チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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今回の話はアニメ1話と2話の間という設定です。



風呂に入れば、生まれてきたことを感謝できる

どうも、私を見ているであろう皆様。

最もプロテインの似合うアイドル、渡 七実です。

私が宣伝した為かどうかは知りませんが、あのプロテインは順調に売り上げを伸ばしているようで、昼行灯経由で営業部長さんから優に数か月分くらいの量がお礼として送られてきました。

その理由としては、あの特撮監督の無駄とも言える熱意を甘く見過ぎ、昼行灯の謀略に気がついたのが阻止限界点を越えてだった為、誠に遺憾ながら来期の変身ヒーローを務める事になってしまい、何故か通例より早すぎる情報公開がされた事によって、ボディビルやスポーツ関係の人間や私のファン以外の小さな子を持つ一家も購入者となっているそうです。

本人の了承を得ずに勝手に企画だけが完成させるなんて、普通なら辞表を叩き付けられてもおかしくないレベルですよ。

係長就任当初に届いていた企画書は、私の目を欺くためのダミーだったらしく。そんなことに本気を出して隠蔽工作するなと叫んだ私を誰が責めることができるでしょうか。

本当にどうしてこうなったとしか言いようがない事態ではありますが、そんな中で唯一の救いともいえるのが私が単独で主人公を務めるのではなく、ちひろ達も巻き込んで主人公が複数の群像劇風なものとすることを押し通せたことでしょう。

単独主人公だとどうしても長期撮影とかを入れにくくなってしまいますし、一応は係長ですから最低限の会議にも出席する必要がありますし、スケジュールが分刻みどころか秒刻みで生活する事になってしまいます。

私達いつものメンバーが主人公という形にすることにより撮影の回数を少なくすることができ、本職であるアイドル業に対する影響を最低限にする事ができるのです。

出演者も346プロのアイドルを多く起用する事で合意が取れているため、本格始動したらシンデレラ・プロジェクトからも何人か出演枠を分捕ってやりましょう。

いわゆるバーターという奴ですが、私のみスタントマン無しでスーツアクターもやるのですからそれくらいは飲ませます。

この仕事のお蔭というか、所為というか、私達5人は夏頃に銀幕デビューを飾る事になりました。

新○イダーのお披露目の為の少ない出番ではありますが、346プロ初の銀幕デビューにアイドル部門に関わる幹部達は大いに盛り上がったそうです。

何せ日朝、スーパーヒーロータイムの主役なんてあの765プロですら実現できていなかった事を部門設立数年の我社が務める事になったのですから、その喜びは一入などではないでしょう。恐らく世代的にも初代がリアルタイムで放映されていて見ていたはずですし。

そんな事もあり、私以外のメンバーは撮影に備えるためスケジュールの中に体力錬成という項目が追加されたようです。

数多くのステージをこなしている瑞樹と楓はそこそこ体力はありますが、元事務員だったちひろや体力が極端に少ない菜々は体力を向上させておかないとシリーズ放映開始前のハードスケジュールに潰れる可能性がありますから。

まあ、こんな滅茶苦茶な感じではありますが『アイドル系○面ライダー』始まります。

ちなみに、プロテインは国防の役に立ってもらうため弟に横流ししておきました。

 

 

「はぁ‥‥空はあんなに青いのに」

 

 

流れていく風景を眺めているとそんな言葉が漏れてしまいます。

快晴というわけではなく程好く雲が出ていて過ごしやすい天気、どこか眠気を誘うリズムを刻む電車の揺れ、そのどれも今の私の心を癒すには至りません。

ソロCD計画を発見してしてやったりと思っていたら、手痛いどころか致命傷になるくらいの反撃を受けてしまいました。

 

 

「まだ引きずってるの?いいじゃない、子供たちにも大人気なんだから」

 

「‥‥そうですね」

 

 

確かに瑞樹の言う通りではありますが、私が落ち込んでいるのはそこではないので、その慰めの言葉もどこか上滑りしていきます。

本日も私もアイドル業に精を出しており、瑞樹と共に秘境の温泉宿特集の番組の撮影のためにローカル線の型落ち電車に揺られています。

裏取りによって険しい山道を最低1時間は歩く事になってしまうのがわかりきっているので、余計に気分が上がってくれません。

面倒くさいのでこのロケに同行するつもりは欠片もなかったのですが、瑞樹の強い要望とラ○ダーの宣伝を兼ねて私の意志に対する配慮はこれっぽっちもなく決まりました。

島村さん、渋谷さん、本田さんの2次募集メンバーの3人との契約に必要な書類は纏めておきましたし、場所も武内Pに伝えておきましたから、その辺の面倒な諸々は終わらせておいてくれているでしょう。

