チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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まだまだ4話前の話が続くと思います。
そして、キャラ崩壊があります。Pの皆様、ご了承ください。


苦労から抜け出したいなら、肩の力を抜く事を覚えなさい

どうも、私を見ているであろう皆様。

今夏公開の○イダー映画で、次期の主役ということで客演という形で出演及びスーツアクターを務めさせていただくという稀有な経験を積ませていただきました。

久しぶりにそこそこ本気を出せ、心の奥底に溜まっていた全力を出したい欲求を発散できてとても清々しい気分です。

やっぱり、そこそこでも本気を出せる環境は素晴らしいですね。

最近では、自分の真の実力を隠し続けて無能を装っているタイプの主人公が増えているそうですが、私からすればその忍耐力の高さには脱帽します。

自分を殺してまでして無能を装うなんて、私には無理です。せっかく力を持っているのですから使いたくなってしまうのが人の性でしょう。

我慢した先の開放による周囲の驚愕に、カタルシス的なものを感じるのかもしれませんが、それまでに浴びせられる罵倒や蔑んだ視線によく耐えられますね。

私がそんな態度をとられたら、大人として教育してあげるか、黒歴史の開帳待った無しだと思います。

という脇道にそれてしまった思考を本筋に戻しましょう。

 

とりあえず、映画の撮影スケジュールを全てこなした私は、今度は自衛隊協賛で行われる基地祭に備えて1人ソロ曲のステップの確認に励んでいます。

ちひろは昨日まで続いた撮影の疲労をきっちり抜いてもらう必要がある為、同じく完全オフだった25歳児を買収して日帰り温泉旅行に行ってもらっています。

同じPを好きになったもの同士ですから、きっと色々溜まっていた愚痴を吐き出しあってすっきりして帰ってくるでしょう。

見稽古によるチートで確認する必要もないくらい完璧に仕上がっているのですが、七花も見るのですから何の因果かこの歳からアイドルデビューする事になった姉を恥ずかしく思われない為にも完璧以上に仕上げなくてはなりません。

緩急をつける部分はしっかり、演武のようなダンスは己が身を刀と化すように疾く鋭く、刹那の気の緩みすら許さない真剣さで望みます。

手刀、足斧それぞれが空を裂き、レッスンルームの空気を震わせますが、これでもまだ足りません。

この人類の到達点を持ってしても前世で原作を読み思い描き、アニメを見て魅せられた虚刀流の姿には程遠く感じてしまいます。

私という転生者(イレギュラー)の存在の所為で、刀語という作品が存在しなくなってしまったこの世界では虚刀流なんてものは存在しません。

存在しないと言う事は、勿論見る事ができない為見稽古をすることが出来ず、どれだけ鍛錬を積もうが、何処までいっても虚刀流は完成しないのです。

おぼろげにはなっていますが完了した形はわかっているのに、それに到達する事のできないジレンマ。

一般人であれば誰しも経験した事のある葛藤でしょうが、見稽古というチートスキルを引っさげて転生した私にはそういったこととは一切無縁であり、それ故完璧に出来ない事が気持ち悪く感じるのです。

ストレスとまでは言いませんが、歯の間に繊維が挟まったかのような感じと説明したらわかりやすいでしょうか。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

額を伝う汗を手の甲で拭い去り、ウェアの上衣を脱ぎ捨てタンクトップ一枚となって近くに置いておいたスポーツドリンクで失われた水分等を補給します。

汗をかいた後のスポーツドリンクは格別ですね。

最近、ここまで自分を追い詰めるような鍛錬を積んだ覚えがなかったので、久しく感じていなかった心地よい疲労に充実感を感じます。

一息ついた後は窓際まで移動し、熱くも寒くもない春の風を浴びながら小休止を取ります。

このチートボディでもオーバーワークというのもは存在するので、こうして時には休めてあげなければ異常が出てしまいますので。

まあ、そうなるには数週間不眠不休で全力活動をする必要があるでしょうが。

素肌を撫でるように過ぎ去っていく春風は仄かな花の香りを含んでいて、先程まで感じていた不快感を抑えてくれます。

チートのお蔭で驚異的な速度で体力が回復していくので、既に鍛錬で消耗した分は全回復しています。

なので、このまま鍛錬を再開してもいいのですが、鍛錬の途中から扉の方から感じていた視線の主に声をかけるとしましょうか。

 

 

