チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
どうも、私を見ているであろう皆様。
最近は飽和状態で玉石混合なチート能力を引っ提げて神様転生をしたオリジナルな主人公です。
名前を『
察しの良い方や、私がこの訳のわからない『神様達のシステム(神様転生もの)』をNL,GL,BL,アンチ,俺TUEEE等名作、迷作、駄作を数々読み、感想を書き記され『スコッパー』と呼ばれる方々ならわかるかもしれませんが、私のチートは西尾維新著の刀語に出てくる主人公の姉、鑢 七実の見稽古です。
転生前の私は、これで第二の人生を簡単に好き勝手生きていけると思っていました。
別に転生後に何かしらの悲劇があった訳ではありません。
今生の家族との仲も良好ですし、学生時代も虐められることもなく、部活動等でもチートのお蔭でかなり優秀な成績を修めましたし。
現実同様に就職氷河期と呼ばれる時代においても、かなり有名な大企業へ就職することも出来ました。
最近では両親からの孫まだかコールにも慣れつつあり、当初の予定とは全く違いますが、それなりに慎ましくも楽しい第二の人生を過ごしています。
皆様の夢を壊すような残酷で現実的な結論を言わせて戴くなら、どんな強力で世界を変えてしまうようなチート能力を持っていても使用者の意志が弱ければ意味が無く。
また、たった一人の人間の力のみで急激な変化が促される程に世界というものは単純な構造をしてはいないということです。
ちなみに、私が転生した世界は『アイドルマスター』らしく、アイドルランクというシステムや様々なアイドル番組が幼い頃から存在していました。
それに加えて私が大学を卒業する頃に765プロの社長と思われる人がアイドル勧誘をしているのを見かけたことがあります。
ご都合主義がもしあるならば、ここで「ティンときた」とか言われて他のメンバーと交流を深めながらトップアイドルを目指す道もあったのでしょうが、この時点で私は大企業への内定を貰っていましたし、声を掛けられることもありませんでした。
勿論、自分から765プロを受けにいくという選択肢もありましたが、転生以前から石橋を叩いて渡るような安全思考な私にはチート能力のみで多くの少女達が夢破れ涙して去っていった芸能界を生きていける自信はありません。
そんなこんなで現在の私は今ではトップアイドルとなった765プロのアイドル達の番組を見ながら勇気のなかった自分にちょっぴり後悔しながら毎日を過ごしています。
さて、少々自分語りが長くなってしまいました。
見稽古というチート能力のお蔭で残業無く人の数倍の仕事をこなしたので、終わらない仕事に追われる後輩の手伝いでもしましょうか。
「武内さん、手伝いますよ」
「渡さん。いえ、これは私の仕事ですので手伝って戴く訳には」
「……」
この私より頭数個分も高い後輩も同じアイドル部門に所属しているのですが、ついこの間に担当アイドル達と人間関係的な部分でトラブルを起こしてしまい何名かのアイドルが去っていきました。
わが社初めてのアイドル部門であり本人も張り切って随分と頑張っていたのですが、彼は道を真っ直ぐに示しすぎたのです。
まあ、只でさえ反抗期に入り爆発物並みに慎重な扱いを求められる年頃の少女の相手はこの不器用な後輩には無理があったのかもしれません。
以前より無口かつ慎重になりました。
