チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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アニメ3話あたりの話が延々と続いていますが、次話あたりでフライドチキンに入れたならと考えています。


胃袋が空では、すぐれたアイドルになれるものではない

どうも、私を見ているであろう皆様。

地球上で生活をしている限り規則正しく経過する時間という不変の概念の無常とも思える流れによって、大変不本意ながらまた1つ歳を重ねてしまいました。

あれだけご忠告したというのに、乙女の年齢を詮索しようとする命知らずな無謀な探検家(スペランカー)な方がいるとは思いもよりませんでした。

次元の壁を超えるチートは習得してはいませんが、今後もしそれを見稽古する機会に恵まれましたら、是非ともその皆様たちにご挨拶させていただきたいと思います。私は低い次元にいた無作法な人間ですので、その際は最も原始的なコミュニケーション方法である肉体言語になるかもしれませんが、悪しからず。

勿論、法治国家日本に籍をおく国民として憲法や刑法を犯すつもりは更々ありませんが、悪い人は言いました『ばれなきゃ、犯罪じゃないんですよ』と。

いい言葉ですね。感動的です。

日本女性の平均寿命である86歳までは、まだまだ時間はたっぷりありますので皆様にお会いできる日を楽しみにしています。

 

さて、話をそんなメタ的な話から現実に戻させていただきましょう。

現在私は、シンデレラ・プロジェクトのルームにある武内P用のデスク前で、武内Pと睨み合っています。

別に私達の仲が険悪になったわけではなく、平行線のように交わる事のなく、それでいて互いに譲ることができない意見を持ってしまった為の必然でした。

互いの意見に理解を示さないわけではありませんが、だからといって自分が譲るという結論にはなりません。

しかし、私相手に一歩も引くことなく強く自分の意見を主張するとは、シンデレラ・プロジェクトが本格始動してから色々自覚が出てきたということでしょうか。

これなら、無口な車輪がかつての魔法使いの姿を取り戻すのも時間の問題かもしれませんね。

 

 

「何故、わかってくれないんですか」

 

「申し訳ありませんが、今回は自分の意見を通させていただきます」

 

「どうしてもですか」

 

「はい、どうしてもです」

 

 

武内Pは既に意志を堅く決めているようです。

こうなってしまったらこの不器用過ぎる彼は愚直といわれても進み続けるでしょうから、私が何を言っても変わることはないでしょう。

最終決定権はシンデレラ・プロジェクトを統括するのは武内Pにありますし、所詮サポート役でしかない私がいくら意見を主張しても悪足掻きでしかないのです。

納得できない部分が無いわけではないですが、支えると決めた以上はそれが最高の結果が出るように色々と頑張るのがサポート役としての、年上としての役割でしょう。

 

 

「‥‥わかりました。その方向で調整しましょう」

 

「よろしいので?」

 

 

私があっさりと意見を取り下げた事に少し驚いた表情を浮かべられましたが、そんなに自分の意見を押し通す独裁者のように見えているのでしょうか。

確かに不条理や、全く意味を感じられない無駄な意見や提案に対しては噛み付いたりした事もありますが、武内Pの意見はそうではありませんから譲歩だってします。

それに、独裁者の最期はどれもこれも悲惨なものばかりですから、そんな目に見えた先人の轍を踏むわけにはいきません。誰しも目に見えた地雷を踏み抜いていく愚かな行為はしないでしょう。

 

 

「よろしくないといえば、最初のデビューユニットを前川さんとカリーニナさんに変えてくれますか?」

 

「それはできません。最初のデビューユニットは島村さん、渋谷さん、本田さんの3人と新田さんとカリーニナさんでいきます」

 

「それだけの熱意を持って決めたのなら、私はその意志を尊重するだけですよ」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

私が自分の意見を取り下げた事に武内Pが深々と頭を下げてきました。

そこまで感謝されることでもないのですが、そんなことを言っても納得しないでしょうから、気持ちを受け取ります。

口には出しませんが、やっぱり見たかったですね。前川さんとカリーニナさんのユニット『あーにゃん・みくにゃん(仮)』。

私の誕生日以降更に仲良くなった2人なら、絶妙なボケとツッコミとアイコンタクトで行動できる阿吽の呼吸で歌もダンスもバラエティも何でもこなせる最強ユニットが完成すると思ったのですが。

