チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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まだまだ前日譚なので、シンデレラプロジェクトのメンバーは出ません。




酒には酔わなければならない~酔わぬ者は全ての責任を持つ事になるからだ~

どうも、私を見ているであろう皆様。

初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです、チートを持って転生して無自覚馬鹿ップルと飲んでいたら2X歳にしてアイドルデビューが決まってしまった 渡 七実です。

こちらではあの運命の日から2ヶ月ほどの時間が経ちました。

あれからデビュー祝いとして馬鹿ップルを正体をなくすほどに飲ませてやり、後悔しながら3人分代金を立て替え、酩酊状態となった2人を担いでタクシーを拾い私の自宅に運んで介抱する事になりました。

いくら一大決心の場に水を差されたからといって、あれは自身でもかなり大人気なかったなと後悔しています。

次の日も二日酔いし飲み会の後半から記憶がなく取り乱し気味の馬鹿ップルを落ち着かせるのにも苦労しましたが、そこら辺を説明しようとすると私の口が砂糖を吐き出すだけの機械になるので割愛します。

本当になんで今でもくっついていないんでしょうね、あの2人。

 

私の用意した朝御飯を食べさせている間にタクシーを手配し、2人を送り出した後手早く出勤準備を済ませ家をでました。

2人も用意された朝御飯のメニューの豊富さと味に感動していたようですが、何せチート能力で勝手にコピーされた料理技能で適当に作ったものなので実感が湧きません。便利ですよね、見稽古。

通勤の際も、何だかんだいってアイドルデビューに心躍らせていたみたいで普段なら絶対しない気配隠蔽術ステルス七実や人類の到達点である身体能力といったチート能力を惜しみなく使用しながら軽い駆け足で人の隙間を駆け抜けてしまいました。

今考えれば『いい年してなにはしゃいでいるんだ。このおばさんは?』という罵声を浴びせてやりたくなるほどの人生トップ10に入る黒歴史が約10年ぶりくらいに更新された瞬間です。

これ以上があるのかと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、第二の人生であろうと0歳からやり直すことになりますので黒歴史量産期(中学2年生)というものは訪れ。

学校という外とは隔絶した閉鎖的世界において一般常識なる指標は気づかぬうちに見失われ、その教室内でしか通用しないはずのルールが六法全書も真っ青な法的拘束力を発揮するのです。

このことを理解して戴ければ、もし皆様が私と同様の神様転生されることがあったとしてもきっと枕で顔を抑えながらベッドを転がる必要はないでしょう。

 

と黒歴史語りを続けても誰も得をしないでしょうから話を進めます。

346プロダクションアイドル部門にいつもより1時間近く速く到着した私を待っていたのは私とちひろのアイドルデビューを水面下で積極的に推し進めていた諸悪の根源である昼行灯 今西部長でした。

武内Pから連絡を受けていたのでしょう。普段の3割り増しくらいでにやついて見えるその顔に蝦蛄パンチを叩き込まなかった自制心をこの時ばかりは褒めてあげたいです。

挨拶と業務に関する話を3,4言交わした後、明らかに社内に泊り込んだと思われるよれよれのスーツと生気を失った顔をしていた後輩や同僚の仕事を少しだけ手伝ったりしながら馬鹿ップルの到着を待ちました。

そして朝礼ギリギリに同時に駆け込んできた2人に、もう何百回目になる『もうさっさと結婚してしまえ』という言葉を心の中で呟きました。まあ、デビュー前のアイドルにそういったスキャンダルはご法度ですが。

朝礼では業務連絡から始まり、最後に特大の爆弾を落とすかのように私達のアイドルデビューが伝えられたのですが、アイドル部門に勤める職員の反応は阿鼻叫喚の地獄絵図でした。

まあ、予想通りの当然の反応でした。デビューするということは、それまで私達が行っていた約6~7人分の業務を誰かが引き継ぐ必要があるのですから。

346プロは多方面で活躍する大企業ではありますがアイドル部門の歴史は浅く、ある程度の業績は残しているもののいまだ発展途上といったところで人員も予算も常に不足気味なのです。

