夢の中で抱くもの(完結)   作:曇天紫苑

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優しさに包まれてあれるもの

 美樹さやかは今日がパーティの日である事を知らなかった。ただ、他のメンバーが何やらナイトメアとの戦いを早々と終わらせようと画策している事には思い至っていた。

 一人座布団に腰を置き、ケーキや紅茶を準備する仲間達を、彼女はゆっくりと眺めていた。座る様に言われている為に、動けないのだ。

 こくかが横に座っていた。特に美樹さやかを見る事は無い。その視線を追えば、鹿目まどかばかり見ているのは明らかだった。

 

「あんた、本当にまどかが好きなんだね」

「むしろ、まどかに嫌われる様な面が有るかな」

「いや、まあ無いけどさ。あのまどかは特別凄い子って訳でもないよ?」

「別に良いじゃない。まどかが特別なんじゃなくて、私がまどかを特別だと思ってるだけだよ」

 

 話が聞こえたらしく、鹿目まどかが首を傾げてくる。美樹さやかとこくかは殆ど同時に手を横へ振った。

 鹿目まどかはまだ疑問を浮かべていたが、片手で皿を持って、笑顔で近寄っていく。

 

「二人とも、このチョコレート、食べてみて?」

「おお、ありがと」

 

 美樹さやかは皿の上から丸く一番形の良いチョコレートを口にした。深い甘味で、ホワイトチョコに近い味わいだ。苦味は殆ど無い。

 

「うん、美味しい」

 

 多少くどい程度の甘味を美樹さやかは歓迎した。さりげなく置かれた紅茶を口にすると、更に身体が暖まっていく。

 甘味は人の心を幸せにするのだろう。美樹さやかの中に有った強い警戒心が、少しずつ溶けていた。

 

「確かに美味しいね。このチョコレート……うん? もしかして、こっちはまどかが?」

「えっ、どうして分かるの?」

 

 こくかは美樹さやかを余所にチョコレートを口にして、鹿目まどかへ指を一本立てて見せる。

 

「ふふ、簡単だよ。他と比べると形が不格好だから」

「も、もう。こくかちゃん!」

「あはは、冗談冗談。優しい気持ちになれて、とっても美味しいなって、そう思っただけ」

 

 こくかの表情は穏やかで、それ以上に優しかった。口にする言葉も嘘とは思えない程に柔らかである。不格好なチョコレートをもう一枚食べて、機嫌は更に良くなった様だ。

 その時、巴マミがケーキを運んできた。等分に切り分けられたケーキだったが、美樹さやかに用意された分だけは、他よりも一回り大きい。

 

「わぁ、すっごく美味しそうです!」

「そう? 気に入っているお店で買ってきたの。とっておきよ」

 

 佐倉杏子がキッチンから顔を出した。片手には紅茶のポットが握られていて、エプロンを身に着けている。

 彼女には少し似合わない。だが、本人はそう思っていないのか、ポットをテーブルの上に置き、空いた手でコップを全員分配った。

 

「そのケーキは旨いぞ。実はな、あたしが味見して選んだんだ」

「あんたが?」

「ああ」

 

 イチゴの乗ったシンプルなケーキだったが、見た目からもスポンジの柔らかさや、クリームの甘さが伝わってくる。イチゴも相応に良い物が使われているのだろう。

 もう一つはモンブランだった。こちらも、匂いだけで品の良い栗の甘味が伝わってくる。

 気づけば、美樹さやかはフォークを握っていた。そんな自分に気づいて、彼女は恥ずかしそうにケーキから目を逸らした。

 

「マミさん、今日は豪華ですね!」

「美樹さんが落ち込んでいる様だったから、ね」

 

 告げられた事に、美樹さやかは目を丸くした。

 

「え?」

「まあ、そういう事だな。最近のお前が妙に調子崩すから、何とかしてやろうって腹なのさ」

 

 準備を終えると、全員が美樹さやかの側へ座る。

 やけに態度が穏やかだった。特に、佐倉杏子は肩を抱き、滅多に見る事の出来ない柔らかな微笑みを見せていた。

 

「辛い時は相談くらいしろよ、なあ?」

「そうだよ、さやかちゃん。一人で苦しまないで、わたしだって、力になりたいな」

 

 二人の友達に優しくされて、その言葉を受けた時には、美樹さやかは少しずつ俯いていった。慌てた鹿目まどかが手を伸ばしてくるが、途中で止める。

 美樹さやかが泣き出したからだ。嬉しそうに笑おうとして失敗し、顔を上げた時には、酷く泣きはらした顔を晒す事になっていた。

 恥ずかしさで顔を覆うが、涙と嗚咽は止まっていなかった。すると、誰かがハンカチを差し出した。

 ありがたく受け取ると、美樹さやかは涙を拭い、渡した相手を見た。暁美ほむらだった。

 

「あ、ありがと……」

「……ええ」

 

 多少のぎこちなさは有ったが、美樹さやかは感謝と共にハンカチを返す。

 美樹さやかの目が赤く充血していた。しかし、もう流す涙は無くなっていた。

 