まだ修正可能なレベルではありますが、プロジェクト進行に若干の遅れが生じているのです。

予定は少しは余裕を持って組み立てているので問題はないのですが、それでも最初のうちからその余裕を削ってしまうことに抵抗を感じます。

RPGでちょっとしたレアアイテムとかを無駄にケチってエンディングまで一切使わずにクリアしてしまう、エリクサー症候群等の様々な呼び方のあるあれと同じものかもしれません。

 

 

「カメラ回ってないからって気を抜きすぎないの。ほら、しゃきっとしなさい!」

 

「‥‥あと3時間」

 

「ほぼ移動時間全部じゃない!」

 

 

まあ、旅の相方が憂鬱な顔をしていたら楽しくないでしょうから、そろそろ復活するとしましょうか。

旅は楽しむものです。それに最近は色々と忙しくて温泉なんていっていませんでしたから、仕事の延長ではありますが丁度よいリフレッシュだと考えましょう。

じゃないと、そろそろ本気で瑞樹が怒りそうです。

 

 

「わかりましたよ。もう振り切りました」

 

「よろしい。じゃあ、ガールズトークに花を咲かせるわよ」

 

「ガールズ?」

 

 

2人共30歳目前のアラサーなのですから、少女(ガール)と呼ぶには無理があるのではないでしょうか。

最近では女子同士の私的な話し合いをガールズトークという場合もあるようではありますが、正直に言わせて貰えば違うでしょうと思うのです。

地球上に存在する生命は、一切の例外なく時間という概念の柵に囚われて、その経過と共に成長し老いていく運命は変えようがありません。

なればこそ、どうよく年をとっていくかが重要であり、それを誤魔化すような事はしてはならない、そう思うのです。

 

 

「何よ、文句あるの!?」

 

「いえ、別に」

 

 

そんなことを正直に言ってしまうと瑞樹を更に怒らせてしまうでしょうから。

世渡りにおいて重要なことは必要以上に語らない事です。

勿論語らなさ過ぎても駄目なことはありますが、沈黙は金と諺で言ったりするように、語り過ぎてしまうことよりはましであることが多いでしょう。

 

 

「い~~や、その顔は絶対何かあるでしょう!?」

 

「酷い言い掛かりです。短気は損気ですよ」

 

「誰のせいよ!」

 

 

そんなに声を荒げると周囲の乗客の皆さんの迷惑になりますよ。

乗客の皆さんといっても、こんな微妙な時期に秘境の温泉宿に行こうと考える人なんて居ませんので全員撮影スタッフなのですが。

小声ではありますが、このやりとりも撮影したほうがいいんじゃないかとか話し合っています。

前振りもなく、ネタにもならないアラサーアイドルの不毛な会話を撮影したところで喜ぶ人間なんでファンの中でも更に限られた極一部だけだと思いますからやめておいたほうがいいでしょう。

そんなことをしても容量の無駄になるだけでしょうし。

 

 

「まあ、いいわ。ところで、今回の宿の特徴って何なのかしら?

七実のことだから、下調べは完璧なんでしょ?」

 

「ええ、優秀な部下がいますから」

 

「そうなの?」

 

 

施設までの道程から、間取り、設備、料理の味や見栄え、従業員の対応や勤務態度、各客室から見える風景と撮影に使えそうなスポット、周囲に自生する植物や樹木、それから推測される生息動物と事細かに調べられたレポートが提出されましたから。

本当に仕事の事となると私達の部下達は、優秀過ぎるのです。

最近では私のしようとしている業務にまで手を出そうとしてくる始末で、7割方は防いでいますが3割くらいは持っていかれているのです。

確かに手を出そうとする仕事は全て私がする必要のないものですが、しかし私がやれば即終わるものなのですから私がやるべきでしょう。

チートのお蔭でレッスンの回数を極限まで削ったところでも問題はありませんし、何よりもアイドル達のサポートをしているという遣り甲斐があります。

もし、武内Pの熱意に負けてアイドルになったりしていなかったら、渡Pとして346プロの個性の濃すぎるアイドルたちをプロデュースしていたかもしれませんね。

それは、それで楽しそうですからアイドル引退後の候補として考えておきましょう。

2X歳ですし、アイドルとして活動できる期間は限りなく短いでしょうから、先のことを色々考えておくことは必要です。

 

