チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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アニメ2期が始まりましたね。
この作品の設定は1期時点までのもので考えているので、今後新しい設定が出ても反映される可能性は低いです。

熊本弁に違和感があるかもしれませんが、これが精一杯なのでご理解のほどをお願いします。



私がしていることは特別な事じゃない。黒歴史が囁いているだけさ。

どうも、私を見ているであろう皆様。

シンデレラ・プロジェクトも概ね順調に進んでおり、確定した5名の地方メンバーは寮への入居も済ませ、現在は簡単な研修を受けています。

346プロは様々な分野を手がける大企業ですから、デビュー前のアイドル候補生とはいえ、社員として登録される以上は就業規則やら諸々の決まりを理解してもらう必要があるのです。

個人での外食を除き生活費が免除され、レッスン等に掛かる費用も無く、僅かながら給金を貰うのですから、そこら辺は仕方のないことであると割り切ってもらいましょう。

中学生の娘もいますから内容としても難しいところまでは踏み込まず、絶対に頭に入れておいて欲しい事を重点的に簡略化して教えると言っていましたし。

まあ、現在の武内Pでは若干の不安が残るので念のためちひろを補助につけましたから、理解の齟齬は恐らく生まれないと思います。

シンデレラ・プロジェクトのフォルダを開き、今回選抜されたメンバーを眺めます。

 

アナスタシア・カリーニナ

緒方 智絵里

神崎 蘭子

双葉 杏

前川 みく

 

どの娘も個性を持っていて、なんとも346プロらしいアイドル候補生ですね。

カリーニナさんは、クールなロシア系の容姿とあの暴走しがちなフリーダムな性格、ロシア語と日本語混じりの話し方。

緒方さんは、主体性がないように見えますがしっかりとした芯を持っており、控えめで穏やかな性格で他のメンバーに合わせられる許容性の高さ。

神崎さんは、邪気眼ではあるもののはっきりとした自分の独自性を確立しており、たまに見せる素の表情とのギャップ。

双葉さんは、仕事を舐めているのかと言いたくなる態度をとりますが非常に頭の回転も速く、立場を客観視することが出来る冷静さ。

前川さんは、猫キャラというあざとさと努力を怠らないプロ意識の高さ、他のメンバーをよく見ており面倒見のよさ。

といった強みがあり、これからどんなアイドルになっていくのかが楽しみです。

関東勢の募集も順調に進んでいるようで、既に書類選考は終わっており、今週末には面接などの2次選考があります。

選考に関しては昼行灯と武内Pに任せっきりになっているので、どのような人が応募しているのか全くわかりません。

あの2人の目は信頼しているので、とんでもない人間を選んだりしないでしょう。

とりあえず、シンデレラ・プロジェクトが本格始動してから困ったりしないように、今から大まかな方針やスケジュールは決めておいたほうがいいのでしょうか。

予定が未定なこの業界、社長の急な思いつきや無茶ぶりで日程とか考えず仕事が入ったり、アイドルの勝手な思いつきで参加メンバー等が変わってしまうことがよく起きたりし、裏方が調整に頭を悩ませたり奔走する嵌めになったりするので、ある程度余裕を持ったスケジュールにしておきましょう。

とりあえず、最初の1ヶ月くらいは練成期間としてレッスンをメインに他のアイドルのイベントに参加させて仕事の流れを掴んでもらいましょう。

それから半月~3週間周期ぐらいで順次ユニットデビューしていくといった感じでしょうか。

夏のフェスまでには、何度かライブ系のイベントもありますし、仕上がり次第ではそちらにバックダンサーとして参加させてみて経験をつませるのもいいかもしれません。

TV番組も私やちひろが出るものでバーターとして出演させ知名度を高めていくというのもありですね。

出演依頼されているもので、メンバーやユニットの方向性が合致していたのならという話ですが。

 

 

「係長、例のショッピングモールの舞台はなんとか確保できそうです」

 

「それは良かったです」

 

 

先んじて動いておいた甲斐があったというものです。

今回確保したショッピングモールは数年前に開店したばかりで、規模も都内にあるものとしては上から数えた方が早く、入っている店舗も老若男女問わず楽しめるように配慮されているため集客力も高く、新人が多くの人に顔を覚えてもらう為には最適な場所であるといえるでしょう。

