チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
今更ではありますが、キャラクターが一気に集まると1人称視点で進行している都合上、スポットの当たらないキャラクターが出てしまいますが、ご了承ください。
七実の年齢がいくつになったかは、禁則事項ですので禁忌に触れないでください。
どうも、私を見ているであろう皆様。
前川さん、七花と共にカリーニナさんの笑顔を守る為に、なんともいえない味わいの特製ボルシチを完食し、被害を最小限に食い止められました。
この時ばかりは燃費の悪いチートボディに感謝しました。
シンデレラ・プロジェクトの皆が開いていた私の誕生日会は恙無く進行していき、用意されていたケーキも軽食達もほとんどが無くなり、まったりとしたムードが流れています。
主役は私なのですが、皆の興味はイレギュラーな存在といえる七花と義妹候補ちゃんに向いていました。特に弟である七花は、私の昔話について色々と質問攻めにされています。
本来なら直接止めに入りたいところではあるのですが。
「このお菓子美味しいです!本当に七実さんってお菓子作りお上手なんですね!
今度作り方を教えてください!」
「構いませんよ」
現在私も、持って来たプリャニキを食べている三村さんとお菓子談義中でありますので難しいです。
目で余計な事を言わないようにと釘を刺しておいたので、あの思い出すのも忌まわしい黒歴史時代について七花から語ることは無いでしょう。
「‥‥」
「どうしたの、アーニャちゃん?」
先程まで『侍!
いつものハイテンションなフリーダムキャラが突然黙り込んでしまうと何かあったのか心配になってしまいますが、なんとかボルシチショックから立ち直った前川さんが隣にいるので大丈夫でしょう。
カリーニナさんが喜ぶかなと思ってロシアのお菓子にしてみたのですが、何か違ったのでしょうか。
ロシアの製菓職人から能力を身稽古したわけではなく、私の今まで習得したスキルを混成して最適解を導き出して作ったのですが。
「お店で買ったって言っても信じられるくらいの出来ですよ。ねえ、智絵里ちゃん」
「う、うん‥‥とっても美味しいです」
カリーニナさんのことは気にはなるのですが、だからといって隣に座る三村さんや緒方さんを蔑ろにしていい訳ではないので、事態が大きく動くまでは申し訳ありませんが前川さんに丸投げして静観しましょう。
しかし、三村さんはいい食レポができるアイドルになりそうですね。食べているものがどれだけ美味しいかが笑顔を見れば何となく伝わってきます。
緊張しやすいタイプなようですが、それは場数を踏めば何とかなるでしょうから問題ないでしょうし。
特に本人もそういった仕事なら喜んでやってくれるでしょうね。やはり仕事だったとしても、嫌々やるのと楽しみながらやるのでは結果は大きく変わってきますから。
緒方さんはもっと自分に自信を持ってもいいと思うのですが、今の庇護欲を素晴らしく擽る姿も捨てがたいと思ってしまう私もいます。
今もその小さな口でちまちまとプリャニキを食べている姿はウサギを髣髴させ、膝の上に抱えてあげて頭を撫でながら愛でていたいです。
頼んでみたら、誕生日特権でさせてくれませんかね。
そんな危険な欲求を鋼鉄の精神で縛り上げて、意識の奥底へと鎮めて封印処置を施します。
「もう、何個でも食べられちゃいそうです」
「か、かな子ちゃん‥‥またトレーナーさんに怒られるよ?」
「美味しいから大丈夫だよ♪」
なんでしょうか、その明らかに大丈夫じゃない超理論。
祝いの席ですし、無粋なツッコミを入れて場の空気を悪くしたくはないのですが、色々と問い質したくなります。
「気に入ってくれたのなら、私も嬉しいです」
努めて冷静沈着で頼れる大人の女性を装いながら、皿に残っていたケーキの最後の一口を食べます。
