チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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遅ればせながら、アニメ3話分最後となります。
アニメ本編とは、ライブの進行スケジュールやタイムテーブルが若干違います。

後、七実の立場から考えた結果『フライドチキン』及びライブシーンについては省略となりました。
ご了承ください。


いつでも自分を磨いておこう。あなたは世界を魅せるためのアイドルなのだ。

どうも、私を見ているであろう皆様。

本日は島村さん達の初舞台になるであろうライブの当日です。

ライブ自体は夕方からなので、早朝である現在会場に居るのは会場の最終調整を行う346プロの一部の関係者だけでしょう。

今回のライブには私は参加しないので、本日は久方ぶりに完全な裏方として活躍させてもらいます。

インカムで各部署と連絡を取りながら、作業の進捗や物資の搬入状況を確認し、適宜人員を割り振りながら効率的に会場設営を進行させて行きます。アイドル業もいいのですが、やはりこういった陣頭指揮も楽しいですね。

1つの目的のために全員で力を合わせて作り上げるのは、完成した時の達成感もありますからやりがいといった面から考えるといい勝負かもしれません。

 

 

「演出班、そちらの調子はどうですか」

 

「現在音響班と合同で通し中ですが、現状問題ありません」

 

「わかりました。細かな異常も見逃さぬようしっかりお願いします」

 

「了解」

 

 

映像演出はライブ特有の演出ですし、華やかで美しい映像はライブの雰囲気を視覚的に盛り上げてくれ、サイリウムの草原と合わさる事により、会場をしばらくの間煩わしい現実世界と隔絶した幻想的な世界へと誘ってくれます。

しかし、その演出に拘れば拘るほどにその調整は難しく神経質にならざるを得ません。

他プロのライブでも無駄に懲りすぎた演出をしようとした為、映像が止まってしまってしまい観客の少しの動揺が波紋のように広がっていき、それが緊張していたアイドルにも影響してしまって最悪の形となってしまったという痛ましい事例もありますし。

我が346プロでは、そんな事が起きないように色々と徹底していますし、年末イベントのようにもし起きたとしても最終的に私が何とかして見せますから問題ありません。

アイドル業がそれなりに忙しく成り出してからは、気軽に入ることができなくなってしまいましたから、私が思いつく限りのトラブルの原因とその解決法を纏めたファイルを渡しておいたので、ある程度何とかなるでしょう。

それに私ばかり目立っている節がありますが、大企業である346プロの人材はその分野においては私に負けず劣らずな一流の人材が揃っています。

特に経験則に基づく熟練されたその技術は、時に私の想像を超えた神業的技術作品を生み出すので、まだまだ見稽古のし甲斐があります。

それに今では少なくなってしまいましたが、一部の職員は片手間な私に負けてなるかと自己研鑽に励んでいますから、346プロの未来は明るいのではないでしょうか。

 

 

入口(ゲート)設営班より、HQ七実さまへ。入場対応のリハをしたいので、空いている人員をいくらか回してください」

 

「HQ了解、休憩中の人員を回します。混雑解消のための修正は現場の判断で行ってください。

後、通信に敬称は不要です」

 

「最後以外は了解です」

 

 

最後こそ了解してください。そんな言葉を呑み込みつつ、休憩を取っているメンバーに指示を出しておきます。

最近さま付けが基本(デフォルト)過ぎて感覚が麻痺しつつありますが、社会人数年目のいい大人達が同じ会社の人間をさま付けで呼ぶなんて冷静にならなくてもおかしすぎるでしょう。

会社の中でさま付け呼びが許されるのは、2次元世界だけです。

確かにこの世界は2次元(ゲーム)である『アイドルマスター』を基準としていますが、私という神様転生者や七花といった別作品のキャラクターに似た例外(イレギュラー)も居ますから、もはや正史とは別の歴史を進んだ並行世界といえるでしょう。