 

「七実?」

 

 

考えが逸れてしまいいました。あんまり焦らすと瑞樹が拗ねてますから、気をつけなくては。

 

 

「すみません、ちょっと考え事していました」

 

「もう、急に黙り込むから何かと思ったじゃない」

 

「宿の特徴でしたね」

 

「そうそう、どんな所なの?」

 

 

瑞樹は子供のように目を輝かせながら詰め寄ってきます。

これが女性慣れしていない男性であったら顔を真っ赤にしながら、理性と煩悩の壮絶な乱戦が繰り広げられることになるのでしょうが、私は女なのでそんなことはありません。

しかし、この後に山道を1時間歩く事を知らせてしまっても良いものでしょうか。

瑞樹もプロでしょうから事前情報が会ったとしても、知らなかったかのように振舞うことはできるでしょうが、カメラマンの人達が撮りたいのは素の表情だと思います。

私もそのほうが面白い画が取れると思いますから、教えないでおきましょう。

 

 

「教えればいいんですか?」

 

「そうよ。気になるじゃない」

 

「だが、お断りします」

 

 

ここでこの部分だけ無駄に知名度の高い某漫画家キャラの台詞を使わせてもらいます。

使い勝手のいい台詞に見えますが、意外と現実世界では使う機会がなかなか訪れないのです。

2度目の人生の中で言ってみたい台詞ランキングの上位にいたので、表情は変えませんが私の心の中には深い達成感のようなものが広がっています。

なんでしょうか、この清々しさすらある言ってやった感は。

 

 

「何でよ、ケチ!」

 

「こういったものは事前情報無しのほうが楽しいんですから、我慢してください」

 

「情報を見て、何しようか色々考えるのが楽しんじゃない!」

 

 

どうやら私と瑞樹の考え方は大きく違っていたようです。

私は何があるかわからない未知な部分に思いを馳せるほうが好きなのですが、瑞樹は色々と何をするか計画することのほうが好きなようです。

付き合いも長くなりますが、今初めて知りました。

何せ明日の予定すらも仮決定な所があり、急な変更を当日言い渡されたりするアイドル業ですから、5人揃って纏まった休みを取ることなんて不可能に近く、飲み会は何度もしていますが旅行等は計画した事もありませんでしたから。

知らないことを好みながら情報を知ってしまっている私と知って色々計画を立てたい瑞樹、こうも対照的な結果になろうとは思いもしませんでしたが、しかし知ってしまえば余計教えたくなくなりました。

だって、教えてしまったら不公平じゃないですか。

 

 

「教えなさいよ!」

 

「嫌です」

 

「ドケチ!鬼!七実!」

 

「なんと言われようが、絶対にNOです。‥‥その言い方だと私の名前が罵倒する単語みたいになってません?」

 

 

そんなこんなのやりとりを繰り広げながら、私達は目的地まで古い電車に揺られながら過ごしました。

周りのスタッフ達もなんだか楽しんでいたようで、和やかな雰囲気になっていたので何よりです。

こうして私の電車旅は、のどかに平和に流れていきました。

 

 

 

 

 

 

「すごいわね」

 

「ええ、見ただけで美味しいってわかりますね」

 

 

温泉宿に到着した私達は、山道での汗を流すように入浴シーンの撮影を済ませた後、宿自慢の料理をいただくことにしました。

私達が通された部屋は、遠くに滝が見え自然溢れる絶景が望める部屋でしたが、視線はそんな風景よりも料理の方へと向いてしまいます。

この目の前に広がる数々の料理に胸の高鳴りますが、必死に冷静な姿を取り繕い、最初の一品を吟味します。

近くの牧場でのびのびと育てられた牛肉とこの宿の主人が丹精込めて育てた自家製クレソンのサラダ、この時期が旬のこごみやたらの芽を劣化を防ぐために料理するその日に山から取っているというこだわりの山菜の天ぷら、派手さは一切ないもののあると嬉しく飽きる事のないごぼうの金平、これまた自家製味噌と山椒と新鮮な蕨を合わせた蕨のたたきというはじめて見るもの、他にも色々ありますが、どれもこれもが手間暇掛けて食べる人のことを思って作られた極上一品達。