この2人の実力はシンデレラ・プロジェクトにおいてもトップクラスであり、既にFランク程度なら余裕で越える事ができると確信レベルの力はあるとトレーナー姉妹から太鼓判を推されています。

言い方が悪くなってしまうかもしれませんが、優しく見守ってくれるお姉さんタイプの新田さんに雲の様に自由気侭なカリーニナさんを制御しきれるとは思えません。

前川さんほどではありませんが、2人の仲も良いのでユニットを組むことに対しての不安は一切ありません。ですが、『あーにゃん・みくにゃん(仮)』の完成度が高過ぎて応用性と発展性も高いのです。

 

 

「一応聞かせてください。どうして、この2人を組ませようと」

 

 

意見を取り下げた身ではありますが、これくらい聞かせてもらう権利はあるでしょう。

 

 

「渡さんが言うように前川さんとカリーニナさんのユニットは自分も検討しました。

2人の実力も高く、仲もとても良好で連携も抜群とユニットを組ませるに当たって、これ以上の好条件は無いように思えました」

 

「でしょうね」

 

 

私もそう思い、この2人のユニットを強く押していたのですから。

実力、連携、完成度、意外性どれをとっても問題なんてある筈ないでしょう。

 

 

「ですが、その仲の良さが逆に仇になるのではないかと思ったのです」

 

「成程」

 

「仲が良過ぎるために、所謂一種の依存関係になるのではないかと」

 

 

双葉さんと諸星さんのユニットを私が強く反対した時と似たような理由ですね。

 

 

「カリーニナさんの魅力はその飾らない素直な部分ですが、時にそれが行き過ぎてしまうことがありますので、きちんとそれを止めてくれる相手が必要だと考えました。

前川さんも止めてくれるのですが、彼女は面倒見の良い献身的な性格をしていますから、最後の最後で強く出ることができない可能性があります。

その点新田さんは、メンバー最年長としての自覚もあり、カリーニナさんをきちんと止めてくれるのではないかと思ったのです」

 

 

どうやら、視野狭窄を起こしていたようですね。

確かにその点については考慮していませんでした。双葉さんと諸星さんのときには、仲が良いというのも考え物であると自分でいっていたのに。

前川さんは菜々と同じ尽くしてしまうタイプのような気がしますから、きっとカリーニナさんがお願いしてきたら何だかんだで最終的に了承してしまいそうです。

シンデレラ・プロジェクトの娘達が天使過ぎて、ここ最近一気に距離が近くなってしまったから見えなくなっていたのかもしれません。

武内Pは、近付いたとしてもプロデューサーとしての一線を頑なに守っていましたから、私に見えていなかったものが見えていたのでしょう。

やはり、私はチートを持っていたとしても全能の存在ではないのであると痛感します。

最近、色々と仕事が増えても問題なく処理できていて、何もかもが思い通りに進みつつあったために心の何処かで慢心が生まれてしまっていたのでしょう。

この調子に乗りやすい一般人的な性格はどうにかならないものでしょうか。

いっそ強力な自己暗示をかけて性格を矯正するべきなのかもしれません。

 

 

「武内Pの意見は理解しました。そこまでアイドルの事を考えているのなら、この渡 七実がそれを十全に果たせるようにサポートしてあげましょう」

 

 

アイドル達のことを真剣に見つめ、色々と考えるように変わってきた武内Pの成長に寂しさのようなものを感じながらも、精一杯格好をつけます。

 

 

「いえ、それには及びません」

 

「‥‥えっ」

 

 

ここで断られるとは思ってもいなかったので、間抜けな声が出てしまいました。

私は一応シンデレラ・プロジェクトのサポート役としてこの場にいるのですが、それを断られてしまうと存在意義がなくなってしまいます。

武内Pもメンバーのスケジュール管理等で忙しいのですから、私のチート能力を上手く活用して楽をする事を覚えないと潰れてしまう可能性があると思うのですが。

 

 

「ど、どうしてですか!」

 

