NigthRider 作:宗磨
Episode00,揺蕩う紫煙の先
「――――」
茜色に染まる晩冬の空に、暗雲が迫っていた。
まるで要塞の如く広がる住宅街に、遠雷。
四秒、いや、五秒程経過してからか、ロングタイプの煙草を燻らせる青年の鼓膜を轟音が揺らした。じきにあれはこの都全土を覆い尽くし、その稲妻を、まるで滝のように激しい雨を降らせ始める事だろう。され、その前に事務所へ帰り着きたいところだが……。
「海燕殿」
雷音の後、ハスキーな男の声が青年の耳朶を打った。
今彼らが乗車しているのはMR-2。トヨタ自動車によって販売された国内初のミッドシップ車だ。そもそもミッドシップと言うのは、エンジンの搭載法の一つで、単語が示す通り車体の中心のやや後ろ側に配置する構造の事を指す。それも1980年代後半にモデルチェンジの行われた、MR-2の中では最新の型に二人は乗っていた。
夜の闇にその車体を溶け込ませるためにカラーリングはミッドナイトブルー。ダクトの取り付けられたカーボン調のボンネットからやや手が入れられている事が分かる。
重低音の利いたエキゾーストノートが、開け放たれた窓から青年の鼓膜を震わせる。
バケットシートに身を埋めながら、咥えている煙草の灰を備え付けの灰皿に落とす。紫煙を窓の外へ向け吐き出し、彼は、
「……どーした?」
実に気怠そうに、眠そうに応じた。それから再び煙草を咥え直して。
「どうした、じゃないで御座ろう。少々吸い過ぎで御座るよ」
ブレーキを二度踏み、速度を落としてからクラッチを踏み、ギアを三速から二速へ落としていく男の言葉に青年は瞼をパチパチと瞬かせてから、
「俺、そんなに吸ってたか……?」
と緩く首を傾げた。
「今日だけで十五本。流石に吸い過ぎで御座ろう」
「…………」
頬をポリポリとかいて、青年は咥えていた煙草を灰皿で消し潰した。それから唇を尖らせ、
「……悪かったよ」
「全く、そもそも海燕殿はまだ先月二十歳になったばかりの身で御座ろう。だと言うのに、色々とやり過ぎで御座るよ」
「……お前は俺の母親か何かか? まぁ、やり過ぎなのは認めるが――」そこで体勢を変え、愛用しているジッポーライターを羽織っている黒いジャケットのポケットにしまい込む。「だとしても、俺が悪いんじゃなく、悪いのは世間だ。特に警察上層部の輩。アイツ等と来たら何かあったら〝怪死〟だ〝謎〟だ吐かしやがって俺達に全部任せて来やがる。自分達が動きたくないからってな」
「成る程。だから最近妙に仕事量が多かったんで御座るか」
「あぁ、いい加減にして貰えないとそろそろ過労で死ぬぞ、俺達」
腕を組み、陰鬱そうな溜め息を漏らせば、締めっ放しだったのかネクタイを緩める。
「バラバラ死体なだけで怪死とか笑わせんじゃねえってな」
ふん、そう鼻を鳴らし、瞼を閉じる。
「いや、寧ろバラバラ死体程度じゃ動じなくなってて笑おうにも笑えないで御座るよ」
肩を落とし、十字路を右折するべくウインカーを出し、ハンドルを切る男に青年は首を縦に振る事で同意した。
バラバラ死体
そう、今の彼らにとってバラバラ死体は程度に過ぎない。
それ以上に酷い死体を幾度と無く目にしているのだ、そうなってしまうのも仕方のない事だろう。
毒されてしまっている。
そう、いかなる時代、いかなる世界、いかなる思想の下においても、人類は適応して来た。
毒されてしまっている。
そう、こんなご時世だから、と自分自身に言い聞かせ、本音を偽り、わざわざ猛毒の中へ足を踏み入れて行く。
毒されてしまっている。
そう、気付いた時には、既に遅かった。
自分達が今、どんな所に居て、どんな状態なのか、知るのが遅すぎたのだ。
しかしそれが功を奏し、彼らは助かった。
(…………はっ)
皮肉極まりないな、と嘯き、青年は訪れる睡魔に身を委ねたのだった。
まるで麻酔の打たれた
その時の彼の表情は、実に――悲痛なものだった。