なので、私のようなチートを持つ人間やちひろのような一部の有能な人員以外は自分の業務で精一杯、もしくは死の行軍(デスマーチ)寸前です。

そこにさらに業務が嵩む、泣き叫びたくもなるでしょう。

まあ、そこから今日に至るまでの2ヶ月は業務の引継ぎやデビュー反対派との交渉等言葉では到底語りつくせないほどの濃密な日々を過ごしました。

本にすれば辞書並みの分厚さのものが2,3冊は書けるでしょう。

とりあえずの妥協点として今西部長が上層部から大幅増員を勝ち取ってきたため、現在はあの日々が嘘のように普通のオフィスの姿を取り戻しています。

 

以上、無駄に長くなってしまいましたがここまでが前語りでした。

そして今日から私とちひろのアイドル活動が本格的に始動されるそうで、今からアー写いわゆる宣伝材料写真の撮影です。

私達のアイドルとしてのコンセプトは『事務員アイドル』らしく撮影衣装はこのふざけた緑色をしたアイドル部門の制服で良いそうです。

まあ、いきなり露出度の高い衣装を用意されても困りますので、新品とはいえ着慣れた衣装で撮影する分緊張も少なくなるでしょう。

肉体はチートですが、度胸は人並み、もしくはそれ以下な私にとってありがたいことです。

 

 

「‥‥うぅ」

 

 

人生初となるプロのメイクアップアーティストによるメイク等に耐え切れなくなったのか、ちひろが情けない声を漏らします。

私は見稽古が絶賛発動中なので、そちらに意識を集中させて緊張しないようにしています。でなければ、過度の緊張で胃が痛くなることでしょう。

 

 

「緊張しますね、七実さん」

 

「言葉に出さないでください。意識しないように必死なんですから」

 

「お腹痛くなりそうです」

 

「だから、言葉に出さない」

 

 

気持ちはわかりますが二次的被害を広げるのはよろしくありませんよ。

ほら、メイクさん達も笑ってますし。

 

 

「一回り近く下の少女達ができたんですから、私達ができないなんて言えないでしょう?」

 

「あれ、今度はお腹とは別の場所が痛みそうです」

 

 

発言した私もですが、えげつない角度で帰ってきたブーメランが心を容赦なく抉ります。

事実この346プロには小学生のアイドルもいますので、2X歳の私とは本当に一回り下の先輩アイドルが存在します。

改めて自身の年齢と真実に打ちのめされそうです。

どこをどう取り繕おうと2X歳のアイドルという響きは、色々ときつい。

今からでも考え直しませんか、この計画。

しかし、今更騒ごうと喚こうと進みだした運命の車輪は止まることなく進み続けるのでしょう。

メイクも終わり、いよいよ撮影開始です。

 

 

「好きなようにポーズを取ってください」

 

 

好きなようにといわれましても、こっちは初心者。

はいそうですかと、取るべきポーズが浮かぶわけが‥‥

 

 

「はい、OKです。ありがとうございました」

 

「‥‥ありがとうございました」

 

 

今更言うのもなんですが、本当にチート過ぎやしませんか見稽古。

頭で考えるよりも先に私の容姿と服装、カメラマンが求める姿を加味して考えられる最適なポーズを身体がとってくれましたよ。

しかも1つじゃなくて複数パターン。

撮影スタッフの皆さんも驚いていますし、今度から無意識的に発動してしまわないようにリミッターをつけるべきでしょうか。

枷を作るためのキャラクターと能力については当てがありますし。それを元に学生時代の部活動時に使用していたものを改良すれば十分でしょう。

 

 

「お疲れ様でした、渡さん」

 

「あっけなさ過ぎて、疲れる間すらなかったですけどね。あんなので良いんでしょうか」

 

「はい。確認させてもらいましたが、問題ありません。

寧ろ完璧過ぎてスタッフから、本当に事務員だったのかと聞かれるほどでした」

 

「‥‥わぁ~お」

 

 

これは本当に枷を作る必要があるかもしれませんね。

帰りに大型の書店に寄って買っておきましょう。もし使わなくても暇つぶしや他の機会に使えるかもしれませんし。

あっという間に私の番が終わったので、ちひろの撮影が始まろうとしているのですが離れた場所からでも緊張でがちがちになっているのが判ります。

私の所為で撮影のハードルが無意識的にあがってしまったのを聡く感じ取ったのでしょう。

これは、フォローが必要ですね。

 

 

「武内P」

 

「はい、何でしょう?」

 

「ちひろが緊張してますから、声でも掛けてあげた方が良いと思いますよ」

 