それは悪いことだとは思いませんし、失敗を恐れるその気持ちもわかります。
ですが、その失敗を引き摺り過ぎて物言わぬ車輪となってしまった姿はとても痛々しいものがあります。
チート能力の元ネタのキャラクターのように邪魔な存在を草と呼ぶ程に私は薄情な性格もしていません。
ここまで能力のお蔭で恵まれた人生を過ごさせてもらっていますから。
「渡さん?」
「さて、さっさと終わらせましょうか」
見稽古で鍛えられた技能を惜しみ無く使用し、溜まった後輩の仕事の半分以上を気付かれないように奪い自分の机に置く。
このチート能力の対象がネット上の映像や一部のアニメにも適応されるため、私の技能力は53万ですと冗談半分で言える程に高いのです。
恐るべし、見稽古と高度情報化社会の親和性。
なので、落ち込んで隙だらけの後輩を出し抜くなんて朝飯前です。
自分の席に戻り、チート能力を最大限発揮しアニメキャラのように3台並んだ私専用機達で仕事を処理していく。
「……あの、それは」
「残りの仕事は終わったんですか?」
「いえ、ですが…」
「なら、早く終わらせましょう。最近は残業しても手当が少ないですし」
「……はい」
何か言いたそうな後輩に目も向けず淡々と仕事を終わらせていく。
以前の彼なら『自分の仕事ですから』と譲ることはなかっただろうが、今のトラウマを抱えている状態ではそこまで踏み込もうとする勇気はない。
神様転生系の主人公様達であれば、この後輩のトラウマも一言二言でご都合主義の塊のように解決してしまうのだろうが、私には無理そうだ。
だから、お詫びではないのだがこれくらいの事はしてあげたいと思う。
流石は某インターフェイスや某スーパーコーディネーターを見稽古しただけあって奪った仕事が恐ろしい速度でなくなっていく。
機関銃の連射のようなタイプ音を響かせながら、今日いつも通りに日々が過ぎていく。
やっぱり一回くらいアイドルになっておくべきだったかなと思いながらも。
346プロダクションは、今日も平和です。
〇
「~~~♪~~~~~♪」
後輩から奪った仕事も定時までにきっちり片付け、仕事が終わらず助けを求めるような視線を送ってくるほかの同僚を振り切り退社し、本社ビルの近くにあるカラオケに駆け込む。
アイドルになる勇気はないもののこの素晴らしく有能すぎる神様の贈り物のお蔭で、歌唱力やダンスといったアイドルに必要とされる技能関連はSランクはいいすぎにしても、Aランク程度の能力を備えているのではないかと自負しています。
なにせ見稽古の素材とさせてもらったのはあの日高 舞や765・876・961そして我が346プロのアイドル達なのです。
二度も見れば万全とするこの見稽古で映像やライブでその輝く姿を何度も何度も繰り返し見たのだから、どんな小さな癖でも再現する事が可能でしょう。
アイドルになりたいわけではありませんが、この能力を最大限発揮してみたい。
そんな強大すぎる力に溺れる悪役のような心理に、忍耐も意志も人並みにしか持たない私が抗えるでしょうか。
結論を簡潔に述べさせていただくなら1ヶ月が限界でした。
しかし、ノミの心臓並に気の弱い私は全力の姿を誰かに見せびらかすなんて事はできず、妥協点として見出したのがカラオケという選択肢だったのです。
週2~3回という頻度で通っているためアルバイトの子にも顔を覚えられ、最近では私がカウンターに立つだけでお気に入りの部屋へと案内されるようになりました。
変なあだ名とかついていませんよね?
