夢の中で抱くもの(完結)   作:曇天紫苑

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守りの守りの守りの守り

 

 

 放課後に鹿目まどかが一人で下校している姿を見て、暁美ほむらは思わず走った。その背中が、どこか悲しい様に見えたからだ。

 近づく足音で気づいたらしく、鹿目まどかは振り返り、嬉しそうに手を振ってきた。それだけで、全てが報われた様に思える。

 暁美ほむらは足を弾ませ、こぼれた笑顔を隠さずに現した。

 

「まどか、一人? 珍しいわね」

「あ、うん。ほむらちゃんも今日は一人?」

 

 問い返しを受け、暁美ほむらは答えを慎重に選んだ。

 

「ちょっと美樹さんと話が有って。彼女は佐倉さんと一緒に何がする事が有るみたいで」

「あ、だからさやかちゃんは用事が有るって言ってたんだね」

「……巴マミは? 彼女には声をかけなかったの?」

「マミさんも忙しいみたい。なぎさちゃんとの用事かな」

「なぎさ?」

「え、うん。マミさんの妹さん……みたいな子かな」

「へえ、彼女にそんな子が……」

 

 美樹さやかと佐倉杏子は、調査の為に見滝原を走り回る予定だ。足で情報を稼ぐつもりらしく、二人とも考えるより体を動かす方を優先していた。

 鹿目まどかは何も知らない。美樹さやかと佐倉杏子の仲が良い事を楽しげに語り、密かに暁美ほむらの側へ手を寄せている。

 意識しての事ではないのだろう。鹿目まどかは、何も特別な態度を見せない。それでも暁美ほむらに手を握られると、宝石よりも明るく頷いた。

 手を握ったまま歩き、暁美ほむらは人肌の暖かさを感じていた。鹿目まどかの体温だと思うだけで、それがどれほど途方も無いくらいの奇跡なのか、分かる者には分かってしまうのだ。

 涙は流れなかった。しかし、彼女から生じた不自然なまでの喜びは、外に出てしまった様だ。

 

「ほむらちゃん」

「うん、何かな?」

「んー、なんかね。とっても嬉しそうだったから」

 

 全くその通りだった。しかし、暁美ほむらは動揺の一つも無いまま小首を傾ける。

 

「そう?」

「うんうん。何か良い事が有ったの?」

「いえ、特には無いけれど……そうだね、今が楽しいから、かな」

 

 嘘では無かった。暁美ほむらは、鹿目まどかと一緒に居る事が出来るだけで幸せなのだ。それだけで、他の何も要らないくらいには。

 しかし、その様な内面を見せる気は毛頭無い。暁美ほむらは己を隠し、鹿目まどかとの会話を続けた。

 

「まどかこそ、何だか楽しそう」

「そうかな? そうかも。ほむらちゃんがくれたお弁当のお魚が美味しかったからかな?」

「そう? 今度、まどか用のお弁当も作ってきましょうか?」

「それなら、わたしもほむらちゃんに食べて貰うお弁当を作るよ! 毎日作る物だから、ちょっとだけ自信が有るんだ」

「ええ、それは良いわね。今度、やってみましょうか」

 

 いつ、どこで互いの弁当を作るか。その会話を続けながら、暁美ほむらは手をもう少しだけ強く握る。

 話が纏まると、鹿目まどかは何やら柔らかな視線を向けた。

 

「何だか不思議。ほむらちゃんって、昔からわたしを知っていたみたい」

 

 暁美ほむらはその一言に少なからず衝撃を受けた。しかし、作り上げてきた仮面はその程度では崩れなかった。

 

「うん、不思議ね。でも、もしかすると本当に知っていたのかもしれないよ?」

「もしかすると、小さい頃に一度だけ会った事が有るとか、かなぁ……?」

 

 鹿目まどかは記憶を思い浮かべている様だが、思い当たる所が無いのか、残念そうに首を横へ振った。

 

「うーん、私は覚えてないよ? ほむらちゃんの事だって、転校してきた時に初めて知ったし」

「そうね。私もそう」

 