「気がつきませんでした」

 

 

何でも卒なくこなすタイプですから大丈夫だと思い込んでいたのでしょうが、たぶんこういった自分が表に出る系統のことは苦手な部類でしょう。

無自覚馬鹿ップル空間が形成されるのは勘弁して欲しいですが、ちひろは失敗を引きずりやすいのでこれで気がまぎれてうまくいくのなら我慢します。

まあ、目の見えない範囲に移動してしまえば被害は最小限で済みますから。

武内Pがちひろの方へと向かっていったのを確認してから、撮影スタッフの1人からお茶を受け取り待機場所に腰を下ろします。

 

 

「よっこいしょ」

 

 

どうして年をとってくるとついこの言葉が出てくるのでしょうね。

周りにいたスタッフには聞かれていないようですが、自分がアラサーなのだと感じてしまい現実という無慈悲な刃が心を突き刺してきます。

嫌な気分はお茶を飲んですっきりしましょう。どれだけ悩もうが、私の年齢が若くなるわけではないですし。

我が346プロには年齢:永遠の17歳のアイドルもいらっしゃいますが、そんな笑いの前に引いてしまいそうな痛い設定なんて私には名乗れません。

その点、あの自称:ウサミン星人さんはカッコイイと思います。そこに痺れも憧れもしませんが。

そんなことを考えているとちひろの撮影が始まったようです。

撮影慣れしていない感じはありますが、先程の緊張が嘘のようにやわらかな‥‥いや、緩みきったという表現の方が的確な表情をしています。

今夜辺りの飲みで惚気てくるのでしょうね。わかります。

 

とりあえず、アイドルとしての第一歩は無事に踏み出せたようです。

本日のアイドル活動は、今のところは平和です。

 

 

 

 

 

 

宣伝材料写真撮影の次の日。

とりあえず午前中は今までと変わらず事務仕事をこなし、午後からはアイドル活動のためにレッスンを行う事になりました。

アイドルデビューが決まったのなら事務仕事なんてやらせないで欲しいのですが、そこは人員を補充しても補充しても足りないアイドル部門の悲しいところで、なまじ同僚達の苦労や内情を知っている分言い出しにくいのです。

これがはっきりとNOと言えない空気を読む事に長けた日本人の性なのでしょう。

流石にレッスンも制服で行うわけにはいかないので支給されたウェアに着替える事になったのですが、何故ウェアの色まで制服と合わせる必要があったのでしょうか。

責任者は何処でしょうか。少しお話しましょう、肉体言語で。

 

 

「‥‥さっさと着替えましょうか」

 

「‥‥そうですね」

 

 

いくら溜息をつこうがウェアの色は変わらないので、ちひろの言うとおり諦めてさっさと着替えるしかないのでしょう。

ロッカールームには私達以外の姿はなく、他のアイドル達も使用しないと確認済みですし施錠もしているので覗きやハプニングの心配ありません。

制服を脱ぎ捨て、自己主張の激しい蛍光緑のウェアに着替えます。

暖房が効いているとはいえ、12月の室内は下着姿には厳しい寒さですから。

しかしこういったウェアは久しぶりに袖を通したのですが、なんだか大学時代のサークル活動を思い出して懐かしい感じですね。

 

 

「やっぱり七実さんの身体ってすごいですよね」

 

「まあ、鍛えてますから」

 

 

嘘です。チートです。

本家の見稽古では体型に変化は出なかったはずなのですが、現実世界ではそんな訳にはいかないようで完全再現までにはいかないものの人類の到達点たる身体能力に引っ張られるように自動的に身体がビルドアップされてしまいました。

悲しいですが、これが現実(リアル)創作物(フィクション)を区別する世界の修正力という物なのでしょう。

なので、普段は服の下に隠されている私の身体は、色気を感じさせるようなアイドルらしい体つきではなく、極限まで無駄なく鍛え上げられたアスリートボディをしているのです。

 

腹筋?もちろん割れてますよ?

胸?ああ、大胸筋の話ですよね?