とりあえず346プロ所属のアイドル達の曲を一通り歌い踊りきったので少し休憩します。
無尽蔵、無限大、強走状態と思えるほどのスタミナとを有しているので疲労感は一切ありませんが、このやりきった後の達成感による心地よさは格別です。
炭酸が殆ど無くなり、解けた氷によって薄い砂糖水と化してしまったラムネを一気に呷る。
このなんとも形容しがたい微妙な味もこの達成感の中では、どんな美酒にも勝る飲み物でしょう。
端末を操作し次の曲を探していると仕事用のスマートフォンが着信を煩いほど主張してきました。
せっかくの仕事終わりの至福の時間に水を差され、いっそのこと無視してやろうかとも思いましたが、そんなことができるのなら私はトップアイドルにでもなっていたかもしれません。
一度溜息をついたあと、スマートフォンを操作し対応します。
「はい、渡です。なんですか、千川さん」
「先輩。今、大丈夫ですか?」
「ええ、特に用等もないので問題ありません」
電話の相手は後輩の1人でした。
千川さんは、私や武内さんと一緒のアイドル部門に所属する同僚で主な仕事は経理やサポート関係で、頼りになる縁の下の力持ちさん。
特にお金の勘定に関しては私情を一切挟まずアイドル部門の為に冷酷とも言われるほどの手腕を発揮し、無駄金を経費で落とそうとしようものなら絶対零度の笑みでのオハナシが待っており『鬼、悪魔、ちひろ』という陰口までできる様です。
私からすれば、そんな陰口を叩く暇があるならもっとちゃんと仕事をすればいいのにと思うのですが。
千川さんも本当に鬼や悪魔の化身というわけではなく、私利私欲のために意図的に請求してきた無駄金に対してオハナシするだけで。
そうでなければ彼女は周りの事をよく見ていて、とても気が利く守ってあげたい系のかわいい女性です。
「今から武内君と飲みに行く予定なんですけど。先輩も来ませんか?」
えっ、なんで私が2人のデートに付き合う必要が。
とっさにでそうになったその言葉を必死に呑み込みます。
そんなことを言ってしまうと面倒くさい展開になってしまうのは、目に見えていますから。
千川さんと武内さん、この2人の後輩はとても仲がいい。
千川さんの方が武内さんより先輩なのですが、彼の有能だけど融通の利かない不器用さが彼女のサポート魂か何かの助けてあげたい精神に絶妙な形で適合したからでしょう。
特に車輪と化してしまってからは顕著です。
さて、ここで私が取るべき選択としては拒否一択なのですが、先程用等がないと答えてしまったので上手い断り文句が浮かびません。
過干渉を嫌うが孤独はもっと嫌いという、自分で言うのもなんですが七面倒くさい性格の私にはこの後輩からの誘いを断る事ができませんでした。
「じゃあ、30分後くらいに妖精社で」
「わかりました」
通話を終了し、退出手続きを済ませます。
行くと答えてしまった以上うだうだといつまでも悩んでも仕方ないので、気持ちを切り替えて飲みを楽しむ事にしましょう。その方が建設的ですし。
「ありがとうございました」
一応儀礼的に感謝の言葉を述べ、カラオケを後にします。
心が篭っていなくても言葉という形にするだけで全く何も言わないよりはましであり、極稀にですがお得なサービスを受けることができるのです。
人間の平均美形度の高いこの世界においても中の上から上の下程度の容姿をしているので、下心も多少混じっているのかもしれませんが私のほうもそれを加味した打算があるのでお相子でしょう。
外に出ると空はすっかり茜色に染まっており、沈む前の太陽の光が眩いほど自己主張してきます。
時計を確認して、頭の中でここから妖精社までの最短ルートを検索。
オリンピックの各種目のメダリストや漫画の一部のキャラクター達の身体能力を万全に発揮できる人類の到達点ともいえるこの身体で、本気を出しパルクールの要領で移動していけば5分と掛からず到着できるでしょう。
しかし、そんなことをすれば確実に目立ちます。
気配等を隠す能力もこのチートボディには備わっているのですが、小市民的な慎ましい性格をしている私には人目がある場所で能力を発揮する勇気はありません。
つまりは普通に歩いていくのが一番という事です。
本気を出さず、時が来るまで真の実力を隠している私カッコイイと自惚れている訳ではなく、全力疾走しても後の息切れが辛いだけなので嫌というだけで。
それ以上でも、それ以下でもありません。
歌舞歓楽、愉快適悦、すべて世は事も無し。
本日も私の日常は平和です。
〇
お酒というものは、飲むものにとっては『百薬の長』といわれ、飲まぬものには『命を削る鉋』といわれ古来から無くならない娯楽の1つとして今も存在してします。
飲む事によって共に騒ぎ、歌い、普段は心の奥底に隠されている本音等で語り合う事によって心の距離感を近づける。
そんなコミュニケーションツールのような役割を持つお酒ですが、それは酔う事によって酩酊状態になれたものだけに与えられるものであり、無駄な方面に能力を発揮してしまった見稽古のせいで一切酔う事が許されない私は高確率で無駄にテンションの高い酔っ払いの相手をする破目になります。
「もう、先輩聞いてますか?」
はいはい、聞き流してますから。もう5回目になるそのループする話題はやめましょうね。
グリーン・アラスカなるカクテルを呷るように一気に飲み干し、やけに絡んでくる千川さんを宥めます。
どうやらまた不名誉なあだ名がつけられそれを耳にしたようで、それが武内さんにまで伝わってしまった事が原因のようです。
「酷いと思いませんか、346の犬ですよ!犬!
