チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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第2期が絶賛放映中ですが、この作品ではようやく第1期に入れそうです。


いつかできることはすべて、今日でもできる

どうも、私を見ているであろう皆様。

最近周囲が仕事をさせないように包囲網を敷こうとして困っています。

アイドル業もあるのでレッスン等を蔑ろにしたりせず、サンドリヨン指名の仕事もちゃんとしているのですが、係長業務をしていると重要な仕事が終わったときを見計らって誰かが来るのです。

恐らく部下の中にちひろたちとの内通者がいるのでしょう。

チートを最大限活用すれば数日と掛からずにその内通者を特定できるでしょうが、今のところ一段落した時にしか情報を流さず、業務の進行に支障を来たさないので放置しています。

部下も優秀なので、私のチートを自分なりに噛み砕いてスキルとして習得しつつあり、一部の業務は本当に完全丸投げでも構わないくらいに成長しました。

優秀な人材が増えるのは企業として嬉しい事この上ないのですが、どいつもこいつも何故か率先して私の仕事を奪っていくのです。

昼行灯あたりだったら『楽が出来ていいねぇ』とか言いながら、デスクでお茶でも啜っているのでしょうが、ついこの間まで一般事務員だった私からすれば、やることが無いというのは落ち着きません。

一応、係長業務ばかりにならないようにスケジュール管理はしているのですが『係長は、レッスンしてきてください』や『この仕事は、係長向きだと思います』とか言ってくるのです。

そう言うことが多いので尋ねてみたのですが、私の部下達はどうやらサンドリヨンのファンであり、しかも私個人のファンでもあるそうで、本格デビューの際に一応作られたファンクラブの10番台の会員証を見せられました。

なんでも既に500番台まで会員で埋まっているそうで、恥ずかしそうに、しかしどこか誇らしげにそのことを告げられたときの私の心境が分かるでしょうか。

どうりで、ミスに対して注意をしてもいい笑顔で『ありがとうございます』とか言うわけですよ。

今まで、向上心があってこれからの成長が楽しみと思っていたのに、これ以上成長してしまったら変態まっしぐらじゃないですか。

これで無能なら配置換えが出来るのですが、前述したようにかなり優秀なのです。

昼行灯も未来の重役候補とか言っていましたし、此処で下手を打つと未来に禍根を残して敵を作ることになりかねませんし、内部分裂なんて他の企業が付け入る絶好のチャンスでしかありません。

私に残された未来は、この部下達と適度な距離を維持し続けてこれ以上変態方面へと進ませないようにする事だけでしょう。

どうして、私がこんな貧乏籤を引かなければならないのかと悲しくなりますが、希望を祈ればそれと同じだけの絶望が撒き散らされる、そうやって差し引き0にして世の中のバランスは成り立っているといった魔法少女も居ましたし、チートの代償なのでしょうか。

別に不快な視線等を向けられるわけでもありませんし、何度も言うようですが本当に優秀なので、扱いに困るのです。

知らないほうが幸せだったという言葉をこれほど痛感したのは2度目ともなる人生の中でも初めてです。

そんな、私の近況は後にして話を現在へと戻しましょう。

私の目の前で、4人の人間が4月に入ったとはいえ冷たい床に正座しています。

 

 

「で、何故こうなったか私が納得できる説明をお願いします」

 

 

普段あまり怒ったりしない私ですが、今回ばかりは怒気をあまり隠そうとせずに腕を組み仁王立ちします。

 

 

「‥‥それは」

 

 

正座しているメンバーの1人である武内Pは困ったように首に右手を回しました。

こうなっているのは、私のデスクの上に置かれているシンデレラ・プロジェクトの関東勢のメンバーを見たからです。

その決まったメンバーというのが。

 

新田 美波

諸星 きらり

三村 かな子

多田 李衣菜

城ヶ崎 莉嘉

赤城 みりあ

高垣 楓

川島 瑞樹

安部 菜々

 

はい、察しのいい皆様ならこのメンバーのおかしさについて十二分に理解してくださると思います。

今回のこの新規アイドルプロジェクトであるシンデレラ・プロジェクトは、まだまだ隠れている原石の少女達を発掘するためのものであり、既にアイドルとして活躍している人間に対してのものではありません。

