とある廃工場。とうの昔に放棄された場所であるため、施設内を照らす明かりは怪しく明滅を繰り返す機械類と、割れた窓から差し込む僅かばかりの陽光のみだ。そんな廃工場の一角で、激しい爆音とともに眩い光が瞬く。
誰一人として存在しないはずの、閑静な廃工場の中では有り得ない現象。その現象の中心に居たのは、周囲に眩い光を放つ光球を浮かべながら
少年は自らを取り巻くモンスターの内一体―――ビットと呼ばれる小型の機械から放たれたレーザーを軽やかな動きで回避しながら、右手を軽く振って五つの光球をモンスターたちに向けて発射する。放たれた光球は、光の尾を引きながらそれぞれが過たずモンスターたちに命中すると同時に、彼らを青い粒子へと変えて行く。
それを確認した少年は小さく息を吐き出すと、パーカーのポケットから小型の携帯端末を取り出し、それを操作し始める。
「現状の討伐状況はビットが12機、R―4が7機、スライヌベスとパオベーダーがそれぞれ9体か……。機械系はノルマに達してるけど、残りの二種はまだ足りない、か」
そう呟いた少年は携帯端末をポケットに入れると、新たな獲物を求めて廃工場のさらに奥へと進もうと、パーカーに付着した砂埃を叩きながら歩き始める。しかし、つい今しがたポケットにしまったばかりの携帯端末が振動し始めたため、少年は右手をポケットに突っ込みながらその歩みを止めた。
「着信?……イストワールからか。何かあったのか?」
ポケットから携帯端末を取り出し、画面に表示されている名前を確認して訝しげに眉を顰めながらも、ボタンを操作して通話を始める。
「もしもし?今丁度ケイの奴から頼まれた仕事中なんだが。……は?ギョウカイ墓場に?……ああ、それで?…………ギアが!?……待ってくれ。テーヌ、それにノワール達はどうなっているんだ?……そうか、解った。それじゃ、今すぐそっちに向かうから少し待っててくれ。何?仕事?んなもんどうでもいい。兎に角そっちに向かう。ああ、それじゃあ」
通話中にある単語を聞くなり別人のように取り乱し始めた少年は、切羽詰まった様子でさっさと用件を伝えると通話を終了し、端末をポケットにしまいながら先程向かおうとしていた方向とは逆方向、廃工場の出口に向かって走り始める。
「無事でよかった、ギア……っ!!」
廃工場を全力で駆け抜けるその表情に、先程の焦燥した様子からは考えられない、心の底からの安堵の感情を浮かべながら……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
少年が走り始めるのと時を同じくして少年の通話相手、イストワールと呼ばれた小柄というよりは妖精といった方がしっくりくる外見の女性は、自らが教祖を務めるプラネテューヌのシンボルであるプラネタワー、さらにその内部にある教会の聖堂で、大きなため息を吐いた。
「はあ、マコトさんにも困ったものですね……。仕事を放り出して戻って来るだなんて。しかし、彼の心境を考えれば仕方のない事なのでしょうか……。」
彼にとって今回救出に成功した人物がどれだけ大切であるかという事、そして誰よりも三年前の事件を悔やんでいるという事を知っているだけに、イストワールという一個人としては彼の気持ちがよく分かるのだが、プラネテューヌの教祖、彼の直属の上司としてはああまではっきりと職務放棄を宣言されるとやはり、若干複雑なものがある。
「あの、いーすんさん。ギアちゃんをなんとかできる人って言ってましたけど、今の方はどなたですか?」
そんなイストワールに、ピンク色のセーターを身に着け、優しげな雰囲気を醸し出す女性、コンパが不思議そうに尋ねる。彼女としては、イストワールが連絡をとった見覚えのない少年が、ギョウカイ墓場から戻ってきて、先程一度目を覚ましたのだが、今現在塞ぎ込んでしまっている、自分の大切な友人の助けになるとは思えなかったのだ。
そんなコンパの疑問にイストワールではなく、コンパの隣で何やら考え事をしていた、その小柄な体には若干大きめの青いコートを羽織った少女、アイエフが答える。
「ああ、コンパは会った事ないのね。アイツはマコトって言って、普段は私たちと一緒に仕事をしたり、ネプ子の秘書をやったりしてるのよ。まあ、有り体に言えば優秀だし、良い奴よ。ネプ子の話だと、ネプギアもアイツに懐いてたみたいだし、可能性はありそうだけど……。ですがイストワール様、確かにネプギアはマコトに懐いていましたけど、流石に今のあの子をどうにかできるのはネプ子ぐらいだと思うのですけど……」
と、自分の同僚でもある少年についてコンパに説明するアイエフも、やはり彼が解決策になりえるとは思えない様子だ。そんな二人の言葉に、そう考えるのも仕方ないと思い、苦笑しながらもイストワールは彼女たちに説明する。
