チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
気分転換に本編の方を作って居たら完成したので投稿します。
番外編につきましては、今後本編投稿と平行して製作していき不定期に投稿していこうと思います。
他キャラ視点等を楽しみにしていた方々には申し訳ありませんが、ご了承ください。
どうも、私を見ているであろう皆様。
2月14日のバレンタインデー特別ライブで初舞台を迎え、決意を新たに2X歳からのアイドル活動を頑張ろうと思うチートオリ主です。
ライブから1週間が経ち、事後処理等で346プロはつかの間の休息を噛み締めています。
あのライブでデビュー曲を披露した私達『サンドリヨン』ですが、評判は予想を裏切るレベルでいいようですね。
2人共20歳越えの新人アイドルユニットなんて、ネタにされたり、叩かれたりするものだと思っていましたが、翌日から店頭販売されたCDの売り上げも好調だと武内Pが嬉しそうに教えてくれました。
元々黒歴史や、マジアワ、他にも瑞樹や楓、菜々との絡みでメディア露出はそこそこ多く、知名度も一般的な新人アイドルユニットより高い状態だったので、そのデビュー曲として注目されていたようです。
一応家族達にもCD(サイン付き)を送ったのですが『アンタ、ちゃんとアイドルしてたのね』や『私はお前を誇りに思う、だからお前ももっと自分を誇れ』や『姉ちゃん、何で事務員なんてしてたんだ?』という温かい言葉も貰いました。
基本的に物事の色々を察して行動する事が多い日本人ではありますが、やはりこういったはっきりと形にされると嬉しいものがあります。
作詞作曲をせず歌うだけのアイドルがCDによって得られる印税は微々たるものですが、今度の休みにでも実家に帰って何処か食べに連れて行ってあげましょうか。
それよりも、お金がもったいないから何か作れと言われそうな予感がひしひしと感じられますが、それも悪くないかもしれません。
最近アイドル業と事務員業が忙しくて、久しく全力で料理していませんし。
作りたいと思う料理は大量にあるのですが、自分1人だとやる気が出ませんし、いつものメンバー達相手だと全員がアイドルである為体形管理も考えなければなりません。
ですが、時にはカロリーやら栄養バランスやらを全て投げ捨てて、気が向くままに作りたいものを作りたいだけ作りたくなることが数年に1度くらいの周期でやってくるのです。
この前が一昨年のクリスマスでしたから、今回は早いほうですね。
うちの家族は基本的によく食べる人間が多く、特に弟の七花は体力がものをいう仕事柄一般成人男性の倍近くの量を余裕で平らげます。
料理を作る側としては、大量に作った大皿が瞬く間に空になると言うのは見ていて気持ちよく、また筆舌しがたい達成感に包まれるのです。恐らく、料理に携わる仕事をする人はこれが忘れられないのでしょう。
そうと心に決めたなら、早速弟に実家に帰る日を打診します。
腹ペコ魔人な弟なら、すぐに都合をつけて帰ってくるでしょう。
幸い弟が居る駐屯地がある習志野は、都内にある実家からそこまで離れているわけではなく、その気になれば日帰りも可能な距離ですから特に問題はないはずです。
現在の時刻は正午少し過ぎたくらいなので、何かしらの特殊な訓練等がない限り昼休みな筈なのですぐに返信がかえって来るでしょう。
「七実さん、なんだか楽しそうですね」
「そう見えます?」
「はい、とっても」
隣で私の作ったお弁当を食べていた菜々の言葉に私は自分の顔に触れて表情を確かめます。
確かに口角が若干釣りあがっており、どうやら緩んだ表情をしていたみたいですね。
前世の記憶を持つ転生者でも、家族に対する感情は変わりません。恐らくこういったものは、意識や知能ではなく遺伝子レベルで人間に刷り込まれているものなのでしょう。
それに、家族の中でも弟は私の一番の理解者ですし、ついついブラコン気味になっても誰が咎められるでしょうか。
咎める人間が居るなら、ちょっと表に出ましょう。
「誰とメールしてるんですか、ちひろちゃんですか?プロデューサーさん?」
「違いますよ」
「なら、瑞樹?楓ちゃん?」
「はずれです」
「えっ、誰ですか。この中のメンバー以外で、七実さんがあんな顔をする相手って」
食べる手を止めた菜々が興味津々といった感じで詰め寄ってきました。
このウサミン星人は、こういったネタに関しての食いつきは噛み付いたらなかなか離さないスッポン並みにしつこいです。
乙女スイッチの入った瑞樹といい勝負で、この追及から逃れるのは容易な事ではありません。
まあ、今回の件は別段隠す必要があることではないので教えてしまっても構わないでしょう。
「弟ですよ」
「ああ、そういえば七実さんって、弟さんがいたんでしたね。自衛官でしたっけ?