なのに、どうしてこの3人の名前が登録されているのでしょうか。

部下から受け取った名簿を見たときには、数日遅れのエイプリルフールか見間違えだと思って2度見どころか5度見位しました。

 

 

「何よ、そこまで怒らなくてもいいじゃない」

 

「あはは、菜々は冗談のつもりだったんですけどね」

 

「七実さん、足崩していいですか?」

 

「駄目です」

 

 

武内Pと並ぶように正座している3人には、あまり反省している様子が見えないのでもう少し継続してもらいましょうか。

全く何を思ってシンデレラプロジェクトに参加しようと思ったのかは分かりませんが、夢を追いかける少女達の道を意地悪な義姉の様に妨げなくてもいいでしょうに。

新人の中にトップアイドルクラスが入ってしまえば、下手をすると彼女達は付属品程度の認識しかされない可能性があるのでリスクが大きすぎます。

他にも新人たちが依存気味になってしまい自立心が育たず、上手くアイドルとしての芽が出なくなってしまうかもしれません。

特に双葉さんなんかはその傾向が強いように思えますし、最初から楽をさせる事を覚えてしまうと後々苦労した際に潰れる可能性がありますし、私の意見としては十分に下積みというものを重ねていって欲しいと思います。

私やちひろの様に社会人であれば、社会の厳しさや理不尽な面も経験済みなので早々に潰れないでしょうが、シンデレラ・プロジェクトの娘たちはまだまだ親の庇護の元で生きている学生なのです。

アルバイトや知識として社会の厳しさ知っている子も居るでしょうが、実際に経験した事のある子は皆無でしょう。

社会というものは学生が想像しているよりも数段汚く、薄暗く、夢のない世界なのです。

ですが、それでも私は彼女達に夢や輝きを持ち続けて欲しい。ですから、それを壊してしまいかねない今回の人選については、到底受け入れられるものではありません。

 

 

「で、どうしてこの3人がメンバーの中に入ってるんです?」

 

「私が頼んだのよ」

 

 

私は武内Pに質問したのですが、答えたのは瑞樹でした。

 

 

「何故、こんな暴挙を」

 

「だって、このプロジェクトには七実達が参加するわけでしょう?」

 

「そうですね。サポートがメインとなるでしょうけど」

 

「で、このプロジェクトは全員ユニットを組むわけでしょう?」

 

「誰が誰と組むかは、本格的なプロジェクトの始動後になるでしょうけど、その予定ですね」

 

「だったら、私達が参加すれば皆でユニットを組める可能性があるわけでしょう?」

 

「‥‥はい?」

 

 

いったい、瑞樹は何を言っているのでしょうか。

漫画に出てくるチーズみたいな穴だらけの理論のために今回のことは起きたというのでしょうか。

20代後半になってそんなことはないとは思いたいのですが、どうやら冗談ではなさそうです。

 

 

「だって、あれだけ仲がいいって言ってるのに、全然5人での仕事が来ないんだもの」

 

「私も皆でお仕事したいなぁ、って思って」

 

「で、応募してみたら‥‥何故か採用されちゃって」

 

「‥‥」

 

 

頭が痛くなってきました。

確かに妖精社で『いつか5人でユニットを組もう』と話したことはありましたが、それをこういった形で実現しようとしてくるなんて誰が思うでしょうか。

私達でユニットを組む話は以前にも出たのですが、サンドリヨン結成前でしたしアイドルランクの差もあり、結局流れました。

そこそこ知名度が高くなってきた現在でも、アイドルとしての方向性や仕事の内容が違うため、そういった話は一切出てきていません。

瑞樹や楓は武内Pに何度かお願いしていたようで、武内Pの方もできる限り働きかけていったようですが上手くいっていませんでした。

私も動けば話は違ったのかもしれませんが、最近は係長業務やシンデレラ・プロジェクトの事にサンドリヨンとしての活動もあり、正直後回しにして放置していました。

勿論、なるべく仕事でも絡めるように調整等はしてもらったりしていましたが、結局5人が揃った仕事はあのデビューライブ以来ありません。

瑞樹と楓は既にトップアイドルとして活躍していますし、私も係長としての昇進もあり、346プロとしては無理にユニットを組ませるメリットがないのです。

 

