見張っていれば、いざというときに対処することは可能だろう。」
「まあそれでもいいのだけれど、そうなると見はっている期間、私は他の仕事をできなくなる。となれば、根本的な原因を取り除くことが遅れるわね。」
「根本的な原因の取り除きというと・・・相手の特定?現行犯をとらえれば終わる話ではないの?」
「私たちの見立てでは、相手は恐らく複数人で行動している。我々の世界の住人————そうだな、Xと呼ぼうか。Xと、この世界の住人A、Bだろう。XはA、Bに少女の洗脳を依頼して、A、Bがそれに従って性的暴行を行っていく。おそらく、複数回その辺の少女相手に練習をした後、今回静乃に対して実行しようとしたのだろう。でだ、Xたちは一度失敗している。2度目の失敗をしたとなれば、XはA、Bを切り捨て、記憶を消すだろう。洗脳ができるくらいだ、それくらいのことをしてもおかしくない。となれば、現行犯を捕まえても、親玉が生きている以上、親玉はまた別の人間C、Dを用意して、同じことをしでかす可能性が出てくる。問題は永遠に解決せず、次なる暴行に怯え続けることとなってしまう。」
しゃべっている本体こそかわいらしい人形であるが、しゃべっている内容は物騒極まりないものであった。会長は頷きながら、部長は腕組みして顔をしかめながら竜崎の話を聞いていた、
「――――――――ゆえに、普段自然に見張っておく分には、我々が代わりに行う。複数人で行動している中、無理やり行為に及ぶことはリスキーでできないから。そうして時間を稼ぐ間、貴方たちは本元を叩くということですね?」
竜崎が話を終えてしばらくたった後、重苦しい空気が流れていたが、会長がその空気に割って入った。
「理解が早くて助かる。それに、君たちも一緒に襲われるかどうかということについてなのだが、おそらくそれはない。というのも、相手のマインドコントロールは、同時に行うことができないんだ。萩原静乃に洗脳をかけるとき、他の人は絶対に洗脳されない。」
告白券って、重ね掛けできなかったのか・・・。
って、まて。告白券って本番NGじゃなかったっけ?
めちゃめちゃ念押ししてたよな確か。怜は初見時に俺にあれほどまでにいったんだ。あれは嘘?
なるほど、と頷く先輩方を視界に入れつつ、俺は怜に念話を持ち掛けようとした。けれど、全く気付いてくれない。
――――――――そうか、竜崎の時はこちらから話しかけることができるよう念話イヤホンを改造しているが、、怜のほうはその改造がされてないんだ。
なら、暗号をより自然に――――――――
「うーん難しい話をしてたらお腹かすいてきちゃったゾ。”ご飯は6時に食べようかなあ”」
俺は精一杯、怜に目配せをした。すると、怜は俺を見て察してくれたのがわかった。同時に、顔からにじみ出る呆れ、そして怪訝に俺を見る先輩方にも気づいてしまった。
「でだ――――――――」
何もなかったかのように話を竜崎は続け、先輩方もまた竜崎に集中した。ありがとう竜崎、本当に助かった。
【————何よ。】
【怜、竜崎、今更だが、告白券って本番NGじゃなかったっけ?】
【それは本当よ。】
【記憶封印が起こったのは、告白券の誤用だってのは一応納得はした。けど、今の話の流れだと告白券を使って本番行為をしたみたいじゃないか。】
【・・・・・・その話は、宮永龍華と緋色結衣が帰った後に説明するわ。この場でさらっといえる話じゃないの。】
声に凄みがあったが、一体どういうことなのだろう。
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もやもやとした感情を抱えたまましばらくたった後、竜崎の説明が一通り終わった。
「———————で、どうだろうか。もちろん、できうる限りのサポートは施すつもりだ。引き受けてはいけないだろうか。」
部長たちは顔を見合わせた。そうして大きく頷き、竜崎と怜を見据えた。竜崎は大きく頷くと、とてとてと怜のもとに走っていき、肩まで登った。
「皆、ありがとう。————————ただ、これまでの話はあくまでも身の回りを守るということであって、萩原静乃の記憶を呼び戻すこととはまた別問題なんだ。」
にこやかな笑みを浮かべていた先輩方の顔が再び引き締まるのがわかった。
「え?本元を叩けば記憶は戻るんじゃないの?」
部長の指摘はもっともである。でも、思い返せば、確かに想起の話は全く出てきていない。ただひたすらに、静乃を狙うやつらへの対処についてのみである。
「それができれば苦労はしないのよ・・・。」
怜がかみしめるように返事をする。手のひらは硬く握られていたのがわかった。
「これは脳に起こった異常に対する緊急措置と思っていい。我々がコントロールできるところではないんだ。相手にとっても、我々にとっても、簡単に記憶を戻す手段は持ちえない。ただ、萩原静乃の記憶はなくなったわけじゃない。それは、君たちがよくわかっているだろう。深く封印された記憶を呼び戻すには、想起が必要だ。だからこそ、国広君と合わせて、想起に協力してほしい。」
そこで初めて、侮蔑や呆れのこもってない表情を俺に向けてきた。
「静乃の記憶は、小学校6年生までしかない。幸い、俺はあいつを昔から知っている。あの刹那でさえ、知り合いになったのは中学からなんだ。」
もしかしたら、今日初めてまともな発言をしたかもしれない。なんてことを思った。
「なるほど・・・。では、静乃の記憶を呼び戻すためには、貴方の協力を得つつ、静乃の深層を揺り動かすようなことを行っていくということが必要だということで?」
「そういうこと。現に、萩原静乃の記憶を一部呼び戻したじゃないか。先ほどははぐらかされてしまったが、改めて聞こう。いったいどのようなことをした?」
「・・・そうですね。話しましょう。といっても、大したことをしたわけではないです。ある曲を聴かせただけですよ。」
そういって会長はポケットからスマホを取り出し、ある曲を流し始めた。その曲は――――――――
「これ、Rarestuさんの曲『嘔吐』だ・・・。」
アーティストであるRaretsuさん。負の感情や出来事、犯罪をテーマにした作詞とそれにヘヴィメタルを組み合わせたことで、この世に何かしらの不満を抱えている層を虜にさせた。俺もそこまでリピートして聴いているわけではないが、流石にこの曲は知っている。レイプされた少女の心象を描いた、絶望的な感情があふれ出す歌詞、彼の処女作だ。
「国広君は知っているみたいですね。」
俺が思わず声に出してしまったつぶやきに、会長が反応する。ふと会長を見ると、彼女はもの悲しそうにこちらを見つめていた。どうしてそんな悲しい顔をするんだ?