「お二人の言うことも分かります。ですがネプギアさんとマコトさん、それにネプテューヌさんの関係はアイエフさんがご存じの物とは若干異なる物ですから。彼は今のネプギアさんにはネプテューヌさんと同等か、それ以上に必要な存在である筈です。なぜならマコトさんは二人の……。いえ、これは私からお話しすべき事ではありませんね」
ここまで話して、イストワールは唐突に言葉を切った。なぜならあの三人の関係は彼らと、自分を含めた各国の教祖たち、そして各国の守護女神たちのみが知りえる機密事項だからだ。本来ならばそこまでの重要度は無いのだが、一応そうするだけの理由が存在し、何よりマコト本人がそれを望んでいる。つまり、これは今の段階で自分が話すべき事ではないと考えての行動だった。
「私の知ってる関係とは違う……?それはネプ子とネプギアの姉妹とマコトの間に主従以上の関係があるという事ですか?」
イストワールの言葉から読み取れる情報を整理し、彼女なりの結論を出したアイエフはイストワールに問いかける。
「ええ。ですが詳しい事はマコトさん本人に尋ねて下さい。先程も言いましたが、これは私の口からお話しすべきことではありませんから」
「いーすんさんからはお話しできない、主従を超えた三人の関係……。はわっ、まさか三角関係ですぅ!?」
アイエフの問いにイストワールが答えると同時、何やら難しい表情で考え込んでいたコンパが、下に向けていた顔を勢いよく振り上げながら、そんな突拍子もない事を口にした。
「いえ、流石にそれは彼らの名誉に関わりますから否定させて頂きますが……」
「まあ、コンパのは行き過ぎだと思うけれど、案外あの姉妹のどちらかと恋人同士、なんてのは有り得そうね。それならイストワール様からは話せないっていうのも説明が付くし」
イストワールがコンパの考えを苦笑しながら否定するが、アイエフが冗談交じりに放った言葉によって、更に場が盛り上がる。そんな風に三人が会話をしている場所、彼女達三人しか存在しない筈の聖堂。その中心部に、突如光の柱が現れる―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マコトがイストワールからの連絡を受ける少し前の事。薄紫色の髪を持ち、白を基調としたカラーリングのセーラーワンピにその身を包んだ少女―――ネプギアは、三年ぶりに帰ってきた自室のベッドにその身を預けていた。
だが、その様子は三年ぶりに自分の家に戻ってきたことによる安らぎなどとは程遠い物だった。全身が汗ばみ、呼吸は荒く、顔は青褪めており、その紫色の瞳を見開いて苦しそうに胸を押さえながら蹲るその姿は、何処の誰の目から見ても尋常ならざる様子にしか見えないだろう。
「っ!はあっ……、はあっ……。……どうしてなの?どうしてあの時のことを考えると、こんな……」
先程イストワール、アイエフ、コンパの三人に三年前の事を説明しようとした際にも同じ状態に陥ってしまい、アイエフとコンパによって部屋に運び込まれて以降こうして引き籠ってしまっている。
禍々しい空気に満たされた世界の中心部。その場所で、一人の女性の前に為す術も無く薙ぎ払われてしまった、姉を始めとした四人の女神達。そんな信じ難い、悪夢のような光景の中、何もできなかった自分。そして、自分にも姉たちを薙ぎ払った刃が―――
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
そんな、三年前の光景をイメージした瞬間、ネプギアは自分の意思に関係なく叫んでいた。もう何度目になるだろう。あの時の事を思い出そうとする度に全身が震え、息が苦しくなる。そんな感覚に、ネプギアにはまるで自分が自分でなくなってしまったように感じられた。
「私、どうしちゃったのかな……?」
ベッドに体を投げ出しながら呟くネプギア。彼女は気付いていないが、彼女の体のこの異常は、三年前の出来事が彼女にとって大きなトラウマとなっていることが原因だった。
それまで無敵だと信じていた姉たちの敗北。その場にいながら、姉たちが敗北する様を見ていることしかできなかった自分の無力さ。そして、生まれて初めて目の前に突き付けられた、あまりにもリアルな死の恐怖。これらの要因が重なって、三年間捕らわれていた事によって弱りきっていた彼女の心に多大な負荷をかけていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん……。会いたいよ。いつもみたいに大丈夫って言ってよ。いつもみたいに私の事を助けてよ……」
無意識の内に誰よりも頼りになる二人を思い出し、涙を流すネプギア。いくら真面目でしっかり者かつ女神候補生とはいえ、年端も行かない少女なのだ。兄と姉に可愛がられて育ったということもあり、年相応に幼い部分も持ち合わせている彼女は、自らに圧し掛かる使命を、いつものように二人が解決してくれると思いたかった。だが……