「そりゃ、元々仲間だとは思ってたけど、改めて気遣って貰えると、何か嬉しいなぁ。あはは、こう、いいね」

「おい、照れてんのか?」

「えへへ、ちょっとだけさー」

 

 両手を頭の後ろで組み、照れた顔を笑顔で上書きしようと努力している。誰の目にもそれは明らかだった。

 小さく咳払いをして、美樹さやかはフォークを握り直した。まだ若干手が震えているが、それを指摘する者は流石に居ない。

 

「うん、ありがと、みんな! それじゃ、ケーキを食べても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

「はーい! いただきます!」

 

 最初の一口で、目が輝いた。言葉に出来ないくらいの喜びを表情に現しながら、両手を顔の前で組んでいた。口の奥から喜びの声が漏れて、とても幸せそうだ。

 心の底からケーキの甘味を楽しんでいる事が伝わり、周囲の人々が安心した風に息を吐き、自分のケーキを食べる。

 そこで、鹿目まどかが自分のケーキを切ってフォークを刺し、美樹さやかへ突き出した。

 

「ほら、さやかちゃん、あーん」

「ん……おいしい!」

「良かった、このミルクレープはわたしが選んだんだよ」

「ほほう、まどかが……じゃあ、あたしのモンブランも食べる?」

「うんうん、食べる! あー……」

「んっ」

 

 鹿目まどかが口を開けて待っていた。その表情を少しだけ面白がりながらも、美樹さやかは自分のケーキを食べさせた。

 鹿目まどかの目も、甘さを堪能して輝いている。その表情から溢れる幸せを、美樹さやかは正面から受け止める。親友の喜びを胸に、彼女はもう一度ケーキを食べた。

 甘さが頭を駆け回り、戸惑いに溢れていた感情を喜びに変える。美樹さやかが幸せそうに見つめた相手は、巴マミだ。

 

「いや、マミさんにもまどかにも杏子にも気を使わせちゃって」

「あら、暁美さんだって結構手伝ってくれたのよ、ねえ?」

 

 話を振られても、暁美ほむらはケーキと紅茶を摂取し続けた。口元に着いたクリームを鹿目まどかに拭われて、どこか恥ずかしそうにはしていたが。

 

「え、ほむらが? へえー、ほむらが」

「何か、私に言いたい事が有るの?」

「いいやぁ、まあ、気にしないで」

 

 美樹さやかは軽い調子で振る舞っている。全く演技には見えず、深い喜びに包まれている様だった。

 そんな彼女の表情に何を見たのか、佐倉杏子は腕を組み、悪戯っぽく口元をつり上げる。

 

「とりあえず、今日の主役はさやかだからな。そういえば、あんたの失恋パーティもまだだったし。それも兼ねてると思えば、こんな物だろ」

「え、いや……それは、ねえ?」

「あ? 散々ショックであたしに泣きついてきた奴が何言ってやがる」

 

 美樹さやかがあからさまに目を逸らした。ケーキを口にしながら、乾いた笑いすら出ている。

 

「そうかもしれないけど。そんな風に言われると結構傷つくし?」

「いやいや、あれは大変だったんだぜ? 覚えてないのかよ」

 

 あはは、と笑って明後日の方向を見ると、美樹さやかは黙り込んだ。

 会話を途切れさせる気は無かったらしく、佐倉杏子に不満げな顔を向け、わざとらしく頬を膨らませる。

 

「む……今度はあんたの失恋パーティをやってやるんだから」

「おう? やれる物ならやってみろよな。あたしは失恋なんかしねえ」

 

 豪語していて、自信が有る様だ。

 美樹さやかは頷いた。成る程、佐倉杏子は、確かに失恋とは無縁の存在に見えた。

 

「そういえば、こくかちゃんは好きな人とか、居るの?」

 

 話を横から聞いた鹿目まどかは、思いついた様にこくかへ声をかける。

 話しかけられると、こくかは手に持っていたフォークを虚空で止めたまま、首を傾げて何度かまばたきをした。

 

「ううん、居ないよ。恋愛にはあんまり興味が無くてね」

 

 話に参加していなかった為か、こくかの口振りは少し困っている風だ。

 そこで、美樹さやかが絡みに行った。肩を抱いて引き寄せ、面白がっている。

 

「ああ、そういう興味無いって奴ほど恋愛してるんだよねー?」

「絡まないで欲しいなあ、美樹さん。私は恋愛で心を揺らされたりはしないんですぅー」

 

 こくかはおどけてそう言った。

 

「でも、気になる人は居たりするのかな?」興味が有るのか、まどかが顔を乗り出した。

「まどか……いや、本当に居ないんだよ。そういう目で他人を見る気は無いし、そういう余裕は無いって感じなのかも」

 

 照れの一つも無く、こくかは当然の様な態度を取った。本当に興味が無いのだろう。

 その返答がよほど残念だったのか、鹿目まどかは口を噤む。その視線は、暁美ほむらの元へ向いた。

 