「今回デビューするユニット分のスケジュール調整は自分1人で可能ですし、デビューイベント等に関しては既に渡さんが確保してくれていた分で事足ります」

 

「ですが、ユニットの内容が決まったのなら、その方向性に即した仕事を探さなくては」

 

「現在、複数の企画が進行中です」

 

 

それについては把握していますが、選択肢は多いほうがいいのではないでしょうか。

島村さん達のユニットが可愛さ、冷静さ、情熱のバランスの良い正統派路線で、カリーニナさん達が決して冷たさだけでないクールな雰囲気と美しさをコンセプトにしているのなら、すぐに交渉が可能そうな得意先がいくつかあります。

勿論、最初から仕事を詰め込んだりしては潰れてしまったり、事務所のゴリ押しだと勘繰られたりしてしまいますから、匙加減は重要でしょうが武内Pはもうそんなミスを犯さないでしょう。

いやいや、思考を現実に戻しましょう。

予想だにしない言葉に動揺が隠せなかったようです。

 

 

「渡さん‥‥アイドル部門の後輩でも、一緒にシンデレラ・プロジェクトを進める仲間でもなく、貴方のプロデューサーとして言わせていただきます。

もっと自分の身体を労わってください。今の貴女には休息が必要です」

 

 

ドクターストップならぬ、プロデューサーストップを言い渡されてしまいました。

休息ならシンデレラ・プロジェクトの皆を愛でながら十二分に取れていますし、睡眠も渡り鳥やイルカのように仕事をしながら数秒間だけや身体の一部だけをローテーションさせたり、自宅でもそれなりに取ったりしていますから問題ありません。

そんなチートを説明したところで一般人に理解は得られないでしょうから、どうしましょうか。

大丈夫ですと言ったところで、素直にはいそうですかと引き下がってくれるわけではないでしょうし。

さてさて、この状況をどう切り抜けたものでしょうか。

本格始動したばかりのシンデレラ・プロジェクトは、今が足場固めとかで重要な時期であるので、サポートは絶対に必要でしょう。

ちひろもサポートをしているようですが、私のようにチートを持っていない為できる仕事量は倍近く違います。

 

 

「大丈夫ですって、お姉さんにお任せあれ。私が世間から何て呼ばれているか知っているでしょう」

 

「世間が渡さんをどう思っているかは関係ありません。これはプロデューサーとしての自分の判断です」

 

 

いつもならこれである程度濁せていたというのに、今日の武内Pはいつになく強気ですね。何かきっかけでもあったのでしょうか。

 

 

「もっと私を信頼してください」

 

「弟さんに言われました。渡さんは無理をしようとするときほど、格好を付けたがると」

 

 

どうやら裏切り者は身内にいたようです。

誕生日会の途中、男2人で抜け出していたので何をしているのかと思ったら、密かに情報提供をしていたとは。

今度の基地祭で会うことですし、この仕返しは必ずしてやりましょう。

チートがあるので別に無理しているわけではないのですが、どうやったら周りに理解をしてもらえるのでしょうか。

見稽古のことを説明するわけにもいきませんし、世の中儘ならないことばかりですね。

 

 

「‥‥そんなことないですよ?」

 

「ともかく、明後日は1日休みになるよう調整しましたので、きちんと休息を取ってください」

 

「えぇ~~‥‥」

 

 

もう1日休みを与えられても、どう潰したものか悩むので仕事をくれたほうが嬉しいのですが。

それに、そんなことを言ったら武内Pもシンデレラ・プロジェクトが本格始動してから殆ど休みを取っていないのでいい勝負だと思います。

仕返しというわけではありませんが、今度係長権限で何日か強制的に休みを取らせましょう。

お目付け役も必要でしょうから、その時にはちひろや楓が休みになるように調整しておかなければ。

休んでいる間のシンデレラ・プロジェクトの面倒は私が責任持って見ますから大丈夫です。

仕方ないですが、平和な休日を過ごせるよう色々とプランを練りましょうか。

 

 

 

 

 