写真もありましたけど、頼りがいがありそうで格好いいですよね」
確かに七花は人生の大半を私というチートキャラと過ごしてきたため、私ほどではないものの同じ名前の原作キャラとほぼ同レベルの身体能力を得た準チートキャラ状態ですし。
自衛隊に入隊した後も『レンジャーの教官達より、姉ちゃんの方が強かったんだけど‥‥どういうことなんだ?』という自分の能力に気がついていないと言う天然っぷりを発揮しました。
事なかれ主義な性格をしており、私との手合わせで極限にまで鍛え上げられた身体に加え、私の弟と言う事で不良グループ達からも喧嘩を仕掛けられることもなく平穏に過ごしてきた七花にとって、基準点となるのが一番身近に居た私なのです。
実家から出て社会人として働き出して、そのずれは修正されつつあるのですが、それも完全ではなく特に恋愛関係に関しては致命的なレベルになっているようで、付き合っても長続きしないそうです。
そんな弟でも私にとっては可愛いもので、こうして誰かから褒められると自分の事のように嬉しいですね。
「何を送ったんですか?」
「新年も帰ってませんでしたから、そろそろ一度実家に顔を出そうと思いまして」
「ああ、最近忙しかったですもんね」
この機会を逃すと今度はいつになるかわからないですからね。
ライブデビューも済ませたわけですし、これからは歌関係の仕事も増える可能性もあるわけですから、確実に今以上に忙しくなるでしょう。
まあ、現状私に打診が来ている仕事の中にはそんな華やかなものは殆ど存在していませんが。
人間第一印象が重要と言いますが、アレは本当のことであり、どんなに事実とは違っていたとしても一度定着してしまったイメージを払拭することは並大抵な事ではありません。
特に偶像たるアイドルにおいてはイメージと言うものは戦略的に重要な事であり、ファンとは特殊なイベントを除き言葉を直接交わすことがないためそれを変えることは不可能に近いです。
前世でもよくアイドルの熱愛発覚ニュースで、そのアイドルのファンたちが暴徒の如く荒れ狂った姿を目にしたことはありましたし、アイドルの影響力が異常なまでに強い今世においてもそういった過激派的なファンは一定数存在しており、社会問題としても取り上げられています。
しかし、この世界には自浄作用があるのか悲惨な事件に発展したケースは殆どありません。
流石は二次元世界と思いましたが、死亡事故や殺人事件といったものはこの世界においても無くならないので、あまり期待しすぎてもダメでしょう。
そんなことを考えていると返信が来ました。
『来週末帰る』
もっと他に色々とないのかと思いたくなるほどの簡素なメールではありますが、男性のメールなんてこんなものでしょう。
必要最低限のことし書かれていないので、話題が発展せず返信地獄にならない分こういったときはありがたかったりもします。
しかし、来週末ですか。
今のところ予定は入っていませんが、当日になって急遽仕事が振られることもあるのがこの業界の恐ろしいところですから、早めに手を打ったほうがよさそうですね。
七花に返信したついでに武内Pと昼行灯に来週末に有給を取りたいという旨のメールをしておきます。
急なお願いですが、そこそこ346プロに対して貢献してきたという自負があるので、きっとですが何とかしてくれるでしょう。
まあ、埋め合わせとして何かしら向こうの要求も呑むつもりですし。
「予定は決まりました?」
「ええ、来週末に帰る予定です」
「そうですか。あぁ~~、菜々もお休みが欲しいです」
と菜々は口ではこう言っているもののライブデビューを果たし、今回も念願の声優の仕事が舞い込んできたので、仕事が楽しくて仕方ないようです。
つい先程も『アイドル楽しい‥‥やばい‥‥』とか小さく漏らしていましたし。