ふんわりとしていてくどくなり過ぎない上品な甘さのスポンジ生地にねっとりと濃厚に絡みつき甘さを上乗せするクリーム、そしてそこに甘味よりも少し酸味の強いイチゴ、これら3つのバランスよく纏まっており1ホールくらいあっという間に食べられそうなくらい飽きがきません。
私の製菓技術を褒めていましたが、三村さんも趣味とはいえないくらいの十分なものを持っていると思います。
「三村さんの作ってくれたケーキも、とっても美味しいですよ」
「あ、ありがとうございます」
「良かったね、かな子ちゃん」
「うん♪」
少し照れて顔を赤く染めた、はにかむような笑顔はいつもの柔らかな笑顔とは違い、かわいいというよりも綺麗という言葉が似合います。
もう、シンデレラ・プロジェクトのメンバー全員で私の娘になれば万事解決ではないでしょうか。
今すぐ2人とも抱きしめて頬ずりしたい。許されますよね、誕生日ですから。
築き上げてきた信頼感があるので突拍子もない行動を取っても笑って済ませられるはずです。
「ねえねえ、七花君。七実さんの小さい頃って、どんな感じだったんですか?」
「姉ちゃんの小さい頃?」
「それ、私も知りたいです!」
「私も!私も!」
「
いとも簡単に封印処置を破り捨てた危険な欲求に支配されそうになりましたが、黒歴史に抵触しそうなちひろの質問に私の意識は冷や水をぶっ掛けられたかのように冷静さを取り戻しました。
どうして私なんかの過去話に興味を持つのか理解に苦しみますが、残念ながらこの部屋にいる人間の中で興味が無いのはどうやら私だけのようです。
慣れるまで感情の色がわかりづらい武内Pまで、興味津々なようですし。
ここで中止命令を出してしまうと場が白けてしまいかねませんから、本当に危険と判断するまではアクションを起こすのは我慢しましょう。
「今とあまり変わらなかったな。昔から何でも出来て、落ち着いてて、たまに色々やらかしてたけど」
「最後について詳しく!」
「ちひろ!」
更に掘り下げようとするちひろに危険を感じ止めに入ります。
一応釘は刺しているものの七花は朝の件のように抜けている部分がありますから、誘導されたり、乗せられたりして口を滑らせる可能性があります。
「智絵理ちゃん、かな子ちゃん止めて!」
「「は、はい!」」
ちひろが指示を出し、私の横に座っていた2人が捕縛しようと手を伸ばしてきますが、私を捕まえるには至りません。
といいますか、こういった展開を何度も経験しているのですから、そろそろ私を捕らえることなんてできないと学習して欲しいのですが。
軽く床を蹴って宙返りをするように回転し、ソファの後ろに立ちます。
「はい、残念」
私が得意気にちひろを見ると、そうなることはわかっていたようですが不満そうな顔をします。
ちひろばかりに目を向けず、他のメンバー達にも注意を払って追撃に備えましたが、どうやらその様子はなさそうですね。
しかし、そうして油断したときにこそ奇襲攻撃が最大の効果を発揮するのです。
「いいじゃないですか、七実さんって秘密主義なんですから。こういう機会が無いと絶対知ることができないんですもん」
「そんなつもりは無いんですけどね」
嘘です。ばっちり秘密にしていました。
ある程度落ち着いてきていた大学生活くらいの話はしたことはありますが、黒歴史のオンパレードであった高校生以前の話は話したことはありません。
黒歴史を話した恥ずかしさに快感を覚えるような倒錯的な性癖は所持していませんし、誰しも好き好んで自身の失敗譚を進んで語ったりはしないでしょう。
「嘘ばっかり、この前瑞樹さんが聞いた時も『まあ、人並み以上に充実した学生生活を過ごしていましたよ』で濁してたじゃないですか」
「‥‥いや、それは」
「まあ、あの頃の姉ちゃんは、今の姉ちゃんからは全く想像できないレベルだしな」
「七花!!」
せっかく釘を刺したのに、これでは語らざるを得ない流れになるではないですか。