 

 

「いいなぁ~」

 

 

私からすれば、そのやわらかく抱き心地のよさそうな女性的な魅力溢れる体つきの方が何十倍も羨ましいのですが。

人間という生物は基本的にないものねだりばかりしてしまうのでしょう。

私に遅れてちひろも着替え終わったので、互いに服装でおかしいところはないか確認し合いタオルやドリンクといった道具も最終確認を行い隣のレッスンルームへと進みます。

数ある中で小さいものなので利用者はいません。余裕を持って着いたのでトレーナーの人はまだ来ていないようです。

 

 

「とりあえず、柔軟でもしておきましょう」

 

「わかりました」

 

 

何もせず待っているというのは時間の無駄なので柔軟でもしておく事にします。

寒いと関節などの身体の軟部組織の伸張性が悪くなるのでミスや怪我の元になるので、協力しながらしっかりと伸ばし温めておきます。

いくらチートボディでも風邪をひくときは引きますし、怪我をするときはするので念入りに。

やはりといっては何ですがちひろの身体はまだまだ固いですね。

一般人と比較するとやわらかい部類には入るでしょうが、様々な衣装を着て歌って踊るアイドルに要求される柔軟性にまでは至っていないといったところでしょうか。

アイドルデビューが決まってから努力していましたし、これならいつになるかは判りませんが、本当に一般デビューする日までには問題ないレベルに仕上がると思います。

柔軟を続け、筋肉が程よく温まってきた頃にレッスンルームの扉が開かれトレーナーが入ってきました。

名前を青木 聖さん。我が346プロのトレーナー4姉妹の次女さんで、ベテランの風格を漂わすややつり気味の目が特徴的です。

 

 

「今まで調整等で何度も話した事があるが、私のけじめとして改めて自己紹介させてもらう。

ダンスレッスンを担当する青木 聖だ。よろしく頼む」

 

 

根はとても優しいのですが少し融通が利きにくく、厳しい部分が目立ってしまいますが本当は誰よりもアイドル達の事を心配しているかわいい娘です。

駄目といわれても、しつこく押していくと折れてくれるチョロイン属性も持っています。悪い男に引っかからなければいいのですが、心配ですね。

とりあえず、私たちも改めて自己紹介をしました。

今までは業務予定の調整で会話するくらいにしか接点はありませんでしたが、これから度々お世話になることでしょうし。

 

 

「準備はできているようだな。では、すぐにレッスンを始める。

最初は簡単なものから行っていくので、それを見ながら私の動きを真似してもらう」

 

「「はい」」

 

 

真似をしろというのなら、恐らく全人類上で私以上に得意な人間はいないでしょう。

何せ神様の加護(?)であるチート能力がありますので。

しかし、いきなり全力過ぎると昨日の宣伝材料写真の時のようにちひろのハードルを上げてしまいそうなので程々にばれないように手を抜きながらのんびりと。

自身に科す枷の内容は『周囲の人間の技能レベルを上回れない』としましょう。

枷が出来た途端身体の動きが重くなりました。如何に人類の到達点に至った身体能力やコピーも元のアイドルの技能が優れており、またそれに頼っていたのかが理解できます。

この感覚を説明するのならF1マシンのつもりで普通自動車を運転してコースを走ろうとするような気分というのが妥当でしょうか。

 

 

「はい。1・2、1・2、1・2・3・4!千川、もっと動きを大きく」

 

「はいぃ!」

 

「渡、もっと集中しろ!」

 

「はい」

 

 

正直、真剣に教えてもらっているのに手を抜くのは申し訳ないと思いますが、でもこうしないと神転生者(わたし)のような人間は一般人(みんな)と同じ舞台には立ち難いのです。

皆様に何度も言う愚痴のようなものの1つですが、身の丈を過ぎたチート能力なんて持つものではありませんよ。

こんな風に仲間とアイドルデビューを果たしたとしても、努力して得られた成功の喜びというものを心の底から共有できないのですから。

まあ、すぐに慣れますけど。

 

そんなことを考えていると小休憩になりました。枷を科したのは技能だけで持久力等の基本的身体能力は対象外であるため疲労感は一切ありません。

基本的な事務員より少し高い程度の身体能力しか持たないちひろは、早くも疲労気味であり大量の汗をかき、肩で息をしています。

 

 

「渡は体力は十分だな。千川は、これからといったところか」

 

「そうですか」

 

 

人類の到達点により様々な全国大会に何度も出場し、色々と表彰された事もあります。

その競技に人生を捧げるつもりはありませんでしたし、強豪校とかの勧誘が面倒だったので高校以降は個人競技は1,2位だけは取らないようにしてました。

チームプレイでは影からサポートする事に徹して、活躍は才能のある人間に譲っていましたからあまり名前は知られていないでしょう。

 

