超次元ゲイムネプテューヌ 「紫」の系譜   作:ナイル

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disk2 一人じゃない

 未熟な少女が自室にて悲痛な決意を固めたのとほぼ同時刻。ゲイムギョウ界を構成する四大陸の内一つ、黒の女神ブラックハートが守護する土地である「重厚なる黒の大地」ラステイションの教会内を、一人の少年が早足で歩いていた―――

 

 

「クソッ、なんだってダンジョンの出口付近にあんな数のモンスターが居やがるんだよ。おかげでノルマは達成できたが、余計な時間を食っちまった」

 

 ただでさえ時間が無いってのに、と頭の中で続けながらも廊下を早足で進んでいく。焦りは余計な感情や隙を生むので意識して落ち着くようにはしているが、三年ぶりに大切な妹に会えるのだ。どんなに意識しても余計な手間には普段以上に腹が立つし、自然と歩むスピードは速くなってしまう。

 

 そんな自分の状態を、自分らしくもないと鼻で笑ってみても逸る気持ちは抑えられない。目的の場所に向かい、いつもより広い歩幅で、いつもより早いペースで進んで行く。

 

 歩みを進めながらも、もうすぐ妹に会えると思うといろいろな思いがこみ上げて来る。それは歓喜であり、後悔でもあるが。

 

 三年前、ギョウカイ墓場に向かった二人の妹と三人の友人たち。このゲイムギョウ界を危機から救うために戦いへ赴いた彼女たちは、そこでの戦いに敗れ、敵の手に捕らわてしまった。

 

 イストワールから彼女たちが捕らえられたと伝えられた時から今日まで、俺は周囲に対しては冷静に振舞ってきた。妹達が居ない今、自分まで落ち込んでいても何もならないと思ったからだ。

 

 しかし、心の内では、一日たりとも彼女たちを引き止めなかった事、どこかで彼女たちならばやってくれるだろうと楽観視し、彼女たちだけに解決を任せてしまった事を後悔しなかった日は無い。

 

 あの時、例え誓いを破ってでも、例え理性を失うことになったとしても彼女たちに無理やり着いて行けば良かったんだ。そうすれば、彼女たちを捕らわれることなく元の居場所に帰す位のことは俺にも出来たかもしれなかったのに。

 

 だが、当時の俺は自分の未熟さを理由にしてその選択をしなかった。いや、その選択から逃げたんだ。だから、それを自覚した時は自分が情けなくて、許せなくて、何より悔しかった。だからあの日以来、自分を追い込んで、自分を鍛え続けてきた。もう二度と逃げたりしないように。そしていつかこの手で彼女たちを取り戻すために。

 

 そして今の俺は、直属の上司であるイストワールの指示で、女神のシェアの低下を阻止するために各国を巡っている。今日も先程までは一か月ほど前から滞在しているここ、ラステイションのシェアを守るための活動をしていた訳だが、先程のイストワールからの連絡で事情が変わった。なんと、同僚のアイエフとその友人がギョウカイ墓場に潜入、捕らわれていた俺の妹の内一人であるネプギアを救出したという連絡が入ったのだ。

 

 他の四人は相変わらず捕らわれたままであるという点が残念―――俺自身も話を聞いた時、そこに関しては落胆したが―――だが、それでも個人的観点から言えば、ネプギアを救出したと言われた時、心の底から安心したのも事実だ。たった一人を救出しただけかも知れないが、それでも大きな一歩だ。少なくとも彼女たちが救出出来るのだから。

  

 なんて事を考えながら、二分ほど歩いただろうか。正面に現れた、周囲の扉よりも若干豪奢な作りになっている扉の前で足を止めると同時に、ノックもせずにそれを若干ではあるが、乱暴に開け放って部屋の中へ入って行く。やはり意識していても焦っているみたいだ。

 