今日は私の誕生日のはずなのに、なんでそんな公開処刑を受けなければならないのでしょう。もしかして、黒歴史時代にやらかしてしまった様々な事の罪が、今頃になって清算を求めてきたというのでしょうか。
確かにあの頃の私は、色々と落ち着いた今の自分とは違いチートにあまり制限もかけておらず、また誰も並び立つものがいない頂点という立場に飽きが生じていて、簡潔に述べてしまえばかなり荒れていました。
どんな様子だったかというと、即興劇の魔王を素でやっていたといえば、皆様なら察していただけるのではないでしょうか。
勿論、法治国家である日本が定めた様々な法令を大きく犯すような過激なことはしていませんでしたが、それでもやんちゃという言葉では片付け切れないくらいのことをやらかしています。
そんなエピソードを1から10まで語ってしまえば、せっかく数年かけて築き上げてきた頼れるお姉さんポジションは瞬く間に崩壊し、生涯かけても埋めきれないマリアナ海溝よりも深い溝ができてしまうでしょう。
これでは過去を断ち切るために、同級生や後輩達が追ってくることができないようにチート能力を最大限発揮して赤門に入学し、美城のような大企業に就職したことが無意味になってしまいます。
アイドルデビューしてメディアの露出が増えたせいで、過去の負債の一部である多くの舎弟達が私のファン活動をしているらしいですし。
前回の新作プロテインの発表会場にも見知った顔がちらほらありました。
「七花お兄ちゃん。昔の七実さんって、どんなだったの?」
「知りたいか?」
「うん♪」
赤城さんの上目遣いからのお願いに七花が陥落寸前です。
悪意や打算の欠片も感じられない純真無垢な赤城さんのお願いは、妹や弟が欲しくてクリスマスプレゼントにそう書いたくらいの七花には効果は抜群でしょう。
私が同じ立場だったら即答していた自信があります。
ですが、七花は自分の置かれた状況を良く見てみるべきですね。
お兄ちゃんと呼ばれ、あまりにもでれでれし過ぎて義妹候補ちゃんの機嫌が急降下中です。
七花が目で『大丈夫』と伝えてきますが、過去の経験からしてそう言うときに限ってやらかすことが多かったので全く安心できません。
ですが、ここは私が下手に動いてしまうよりも七花に任せたほうが無難かもしれませんね。
「そうだな‥‥口調は今とあまり変わらないんだけど、人の可能性がどうたらとか諦めなければ夢は必ず叶うと信じてるとか言ったりしてたな」
「あっ、わかった。『人間讃歌』だね」
あっ、これは拙い流れですね。
事態が更に悪い方向へと進んでしまわない内に、戦略的撤退をしましょうか。私の第六感もそういっていますし。
「‥‥どこで、それを」
「前に七実さんが言ってたの「「「人間讃歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどにッ!」」」って」
何故かあの台詞だけは複数名による大合唱みたくなっていましたが、私本気で泣きますよ。幼児退行しますよ。
人間讃歌を謳いたい魔王に戻りますよ。
その台詞を聞いた七花の厳しい視線が私に向き、貫通していきます。
やめてください、その視線はお姉ちゃんには致命傷です。
私も好きでやったわけじゃないのです。只、その場の雰囲気とかに飲まれてしまって、ついやらかしてしまっただけで、本気であの頃に戻ったわけじゃないんです。
信じてください。本当なんです。
「姉ちゃん‥‥」
「お願い、触れないで」
「いや、でも」
「わかってる。わかってるのよ」
あの黒歴史は私の2度の人生のなかでも最大の汚点といっても過言でもないものであり、それに戻るなんて考える事すら脳が拒否するレベルなのですから。
確かに私の厨二病が完治していない事は認めましょう。だから、脳の奥底へと堅く鎖しているのです。
自身の欲求に最も素直だった時期といってもいいかもしれませんが、我慢を覚えず自由気ままに振舞うのは赤ん坊と同じです。
「わかったよ‥‥でも、姉ちゃん。これだけは、言っておくぜ。