 

「外見通り、ちゃんと身体の基礎はできているようだな」

 

「鍛えてますから」

 

 

嘘ですけど。

 

 

 

「千川、落ち着いたか?」

 

「は、はい。何とか」

 

「よし、では再開するぞ」

 

「「はい」」

 

 

なかなかにスパルタ方式のように見えますが、内容自体は最初にやったものよりいくらか簡単になっていました。

きっと最初のは私たちの基礎能力を見極めようとしていたのでしょう。ダンスの基礎的なステップをベースに全身を使うような内容が多めでしたから。

既に体力が切れかけているちひろは気がつかないでしょうが。

しかし、事務員アイドルなんていう色物系にレッスン初日からトレーナー姉妹の次女が来るなんて予想外でした。

346プロは現在年末の大型ライブの準備でアイドル部門はどこも大忙しで、出演するアイドル達も最終調整に入っています。

私達が午前中事務仕事に駆り出されたのもこれが理由ですし。

てっきり姉達を追うように入社した4女の慶さん辺りが来ると思ってましたし、それで不満もありませんでした。

ですが、この多忙で重要なライブを控えたこの時期にデビューもしていない実力未知数の年増アイドルに彼女をつけた思惑がわかりません。

あの昼行灯がまた何かしたのか、それともあの無駄に有能な後輩プロデューサーが頑張ったのか。考えれば、考えるほど深みにはまるようです。

 

 

「渡!だから集中せんか!」

 

「はい」

 

「千川、まだへばるには早いぞ」

 

「は、はひ~」

 

 

声から覇気がなくなっていますが、目はまだ生きているのでレッスン終了までは持つでしょう。

そんなことを考えている私もそろそろ本気で雷を落とされてしまいそうなので、本気に見える演技でも頑張りますか。

 

朽木は彫るべからず、和光同塵、勤倹力行。

アイドルのレッスンはそこそこ平和っぽい。

 

 

 

 

夕方、レッスン疲れでへとへとになったはずのちひろに誘われ、お馴染みの妖精社に来ています。

看板も小さく、狭い裏道からしか入れないという商売する気があるのかと思える立地条件で席数も20程度の小さな居酒屋ですが秘密の酒場という感じでお気に入りです。

居酒屋なのになんで社という変な店名ですが、料理やお酒が美味しいので気にしません。

居酒屋で覚えておけばいいのは、料理や酒の味とその場で交わされた会話だけでいいというのが私のモットーなので。

 

 

「はい、ジントニックとウォッカトニック。それに鮭のカルパッチョにポテト塔盛り、照り焼きチキン、温玉サラダ、おでんです」

 

 

お酒と料理も届いた事ですし楽しむとしましょう。

 

 

「「乾杯♪」」

 

 

その言葉の通り、グラスを乾かすように一気に飲み干します。

酔うことはできないもののお酒の味というものは嫌というほどにわかってしまうのですが、ここのものは美味しく感じるのでありがたいです。

 

 

「くはぁ~~、この1杯の為にがんばってるって感じですよね」

 

「それには一部同意しますが、疲れているなら休んだ方が得策ですよ」

 

 

明日からも年末ライブの手助けとレッスンの日々が待っているでしょうし。

特にライブの開催日が近づけば近づくほどに私達に対する応援要請の回数は増えてくる事が容易に想像できます。

2ヶ月かけて引継ぎを済ませたのですから、もう少しちゃんとこなして欲しいと思うのは間違っているでしょうか。

 

 

「ええぇ~~、七実さんは私と飲むのは嫌ですか?」

 

「そうは言ってませんよ。嫌いな人間と2人で飲めるほどできた人間ではありませんし」

 

 

よって絡み酒プラス延々と馬鹿ップルの惚気話を聞かされるのも、悲しい事に慣れてきましたし。

それに今日はレッスンで1人だけばてていた事を気にしていそうですから、それを吐き出させるまたは発散させるのも先輩兼同じユニットメンバーの勤めでしょうから。

 

 

「本当ですか?」

 

「本当ですから、その机に顎を乗せながらの上目遣いはやめましょうね」

 

「ええぇ~~」

 

 