「うーん、そうなんだ。ほむらちゃんは?」

「私も、こくかと同じね。そういうのはちょっと。まどかは?」

「ん、わたしはまだかなぁ。でも、やってみたいとは思ってるよ」

 

 暁美ほむらが目を輝かせた。何が嬉しいのか、鹿目まどかに顔を近づけて、優しく柔らかに声をかける。

 

「そう、素敵な人と出会えたら良いわね。まどかは良い子だから、きっと素晴らしい出会いが有る筈よ」

「そ、そうかな。えへへ」

 

 頭を小突き、鹿目まどかは微笑んだ。

 親友が照れている姿を美樹さやかは面白がって眺めた。一通り観察を終えた所で軽く手を叩き、紅茶を片手に巴マミを見つめる。

 とても気持ちの良い先輩なのだ。見た目も素晴らしく、既に恋人くらい居ても不思議ではない。だが、恋人の影は全く無い。気になるのも仕方が無いという物だ。

 視線に気づいたのか、巴マミは自分を指さした。そして、仄かに照れた様子でもじもじと手を寄せ、首を振った。

 

「わ、私? そうね……特に無いわ」

 

 美樹さやかは僅かに息を呑んだ。巴マミの反応が意外に緩い物だったからだ。彼女は誤魔化しの咳払いをした。

 

「へぇー、なんか意外ですね。マミさん、凄く好かれそうなのに。高嶺の花って奴なんですかね」

「ありがとう。でもね、美樹さんの方がずっと魅力的よ?」

「あ、えっと、ありがとうございます……」

 

 思わぬ言葉に美樹さやかは言葉を詰まらせた。

 多少の沈黙の後、佐倉杏子が派手に笑い出す。釣られて、鹿目まどかも声をあげて笑っていた。

 

「マミとさやかじゃタイプが違うしなぁ」

「そうだよね、比べられないよ。でも、マミさんもさやかちゃんも素敵だと思うの」

 

 素直な褒め言葉を耳にして、美樹さやかはたまらず鹿目まどかに抱きついた。

 

「ありがとー! まどかに言われると説得力が違うわ!」

「おい、あたしは説得力ねえのかよ」

「ごめん、からかわれてる気しかしないんだよね」

 

 佐倉杏子がいじけたフリをしていた。場を盛り上げる態度としては十分だ。

 こくかと暁美ほむらは笑わなかった。だが、他の全員が笑っている。佐倉杏子も面白くなってきたらしく、楽しげだった。

 明るい空気の中で、美樹さやかはケーキを半分ほど一気に口へ放り込み、幸せそうに飲み込むと、嬉しげに腕を広げた。

 

「よっし、さやかちゃん完全復活! いや、別に復活する様な事じゃないけど……もう一回言わせて、みんな、ありがとぉー!」

 

 鹿目まどかに抱きつきながらの言葉だった。その一言で、このパーティが開かれた目的は完全に達成されていた。

 後は、パーティを続けるだけだ。皆が皆、ケーキを頬張りながら会話に花を咲かせ、幸せを満喫している。

 その中で、こくかは薄笑いのまま、静かに、どこか遠くから見る様に鹿目まどかを眺めていた。

 

 

+

 

 

 パーティの後始末は全員で行われた。食器を全て洗い、完全に掃除が済んだ頃には、空はもう随分と暗くなっていた。

 帰り道は、美樹さやかを先頭にして鹿目まどか、その背後を守る様に暁美ほむらが歩み、もう少し離れた後方にこくかが背を追っている。

 佐倉杏子が居なかった。彼女はパーティの準備で疲れたのか、巴マミの家で眠ってしまい、そのまま泊まる事となっていたのだ。

 

「今日は本当にありがとう、まどかもほむらもさ」

 

 美樹さやかは改めて振り返った。すこぶる機嫌の良さそうな口振りで、表情にも曇りは全く無い。

 元気を取り戻した彼女は、誰よりも明るかった。見ているだけで雰囲気の良くなる笑顔に、鹿目まどかが喜んでいた。

 

「助かっちゃったなぁ。いや、やっぱり色々と考える事が多くてさぁ」

 

 鹿目まどかが少しだけ寂しそうな様子を見せた。

 背中越しでも気づいたのだろう、美樹さやかは静かに振り返り、口元をつり上げた。

 

「そんな心配そうな顔をしないの。あたしだって、これを解決する気は有るんだからさ」

 

 振り返ると、美樹さやかは今までの軽い調子を消して、淡くも真剣な微笑みを浮かべた。

 遅れてこくかの動きが止まり、小さく首を傾げている。だが、その目だけはあざ笑っている様に見える。

 何も知らない様に見えて、こくかは状況を分かっているのだ。決して、軽いだけの愚かな女ではなかった。

 

「最後の悩みを解決しようと思ってるんだ」

 

 こくかにとって、それは予想通りの言葉だったのだろう。美樹さやかに見せる冷笑が内面を示している。

 恐ろしい気配だった。しかし、美樹さやかは一歩も退かず、微笑みを維持した。

 