俺はもう二度と、あんな事をするつもりは無い。だって、俺は姉ちゃんが大好きだからな」
家族愛的な意味でのことなのでしょうが、もの凄い真剣な顔で大好きとか言われると、色恋沙汰に疎い私でもくるものがありますね。
身内贔屓と言われかねませんが、元ネタキャラにそっくりな七花はこの美男美女率の高いアイマス世界においても最上位に分類してもいいくらいの美丈夫ですし。
私達姉弟の個人的な話になり置いてけぼり気味だったシンデレラ・プロジェクトのメンバー達も不意打ちの流れ弾の影響を受けてしまったようで、大半が顔を赤く染めています。
「私も大好きよ。七花」
「じゃあ、俺は愛して‥‥って、痛いだろ、なのは」
七花が連撃を重ねようとする前に義妹候補ちゃんが、突撃を掛け腹部に拳を叩き込みました。
まあ、自分が好いた男が目の前で姉とはいえ別の女性に愛を囁こうとする光景など見たくないでしょうね。
今更思ったのですが、この義妹候補ちゃんとちひろは色々と気が合いそうです。どちらも方向性は違えど、朴念仁のきらいがあるに男を好いたもの同士、共感しあえる気苦労とかがあるのではないでしょうか。
「このシスコン、シスコン、シスコン!何、姉弟で愛を囁き合おうとしてんの!?」
「いや、俺が姉ちゃんを愛してんのは、否定できない事実だし」
「時と!場所と!周囲の状況を考えなさいよ、馬鹿!!私も、まだ言ってもらってないのに!」
恐らく最後の一言が本音なのでしょうね。
とりあえず、この混沌としてしまったこの場をどうやって治めましょうか。
毎年の事ではありますが私の誕生日は、どうしてこうも平和に過ごすことができないのでしょう。
○
昼過ぎの少しきつさの残る日差しの中、ジャージ姿の姫川さんの細腕から投げられた白球は、その速度を持って万有引力の法則から逃れようと足掻きながら私が構えているキャッチャーミットへと収まります。
「ストライク、40」
ミットの革を打つ快音と共に私はストライクカウントを宣言します。
本来のルールなら既に何度攻守交替なっているかわからないくらいの数ではありますが、私達がしているのは只の投球練習なのでそのまま続行しています。
「こら、さっちん!少しは振らないと練習にならないじゃん」
「無茶言わないでください!かわいいボクは、野球未経験なんですよ!」
やっぱり輿水ちゃんはいい反応をしますから、見てて飽きませんね。
もうバットを構えていることすら辛いのか、全身が生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えていました。
私にはどうあっても似合わないその弱く儚いさまは、羨ましく思うどころか日常生活レベルでちゃんと過ごせているのか心配になるレベルです。
いちいち立ち上がるが面倒なので、座ったまま姫川さんにボールを返します。ちゃんと力を抜いて軽い放物線を描くようにする事も忘れません。
手加減を忘れてしまうと、通称レーザービームと呼ばれるような速球で返してしまいかねませんからね。
「幸子はん、きばりやす♪」
「ファ‥‥ファイト、幸子ちゃん‥‥かっとばせ~~~」
私達が練習している場所から少し離れた木陰には、白坂ちゃんと小早川さんが輿水ちゃんにエールを送っています。
二人共、特に白坂ちゃんは白すぎるくらいの日差しに弱そうな肌をしていますから、日焼けとかには注意が必要ですから。
『ねえ、なっちゃん。なっちゃんなら、今の球打てる?』
そして、白坂ちゃんにべったりなあの子はキャッチャーをしている私の後ろに浮かび、この投球練習を眺めています。
昼過ぎとはいえ、まだ太陽が高々と昇っているこの時間帯に幽霊が元気に飛び回っていて大丈夫なのかと心配にはなりますが、この様子を見る限り問題はないのでしょう。
輿水ちゃんが近くにいるので、あまり会話をしているとぶつぶつ独り言を呟く不審人物と成り果ててしまうからやめて欲しいのですが、カリーニナさんとは別方向に自由な彼女に言って所で聞き入れてはくれないでしょうね。