原作には346プロなんて大企業のプロダクションなんて出てきませんでしたし。

それに私に関わる人達が、作られたキャラクターとは思えませんからこの世界は現実だと断言できます。

ならばこそ、さま付け呼びをどうにかしたいのですが、どうすればいいでしょうか。

いくら考えを巡らせてみても妙案は浮かばず、溜息が漏れます。

 

 

「やあ、渡君。張り切っているみたいだね」

 

「今西部長、お久しぶりですね」

 

 

何とも微妙なタイミングで昼行灯が現れました。

最後に会ったのは島村さん達のライブ参加の是非を問う話し合いの時以来ですから、少なくとも2週間ぐらいは経っているでしょう。

姿の見えない間も水面下で何やら精力的に動いていたようですが、その尻尾を掴む事はできませんでした。

とりあえず、いつ如何なるときでもどんな無茶振りが来ても対応できるようにはしてありますが、もう少し報告、連絡、相談といった社会人として守るべき最低限のマナーを守ってもらいたいものです。

この何を考えているかわからない笑顔の下では、いったいどんな謀略を巡らせているのでしょうか。

あまり私を巻き込まないで欲しいのですが、それは願うだけ無駄だと思うので諦めはついています。

タブレット端末で情報を処理しながら、昼行灯の出方を窺いましょう。

 

 

「おっ、そうだ久しぶりついでにこれを渡しておこう」

 

「それは?」

 

「いいものさ」

 

 

そう言ってもったいぶるかのようにポケットからゆっくりと1枚のCDを取り出し、差し出してきました。

表面に何も書かれていない無地のCDにいったいどんなものが保存されているかはわかりませんが、この昼行灯がわざわざ届けてくるのですから重要なものなのでしょう。

何か新しいアイドル・プロジェクトでの始動するのでしょうか。

私なら現状の業務に加えてその新規プロジェクトを担当したところで問題はないでしょうが、シンデレラ・プロジェクトが始動したばかりで結果のけの字も出ていないうちから新規プロジェクトを始動されるとは思いません。

いくら上司の思いつきによる無茶振りは基本といわれたりするくらい不条理なアイドル業界においても、大企業である美城上層部がそんな愚を冒すような真似をするとは考えがたいです。

まあ手に持ったまま頭を悩ませていても仕方ないので、さっさと読み込んで確認してしまいましょう。

かばんのなかから外付けドライブを取り出して、タブレットに接続して渡されたCDを読み込みます。

中に入っていたのはどうやら音楽データなので周囲の迷惑にならないように追加でイヤホンを接続してから再生を開始します。

 

 

~~♪、~~~♪♪

 

 

流れてきた曲はとても穏やかな始まりでした、ピアノを使いながらも何処か和風な感じのする曲調は聞き覚えがあります。

というか、何故この曲がこの世界に存在しているのでしょうか。

そんな疑問が頭を渦巻き、集中が乱れてしまいますが動揺を顔に出すわけにはいきませんからチートでなんとか抑えます。

本来ならこの世界には生まれることがなかったであろう曲がこうして存在するのは私という神様転生者(イレギュラー)がいることによる歴史の修正力なのかもしれません。

 

 

「~~♪~~~~~♪♪」

 

 

内容に関しては記憶が少し曖昧と成っている部分がありますが、この曲の歌詞は自分が思う以上にすらすらと歌うことができました。

呟くような小声ではありますが、頭に思い出される歌詞を滔々と歌い上げます。

前世においてはこの曲はお気に入りの曲の一つでしたから一時期は何度も聞き返していましたが、ここまではっきりと覚えているのはおかしいとは思わないわけではありませんが、今はこの曲を歌いきる方が重要です。

いつも飄々とした昼行灯が興味深げに目を開いていますが、気にせずに歌い続けます。

 

 

「♪~~~、♪♪~~~~~~~‥‥」

 

 

前世では『拍手喝采歌合』という名で存在していた曲を歌いきり、心に溢れ出す満足感と共にイヤホンを外し一息つきます。

しかし、昼行灯はこの曲を何処から手に入れて、何故私に渡してきたのでしょうか。

これは確認しなければなりません。

 