明後日の休日をどう潰すべきか頭を悩ませながら、ステップを刻みます。

その若々しいステップは最近また一つ年齢を重ねておばさんへと近づいた私には似つかわしくないものでしたが、レッスンである以上嫌だとは言えません。

出勤しようとしても武内P達が阻止しようと策をめぐらせているでしょうし、今回の手口の鮮やかさから昼行灯が裏で手を引いているのは間違いないでしょから、分が悪いと言わざるを得ないでしょう。

ステルスを使えば出社くらいはできるでしょうが、私の愛機達は使えないように死守されていると考えるべきですね。

普通のパソコンでも業務はできないことは無いのですが、やはり愛機達と比べると作業効率は格段に落ちてしまいます。

タブレット端末は明日の業務終了後に武内Pが預かりに来るといっていましたから、そちらも無理でしょう。

仕事が趣味になってしまった人間から仕事を取り上げるのは、聊か荒療治過ぎると言わせてもらいたいのですが、聞き入れてはくれないでしょうね。

 

 

「島村さん、遅れていますよ。自分の重心の位置をしっかりと理解して、次の動きに繋がる最適な動きを心掛けてください」

 

「は、はい!」

 

「渋谷さんは、次のステップに拘り過ぎです。ダンスは流れです、1つに集中してはいけません」

 

「はいッ!」

 

「本田さん、貴女は城ヶ崎さんではありません。真似だけでなく、それを自分のものとして昇華させましょう」

 

「はい!!」

 

 

『TOKIMEKIエスカレート』について島村さん達に指導しながら、どうにか仕事をするための方法について考えをめぐらせます。

1人で休みをとっても何もする事もありませんし、只時間を無為に過ごしてしまうだけですし。

それならば、私が頑張って休みを取りたい誰かのための時間を作ってあげたほうが有意義というものでしょう。

私の頑張りが、業界でも聞いただけでひっくり返って驚愕するレベルの346プロの有給消化率を支えているといっても過言ではないのですから。

しかし、流石武内Pが選んだメンバーなだけはありますね。

出演決定から練習時間も短かったはずなのに、もう7割方ダンスをものにしています。

いくつか細かいミスをしている部分がありますが、そこは本番までの後4日で修正可能レベルでしょうから、及第点には十分達しているでしょう。

聖さんのことですから、慢心させないように前日くらいまでそれを伝えたりしないでしょうが。

正直、これだけできているのなら私が直接する指導をする必要がないのですが、島村さんと約束してしまったのでそれを破るわけにはいきません。

なので、私はもっと楽に身体を動かせるようにする為のアドバイス程度に留めておき、具体的な内容についての指導は控えておきましょう。

幸い、見稽古は優秀ですから3人のダンス能力もその対象とすることができるので、それぞれの問題点も把握できています。

そんなことを考えていると7回目の通しが終わりました。

3人の様子から考えるに、そろそろ休憩を挟んだ方がいいかもしれませんね。

その旨をアイコンタクトで送ると、前川さん達を指導していた聖さんは頷き休憩を宣言しました。

 

 

「3人とも、一応軽いクールダウンはしておいてくださいね」

 

「「「はい!」」」

 

 

意外と忘れがちで重要な事を伝え、部屋の隅に置いていた鞄からタブレット端末を取り出します。

それを床に置き、軽いストレッチをしながら操作して簡単な業務を片付けておきます。明後日が休みになるのなら、部下達の負担が少なくなるように今のうちにできる仕事は片付けとおかなければなりませんから。

少しだけ溜まった疲労物質を全身に均等分散させるようにゆっくりと筋肉を収縮させます。この身は人類の到達点ではありますが、それでも手入れを疎かにしていい訳ではありません。

 

 

「凄いよね。見本を含めると私達の倍近く踊ってるのに、殆ど汗かいてないじゃん」

 

「どういう体力してるんだろ」

 

「七実さま、素敵です。私もあんなアイドルになれるように、もっと、もっとがんばります!」

 

 

ゆっくりクールダウンしながら島村さん達が小声で話していましたが、私の耳には全て聞こえています。

島村さん、お願いですから私を目標にするのはやめておいた方がいいと思いますよ。

自分で言って悲しくなりますが、アイドルとしての私は正統派路線から180度近く別方向をロケットエンジンで突っ走る、色物アイドルの極みといえる存在ですから。

努力、笑顔、仲間これら3つの正統派アイドル要素に恵まれた島村さん達には、どうかそのまま脇目も振らず正道を進み続けて欲しいものです。

 