「・・・・・・ごめんなさい。私、この手の音楽あまり聴かないから、なんて言っているのかわからなくて。」
「そういうと思って、実は印刷してきたんだ。」
部長はカバンの中から歌詞が印刷されたプリントを取り出した。そうして、俺と竜崎を含めた三人にそれを渡した。
改めてこの歌詞を見ると、よくもまあ初っ端からこんなえぐい歌詞を書けるものだと、そしてよくヒットしたなと思う。
「・・・先輩方に聞きますが、この曲が出たのは何年ですか?もしかして、5年以内に出ていませんか?」
歌詞を全て見通したのか、怜は重苦しく言葉を発した。
「そうですね・・・ちょうど国広君が中学2年生の夏ごろ――――――――7月でしたね。」
「・・・なるほど。では、遼に聞くけど、静乃は小6秋から暗くなってきたのよね?中学1年生の頃は?」
まるでアキネーターが質問をしてくるかのように、関連してそうで、してなさそうな質問を怜は俺に投げかけてきた。
「同じクラスじゃなかったからな・・・詳しくは覚えていないが、あまり学校では見かけていない。静乃と小6の時につるんでいた女の子たちは別のグループを作っていたな。中2になってから同じクラスになった時は学校を週3くらいで休んでいて・・・」
言われて記憶を掘り起こしてハッとする。忘れていたわけではない。ただ、思い出すことも難しかった。なぜならば、中学時代静乃の存在感があまりにもなかったから、そもそもあまり覚えていなかったのだ。
「学校に来ていた時の彼女は今と同じ感じだった?」
「いや、俺が見かけた時は常に机に突っ伏していた。俺もたまに話そうとして話しかけたけど、反応がない時もあれば、ちょっと話をしてくれた時もあった。今みたいにひねた言葉遣いでね。ただ、眼は合わせてくれなかったな・・・。」
そうだ、昔つるんでいた女友達がどうして離れていってしまったのか。あまりに変わり果ててしまった静乃への失望もあったろう。『私のあこがれていた、人気者だった静乃ちゃんじゃなくなった。』って、中学生の頃なら、離れてしまうのも無理はない。未成熟な精神だから。
「なるほど。中2になってもそれは変わらず?」
「春先はそうだな・・・。誰も彼女に話しかけようとはしなかった。中1のころ休んでばっかりで、ただでさえ人が良くわからないんだ。加えて、クラス替えで中1のとき静乃と同じクラスだった女の子が当時の様子を伝えてしまうから、より接触しようという気がなくなる。――――そんななか同じクラスだった刹那は必死に仲良くなろうとしていた。他の女子たちと比べて、精神的に大人だったのだ。加えて、生徒会でも見せるほどの正義感だ。学級委員でもあったし、積極的にコミュニケーションをとろうとしていた。俺も気まぐれで話しかけるときもあった。」
「中2の夏休み前か後から静乃に何か変化はあった?」
「――――――――確かに、そのあたりから刹那とも顔を上げて話すようになったし、俺も話しかけられるようになった。学校にも休まず来るようになって、ひどくやつれた顔も―――――――――」
そこまでしゃべってふと、部長が目を見開いてこちらを見、会長は手を額に当ててうつむいていたことに気づいた。
「え?もしかして?」
あまりに想像の範疇から外れた考えだったので、結論付けてしまった自分を信じたくなかった。あまりに・・・・・・・あまりにひどすぎる・・・・・・
「――――――――国広君もここまでくればわかるでしょう。『嘔吐』の作者は静乃本人。――――――――あの歌詞は、おそらく実体験から書かれたもの。」
「静乃の記憶は・・・・・・性的暴行がなされる直前から封印されたってこと――――――――?」
記憶封印のスタートライン、そしてその背景は、信じがたい、信じたくないものであった。