 

「いい曲でした。部長は何処でこれを?」

 

「ああ、これは前から頼んでいた渡君のソロ曲だよ。ようやくできてさっき貰ったばかりだから、顔出しついでに渡しておこうと思ってね」

 

 

成程、これは私のソロ曲でしたか。確かに本家と声質は違いますが、この世界において私以上にこの曲が相応しい人間はいないといえるでしょう。

 

 

「しかし、初めて聴いた曲に歌詞をつけるなんて‥‥君はつくづく規格外だね」

 

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 

「私も受け取る前に聞かせてもらったけど、今の歌詞は何故かしっくりきたよ」

 

「そうですか」

 

 

まあ、この曲の本当の歌詞ですからね。これでしっくりこないとなったら、この曲に歌詞を付けるべきではありません。

この曲を作曲した人物はいったい何者なのでしょうか。もしかしたら、私と同じ転生者なのでしょうか。

ですが、それなら私という存在を知った時点で何かしらのアクションを起こすと思いますから、考え過ぎなのかもしれませんね。

 

 

「歌詞に関しては渡君に任せるよ。彼にも伝えておくから、一度聞かせてあげるといい。

反対することは無いだろうけど、一応君のプロデューサーだからね」

 

「わかりました」

 

 

シンデレラ・プロジェクトの事で忙しいだろうから、了承だけ貰って後は私の方で処理してしようと思っていましたが、サンドリヨンの基本的な売り込み等は武内Pがしていますから確かに聞いて貰っておいた方がいいでしょう。

今日は私も武内Pも忙しいでしょうから、このライブの処理があらかた片付いた頃に少しだけ時間を取ってもらいましょうか。

一応歌詞を文章に書き出しておいた方が、二度手間にもならないでしょうから準備しておきましょう。

しかし、ようやくソロ曲デビューですか。

ちひろとのユニット曲『今が前奏曲(プレリュード)』も良い曲ですが、ソロ曲というのは私のための完全オーダーメイドの曲ですからやはり気分が昂揚します。

しかも曲も刀語の曲となれば、キャラクターの能力を使わせてもらっている転生者としては興奮するなというのが土台無理な話でしょう。

私は小さく、しかし力強く拳を作ります。

 

 

「嬉しそうで何よりだよ」

 

「一応アイドルですから、新曲に喜ばないはずがありませんよ」

 

「仕事以外の渡君は表情が変わりにくいからね。周りの人間にはわかりにくいのだよ」

 

「‥‥」

 

 

確かにあまり動揺を表に出さないようにチートを使っていますから、ちひろや菜々の百面相みたいにころころ表情が変わるほうではありませんが、それほどわかりにくいでしょうか。

自分の頬を押したりしてみて確認してみますが、別に表情筋は硬くありませんね。

もう少しチートを使わないようにしたほうがいいのでしょうか。ですが、そうすると動揺しやすい内面を曝してしまう事になります。

人がどう思っているかを気にし過ぎてしまう小市民的な性格の私としては、今まで積み上げてきた頼れるお姉さんポジションを捨て去って感情を露にするような度胸はありません。

今まで魔王とか散々やらかしておいて、今更普通の人にイメージチェンジなんてチャレンジャー過ぎるでしょう。

 

 

「君は少々背負い込みすぎるからね‥‥もう少し素直に感情を吐き出すことも大事だよ」

 

「‥‥考えておきます」

 

「そうかい、じゃあ私は他の部署に顔を出してくるよ」

 

 

まるで私がそう返すことはわかっていたという、悟ったような笑顔で昼行灯は去っていきました。

人生の先達からの貴重なアドバイスなのでしょうが、人間は齢を重ねていくとプライドという厄介なものばかりが大きくなって人の意見を素直に受け入れられなくなってしまいます。

それが良くないこととわかっていながら、どうして人間は修正できないのでしょうね。

 