 嘘は言っていない。多少の心苦しさは有ったが、暁美ほむらは誤魔化した。

 鹿目まどかは暫く考え込んでいたが、やがて無駄と悟ったらしく、頭を小さく叩いて後は笑う。そこで何事か思いついたのか、暁美ほむらの顔を覗き込んだ。

 

「そうだ、ほむらちゃん。明後日は空いてる?」

「ごめんなさい、明後日は先約が有るの。美樹さんや、佐倉さんと」

 

 余計に心苦しい思いを抱きながらも、暁美ほむらは平静を装う。

 鹿目まどかは特に残念がりはせず、軽く頷いた。

 

「そうなんだ……うん、それならさ!」

 

 鹿目まどかは手を叩き、暁美ほむらの視線を集めた。

 

「あのね、明日、こくかちゃんが私の家にお泊まりするんだ。だから、ほむらちゃんも一緒にどう?」

「え、こくかと?」

「うん、こくかちゃんと」

 

 暁美ほむらは鹿目まどかの目をまじまじと見つめてしまい、照れくさい気分で顔を逸らす。しかし、内心では疑念と動揺が何度も交差している。

 詐衿こくかが、鹿目まどかの家に泊まる。それほど不思議ではなかった。どちらも相手に危害を加える事は無いだろう。

 鹿目まどかの身の危険は、詐衿こくかが守るだろう。余りにも怪しい詐衿こくかの中で、数少ない信用出来る一点だ。二人が同じ部屋で寝る事の邪魔をする理由は一つも無く、暁美ほむらが加わったとしても良い点は何一つ無い。

 断るべきかと、暁美ほむらは結論付けた。しかし、鹿目まどかが自分を見ている事に気づいてしまえば、拒否出来るとはまるで思えなくなった。

 

「……どうしたの、ほむらちゃん?」

「えっ、ううん、いえ、ちょっとね」

 

 同じ部屋で泊まるとなれば、こくかの事を調べる目的としては、最適過ぎた。

 断るよりも、加わる方が利点が多い。自分の中の天秤が傾き、暁美ほむらは思わず俯いた。

 

「……本当に、私も行って良いの?」

「うん、もちろん! むしろ来て欲しいくらい!」

「そう、なら」嬉しく思いつつも、暁美ほむらの胸は痛んだ。「喜んで」

 

 鹿目まどかが軽く手を握り直し、そっと引いてくる。優しい手つきに誘導され、暁美ほむらは歩みを進める。

 自分は、鹿目まどかを利用しているのだ。暁美ほむらは目を瞑り、その中で暴れる感情を押さえつけた。

 +

 

 

 暁美ほむらにとって、久しぶりに泊まる鹿目まどかの部屋は、僅かばかりの緊張を掻き立てられる空間だった。

 そうでなくとも、隣にはパジャマを着たこくかが立っていて、どこか所在なげに小さな足踏みをしている。邪悪な気配と笑みは何処へ消えたのか、部屋のドアを見ては、また床を眺めている。

 鹿目まどかはこの場に居ない。髪を解かしているのだ。二人は既に済ませていたが、彼女はまだだった。

 彼女が戻ってくる事を、二人は揃って直立したまま待っていた。端から見ればさぞ馬鹿げた光景だろう。暁美ほむらは、漏れそうになる溜息を我慢した。

 

「……あなた、随分と態度を変えるわね」

「そんな事言われたって、お泊まりなんて久しぶりだし、まどかが歓迎してくれているし、緊張の一つくらいするよ」

「これが初めてじゃなかったのね」

「まあ、うん」

 

 会話が途切れてしまい、また無意味な沈黙が広がっていく。

 部屋の主が帰ってくる事を暁美ほむらは待ち望んだ。余りにも間が持たず、重要な話をするには場所が不適切過ぎた。かと言って、世間話をする間柄ではない。

 しかし、余りにも無意味な沈黙である。こくかもそう思っていたのか、頭を掻きながら口を開いた。

 

「良い部屋だと思わない? 巴さんの部屋はお洒落だけど、やっぱり私はまどかのお部屋が好きかな」

「そうね、まどかは可愛い物が好きだから」

 

 「私の部屋とは大違いで」と繋げ、暁美ほむらは家具やぬいぐるみを眺める。鹿目まどかの好みが溢れた物の数々は愛らしく、まさに夢の様だ。

 クマのぬいぐるみを見つめていると、こくかがそのクマを抱き上げた。何やら表情が緩んでいる。

 