「用があるなら入ってきたらどうでしょうか‥‥佐久間さん」

 

「‥‥やっぱり、まゆに気づいていたんですね」

 

 

私が声をかけると扉を開けて佐久間 まゆさんが入ってきました。

武内Pの同期であり自身のプロデューサーである麻友(まゆう)Pに対して恋愛的感情を持ち、強い執着心と依存をしていると言われている彼女ですが、こうして会ってみると普通の女の子に見えます。

しかし、その彼女がどうして私をストーキングしている理由がわかりません。

 

 

「ええ、あのライブ以降度々私を尾行していたようですが、何か成果は得られましたか」

 

 

一向に距離を詰めてくる様子がないので現在まで放置していましたのですが、私の鍛錬を見てどん引きしている気配が感じられたので声をかけなければ大変な事になると第六感が告げています。

佐久間さんも言葉遣いこそ普段と変わらないものの、その表情は明らかに引きつっていますし。

私の行っている鍛錬が一般レベルからは隔絶していると言う自覚はありましたが、まさか見ただけで引かれるレベルとは思っていませんでしたよ。

特撮撮影の時は、周囲のスタッフに受けていたのでこれくらいなら大丈夫なのかと慢心した結果がこれですか。

もう、こうなってしまった以上どう取り繕ったところで焼け石に水にしかならないでしょう。

どうせこのまま引かれてしまうのなら、何も行動を起こさずに引かれるよりも何らかの行動を起こした事で引かれる方が精神衛生上ましです。

やや、自暴自棄になりつつありますが、もうどうにでもなれという感じですね。

 

 

「え、えと‥‥」

 

 

泳いでます。視線が私ではなくあらぬ方向へと泳いでいます。

 

 

「佐久間さん」

 

「す、すみません、悪気はなかったんです」

 

 

それは、それは綺麗な土下座でした。

無駄な動作の一切ない流れるようなプロセスは、途中で止めてしまうことが罪に思えてしまうぐらいです。

やめてください。怒ってませんよ。

私は、これくらいで怒るような乱暴な人じゃないですよ。七実さん、嘘つかない。

 

 

「頭を上げてください。別に見られたところで困るような生活をしているわけではありませんし」

 

 

ストーキングが開始されてからは、特撮撮影とかで忙しくてやらかす機会が無かったはずなので、無意識的にやらかしてなければ問題はないはずです。

輿水ちゃんや日野さんといったメンバーとの関係修復が好調な今、ここでその流れを断ち切ってしまえば次にそれが訪れるのがいつになるか皆目見当が付きません。

いつまでも頭を下げられていては、誰かに見られて更なる誤解を生みかねませんから、さっさと上げてもらいます。

 

 

「で、私を尾行していた理由は何でしょうか」

 

 

こういう時は、悩まず一直線です。

殆どの問題をチートで片付けてきた私が昼行灯を真似て策謀を巡らせるような小細工を弄しても、裏目に出る未来しか見えませんから。

色々と動揺が残っている内心を表に出さないように努めながら、優しい声色で尋ねます。

ここで怯えさせてしまったら、その時点でゲームオーバーですから大胆且つ慎重に事を進めなければ。

現実世界には、ギャルゲー等のようにセーブ&ロード機能なんて存在せず、チートにも時間概念に干渉はできませんから一発勝負です。

 

 

「あの‥‥実は、まゆ‥‥渡さんに頼みたいことがあって」

 

 

よし、成功しました。

後はここから頼り甲斐のあるお姉さん路線をアピールして、先程の鍛錬の悪い印象を払拭してしまいましょう。

しかし、ここでがっつき過ぎては引かれるだけでしょうから、飽くまで冷静沈着にです。

 

 

「用件を聞きましょうか」

 

「ま、まゆに、お料理を教えてください!」

 

 