 

「輸送班よりHQ七実さま。追加分の物資を持って来ましたので、搬入口の人員を増やしてください」

 

「HQ了解。すぐに対応しますので、現在の人員で始めておいてください。後、敬称は不要です」

 

「最後以外は了解しました」

 

 

だから、最後を一番了解してください。346スタッフの中で、それって流行ってるんですか。

とりあえず、今はライブの準備に集中する事にしましょう。

島村さん達の初舞台が平和に終わるように、裏方仕事を全うして見せましょうか。

 

 

 

 

 

 

お昼前になると会場設営もほぼ完了し、出演するアイドルやバックダンサーといった舞台に立つ人たちも揃ってきました。

一応各シーンにおける調整等はあらかた済ませましたので、昼休憩を挟んだら今度は通しリハになるでしょう。

演出や音響だけの流れは午前中に何度も通しをやらせていますが、そこにアイドルの呼吸や動き、MCの流れ等で細かな修正をかけていく必要がありますから、まだまだやるべきことは多そうですね。

HQという通称が付けられたスタッフの詰所で、1人現在の進捗状況と通しリハの調整した計画を立てていると扉がノックされました。

 

 

「どうぞ」

 

「七実、お邪魔するわよ」

 

 

入ってきたのは瑞樹でした。

勝手知ったる仲なので視線も向けず、作業を続けさせてもらいましょう。

 

 

「相変わらず、仕事漬けね。休憩、とってないでしょう」

 

「今回はここで座っているだけですからね。指揮していないときが休憩みたいなものですよ」

 

「屁理屈言わないの」

 

 

本来なら会場内を色々移動しながらその場で最適な指揮をしたいと思っていたのですが、昼行灯や部下達に人材育成だ、経験を積ますだと言われ仕方なくこの詰め所で待機することにしたのです。

確かに常に私の力を当てにするようでは、いざという時困るでしょうから。

そんな向こうの正論過ぎる言い分は理解できるのですが、活躍の機会を失ったチートボディが色々と持て余してしまい不完全燃焼感が否めません。

なので、やることが無さ過ぎて逆に落ち着かなくて休憩どころではないのです。

 

 

「私のことはともかく、そちらの様子はどうですか」

 

「そちらなんて言い方しないで、素直にあの3人の様子はどうだったかって聞けばいいじゃない」

 

 

確かにあの3人の様子が気になりますが、今の私はシンデレラ・プロジェクトのサポート役としてではなく、このライブのスタッフの統括としていますから、私情で特定の誰かに入れ込むような真似はしたくありません。

管理者であれば、感情を捨てた選択を迫られる事もありますから、この辺はしっかりしておかなければならないでしょう。

 

 

「大丈夫そうだったわよ。登場も最初こそ失敗しちゃったけど、2回目以降は段々と感じを掴んだみたいで成功させてたし」

 

「そうですか」

 

 

やはり演劇部門等に頼んで、今回使用するものと似た舞台装置で練習を積ませておいてよかったです。

見ている側からしたらカッコいいくらいの感想しか抱かない装置ですが、実際に乗る側からすれば想像以上に勢いにバランスがとりにくく、そして最後に浮遊感があるので着地の難易度もの高いのです。

そんな状況からすぐにダンスに入らなければならないので、経験が少ない3人に数回の練習でこなせるとは思えませんでしたから。

こういう時、事務員時代に築き上げた他部署に対するコネが役立ちますね。

武内Pも同じ事をしようと頑張っていたようですが、何分不器用すぎて他部署の責任者クラスへのコネは持ってなく上手くいっていませんでした。

それでも似たような装置のある舞台を数時間だけでも貸して貰えるように交渉してきましたので、武内Pの有能さが窺えます。

 

 

「瑞樹達は、どうですか」

 

「勿論バッチリよ。体力、気力、そして魅力も十分!後は本番で、ファンの皆を沸かせるだけだわ」

 

「頼もしい事で」

 