「……まどかって、本当に素敵な良い子だね」

「それはそうだけど、どういう意味?」

「だって趣味も可愛いし、見た目も可愛いし、性格も良い子だし、私達の事もちゃんと考えてくれるし。今日だって私達を歓迎しようって頑張ってくれたし」

「そうね」

 

 演歌は可愛い趣味なのか、と暁美ほむらは口に出かけた言葉を飲み込んだ。その様な意味の言葉ではないと分かっているからだ。

 こくかはぬいぐるみを元の場所へ戻し、祈る様に両手を合わせた。

 その時、部屋のドアが開いて、鹿目まどかが戻ってきた。

 

「おまたせー」

「まどか……」

 

 祈る姿勢を止めて、こくかは鹿目まどかへと目を輝かせる。その視線は鹿目まどかの髪型へと向かった。

 

「何だか久しぶりに髪を解いた所を見た気がするね」

「そうだったかな、結んでるから癖が出来ちゃうんだよね」

「大丈夫、その癖も似合ってるよ」

 

 こくかの一言に疑いの気持ちが有ったのか、鹿目まどかは少し首を傾けて、暁美ほむらへと目を向ける。

 

「本当?」

「ええ、これに関しては彼女の言う通りよ」

 

 それは全くの素直な感想だ。手入れは終わっている為に軽い分け目が出来る程度だが、鹿目まどかの髪は解いても癖を残して二つに分かれている。

 桃色の髪が柔らかく纏まろうとしていて、まるで彼女が桜に包まれている様な光景だ。本人は髪の癖が鬱陶しいのか、軽く掻き上げているが。

 

「あ、良いよ良いよ。座って?」

「ええ」

 

 言われた通りにベッドへ腰掛けると、鹿目まどかはその隣に座った。遅れてこくかも手招きを受けて、すぐ横に座り込む。

 

「あ、このぬいぐるみはお気に入りなの。抱き心地が良いんだよ、抱いてみて?」

 

 それは、こくかが密かに抱き上げたクマのぬいぐるみだった。

 受け取った暁美ほむらは、ぬいぐるみの頭を撫でた。クッションの様に柔らかく、触り心地は非常に良い。

 

「確かに、これは良い物ね」

「でしょ? こくかちゃんにはこっちね」

「わふっ、ん、これは良いかも……素敵な癒しだね」

 

 猫のぬいぐるみを膝の上に置くと、こくかは満更でもなさそうにした。

 

「時々抱いて寝るんだけど、気持ちいいんだよ」

「確かに、抱き枕にしても良さそうね」

「ほむらちゃんもやってみる? 楽しく眠れるよ」

「私の家には、そういうのって無いのよね」

「じゃあ、余ったのが有ったらあげるね」

「いえ……流石に悪いし」

 

 会話を横で聞いていたこくかは、突然笑いだした。

 怪訝そうな顔をされて、こくかは機嫌良く首を振る。 

 

「いや、まどかには似合うと思ったんだ。私とか暁美さんはほら、そういうのをすると違和感がね」

「えー? そんな事無いと思うよ? 二人とも女の子なんだし、可愛いから大丈夫っ」

「そうかな? まどかが言うならそうかもね」

 

 どこか嬉しそうに答えながらも、こくかの目は何やら胡乱だった。ぬいぐるみを抱いている姿が、見事なまでに似合わない。

 彼女は何の為に鹿目まどかの家に泊まっているのだろうか。ただ友達の家に泊まるだけにしては、余りにも大げさすぎる感情が滲んでいる。

 暁美ほむらはその内面を探ろうとしたが、相手の感情を察する事など、彼女には出来ない。もどかしく思っていると、鹿目まどかが顔を寄せた。

 

「二人とも、何だか緊張してる?」

「え、いや、まあうん」

「お泊まりなんて久しぶりだからかしら……」

 

 暁美ほむらは緊張を現した。

 隠さずに内心を見せた事が幸いしたらしく、鹿目まどかが意外そうに目を開け、すぐに楽しそうな息を吐く。

 