そう言って、佐久間さんは再び無駄のない見事な土下座をしようとしました。

せっかくあげてもらったのに、これでは振り出しに戻ってしまいかねないので即行で頭を上げてもらって、どうして料理を教えて欲しいのか理由を聞きます。

読者モデルからアイドルになった佐久間さんですが、好いた相手には際限無く尽くそうとする性格で家事全般が得意と聞いた覚えがあるのですが。

雑誌でも恋する乙女の為のおかずとかいう企画に参加していて、審査をしたプロからもなかなかな好評をもらっていましたし。

確かに私が本気を出せばミシュランの星を複数取れる自信があるチート調理技能を有していますが、そこまでの技量が求められる状況なんて、早々ないと思うのですが。

佐久間さんから語られた理由は以下のようなものでした。

前回のライブで私が昼食として用意したサンドイッチが、どうやら麻友Pを虜にしてしまったようなのです。

佐久間さんも頑張って色々と作ってみたらしいのですが、私のサンドイッチを超えられず、悩みに悩んだ結果私に師事を仰ごうと思ったそうです。

しかし、今まで私がやらかしてしまったことでなかなか話しかけることが出来ず、タイミングを逸し続けた結果としてストーキングしているようになってしまったとの事でした。

 

もしかして、ですが無意識に完全にやらかしてますか、私。

いや、そんなつもりなんて気は更々無くて、士気高揚とこの機会に恩を売っておいて何かと便宜を図りやすいようにする切欠になればいいやくらいにしか思っていなかったんです。

胃袋を掴めば男は扱いやすくなるって母も言っていたので、なら好機かなと。

というか、私は一応アイドル部門で係長を務めている身なのですが、そんな相手にPへの愛を語るのは拙くありませんか。

私的には不純な交友をしたりしなければ、多少のおいたは目を瞑る所存ではありますが、それでも何処に目や耳があるかわからないのでもっと注意をして欲しいですね。

 

 

「胃袋を掴めば扱いやすいって、完全に好きな男性を落とす意味じゃないですか!」

 

「男は女の手料理という餌でお願いを聞いてくれるようになると言う意味では」

 

「違いますよぉ!!」

 

 

ちょっと涙目になった佐久間さんは輿水ちゃんとはまた違った嗜虐心を擽ります。

と脱線している場合ではありませんね。

男の胃袋を掴むという行為にそのような意味があるのなら、私は地雷原でタップダンスを踊るくらいの超危険行為をしたことになりませんか。

今回の被害者の個人的な交友、交際関係に亀裂が入ってしまった可能性すらあるわけですから。

 

 

「‥‥えと、本当(マジ)ですか」

 

「嘘だったら、まゆはこんなに必死になっていませんよぉ~~!!!」

 

「わぁお」

 

 

思わず頭を抱えたくなる衝動を何とか押さえ込み、崩壊寸前の威厳を保とうと空しい努力をします。

異性を落とす意図なんて欠片もなかったのですから、今更そんなこと言われても考慮しているわけないじゃないですか。

 

 

「普通に考えたらわかるでしょう!渡さんって、誰かを好きになったことないですか!」

 

「無いですよ」

 

「でしょうねぇ!!」

 

 

前世、今世両方において恋愛経験の一切無い三葉虫級の化石女にそんなことを解れと期待するのは酷というものでしょう。

佐久間さん、ライブの時はちょっと重い恋愛感を持つ可愛い系のアイドルだったのに、今では輿水ちゃん並のリアクション系アイドルになっていますね。

そうさせてしまっている主な元凶は私なんですが。

これ以上佐久間さんのキャラ崩壊を加速させてしまうと麻友P達に色々と言われてしまうでしょうから、自分の尻拭いくらいはちゃんとしましょう。

 

 

「えと、お料理ならいくらでも教えますから‥‥落ち着いてください」

 

「‥‥じゃあ、お願いしますね。師匠」

 

「はい、お任せあれ」

 

 

色々と混乱を残している私が打てる最善手は、料理を教えてあげることでした。

元々チートで修得した数々の技能を秘伝としているわけでなく、ただ勝手に私と比較してしまい諦めてしまう人間が多かっただけですし。

今現在でも私に並び立とうとしてくれているのは、きっと七花だけでしょうね。

さて、久々に弟子が出来た事ですし、七実さん張り切っちゃいますよ。

私のお料理教室は、果たして平和な雰囲気を保つことが出来るのでしょうか。恐らく無理でしょうけど。

 

 

 

 

 

 