「先に、帰ってて」

「えっ、でも」

 

 空気の変化に鹿目まどかは気づいている様子だ。

 

「大丈夫だよ、まどか。もう喧嘩なんかしないから」

「本当?」

「うん。一対一で話がしたいんだ」

 

 互いに手を握り合うと、美樹さやかはそっと鹿目まどかから離れる。途端に暁美ほむらが鹿目まどかの手を握り、安全を確保した。

 期待通りの行動である。美樹さやかは目だけで感謝を示した。

 立ち向かう相手もまた、厳しくも信頼の籠もった顔で暁美ほむらを見送っている。

 

「ほむら、まどかを送ってあげて」

「任されたわ。さ、まどか、行きましょう。彼女の邪魔をしてはいけないわ」

「え、あ……さやかちゃん」

 

 何かを言われる前に手を突き出し、鹿目まどかの言葉を封じる。

 そして、美樹さやかは未練を振り切った。

 

「今日は楽しかったよ。まどか……また、やろう」

 

 顔で暁美ほむらに合図をすると、彼女は小さく頷き、鹿目まどかの手を引いた。

 やはり、何度か振り返ってくる。美樹さやかは親友へと手を振って、出来る限り深刻には見えない様に、軽く、調子の良さそうな空気を維持した。

 その努力が途切れたのは、鹿目まどかが完全に見えなくなった瞬間だ。

 

「……答えて貰おうかな。こくか」

 

 

+

 

 問いかけを受けてたこくかは、さも何も知らないという顔をした。

 白々しく疑問を浮かべて、酷く馴れ馴れしい調子で首を傾けている。目の奥だけが妖しく光っていた。

 

「美樹さん。どうしたんですか? 別に、もう争わなくても」

「ねえ……あんた、誰?」

 

 美樹さやかは魔法少女に変身しなかった。戦うつもりでは無かったからだ。

 出来る限りに真剣な気持ちを含んだ問いかけだった。それを受けて、こくかは目元に残っていた悪ふざけを解いた。

 

「誰、って。知ってるでしょう。私は」

「詐衿こくか、なんて人間、あたし達の周りには居なかった筈だよ」

「そうかな? それは美樹さんの記憶違いでしょうね」

 

 とぼけているが、明らかに雰囲気が変わっている。少しずつだが、不気味なまでに明るい声音から、深く暗い声へと。

 最早化け物のそれだ。かつて感じた重苦しい呪いの気配に美樹さやかが眉根を寄せた。こくかが見せる物は、明らかに魔女のそれだった。

 だが、言葉は通じている。変身して斬りかかる事の無い様に、彼女は意識をこくかにだけ向けた。

 

「……前の時、あんたは自分がこの結界を作ったって、そう言ったよね」

「言ったね」

「どうやって? いや、あたし達を、どうやってこの結界の中へ連れ込んだの?」

 

 ニタリと笑った詐衿こくかの顔が僅かに溶け歪み、崩れた。すぐさま元の彼女へ戻ったが、眼光の鋭さが増している。

 不気味極まり無かったが、美樹さやかは動揺せず、続くこくかの言葉を待った。

 

「美樹さん、今日は楽しかったね」

「何を」

「楽しかったでしょう?」

「それは……そうだけど」

 

 嘘は吐かなかった。美樹さやかの心に今日の楽しい時間が浮かび、思わず微笑みが漏れてしまう。

 それをこくかが見つめていた。楽しそうに、とても嬉しそうに。

 

「それは良かった。まどかがあんなに頑張ったんだもの、これで美樹さんが楽しくなかったなんて言ったら私、怒っちゃいそうだ」

 

 クスクスという笑い声を止めて、こくかは美樹さやかと目を合わせた。おぞましいまでに濁った瞳が、更に深く暗くなる。

 声の調子はすっかり重苦しく変わりきっていた。しかし、こくかはあくまで軽く肩を竦めている。

 

「美樹さんが怒るのも無理はないって、分かってはいるんだよ。でも、私にも目的が有るんだ」

「その、目的は何」

 

 飲まれない様に美樹さやかが歯を食いしばっていると、こくかは軽々しい口調で返答した。

 

「うーん、端的に言えば、あなたみたいに私の存在に食いついてくる奴を釣り上げる事?」

「どういう意味よ、それ」

「悪いけど、美樹さんは信用出来なくてね」

「何よ、何が言いたいの?」

 

 ついに美樹さやかは魔法少女に変わった。だが、攻撃はしないまま、剣を地面へと突き刺して、苛立ちを無理矢理発散させる。

 

「あんたって、いつもそうだ。魔女なのは分かるけど、何で理性が有るの? どうしてここはあんたの結界なの? あたし達に、何の関係が有るの。何も答えないんじゃ分からないだろ!」

 

 怒声が響くと、こくかの笑顔がより恐ろしい物に変わる。

 景色が僅かに切り替わった。こくかの身から呪いにも似たおぞましい色彩が形を見せた。

 美樹さやかは慌てて深呼吸をして、自分の親友の心配そうな顔を思い浮かべる。怒りが溶けると、怒鳴ってしまった事への後悔が現れた。

 