「ホームランも狙えるレベルです」
『流石だね』
無視するとまた夢枕に延々と立たれかねませんから、指向性を持たせる発声法で返事をしておきます。
姫川さんの投球は速度も100km/hくらいはありますし、コントロールも悪くなく、確かに素人レベルならかなり上手い部類に入りますが、私が習得しているバッティングスキルはメジャーの一線で活躍する化物達のものなので余裕でしょう。
今更ですが、何故こうやって私が姫川さんの投球練習に付き合っているかというと。
シンデレラ・プロジェクトの皆が開いてくれた誕生日会が終わった後、基地に戻らなければならない七花とご機嫌斜めな義妹候補ちゃんを玄関まで送りました。そして、せっかく出社したのだから仕事をしようとしたのですが、部下達に追い出されました。
曰く『誕生日くらい、休んでも罰は当たりませんぜ』とのことでした。
部下達からのプレゼント(デスク用万年筆)を受け取り、どうしようかと当てもなく彷徨っていると私を探していた輿水ちゃんと白坂ちゃんに遭遇し、2人からプレゼント(服とホラー映画のBD)を受け取り、そのまま暇ならと誘われほいほいとついって行ったからです。
「紗枝さんも小梅ちゃんも、そろそろ代わってくださいよ!さっきから、ボクばかりじゃないですか!」
「堪忍しておくれやす」
「私も‥‥ひ、日向に出たら‥‥溶けちゃう‥‥」
輿水ちゃんが交代を求めますが、どうやら二人共の答えは拒否のようです。
まあ、二人共外で元気に走り回ったりするようなアウトドア派には見えませんし、わざわざ好き好んで快適な木陰から出ようとは思いませんよね。
もうバットを持ち上げる気力もないようですし、そろそろ休憩を挟んだほうがいいかもしれませんね。
無理をさせてしまって明日以降の仕事に響いては困りますから。
「とりあえず、ちょっと休憩しましょうか」
「流石、七実さん。かわいいボクの体調を気遣ってくれるなんて、ポイント高いですよ」
私の提案に飛びつくように反応した輿水ちゃんは、バットとヘルメットをその場に置き去りにして木陰へと駆けていきました。
恐らく本気で走っているのでしょうが、ちょっと速い早歩き程度の速度しか出てなくて、笑ってはいけないのでしょうが吹き出してしまいそうです。
姫川さんは我慢することなく大笑いしながら、輿水ちゃんを追って木陰に向かいます。
私もこれ以上日に当たっていたくないので、そこそこ急いで木陰に向かいましょう。瑞樹ではありませんが、この歳になるとアンチエイジングや肌のケアも本格的に考えなければなりませんからね。
ある程度何処からか見稽古してきたチートで肌年齢は若く保たれているようですが、過信と慢心は隙を生み、取り返しのつかない事態に発展しかねません。
身も蓋もない言い方をしてしまえば容姿でお金を稼ぐといえるアイドル業において、肌のトラブルはそのまま仕事にも多大な影響を及ぼします。
映画撮影もありますし、臆病者になるくらいが丁度いいでしょう。
とりあえず、今はこの白坂ちゃんから受け取った良く冷えたスポーツ飲料を飲んで休憩するとしましょう。
「ていうか、なんで投球練習にバッター役がいるんですか!?」
「う~~ん‥‥その場のノリかなぁ?」
「ノリ!?」
木陰で水分補給を終えた輿水ちゃんが今更な質問をしますが、返ってきた答えは何ともいえないものでした。
「だって、やっぱりバッターがいると『やってやるぞ!』ってモチベーションも上がるし」
「だったら、ボクじゃなくても他にいるじゃないですか!例えば七実さんとか!」
「なら、さっちんがキャッチャーになるけど大丈夫?」
「‥‥無理です」
色々と非力さが目立つ輿水ちゃんに姫川さんの球を受け止めることは難しいでしょう。
迫ってくる球にビビッて頭を抱え込んで避けるか、無理に取ろうとしてミットではなく体でキャッチしてしまうことになりかねません。
