~静乃side~
目が覚めると、そこは車の中だった。隣には大学生くらいの男の人がいて、運転席には大柄な男がいて、今にも車を発進させようとしていた。
「ちょっと先輩早くしてくださいよ!」
「す、すまん・・・。こんな急いで発信することなんて、な、なかったから・・・。しかもマニュアル車なれてないし・・・」
「なんのためにマニュアル込みの免許取ったんすか!こういうときのためでしょうに!」
「そんなこと免許取るときに想定してな、なかったんだな・・・・・・・。あ、エ、エンストした・・・ちょっとまって・・・」
「もう何して―――――って、おい、暴れんなよ女ァ。自分の立場考えろよ?」
目覚めた私に男は気づいたみたい。恐ろしい顔つきで、こちらを睨みつける。逃げ出そうと思ってトランクを開けようとしたけど、両腕が動かせないことに気づいた。後ろで指が縛られている。
「念のため指を結束バンドで縛っといてよかった~。足縛るとこの後面倒だから自由にさせてやっているが・・・もし足で俺を蹴ろうものならもう一度眠らせてもいいんだぜ?」
そうして男はスタンガンをちらつかせた。電流が走るその光景を見て―――――――――――
「あ――――――――」
この光景、あのときと――――――――――
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目の前で静乃が攫われてしまった。どうしてこんなことに。糞、なんのための付き添いだよ・・・。とにかく止めないと!
幸いなことに、眼前の車はまだ発進していない。やけにうなるエンジン音だけがこの場に響く。この間になんとか・・・でもどうやって止める?
俺はたちあがろうと手を動かそうとしたが―――手が震え、うまく力が入らない。まるで、重たい荷物を長時間持った後のような。目は動かせたから、あたりを見回すと、ちょうど近くに俺の放置傘が転がっていたことに気が付いた。俺は震える手で何とか傘をつかむと、それを杖代わりにしてなんとか立ち上がった。
「静乃!」
今すぐ駆け出して止めに行きたかったが、しびれが残っているから、傘を杖代わりにゆっくり足を進めることしかできなかった。ただ、ちょっとずつ、マシにはなってきている。早く元に戻れ、俺の足!
「クソ、こんなときに・・・なんとか、なんとかしないと、なんとか!」
そうしてジリジリと詰め寄って、車まであと3mといったところで、車が前に進み始めた。その瞬間、何かが吹っ切れたのか、火事場のクソ力のせいなのか、俺は走り出すことができていた。そうして車のトランクに手をかけるすんでのところで、俺の走る速度よりも車の速度が上回り、手が絶妙に届かない。これじゃ、間に合わない―――――――――――――――
瞬間、俺は杖代わりに使っていた傘を逆に持ち替えて、取っ手をトランクのレバーに引っ掛けた。とっさの判断だった。トランクの開く角度を考えると、これでトランクが開くことは絶対にない。だけど、おいていかなければ、どうとでもなる、そう思って。そして、その判断に救われることとなった。トランクのロックが解除されるのがわかった。あとは俺が追い付くだけ―――――――
そんな安堵が気を緩ませたのか、しっかり握っていたはずの傘が手から滑り落ちた。そして、その勢いで俺は盛大に前に転がり倒れてしまった。
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「な、トランク開けやがったあの男・・・」
「そ、そんなのお構いなしでいいんじゃないか・・・?」
「走っているうちにトランクあいたらマジで終わりですよ!周りに見られでもしたらいよいよどうしようもなくなりますって。なんのためにガラスにスモーク貼っていると思っているんですか!!」
遼、遼が助けてくれたの?そんな考えが頭をよぎる。そして、これはチャンス?あの人らも、トランクはそのままにしておけないって言ってる。だから多分あの男はトランクを閉めるため、一瞬後ろに目を向けるはず。そして、半ドアになった扉を閉めるためには、一瞬大きく開けないと、反動使って閉められない。だから・・・
「遼が助けに来てくれた!
大声で喜びを叫んだ。運転席にもしっかり届くように。あの頭の悪そうな運転手がそんなセリフを聞くと―――――――――
「や、やばい!追いつかれるんだな・・・!」
急発進するよね。今までトロトロ走っていたのが急に速度が上がるんだ。そして、もう一人の男がトランクを大きく開けようとするタイミングと重なったらどうなるか。
「ちょ、キモタク先輩!」
読みは大当たり。慣性の法則で、中の人間はみな後ろに引っ張られる。だから、男も勢い余ってトランクに激突してしまう。おかげで、ちょっとしかと開けるつもりのなかったトランクが全開となった。そうして、こちらは自由に動く足を使って男を蹴り飛ばす。男の意識はトランクに向いてたから、当然この動きは予知してないだろう。男は荷台から道路へ転げ落ちた。そして後方の視界には―――――――――遼がこちらに向かって走っているのがよく見えた。
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盛大に転がり倒れても、また緊張状態に戻ったのか、アドレナリンバリバリ出てるのかわからないが、すっくと立ちあがることができ、また走り始めることができた。もう、目の前の車しか目に入らない。とにかく前へ、前への思いが、俺を突き動かしていた。すると目の前の車が急発進すると同時にトランクが大きく開かれた。そして一人の男が転がり出てきた。俺はまだ、そいつをよけてまで走れるほど器用に動けないから、思い切り踏みつけてしまった。丁度みぞおちを踏んでしまったのか、えづいた声がその場に響いた。車の中を見ると、そこには膝立ちの静乃がこちらを向いていた。そして、俺と目があった。ただ、車はどんどん遠ざかる。このままだとどのみち距離が開くばかり――――――――――と思っていたその時、車が急停止した。さすがに相方が転がり出たら驚いて一度止まるか。これはチャンスだ!