「ごめん、その、怒鳴っちゃって」

 

 既に戦闘態勢に入っていたのか、こくかが意外そうに目を剥いた。そして、居心地が悪そうにその場で俯き、色彩を戻す。

 

「……あー、うん。こっちこそごめん、そういう気持ちは別として、言わない理由は簡単なんだ」

「それを言って欲しいんだけど」

「簡単なんだけど、これ言うと君と完全に敵対しちゃうというか……」

「良いから」

 

 構わず告げられ、こくかは目を閉じた。そして、目を開いた時には、諦めた様に答えた。

 

「円環の理の一部は信じられない、という話だよ」

 

 はっきりとした一言だ。そして、全く交渉の隙が無い一言だった。

 美樹さやかは、その言葉を重く受け入れた。ただ、こくかが自分の秘密の一つを理解していた事だけが、のし掛かってくる。

 剣を握り直し、美樹さやかは次の行動を決めかねた。斬りかかりはしないが、握手も出来ない。

 こくかは何かを仕掛ける事も無い。美樹さやかの次の動きを観察しているのか、黙ったまま待っている。

 このままでは何も進まない。美樹さやかが前に出ようとした。

 そして世界が動きを止めた。

 

「やはり、美樹さやかは円環の一部なのね?」

 

 灰色の世界の中を、魔法少女が一人。

 言うまでもなく二人は彼女を知っている。こくかが呆れた風な顔をした。

 

「時間を止めても私は動くって、勿論知ってるよね」

「ええ。でも、あなたは戦う気なんか無いんでしょう?」

 

 こくかが頷くと、暁美ほむらは盾に手を入れる事をやめ、美樹さやかへは背を向けたまま、穏やかそうに告げた。

 

「美樹さん、あなたも剣を納めて。こいつは多分、あなたが思っているよりずっと恐ろしい存在よ」

 

 言われた通りに剣を消し去ると、暁美ほむらは満足そうに息を吐く。

 しかし、気は抜いていない。こくかの目を捉え、離さないままに言葉を紡ぐ。

 

「それで? 釣り上げる、とはどういう意味?」

「まだ教えたくなくってね。悪いけど、話すにはまだまだ早いんだ」

 

 こくかは残念そうに告げた。次の瞬間には不安げに周囲を見回し、遠慮がちに暁美ほむらへ顔を向ける。

 

「鹿目さんは? まさか一緒じゃないよね」

「安心しなさい。時間を停止して家まで送ったのよ」

「……そうか、良かった。私のこんな所、鹿目さんには見られたくないからね」

 

 こくかは肩の力を抜き、安心している。思い出す事でも有ったのか、手を叩いた。

 

「暁美さん、私よりも美樹さんに話したい事が有るんじゃないかな?」

「……その、通りよ」

「それなら、邪魔者は去りたいんだけど、良いかな、もう」

 

 しばらく、暁美ほむらは口を閉ざす。こくかを逃がした場合の問題点と、今するべき事を天秤にかけている様子だ。よく見れば、美樹さやかとこくかの間で視線を揺らせている。

 やがて、彼女の中で答えが出たらしく、その目は美樹さやかの方を向いた。

 

「ええ」

「なら失礼しても良いかな。良いよね」

「消えなさい。私は美樹さやかに聞く事が有るから」

 

 こくかはにんまり笑うと、口元を掌で隠す。邪悪な笑みだ。鹿目まどかが居ない時は、そのおぞましさを隠さない。

 ただ、対する暁美ほむらは敵意も嫌悪も見せず、むしろ、微笑ましい物でも見る風に顔を緩ませた。

 余りにも意外な反応だったのか、こくかの唖然とした表情が露わになる。思わず空気を維持する事まで忘れて、ただの少女に戻っていた。

 暁美ほむらは緩んだ雰囲気を纏ったまま、何事か理解した風に手を叩く。

 

「いえ? ただ、まどかにそういう顔を見せたくない気持ちは分かるというだけよ」

「むぅ……」

「まどかの前ではうっかり怖い顔をしない様に必死で抑えるなんて、頑張るわね」

 

 軽く、悪戯っぽい目で告げられて、こくかは不満そうに沈黙した。彼女は顔を隠す様に背を向けると、深呼吸を一つ残す。

 

「……暁美さんは、とっても冷静だね」

 

 負け惜しみか、捨て台詞か。それだけを言うと、こくかは素早く背中に翼を作り出し、鳥の様に飛び上がった。

 魔力で速度が上がり、風圧は時間の停止によって暁美ほむらと美樹さやかの目の前で止まる。

 制止する間も無くこくかは空へ消えた。相変わらず時間が止まったままの色彩を失った空が、彼女の翼の色へ染め上げられていた。

 美樹さやかが汗を浮かべて一歩踏み出す。追いかける寸前で、暁美ほむらが止めに入った。

 