いきなりヒロインというわけにはいきませんでしたが、それでも登場回数の多い重要キャラなのでこれからここへは何度も足を運ぶ事になるでしょう。何故か私も。
憧れの声優の仕事場で働く事が出来ると年齢を忘れてはしゃぐ菜々とは対照的に私は台本を貰った時点から溜息が尽きません。
今回の仕事は深夜アニメなのですが、原作のない完全オリジナルアニメなのです。
内容としては、魔法世界を壊滅に追いやった正体不明の軍勢が現実世界に侵攻してきて、それに対抗するために魔法世界の神話の神が創造した武器の欠片を受け取った高校生達が先の見えない絶望的な戦いの中で、泣き、笑い、そして恋をしていくという話です。
さて、ここで一つ問題です。この作品の中で私が声を当てることになるキャラは、いったいどんな立ち位置でしょうか。
きっと察しのいい皆様なら、薄々感づいている方もいるのではないでしょか。
そう、魔法世界を滅ぼし、現実世界への侵攻を始めた正体不明の軍勢の総統。それが私に与えられた役です。
ちなみに菜々は魔法世界の数少ない生き残りの魔道騎士の1人で、主人公達の師匠的ポジションらしいです。
いったい何処で差がついたのでしょうか。
この総統、台詞がいちいち痛々しいのです。
一話の時点でも、主人公達の力の源となる神が創造した武器を砕きながら。
『それが貴方達の崇める神が創造せし武具ですか?
貴方達の愛すべき世界を蹂躙する憎き仇敵に対して何も出来ないそれが?
無辜の民を家畜のように扱い、知的生命体として守られるべき尊厳を陵辱され、壊し、遊び、曝し、殺す。
そんな侵略者を討ち滅ぼさんと多大な犠牲を払ってようやく起動したものがその程度ですか。
こんな玩具の為に貴方達は、あれ程の犠牲を払ったのですか?この世界の事を思い散っていった英霊達に貴方達の死は無駄では無かったと言えるのですか?
答えなさい、この世界を統べし魔導の王よ』
という、侵略者が何を言っているんだと思わずツッコミを入れたくなる厨二的言い回しな台詞を吐くのです。
もうですね。言い終わったときにはその場で床を転がり、新種の掃除道具の一つにでもなってやろうかと思いましたよ。
どうして、私にはこういった黒歴史を増産するような仕事しか来ないのでしょうか。
武内Pは、もしかしたら私に対して何か怨みでも抱いているのではないかと思いたくなるくらいの仕事選びです。
一応仕事ですから、どれだけ嫌だと思っても一切手を抜かず真剣にはやりますが。
唯一の救いはこのキャラの出番は序盤~中番にかけては一切無いことでしょうか。
しかし、こんなテンプレもテンプレな厨二世界全開な完全オリジナルアニメなんて人気が出るのでしょうか。
主演声優達も勿論ベテランは居ますが、圧倒的に新人率が高いです。
私的には下手に人気が出て続編製作決定とかなったら困りますので、そこそこの人気でいいのですが。
「渡さん、準備お願いします」
「‥‥はい」
スタッフの呼び出しを受け、13階段を上る死刑囚な気分で収録室へと向かいます。
今日最後の収録となるので、これが終われば帰れるのですが、それでも気分はエンジンが止まった飛行機のように急降下を続けています。
ああ、誰かこの役を代わってくれませんかね。
「七実さん、頑張ってくださいね。菜々、応援してますから」
「‥‥お任せあれ」
落ち込んでも仕方がないので、両頬を軽く叩いて気合を入れなおしました。
厨二な台詞の1つや2つが何ですか、そんなものよりチート転生した私という存在の方がもっと厨二的で痛々しいではないですか。
ならば、最後まで演じきって見せましょう。この絶望を齎す者を。
新たな気持ちで望んだアイドル活動は、平和とは言いがたいです。
○
「新規のアイドルプロジェクトですか」