 

「ねえねえ、七実さま。何してるの?」

 

 

タブレット端末が気になるのか、城ヶ崎妹さんが覗き込んできます。

私がしているのは面白いゲーム等ではなく文字ばかりの業務の整理なので、見てもあまり楽しくないと思うのですが、興味の塊で好奇心旺盛な女子中学生にはそんな理屈は通用しないようですね。

 

 

「仕事の整理です。明後日が休みになってしまったので」

 

「えぇ~~、いいじゃん休みって。七実さま、仕事し過ぎだし」

 

 

何故そんなに仕事をするのかと不思議そうな顔をされましたが、これは心配してくれているのでしょうか。

私は、別に仕事をすることが好きなのではありません。私が仕事をすることによって、アイドル達が笑顔になれる、夢を見ることができるのが嬉しくて堪らないのです。

誰も手に取らなかった、見向きもされなかった原石や宝石達が、新たなる光を浴びて輝きだし、最高の笑顔で夢を叶える。

そして、その笑顔や夢が次の世代(アイドル)へと続いていくのなら、きっと私が転生してきた意味をこの世界に刻むことができると思うのです。

 

 

「城ヶ崎さんも、大人になればわかりますよ」

 

「もう私はJCだもん!子ども扱いしないでよ!」

 

 

私の半分も生きていないのですから、十分子供ですよという言葉は言わないでおきましょう。

城ヶ崎妹さんも私も幸せになれない言葉ですから。

 

 

「うぅ~~、私も早く大人になりたいぃ~~!」

 

「子供っていうのも、いいものですよ」

 

 

今世では物心つく頃にはチートも成熟された自意識が存在していたので、純粋に日々の些細な事を宝物のように楽しむことができる子供時代は経験できませんでした。

そんな子供時代を過ごし、黒歴史を作り、成人も疾うに過ぎ、社会人となって程なく2桁になろうとした今になり強く思うのです。

今となっては霞がかり、朧気にしか思い出すことのできない、前世の何も知らなかった子供時代。

あの頃に無計画に無意味に浪費していた一分一秒は、大人になった今の同じ時間とは比べ物にならないくらい尊いものであったと。

子供の頃は、あれだけ大人になりたいと願うのに、何故なのでしょうね。

シンデレラ・プロジェクトの皆はまだ私の言葉を理解できないようですが、聖さんは同意するといわんばかりに一度だけ深く頷きました。

 

 

「な、七実さま!?」

 

「ゆっくり‥‥ゆっくり、今を大事にして大人になってください」

 

 

その純粋さを慈しむように、優しく城ヶ崎妹さんの頭を撫でます。

子供扱いに頬を膨らませていますが、それでも抵抗はされないのでもう少しだけ継続させてもらいましょう。

細く柔らかい猫っ毛気味な髪は、手を動かす度に指の間とスルスルとすり抜けていき、ちょっと癖になりそうな感触ですね。

 

 

「莉嘉ちゃん、ずるぅ~~い!みりあも、みりあも!」

 

「いいですよ」

 

 

赤城さんも頭を撫でて欲しいとやってきたので、断る理由もないので承諾します。

寧ろ、私が撫でさせてくださいとお願いしたい立場なので、御礼すら言いたいくらいですね。

城ヶ崎妹さんとは違い、赤城さんの髪の毛はやや太めで癖っ毛なのか撫でる際に微かな抵抗のようなものを感じますが、これはこれで素晴らしいですね。

このままシンデレラ・プロジェクトの娘達全員の頭撫でを制覇し、撫でマエストロでも目指してみましょうか。

 

 

「ずる‥‥オホン、その魔性の恩寵を我が身にも(ずるいです。私も撫でてください)」

 

「『(ズラチョック)』を持つ『同志(ダヴァーリシン)』、『盟約(アベシチャーニエ)』を忘れたら白き流刑の楽園に招待します。(蘭子、抜け駆けしたらシベリア送りにしますよ)」

 