「っ……」

「無駄よ。あいつの性格上、追いかけた所で何も言わないのは分かりきっている」

 

 美樹さやかが構えを解いた事を確認すると、暁美ほむらは目を瞑る。

 時間が元の流れに戻ると同時に、風圧が暁美ほむらと美樹さやかに衝突した。

 素早い風に煽られた髪型を乱され、暁美ほむらは不快そうに手で整える。美樹さやかは、その場でよろけて座り込んだ。

 暁美ほむらが振り返り、首を傾げた。

 

「大丈夫?」

「……ほんと怖かった……何あいつ、魔女なんか笑い飛ばせるくらい怖かったんだけど……」

「そうだった?」

 

 腰が抜けたらしく、美樹さやかは立てずに居る。暁美ほむらは彼女に肩を貸して、その身体を力強く持ち上げた。

 何度かふらつくと、美樹さやかは肩を寄せて暁美ほむらを杖代わりに立ち上がった。 

 

「それにしても、ほむらが助けにくるなんて珍しいね」

「悪かったわね、まどかじゃなくて」

 

 どこか楽しげな言葉に、美樹さやかも愉快さを覚えた。昔はあり得なかった会話だ。

 

「えー、そんな風に言ってくるかなぁ。そこはほら、杏子とかマミさんも居るし、その中だとほむらが一番珍しいでしょ」

「確かに……ところで、歩ける?」

「うん、ちょっと怖かっただけだから」

 

 寄り添う様な格好となり、美樹さやかは極力負担とならない様に自分の足で歩いた。

 平気な顔をしていても、こくかが隠さずに漏らす邪悪な気配は、強い敵意と同時に恐怖も与えている。気を抜けば足の力が抜けてしまうのだ。

 その事を分かっているのか、暁美ほむらは肩を支える杖となったまま、不満を言わなかった。

 

+

 

 

 学校近くの川沿いに有る橋へ座り込み、二人は水のすぐ上に足を乗せた。よく見ると、魚一つ、木の枝一つ流れていない、不自然な程に清い川だ。

 代わりに、リンゴが流れている。その光景に違和感を抱いたまま、暁美ほむらは美樹さやかの身体を支え続けていた。

 肩に体重をかけられている為に、それは若干の重みとなった。

 

「もうそろそろ、回復した様に見えるんだけれど」

「いや、もうちょっと……」

 

 美樹さやかは気づいていないのか、弱った雰囲気のままだ。

 

「大丈夫なの?」

「まあ、うん。でも本当に意外だよねー、あんたがあたしの心配をするなんて」

 

 愉快そうに告げられた事を耳にして、暁美ほむらはほんの僅かに溜息を吐いた。そう見られている事は分かっていたからだ。

 

「意外かと言われたら、そうかもしれないわ。でも、今はそれよりこくかの事、あなたの事よ」

 

 その場で座り直すと、美樹さやかの両肩を掴んで支える。暁美ほむらは目を合わせ、彼女の中に潜む何かを捉えようとした。

 水色の奥に有るのは金の光だ。殆ど確信していたとはいえ、心が重くなる。

 

「ねえ、美樹さん。あれが誰なのか、知ってる?」

「……知らない」

 

 美樹さやかは僅かな笑みすら浮かべず、深く俯いた。

 しかし、暁美ほむらは顔を上げさせ、その両目を無理矢理に合わせる。

 渋々と、美樹さやかの言葉が続いた。

 

「何も知らない。あいつの事なんか知らない。でも、おかしいんだよね。何も知らないっていうのがさ」

「それは、あなたが円環の理の一部だから、かしら」

 

 決定的な一言を聞いても、美樹さやかは表情を変えなかった。予想はしていたのか、目の焦点が合うという、ただそれだけの反応だ。

 

「……やっぱり、全部思い出してるんだね」

「大半はね。ただ、一番肝心な、ここに来る前の記憶が無いわ」

 

 だから全てじゃない、と暁美ほむらは自嘲する。それだから、誰かの手を借りなければならないのだ。

 暁美ほむらは顔を僅かに上げて、沈んだ心を強引に持ち上げた。「だけど」口に出して、美樹さやかを掴む腕に力をこめる。

 

「あなたは既にこの世に無い事を思い出したのよ。まさかと思ったけれど、その様子だと、戻ってきたのね、円環の理から」

「……うん」

「美樹さやか、そこを詳しく教えて」

 

 美樹さやかは顔を逸らそうとした。暁美ほむらの手が彼女の両頬を掴まえて、逃げ道を封じ込める。

 すると、美樹さやかは不安げに俯こうとした。

 

「……言っても、絶望なんかしない?」

「しないわ」

 

 暁美ほむらは美樹さやかの顔を固定しながら答えた。

 それを聞き、美樹さやかは暫く考え込む。そして、決心がついたらしく、頬を掴まえている腕を退けると、顔を思い切り近づけた。

 

「あんた、自分が魔女だって言われたら……信じる?」

「可能性は十分に有るでしょうね」

 