前者なら輿水ちゃんの愛らしさが爆発しそうになるだけで済みますが、後者は青痣ができるでしょう。
そんなこと私が許すことができません。世の中には好きな子をつい傷つけてしまうタイプの捻くれ過ぎた人間がいるのは知っていますが、好きな子は愛でるのが一番だと声を大にして言わせてもらいましょう。
例え触れなくとも、その愛らしい姿をこの目に収めるだけで心の奥からあたたかい気持ちが止め処なく溢れてきます。
例えば、喉が乾いていて急いで水分補給をしようとして、スポーツ飲料のペットボトルを傾けすぎてその小さな口から溢れさしてしまう輿水ちゃん。
誰も取ったりしないのに、そんなに慌てて飲むことないのにと慌てん坊の娘を見守る母親のような気持ちになれます。
そして、そんな溢れて垂れてしまったスポーツ飲料をそっとハンカチで拭いてあげる白坂ちゃんの健気さ。
もう、見ているだけで心のいろいろな部分が満たされる感じがしませんか。
この娘達の為なら、私は神に挑む事すら恐れることはないでしょう。
「しかし、友紀はんも随分きばりはりますなあ」
そんなことを言いながら小早川さんが、姫川さんにタオルを渡します。
あまり接点がなく、今回の件で初めて話すようになったくらいの関係なのですが、KBYDというユニットのなかで一番落ち着いているのは彼女でしょうね。
一応最年長は成人している姫川さんなのですが、それでも安定感という面においては小早川さんの方が圧倒的に勝っています。
やはり京言葉という響きだけでも桐箱のような上品さを感じさせる言葉遣いをしているからでしょうか。
「勿論!だって、キャッツの試合の始球式を務めるんだよ!
ファンとして、野球を愛する人間として、みっともない球なんて投げられないもん」
「そういうもんどすか?」
「そういうものなの」
偽りなど一切ない笑顔で言い切る姫川さんは、時間の経過と共に勢力を落としながらもじりじりと私達を照らそうとする太陽にも負けない輝きを放っていました。
そこまで打ち込めるものがあるのは、素直に羨ましく思います。
私の場合は見稽古というチート能力のお蔭で、何でもある程度できるようになりますから、物事に対する執着心というものがわりと薄いのです。
どんなに難しいことでもプロの技を見ればできるようになり、見ていなくても今まで習得してきた技術を混成すれば何とかなったりと、第二の人生を歩みだしてから血の滲むような努力というものをしたことがありません。
周囲から天才と持て囃されたこともありますが、所詮私なんて神様から与えられたチート能力に依存しているだけの人間でしかないのです。
「よし、もう少し休憩したら再開するぞぉ~~!」
「まだやるんですか‥‥」
「弱気はダメだぞ、さっちん!ほら、目指せ甲子園!」
「ボクはまだ中学生ですし、アイドルですよ!!」
嫣然一笑、愉快活発、水魚の交わり
さて、平和にスポーツを楽しみましょうか。
○
「「「「七実(さん)、誕生日おめでとうぉ~~~♪」」」」
「ありがとうございます」
お祝いの席ということで少々奮発したらしく、琥珀がかった輝きのシャンパンの注がれたグラスを打ち合わせました。
一口飲む前にその輝きを眺めてみると繊細で細やかな泡とシャンパン自体の輝き、そして極めて透明度と屈折率が高いクリスタルガラスの織り成す光景は、まるで一枚の美術品のようで感動すら覚えます。
そして味は、長く熟成された古典的な感じがありながらも年月による濁りを一切感じさせず、優美にして典雅なもので、たった一口で悦楽の境地へと誘ってくれました。
長く残る余韻に浸りながら、しばし無言になります。
美味しいの一言で片付けるには勿体無さ過ぎるシャンパンで、こんな天上の味を知ってしまえば安酒に戻れなくなってしまうのではないかと不安になるくらいの強い衝撃でした。
「‥‥凄いですね。それしか言葉が見つかりません」
「わかるわ。私も色々食レポをこなしてきたけど、これを上手く表現する自信はないわ」