 

「武内P」

 

「はい、皆さんが前々からユニットを組みたいと仰っていたのは聞いていましたので、今回が良い機会かと考えました」

 

「しかし、シンデレラ・プロジェクトが新人発掘プロジェクトの趣旨から外れているのでは」

 

「現段階ではそうなっていますが、皆さんにはシンデレラ・プロジェクトから派生した別プロジェクトとして動いてもらうつもりです。

なので、3人の枠を欠員として、2次募集をかける予定です」

 

 

派生した別プロジェクトですか、確かにそれなら無理矢理気味ですが趣旨から外れてないといえるかもしれません。

しかし、それでも問題は多く残っています。

現在各自が請けている仕事とのスケジュール調整、活動方針、ユニット曲の発注にお披露目イベントの会場選び、練成期間、各方面への売り込みを兼ねた挨拶回り等々とやることは山積みです。

それをシンデレラ・プロジェクトと同時進行するには人手が圧倒的に足りません。

私が常に全力を出し続ければ問題ないかもしれませんが、端からチートを当てにしたプロジェクトなんて破綻する未来しかないでしょう。

 

 

「今回の件に関する問題については、既に今西部長が各方面に働きかけてくれていますので人員等の問題は解消される見通しです。

ですが、やはり皆さんの仕事やプロデュースの引継ぎの調整が難しく本格的な活動が可能となるのは夏頃となります」

 

 

また、昼行灯か。

最近見かけないと思ったら、こっちを進めていたという訳ですね。

警戒はしていたものの、私の業務に関する面での影響が一切なかったため、またまたしてやられました。

あの昼行灯が精力的に動き回っているということは、このプロジェクトは十中八九採用されるのでしょう。

ああ、これではまた仕事が増えてしまうではないですか。

 

 

「渡さん?」

 

「はい、どうしました?」

 

「いえ、急に笑みを浮かべられたので」

 

 

そう言われて自分の頬に触れてみます。

確かに、頬が少し緩んでいるみたいで、自分でも気が付かないうちに笑っていたようですね。

口や頭では出来ないや無理とか反対的な立場を取っていたものの、結局私もいつものメンバーでユニットを組めることを楽しみにしていたのでしょう。

 

 

「七実は素直じゃないわね」

 

「そうですよ。嬉しいならもっと笑いましょう☆」

 

「今日はお祝いですね。私は今日、お仕事ないので()()()ワクです」

 

 

どうやら、楓は前回1人だけ間に合わなかった事を気にしているようです。

一応、ポール・ジローをボトルの6分の1程度残したものをあげたのですが、それでは気が治まらなかったようですね。

今日は、全員夜からの仕事はないのでまた騒がしくなるでしょう。

とりあえず、今は素直にこのことを喜ぶとしましょうか。

 

私達は立派な魔法使いとして、平和なアイドル活動が出来るのでしょうか。

 

 

 

 

 

「神崎さん、視線下がってます。緒方さん、ここはもっと動きを大きく。双葉さん、惰性で踊らないでちゃんと緩急つけて。カリーニナさん、気持ちが先走りすぎです。前川さん、1つの動作にこだわりすぎです」

 

「「「「「はい」」」」」

 

 

午後、いつものようにシンデレラ・プロジェクトの地方メンバー達とともに346カフェで昼食を取り、数日振りのレッスンの時間です。

久しぶりのレッスンですが、チートによって私にはあまり必要はないのですが、カリーニナさんや前川さんの要望によりダンス系を行う事になりました。

トレーナー姉妹達も忙しいようで、2時間のレッスンのうち前半1時間は他のプロジェクトの方に行かなければならず自主トレのようなのです。

なので、私に指導してほしいのことでした。

一応見稽古で、トレーナー系の指導技能は修得して可能なのですが、下手に全力を出してしまうと4姉妹の仕事を奪ってしまいかねないので程々に頑張っています。

今練習しているのは、私達の『今が前奏曲』です。

全員ちひろパートの穏やかなダンスはミスは目立つもの頑張って踊れていたのですが、私の担当パートになった途端に崩れてしまいました。

やはり『人類の到達点専用ダンス』と呼ばれ、『歌ってみた』や『踊ってみた』という系の動画が数多く投稿されている動画投稿サイトでも完璧に踊りきった人間が現れないこの曲は時期尚早だったでしょうか。