「2人とも日本語を喋れにゃ。特にアーニャ、そのロシア語混じりは誰もわからないからね」

 

 

ばっちりわかる人がいますよ。何故か、ここに唯1人だけね。

厨二言語とロシア語は酸性洗剤と塩素系洗剤並みに混ぜるな危険な代物ということが良くわかりました。

黒歴史性と破壊力も神崎さんの厨二言語とは段違いなそれは、ロシアが生み出してしまった這い寄る混沌よりも更に混沌な代物です。

というか、同志やシベリア送りとか単語はロシア式ジョークなのでしょうか。

 

 

「わ、私も!頑張ります!!」

 

「しまむー、無茶だって!あの濃い面子の中に割って入るなんて、自殺行為だよ!」

 

「‥‥蒼穹。手を伸ばせば届きそうなのに、あんなに遠い」

 

「しぶりん、手伝ってって!面倒だからって現実から、逃げないでよ!」

 

 

島村さんが参戦を表明し、いつもの4人による大混戦が始まりました。

本田さんは何とかして止めようと必死ですが、渋谷さんはそんな現実から目を背けるように窓の外へと手を伸ばしながら空を見ています。

やはり、言葉がこちら側(黒歴史)に近いような気がするのですが、私の気のせいなのでしょうか。

 

 

「こら、お前達!レッスンルームで騒ぐな、摘み出すぞ!」

 

 

とりあえず、聖さんもお怒りですし、この場を治めることを優先しましょう。

元はといえば、私が蒔いた種のようなものですし。

大悟徹底、純一無垢、杯中の蛇影

シンデレラ・プロジェクトは、もう少し落ち着いて平和には過ごせないのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

最近高級酒が続いていたのでそろそろ原点回帰という事で、特大ジョッキのビールを打ち合わせます。

つい勢いよくやりすぎて少し零れてしまったりもしましたが、ビールなんてものはお行儀良く決め込んでも美味しくなる訳ではないので、気にしないことにします。

本日もおなじみ妖精社より、人類の到達点こと渡 七実とウサミン星人こと安部 菜々の宴会模様をお送りします。

 

 

「七実さんって、本当にワーカーホリックですよね」

 

「否定はしませんよ。最近になって、この仕事の楽しさに気が付いた口なので」

 

 

飲み干したビールのおかわりを頼みながら、溜息をつきます。

確かに仕事をしている時間の割合が多くなっているのは自覚していますが、こんなに心配されるほどレベルに見えるのでしょうか。

一応、私はいつものメンバーや武内Pよりも年上なのですが。

成人式が昔の思い出として語られるような年齢にもなってしまいましたし、自己責任が付きまとう社会人なのですから、現状の対応は過保護すぎるような気がしてなりません。

休みたいときは、前回実家に帰ったときのようにちゃんと有給申請もするというのに、何が不満だというのでしょう。

 

 

「愛されてるってことですよ。素直に喜びましょうよ」

 

「わかっていますけど‥‥出演しなくても、ライブを前に休みを取るのは心苦しいです」

 

 

資材の搬入や音響機器等の最終調整、演出の確認、グッズの点検、各部署との連絡、指揮系統の簡略化と円滑化等々やるべきことを挙げ出してしまえば切りがありません。

勿論、その全てに私が関わる必要はありませんが、それでライブのクオリティが向上するのなら積極的に関わっていくべきだと思うのです。

美城の中でも設立してからの歴史の浅いアイドル部門は、その華やかで輝く表舞台の裏側では自転車操業とまではいいませんが、それでもギリギリな綱渡りをしていることが多いのです。

理由としては所属するアイドル達の人数に対しての高ランクアイドルの比率が低いという事でしょう。

楓や瑞樹といった一部はトップアイドルとして名が売れ出していますが、シンデレラ・プロジェクトのようなデビュー前のアイドルの卵達を沢山抱えていますからね。

デビュー前なので彼女達の主に請ける小さな仕事では、レッスン費や広告費を考える圧倒的な赤字となってしまうのです。

先行投資といえば聞こえはいいですが、それが赤字である事には変わりようがなく。上層部の一部では、そういったアイドルの卵達を選別するべきではないかという声があがっているのも事実です。