みるみる距離を詰めていく。そして再度数mまで距離を詰めたとき、再度車が発進した。もうなりふり構っていないって感じなのか?それなら―――――
「飛びだせ!」
静乃はそれに合わせ、トランクから勢いよく飛び出す。ただ、手を縛られているのか、着地はできてもたどたどしい。そうして、前のめりになって倒れそうになったその瞬間、俺は彼女を抱きとめた。
「よかった、なんとか取り戻せた。」
「遼、助かった。本当にありがとう・・・・・・!」
静乃は安堵と恐怖が入り混じったような、そんな声でお礼を告げてくれた。
「直紀ぃ!大丈夫かぁ!」
そうだ、片割れはうずくまってても運転手は健在か!ただ、静乃を取り戻したことで、また安心したのか、また体が思うように動かなくて・・・
「俺だってぇ!こいつがあればまだぁ!」
そうしてピザデブ男はスタンガンをちらつかせてこちらに向かって走り出した。マズイ――――――――
俺は体を反転させて、静乃とあいつの間に割って入ることしかできなかった。こんな状態だったら、流石に俺も気絶するか・・・
せっかく取り戻せたのに、また捕まったのなら、意味がないな・・・・・・。
その時、左の小路から男が一人走り出してきた。
「やっとみつけた!この糞野郎が!」
ハムだ!
ハムはピザデブ男めがけて飛び膝蹴りをすると、奴は横に転がり込んだ。そして手からスタンガンがこぼれると、ハムはそれを回収して、勢いよく地面にたたきつけた。スタンガンはもうこれで使い物にならないだろう。
「そうだ!まだもう一人残ってる!後ろだ!」
俺は指さしながら叫ぶと、ハムは後ろを振り向く。ただ、蹲っていた奴は復帰した後思いのほか近づいていたから、ハムは攻撃じゃなくて防御姿勢となってしまっていた。
「この野郎!よくもキモタク先輩を!ただで済むと思うなよ!」
奴はハムめがけてスタンガンを振りかざした。ただ、ハムは思いのほか余裕で・・・というか、そりゃ余裕になるわな。とんでもない助っ人が走ってきているのがわかった。そっか、もう夕暮れですもんね、会議も終わりますか・・・
「ただで済まないのはこっちも同じです!」
駆けつけてきた緋色会長は、スタンガンをもつ手をひねり上げてスタンガンから手を離させた後、コンクリートの地面に思い切り投げ飛ばした。一本背負いっていうんだっけ?
まともに受け身も取れるわけもなく、奴はそのままピクリとも動かなくなった。
「いろいろ質問はありますが、助かりました。本当に・・・」
「喜ぶのは後にしましょう。まだこの方々の片づけが終わってないので。」
「そうだな。本質的な解決はまだしていない。あの男たちからすべてを聞き出したいが、それは本丸を何とかしてからだ。そのためにも、こいつらが持ってる武器諸々引っぺがすぞ。」
そうすると、ハムと会長は奴らのハイエース、身ぐるみを捜査し始めた。なんて心強い助っ人が来てくれたんだ。それに引き換え俺は・・・何かできたんだろうか・・・。
「さすがハムと会長だなあ。俺は・・・」
「別に、直接攻撃が全てってわけじゃないでしょ。」
身近なところから、声が聞こえてきて、ようやく俺は今置かれている状況を理解した。ずっと静乃を抱きしめていたのだ。気恥ずかしくなってて、手を放して離れた。
「ご、ごめん。」
「何に足しての謝罪なのさ。」
静乃は俺をからかうように二やついてこちらを見た。
「それに、早くこの指何とかしてほしいんだけど。ほら、役に立ちたいんでしょ?」
「そ、そうだった。ペンチか鋏があれば―――――そうだ、鋏なら持ってるから!」
俺はいそいそとカバンの中から鋏を取り出し、急いで静乃の指に巻かれていた結束バンドを切った。
「はあ、自由になれた。」
「はは、やっと役に立てたよ。」
「そんな卑屈にならないでよ。遼がトランク開けなかったら脱出のきっかけもできなかったし、抱き留めてくれなかったら、
「そ、そういわれると確かに・・・・・・・・」
って、あれ?一人称元に戻ってね?
瞳をじっと見つめたが、死んだ魚のような眼はしていなかった。ただ、数日前の輝く瞳とも違っていた。そりゃ、あんな怖い目に遭って生き生きとするわけもないけど・・・
「静乃、もしかして・・・?」
「まあまあ、その話はいろいろ片付いてからってことで。」
手を首の後ろに組んでこちらに背を向けた。表情はもう見えない。
ただ、このからかいぶりといい、きっと事態は好転したんだろう。その理由はよくわからないけど・・・。
さて、本丸はこれからって話だ。怜にも連絡して、この件を片付けるぞ。
俺は自分のほっぺを強くたたいて喝を入れた。スタンガンのしびれのせいでうまく力をコントロールできなかったから、めちゃくちゃ痛かった。