ちなみに、そう呼ばれる理由はダンスの内容が人外じみているとかではなく、短時間での運動量が多く、また絶妙なバランス感覚が要求され、綺麗に踊りきるには相応の筋肉量が必要だからです。

 

 

「はい、ストップ。動きが悪くなってきましたから、休憩しましょう」

 

「「「「「はい」」」」」

 

 

音楽を止め、休憩をとる事にします。

一応手加減はしていたのですが、このまま続行すると将来有望なシンデレラ・プロジェクトの娘達を潰してしまいかねません。

やっぱり、こうして一般人と能力差が大きすぎてやりにくいことこの上ないのですが、慕ってくれている彼女達を見捨てるなんて選択肢は端から存在しませんから頑張るしかないのでしょう。

休憩になった途端、全員がその場に座り込んでしまったので、私はレッスンルーム端に置いておいたクーラーボックスから冷えたスポーツドリンクを取り出して配っていきます。

肩で息をしながら力の無いお礼の言葉や無言で頭を下げる様子に、ペース配分を間違えてしまったことを痛感し自己嫌悪に陥りそうになります。

 

 

「休憩は15分とります。その後の行動はトレーナーに任せますので、動けるようになったらしっかりクールダウンをして休んでください」

 

 

失敗した。その事実が私の心に重くのしかかります。

最近は仕事もアイドル業も概ね順調だったから、知らず知らずのうちに慢心していたのかも知れません。

人間、何事も慣れ始めた頃に手痛い失敗を犯してしまうというのは、前世も含めて分かっていたはずなのに、どうして気をつけていなかったのでしょうか。

 

 

「‥‥すみませんでした」

 

 

私は、メンバー全員の前で頭を下げます。

過ちを犯したら、謝罪する。これは、大人子供関係なくいえる事でしょう。

魔法使いとしてこれから、このシンデレラたちを導く者となるのですから、行動もその模範となれるようなものでなければ、どの口が裂けて導くなど言えましょうか。

赤い彗星の器になろうとしていた人も『過ちを気に病むことはない。ただ認めて、次の糧にすればいい。それが、大人の特権だ』といっていますし、この失敗を糧として今後シンデレラ・プロジェクトをよりよく導けるように精進しましょう。

シンデレラ・プロジェクトのメンバーたちは、なにやら戸惑っているようです。

ただ謝罪するだけでなく、何故なのかも必要だったでしょうか。

 

 

「なんで、渡係長が謝るんですか?」

 

「そうです。『師範(ニンジャマスター)』、何も悪い事してないです」

 

 

一番最初に復活したのは前川さんとカリーニナさんでした。

息も絶え絶えという感じではありますが、その目にははっきりと強い意志の光が見えますから、嘘やお世辞で言っているようには見えません。

いきなり、新人に下手をすれば潰れてしまうくらいの酷いダンスレッスンをしてしまったというのに、謝る必要がないというのは、どういうことでしょう。

もしかして、レッスンがつらすぎて防衛機制が働いてしまい、開いてはいけないマゾヒスト方面の扉を開いてしまったのでしょうか。

そうであるならば、私は土下座も持さない所存ではあります。

 

 

「確かに、レッスンはいつもよりきつかったですけど、それでも色々教えてもらえました」

 

「『はい(ダー)』とても勉強になりました」

 

「煉獄の試練、乗り越えし先に見えしは輝ける劇場(レッスン大変ですけど、早くステージに立ちたいですから)」

 

「わ、わたしも‥‥もっと、踊れるように、なりたいです」

 

「ていうか、レッスンがキツイのって普通じゃん」

 

 

いい子達過ぎるでしょう。

いくらこの世界の元ネタがアニメ世界だとは言え、765プロの主要キャラじゃない下手をすると名前しか出ないモブ扱いされそうなキャラクターまでこんなに性格のいい子が多いなんて。

絶対全員をトップアイドルに導いてあげます。この私の持つチート能力の全てを使ってでも。

いつか見た765プロのライブで、天海 春香達が宿していたものと同じ瞳の輝きがシンデレラ・プロジェクトのメンバーにも微かではありますが、それでもはっきり見えました。