「楽にしていいのに」

「そうね……お泊まりくらいでちょっと大げさかもしれなかったわ。次に来る時はもっと軽い気持ちで来た方が良さそうね」

「ほむらちゃん、そんなに難しく考える事なんて無いと思うよ。普通にしてくれて良いんだから」

 

 言われてみればそうだ。友達の家に泊まるくらいで重苦しく考える事もない。

 友達、友達なのだ、鹿目まどかにとっての暁美ほむらは、手が届く所に居る友達なのだ。その事実が、暁美ほむらには涙が出る程に嬉しい物だった。

 だが、泣く訳にはいかない。だからこそ、彼女は笑った。

 

「何だか、重く考えてしまったみたいね」

「うん、その顔だよ。それで良いと思う」

 

 笑い合うと、気分が軽くなる物だ。暁美ほむらはそれを知った。

 

「ねえ、次はほむらちゃんの家に泊めて貰ってもいい?」

 その言葉にこくかが反応した。「おや、私の家に来てくれても良いんだよ?」

「うん、こくかちゃんの所にも今度遊びに行くから、家の場所を教えてね」

 素直な言葉にこくかが一歩退く。「……分かった。まどかなら何時でも歓迎するよ」

 

 腕を広げて歓迎を示すと、鹿目まどかは何度か頷く。

 そして、鹿目まどかは気が抜けた様な小さい欠伸をする。

 

「んん……遊び疲れたのかな……ちょっと眠くなってきちゃったかも」

「なら、そろそろ寝ましょうか」

 

 暁美ほむらは立ち上がり、殆ど同じタイミングでこくかもベッドから起きた。

 

「ところで、私達はどこで寝ればいい?」

「あれ、一緒に寝ないの?」

「いや、まどかが窮屈だったらイヤだからね。ねえ暁美さん?」

「ええ、そうね」

 

 暁美ほむらは同意した。

 同じベッドで寝るのも楽しげではあるが、鹿目まどかを圧迫する様なつもりは無く、気持ち良く眠って貰う事を優先する。

 ただ、等の鹿目まどかは疑問を顔に浮かべて、ベッドの中央に座り込んでいた。

 

「うーん、わたしは気にしないよ? 三人ならベッドに収まりそうだと思う」

 

 鹿目まどかは布団を持ち上げ、二人を誘った。

 二人は顔を見合わせて、視線だけで会話をする。答えはすぐさま決定した。

 

「暁美さん、まどかを挟む形になるけど、良い?」

「ええ、そうしましょう」

 

 珍しい事に、暁美ほむらはこくかと意見を合わせた。

 鹿目まどかが、どこか不安げな雰囲気を漂わせていたからだ。断るという選択肢は最初から存在しない。

 微かな緊張を抱きつつも、暁美ほむらは鹿目まどかの隣へ潜り込んだ。人と一緒に眠るなど、何時ぶりだろうか。

 

「こくかちゃんもおいでー?」

「え、ええっと。はい」

 

 迷いながらも、こくかはベッドに入り込んだ。

 一人用のベッドに三人が収まるのだ。かなり密着せねばならなかった。が、暁美ほむらは暑苦しく思われない程度に離れようとした。

 しかし、身体が半分ベッドから外れてしまい、いつ落ちるかも分からない。暁美ほむらは妥協した。

 

「まどか、もう少し寄っても良い?」

「もちろんっ」

 

 許可を得て、暁美ほむらはそっと近づいた。殆ど真横に鹿目まどかの顔が来た所で、やっとベッドから身体がはみ出ない位置に来た。

 

「私も良いかな?」

「どうぞー」

 

 こくかも同じように近寄った。いや、暁美ほむらよりも少しだけ遠慮したのか、距離が僅かに遠い。

 

「誰かと一緒に寝るなんて久しぶりかも。前はいつだったかな……?」

「何時だって良いじゃない。それよりまどか、暑苦しくは無いかな?」

「平気だよ。むしろ楽しいかも。こくかちゃんも平気?」

「私は大丈夫。それに、まどかが楽しいなら安心だね。女二人が張り付いているのだから、正直寝心地は悪いと思ったから」

「結構良い気分なんだけどなあ……二人とも良い匂いだし」

「ちょっと恥ずかしいな」こくかが照れる仕草を取った。

「えへへ、ごめん。でも二人とも本当に良い匂いだよ? 何か特別な物を使ってるの?」

「まどかと同じシャンプーを使っているからだね、きっと」

「そうかな……?」

「ええ。まどかも良い香りがするわ。間違いないと思う」

 