寧ろこの味をわざわざ人間の言葉に当てはめようとする事すら、無粋極まる愚かな行為なのではないでしょうか。
こんな素晴らしいものを産み出してしまうとは、恐るべしアラン・ロベール氏。
是非ともその技術を見稽古させてもらい、この天上の美酒の製法を後世にまで絶やすことなく伝えるお手伝いをさせていただきたいですね。
「‥‥美味しい」
「流石の楓ちゃんもこれを駄洒落にする勇気は無かったみたいですね」
「武内君にも飲ませてあげたいなぁ」
それぞれがこのシャンパンに思うところがあるようですが、私は私で肴に手を伸ばします。
今日は色々と食べ過ぎているので、がっつりと食べられる料理系ではなく素材の味を生かした肴をメインに頼みました。
ボウルに盛られたイチゴを手に取り、一口齧ります。
大粒でしっかりとした甘さがありながらもすっきりとした酸味のバランスが素晴らしく、また果汁もジューシーでシャンパンとあわせても後味がさっぱりしていくらでもいけそうですね。
そういえば、一粒5万円するイチゴがあるらしいのですが、あれはいったいどんな味がするのでしょうか。
アイドル業も好調で金銭的に余裕があったとしてもイチゴ一粒に5万円もつぎ込むことは、セレブな金銭感覚を持っていない私には二の足を踏みます。
食べて見たいと思わないわけではありませんが、そのお金があるのならそこそこお高いイチゴを沢山買って食べたほうが満足感も大きいのではと思ってしまうのです。
「いつからでしょうね。誕生日が嬉しくなくなったのは‥‥」
「20代後半に入ってからじゃない」
「菜々もそれくらいでしたね」
「私は、今でも嬉しいですよ。こうして美味しいお酒も飲めますし」
「楓さんは例外だと思いますよ」
楓には、悩みが無さそうでいいですね。流石は25歳児といったところでしょうか。
ですが、もう少しして両親からの孫まだかコールが強くなっても今のような余裕を保てるかが見ものですね。
「そういえば、ちひろちゃんは七実の弟君に会ったんだって」
「七花君っていうんでしたっけ、どんな人でした」
しばらくシャンパンに舌鼓を打ちながら談笑していると、話の内容は七花のことになりました。
私が語ってもいいのですが、それでは身内贔屓が入って客観性にかけるのでここはちひろに任せましょう。
「なんというか、『ああ、やっぱり七実さんの弟なんだな』って感じでした」
「へぇ、そんなに似てるの?」
「身長が2m越えてるんですけど、なんだか子供っぽい顔立ちをしてます。身体は七実さん並に鍛え上げられていますね」
「それで、性格はどうなんですか」
「細かい事にはこだわらないやんちゃな七実さんって感じです。後、重度のシスコンです」
「「「あぁ~~‥‥」」」
ちひろがシスコンと言い切ると瑞樹達の視線が私を向き、納得という表情します。
何でしょうかね、このシスコンであっても仕方ないよねみたいな空気は。
そんなに想像しやすいものだったのでしょうか。
「何ですか、その顔は」
「いや、だってねぇ?」
「七実さんは、内側に入れた相手にはもの凄く甘いですからね」
「七実さん、そこのチーズをとってください」
「きっと小さい頃から、七実さんに甘やかされてきたんでしょうね」
楓にチーズを渡してあげながら、向けられる呆れ交じりの視線を受け流します。
確かに私は身内や親しい人たちに対して甘いところがあります。それは認めましょう。
ですが、親しい相手から頼られてそれをかなえてあげようと思うのは、いたって普通のことではないでしょうか。
身内や親しい相手から頼られると必要とされている感じがして、そのお願いを何でも叶えてあげたくなってしまうのは駄目なのでしょうか。
自立心を失わせてしまうといわれたこともありますが、そこら辺の匙加減は弁えているつもりです。
「一応、彼女がいるみたいなんですけど‥‥その子の前で、七実さんに『大好き』とか『愛してる』とか言うくらいですから」
「‥‥いい、七実。いくら合意の上でも、近親○○は駄目よ」