 部屋に入ると、部屋の中に居た銀色の髪をショートカットにし、黒色の執務服を身に付けた中性的な容姿の人物―――神宮寺(じんぐうじ) ケイはいきなりの闖入者に一瞬驚いた様子を見せるも、俺の姿を確認するとすぐに微笑を浮かべた普段の表情で口を開く。

 

「おや、頼んでいた仕事は終わったのかい?それなら次はこっちの依頼を……って、どうしたんだい?随分と焦っている様だが」

 

 ケイは、最初こそ俺の様子が普段と異なる事に気付かなかった様で、手にしていた書類をそのまま俺に向かって突き出して来たが、どうやらそれを俺に渡そうとしたところで気付いた様だ。

 

「とりあえずさっき頼まれた依頼はギルドに達成報告をしておいたよ。その依頼も片付けたい所なんだけど少し用事が出来た。ケイ、突然で悪いんだけど俺は今からプラネテューヌに帰らせてもらう」

 

「……本当に突然だね。しかし、現在君の身柄は出向扱いとはいえラステイションの教会、つまりはボクの預かりだ。そして君の身柄を預かっている間は、君を自身の部下として扱う。これはボク達教祖の間での取り決めと、君の同意の上で各国に与えられた正当な権利だ。そして当初の契約通りならあと一カ月は君の上司に当たるイストワールでも、ボクに断りなくして君を呼び戻す権利は無いという事は理解しているね?」

 

 ケイの問いに無言で首を縦に振る。勿論その事は理解している。そもそもその条約が調印された場には俺も同席していたのだから当然だ。だが、今回それは関係なく個人的な理由によるものだと伝えようとするが、それよりも早くケイが次の言葉を発する。

 

「ならばその上で一つ質問しよう。何故君はこんなにも急にプラネテューヌに戻る、などと言い出したのかな?先程の問いに君は首を縦に振ったんだ。まさかイストワールに呼び出された、などと言うつもりは無いだろう?」

 

「ああ。別にイストワールだの仕事だのは関係ないさ。ただの個人的な事情だよ。ああ、一応言っとくけど止めても無駄だからな。ここに来た理由は一応報告ってのと伝言を頼みたいってだけの事だよ」

 

 そう言いながらも、ポケットから愛用の手帳(スペルブック)を取り出し、魔力を通すことで目の前に浮遊させる。正直一分一秒が惜しい。ケイには悪いがこのまま長話になるのは不本意なのでそろそろ行くとしよう。そう考え、目の前のスペルブックに意識を集中しながら一つの魔法をイメージするが、ふと目の前にいるケイが溜め息を吐いたのが分かり、そちらへ意識を向ける。

 

「ハァ、少しは落ち着いてくれ。これ以上話を長引かせるつもりも引き止めるつもりも無いから話を聞いてくれないかな」

 

 コイツが話を長引かせる気が無いというのならそうなのだろう。そう思い、一度スペルブックから完全に意識を逸らしてケイの話を聞くことにする。引き止める気も無いというのだし、伝言を頼むという観点からも都合が良いかも知れない。

 

「その慌て方、本当に君らしくないね。まあ、おかげでこちらとしては君のその焦り様から君の事情とやらには察しが付いた訳だけどね。さて、その君の事情がボクの思った通りの物であるなら、僕は君を引き止める気は無い訳だが。一つ、君の頼みを聞く代わりに頼まれて欲しい事があるんだ」

 

「なんだよ。こっちは見ての通り一分一秒が惜しいんだ。あまり勿体ぶらないでくれないか?」

 

 こちらは急いでいるというのに、わざわざ勿体付けた話し方をするケイに対して、意図せずではあるが苛立ちを表に出してしまった俺の様子を見て、ケイは小さく笑いながらも続ける。

 

「ふふっ、頼みというのは後日でいい。君のその事情に関してボクにしっかりとした説明をして欲しいんだ。君がこれを約束してくれるのなら君の伝言を預からせてもらうが、どうかな?」

 