 鹿目まどかの髪からは良い香りがする。それは心地良いが、彼女の素の魅力が強調するからこそ溢れる物だ。こくかから同じ香りがした所で意味は無い。

 パジャマ姿の鹿目まどかは普段よりも幼く見えるが、その緩くも暖かな面持ちは、余りにも心を軽くしてしまうだろう。

 ここまで安らいだ気分になるのは、何時だっただろう。暁美ほむらは記憶を漁ったが、随分と昔の事で、もう身近な記憶では無くなっていた。

 気づけば、暁美ほむらは鹿目まどかを求める様に手を伸ばしていた。昔は遠く届かなかった指先が、今やすぐ目の前に有る。

 鹿目まどかは拒絶せず、手を握り返した。無邪気で、不安や悲しみとは無縁そうな、ただほのかに眠たげな目つきが、暁美ほむらに強い喜びを与えた。

 

「ね、ちょっと触ってもいい?」

「え? 構わないわよ……?」

 

 喜びに浸っている内に、鹿目まどかの言葉を受けていた。何処を触りたいのか、改めて確認するのも恥ずかしく、ただ黙って待った。

 鹿目まどかは許可を得ると、身体を暁美ほむらへと向けた。

 何をするつもりなのか。多少の不安と共に暁美ほむらが待っていると、鹿目まどかは確認する風に相手の脇腹をさすった。

 ゆっくりとした手つきにくすぐったさを覚えたが、暁美ほむらは戸惑うばかりで、止める事は出来なかった。

 

「ん、やっぱり」

「まどか?」

「ほむらちゃんって、肌もとっても綺麗だけど、ちょっと痩せすぎだと思うんだ。お風呂に入った時に分かったんだけど、骨が結構浮き出ちゃってるし……細くて綺麗だけど、何だか気になっちゃって」

「そ、そう? あんまり食べないからかしら……最近はそんな事も無いんだけれど……」

 

 暁美ほむらは思わず自分の脇腹から肋骨の周辺を撫でたが、硬いだけだ、細いとは感じない。

 

「ねえねえまどか、私は?」こくかが興味深げに尋ねた。

「こくかちゃんも意外と、って言ったらなんだか失礼だけど、細いよね。あんまり色々と食べないのかな?」

「うーん、まあね。そういう感じかも」

「ストレスとか?」

「いや、どうだろう。特にそんな感じはしないけど……意識しないでも何か気になる事とか、有ったりして?」

 

 「難しいね」と鹿目まどか。眠気が強まったらしく、目つきがとろけている。

 天井を眺めつつ、鹿目まどかは幸せそうな息を吐いた。

 

「でも、いいなぁ。二人とも綺麗だもん」

「ううん。やっぱりこうして至近距離から見ていると、まどかは本当に可愛いと思うんだ。きっと絶対、私達よりも沢山の人に好かれる様な感じがね」

「そ、そうかな」

「そうだよ! 自信を持って? いや、あんまり自信過剰なのは良くないけど……」

 

 そしてこくかは鹿目まどかの両手を握る。浮かべられる限りの明るさを表情に現す。

 言葉を溜めると、こくかは目を細めた。

 

「最初に会った時から良い子だと思っていたんだよ。この子となら一生友達になりたいってくらいっ」

「えへへ……そう?」

「うんっ」

 

 素直に賞賛を受け入れたのか、鹿目まどかは淡い声の仲で、満更でも無さそうに照れている。

 声のみであっても伝わってくる感情は、暁美ほむらにとっても喜ぶべき物だった。自分達と一緒に居て、鹿目まどかが不快に思う点は欠片も無い。そう確信出来るのだから。

 

「……こくかにしては、良い事を言うわね」

「でしょう?」

 