765を含む多くのアイドルプロダクションもここの確保に動いていたようですが、新規アイドルプロジェクトを抱えているため346上層部も積極的に動いてくれたようです。

今頃、他のプロダクションは悔しい思いをしているに違いありません。

今日は、酔えませんが勝利の美酒に酔うという言葉にあやかって、ちょっと散財していい感じのお高いお酒でも飲みましょうか。

調子に乗って購入したスポーツカーのローンで、なかなかに懐事情が寂しいですが、今日くらいは許されるでしょう。

係長になって、給料もそこそこ増えましたし。

 

 

「では、今西部長と武内Pに報告をお願いします。後、関東圏でのメンバー選出の進捗状況の確認もお願いします」

 

「了解しました」

 

「それが終わったら休憩に入って構いませんので」

 

「ありがとうございます」

 

 

時間を確認するともうすぐお昼になりますので、そろそろ休憩を許可しておかないとこの優秀な部下達は私が休憩に入るまで延々と仕事を続けようとしますから。

確かに上司が仕事をしているのに休憩に入って昼食を取るなんてできないというのは理解できますし、自主的に聞いてくればいくらでも許可するのですが、何故か聞いてくることはありません。

別に積極性に欠けるという訳でもなく、わからないことや理解が浅いと感じたときはちゃんと質問してくるのですが、どうしてでしょうか。

 

 

「他の皆さんも休憩に入って構いませんよ」

 

「「「「はい」」」」

 

 

さて、私は市場の傾向でも探っておきましょうか。

流行り廃りは一瞬の見極めが重要になってきますから、波に乗ろうとするのならそれが大丈夫なのかを十分に精査しておかなければなりません。

それを怠ってしまえば、企業としても痛手を負うだけでなく、大切なアイドル候補生達の夢を閉ざしてしまいかねないのです。

うちではありませんが、悲しい事にそうなってしまったアイドルの姿も見たことがあります。

なればこそ自分の後輩がそうなってしまわないようにしてあげるのが、先輩アイドルとして、アイドルに関わる仕事をするものとして当然の事ではないでしょうか。

3台のパソコンを操作し、情報収集を始めようとすると横から手が伸びてきました。

その手を華麗に回避して情報収集を進めると、大きな溜息をつかれます。

ある程度気配を消して近づいてきたようですが、私に気が付かれないように接近したいのなら某蛇の人並みの潜入工作スキルが必要です。

 

 

「どうしました、ちひろ。今日は、シンデレラ・プロジェクトの新人研修だったはずでは?」

 

「ええ、そうですよ。そろそろお昼になるんで、七実さんを誘いに来たんです」

 

 

一緒にお昼ですか、魅力的な提案ですが、今の私にはそれよりも優先すべきことがありますから今回は断りましょう。

ハチドリとかのように一食抜かしたからといって命の危機に瀕するわけでもありませんし、それならば食事よりも情報収集の方が優先されるはずです。

少しだけ事務員も兼務しているちひろならわかってくれるでしょう。

 

 

「悪いですけ「あ、拒否権はありませんから」‥‥なぜ?」

 

「係長になってからの七実さんは無理しすぎです。それにストップを掛けるのは私の役目でしょう?」

 

 

その場を濁すために言った言葉が真綿で首を絞めるように私の行動を制限してきました。

それはそれ、これはこれという便利な言葉に頼りたくもありますが、それを使うと私とちひろの関係に大きな亀裂が入ること間違い無しなのでできません。

確かに今すぐ情報収集を完了させる必要はありませんが、それでも鉄は熱いうちに打てといいますし、何とかして言いくるめをしたいところです。

 

 

師範(ニンジャマスター)!』

 

覇道を進みし女教皇(ハイ・プリエステス)(渡さん)!」

 

「アーニャちゃん!蘭子ちゃん!ここは渡係長の仕事場だから、邪魔しちゃダメにゃ!」

 

 

あ、もうダメですね。

ちひろに続くようにカリーニナさん、神崎さん、前川さんが現れました。

未成年のお願いに対して、道理から外れていなければ強く出ることが出来ないという事まで計算して連れてきたのでしょうか。

だとしたら、なかなかの策士ですね。

あと2人共、その呼び方はやめてください。私の心が死んでしまいます(特に神崎さん)。

 