 こんな条件を出してくる辺り、ケイがこちらの事情に察しがついたというのは嘘では無いのだろう。これが嘘だとするならあまりにも彼女にメリットが無さすぎるし、これに関して彼女自身確信めいたものを持っているからこそ引き止めもせずにこんな条件を出している訳だ。

 

「ああ、分かった。約束するよ。それじゃあ、ユニに明日の約束が守れなくて済まない。埋め合わせは今度必ずするって伝えておいてくれ」

 

「まったく、そんな事くらい自分で伝えたらどうなんだ。まあいいさ、分かった。伝えておこう」

 

「サンキュ、恩に着るよ」

 

 ケイのその答えを聞いたため、もうこの場所に用は無くなった。目の前のスペルブックに再び意識を向け、一気に魔力を流し込む。あとはキーワードを詠唱するだけで転移魔法が発動し、プラネテューヌへ帰れるという状態だ。魔力を流したまま空中のスペルブックを手に取り、キーワードを告げる。

 

「―――刹那駆けし閃光よ。一瞬の瞬きにて我を誘え!スペルナンバー003(スリー)、『トライス・ポータル』起動(ドライブ)!!」

 

 キーワードを告げると同時、溢れんばかりの閃光が俺の周囲を包みこみ、全身が浮遊感に襲われ、視界が光に閉ざされて行く。転移する直前に、ケイが何やら言っていたようだったが、既に周囲からの因果が切り離されていたのか聞き取ることは出来なかったので、気にしないようにする。そして、光の向こうに見える景色が先程まで立っていたラステイション教会の執務室の物ではなく、見慣れた我が家―――プラネテューヌ教会の聖堂の物に変わった処で一歩を踏み出した―――。

 

 

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

「ふう。まったく彼には困った物だよ。戻って来たと思ったらいきなりプラネテューヌに帰るだなんて」

 

 恐らくマコトには聞こえていないだろうと分かった上で、この貸しは高く付くよ。と告げた後、眩い光と共にマコトが去った室内でケイは一人呟いた。

 

「あの焦り様、恐らくは捕らわれていた彼の妹のうち片方、若しくは両方が救出されたと考えるべきだろうね。他の女神は、あの様子だとまだ捕らわれたままなのだろうね……」

 

 マコトが取り乱すような出来事など限られている上に、数日前にプラネテューヌの教会で何やら動きがあった事は彼女も掴んでいた。そこから推察するに恐らく女神関連の出来事であるというのは想像に難くない。

 

「それにしてもユニは落ち込むだろうね……。あの子はあれで彼には懐いていたし。ボクの言えた事では無いけど、彼にはもう少し乙女心というものを理解して欲しい物だよ」

 

 彼の伝言をユニに伝えた際に彼女を元気付けたものだろうか、などと思案するケイだが、そもそも乙女心というものを理解しないあの少年が悪いのでは、と自らもそういう感情の機微には疎い事を棚に上げて考えてしまう。

 

「しかし、彼があの様子ではノワールも相当苦労するだろうね。特にあの子は素直じゃないし、彼は自分で気付いても何も言われなければ放って置くだろうし。……ノワール、何時までもそんな所で大人しくしていたら彼は何処かへ行ってしまうよ?」

 

 今ここには居ない、自分の上司であり友人でもある少女に思いを馳せながらも、彼女は再び執務机に座って職務を全うするのであった。

 

 

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして場面はアイエフ、コンパ、イストワールの三人が冗談交じりの会話をしているプラネテューヌ教会の聖堂へと移行する。

 

 聖堂の中心部の突如出現した光の柱。それに気付いたアイエフとコンパは、何事かと驚きながらも警戒し、何時でも動けるように身構える。しかしイストワールはこの現象に心当たりがあるのか、心底あきれた様子で溜め息を吐きながら光の迸る地点を見つめていた。

 

 最初、そこにはただ光があるだけだったが、光が弱くなるにつれて徐々にその向こうに人影らしき物が見え始める。それを見たアイエフとコンパはさらに警戒を強くして無意識に一歩後ずさるが、そんな二人にイストワールが声をかける。