 即座に答えると、暁美ほむらは拳を強く握った。

 気づいていないのか、美樹さやかが意外そうに目を見開く。

 

「信じるんだ。あんたが、その」

「前からその可能性は選択の一つとして頭に置いていたのよ……つまり、今の私は魔女という事?」

 

 最後の言葉だけは落ち込んだ心が現れていた。

 美樹さやかは優しく、暁美ほむらが今まで一度も見た事が無い程に柔らかく微笑み、首を横に振る。

 

「違う。自分が魔女だって分かってるなら、この結界とあんたは、今のままの形で居られる筈が無いよ」

「……それが、何も変わらないという事は」

「あんたは、この結界を作った魔女とは無関係って事。おっかしいなぁ、あんたの魔女が作った結界に入ったのにさ」

 

 美樹さやかは明るく振る舞い、考え込む仕草を取った。

 

「誰かが、あたし達をこの中に閉じ込めたんだ。さっきまではほむらだと思ってたんだけど、違うね」

「それじゃあ、まどかは、やっぱり」

「本物だよ。あたしとベベ、そしてまどか。あたし達は三人であんたの結界に侵入した……つもりだったんだけど」

 

 「何で、こんな事になったかなあ」美樹さやかは首を捻り、唸り声をあげる。

 深々と溜息を吐く様に、重苦しい部分は見られない。ただ、暁美ほむらは彼女の声が震えている事を分かっていた。

 

「……何故、私は魔女になっているの?」

「それは……インキュベーターの仕業だよ。あいつが円環の理を見る為に、あんたのソウルジェムを封じ込めた。だからあたし達が中から破壊しに行ったの」

 

 美樹さやかは続いてインキュベーターへの愚痴を告げた。しかし、暁美ほむらはそれを聞き流し、適当な言葉で相槌を打つ。

 分かったからだ。何故、インキュベーターが円環の理に干渉しようと動いたのかを。それは、誰の手によって、誰の言葉によって、誰の情報による物だったのかを。

 暁美ほむらは、深く深く歯を食いしばった。自分が魔女である可能性など、今はどうでも良い事だった。

 

「……何もかも私が蒔いた種だった、という事ね」

 

 鹿目まどかが居ない世界でも、鹿目まどかに迷惑をかけるとは、何と愚かな人間なのだろう。座り込んだまま、暁美ほむらは膝に顔を押しつけた。

 すると、その背中を美樹さやかが思い切り叩いた。勢いが良すぎた為に、暁美ほむらは悲鳴混じりに川へ落ちた。

 

「あはは、ごめん」

「あなた……!」

 

 浅い川だ、落ちても溺れる事は無いが、全身が濡れる。髪が身体に張り付く事が鬱陶しく、暁美ほむらは変身を解いた。

 水気が殆ど消え、服が元の通りに戻る。その様を笑い混じりで見守ると、美樹さやかが手を振った。

 

「まあまあ、抱えない抱えない。インキュベーターが悪いんだからさ。それより、今の話、まどかには内緒ね。あいつは何も覚えてないから」

「分かっているわ」暁美ほむらは髪をかき上げようとした。髪は結んだままだった。「ところで、あなたはこくかについて何か調べたの?」

 

 話題が戻ると、美樹さやかは小さく咳払いをする。比較的真面目な表情となっていた。

 

「ん、それなんだけど。あんたも聞いたの? あいつがこの結界を作ったって」

「ええ、聞いたわ」

「そっか……目的が読めないんだよね」

 

 暁美ほむらは川から上がって座り直し、考え込んだ。可能性を頭に浮かべていくと、何らかの形が出来上がる。

 

「円環の理を狙ってるのかもしれないわ……けど。どうやってまどかがそれだと気づいて、どうやって、あなた達を連れて来たのかは解らない」

「だよねえ……」

「鹿目まどかを明確に覚えているのは、私だけの筈よ。奴が円環の理を狙うなら、まどかの出自を知らなければならない。私はインキュベーターにそれを話してしまったけど……」

 

 沈み込んだ心のまま、顔を俯かせる。暁美ほむらは腕を強く握り、深く息を吐く。

 美樹さやかが頭を叩いた。壊れた機械でも直そうとする様な手つきだ。暁美ほむらは目つきで抗議した。

 

「だからっ、自分を責めるなって!」

 

 気楽そうな言葉を聞くと、まるで大した事ではない様に感じられる。それが美樹さやかの気遣いだという事くらいは、分からない暁美ほむらでは無かった。

 密かな感謝を覚えながらも、暁美ほむらは礼を言葉にはしなかった。今は、話題を変えられない。

 

「そういえば、連中の姿を一度も見ていないわ」

「いや、そもそもこの世界にあいつらが居るのかどうかって事が問題なんだよ。どこを探してもインキュベーターの影も形も無いんだから」

「……奴がインキュベーターという確率は?」

「あいつが感情の無い奴に見える? まどかに怒られて泣き出す奴が?」

 