 得意げな表情からは、この世界を作り上げた黒幕を称する様な気配が微塵も無かった。

 ただ、鹿目まどかと一緒に居る事が出来る。それが幸せなのだろう。恐らくは自分も似た様な顔をしているに違いない。そう思うと、暁美ほむらは布団で顔を隠した。

 それでも耳は働いている。暁美ほむらの聴覚が捉えたのは、鹿目まどかの安堵だった。

 

「……良かった。二人とも、仲が良くって」

「え? そうかな……?」

「うん、思ったよりずっと気が合うみたいで。何だか安心しちゃったかも」

 

 鹿目まどかが欠伸をする。今にも眠ってしまいそうだ。

 暁美ほむらはこくかへ目配せをして、僅かに鹿目まどかと距離を作る。そして、布団を肩まで被せ、彼女が心地良く眠れる様に肩を撫でた。

 

「まどか……そうだね、暁美さんの事は嫌いじゃないよ」

 

 言葉とは裏腹に、こくかが鋭い目で睨んだ。もしも鹿目まどかの望まない事を告げれば容赦しない。そう言っている様だ。

 暁美ほむらは頷いた。

 

「ええ、こくかの事は、そうね、嫌いではないわ」

「そっか……うん、良かった……」

 

 安心したのか、鹿目まどかは目を閉じた。

 勘違い、そんな言葉で切って捨てるには、その優しさと気遣いは余りにも眩し過ぎた。

 

「うん。やっぱり二人とも良い人だもんね……ふぁふ……んぅ」

 

 鹿目まどかは自分で布団を被った。その声を半ば寝息に変えながらも、二人への言葉は忘れない。

 

「それじゃー……二人ともおやすみなさーい……」

「うん、おやすみ。またあした、だね」

 

 布団をリズミカルに叩きながら、こくかが鹿目まどかの耳元で囁いている。

 その声は子守歌の様に聞こえたのだろうか、鹿目まどかは、完全に寝息を立て始めた。ぬいぐるみと間違えているのか、暁美ほむらに腕を絡めながら。

 そんな様子を、こくかは柔らかな目で眺めている。

 ただ、その表情は。

 少しだけ、寂しそうだった。

 

+

 

 暁美ほむらがそれに気づいたのは、単に寝付けなかった為だった。

 掴まえられて動けなくなっていた所で、すぐ傍の何かが動く音を彼女は耳にする。耳をすませてみれば、ベッドに寝ていたこくかが起き上がっているのだと分かった。

 ベッドで共に寝ている為か、鹿目まどかの寝息はすぐ近くで聞こえる。その中で、こくかは天井を見上げている。

 

「私や暁美ほむらが、良い人、か」

 

 音も無くベッドから這い抜けて、その顔には先程までの暖かさが抜けていた。

 余りにも冷淡な声音である。暁美ほむらは、そのおぞましさを明確に感じ取る事が出来てしまった。即座に鹿目まどかを抱き寄せ、下手を打たれない様に守りへ移る。

 

「暁美さん。まどかは本当に尊いと思わない?

 

 振り向いた彼女の目は、ひたすらに冷ややかだった。しかし、鹿目まどかに視線を移した瞬間、異様な熱が駆け巡っていた。

 

「……他の何もかもが無くなったって、彼女さえ居れば、私達は生きていける気がしない?」

 

 返事を待つ事も無く、彼女は語り続けた。鹿目まどかを起こさない様に、かなり潜められた声で。

 

「私はするよ。まどかが居なくなったら、きっと私は生きていけない。死にはしないけど、多分、生きてもいない」

 

 「あなたにとっては、どう?」普段とは異なる空気を漂わせ、真摯に問いかけている。

 しかし、暁美ほむらは無言で返す。彼女にとって、それは答える事すら無意味な言葉だった。当たり前だからだ。

 

「だろうね」

 

 正確に解釈したのか、こくかは嬉しげだ。

 ベッドの中で鹿目まどかが寝相を一つ。より強く腕を絡めてくると、暁美ほむらは顔を上げられなくなった。

 

「可愛い寝相」

 

 冷ややかな中で、微かに暖かさが首を持ち上げた。しかし、その顔色を暁美ほむらが確認する事は叶わない。

 こくかは部屋のドアを静かに開き、もう一度振り返る。

 