 

 

「‥‥そうですか」

 

 

もっと言わなければならない言葉はたくさんあるはずなのに、こんな言葉しか出てこない口が恨めしいですね。

オリ主であれば、ここでみんなの心を射止めるレベルの言葉でハーレムフラグを立てるところなのでしょうが、そんな気の利いたことは私には出来ません。

ですが、このあたたかい気持ちと彼女達の優しい言葉を忘れず、しっかりと心に留めて持ち続けてサポートしていきましょう。

それが今の私に出来る、精一杯の事です。

 

 

「流石、数々の天才達でも未だ踊りきることが出来ないダンスだね。出だしですら、とんでもない難易度だよ」

 

「これが伝説のニンジャ・ステップですね!」

 

 

違いますといったところで納得してくれないでしょうから、そこら辺の対応は未来の相方候補である前川さんに一任しましょう。

面倒見の良さとツッコミ気質をもつ前川さんなら、このカリーニナさんの言葉を放っておかないでしょうから。

 

 

「アーニャちゃん、いい加減忍者から離れようよ」

 

「『いいえ(二ェット)』ニンジャは私にとって、みくのネコミミと同じくらい大切です」

 

「そんなに!いったい、アーニャちゃんの何がそこまで忍者に駆り立てるの!」

 

「『(リュボーフィ)』です」

 

「だからロシア語は、まだわからないんだって」

 

 

やっぱり、もうこの2人はユニット化確定でいいのではないでしょうか。

関東勢のメンバーと合流はしていませんが、今以上の組み合わせとなる人がいるとは正直考えにくいです。

 

 

「それに、みくはちゃんとオンオフを切り替えてるからね!常時、スイッチが入りっぱなしなアーニャちゃんとは違うから!」

 

「変わり身の術ですね!ネコニンジャ、スゴイです!!」

 

「ちっが~~~う!!忍者はいらない!かわいいネコちゃんなの!」

 

 

どうやら、前川さんは興奮してくると猫語ではなく標準語のほうが出るようです。

オンオフを使い分けているといっていましたし、常時ネコキャラで生活しているわけではないでしょうから、今の前川さんの方が素に近いのでしょう。

作ったキャラではなく、素であんなに語り合えるほど仲良くなった事にちょっと安心します。

 

 

「宝瓶の雫の、なんと甘美なことか(アクエリ○ス、美味しいです)」

 

「はい、タオル。汗、すごいよ」

 

 

スポーツ飲料のペットボトルを両手で持ち、くぴくぴと可愛らしく飲んでいる神崎さんに緒方さんがそっとタオルを差し出しました。

神崎さんの言動的に他のメンバーとのコミュニケーションが懸念されていましたが、前川さんとは別ベクトルで面倒見がいい緒方さんがそこそこ積極的に関わってくれているようでほっとします。

 

 

「感謝する(ありがとうございます)」

 

「どういたしまして」

 

 

神崎さんの汗を拭ってあげている緒方さんは、母性溢れる優しい顔をしていました。

前川さんとカリーニナさんの2人と比べると言葉は少ないですが、それでもしっかりと絆のような繋がりが感じられる会話です。

緒方さんは引っ込み思案で小動物チックなところがありますが、確かに芯を持っていて誰かを思いやれる優しい心を持っています。

両親が共働きで寂しい思いをしたことがあるとオーディションの中で語っていたそうですし、同じ寂しがりやな部分がある神崎さんに昔の自分を重ね合わせてしまい放っておけないのでしょう。

 

 

智の天使(ケルディム)よ、そなたにも宝瓶の雫の祝福を(智絵里さんも、アクエ○アスを飲んでください)」

 

「飲んでってことかな?ありがとう、蘭子ちゃん」

 

「当然の事(いえいえ~♪)」

 

 

自動翻訳される副音声(?)が聞こえる私にとって微笑ましい光景なのですが、神崎さんのキャラクターを誤解している人が見たら、緒方さんに対して偉そうに振舞っているように見えるかもしれません。

幸い、緒方さんはそんな風には思っていないようですが、誰もがそうとは限りませんから武内Pに気をつけておくように忠告しておきましょう。

 