 

「お昼ですよ。一緒に食べましょう」

 

 

相変わらずフリーダムなカリーニナさんは、前川さんの制止の声など聞こえていないようで、輝く光が見えそうなくらいいい笑顔を浮かべています。

課業時間内だったら注意をしていたところではありますが、今は昼休み中なので一応問題はありませんし、室内にまだ残っていた部下達も何も言いません。

寧ろ、連れて行ってくれという思いが見えるような気がするのですが、どういうことでしょうか。

 

 

「魂の共鳴をせし者と共に円卓にて饗宴す。これぞ、至上の愉悦。(お友達皆で一緒にお昼を食べる。とっても楽しみです)」

 

 

ああ、黒歴史が。黒歴史が‥‥

神崎さんの持つ独自の世界観を否定するわけではありませんし、逆にアイドルとしては方向性がしっかりと定まっている分強みとも言えるでしょう。

但し、アイドル業ではなく黒歴史を産み出してしまった者の先達という立場から述べさせてもらうなら、そのキャラでアイドルデビューしたなら、近い将来後悔する日が確実に来ることになるとだけ言わせて貰います。

醒めない夢は無く、虚飾した思いはいずれ自身を心を切り裂く刃となって返ってくることになり、肉体の傷とは違い魂のそれはいつまでも、いつまでも苦しみを与え続けるでしょう。

人の可能性は無限大、されど出来る事には限りがある。

結局人間という矮小なる存在は、様々な柵に縛られて自らの器に合った道を選んで満足するしかないという事でしょうか。

しかし、私は思うのです。それでも、諦めなければ夢は必ず叶‥‥

 

まずいです。

神崎さんとあのアニメ撮影に影響されてか、記憶の奥底に幾重にも封印していた黒歴史が蘇りつつあるのかもしれません。

いえ、まだ言葉として口に出していないのでセーフです。

中学2年生時代のように人間讃歌をとか言い出したら終わりです。もっと記憶の封印を厳重にしなければなりませんね。

これはちょっと自分を落ち着けるためにも休憩を挟みましょう。

まんまと策略に嵌められたような気がしてならないのですが、今回はちひろのほうが一枚上手だったということで納得しましょう。

 

 

「‥‥わかりました。行きましょう」

 

「はい。じゃあ、行きましょうか」

 

 

パソコンにロックを掛けスリープ状態にして、受刑者のようにちひろ達について行きます。

 

 

「みく、『師範(ニンジャマスター)』も来るそうです」

 

「もう、アーニャちゃんは自由過ぎるにゃ。渡係長は先輩アイドルで上司なんだよ、もっと礼節をわきまえないと苦労するよ」

 

「もう、みくは『お母さん』みたいです」

 

「ロシア語はまだわからないけど、とりあえず褒めてないのはよくわかったにゃ」

 

「蘭子もそう思いますよね?」

 

「クックックッ、そなた達の関係は我をも魅了せし尊き財宝(御二人とも仲がよくて、私羨ましいです)」

 

「ごめん、蘭子ちゃんの言葉は日本語のはずなのにわからないにゃ」

 

「クッ、瞳の覚醒はまだであったか(‥‥そんなぁ)」

 

 

ああ、なんで厨二病言語が自動翻訳されるんでしょうね。

私にそんな時代があったからでしょうか、それとも見稽古が無駄な方面にチート能力を発揮したからでしょうか。

とりあえず、言わせて貰うなら。

何処をどうすればそんな風に翻訳されるのでしょうか。あまりの飛躍のし過ぎにグー○ル先生も吃驚ですよ。

しかし、意思伝達が上手くいかずに孤立してしまうのは、見ていて忍びないので助け舟くらいは出しましょうか。

 

 

「神崎さんは、2人共仲がよくて羨ましいって言ったんですよ」

 

女教皇(プリエステス)(渡さん)!やはり、汝は瞳に覚醒せし者であったか!(やっぱり、わたしの言葉がわかるんですね!)」

 

 

予想はしていましたが、凄い目を輝かせていますね。

これは懐かれる。懐かれてしまいます。

勿論、神崎さんのことが嫌いというわけではないのですが、それでもあの黒歴史をサルベージしてしまうようなことは避けたいのです。

それを顔には絶対出しませんが、言葉のほうは漏れる可能性が高いでしょう。

 