どれから食べるべきか悩むことができるというのは、困りものではありますが、それでもそれを上回る贅沢さがあり、仕事で来る事ができなかった3人はさぞかし悔しがるでしょう。

 

 

「山道を歩かされたときはどうなるかと思ったけれど、この料理を見たら歩いた甲斐はあったといえるわね」

 

「温泉の泉質も肌に染み込んでくるような良質なものでしたし、素晴らしいです」

 

「そうそう、見てよ。私の肌も3歳は若返った気がするわ」

 

 

そう言って瑞樹は浴衣の袖を軽くまくり、雪を思わせるような白い肌を披露します。

アンチエイジング等でしっかりと手入れされた瑞樹の肌はその白さだけでなく、未成年アイドルでは決して出せない艶かしい大人の色気というものを漂わせていました。

温泉系の番組でよくある古典的なお色気系演出ではありますが、昔ながらということはそれだけ廃れず有効的である証左に他なりません。

実際、男性撮影スタッフの中の殆どの視線が釘付けになっています。

若いうちは露出度の多さが全てという意見が声を大にして語られたりもしますが、年齢を重ね色々なものを見てきたりすると、露出度の少なさに色気を感じるようにもなったりするのです。

普段は固い衣服の守りに隠されている肌が、些細な時にほんの僅かな瞬間だけ見える。

その肌の輝きと尊さは、水着等で露出した肌には到底敵わず、隠されていたものを見てしまったという背徳感と他の人間は見たことがないだろうという優越感で最高だと部下の1人が他の同僚に語っているを聞いたことがあります。

まあ、その部下の流行(ムーブメント)は度々変わっているようですから、今もそう思っているかは不明ですが。

そんな熱い思いもわからないでもないと思えるほど、瑞樹の肌は確かに美しかったです。

でも、私はそんなことより早くこのご馳走の数々を食べたくて堪りません。

 

 

「満足していただけたのなら、何よりです」

 

 

私達の絶賛の言葉に、この宿『湯雲庵(ゆくもあん)』の主人が嬉しそうに頭の後ろを掻きます。

昼行灯よりも少し年上くらいの主人は、隣に座る女将と一緒で本当に人をもてなすことが好きなのでしょう。

自分の仕事に誇りを持ち、曲がることなく只真っ直ぐに生き続けたことを感じさせる人達です。

だから、これほどの辺境の地に建っていたとしてもリピーターが減ることなく、寧ろ増え続けているのでしょうね。

それから10分程度主人達との会話シーンを撮影し、ようやく待望の食事シーンの撮影です。

料理が冷めてしまっていますが、それでもこの数々の料理の美味しさは欠片も失われることはないでしょうから。

しかし、そこでストップがかけられ料理が新しいものと交換されました。

せっかく来てくれたアイドルに冷えたものを食べさせるわけにはいかないからと、主人と女将からの厚意によるもので、その優しさには頭が下がります。

冷えた料理は料理別の撮影に使用された後、温めなおされスタッフが美味しくいただくことになりました。

出来立てではないものの、この数々の料理を食べれるとありスタッフ達のやる気も高まっています。

そうして料理が交換し終わり、今度こそ食事シーンの撮影となりました。

 

 

「それじゃあ、乾杯」

 

「乾杯」

 

 

私達はビールが並々と注がれた普通のグラスを軽く打ち合わせます。

いつも特大ジョッキで飲んでいる身としては物足りない感じがしますが、この様子は撮影されているのでいつも通りに振舞うわけには行きません。

自分の懐を痛めることなく、日が沈みきっていないまだ明るいうちからこうしてお酒が飲めるのですから、これくらいは我慢しなければ。

一気に飲み干さず、口を潤すように一口だけ飲みグラスを置きます。

最初に私が手をつけたのは牛肉とクレソンのサラダでした。

クレソンの苦味と辛味がくどくなってしまいがちな牛肉の脂をしっかりと受け止め、さっぱりとした口当たりになり、いくらでも食べられそうです。

この牛肉も脂肪の交雑が程好く、自然の中でのびのびと育てられたためか身がきめ細かく引き締まっていて、溶けていくような食感と肉を噛み締める充実感の両方を味わえます。

このまま食べ進めたくなりますが、今は撮影中なので今の感想をもっと簡潔に述べておきました。

自分の好きなように食べられないというのは食レポの難点ではありますが、これもお仕事なので割り切る他無いでしょう。

 

 

「この蕨のたたき、すごいわよ」

 