 

島村さん達以外は全員今回以上の規模のライブを経験していますから、問題はないでしょうね。

後は裏方である私達がミスを犯さない限り、今回のライブも大成功は約束されているでしょう。

 

 

「HQより、各員へ。現時刻を持って午前中の作業を終了、昼休憩に入ります。

ですが、解散はせずに各部署の責任者は4名程度の人員を連れて詰所に集合してください」

 

『『『『『了解』』』』』

 

 

そろそろお昼時になりますから、インカムで昼休憩を伝え各部署の責任者達を呼び出します。

全員が到着するまでにはもう少し時間が掛かるでしょうから、今のうちに準備しておきましょう。

午後からの各部署の予定に若干修正を加えたものを印刷しながら、詰所の隅に運び込んでおいた複数の50Lのクーラーボックスを移動させます。

 

 

「それは?」

 

「部下のやる気を出させる良い物ですよ」

 

 

先程まで作業していた机の前に並んだ10個近くのクーラーボックスを見て、瑞樹が不思議そうに首を傾げながら尋ねてきますが、瑞樹たちの分もあるのでここでばらしてしまうのは勿体無いです。

今回は作業する人員が多くて、チートを持つ私でも少々骨が折れましたが、これで午後からの作業が捗るなら安いものでしょう。

内容を一切教えない私に対し『教えなさいよ』と瑞樹が不満そうな表情を浮かべますが、笑顔でスルーします。

サプライズで用意したものを驚かす前に披露してしまう愚か者なんていないでしょう。

瑞樹が隅に置いてあるクーラーボックスの方へと足を進めようとしたタイミングで詰所の扉がノックされました。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します。各部署の責任者、集合しました」

 

 

入ってきた責任者達は並べられたクーラーボックスに少々面食らったようではありますが、すぐに立ち直り横一列に整列しました。

HQという詰所の呼び名に、この無駄に一糸乱れぬ整列具合に、いつから346プロは軍人養成所になってしまったのかと思わないでもないですが、今は置いておきましょう。

印刷しておいた修正を加えた予定を渡し、口頭で簡単な動きを指示しておきます。

皆優秀な人材ですから、これくらい簡単な指示でも後は自己判断で最高の仕事をしてくれるでしょうから。

 

 

「後、少しではありますが、昼食を作ってきましたので各部署で分け合って食べてください」

 

 

そう言って、件のクーラーボックスを指差します。

責任者達は言葉の意味を理解するまで少々時間を有しましたが、理解が終えると喜色満面といった表情で騒ぎ始めました。

サンドイッチという簡単なものではありますが、流石に100人分近くの量を用意するのは大変でした。

挟む具も卵やハム、チーズ、レタスにツナといった王道に加え、生クリームやカスタードを使ったフルーツサンド、数は少ないですがカツやローストビーフ、照り焼きを挟んだもの、ピーナッツバター、スモークサーモンとできるだけバリエーションを増やしましたから満足はしてもらえると自負はあります。

2日前から色々準備して、一晩かけて作り上げたものなのでよく味わって食べて欲しいですね。

私が人類の到達点の無限体力と見稽古した数々のチートスキルによる超効率的料理術がなければ実現不可能な計画だったでしょう。

今回初めてやって見ましたが、料理漫画みたいに具材を飛ばして寸分違わず目標の上に載せるという芸当が可能だとは思いませんでした。

責任者達は何度も礼を言ったり、頭を下げたりしながら部屋の外で待機させていた人員を呼び、各部署に割り当てられたクーラーボックスを運び出していきます。

 

 

「お前ら、七実さまの手料理だ!落としても、乱暴に扱っても殺す!