 あり得ない。美樹さやかはそう結論付けた。

 確かに、感情が無いというには余りにも情緒の有る人間だった。暁美ほむらは首を振り、抱いていた疑念を忘れる。

 

「まあ、インキュベーターの協力者という線も有り得るんだけどさ……なんて言うか。あたしの目的とはぶつかる、って感じ? 上手く言えないんだけど、元から相性が悪い気もするんだ」

 

 そこまで言うと、美樹さやかは唐突に頭を抱えた。

 

「大真面目にやり合うなら、あいつが何で、何が目的なのかを探らないといけないんだけど。でも、ああもうっ、あたしってほんとにそういう所ダメなんだよ」

「直情的だものね」

「う……はっきり言わないでよ」

 

 美樹さやかが睨みつけたが、それは特に険しい物では無い。敵意も無く、隔意も特に感じられなかった。

 視線を感じたらしく、美樹さやかは大げさに咳払いを一つして、唸り声をあげる。改めて暁美ほむらに向き直ると、薄く笑いながら話を続けた。

 

「ともかく、あたしはこくかが誰なのかも、何なのかも知らないって事。だから、あんたが協力してくれるなら助かるんだけど」

「私も、アレが何なのかは全く分からないわ。だから、構わないけれど」

 

 口元に不敵とも言える笑みを浮かべ、美樹さやかは手を突き出す。

 

「じゃあ、共同戦線、って事で良い?」

「……そうしましょうか」

 

 握手を返すと、美樹さやかはどこか意外そうな顔をした。

 

「あたしとほむらが協力、なんてこの世で一番遠そうだと思ってたけど、意外に通るもんだねえ」

「……あなたが、昔は協力したい相手では無かったから」

「いや、昔のあんたはもっと、頑固で嫌な奴だったでしょ」

 

 相手の欠点を告げ合ったが、暁美ほむらは不快に思わず、美樹さやかの気楽で脳天気とも言える面持ちを眺めた。

 昔は、この表情に浮かぶのは敵意ばかりだったのだ。

 

「それは私が言いたいわ。でも、今のあなたは昔程敵対する必要の有る存在では無さそうだから。それなら拒む理由も無いわ」

「……あんた、落ち着いたね。昔はもっときつい性格だったのに」

「あなたもね、美樹さやか。一度死んだからかしら、昔より話せる気がするわ」

「いや、その言い方だと、あたしが死ななきゃ直らない奴だったみたいなんだけど」

「さあね」

 

 不満げな様子の美樹さやかだったが、何が面白かったのか、暁美ほむらの返答を聞くなり笑い出す。

 かなり長く笑い続けると、意味の分からない物を見る目を向けられ、美樹さやかはやっと声を止めた。機嫌の良さそうな雰囲気は、そのままだったが。

 

「杏子の協力も有るんだっけ。後はマミさんかな……」

「まどかはどうするつもり」

「関わらせない。あいつは何も知らないし、それ以前に、友達と敵対させる様な事はさせたくない」

「珍しく、意見が合うわね」

 

 小さく頷き、美樹さやかは空を見上げた。夜も既に遅くなっていて、星空は不自然なまでに輝いている。

 町の灯りにも全く負けずに輝き続ける星の姿は、この世界が誰かの夢であるという証だった。そして、途方も無く美しい物だった。

 

「……あいつは、十分頑張ったんだもん。せめて今くらい、楽しい時間を過ごさせてやりたいよ」

 

 全くの同意見だ。暁美ほむらは、心の底に有った美樹さやかへの疑念を完全に払拭した。

 改めて、目を合わせる。美樹さやかは照れた様に顔を逸らし、その場で元気良く立ち上がった。

 

「さてっ、そうと決まったら作戦会議にしよっか。流石に今日は遅いし、次で良いかな?」

「ええ……佐倉杏子にも話を通して構わない?」

「そういえば、杏子もあんたと関わってるんだっけ。うん、良いよ。どうせ同じ家に住んでいるんだし、連れてくるね」

 

 予定が決まると、暁美ほむらも鞄を持ち直して立ち上がる。

 先に待っていた美樹さやかと並び、歩き出した。この二人だけで歩くのは、余りにも珍しい事だ。昔であれば、あり得ない程に。

 かつての戦いを思い返し、暁美ほむらは思わず嘆く。

 

「……ワルプルギスの夜との戦いだって、こういう風に動く事が出来たら良かったのに」

「まあまあ、あの時は色々有ったけど、それは水に流してさ」

 

 暁美ほむらはそっと、美樹さやかの顔を眺めた。

 彼女を殺そうとした事も有った。魔女としての彼女なら始末した経験も有る。しかし、今の美樹さやかは全く気にしていない様だ。

 意識して息を吐き、暁美ほむらは思考を切り替えた。

 美樹さやかに佐倉杏子、そして巴マミを加えた四人。今までに無い程に、戦力が充実している。戦う相手の実力はともかく、かつての世界では出来なかった事だ。

 それも、自分の能力が足りなかったのだろうか。暁美ほむらは、自分の中の言葉を飲み込んだ。

 

 

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