 

「な、なんで、わかるにゃ」

 

「みくちゃん、そういう時はね『七実さんだから仕方ない』と思えば大丈夫よ」

 

素晴らしい(ハラショー)

 

 

私は黒歴史を蘇らせることなく、平和な日々を守り抜くことが出来るのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「346カフェへようこそ☆」

 

 

午後からはレッスンがあるので、昼食は外ではなく社内にあるカフェで取ることになりました。

社員食堂もあるのですが、今の時間帯はアイドル部門以外の様々な部署の社員達も行くのでかなり込んでおり、落ち着いて食事を取ることはできないでしょう。

一般にも開放されている346カフェは、アイドル達へのインタビューやバイトしているアイドル目当てに訪れる人は多いです。

値段は少々御高めではありますが、それでもそれに見合うだけの味とクオリティがあるのでリピーターも多く、意外に収益をあげているそうです。

何でもこのカフェの主人は退職した元役員だそうで、趣味が高じてこうして本格的なカフェを開くのですから、その行動力には感服ですね。

私も、もし退職するような事になれば此処のように、何か自分の店を持ってみるのもいいかもしれません。

幸いチート能力のおかげで、技能等には困りませんし。

 

 

「菜々さん、智絵里ちゃんや杏ちゃんはもう来ていますか?」

 

「はい、ご案内しますね」

 

 

今日はオフのはずなのに、私物のメイド服で接客する菜々のワーカーホリックに呆れながらも案内に従います。

何も休みの日まで働かなくてもと思ったあたりで、もしかしてこれは壮大なブーメランになるのではと気が付いたので考えるのをやめます。

 

 

「本物にゃ。本物の安部 菜々にゃ」

 

「永遠を操る兎の星の民か!(ウサミン星人です!)」

 

「ウサギニンジャですね!」

 

 

3人はそれぞれ別の反応を示していますが、菜々が働いている事に驚いているようです。

まあ、最近は瑞樹や楓との絡みでメディア露出も増え、そろそろBランクになろうとしていますから知名度も相応に高まっているのでしょう。

カリーニナさんのその忍者に対する愛は、いったい何なのでしょうか。

菜々に案内された団体用席に到着すると、そこには対照的な2人の姿がありました。

 

 

「あっ、えと‥‥せ、席をとっておきました」

 

「遅かったね。何かあったの?」

 

 

周囲の客が気になっておどおどしている緒方さんと飴を頬張りながら暢気にP○Vで遊んでいる双葉さん、足して2で割れば丁度良くなるでしょうか。

これで、シンデレラ・プロジェクトの地方選抜メンバーが勢ぞろいしたわけですが、改めてみてもキャラクターが濃い面子ばかりですね。

私も人のことは言えないですが、それでもこれを統括する事になる武内pは苦労するに違いありません。

これは、しっかりサポートしてあげなければ、前回の二の舞になりそうな予感がします。

ちひろにも気をつけるように注意喚起しておきましょう。

 

 

「七実さんを説得するのに時間がかかったの。智絵里ちゃんや杏ちゃんは、もう何か頼んだの?」

 

「い、いえ、その‥‥お昼ごはんは、みんなと一緒がいいなぁって思って」

 

「杏は、注文するために安部さんを呼ぶのが面倒くさかったから」

 

 

緒方さんは、相変わらず自信なさげですね。

それが庇護欲を擽るので、男性ファンや一部の女性ファンを大量に獲得できそうです。

年齢的に輿水ちゃんたちは繰り下げになって次女枠に入れて、甘やかしたいですね。それはもう、べたべたに。

双葉さんは、こちらも相変わらずというか、何というか。

最初の挨拶で『アイドル印税生活を狙ってまぁ~~す』とか言われた時には、思わず顔が引きつりかけましたが、今のところやることはちゃんとやっているので目を瞑っています。

もし、仕事をサボったりした場合には、ちょっとオハナシしないといけませんがね。

そうなる日が来ないこと祈っておきましょう。

 

 

「じゃあ、みんなでお昼にしましょうか」

 

 

空いている席に座ると前川さん、カリーニナさん、神崎さんがいきなりじゃんけんを始めました。

 

 

「わたしの勝ちですね」

 