‥‥いや、そのサンドイッチを食べる資格がないと思え!」

 

「「「「Sir,Yes,Sir!!」」」」

 

「いいか、お前らの命よりこのクーラーボックスは重い。自分の命以上のものと思って扱え!」

 

「「「「Sir,Yes,Sir!!」」」」

 

「このサンドイッチは畏れ多くも七実さまが我々に下賜されたものである。粗末に扱えば‥‥わかるな?」

 

 

346プロに軍事部門なんていつの間にできたのでしょうね。

働き始めて5年以上は経っていて、各部署との繋がりを持っていて、社内の大抵の事は把握していたはずなのですが。

この業界は体力がものをいう場面も多いので意外と体育会系の人間が多かったりするのですが、これは少しいき過ぎではないでしょうか。

本人達も納得してやっているのでツッコミしにくい空気ですし、もう苦笑するしかありません。

 

 

「相変わらず、芸能プロダクションの人間って何処か螺子が外れているわよね」

 

「‥‥ノーコメントで」

 

 

私達も一応その螺子が外れたプロダクションの人間の1人なんですけどね。

とりあえず、これで人員の気力は充実してくれると思いますから、午後からの作業は問題なく進むでしょう。

 

 

「さて、七実。私達の分もあるのよね?」

 

「勿論、抜かりなく」

 

 

今回出演するアイドルは勿論、バックダンサーとして出演する人達の分まで余裕を持って用意してあります。

バックダンサーの募集要項等が纏めたチラシには昼食不要と書いておいておくように頼みましたから、きっと皆待っているに違いありません。

空腹は人を苛立たせてしまいますから、ささっと届けてあげましょう。

用意したクーラーボックスを借りておいた台車に積みます。

5個のクーラーボックスを抱えて行くには通路が狭く、他の人たちの迷惑になりますからね。

 

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「ええ、七実特製サンドイッチ、楽しみにしてるわよ」

 

「期待してくれて構いませんよ。量を言い訳にクオリティを落とすなんてしてませんから」

 

 

やるなら最後まで徹底的に拘ってです。

チートによって作業時間を7割近く削減できるのですから、それくらいしなければ。

私が作りし美食に震えるといいです。これを食べたら半月は、そこら辺のコンビニで売っているサンドイッチは食べられなくなるでしょう。

ちなみに、今回のオススメはローストビーフサンドとタマゴサンドです。

肉の選別時から最適なものを探して、2日前からしっかりと下味をしみこませ食感を損なわないように慎重に焼き上げた特製ローストビーフに、和洋中の様々な調理法から算出したローストビーフサンド用のソース。

それらをシャキシャキとしたサニーレタスとほのかな辛味を与えてくれるスライスオニオンと組み合わせることにより肉の重さと脂っこさを口の中に残すことなく旨味の記憶だけが頭に残り、次のサンドイッチに手が進むでしょう。

タマゴサンドの中身はゆで卵を潰してマヨネーズで和えただけのシンプルなものですが、市販のものではくどくなってしまうのでマヨネーズも手作りしましたし、あえてフォークで不揃いに潰しましたから一口ごとに食感が微妙に変わるはずです。

原材料費が比較的安く済むので、他のサンドイッチよりも厚めに作っておきましたので食べ応えも十分でしょう。

挟むパンもあえて耳の部分を一部だけ残しておき、柔らかいだけのタマゴサンドに程好い固さを与える事により食べ飽き難くしました。

他のサンドイッチも拘っているのですが、この2つは味見した中でもトップクラスの美味しさでした。

 

 

「これは、楓達が悔しがるでしょうね」

 

「リクエストされればいくらでも作りますし、ちゃんとお弁当として渡しておきましたよ」

 

 

そうしておかなければ贔屓だとか言って、後が面倒くさいですし。

武内Pにも渡しておきましたし、後でしっかり感想を聞いておきましょう。

最近、シンデレラ・プロジェクトの企画で色々忙しく簡単なもので済ませがちとのことでしたから、このサンドイッチを食べてしまえば当分の間はそんな粗末な食生活には戻れないでしょう。

『男は胃袋を掴んでしまえば、扱いやすくなる』と母も言っていましたし。

そうなればこの手軽で美味しいサンドイッチほどぴったりなものはないでしょう。ここで上手く餌付けしておけば、お弁当を交換条件に色々とこちらの要求も通しやすくなるでしょうし。