私と数歳しか変わらない20代の女性がやっても痛々しい事になるだけですよ、それ。もっと言うなら、使う相手を間違えてませんか。

レッスンでかなり疲れていたからでしょうか、ちひろの酔いの回りがかなり速いです。

普段ならこんな風になるにはもう2杯くらい必要なはずですが。

追加の飲み物をオーダーし、料理を適当に摘まんでいきます。

温泉卵って使い道の多い万能選手ですよね。卵の合わない食材って少ない気がしますし、あっさり系には黄身の濃厚さが追加され、こってり系には脂と混ざったりする事でこくが増します。

でも卵って、食べ過ぎると心臓病とかのリスクが上がるんでしたっけ。

食べ過ぎによるリスクに対抗するチートはもっていないので、こればかりは自分で気をつけるしかありません。残念。

 

 

「腕が重いよぉ~~」

 

「このチキンは外せませんよね」

 

「七実さぁ~ん、あ~~~ん」

 

「一応聞きますけど、何のまねです?」

 

「おかぁ~さん、食べさせてぇ~~」

 

 

誰がお母さんですか、誰が。

こんな大きな子供を生んだ覚えはありませんし、そもそも私は未婚の独身です。

最近アイドルデビューが決まったと連絡した際に『ハァ、これでまたあんたの婚期が遅れるのね』と実母からおめでとうの一言もなく言われた私の気持ちがわかりますか。

 

 

「どこの雛鳥ですか」

 

「ピヨピヨ、ピヨッ、ピヨッ♪」

 

「すみません、このイナゴのつく「待って!待って待って、ウェイトウェイト!!」

 

 

無駄にリズミカルだったのが腹立たしかったので、雛鳥らしく虫でも食べさせてやろうかと思いましたが必死の懇願に阻止されました。

でもあれって慣れてくると意外とお酒やご飯とかに合うんですよね。お金を払ってまで食べようとは思いませんけど。

 

 

「ひどいです。女の子に虫を食べさせようとするなんて」

 

「さっさと食べないと、全部食べますよ」

 

「はぁ~~い」

 

 

2杯目の梅酒のロックが届いたので半分ほど飲み、おでんに手をつける。

届いた当初は熱々だったおでんも少し時間が経ったことで食べやすい温度にまで下がり、正に今が食べごろでしょう。

まずは三角形に切られたこんにゃくを一口。出汁もしっかり染み込んでいて、それが癖の少ないこんにゃくの本来の味とグニグニと少し歯を押し戻すかのような食感と合わさり次の一口が楽しくなりそうです。

次はつみれ。出しに魚のエキスが染み出しても失われない魚の風味と少し荒めに残されたすり身が嬉しいですし、粉っぽいつなぎもありませんから何個でもいけるでしょう。

牛すじは、ちゃんとした処理をされているためか残ってしまいがちな獣臭さがなく、とろけるような柔らかさとねっとりと絡みつくうまみを兼ね備えていました。そして、ありがとうございますコラーゲン。

ここで卵に手をつけてもいいのですが、これはもう少し後の楽しみにしましょう。

 

 

「‥‥ねえ、七実さん」

 

「なんですか。そんな改まったような声を出して」

 

 

来たかという半ば確信的な予測に従い、箸を置いてそこそこ良い日本酒をボトルごと注文しておきます。

 

 

「私、今日のレッスン良いとこなしだったじゃないですか。それで‥‥」

 

「それで?」

 

「武内君に失望されたらどうしましょう」

 

 

やっぱり惚気(そう)ですよね。七実、知ってた。

今日はちゃんと聞き役に徹すると心に決めた以上、ちゃんと聞いてあげますか。油物が原因じゃない胸焼けに襲われそうな予感がしますけど。

 

 

「大丈夫じゃないですか。まだ初日な訳ですし」

 

「でもでも、最初が肝心じゃないですか!今頃トレーナーさんが武内君に『千川は駄目だな』とか専門家の忠告みたいな事を‥‥うう、もっとダンスの練習しておくんだった」

 

「聖さんはそんなことは言わないと思いますけどね」

 

 

何気に真似がうまかったですけど、歌とか声関係(そっち)方面の才能はあったりするのではないでしょうか。

酔った時の帰りとかに、たまにする鼻歌の音程もずれていないですし。

 

 

「七実さんは運動神経が良いから辛くないでしょうけど、私って根っからの文化部系なんですよぉ~~」

 

「大丈夫ですよ。あんなもの才能より努力ですから」

 