今は昼行灯が上手くやっていてくれているようですが、改革派に後一押しとなる何かが加わってしまえば、流れは一気に変わってしまうでしょうね。

だからこそ、私に休んでいる暇はありません。

チートなんてこういった時に使わなくては、無用の長物と化してしまうのですから。

やっぱり、明日の朝一に昼行灯に直訴しに行きましょう。恐らく屋上庭園に近い喫煙所を探せば居るでしょうから。

 

 

「七実さん、休みは休まないとダメですからね」

 

「‥‥わかってますよ」

 

「菜々の目を見ていってくれますか?」

 

 

どうやら、菜々も休みをとらせようとする派閥の人間のようですね。

夢と希望を両耳に引っさげるウサミン星人なら中立くらいでいてくれると思ったのに。

 

 

「大丈夫です。七実さん、嘘つかない」

 

「典型的な棒読みをありがとうございます」

 

「‥‥だって、休みに何していたか忘れたんですよ」

 

「‥‥うわぁ」

 

 

先程語ったことも事実ですが、今の言葉もまぎれもない私の本音です。割合としては6:4くらいですね。

そんな恥ずかしい理由を正直に白状したというのに、ないわーという感じの顔をされました。

私のことを残念と思うのなら甘んじて受け入れますが、人間なんていくら大義名分みたいなものを語ったところで、その根底には絶対に自己的な理由が隠れているものでしょう。

この言葉を否定できる人がいるとするのなら、その方たちは恐らく釈迦如来やイエス・キリストの生まれ変わりでしょうから、巡礼の旅や布教活動を始めることをオススメします。

 

 

「なんですか、その顔」

 

「いやぁ、菜々もアイドル活動は楽しいですけど‥‥休みの過ごし方を忘れるほどじゃないので」

 

「元々無趣味でしたからね」

 

 

見稽古の所為で大概のことは最初から超一流の出来になってしまいますから、持続力が三日坊主よりもないのです。

何だか、苛立ってしまいそうなのでアジフライでも食べて落ち着きましょう。

開きにされた鯵に衣を着けてさっくりジューシーに揚げたアジフライは、何を付けて食べるべきか頭を悩ませますね。

日本人らしく魚には醤油でいくか、それともフライという洋食という事なのでソースというのも捨てがたい。ですが、他の場所では絶対に食べられない妖精社特製タルタルソースと魚のフライの組み合わせは最強だと断言できるでしょう。

この悩ましい難題をすぐに決めてしまわなければ、身や衣に閉じ込められた熱く美味しい油の力がすっかり抜け落ちてしまうのです。

今日は、この身に流れる日本人のDNAの直感を信じて醤油といきましょう。

醤油を小皿に注ぎ、アジフライの端っこを少しだけ浸してから熱々を一気に口に含みます。

最初に歯に伝わるサクサクと子気味のいい衣の食感、そして衣の総を突き破った先にある油の熱によってふっくらとした鯵の身。やはりフライは衣も楽しむものですから、それを損なってしまう直接かけて食べる方法は好きになれません。

そして噛む度に、鯵の申し分ない癖のなく旨味に溢れる淡白な味わいに、日本人の舌に慣れ親しんだ醤油の熟成された心地よい塩気が、渾然一体となって口を満たしてくれます。

そこに頼んでおいた、気取らないウーロンハイを流し込めば、最近の高級酒続きで驕った口には何よりのご馳走でしょう。

あっという間に一尾が胃へと収まってしまいました。

 

 

「でも、何か趣味は見つけたほうがいいですよ」

 

「ウサミン星との交信みたいな?」

 

「い、今は菜々のことはいいじゃないですか!」

 

 

ソースをたっぷりかけたアジフライを食べながら、菜々は少しご立腹のようです。

しかし、趣味を見つけるといっても、この見稽古に影響されない趣味というものはこの世に存在するのでしょうか。

王道的なものでいくなら読書や映画鑑賞あたりかもしれませんが、読書は速読スキルによって本気を出せば1日に数十冊は読めるのでやはり長続きしなさそうですね。

映画鑑賞は、家では味わえない大迫力の映像と音響というのは悪くないのですが、映画館の場合周囲の観客次第でその素晴らしさが大きく損なわれてしまうことがあります。

趣味とは、言い方を変えてしまえば大人が大手を振って遊ぶための言い分みたいなものですから、やはり楽しんで何ぼのものでしょう。

 