私はアイドルのみんなが、もっと輝けるように頑張っているだけなのに!」
既に出来上がっており顔を赤くし目を潤ませるその姿はチワワとかの小型犬を髣髴させます。
そう見えてくるとトレードマークともいえる大きな三つ編みも尻尾に見えないこともありません。
「千川さん、先輩に絡むのはそれくらいに」
見るに見かねたのか先程まで焼き鳥を食べるマシーンと化していた武内さんから助け舟が出ました。
あなたの未来の嫁でしょう、何とかしてくださいと心で念じていたのが届いたのでしょうか。
「武内君は、私の味方をしてくれないんですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「ホントですかぁ?」
「はい、本当です」
「‥‥良かった」
ああ、もう結婚してしまえ。もしくは爆発してしまえ。
たまたま近くを通りかかった店員さんにウォッカをボトルごと頼み、湿気てしんなりしてきたフライドポテトを口へと運ぶ。
さめているためジャガイモの味がよくわかり、ほのかな塩気がとてもいい。
次はねぎ間です。昔は何故わざわざねぎを間に挟むのか理解ができませんでしたが、30代の足音が近づいてくるのが聞こえるこの年齢になってようやくこの美味しさが理解できるようになりました。
お肉ばかりでは脂によって舌や胃がもたれてくるのですが間にねぎを挟むことによって、焼いたねぎの甘みと噛むごとにほぐれていく繊維によって程よく口の中がリセットされ食が進むのです。
焼き鳥といえば、たれか塩かで言い争う姿を見ることがありますが私はたれ派です。
あの焼けたたれの味の持つ老若男女に通用する普遍的説得力は塩にはないものだと断言できるでしょう。
2本、3本と空串を串入れに叩き込みながら白いご飯を一口。
くーーっ、これですよ。
このたれの濃い味と一緒に白いご飯を食べるという行為。
噛めば噛むほどに口の中でたれとご飯の優しい甘味が渾然一体となって美味しさを天井知らずに引き上げていく。
このときばかりはお米が美味しい日本という国に生まれて良かったと神様に感謝します。
特に一度転生を果たしている私は、お米もなく食事の文化度の低いファンタジー世界や食べることにも困る戦場のような世界に行く可能性すらあったのですから。
「渡さん」
「なんですか、武内さん?」
千川さんを慰め終わったのか、武内さんが話しかけてきます。
自分の席で耳まで真っ赤にして俯き気味で日本酒をちびちびやっている千川さんの姿を見るに、また不器用ながらも無自覚にこちらが砂糖を吐きたくなるような甘ったるい会話でも繰り広げていたのでしょう。
意識的に2人の会話を脳内でシャットアウトしていたので私のログには何もありません。
「今日は助かりました。ありがとうございます」
まあ、なんと律儀な。
そのまま土下座でもしそうな勢いで頭を下げる彼の姿に口元が緩んでしまいます。
私が勝手に仕事奪って、勝手に終わらせただけなのにここまで真剣に感謝してくるなんて、本当にこの後輩はどこまでも不器用で融通が利きません。
千川さんにいわせれば、それがかわいいのでしょうが。
「気にしないでください。あれは定時まで手持ち無沙汰になるのが嫌だったので、ついでですから」
元々同情と少しの罪悪感みたいなものからの行動なので、感謝されると微妙に受け入れがたいのです。
「それでもです」
「まったく相変わらず真面目さんですね。そんなだとこれから先、苦労しますよ?」
「‥‥そうでしょうか」
右手を首に回し少し困ったような表情をする。
今の発言はプロデュースで失敗したばかりで落ち込んでいる武内さんには地雷だったでしょうか。