武内Pは美味しい思いができる、私は未来への布石を打つことが出来ると、誰も損をしない素晴らしい作戦でしょう。

恩を売る、有頂天外、手前味噌

さあ、七実さん印のサンドイッチを食べて平和な気持ちになりましょう。

 

 

 

 

 

 

「全プログラム、終了。お疲れ様でした」

 

「「「「「「お疲れ様でした!!」」」」」」

 

 

現場統括をしていた私の言葉の後、出演者や各部署の責任者達が集まったスタッフルームは喜びの声で溢れました。

島村さん達も初舞台という事でやはり緊張していたようですが、本番前に武内Pがそれを見逃さずに察して小日向さんや日野さんにアイドルの先輩からのアドバイスをもらうことで、それも上手く解れたそうです。

私は全体進行の管理と昼行灯と共に招待客の対応に追われていましたので、手助けできなかったことが口惜しいですが仕方ありません。

舞台に出る前に好きな食べ物の名前を言うといいとアドバイスされたはずなのに『人間讃歌』と叫ぼうとした島村さんは、後で少しオハナシしないといけないかもしれませんが、今はライブの大成功を喜びましょう。

楽しそうに語らい合う城ヶ崎姉さんと島村さん達を横目で見ながら、軽く肩を回したりしておきます。

このチートボディは今日ぐらいの作業では殆ど身体的な疲労を感じたりすることはありませんが、しかしお偉方の接待というものはそんなチートボディでも肩がこるものです。

昼行灯め、顔繋ぎとか言ってましたが、今日の接待に絶対私は要らなかったでしょう。

大仏+蛙みたいな如何にも汚職していますよっていう顔立ちの人でしたが、日高 舞ショックが起こる前からの熱烈なアイドルファンらしく。

新人とはいえ、○イダーの主役を務めるなどで知名度はある私が接待役という事で、ライブが始まるまで質問攻めをくらいました。

ちなみに、アイドルは神聖不可侵であるというのが持論らしいので、その顔立ちからは想像できないくらいの純真さを持っており、挨拶の時に握手しようと手を差し出したら数分程悩まれました。

昼行灯とは古くからの知り合いで、いまちゃん、だいちゃんと呼び合う仲だそうです。

 

 

「七実さんも本当にお疲れ様でした!今度は一緒にライブを盛り上げましょう!!

後、サンドイッチもの凄くおいしかったです!!」

 

「そうですか、良かったです。ライブについては、検討しておきます」

 

 

のんびりと撤収作業の方に入ろうとしていたら、日野さんに呼び止められました。

身長は低いはずなのに、その持ち前の弾ける情熱と活発さで小型犬というより大型犬という感じのする体育会系元気娘です。

恐れ、何それという感じの明るさで、よく私に話しかけてきてくれるのですが、ことある事に『ラグビーしませんか!?』と誘うのは勘弁してください。

確かに私なら男性の中に混ざっても負けることはありませんが、そこまで女子を捨ててはいません。

 

 

「絶対ですよ!私、楽しみにしていますから!!」

 

「とりあえず、私は撤収作業の方に入りますから、日野さんはしっかり身体を休めておいてください」

 

「ええっ!!七実さん、もういっちゃうんですか!!!!」

 

 

もう、わざとやったでしょうと言いたくなるスタッフルーム全体に響き渡る位の大声で、私の行動をばらしてくれやがりましたよ。

あんなに騒がしかったスタッフルームの視線が私に向いていますし、これはもう駄目かもしれません。

 

 

「七実ぃ~~~、いったい何処に行こうというのかしら?」

 

 

案の定瑞樹が怖い笑顔でこちらにやってきました。

何でそこまで怒られなければならないんでしょうかね。という理不尽さに対しての思いはありますが、それをいうと説教が長引くだけでしょうから言わないでおきます。

 