 

「あ~~疲れた。早く帰って寝たい」

 

 

双葉さんは、いつも通りですね。

良くも悪くも自分のペースを崩さないのは大きな強みになるかもしれませんが、私としてはちゃんとした社会人として生きていけるのかと不安になります。

まあ、頭の回転も早く、自らの置かれた現状を第三者視点等から冷静に判断もできるので、なんだかんだで社会の荒波も潜水艦のように潜り抜けていくような気はしますが。

今のメンバーのなかで組ませるとすれば、双葉さんの生き方も尊重してくれる緒方さんかだらける事もできないくらい振り回すカリーニナさんが適任かもしれませんが、この2人にはそれぞれ神崎さんと前川さんと組んでもらいたいと私が考えていますので関東勢のメンバーに期待しましょう。

とりあえず、失敗を犯してしまいましたが何事もなく済んで良かったです。

 

意気消沈、欣喜雀躍、手塩にかける

私のレッスン指導は平和ではなかったでしょうし、今後気をつけます。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~い、それでは私達5人のユニット企画採用にぃ~~乾杯!!」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

宴会ならば妖精社、3人から受付してもらえ人数に応じたお得なコースメニューも多数存在し、笑いと狂気を振りまくロシアン的なメニューも有り。

また隠れ家的な店である為、宴会同士が重なって変な集団等に絡まれたりする心配がないと女子会にもぴったりなお店なのです。

度々お世話になっている以上、心の中でお店の宣伝くらいはしておかなければという謎の義務感に襲われましたので、一応しておきます。

ユニット結成が余程嬉しいのか、皆いつも以上にテンションが高いですね。

とりあえずジョッキを打ち合わせた後、温くなってしまう前に飲み干しました。

飲み物の飲み方なんて人それぞれの好みがあるでしょうが、私は『冷たいものは冷たいうちに、あったかいものはあったかいうちに』というのが持論なので大抵すぐ空になります。

自分でも面倒なこだわりとは思いますが、それでも人間誰しも譲れない部分はあるのです。

 

 

「とりあえず、一歩前進といったところかしら」

 

「ですね。瑞樹の最初の案を聞いたときはどうなるかと思いましたけど、良い方向に進んで菜々もほっとしました」

 

「お祝いに、鯛を食べましょう。めで()()席ですし」

 

「楽しみですね。私も夏が待ちきれませんよ。ねぇ、七実さん」

 

 

4人の嬉しそうな顔を見ていると心の奥底から嬉しさがこみ上げてくるのと同時に、もっと早く自分も動くべきだったという後悔が襲ってきました。

係長としての発言権があるのですから、私が積極的に動いてさえいれば夏頃ではなくシンデレラ・プロジェクトと同時に企画始動することも出来たでしょう。

何だか、仕事が忙しいと言い訳をして家庭を疎かにしてしまうお父さんになってしまった気分です。

 

 

「そうですね。ちょっと気持ちが高ぶります」

 

 

後悔を顔に出してしまわないように注意しつつ、おかわりのビールを飲み干します。

そして、今度はビールではなく甕酒を注文します。

楓が注文した桜鯛の盛り合わせには、ビールではなく日本酒のほうが絶対合うでしょうから。

産卵期直前の脂の乗った鯛の刺身とふくよかな旨味とすっきりとした穏やかな辛さが後味を引き締める甕酒、同じ日本のお米文化の中で育ったこの2つが合わない筈がありません。

また、直接注ぐのではなく柄杓を使うといった、一見面倒くさそうなところも遊び心に溢れていて粋な感じがします。

とりあえず、その2つが来るまでの繋ぎにから揚げを一口。

冷凍物を温め直したものでは味わえない、揚げたてならではのこの熱さと脂の旨味。ビールの苦味が微かに残った口には堪りません。

にんにくやお酒、醤油で下味が付けられたから揚げはそのままでも十分に美味しく、レモンをかけると酸味が余計な脂分を中和してくれるため、1つの料理で2つの楽しみ方が出来ます。

一般的な女性であればカロリーが恐ろしくて何個も食べられないでしょうが、私のチートボディは成人男性以上のカロリーを要求してくるので何も問題ありません。

いくら食べても体型が変わらないって素晴らしい。

 