いくら見稽古が万全万能のチート能力であっても人間の力である以上時間という概念まで干渉できるほど強力なものではありません。
このように不適切な発言をしてしまってもやり直せません。
つまりは、やってしまったというやつです。
私にとって気まずい沈黙が部屋を支配します。
千川さんに助けを求めようにもまださっきの件が尾を引いているのか顔を真っ赤にして俯いたままで、援軍は期待できません。
とりあえず、何か話題を変えようと考えますが。
1.アイドルまたは仕事の話
目に見える特大の地雷ですね。これを選択して上手くいく未来が一切見えません。
2.お互いのプライベートな話
無難といえば無難ですが、有給を一切使わない仕事一筋な武内さんと話を広げられるような話題がありません。
3.千川さんの話
正直言ってこれも地雷です。2人も仲が良いのですが、正式にお付き合いしているわけではないのでここで私が変に介入すると拗れる可能性があります。
恋愛ごとに第3者が良かれと思って手助けして上手くいくのは漫画やアニメの中だけでしょう。
「‥‥渡さんは」
どんな話題にしようかと頭を悩ませていると、なんと武内さんから話し掛けてきました。
車輪と化してからは必要最低限のことしか話しかけてこなかった彼が、いったいどういう心境の変化でしょうか。
ウォッカのボトルとグラスを店員さんから受け取り、早速グラスに注ぎながら次の言葉を待ちます。
「アイドルデビューに興味はありませんか?」
「なぁっ!」
「大丈夫ですか?」
突然何を言い出すのやら、あまりのことに危うくウォッカを零してしまうところでした。
この世界に転生したからにはアイドルに憧れなかったかといえば嘘になりますけど、しかし何度も言うようですが私にはその一歩を踏み出す勇気はありません。
それに私も三十路前の2X歳です。いくら最近はアイドルの高齢デビューが進んでいるとはいえ、やはりこの年齢から今の安定した職を手放してまでアイドルデビューしたいという熱意はありません。
その点我が346プロの安部さんや高垣さん、川島さんのような人達は尊敬します。
気持ちを落ち着けるように並々と注いだウォッカを一気に乾かし、言い方は悪いですが頭は大丈夫なのかと疑いの視線を向けます。
「何を言っているんですか。私は2X歳です。
世間一般ではおばさん呼ばわりされてもおかしくない年齢ですよ」
「そうでしょうか?渡さんは十分お綺麗だと思いますが」
「お世辞はいいです。で、何で私をアイドルなんかにしようと?」
「お世辞ではないのですが。渡さんをアイドルにと思ったのは、笑顔です」
「はい?」
「ですから、笑顔です」
あまり意味はわかりませんが、妙に説得力がある言葉ですね。
笑顔ですか。見稽古で身につけた演技力によって相手に不快感を与えない笑顔というものを複数パターン持っているのですが、武内さんが言っている笑顔はそれではないような気がします。
本当に笑ったのはいつごろ以来でしょうか。
なんだか向こうのペースに乗せられてしまっている気がするので、話題の方向を逸らしましょう。
「笑顔なら、千川さんの方が素敵では?」
「ええ、ですので先ほど千川さんもお誘いしました」
私が地雷覚悟で逸らした話題はブーメランのように見事な帰還を果たしました。
なるほど、あの耳まで真っ赤になっている理由はそれですか。
「飲みすぎてませんか、お冷頼みます?」
「少し酔っているのかもしれませんが、冗談ではありません」
「尚更性質が悪いですね。それに私や千川さんがデビューするとアイドル部門の業務が回らなくなるでしょうから、許可なんてでませんよ」
チート能力のお蔭で私がこなす仕事の量は他の同僚の5,6倍であり、千川さんも人の2倍近くの仕事を片づけながらサポートもこなしています。