 

「何だか、もう1人で撤収作業に入るって言ってました!!」

 

「あら~~、情報提供ありがと、茜ちゃん。後で、ジュース奢ってあげるわ」

 

「ゴチになります!」

 

 

私が答える前に日野さんが全部答えます。

これは何ですか、新手の責任者いじめの一種ですか。

いいじゃないですか、私が頑張れば撤収作業の時間が短縮できて多くのスタッフが早く帰れるのですから。

 

 

「渡さん、撤収作業のほうは自分達にお任せください」

 

「後のことは我々に任せ、七実さまは休まれてください」

 

「働きすぎは身体に毒ですぜ。ここは俺たちにいいカッコさせて下さいよ」

 

 

先程まで島村さん達と話していた武内Pやスタッフ達にまでそう言われてしまっては、手伝うことが悪いみたいではないですか。

瑞樹の咎めるような視線や昼行灯の首を横に振る姿を見て、私に勝ち目がないことを悟ります。

 

 

「わかりました。皆さん、しっかりお願いしますよ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

盛大な溜息をついた後、そう言うとスタッフ達は何故か嬉しそうにスタッフルームを飛び出していきました。

これでは、私が撤収作業を急がせたみたいで嫌な感じですが、それはサンドイッチの件で相殺させてもらいましょう。

そして、スタッフと入れ替わるように今回のライブを見に来ていたシンデレラ・プロジェクトの皆が入ってきました。

 

 

「ふふん、まあ今日のところは」

 

「みんな、とってもキラキラしてたにぃ☆」

 

「次のライブには出られないの?」

 

「今度は私も出して!」

 

「今宵の宴は、正に人間讃歌の輝きに満ち溢れたものぞ(今日のライブ、とっても素敵でした)」

 

はい(ダー)』「とても人間讃歌でした」

 

 

前川さんが何か言おうとしたのですが諸星さんに遮られ、発言の機会を逸してしまいます。

プロ意識の高い前川さんは、一部のメンバーをライバル視している部分がありますからツンデレ風な褒め方をしようとしたのでしょうが、不憫な。

 

 

「わ、私も‥‥あんな風にきらきら出来たらいいな‥‥」

 

「智絵理ちゃんなら大丈夫だよ。私も憧れちゃうなぁ~~」

 

「まあ、今日のステージはそれなりにロックだったかな?」

 

「李衣菜ちゃんも途中からすごいサイリウム振ってたものね」

 

 

どうやら、今日の島村さん達のステージは他のメンバー達に自分もあの舞台に立ちたいと思わせるいい刺激になってくれたようですね。

シンデレラ・プロジェクトの方針では段階的なユニットデビュー方式を取っていますから、各ユニットがそれぞれ最高のデビューができるように頑張りましょう。

 

 

「ああもう!みくもステージに出たいにゃ~~~~~!!」

 

 

前川さんの可愛らしい叫びに瑞樹達先輩アイドルは微笑ましそうにしています。

私はそうではありませんでしたが、皆他のアイドルのステージを見て一度は前川さんのような思いを抱いたことがあるのかもしれませんね。

そんなシンデレラ・プロジェクトのメンバー達に、近代演劇の確立者であるアイルランド出身の劇作家の言葉を少し改変して送るのなら。

『いつでも自分を磨いておこう。あなたは世界を魅せるためのアイドルなのだ』

 

 

 

 

 

 

この後、昼行灯の誘導により私のソロ曲を披露する羽目になり、皆から素直な褒め言葉の集中砲火を受けて顔を赤くする事になったのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少しの間、また番外編を投稿していきたいと思います。

予定としましては
・他視点からの七実(誰にするか未定)
・掲示板風(サンドリヨンスレor七実スレの予定)
・仮面ライダードライブ最終話『アイドルの事件』
・七実inHL(ヘルサレムズ・ロット)(血界戦線 最終回記念)
となっております。

順番は未定なので、完成したものから順次投稿していこうと思います。

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