 

「ショッピングなんてどうです?」

 

「休日の街中を色々見て廻ってはしゃぐ私を想像できますか」

 

「‥‥ノーコメントで」

 

 

その返答ではできないと肯定しているのと同義なのですが、はっきり言い難いのは確かでしょう。

私は一応生物学的分類上女性であるものの、買い物の仕方はどちらかというと男性的なものに近く、目的の物の確保を最優先としていますから寄り道をしたとしても2,3軒程度です。

色々な物を見て廻る楽しさというものは理解しているのですが、それは一緒に誰かがいる時の方が強いでしょう。

いつものメンバー達とショッピングに行った時も、絶対に買わないような物を手にとってああでもない、こうでもないとくだらない感想を言い合ったりしたのは本当に楽しかったです。

ですが、1人だとどうしても楽しさ重視というよりも効率重視になってしまいます。

 

 

「スポーツ!」

 

「自慢する訳ではありませんが、私の相手になるような人がいません」

 

「芸術!」

 

「何だか、お高くとまっている様で気乗りしません」

 

 

提案してもらっている側なのに偉そうですが、私にも選択する権利くらいはあります。

それに私は別に無趣味というか、仕事が趣味でも全く構わないのですが、それは認められないのでしょうね。

菜々が趣味候補を挙げていき、私がそれを否定していくという不毛な行為がしばらく続きました。

 

 

「食べ歩き!」

 

 

もう何個目になるかわからない趣味候補を挙げた瞬間、私の身体に稲妻が駆け抜けます。

我、天啓を得たり。

 

 

「それです!!」

 

「へっ?」

 

 

どうして今までそれに思い当たらなかったのでしょうか。食べ歩き、いいじゃないですか。

都内には有名処から、隠れた名店まで数多くの美食達が集っているのですから、ふらふらと風任せに街中を歩いて心を惹かれた店に入って食事を楽しむ。

昔から食べることは大好きでしたし、食べ過ぎによる過剰なカロリー摂取もこの燃費の悪いチートボディのお蔭で気にする必要もありません。

お金はアイドル業や係長業務で一般的な同年代よりも遥かに高い給金を戴いていますから、毎日浪費するように食べ歩かなければ問題はないでしょう。

やることが決まれば、あんなに憂鬱に思っていた休日が途端に楽しみになってきました。

現金な性格といわれてしまうかもしれませんが、神様転生者だって基本は人間なのですから所詮こんなものです。

ひたすらに人の為に奉仕続ける人間なんて、その精神は尊いとは思いますが、あまりにも人間味が薄すぎて敬意よりも先に畏れを感じてしまうでしょう。

 

 

「ありがとうございます」

 

「えと‥‥はい、どういたしまして?」

 

 

さて、休日は食べ歩くと決めたのですからどの方面に足を伸ばしましょうか。

沢山食べられるように公共交通機関を使わずに、このチートボディで散策するのもいいかもしれませんね。

そんな楽しみになってきた休日への思いを相対性理論等を提唱した20世紀最大の物理学者の名言を少し改変して述べさせてもらうのなら。

『胃袋が空では、すぐれたアイドルになれるものではない』

 

 

 

 

 

その後、休日の朝早くから食べ歩きの為に自宅を飛び出したのですが、マンションの前にお供を希望する娘達が待ち構えていて。

当初の予定とは全く異なりますが、それでも十二分どころか最高に素晴らしい休日を過ごす事になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々とユニットの可能性につきましては考えてみたのですが、自身にオリジナルユニットを考え、動かすだけの実力はないと判断し。
申し訳ありませんが、アニメそのままのユニット編成で進めることにしました。
オリジナルの組み合わせを楽しみにしていた方々には、申し訳ありません。

しかし、ユニットを組んでいないからといって、絡ませたり、一緒の仕事をしてはならないということにはなりませんので、色々な可能性は試してみたいと思います。

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