「ジョイヤー!」
失礼な発言をする瑞樹の脳天に手刀を叩き込みます。
私達姉弟仲は一般的なそれよりも良好すぎるといえるものかもしれませんが、それでもそういったことをした事は一度もありません。
というか、恥ずかしながらこの歳になっても処女ですし。
性的なことに興味が無いわけではありませんが、そういった相手には恵まれませんでしたので。
「なによ!せっかく人が心配して言ってあげたのに!」
「私と七花の関係は、そんなんじゃありません。だから、大きなお世話です」
「でも、凄いですよね。彼女の前で姉にそういったこと言えるって」
その所為で義妹候補ちゃんの機嫌は急転直下しましたけどね。
いくら七花でも、あの場であれほどの爆弾発言をするとは思いませんでした。
あの爆弾発言のお蔭で黒歴史関係への追及が有耶無耶になってくれましたので、私としては不幸中の幸いといえたでしょう。
この生ハムも、意外とシャンパンに合いますね。
普通の加工されたハムには無い、生肉ではないけど生に近いこのぐにぐにとした食感と少し濃い目の塩気を、このシャンパンの泡と一緒に流し込む感覚は、イチゴとはまた違った味わいです。
じっくりと塩漬けし乾燥させた生ハムは、塩の魔法によって素材の旨味を存分に引き出され、気が付けばなくなっていてもう一皿食べたくなってしまいます。
カウンター席なら大きな塊から切り出すところも見ることができ、その臨場感から美味しさも更に上がるのですが、このメンバーでカウンターを占拠したら少々面倒な事になりそうですから諦めないといけません。
他の客の視線に曝されながらでは、こんな風に騒いだりもできないでしょう。
「はあ、私もあんな風に言われたいですね」
「わかりますよ、ちひろちゃん。菜々も憧れちゃいます」
「そうね、私にもそんな相手が欲しいわ」
「私は
約1名違う感じではありますが、全員が恋とか愛とかを求めているのでしょう。
楓は本気かどうかわかりませんが、ちひろは武内Pに心底惚れているようですから、今回の七花が落とした爆弾の影響は大きいのかもしれません。
しかし、私達はアイドルですから我慢を強いられてしまうでしょう。
こんなに近くにいるのに想いを伝えることができない。アイドルとプロデューサーの恋物語というものは、どうしてこうも悲恋チックになってしまうのでしょうか。
まあ、私が考えたところでも何も変わりはしない詮無きことですが。
「楓の面白くない駄洒落は置いといて‥‥今日はお祝いの席よ、朝まで盛大に飲むわよ!」
「「いえぇ~~~い♪」」
瑞樹が追加のお酒を大量に注文し、楓と菜々がそれに同調します。
これは今までの経験上から察するに閉店時間まで飲み続けて、少しはしごして私の家にお泊まりコースですね。
今日は4人の奢りとのことでしたから、明日の朝は二日酔いに効き、胃に優しい料理を色々と用意してあげましょう。
こんな事もあろうかと、昨日のうちに食材等は大量購入しておきましたから問題ありません。
「あの私、明日仕事なんですけど‥‥」
「大丈夫よ。それは皆同じだから」
「全然大丈夫じゃないですよ!」
絶対に明日の朝になったら後悔するだろうなという予感をひしひしと感じながら、またひとつ年齢を重ねてしまった私自身に、あるジャマイカのレゲエミュージシャンの言葉を送りましょう。
『自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ』
翌朝、私を除く全員が飲み過ぎでダウンし、朝一から武内Pに社用車に迎えに来てもらうことになったり。
私の作ったプリャニキを食べてカリーニナさんが少しホームシック気味になっていたり。
それを励ます為に、前川さん、神崎さん、緒方さん、双葉さん達4人が寮で色々頑張り、その結果何故かカリーニナさんが厨二言語(初級)を習得するというわけのわからない事態が起きたりするのですが、それはまた別の話です。