「我に敗北の文字はない(勝ちましたぁ♪)」

 

「にゃぁ~~、負けたにゃぁ!」

 

 

勝負は一回で決着が付いたようで、前川さんが負けたようです。

そういった星の下に生まれてしまったのか、前川さんは不憫なことが多いような気がします。

ですが、そういった時にこそ魅力が最大限発揮されているようで、このままだと本当に第二の輿水ちゃん枠に収まってしまいそうです。

九杜Pが輿水ちゃんにリアクション系の仕事を多めに回しているのもそういったことが関係あるのかもしれません。

勝者であるカリーニナさんと神崎さんは私の隣の席に座りました。どうやら、私の隣の席を賭けたじゃんけんだったようです。

ある程度予想はしていましたが、完全に懐かれましたね。

 

 

「あらあら、人気ですね。七実さん」

 

「そのようで」

 

師範(ニンジャマスター)』「女教皇(プリエステス)(渡さん)」

 

 

両サイドからそんな穢れを知らない子供のような無垢な瞳で見られると薄汚れてしまった大人の自分を実感させられるのでやめて欲しいのですが。

 

 

「さて、何を頼みましょうか」

 

 

この346カフェはセットのような食事メニューはありませんが、様々な軽食系メニューが豊富に存在しているため結構悩むのです。

サンドイッチなら自由に中身を選択でき、パイ系も世界各国のいろいろなものが取り揃えられており、優柔不断な人だと数十分悩む事もざらにあるようです。

今日は、やや空腹気味なのでがっつりとしたメニューが食べたいのでホットドックにしましょう。

ふんわりと柔らかいパンとソーセージの軽く焼き目をつけてパリッとした皮と中から溢れる肉汁と粗挽きの肉の食感、ちょっと大人向けな独特な風味を持つ刻まれた自家製ピクルス、そこにケチャップとマスタードのチープな感じを出しながらもくどくない絶妙な配分、堪りません。

自分の注文が決まったので、他の人の様子を見てみるとどうやら悩んでいるのは緒方さんと神崎さんの2人だけのようです。

 

 

「これもいいなぁ、でもこっちも‥‥」

 

「この石版(モノリス)に記されし、様々な供物の数々‥‥蠱惑的とはこのことか(どれもおいしそうで、決められません~~)」

 

 

昼休みの時間はまだまだあるのでしっかり悩まさせてあげましょう。

人に急かされて慌てて決めたメニューだと、悔いが残ってしまうかもしれませんから。

やはり食事というものは楽しむためにあるのですから、自分の意志でこれだと思ったものを食べるのが一番いいのです。

たまには人のオススメというのもいいのですが、味覚なんて千差万別、ある程度の普遍的おいしさというものは存在しますが、好みが完全に一致する人間なんていないでしょう。

むしろ、その悩んでいる姿が可愛らしくてもう少し眺めていたいくらいです。

あまり露骨に見すぎたらプレッシャーを与えてしまいかねないので、誤魔化すために同時進行で何かしておきましょう。

といことで、こんな事もあろうかと連れて行かれる前にタブレット端末を持ってきていたのです。

これで、情報収集と平行して2人の姿を存分に愛でることが出来ます。

 

 

「七実さん」

 

「何ですか、ちひろ?」

 

「しまってくださいね、それ」

 

 

背後に静かに燃える青い怒りの炎を錯覚させるようなちひろの笑顔に気圧されて、しぶしぶとタブレット端末を仕舞いました。

最近活躍の機会が悉く潰されるかわいそうなタブレット端末ですが、仕事の出先で色々と片付けるのに役立ってくれる大切な相棒です。

 

 

「まったく、ちょっと時間が出来たら仕事、仕事って、最近の七実さんはもう少し皆との交流を大事にするべきですよ」

 

 

確かに、シンデレラ・プロジェクトのためたくさんの仕事先や会場を押さえようとしてメンバーとの交流が疎かになっていたことは認めます。

しかし、それは後輩となるみんながアイドルと言う仕事に夢を抱き続けることが出来るようにと、私なりに皆の事を考えてしている事なのですから、少しは理解して欲しいのですが。

 

 

「確かに『師範(ニンジャマスター)』はオーバーワーク。頑張りすぎです」

 