「そうだよ」
夕方、あの今すぐ金庫に放り込み鎖で何重にも巻いて施錠した後マリアナ海溝に沈めたくなる新たな黒歴史の今日分の収録は終わり346プロに戻ったら、昼行灯に呼ばれていると伝えられたので会議室に行きました。
20人近くが集まっても狭さを感じさせない会議室を1人で占領していた昼行灯から資料と共に相談されたのは、新しいアイドルのプロジェクトの話でした。
仮にもアイドル部門の部長が一介の元事務員アイドルに相談する内容ではない気がするのですが、どうなのでしょう。
現在我が346プロのアイドル部門は、その豊富な財力と各方面のプロを起用した育成で着実にアイドル業界の列強勢として名を連ねるようになりました。
765や961、876といったトップを走る集団には追いつけては居ませんが、王道なアイドルから色物系や不思議系といった個性的なアイドルまで幅広い人材を確保している我が社は、3社が手を伸ばす事が出来ない領域を着実に埋めていっています。
彼我の差を埋めるには恐らく数年単位での戦略が必要ですが、良くも悪くも3社のアイドルは現在の黄金時代を作り上げたメンバーが強すぎてイメージが固定されてしまい展性に乏しくなっている状態です。
しかし、346は日本全国から次々とアイドル候補生を迎え入れており、強烈な個性を放つ人材を適材適所で割り振れば今までアイドルが関わらなかった分野への進出も可能でしょう。
今回の新規プロジェクトは、その布石的な意味も兼ねているのかもしれません。
とりあえず資料を確認します。
募集人数は15名前後で、全員個人ではなくユニット単位で段階的にデビューしていくようですね。
最終的には夏頃に開催予定の346のユニットフェスへの全員参加とプロジェクト全員での全体曲を企画中ですか。
ユニット数についてはメンバー確定後の相性によって決めるとのことですが、大丈夫でしょうか。
人間3人居れば派閥ができるといいますが、アイドル候補生なんて基本的に我が強い人間が多いですし、段階的なデビューの順番諸々が争いの火種になる可能性が高いと思うのですが。
しかもプロジェクトを担当するプロデューサーが武内さんですし、酷いことを言うようかもしれませんがあの一件以来人の心に踏み込む事を極度に恐れる彼がその争いを上手く抑えられる気がしません。
確かに最近は徐々にですが、昔の姿を取り戻しつつある部分もありますがそれでも15人前後のアイドル候補生を担当するのは時期尚早といわざるを得ないでしょう。
武内Pの能力的には問題ないのですが、トラウマと言ういつ爆発するかわからない地雷を抱えたままこの新規プロジェクトを担当をするにはリスクが高すぎます。
3人くらいのユニット1つくらいなら任せても問題ないとは思いますが。
そのことを伝えると、昼行灯は気味の悪い笑みを浮かべながら頷きました。
嫌な予感がします。こういった表情をするときは、いつだって私が面倒な事に巻き込まれるのですから。
そんなNT的直感に従い、この場からの戦略的撤退を選択します。
「やっぱり、渡君は彼のことをよくわかっているね。
私もね、彼からこのプロジェクトについての企画を提出されたときには却下しようと思っていたんだよ」
「なら、何故企画が進行しているんですか」
昼行灯と同じ意見だったのは、腹立たしいですが。
リスクマネジメント的に考えたらそうなるでしょう。
しかし、それなら尚更この企画に承認印が押されており、オーディションの開催予定日と場所が既に決まっているのかがわかりません。
「この前に千川君とも同じ話をしたんだがね。私がこの案を却下しようと考えていると言うとね。
『大丈夫です。武内君は
どうやら身内に裏切り者が居たようです。