料理指導の件を了承すると、佐久間さんはとても満足げにレッスンルームを去っていきました。

思わぬところで弟子が出来て、引かれずに済んで、私としては得るものが多かった邂逅となりましたね。

しかし、今回がたまたま上手くいっただけなので、慢心すると同じ過ちを繰り返すでしょうから日ごろから十分な注意を払う必要があるでしょう。

確保していたレッスンルームの使用時間を過ぎた為、いつもの事務員服に着替えた私は346プロ本社内を当てもなく彷徨っています。

武内Pと部下たちが共謀しており、私の愛機は使用できないようにされており、また部屋に入るだけで警戒されてしまうので何も出来ません。

シンデレラ・プロジェクトのプロジェクトルームに顔を出してみましょうか。

サポート役としてプロジェクトのメンバー達と交流を深めるのは重要な事ですし、武内Pは不器用ですから認識の相違とかが出ていないか把握する必要があるでしょう。

という大義名分がなければ行動できない私は、臆病者といわれても否定できません。

幸いここからプロジェクトルームは遠くありませんから、ちょっと急げば3分もあれば到着するでしょう。

周囲に人の目はないかを確認して、最短経路を走ってはいるわけでなく歩いているわけでもない凄い早歩きで移動します。

第三者が見たらかなり奇妙な光景に見えるかもしれませんが、いないことは確認済みなので問題はありません。

それなら駆け抜けてしまえばもっと早くつくのですが、先程の佐久間さんの引いた顔がチラついて出来ません。

ステルスといったチートも機械類には効果はありませんから、念には念を入れて行動します。

途中、他の職員の気配を感じ取ったため普通に歩いたりしましたが、おおよそ予定通りの3分少し手前でプロジェクトルームの前に到着しました。

数度ノックをして返事を待ちますが、部屋の中に人の気配はあるのに返事がないので扉を開き中に入ります。

 

 

「失礼します」

 

 

部屋の中に入っても人影はありませんし、返事はありませんでした。

誰もいないのかとも思いましたが、このチートが人の気配を捉え間違えるはずがありませんので、何処かに隠れているのでしょう。

反響定位を使用してプロジェクトルームの内を探るとソファの下に人を見つけました。

なるほど、彼女ならこの反応も納得できますね。

とりあえず、隠れている椅子の所まで移動し腰をおろします。

 

 

「居るなら、返事くらいはしてくださいね」

 

「‥‥やっぱり、ばれてたか」

 

 

鞄の中から黄金○を取り出し、それをソファの下に隠れていた双葉さんに差し出します。

黄○糖を受け取った双葉さんは、そのままのそのそと芋虫のように這い出してきて、私の隣に座りました。

眠そうに目を擦りながら黄金○を頬張る双葉さんは、外見だけ見ると赤城さん達と同い年くらいに見えますが、今年で17歳になる現役高校生です。

働いたら負けという文字が書かれたサイズを間違えたとしか思えない肩が少しはみ出るTシャツがトレードマークなのですが、その格好のまま通勤しているのだろうかと心配になります。

 

 

「他の皆さんは」

 

「さあ、休み以外の人はレッスンでもしてるんじゃないかな」

 

「そうですか」

 

 

折角、交流を深めると言う名目でメンバーの皆を愛でようと思っていたのに。

黄金○を口に含み舌で転がしながら、狂ってしまった予定をどうするか考えを巡らせるとしましょうか。

他に何も混ざっていない砂糖と水飴だけで作られており、純粋な糖分のやさしい甘味は時々無性に食べたくなる不思議な魅力があります。

仕事等で脳をフル稼働させた時の糖分補給にうってつけなので、私の鞄には常時ストックされています。

三村さんとかであれば、様々な味や見た目も可愛らしいもっと女子力の高そうな飴を持っているのでしょうが、女子力が女死力と化してしている私にそんなものを期待する人はいないでしょう。

さて、他のメンバーが居るであろうレッスンルームに向かってもいいのですが、きっとそうしたら指導してほしいといわれるでしょう。

ですが、先程まで自己レッスンという名の鍛錬をしていたため替えの下着は現在使用中です。

軽いレッスン程度であれば汗をかくことはないのですが、期待の視線に負けてついやらかしてしまう未来が見えます。

そうすると汗に塗れた下着か、痴女の如く下着無しで帰ることになるでしょう。

そんな未来だけは避けたいですね。

ですので、残念ですがレッスンルームに顔を出すことは諦めましょう。

 

 

「双葉さんは、レッスンをしないんですか」

 

「杏は、今日はいいかなぁ~~って」

 

「そうですか」

 

 