「少し、出るよ」

「……何かするつもり?」

「疑わないで欲しいな。私だって、まどかと一緒にお泊まりなんて本当に嬉しくて、ずっとこうしていたいんだから」

 

 その言葉には真実が有った。心の底から鹿目まどかとの友好を求めているのが、ただその声だけで伝わってきた。

 しかし、こくかはドアを開けていた。開けていたのだ。

 

「だけれど、私にもやる事が有って、やらなきゃいけない事も有るんだ。残念だけどね」

 

 心の底から残念でならなそうに告げると、彼女は暁美ほむらに軽く手を振る。

 暁美ほむらは起き上がろうとした。しかし、鹿目まどかは相変わらず腕を絡めて眠ったままだ。

 

「……動くと、まどかが起きるよ。あなたは彼女を巻き込みたいの?」

 

 見透かした言葉だが、真剣な声だと一瞬で聞き取れる物だ。

 結果的に動かなくなった暁美ほむらへ、こくかは満足げに微笑みかけた。

 

「おやすみ、暁美さん。まどかと一緒に良い夢を」

 

 どこか優しい声を残し、彼女はその場から姿を消した。

 

+

 

 無人の玄関を抜けた先で、こくかは伸びをした。先程まで寝転がっていた為か、身体が本調子ではないのだ。肩を軽く動かす度に、疲れが滲み出る感触が走っている。

 それでも、こくかは笑った。精一杯に邪悪な笑顔となって、鹿目まどかの住む家へ振り返った。きちんと手入れされた庭は、その視界を遮っていた。

 暁美ほむらは今頃どうしているのだろう。恐らくは、鹿目まどかに掴まえられたまま、諦めて眠ったに違いない。

 鹿目まどかを、彼女を巻き込んで何かが出来る様な人間ではないのだ。暁美ほむらの根には臆病で寂しがり屋の面が有るのだから。

 自分も言えた事ではないな、とこくかは小さく笑い声を漏らす。暁美ほむらに対して何かを考える度に、全てが自分へ跳ね返っている。暁美ほむらへの評価は、自己評価と同じなのだ。

 

「さて」

 

 その一言で、今までの気分を完全に切り替える。こくかは感じ取っていた。自分を油断無く監視し続ける物の姿を。

 それは、こくかが鹿目まどかと共に寝ていた頃から纏わり付き、監視を続けていた。

 だが、こくかが表に現れた今、姿を隠す必要も無くなったのだろう。暗闇からゆっくりと姿を見せ、俯いている。

 

「ようやく来ましたね。いや、正直いつまでこうしていれば良いのか、ずっと考えていましたよ」

「……」

「黙っていないで、何か言ったらどうですか。ねえ、マミさん」

 

 美しい黄色の髪を可愛らしくロールにセットした少女は、彫刻の刻まれた白のマスケット銃を片手に握り、何も言わず、目も瞑っている。

 魔法少女の姿をしている所からして、既に戦闘態勢だ。しかし、こくかは変身せず、両手を挙げて近づいた。

 

「本当に待ちましたよ。結界の作り手を名乗る者が現れたならば、この夢の世界を維持している者が放っておく筈が無い。そう思ってずっと嫌な奴を演じさせられたのに、今まで接触を行わないなんて。折角まどかと楽しく過ごせていたのに」

 

 わざとらしく溜息をひとつ。そして、冷ややかな視線を投げかける。

 

「どうして、今なんですか?」

「……あなたが、本格的に動くと思ったから」

「だから今。まったく……大正解。まどかとの楽しい時間も、そろそろ区切らないと、なんて思っていた所です」

 

 こくかは冷や汗を拭いもせず、両手を大げさに振った。

 巴マミの声は余りにも平坦すぎたのだ。まるで人ではなくなってしまったかの様で、目を合わせるのも躊躇させる何かが有る。

 ただ、巴マミの様子に絶望は無かった。希望も無かったが。

 

「それで、マミさんがこの夢を維持していると思って良いんですか」

「……ごめんなさい」

「……?」

「ごめんなさい……ごめんなさい、こくかさん」

 