「己が身を削りし先に待ち受けしは、崩壊ぞ(無理しちゃ、ダメですよ)」

 

「あの‥‥わ、わたしも‥‥えと、その‥‥」

 

「もっと楽してもいいんじゃない?杏みたいにさぁ‥‥」

 

「みくは、ノーコメントで」

 

 

どうやらシンデレラ・プロジェクトのメンバー達もちひろ側のようです。

流石に6対1で自分の意見を押し通すほど我が強いほうでもなく、元々愛でるのを隠すためのものだったのでこだわる必要性もありません。

なので、即座に白旗を振ります。

どこかの軍人さんも『戦いは、数だよ』といっていましたし、皆大好き民主主義に基づく多数決の結果の力は偉大なのです。

 

 

「わかりました。なら何を話しましょうか」

 

 

こうなれば、会話をしながらさりげなく愛でるとしましょう。

炉辺歓談、膝を交える、安居楽業

平和な一時というものは、これほど尊いとは思いませんでした。

 

 

 

 

 

 

「では、シンデレラ・プロジェクトの順調な進行に‥‥乾杯」

 

「乾杯」「乾杯です♪」「‥‥乾杯」

 

 

宝石を思わせるほど澄んだ輝きを放つ酒が注がれたショットグラスを軽く打ち合わせます。

一口飲んだ瞬間に広がる華やかな香り、そして長い歳月をかけて角が取れた達人のような熟成感、飲んだ後に心地よい温かさと素晴らしい満足感が広がります。

カラメルやシロップ等の添加物が一切使用されておらず、古くからの製法を代々受け継ぎ下手な機械化をせず頑なに守り続けることで生み出されるポール・ジローは、コニャックの極みといっていいでしょう。

勝利の美酒という事で35年物に手を出してしまいましたが、値段に見合うどころかそれ以上の価値がある1杯です。

この味の前には下手なつまみは無粋ですね。

 

 

「瑞樹や楓ちゃんが悔しがるでしょうね」

 

「しかたありませんよ。御二人とも仕事なんですから」

 

「運が悪かったということでしょうね」

 

 

瑞樹と楓は、残念ながら仕事なので今回は不参加です。

先程ラインでポール・ジローの画像を送ってみたところ、楓が現場から抜け出そうとして一騒動あったり、瑞樹からは『許さない』という簡潔明快で怒りが伝わる返信をもらいました。

祝いたいと思ったときに妖精社(此処)に居る事ができない、人気と仕事の多さが原因であり、その仕事も私が振ったわけではありません。

だから、私は悪くない。

 

 

「ほら、七実さんの奢りなんですから、武内君も飲まないと」

 

「そうですよ、プロデューサーさん。こんな美味しいお酒なんですから、もっと笑顔にならないと☆」

 

「すみません、表情が固くて」

 

 

今回は特別ゲストとして招かれた武内Pは1対3という男女比が落ち着かないのか、かなり固い感じです。

しかし、ポール・ジローを飲んだ瞬間はその固い表情筋達も緩んでいき、働いている間ではまず見ることが出来ない優しい表情をしていました。

やはり美味しいお酒というものは偉大です。

惜しむらくは、このチートボディでは美味しさを十二分に味わうことが出来てもそれに酔うことが出来ないという事でしょうか。

この体であることによる恩恵を享受してきたので、これくらいの欠点は我慢できるレベルなのですが、それでも勿体無いと思うくらいは許してもらえるでしょう。

 

 

「いやぁ、菜々は今日初めて見ましたが、なかなかに濃い娘達でしたね」

 

 

菜々がそんなことを言っていますが、永遠の17歳とか、ウサミン星人とかの異色のキャラ付けは、さすがのシンデレラ・プロジェクトのメンバー達であっても勝てないくらいに濃いと思うのですが、もしかして自覚というものが全くないのでしょうか。

 

 

「菜々には負けるでしょう。ねぇ?」

 

「そうですね、菜々さんには負けるかと」

 

「プロデューサーさん、2人がいじめます~~。シンデレラじゃなくて、絶対継母や義姉ですよ」

 

「あの、安部さん。その‥‥困ります」

 

「‥‥離れましょうね、菜々さん」

 

 