 

天賦の才能(チート)を持つ私が言うには白々しい台詞であるとは理解していますけど、胡坐をかいた天才より努力する凡人なら武内Pなら後者を選ぶでしょう。

自分の嘘をごまかすように受け取った日本酒をお猪口ではなくグラスで一気に呷ります。

 

 

「今からでも間に合いますか?」

 

「ええ、努力は裏切りませんよ」

 

「武内君は失望しませんか、ちゃんと私のことを見てくれますか?」

 

「武内さんは努力する人に対して、そんな対応をする人間でしたか?」

 

「そんな人じゃありません!!武内君は不器用だけど、誰よりもアイドルたちの事を真剣に考えて、優しくて、それで‥‥」

 

「なら、それが答えじゃないですか」

 

 

既に酔いが回っているのでお猪口でお酒を与えて口を塞ぎます。

ここで止めなければ5分くらいは武内Pの良い所や可愛い所を語りそうなので。

ちゃんと聞くとは決めていましたが、全部とは言ってません。塩気がよく利いているはずのポテトが甘くなってしまうところでした。

 

 

「そうですよね。武内君ですもんね」

 

「答えは出たようですね」

 

「はい♪でも、武内君も酷いですよね。

こんなに頑張っているのに見に来てくれないなんて。いくら年末ライブの準備や他のアイドルの調整とかで忙しいのは判りますけど、それでも私達のプロデューサーなんですから。

労いの一言くらい期待してもいいじゃないですか」

 

 

答えは出ても惚気を止めるつもりは無いと。そうですよね、それでこそ馬鹿ップルですよね。

寧ろここで止めたら、疲れとかで熱でも出たのではないかと疑うところです。

 

それはさて置き、今日はレッスンがあったので午後からの飲水量が普段より多く、またこの短時間でお酒を飲みすぎました。

皆様も同様の経験があるのではないでしょうか、あれはお酒が人間の尿量を調節するホルモンの働きを鈍らせるからだそうです。

つまりは生理現象(そういうこと)です。

 

 

「ちひろ。ちょっと席を外しますけど、他のお客さんに絡まないでくださいよ」

 

 

本人ではないのに馬鹿ップルの絡み酒の謝罪ほど空しい仕事はありませんから。

 

 

「‥‥ふぁい」

 

「絶対ですからね」

 

「わかっれますっれ」

 

 

たぶんこれ駄目なパターンですね。

 

 

(お花摘み中、しばらくお待ちください)

 

 

「れしょ、そこがいいんれすよ」

 

「わかるわぁ~、不器用な男の優しさって心にクルのよね~~」

 

「鮭は()()ましょう‥‥ふふっ」

 

 

なんか、増えてる。しかも、顔見知り。

できるだけ速く戻ってきた私の目に飛び込んできたのは、予想斜め上の展開でした。

ちひろが絡んでいた相手は、我が346プロ所属の20歳を超える大人組アイドル、川島 瑞樹さんと高垣 楓さんの2人で、なんだか意気投合しちゃってます。

アイドル活動だけでなくプライベートでも仲が良くて、2人で飲みに行く事が多いというのは知っていましたが妖精社(ここ)で出会うとは思いもしませんでした。

2人も既に相当出来上がっている様で、面倒事の香りがします。

正直言って、できることならこのままこっそり会計を済ませて帰りたいです。

 

 

「あっ、七実さぁ~~ん♪遅いれすよぉ~~」

 

「お邪魔してまぁ~~す♪」

 

「たまご、たまごたまご。そして最後のたまごぉ~~♪」

 

 

そうは問屋が卸してはくれなさそうです。

あと、そこの25歳児。1人で玉子を全部食べたりしたら、お姉さん怒りますよ。

私は覚悟を決め、溜息をついて厄介な酔っ払いたちの待つ席へと戻る事にします。

これから起こるであろう面倒事をいかにもの人生経験豊かな格言風に述べさせてもらうなら。

『酒には酔わなければならない~酔わぬ者は全ての責任を持つ事になるからだ~』

 

 

 

この日を境に、時々妖精社で飲むときのメンバーが増え、それに比例するように私に降りかかる厄介事や負担が倍増したり。

うっかりなんてレベルで済まされないポンコツさを発揮する25歳児が私の部屋に転がり込もうとしてきたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後の連載化については、現在企画検討中です。


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