 銃撃がこくかの頬を掠める。

 こくかはやっと魔法少女へ変わった。

 二度目の銃撃が行われた時には、こくかは左手に握っていた拳銃で弾き返し、背後へと飛ぶ。着地した所で、こくかは鹿目まどかの自宅へ視線を向け、意識的に眉を寄せた。

 

「私を殺すんですね……でも、それじゃ私は死なないんですよ」

「分かってる。分かってるのよ。だから、ごめんなさい」

 

 巴マミの形が崩れた。それはリボンの塊で、こくかを捕らえようと向かっていった。

 しかし、こくかは最初から分かっていたのか、即座に天へ飛び上がって電柱へ立った。周囲で何かの影の様な人型が現れ、近づくリボンを切り伏せた。

 こくか自身は周囲を見回し、巴マミを探す。その優れた感覚でも、相手の姿を捉えられない。

 巴マミはどこにもいない。よほど上手く隠れているのか、それとも、こくかの探知が鈍く弱いのか。定かではないが、結果として、こくかは不満げに舌打ちをする。

 

「巴マミ、聞こえているなら言っておくけどね。あなたは私の敵じゃない。少なくとも、私は敵だと思っていない。どうしてだか、分かる?」

 こくかはヘラヘラと語った。

「あなたなんて敵じゃないから、と言いたいけど、実の所違う。だって、あなたにこんな大それた真似が出来る筈が」

 

 ないもの。そう続けようとした瞬間、こくかは悪寒を感じてその場から逃げようとした。だが、変化が圧倒的に早い。

 こくかの周囲の全てがリボンへと変わる。住宅街の、鹿目まどかの家を除いた全てが。

 天の月までもがリボンへと変わり、あらゆる全てがこくかを捕まえようと迫った。まるで、この世界から排除されているかの様に。

 決着は一瞬で、悲鳴も口にしないまま、こくかは全身を拘束されていた。

 ただ、こくかはまだ退屈そうな表情を崩さなかった。

 

「……やられたよ。まさか、ここが全て君の魔法の範囲内なんて。随分と魔力を無駄遣いに……ああ、いや、無駄に使っても問題無いのかな?」

 

 リボンの中から巴マミが生まれ、こくかの直前で降りてきた。

 新しいマスケット銃を片手に、彼女は目を開けていた。濁ってはいない。ただ、深く暗い。

 

「私の勝ちみたいね」

「まあね、戦う前から負けた。なに、これ。周囲が全部罠なんて、流石に想定外さ」

 

 お手上げだと言い放ち、こくかは溜息を吐く。

 

「で? 私をどうするんですか、センパイ」

 

 あくまで余裕は崩さず、挑発的な対応を取っている。そこに危機感は僅かにもなく、ただ当たり前の様にふざけた笑い顔を晒す。

 負けているというのに、まるで勝っているかの様だ。いや、彼女は勝っているのだろう。この世界を操っている者の正体を見破ったのだから、勝利なのだ。

 

「試してみますか、その銃で私を撃って、どうなるか」

「……」

 

 しかし、巴マミの行動はその勝利をあざ笑うかの様だった。

 彼女は、銃をこくかの左手の甲へ近づけた。ソウルジェムのある、その左手へ。

 途端にこくかは表情を変えた。余裕が消え、息を飲んで巴マミを凝視した。

 

「知ってるわ……あなたの、魔法少女の命は、そこじゃなくて……それ、ソウルジェム、なんでしょう」

「……まさか」

 

 巴マミは答えない。代わりに、銃声が返事をした。

 硝子細工が割れる様に、こくかの手の甲に備わったソウルジェムが砕けた。

 

「これを壊せば、どうなるか……知ってるわ」

 

 巴マミは崩れ落ちる。こくかは目を見開いたまま、まるで動かなくなっていた。

 マスケット銃は転げ落ち、巴マミは地面に頭を埋めた。

 

「ごめんなさい……」

 

 その場に残ったこくかの身体を持ち上げ、巴マミはゆっくりと、物音を立てずに去っていく。

 周囲の風景は元の通りに戻り、戦闘とも言えない戦いは終わっている。砕けたソウルジェムの破片は散らばり、元の形を失っていた。これでは、何が起きたかを知る事は出来まい。

 ただ、しかし、微かに残った影だけは、その場での事を記憶していた。

 

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