 

「アイエフさん、コンパさん。お二人ともそう警戒なさらなくても大丈夫ですよ。何せあの光は……」

 

 イストワールが言い終わる前に、光の中から赤を基調としたカラーリングのパーカーと、濃紺のジーンズをその身に纏った少年―――マコトが姿を現した。

 

「ふう、問題無く転移出来たみたいだな。一か月ぶりの我が家、なーんて言ってる時間は無いな」

 

 光の中から姿を現したマコトは軽く周囲を見渡して無事に転移が済んだ事を確認しているが、どうやらイストワール達三人の存在には気付かない様子だ。

 

 そんな彼の姿を見たアイエフは、まるで幽霊でも見たかのように焦りながら殆ど条件反射に近い形で口を開く。

 

「えっ!?ど、どうしてアンタがここに居るのよ!?ラステイションに出向してたんじゃないの!?」

 

 そんなアイエフの声によって、ようやく三人の存在に気付いたマコトは、彼女たちの方に体を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「ん?ああ、アイエフにイストワールと……そちらのセーターさんはどちら様?」

 

 アイエフの言葉を受け流しながらこの場に居る人物を把握しようとしたマコトは、三人の中で見覚えの無かったコンパの存在に疑問を抱く。

 

「はわっ!?ええっと、私はコンパというです。マコトさん、ですよね?あいちゃんからお話は聞いてるです。よ、よろしくお願いしますですっ!」

 

 光の中からいきなり現れた少年に質問を投げかけられたことで慌てたコンパは、少年が光の中から現れたことに対する疑問や驚きはどこかへ忘れて、半ばまくしたてるように自己紹介をする。

 

「アハハ、アイエフから話を聞いてるってのは何か誤解されてそうで怖いな。君の言う通り、俺の名前はマコト。よろしく、コンパさん」

 

 マコトはそう言いながらコンパに歩み寄り、彼女に対して自身の右手を差し出した。そんな彼の動作に、始めは不思議そうにしていたコンパだが、マコトが首を傾げる様子を見ると、得心した様子でその手を握り返した。

 

 友好の印として握手を交わす二人だったが、そんな二人の内片方、マコトの後ろ側にイストワールが移動して行き、徐に彼の頭に向かって乗っている本ごと体当たりをした事によって、その動作は中断された。

 

「痛って!何すんだよイストワール!?」

 

「何をするんだじゃありません!まったく貴方という人は!いきなり仕事を放棄して帰って来る等と言い出したと思ったら今度は教会内への直接転移だなんて非常識にも程があります!大体、教会内に直接転移してくるのはやめなさいといつも言っているでしょう!?一体何度言えば分かるんですか!?」

 

 突如後頭部に走った痛みに抗議の声を上げるマコトだが、それ以上の剣幕でイストワールが捲し立てる。腕を振り上げていかにも怒ってますといった様子の彼女だが、妖精サイズの彼女がそれをやっても傍目には可愛く見えるというのは余談である。

 

「そ、そもそも国を超える程の長距離転移なんてしたらどれだけ魔力を食うのか分かった物じゃない筈よ。アンタ一体何をしたのよ?」

 

 自身も魔法を使う関係から、マコトの使用した転移魔法の無茶な点に気付き、それを指摘するアイエフ。それに対してマコトはなんでもなさげに答える。

 

「少し制約は大きくなるが、術式構成とロジックの組み立て次第で、長距離転移だろうと基本魔法程度まで消費を抑えることは可能だ。そんで、国外からだとここにしか転移できないってのはこの魔法の制約の一つだって前に説明したよな?イストワール。……それとも、今回のパターンでチンタラ歩くか飛ぶかして帰って来いとでも言いたいのかよ?」

 

 簡単な事だよ。と前置きをしてから自身の魔法についての説明をするマコト。しかし、アイエフではなくイストワールに向けて言った、後半の言葉には明らかな怒気を滲ませていた。