「牛肉とクレソンのサラダも絶品です」

 

 

そう言われると気になってしまうので、次は蕨のたたきにしましょう。

ねっとりとしたたたきは、少しだけとったはずなのですが思っていた以上に重みがあり、その密度の高さを示しています。

箸で口に運ぶ前から緊張感があり、ゆっくりと口に含みました。

味わうように一回一回しっかり噛み締め、その広がる美味に震えます。

この舌に絡みつく独特の食感に山椒と自家製味噌の癖のある味が合わさり、蕨の味と喧嘩することなく、それどころか互いに高めあうように協力し合って春の香りが口いっぱいに深く染み込んでいきます。

今まで、何度か蕨料理を食べたことはありましたが、このたたきはその中でもトップ3に入るでしょう。

瑞樹が絶賛するのも頷ける納得の味です。

このたたきには、ビールよりも日本酒のほうが合いますね。

カメラが瑞樹の方を撮影している間にビールを一気に飲み干し、徳利から猪口に日本酒を注いで蕨のたたきを一口食べてから、そっと見苦しくないように飲みます。

 

 

「至福とはこのことですね」

 

「わかるわ。今度はプライベートで来たいわね」

 

「いいですね。ちひろや楓、菜々も誘って来ましょうか」

 

 

そうなると予定の調整をしても来るのは数ヶ月以上先になるでしょうが。

それでもこの美味しい料理の数々を今これない3人にも食べさせてあげたいと思います。

 

 

「いいわね。絶対来ましょう」

 

「なら、帰ったら仕事の調整をしておきます。夏頃は色々と忙しくなりますから、当分先になるでしょうけど」

 

 

銀幕デビューにあわせて様々な企画が立てられており、今年の夏はフェスや新プロジェクトの事も合わせると仕事漬けの日々を過ごすことになりそうですね。

私は大丈夫ですが、他のメンバーたちが倒れたりしないよう細心の注意を払う必要がありますから、帰ったらそこら辺は武内Pとしっかりと詰めていく事にしましょう。

練習等の無理が祟って本番のステージに出られないとかなったら、責任感の強い子だったら一生残る傷跡になりかねませんから。

 

 

「そうね。私もついに銀幕デビューかぁ‥‥楽しみだわ」

 

「瑞樹はそうかもしれませんが、デビューして少ししか経ってない私にそんな大役は恐れ多いですよ」

 

「でも、七実って普通のアイドルより貫禄あるわよ?」

 

 

それは、いい意味で言っているのでしょうか。

2X歳になってしまうと、色々邪推してしまって貫禄があるといわれても年齢の事を言われているような気がして、素直に喜べません。

 

 

「しかし、幼い頃に見て憧れていたヒーローに自分がなるとは思ってもみませんでしたよ」

 

「そうね、私も話が来たときはドッキリか何かかと思ったもの」

 

「嬉しい反面、私が子供の憧れのヒーローとなれるか不安ですね」

 

 

○面ライダーシリーズの新しい戦士として、その歴史に名を連ねる。

前世や今世でも見ていて、その姿に憧れを抱いた存在に私がなり、今度は自分が幼い子供達の憧れとなる。

戦闘シーンとかならチートを使えばいくらでも解決できるので不安は無いのですが、その他の部分で誰かの憧れとなれるほどできた人間ではありません。

だから、散々拒否してきたというのに、昼行灯達の策略にはまり務める事になってしまいました。

本当に私で大丈夫かという不安でいっぱいです。

 

 

「ああ、それは大丈夫よ。七実って、普通にヒーロー物の主人公みたいだから」

 

「はい?」

 

「1stライブの事に、ストーカー事件、年末特番の事とか例を挙げたら限が無いから」

 

 

アレは私に出来る範囲で全力を尽くしただけですし、特にヒーローっぽい事をしたわけではないのですが。

1stライブは手際の悪い指揮によって混雑していた設営をスムーズに進められるように調整しただけですし、ストーカーはたまたま遭遇したところを捕まえただけですし、やはりそこまで特別な事をしたわけではありません。

ストーカーが原付で逃げ出した時は、ちょっと驚きましたけど。

 

 

「なら、七実は生まれながらにしてヒーロー体質なのよ」

 

「そうでしょうか?」

 

 

黒歴史時代は、寧ろその真逆な存在である魔王とか呼ばれた事もあるのですが。

 

 

「とりあえず、大丈夫だから安心しなさい」

 