「お姉ちゃんは今も捕らわれたままで、お兄ちゃんもここにはいない……。いつもみたいに、黙っていても解決してくれる人達はいないんだ。私、だけなんだ」
いつも自分の傍に居てくれた、自慢の姉と優しい兄。困った時には必ず助けてくれた二人。しかし、そのうち片方である姉は今尚捕らわれの身であり、無事であるはずの兄も、各国のシェアを犯罪組織から守るために奔走しておりここには居ないと聞かされている。
そして誰よりも頼りになる彼らが居ないという事はつまり、今回の件を解決できる可能性があるのは、曲がりなりにも女神に匹敵する力を宿した自分だけなのだ。これまでのように自分が動かなくてもどうにかなるような問題ではない。そんな思いが、呪いのようにネプギアを駆り立てて行く。ただ焦る気持ちだけが募っていく。
「だから絶対に私が、私がお姉ちゃん達を助けないといけないのに……。前に進まなきゃいけないのにっ!どうして、どうして私はこんなにも弱いの……?」
それに加え今の彼女は、先日ギョウカイ墓場で三年前以上にはっきりと自分自身の無力を突きつけられて自信を喪失しているにも関わらず、自分が姉たちを助けなければならないという脅迫観念と使命感によって、自分で自分を何重にも縛りつけてしまっているのだ。
「こんな事で、こんな弱い私でお姉ちゃん達を助けられるのかな……?三年前には何も出来なかった。この間だって、全力だったはずなのに傷一つ付けられなかった。そんな私が……?」
ネプギアは女神達が捕らわれてしまっている以上、彼女たちを助けるのは女神候補生である自分の役目だと考え、実際に自分が姉たちを助けなければならないとまで考えている。しかし、普段の彼女であればすぐに行動に移っていたであろうこの使命に対しても、彼女の砕かれた自信が彼女を不安にさせる。
不安に満ちた頭であれこれと悩み続けるネプギアであったが、数分も経たない内にベッドに預けていた体を起こしながらそれでも、と呟く。
「……いつまでもこうしてても何も始まらない、よね。辛いけど……。私には無理かもしれないけど、それでもお姉ちゃん達を助けなきゃダメだから……」
自らに言い聞かせるように呟いたネプギアはベッドから立ち上がり、部屋を後にする。まだ微かに残る体の震えと胸の痛みを無理やり意識の外に追いやり、まずはイストワール達に三年前の事を説明しよう、そう考えて彼女は聖堂へと向かう。
「強く、ならなくちゃ……。一人きりでもお姉ちゃん達を助けられるように、誰よりも強く……」
苦痛を無理やり押しとどめ、壁に手を付きながら目的地へと向かう彼女の頭の中では、未熟な彼女にとってはあまりにも悲痛で、あまりにも危険な決意が渦巻いていた―――
はい。この作品を読んで下さっている皆様、はじめまして。ナイルと申します。
という事でお送り致しました第一話でした。オリ主の出番が少ないのは仕様。
さて、今回の第一話において当作品では、原作からさらにギアちゃんのトラウマを強化した形になります。
これに関しては色々思うところのある人は多いと思うけど、まずは俺の話を聞いてほしい。だって考えても見てよ。
女神がボコられる事によってそれまで絶対だった価値観が揺らぐ→初めて感じる死の恐怖→三年ぶりに目覚めても初バトルで手も足も出ない→ついでに真面目だから使命感に捕らわれやすい
これだけ揃ってればどう考えてもちょっと自信を失うだけじゃ済まないだよなぁ。
普通に考えてアイデンティティ崩壊直後の死の恐怖とか一生モンのトラウマだし、それまで少しは持ってた筈の自信も四天王最弱さんに言い訳できない形で砕かれてる訳だよ。そして状況的に考えて女神を助けるのは自分の役目。しかもギアちゃんの性格的にそれを投げ出すのは無理と来た。
そりゃあ欝に位なるでしょ。それでも立ち上がって前を見ようとしてる辺りとかさすが主人公って感じの描写にはなってると思います(あからさまな闇堕ちフラグから目を背けながら
それに賛否両論分かれてる原作のアレもこのギアちゃんならやってもおかしくないと思うんですよねー(ゲス顔
ちなみに僕はあのエンド自体はそれに至る理由が薄い事を除けば嫌いじゃないので、番外編とかで書きたいと思ってます。(この小説を書こうと思った理由の三割くらいはこれ)そのためにはギアちゃんには豆腐メンタルを前面に押し出してもらい、それ相応のああなる理由を作るしかなかった訳です。
序盤はギアちゃんが不遇な展開が多いですが、最終的にはトラウマを克服した、きれいなギアちゃんをお見せできると思うので、そういう作品だと思って読んでいただきたいなーと思ったり思わなかったり。
深夜のテンションなので、自分でも何書いてるか分からなくなってきたので今回はこのあたりで。
ご指摘、意見等ありましたらメール、ツイッタ―でどうぞ。感想欄だとネタバレを気にしてあまり喋れないのでw
それでは次のお話でお会いしましょう。