 

「ですが……、はぁ。分かりました。状況が状況ですし、貴方の心境も理解できますから、今回だけは不問とします。以後、気を付けてくださいね?」

 

 まだ何かを言おうとするイストワールだったが、マコトの心境を加味して折れる事を選択した様だ。一つ溜め息を吐くと、柔和な笑みを浮かべながら今回だけは不問とする旨を伝える。それを聞いたマコトは、それまで纏っていた怒気を仕舞い込んで答える。

 

「悪いな。ちょっとこの件に関しては冷静じゃいられなくて。ところでイストワール、ギアは……」

 

 何処に居るんだ?と続けようとしたマコトだったが、その言葉はこの場所に現れた五人目の人物の発した言葉によって遮られる事となる。

 

「……皆さん、ご心配をおかけしました」

 

「ギアちゃん!?もう身体は大丈夫なんですか?」

 

 突然現れた五人目の人物―――ネプギアに対して驚いた様子で声をかけるコンパ。対するネプギアは、彼女に向かって大丈夫ですよ、と笑みを向けながら答える。―――その笑みに若干の影が差したことには、一人を除いて気付かせずに。

 

「私はもう、大丈夫です。いつまでも部屋で蹲っている訳には行きませんから」

 

 ―――違う、大丈夫じゃない。大丈夫ならなんでそんな苦しそうに笑うんだよ。

 

「本当に、本当に大丈夫なのよね?無理してたりなんかは……」

 

「ネプギアさん、本当に大丈夫ですか?ここで無理をしたりしては……」

 

 丁度彼女から陰になっている位置に居るマコトには気付かない様子のネプギアだが、アイエフとイストワールの問いにも、困ったような笑みを浮かべて答える。―――自身の中で渦巻く痛みと恐怖を気取らせないように。

 

「いーすんさんもアイエフさんも、大丈夫ですよ。私、無理なんかしてませんから」

 

 ―――嘘だ。じゃあなんでお前は今にも泣きそうな顔をして、足の震えを誤魔化してるんだ。

 

「私がお姉ちゃん達を助けなきゃいけないから。無理をして倒れたりは出来ませんから」

 

 それを聞いた瞬間、マコトはネプギアに足早に歩み寄り、彼女に何を言うでもなく突然―――彼女の頬を思い切り引っ叩いた。

 

 自身の左頬に走った衝撃に、一瞬何が起こったのか理解出来ないネプギアだが状況が飲み込めてきて、ようやく自分が頬を叩かれた事を理解する。

 

「あ、え?お、おに……ど、どうして……?」

 

 自分が叩かれた事までは理解が及んだが、今ここに居ない筈の兄がいきなり目の前に現れて、その兄が自分を叩いたという事が理解出来ずに叩かれた頬を押さえながら混乱するネプギアと、あまりの事に呆然と見ている事しかできないでいるイストワール達三人。そんな彼女たちの様子など関係無いとばかりにマコトは言葉を発する。

 

「……けるなよ」

 

「え?い、今何て……」

 

 しかし、何かを押し殺したような、震える声で紡がれたマコトの言葉はネプギアの耳には届かず、思わず聞き返してしまうネプギア。そんな彼女に向かって、今度こそ聞き間違えようのない大声でマコトは叫ぶ。

 

「ふざけるなっつったんだ、この大馬鹿野郎!!!」

 

「ひっ!」

 

 今まで見たことも無いような剣幕で言葉を発する兄に、ネプギアは恐怖を隠しきれず、その表情に涙を浮かべながら一歩後ずさる。だが、マコトはそんなネプギアにさらに歩み寄ろうとするが、先程の大声で我に返ったアイエフが彼に向かって叫ぶ。

 

「ちょっとマコト!アンタ一体何言って……」

 

「うるせえ!少し黙ってろ!!!」

 

「っ!」

 