言っては何ですが、私たちは346プロのアイドル部門を支える重要な柱の1つなのです。
その柱を外してしまおうなんて考える人間がいるでしょうか。
「今すぐのデビューは無理ですが、今西部長達からの許可は得ています」
「嘘‥‥」
「本当です」
馬鹿が、馬鹿がいました。
何なんでしょうね、この無駄なところに全力を尽くして達成してしまう有能すぎる後輩は。
しかも、私に気が付かれず上層部に話を通して許可を取るなんて。その行動力をもう少しアイドルに向けていたらあんな事にならなかったのではと思わずにはいられません。
今西部長も裏切り者ですか。あの昼行灯め、こういった小細工的なところに才能を発揮するのではなくもっと別のところに使って欲しいものです。
「絶対というわけでも、今すぐというわけでもありませんが、もし少しでも興味があるのなら一歩踏み出してみませんか?
きっとそこには、渡さんが見たこともない今よりももっと輝く世界があるのではないかと思います」
「でも、でもでもでも」
怖い。神様のお蔭で万能なチート能力を持って転生しましたが、渡 七実という存在はこの世界に本当は存在しない異物、イレギュラーです。
それがこの世界の根幹に干渉して、どうなるのかわからないのが怖い。
二次創作のように順風満帆なトップアイドルになるか、世界の修正力に阻まれ何かしらの形で排除されるか。
なんて無駄に壮大な転生者の苦悩のような理由を並べてみたものの、その答えはとてもシンプルなものなのです。
私には、その一歩を踏み出すだけの勇気が無かった。
ただそれだけの事なのです。
でも、この車輪と化してしまっても無駄な行動力と有能さを発揮する不器用な後輩と一緒なら。
「不安に思うのは当然です。あんな事態を招いてしまった私が言っても到底信じられないでしょう。
ですが、もし私を信頼して一歩踏み出すのなら、貴女を全力でトップアイドルという高みに連れて行ってみせます。
そして‥‥」
「そして、なんですか?」
「その時には、渡さんの心からの笑顔を見せてくれませんか?」
「‥‥」
ここまで言われてしまっては、もう駄目かもしれません。
神様が勇気を出してアイドルになれといっているような気がします。『Youやっちゃいなよ♪』的な軽いノリだったとしても。
今まで溜めていたなけなしの勇気を振り絞るのは今しかないような気がします。
「わか「先輩ずる~い。武内君、私の時にはそこまで情熱的に誘っれくれなかったもん」
「せ、千川さん!」
「やっぱり、私より先輩の方がいいんれすか?私だって頑張っれるのに‥‥」
「そんなことありません!千川さんもとても魅力的です!」
「そうれすか、魅力れきれすか♪」
この無自覚馬鹿ップルめ。
慎ましい一般人として生きようと思っていた人が、一大決心をして勇気を持って踏み出そうとしていたのに。
ということで、貴重な経験から私が得た結論を、いかにも売れるライトノベルのタイトル風に述べさせてもらうなら。
『チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~』
これから約半年後、346プロにおいて『シンデレラプロジェクト』という企画が発足され、様々な思いを持った少女達が夢と現実に悩んだりし、仲間と協力しながらそれを乗り越えアイドルとしての階段を上り。
車輪と化していた魔法使いが、かつての姿を取り戻し再び立ち上がる。
そんな中で、少女と呼べない年齢の美女2人のアイドルユニットが圧倒的な歌唱力やダンスでトップアイドルへと駆け登っていくのですが、それはまた別の話です。