 

「七実さんのところのシンデレラ・プロジェクト、面白い子が多いですよね」

 

「わかるわ。うちのアイドルって個性的な子が多いけど、特に濃い子がいるわよね」

 

「そうですか?菜々は普通だと思いますけど?」

 

 

永遠の17歳、ウサミン星人に比べたら、流石の神崎さんやカリーニナさんも敵わないでしょう。

このメンバーの中でも年長組に入るくせに、一番若く見られるくらいの外見をしていますし、ですが言動にはどこか昭和を感じさせますし。

濃いキャラクター要素が濃縮されすぎて、正直もたれそうなレベルです。

 

 

「まあ、菜々さんに比べれば蘭子ちゃんもアーニャちゃんも普通ですよね」

 

「ちょっと、ちひろちゃん!それ、どういう意味!」

 

「わかるわ」

 

「そうですね」

 

「瑞樹に、楓ちゃんも!」

 

 

まあ、そうなりますよね。

寧ろそうでなければどうしようかと思うくらいの当然の帰結です。

 

 

「な、七実さん。菜々って、そんなにキャラ濃いですか!?」

 

「はい」

 

「即答!」

 

 

こういうことは嘘を言って誤魔化しても、いいことにはならないのではっきり言った方がいいでしょう。

他の3人もキャラが濃いといっているだけで、それが悪いとかきついとか貶したりしているわけではなく、ただ思ったことを率直に言っているだけなのです。

時にそういった言葉は刃となったりするのですが、それはそんなキャラをしている自己責任と思ってもらいましょう。

 

 

「いいもん。菜々は、ウサミン星人でトップアイドルを目指すんだもん」

 

「はいはい、いじけない。いじけない」

 

「だってぇ~~」

 

「菜々がそうしたいと思ったんでしょ?なら、しっかり胸を張りなさい」

 

 

いじけてしまった菜々の頭を優しく撫でながら慰める瑞樹は、アイドル活動中では絶対見る事ができないくらい優しく穏やかな表情をしていました。

私はそういったことがあまり得意ではないので、瑞樹のこういったところにはかなり助けられています。

婚期がいつになるかは分かりませんが、きっといい母親になるでしょう。

 

 

「お母ぁ~~さ~~ん」

 

「誰が、お母さんよ!!」

 

「ママぁ~~」「お、お母さん」

 

「楓もちひろちゃんも悪乗りしないの!」

 

 

そんな茶番を繰り広げていると注文していたものが届きました。

名の通りに桜色をした鯛の刺身は息を呑んでしまうような美しい輝きをしており、隣に並んだ甕酒のどっしりとした存在感に負けていません。

早速醤油でいただきます。

引き締まったやや固めの身を噛み締めていると体温で脂が溶け出して口の中に広がり、それが醤油の塩気でほどよくまとまり筆舌しがたい美味しさです。

そこに甕酒を一口飲むと広がっていた桜鯛の旨味が口の中に封じ込められ、この透明感のある味わいを奏でる組み合わせは芸術の領域といっても過言ではないでしょう。

日本人でよかった。もう何度目になるか分からない実感ですが、それでもそう思います。

 

 

「皆さん、急いで自分の分を確保してください。七実さんがトップギアに入りました!」

 

「わわ、大変です。菜々、まだ食べてないですよ!」

 

「七実さん、鯛をそんなに早く食べてはもっ()()な‥‥この鯛、私が頼んだんですからね!」

 

「美味しいわ。流石、旬のものね。七実、このお酒貰うわよ」

 

「どうぞ」

 

 

ちゃんと皆の分は残すというのに、酷い言われような気がします。

きっと夏になってプロジェクトが本格的に始動したとしても、このまま楽しく、いえ今以上に楽しく過ごせるでしょう。

そんな期待に胸を膨らませながら、今回の件の反省をあるフランスの哲学者の格言を借りて述べさせてもらうのなら。

『いつかできることはすべて、今日でもできる』

 

 

 

 

その後、武内Pからシンデレラ・プロジェクトの2次募集の3人の資料を貰い。

あの冬のライブで出会った女の子を見つけ、奇跡のような偶然にシンデレラ・プロジェクトの本格始動がより楽しみになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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