そういえば、こうして双葉さんと2人っきりになったのは初めてかもしれません。

いつもであれば前川さんやカリーニナさん達がいますし、双葉さんはあまり自ら行動を起こそうとするタイプではありませんから。

元々メンバー達と交流を深めるために来たのですから、この機会に色々と話してみるのもいいかもしれません。

双葉さんは独特な自分ルールに則って行動しますし、相手の内側に踏み込むことを極端に恐れる武内Pには少々荷が重いでしょうし。

 

 

「もう一個いかがです」

 

「いただきます」

 

 

どうしましょう。普段は誰かが作った話の流れに乗っかることが多いので、こういったときの無難な話題が思いつきません。

取引先やお得意様とのビジネストークだったら何とかなるのですが、双葉さんがそんな話に興味を持つとも思えませんし。

今時の女子高生は一体どんな話題が流行なんでしょうか、黒歴史を引きずっていた暗黒の高校生活を送っていた私には皆目検討が付きませんね。

ここは、やっぱりアイドル系の話題が王道と言えるでしょうか。

 

 

「双葉さんは、好きなアイドルっていますか」

 

「好きなアイドルか‥‥如月 千早みたいになったら印税多くて楽そうだなとは思うけど‥‥」

 

「双葉さんらしいですね」

 

 

歌でも、容姿でも、ダンスでもなく得られる印税が多そうかどうかで判断するというのは、新し過ぎます。

最初の自己紹介でアイドル印税生活を狙っていると宣言するくらいですから、きっとそういう部分には並々ならぬ拘りがあるのでしょう。

 

 

「というかさ、怒らないの?」

 

「怒るとは、どういうことでしょう」

 

 

別に双葉さんを怒るような事なかったと思うのですが。

居留守を使ったことに関しては、なるべくやめてくださいとお願いする程度で十分でしょうし、特にそれ以外で重大な事をやらかしたわけでもありません。

逆にどうしてそんなことを聞かれたのだろうかと疑問が浮かびます。

 

 

「ほら、杏だけレッスンに出てないしさ『他のメンバーがレッスンしているのに、どうしてここでサボっているんですか』とか」

 

「私って、そんな風に見えているんですか‥‥」

 

 

周りがやっているからやるというのは、とても日本人らしい行動原理だとは思いますが、それが日本人全員に当て嵌まるものだとは思っていません。

人間には自分のペースがありますから、それを崩す事を強要してまで周囲に合わせても綻びを生じて、崩壊してしまうだけでしょうから。

勿論、生きていれば周囲に合わせなければならないという時はありますが、双葉さんはデビューも決まっていない状態ですし、たかが一回のレッスンをサボったところであまり問題はないでしょう。

私は自身が仕事が出来るからといって、同じレベルの事を要求したことはありません。

新人教育の時は慣れてきた頃に出来る限界ギリギリの仕事を割り振ったりしたことはありますけど、それが出来なくても怒ったことはないです。

一体双葉さんの中で、私はどういう風に思われているのでしょうか。

 

 

「仕事が生きがいで、サボりや妥協を許さない生粋の仕事中毒(ワーカホリック)?」

 

「仕事中毒については否定はしませんが、そこまで厳しくありませんよ」

 

「みたいだね」

 

「それに私、アイドルデビューするまでは『定時の女王』とも言われてたんですよ」

 

 

今でこそ、セルフ残業をしたりしていますが、武内Pに勧誘されてアイドルデビューするまでは一部特殊な事情や飲み会などのイベントでない限りギリギリに出勤し、定時に帰る事からそう呼ばれていました。

入社したての頃は、それが面白くない上司に色々と嫌がらせされたものですが、チートを使ってそれら全てを真っ当な手段で返り討ちにしてやりましたよ。

 

 

「嘘だあ」

 

「これが本当なんですよ。自分でも結構驚きですが」

 

 

アイドルデビューする前の私が今の私を見たらなんて言うでしょうね。

どうやら、双葉さんは信じてはいないようです。確かに今の私しか知らないので仕方ないのでしょうが、改めて人間の第一印象で定着してしまったイメージというものの強さを感じます。

 

 

「何なら、武内Pに確認してもいいですよ。彼が嘘を言えるような人間ではないって事くらいはわかっているでしょう」

 

「まあね、あんなにドが付くほどの真面目な人なんて初めて見たよ」

 

「それでいて生き方が不器用という」

 

 