「わかりました」

 

 

あまり納得はいっていないのですが、とりあえずこれ以上撮影の雰囲気を悪くするわけにはいきませんからやめておきましょう。

それにあまり悩みすぎてこの素晴らしい料理の数々を無駄にするわけにはいきませんから。

美味佳肴、雪膚花貌、影になり日向になり

美味しい食事を味わうこの瞬間は、平和であると実感できます。

 

 

 

 

 

 

風呂は命の洗濯と誰かが言っていましたが、ならば温泉は何と表現するべきでしょうか。

今の私にはこの極上の快楽を言葉として表現するだけの語彙はありません。

到着してすぐにも入ったのですが、その時はカメラが回っていましたし、巻いたタオルの下には一応水着を着ていましたから心からは楽しめませんでした。

やはり、温泉というのは身も心も湯に委ねて安らげなければ。

肌に染み込んでくる良質な泉質の湯は、最近何かと忙しくて自分でも気が付かないうちに溜め込んでいた凝り固まっていた疲労が全部抜けきっていくようです。

 

 

「はぁ~~、極楽、極楽」

 

 

爺臭いことはわかっていますが、ついこの言葉が漏れてしまいます。

この温泉に浸かると心底安らげるというのは、日本人のDNAに長年かけて刻み込まれているのではないでしょうか。

アイドル引退後にプロデューサーも魅力的ですが、こうやっていつも温泉に入れるのならどこかで温泉宿を経営してみるのもいいかもしれません。

元アイドルが経営するというネームバリューだけで客足は稼げそうですし、料理も客室の数を調整すれば独りで十分対応可能でしょう。

先立つ資金もアイドル業で稼ぐだけ稼げば何とかなるでしょうから問題ないと思います。

問題となるのは、あまりにもチート能力を素直に示しすぎた私を美城グループが手放してくれるかどうかですね。

自慢するわけではありませんが、私1人で一般的な平社員7人分くらいの仕事はしますから。

 

 

「きっと、無理だろうなぁ~~」

 

 

部屋からも見えた滝を眺めつつ、そう呟きます。

日も沈み、月明かりに照らされた滝の姿は自然の雄大さと幽玄な美を併せ持っていて、チートを持っている私という存在すらもちっぽけに思えて見ていて飽きません。

何も考えず湯船に浸り、滝を眺め続けていると一羽の烏が降り立ちました。

察しのいい方はすぐにわかっていただけると思うでしょうが、某動物園で子ライオンと模擬戦を繰り広げている彼です。

本日は私が長距離移動をするということで、烏一個中隊を引き連れ私の警護にと都内からついてきたのです。

 

 

『親方様、当施設より半径5km範囲内の索敵が終了しました。敵性存在と為りえる者は存在せず安全でございます。

どうぞ、そのまま湯治をお楽しみください』

 

「ご苦労様、哨戒任務の指揮は任せますから自由にしていいですよ」

 

『仰せのままに』

 

 

私が寛いでいるのを知ってか、小さく鳴き、羽ばたく音も極力抑えながら飛び去っていきました。

ある程度都内で生きるためのコツを教えたりと教育を施しましたが、ここまで慕われるとは思いもしませんでしたね。

烏は鳥類のなかでは飛びぬけているようですし、教えてもいないのに武士のような喋り方とか覚えてきましたから、今後どんな風になって行くかは極力考えたくないですね。

反旗とか翻すような不穏分子とかが生まれたら面倒くさいですから、今度注意しておきましょう。

 

 

「今の烏、何?」

 

「迷って、明かりが見えたからよって来たんじゃないですか」

 

 

洗髪やらに、やたら時間をかけていた瑞樹がようやく露天風呂にやってきました。

私よりは年下なんですから、そこまでアンチエイジングとかを気にしなくてもいいのにと思わないこともありませんが、言ったところで不毛な結果しか見えませんからやめておきます。

しかし、相変わらずスタイルいいですね。

160cmくらいの身長の割には胸もあり、腰は細く、女性らしいなだらかな曲線を描くその肢体は美しいの一言に尽きました。

楓と同じくらいグラビア撮影の依頼とかが来るのも頷けるくらい、魅力的です。

私のボディビルダーのように『キレてる』とか『ナイスバルク』とか言われる、人類の到達点とは大違いです。

 

 

「そうなの?」

 

「さぁ、適当に言いましたから」

 

 