 しかし、アイエフが全て言い終わるよりも早く怒鳴りつけたマコトの剣幕に、アイエフは思わず黙り込んでしまう。そんなアイエフを尻目に、ネプギアに歩み寄ったマコトは半ば無理やりに彼女と視線を合わせながら続ける。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ大丈夫だの無理はしてないだのふざけた事ばかり言いやがって……。あの貼り付けた様な笑みが大丈夫な奴のする顔か?お前は無理もしてないってのに足が震えるのか?!違うだろ!本当は苦しいんじゃないのかよ?本当は無理して笑ってるんじゃないのかよ?どうなんだ。答えろネプギア!!」

 

 そんなマコトの言葉に、もはや涙を隠そうともせず、半ば叫ぶように答えを発するネプギア。

 

「じゃあどうしろって言うの!?私がこうしている間もお姉ちゃん達は捕まったままで、ゲイムギョウ界は犯罪組織に蝕まれてる。一刻も早くお姉ちゃん達を助けなきゃいけないのにこんなところで苦しいなんて言ってられないよ!!どんなに苦しくても、我慢してやらなきゃいけないの!私がやらなきゃいけないんだから!」

 

「じゃあ聞くがな。お前がそんな風に無理をして、皆が喜ぶと思うのかよ?」

 

「え?」

 

 自分自身の使命感に駆られて周りが見えずにいたネプギアだったが、マコトの放った質問によって、思考が止まる。そんなネプギアに対して、先程のような激しい口調ではなく、諭すような優しい口調でマコトは続ける。

 

「いいか、ギア。今ここに居るイストワールにアイエフ、コンパさん。三人共さっきお前がここに入って来た時に口にしたのはお前を心配する言葉だった。そんな人たちがお前に無理をさせてまで平和を望むと思うか?今は捕らわれているテーヌにノワール、ブランやベールも、お前がそんな風に無理をした結果として助けられて喜ぶと本気で思うのか?」

 

「あ……でも、だって……」

 

 兄の言葉に混乱するネプギア。自分たちのやり取りを見守っている三人に目を向けてみれば、三人共心配そうに自分を見つめているのが分かる。

 

「それに俺だって、お前がそんな風に無理をしてるのを見るのは嫌だよ。だからさ、苦しかったら苦しいって言っていいんだ。泣きたかったら泣けばいいし、自分一人じゃ厳しい事があれば誰かを頼ってもいいんだ」

 

「頼る、誰かを……」

 

 涙を流したまま、呆然としながらマコトの言葉を繰り返すネプギア。そんなネプギアを優しく抱きしめて、マコトは彼女に言い聞かせるように話し続ける。

 

「お前は一人じゃない。俺は今ここに居るし、例えテーヌや俺が居なくてもお前には頼れる人が居るんだ。皆お前の事を想ってる。だから、お前は無理をしなくてもいいんだ」

 

 マコトのその言葉を聞いた瞬間、ネプギアは自分の中にあった何かがすうっと消えて行くのを感じた。同時に、マコトに抱きしめられたまま、彼に縋り付くようにしてぽつりと零す。

 

「わたし、辛かった……。すごく怖くて、苦しかった……」

 

 マコトは何も言わずに彼女を抱きしめ続ける。そして、一度吐き出してしまった感情は、もう止められなかった。

 

「怖くて、苦しくて、お姉ちゃん達を助けなきゃいけなくて、それなのに私は弱くって……!だけどお姉ちゃんもお兄ちゃんもいなかった。だから……」

 

 次第に涙声になりながらも、感情を吐き出し続けるネプギア。そんな彼女にマコトはただ一言だけ、ぽつりと告げた。

 

「そっか、辛かったんだな。お前が一番つらい時に一緒に居てやれなかった。ごめんな」

 

「うっ……。辛かった、辛かったよぉぉぉぉ…………!」

 

 マコトに縋り付き、泣き崩れるネプギア。それから数分間、聖堂には少女のすすり泣く声だけが響き続けた……。




ネプギア「私がこの程度で浄化されるほどチョロいと思うなよ」

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