○金糖を口の中で転がしながら、私達は特に理由も無く笑います。

あまり積極的にコミュニケーションをとっていないようでしたので心配でしたが、何だかんだで見ている人はちゃんと武内Pの事を分かっていてくれるようです。

やはり双葉さんは周囲の人間のことをよく観察しているようですので、いつもの気怠げな一歩引いた立場からシンデレラ・プロジェクトの緩衝材的な役割を務めてくれるでしょう。

 

 

「私達、意外と気が合うのかもしれませんね」

 

「杏も意外だったよ」

 

 

2人でソファに凭れ掛かって、しばし笑い続けました。

何か可笑しいことを言ったわけではないのですが、どうしてか笑えてしまうのです。

一頻り笑ったところで呼吸を整え、小さくなってしまった黄金○を噛み砕きます。

 

 

「あやうく飴を喉に詰まらせるところだったよ」

 

「それで窒息死とか笑えませんよ」

 

 

アイドル候補生、本社内で飴を喉に詰まらせ窒息死。

そんな三面記事も飾れないようなくだらない事故で、大切なプロジェクトメンバーを失いたくなんてありませんから。

シンデレラ・プロジェクトの全員には己の個性を尊重したままで、それぞれがトップアイドルになってもらうのです。私が関わる以上、これは確定した未来にしてみせます。

 

 

「杏的には飴で死ぬなら本望かな」

 

「却下」

 

 

私にしては珍しくただのんびりとしているだけでしたが、双葉さんと交流を深める事もできましたし、たまにはこうするのも悪くないかもしれませんね。

禍を転じて福と為す、極楽蜻蛉、高談笑語

双葉さんと過ごしたこの時間は、平和そのものでした。

 

 

 

 

 

 

のんびりとした日の締めくくりには、自分を甘やかし尽くす為のこの1杯。

ということで、私は本日も妖精社に訪れています。

今日は基地祭も近付いていますので、瑞樹たちに習って飲み物はソフトドリンクにしました。

普通のものとは別の欄に表記されていた自家製ジンジャーエールを一口含み、一般的にペッドボトル販売されているものとは違う強い生姜の刺激と鼻を通り抜ける香りに頷きます。

やっぱりこれですよ。何がこれなのかといわれたら説明できませんが、とにかくそんな感じなのです。

しかし、辛みが過ぎた後ははちみつの甘味がやさしく舌を労わってくれ、ついつい何口でも飲みたくなってしまう味ですね。

そんな絶品ドリンクに合わせますは、炭酸の強い清涼飲料の最高のお友達フライドポテトと頼もしすぎる助っ人厚切りベーコンの二大巨頭です。

特に厚切りベーコンは熱された鉄板の上で焼かれ続け、聞いているだけで腹の虫を喚起させる焼色のハーモニーを奏でており、目の毒以外の何物でもありません。

まあ、今から食べるので、そうでもないのかも知れませんが。

 

 

「いただきます」

 

 

こんな見事なベーコンを前にして礼儀を欠いてしまっては、こうして私の前に現れるまでに関わったすべての人達に申し訳ありませんから、しっかりと手を合わせて言わせていただきます。

分厚い一枚板の様なベーコンには箸よりもナイフとフォークが似合うでしょう。

フォークで突き刺し、ナイフで食べる分だけ切り取ります。こうしなければ切った断面から次々と美味しさが凝縮されている肉汁が溢れ出してしまい、このベーコンを十二分に味わうことができません。

口に含みカリッと焼き上げられた表面を突破すれば、口の中に肉汁が溢れて咀嚼する度に肉らしい固さを残しつつも柔らかく、もう大満足です。

味付けもシンプルな塩と胡椒のみで、ベーコンの味を殺してしまわない絶妙な量しか使用されていません。

一応、マスタードやケチャップ、マヨネーズといった調味料は付いてきていますが、そんなものが無くともベーコンの裸一貫で勝負できるだけの高いポテンシャルを秘めています。

誰もいないので邪魔される事なくこのベーコンの旨味にだけ集中することが出来る。なんと、幸福な一時でしょうか。

ここに先程の自家製ジンジャーエールを流し込めば、生姜と炭酸が舌を鈍らせてしまう余分な油分を拭い去っていき、はちみつの甘味が次の一口へと後押ししてくれます。

 

 

「~~♪」

 

 

鼻唄を歌いながらもう一口いこうかとも考えましたが、ここはあえてフライドポテトというワンクッションをおきましょう。

炭水化物と油分と塩分の塊であるフライドポテトは、21時を過ぎようとしているこんな時間に食べてしまえば、一般人なら全てが贅肉に変わってしまう恐れのなる危険極まりない食べ物です。