人が菜々の事を思って心を鬼にして指摘してあげたというのに、酷い言われようです。

菜々は嘘泣きしながら武内Pに縋り付き、それを見たちひろの顔がお茶の間のよい子達が見たら号泣間違いなしな、およそアイドルがしてよい表情の範疇を軽々と越えたものになります。

しかし、すぐに武内Pの前であると我に返り、黒い笑顔レベルに落ち着きました。

全く菜々もちひろの気持ちを知っていながらあんな行動を取るなんて、結構酔ってきていますね。

今回は、ポール・ジローがメインな為おつまみ系のメニューは殆ど頼まなかったので、酔いが早く回っているのかもしれません。

全員会話の合間におかわりとかしてましたし。

2人に挟まれた武内Pは、どう対応していいのか分からずおろおろしながら私に視線で助けを求めてきますが、私は巻き込まれたくないのでポール・ジローをちびちびやりながら、ラインの様子を眺めます。

瑞樹の方は順調に進んでおり、このまま上手く進めば合流できそうみたいですが、楓は逃亡騒ぎによって遅れが生じているため厳しいかもしれません。

本気で泣きそうなメッセージが届いたので、少しくらい残して持って帰ってあげましょう。

それも考慮してボトルごと購入したのですから問題はないはずです。

 

 

「あはは、冗談ですよ。冗談。ウサミンジョークです☆」

 

「まったく、油断も隙もないんですから。武内君も社会人なんだから、断る時はもっとはっきり断らないと!」

 

「‥‥はい」

 

 

少しどころか、半分くらい私情が入っているような気がしますが、指摘すると面等臭そうなのでやめておきます。

しかし、このまま放置しても面倒臭くなりそうなので助け舟くらいは出しておきましょう。

 

 

「話は戻りますけど、武内Pから見てあの娘達はどうですか?」

 

「あっ、それ気になります」

 

「私もです。どうなんですか、武内君?」

 

「‥‥とても個性的ではありますが、皆さんがトップアイドルとなれるほどの逸材だと思っています」

 

 

確かに全員に光るものは感じますが、トップアイドルになれると言い切るあたり、武内Pが今回のプロジェクトにどれだけの意気込みをもって臨んでいるかがわかります。

車輪と化してからの武内Pは不確定要素を含んだ事を言葉にすることがなくなりました。

ですが、仕事場ではなく居酒屋の一部屋でお酒が入っているとは言えど私達に対してそう言い切ったのですから、それを実現するといっているのと同義と考えてもいいでしょう。

どうやら、気が付かないうちに一皮も二皮も剥けて成長していたようです。

男子三日会わざれば刮目して見よと言いますが、あの言葉は本当だったようですね。

いつの間にか成長していた後輩の姿に嬉しいような、寂しいような複雑な気分です。

 

 

「期待してますよ」

 

「はい」

 

 

これ以上の言葉は不要でしょう。

武内Pの意志は確かに聞きました。ならば、私はサポートをする者として、それが最高の形で成せるように場を整え準備するだけです。

 

 

「その為に、渡さんに一つ協力をお願いしたいのですが」

 

「ええ、構いませんよ。何でも言ってください」

 

 

珍しく武内Pからお願いされました。

少し困ったような、恥ずかしそうな、照れたような表現しにくい複雑な表情をしていますが、いったい何を頼もうとしているのでしょうか。

最大限サポートすると私の覚悟は決まっているので、できる事であればなんでもするつもりです。

 

 

「神崎さんの言葉の解読方法を教えてください」

 

「‥‥はい?」

 

 

すみません、3秒ルール的なもので前言撤回はありでしょうか。

いくら最大限サポートするとは心に誓いましたが、それと黒歴史のサルベージ(これ)は別問題です。

ただでさえ、色々と影響を受けて私の内面は大変になっているのですから、これ以上黒歴史関係の余計な火種は抱え込みたくありません。

とりあえず、神崎さんの複雑な厨二言語の解読方法をこの最高のコニャックの生みの親であるポール・ジロー氏の言葉を改変して述べさせれ貰うのなら。

『私がしていることは特別な事じゃない。黒歴史が囁いているだけさ』

 

 

 

 

 

 

乗り気ではないとさりげなくアピールしても気が付かず、真剣にお願いしてくる武内Pに押し切られ簡易厨二辞典の製作に積極的に協力することになり、心に深いダメージを負うことになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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