ちひろめ、そんな話は一切聞いていなかったのですが、それは一体全体どういうことでしょうか。
事によっては少しお話しする必要がありそうです。
別にこの新規プロジェクトに携わる事が嫌なわけでも、武内Pを支える事に対して不満があるわけでも、確実に私情が入っていることに対して文句があるわけでもなく、このように退路が完全に断たれたような状態になっての事後承諾というのが社会人としてどうなのかと問い詰めたいだけです。
「千川君を悪く思わないであげてくれたまえ。この件は私から伝えると黙ってもらっていたんだ」
諸悪の根源は、やはりこの昼行灯でした。
どんな事をしても私が怒らないとでも思っているのでしょうか。
全く、背負うものが増えすぎてしまった今では無理ですが、普通なら転職を考えるくらいの事ですよ。
「それで、それが何故事後承諾になるのでしょう」
「そう怒らないでくれたまえ、私も悪いと思っているんだ」
怒らないでか。
「それに渡君なら口ではそんな否定的なことを言いつつも、いざプロジェクトが始動すれば見捨てる事なんてしなかっただろう?」
「‥‥」
「沈黙は肯定だと受け取っておくよ」
伊達に付き合いが長いわけでないですね。
私の性格を良くご存知で。この昼行灯は。
その勝ち誇った顔が非常に腹立たしいですが、何かしらのアクションを起こしてしまえば認めてしまうことになるので我慢します。
確かに、このプロジェクトと一切関わりが無かったとしても、私は武内Pに対して何かしらの手助けをしていたでしょう。
無視して最悪の結末を繰り返すような事だけは避けたいですし。
「事後承諾になってしまった件に関してはお詫びを用意しているよ。
だから、彼を支えてやってくれないかな。これは、私からのお願いだ」
そう言って深々と頭を下げる今西部長に、私はますます何も言えなくなってしまいました。
広すぎる会議室には、時計の秒針がカチカチと動く音だけが響きます。
こういうのはずるいと思います。ここまでされてしまうとどうしようもないじゃないですか。
「‥‥私にはアイドル業もあるのですが」
「勿論配慮するよ。渡君が出来る範囲で良いし、仕事中はそちらを優先してくれて構わないよ」
「給料はちゃんと出ますよね」
「346プロが、今までの君の功績に対して賃金を渋った事があったかな」
腹が立つ。いい笑顔なのが、本当に腹が立つ。
きっとこの会議室に呼んだ時点であらゆる準備を済ませていたに違いありません。
私のアイドルデビューの時と言い、こうやって水面下で動く事に関しては認めたくはありませんが、この昼行灯な狸親父には勝てませんね。
こういった駆け引きは、経験がものをいいますし。
善良で小市民的な慎ましい生活を望む私には、そんな腹芸なんて性には合いません。
私は隠すことなくあからさまな溜息をつきます。
「わかりました。引き受けますよ」
「流石、渡君ならそう言ってくれると思ったよ」
そうなるように仕組んでおいて、なんと白々しい。
「で、そのプロジェクトの名前は?」
「気になるかい?」
質問を質問で返すな。
どうせ、もう決めてあるくせにもったいぶって、そんなに隠し事が好きなら永遠に秘密のまま抱え込んでおいてください。
いっそのこと、チートで一回威圧してやりましょうか。
「悪かったよ。ちゃんと教えるから、そう怒らないでくれたまえ」
「‥‥別に、怒ってないです」
「彼と2人で考えたんだがね。丁度君たちが支えてくれるんだから『シンデレラ・プロジェクト』と名づける事にしたよ」
シンデレラ・プロジェクトですか、悪くない響きです。
メンバーとなる少女達がシンデレラなら、武内Pや私達はそれを支える魔法使いや白馬となるねずみとかでしょうか。
アイドルデビューというガラスの靴を履き、輝くステージでの舞踏会の壇上へと上るのは、いったいどんな少女達なのか気になりますね。