しかし、そんな心配をする必要のないチートボディを持っている私は、遠慮せずに食べさせてもらいます。

一本ずつなんて小賢しい真似はしません。

ベーコンという豪快な一品を食べた後の私には、5,6本を纏めてというのがお似合いでしょう。

揚げた時の熱が残っているポテトはベーコンとは違い少しきつめに塩がされていて、それがポテトの甘味をよく引き出しています。

複数本を纏めて食べているため食べ応えも十分で、次々と手が進んでやめられない、とめられない状態ですね。

塩気が残ってくどくなってしまっても、ジンジャーエールを一口飲めば口の中はリセットされるのでいくらでもいけるでしょう。

 

ベーコン、ジンジャーエール、ポテトポテトポテト、ジンジャーエール、ベーコン+ポテト、ジンジャー

 

途切れる事のない食の連鎖反応に夢中になっているとあっという間に無くなってしまいました。

いつもであれば、ここで透かさずおかわりを頼むのですが、今日は自分を甘やかし尽くすと決めたので、ここはあえて甘味に移りましょう。

メニューを開き、即決し、顔馴染みとなりつつある店員さんに注文を伝え、届くまでの間期待に心を弾ませます。

 

 

♪~♪~~

 

 

食べることに夢中になって今更気が付いたのですが、現在店内にかかっているのは『今が前奏曲』ではありませんか。

宣伝イベントやラジオ等の仕事関係でなく、プライベートの時間にこうして流れているのを聞くのは初めてかもしれません。

聞き慣れた自分の声が歌うのを聞くのは、結構気恥ずかしいものがありますね。

私がいることを知っている常連方からは、この座敷席に視線が向けられているようですし。

これは早期撤退も視野に入れるべきかもしれません。

もっと食べたいと言う欲求はあるのですが、それよりも気恥ずかしさのほうが勝ります。わざとかけたのなら公開処刑なのかと店員さんに詰め寄る必要があるでしょう。

そんなことを考えていると注文していたものが届いたので、深く考えるのは食べてからにしましょうか。

 

初雪のように無垢な白さを持つバニラアイスと香り立つ深みのあるブラックコーヒーとの対比は、神崎さんあたりが見たら喜びそうですね。

深めの容器に入ったバニラアイスの上に、ゆっくりとそして少しずつ熱々のブラックコーヒーを掛けていきます。

コーヒーの熱でバニラアイスが溶け出し、白と黒が混ざりやさしいカフェオレ色になりました。

コーヒーアフォガード、本場イタリア風に言うのならAffogato(アッフォガート) al(アル) caffe(カッフェ)ですね。

バニラアイスとコーヒーさえあれば出来るので、お手軽に出来て尚且つ少しオシャレなデザートです。

コンビニのバニラアイスとインスタントコーヒーでもなかなかな味わいとなるので、事務員時代にはたまに買って帰って自分へのご褒美としていました。

食べる際の注意点としては、コーヒーは少しずつかけることくらいですね。

大量にかけてしまうとバニラアイスが一気に溶け出してしまい、ただのカフェオレと化してしまいますので。

スプーンでコーヒーの熱で少し溶けているバニラアイスの柔らかな表面を削り、下に溜まっているカフェオレと一緒に口に含みます。

最初に来るのは溶け出したバニラアイスによって程好い甘さが加わったコーヒーの苦味で、インスタントコーヒーには絶対出せない深みのある苦味と酸味のバランスと香ばしさが絶妙です。

続くように半分溶けかかっているバニラアイスの冷たさと甘味が、コーヒーの味を更に高めてくれて甘めの味が好きな人には堪らないでしょう。

先程まで食べていた野趣溢れる厚切りベーコンの豪快さとは打って変わって、非常に上品で優雅なアフォガードの味わいはのんびりとした今日の私を締めくくるに相応しい一品と言えるでしょう。

 

さて、そんな今の穏やかな気持ちを我が国のとある精神科医でもあり作家でもある人の言葉を借りるのなら。

『苦労から抜け出したいなら、肩の力を抜く事を覚えなさい』

 

 

 

 

当初は佐久間さんとマンツーマンの予定だった料理教室の話を私の相棒や他のアイドルたちもどこからか聞きつけて、想像を越える大所帯となるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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