仲のいい間柄ですが、流石に都内を治める勢いで急成長しつつある烏軍団を従えていますなんて言ったら、外側から鍵をかける病室がある頭の病院を紹介されかねません。

親しい相手でもいえないことはあるのです。

この烏のこともそうですが、私の見稽古というチート能力なんてその際たる例ですね。

これが誰かに知られてしまったら、どのような行動に出てしまうかは自分でも予想できません。

 

 

「まあ、いいわ。あぁ、やっぱりいいわね。

浸かっているだけで若返るというか、老廃物が全部抜けていくみたい」

 

「ですね。もうここの従業員になってしまいましょうか」

 

「いいわね。そうすれば、この温泉に入り放題だし」

 

 

互いに本気で言っているわけではないですが、それだけこの温泉は素晴らしいという事です。

私の隣に入ってきた瑞樹は私の肩に頭を預けてきました。

15cm近く身長差がある為、丁度置きやすい位置にあったのでしょう。

纏められている濡れた髪の毛が素肌に当たってこそばゆいのですが、ここは我慢するべき場面でしょうから耐えます。

 

 

「楽チンだわ」

 

「そうですか」

 

「やっぱり飲んだ後はダメね。ちょっとふらふらするわ」

 

 

そういえば、食事の時にそこそこな量を飲んでいましたね。

私は何をやっても酔った事がなかったのであまり気にしていなかったのですが、これは瑞樹から目を放さないようにしないといけませんね。

この素晴らしい温泉で溺れて死ぬなんて洒落になりませんし、瑞樹はこれからもっともっと輝けるアイドルです。

その芽をこんなところで死神なんかに摘み取らせるわけにはいきません。

手を腰に回して支えてやり、滑ってそのまま湯船に沈んでしまわないようにします。

 

 

「な、何よ、急に!」

 

「酔っ払いは黙って支えられていてください」

 

「七実は私以上に飲んでたじゃない!」

 

「私は笊を通り越して枠レベルですから」

 

 

瑞樹は納得いかなさそうな様子ではありますが、酔いが回ってしまっているようで抵抗する素振りはありません。

ですが、完全に脱力しても沈んでしまわない楽さに気が付いてからは身体を委ねてくるようになりました。

 

 

「七実の安心感ってすごいわ」

 

「まあ、こんな身体ですからね」

 

 

この人類の到達点に安心感がなければ、世の中の男性の8割近くはモヤシ扱いされてしまうでしょう。

 

 

「そうじゃないわ。七実がいると、何でもできる気がするのよ。

ライブでも、どんな仕事でも、今度の映画の事でも。これは楓達も同じだと思うわよ」

 

 

そんなことを言われると何だか恥ずかしくなってきて、これからどう接していけばいいか困ります。

チートがありますから大抵の事はできたりするからでしょうが、それでもこういったことを言われてしまうと誰だって照れてしまうでしょう。

きっと私の顔は今真っ赤になっていますね。

湯当たりとかとは別の理由で顔に血液が集まってきて、顔が熱くなってきているのがよくわかります。

 

 

「‥‥」

 

「ええ、だから、これからも宜しくね」

 

「‥‥恥ずかしい台詞、禁止です」

 

 

恥ずかしさを誤魔化すように瑞樹とは反対側に顔を向け、夜空を見上げます。

そこには満天の夜空と満月に近い月が淡く優しく輝いていました。

月は古今東西問わず昔から狂気と密接な関係があるとされ、満月で異常な攻撃性を顕にする狼男ような例もありますが、私からすればそれは無粋な人間が勝手に言い出した事だと思います。

だって、月はこんなに儚く美しいのですから。

そんな月に見蕩れていると規則正しい寝息が聞こえてきました。

どうやら、瑞樹は寝てしまったようです。

さすがに危ないので、もう少ししたらあがることにしましょう。

瑞樹の寝顔はいつものお姉さん系キャラとは違う、どこか幼いあどけなさの残るものでした。

この素晴らしい温泉に入り、思いがけない嬉しい言葉を貰った、今の私の心境をとあるローマ人の出てくる風呂漫画の皇帝の言葉を借りて述べるのなら。

『風呂に入れば、生まれてきたことを感謝できる』

 

 

 

 

 

 

この後、寝てしまった瑞樹を浴衣に着替えさせて、部屋までお姫様抱っこで運んでいる姿をスタッフに目撃されてしまい、あらぬ噂を立てられてしまうのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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