私の初の後輩アイドルとなるのですから、何処へ出ても恥ずかしくないように色々と頑張りましょうか。
トレーナー4姉妹や音響さん、メイク担当の人達にも後で挨拶に行っておきましょう。
後は、TV局にラジオの放送局、よく会場を提供してくれるショッピングモール等との調整も今のうちから動いた方がいいかもしれません。
春先は何かとイベントごとが多いですし、他の事務所も新人アイドルの売り出し等で色々会場を押さえようとするでしょうから、遅れるわけにはいきません。
そうすると他事務所の動きも把握しておかなければなりませんね。
シンデレラ・プロジェクトの新人のデビュー日に他の事務所の高ランクアイドルのイベントが重なってしまうと、会場に閑古鳥が鳴くことになるでしょうし、新人の娘達も悲しい思いをする事になりますから。
後は、メンバーが決まってから、一人一人に合った仕事を探す、もしくは企画し作り上げて、メディアへの露出を増やすために企業とのタイアップも考えるべきでしょうか。
しかし、下手に1つの企業と提携してしまうと新人の未来の方向性を大きく狭めてしまうことにもなりかねませんし、匙加減が難しいですね。
最近はスマートフォンのアプリのダウンロード数も無視できないものがありますし、もし最適な人材が見つかればそちらの方にも手を伸ばしてみてもいいかもしれません。
これから、忙しくなりそうです。
「やる気になっているね」
「当然です。やると決めた以上、全力です」
「頼もしいね。期待しているよ、渡 七実
「もちろ‥‥はい?」
ちょっと待ちましょうか。
今、私のフルネームの後に聞き捨てなら無い単語が引っ付いていたようなきがするのですが。
係長って、どういうことでしょうか。事務員だった頃ならいざ知れず、現在の私の本業はアイドルであり、部下を統括する資格なんてないのですが。
昇進と言えば聞こえはいいですが、これって仕事が増えるフラグでしかないでしょう。
アイドル業と事務仕事、シンデレラプロジェクトの支援に加えて係長業務って、もうブラックを通り越して光すら見えぬ常闇レベルですよ。
「ああ、係長っていっても補佐に優秀な人物を数人つけるから、基本的に業務の最終確認だけしてくれればいいよ」
「いやいや、そんな無責任な」
「渡君の下で働けるなら、例え使い捨てでも構わないという酔狂な人間が多くてね。
能力的にも将来的な重役候補に名の挙がる人間もいるから、何も心配しなくていいと思うよ」
「明らかに何かアブナイ物を決めてませんか?」
私の下で働けるなら使い捨てでも構わないって、どんな阿呆ですか。
しかも未来の重役様となるくらいの人間が、何をトチ狂って私の補佐をしようと思ったのでしょう。
今までの記憶を必死にサルベージしても、思い当たる節は全くありませんし。本当に何かアブナイ物を決めているのでしょうか。
「いや、薬物反応は白だったよ。良かったじゃないか、慕われているみたいで」
「そうですか」
一応やったんですね。薬物検査。
慕われていると言われても、身に覚えの無い理由で慕われても喜びの前に戸惑いと恐怖の方が強いです。
しかし、いきなり係長に昇格って、文句を言う人は居なかったのでしょうか。
「重役会議で、ほぼ満場一致で採択されたからね。ケチを付けれる人間の方が少ないよ」
「なんと」
最近、周囲の私に対する好感度が高すぎるような気がします。
まさか、これが転生チートオリ主特有の理由無きご都合主義展開という奴でしょうか。
確かに2X歳になってトントン拍子でアイドルデビューをしている時点で、その気配はありましたが、いくらなんでもやりすぎのような気がします。
チートのお蔭で他の同僚達より仕事はできるほうだとは思いますが、それでもいきなり係長への昇進は無いでしょう。
「私的には次長位になって、補佐してくれると楽できるんだがね」
「お断りします」
平の事務員がいきなり次長就任なんて無駄に恨みを買って面倒くさいことになるだけです。
自分の楽のために私のチート能力を利用しようだなんて、本当にこの昼行灯だけは一生相容れることが出来なさそうですね。
「つれないねえ。まあ、とりあえず、色々と頼んだよ」
「仕方ありませんね。請け負いましたよ」
上層部で決まってしまったことを平社員が逆らう事なんてできませんから、諦めて受け入れましょう。
事務員系アイドル改め、係長系アイドルとして世間の荒波と会社内の板ばさみで胃を痛めている中間管理職の皆さんをターゲットにした売込みでもしてみましょうか。
最近では何でも書籍化される時代ですから『係長アイドルの愚痴本』とか書いたら、そこそこの発行部数を稼げそうな気がします。
事志と違う、緊褌一番、意匠惨憺
私の平和な人生は、どっちだ。
○
「じゃあ、七実の係長就任を祝してぇ‥‥乾杯!」
「「「乾杯!」」」「‥‥乾杯」
私達いつものメンバーが集まると言えば妖精社。
××駅から裏道を徒歩15分、看板の類は一切ないため情報無く辿り着くことは難しい、私達アイドルも安心して馬鹿騒ぎが出来る都内のオアシス。
今日は私の係長就任祝いということで、フルメンバーが揃いました。
明日も朝早くから収録がある瑞樹はソフトドリンクにしていますが、同じように午前中に雑誌の取材を受けるはずの楓はいつもの特大ジョッキを飲み干しています。
明日の朝食は二日酔いに効くように蜆の味噌汁と佃煮に胡麻ダレ大根サラダ、卵焼き、デザートにアロエヨーグルトを用意して、後は適当にメインを添えればいいでしょう。
私が面倒を見ているのです、二日酔いでいい仕事が出来ませんでしたなんて許しません。
きっちり最高のコンディションに仕上げてあげましょう。
「しかし、突然だったわね」
「本人も知りませんでしたよ」
あの昼行灯の秘密主義に関しては今に始まった事ではありませんが、殊更私に対してはその傾向が強いように思えるのですが、気のせいでしょうか。
まあ、不穏な動きに感づいたら全力を以って潰しますけど。
どんな隠蔽術を使っているのか、そのときになるまで全く気が付かせないなんて大したものですよ。
熱々の餡かけ豆腐を食べながら、心中でそう愚痴ります。
鰹出汁がギュッときいた解した蟹の身が入った餡に、絶妙な揚げ加減で外はしっかりしているのに、中は噛んだ瞬間にはらはらと崩れていき舌の上を滑り落ちていきました。
熱い餡と人肌より少し温かいくらいの豆腐が食道を抵抗無くすり抜けていき、胃に落ちじんわりと温かさを伝えていくこの感覚、なんという快感でしょうか。
この餡かけ豆腐を食べてしまったら、もう他の居酒屋のものなんて口にする事などできません。
「でも、七実さんの能力を考えたら遅すぎるくらいじゃないですか?」
「七実さんって、有能すぎますもんね。今日の収録でも、あまりにも感情が籠もり過ぎた演技に他の声優さん達が圧倒されてましたもん」
「すみません、ビールおかわり4つください」
「あっ、黒烏龍もおかわりで」
まあ、伊達にチート転生していませんから能力が高いのは認めますが、遅すぎるというのは無いでしょう。
私ほどではないにしても優秀な人物はいくらでも居ましたし、小市民的な慎ましい穏やかな生活を望んでいた私に欠けていたハングリー精神を持って精力的に頑張っている人物も居ました。
人間いくら能力が高くても積極性が無ければ評価は低くつけざるを得ません。
入社直後の私のままなら、確かに遅すぎるぐらいだと言ってもいいかもしれませんが、今の私にはそういえるだけの理由は無いでしょう。
「私は、有能じゃなくて器用貧乏なだけですよ」
「瑞樹、器用貧乏の意味って何でしたっけ?」
「少なくとも、様々な分野において専門家並の能力を有する有能な人物という意味ではなかったと思うわ」
「ですよね。菜々の知らない間に意味が変わったのかと心配しました」
酷い言われ様です。
「七実さんは、有能だって
「ジャッジ!」
「切れが無いわ、3点ね」
「有能と言うのとYou knowを掛けているから、7点☆」
「タイミングがずれてますね。残念ながら4点です」
楓がまた変な駄洒落を言うので、採点風に残りのメンバーに振ってみましたが、流石は現役アイドルです。
私の無茶振りを見事なアドリブで危なげなく切り抜けました。
「結果が出揃いました、合計は14点です。
なかなかの辛口評価となってしまいましたが、高垣 楓さん一言どうぞ」
「この評価を糧に、これからも頑張っていきま
「はい、最後までぶれない高垣 楓さんでした」
私がそう締めくくると3人が惜しみない拍手を楓に送ります。
楓も誇らしげに胸を張り、勝利の美酒を飲むように運ばれてきたビールを飲み干しました。
「‥‥私達、何やってるんでしょうね?」
「七実が振ってきたくせに、何言ってるのよ」
「まあ、面白かったからいいんじゃないですか。アドリブの練習にもなりましたし」
「私達にとっては、いつもの事じゃないですか」
「私は、楽しかったですよ?」
ふと我に返って何をしてるんだろうと思ってしまいましたが、確かに私達の飲み会はいつでもこんな感じなような気がします。
特に深い意味も無く、気心知れたメンバーによるその場のノリで馬鹿騒ぎする。
無意味なようで、かけがえの無い時間。
自分がアイドルデビューをするなんて夢にも思っていなかった1年前では、想像だにしていなかった今は、とても充実感に溢れています。
願わくば、この関係が壊れることなく続きますように。
「しかし、この飲み会ももう何回目ですっけ?」
「何、菜々。昔を思い返すなんて、年寄り臭いわよ?」
「なぁっ!菜々は永遠の17歳です!
リアルJKですし、ウサミン星人は年取らないもん!!」
「なら回数なんて気にしなくていいじゃない、どうせこれからも数えるのが面倒になるくらい飲むんだし」
「‥‥そうですね」
恥ずかしい台詞禁止と叫びたくなるくらい、くさい台詞ではありますが我慢します。
きっと5年10年経ったとしても、私達は
「流石瑞樹さんですね。私とは、言葉の重みが違います。
こういうのって、なんて言うんでしたっけ‥‥確か、年の功?」
「か、楓さん!」
「あらあら~~、楓。それは宣戦布告なのかしら?」
流石25歳児、私には出来ないくらいのスマートさで地雷を踏み抜いていきました。
楓的には褒めようとしていたのでしょうが、いかんせん言葉選びが最悪としか言いようがありません。
瑞樹の背後に明王様達の背中にある迦楼羅焔のような幻が見えるような気がします。
しかし、当の本人は酔いが回ってきているため何が悪かったのかが全くわかっていないようで、不思議そうに首を傾げます。
この後起こるであろう惨劇を予測しながら、今回の一軒から学んだ事実を旧約聖書の一節を借りて言葉にするのなら。
『自分の口と舌とを守るものは、自分自身を守って苦しみに会わない』
この後、騒ぎすぎて妖精社から1週間の出入り禁止を言い渡され、その間の飲みの会場探しに難航したり。
無事に有給をとり、久しぶりに実家に帰ったら弟が彼女を連れてきており、何故かその彼女に宣戦布告されたりするのですが、それはまた別の話です。
追記
気が付かないうちにUA50000人、お気に入り1000件を越えました。これも皆様のお蔭です。
そして、拙作の推薦を書いてくださりました。ミックス様。
本当にありがとうございました。