チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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まだまだ前日譚が続きますが、CPキャラも出せるときには出したいと思います。

ところで、短編週間ランキング1位というのは現実なのでしょうか‥‥
未だに信じられません。


このアイドル達は、かしましくストレスになる。ただ、このアイドル達の飾らない姿はとても綺麗だ

どうも、私を見ているであろう皆様。

事務員アイドルとしてデビュー予定の神様転生系女オリ主、渡 七実です。もう3度目なので、長ったらしい挨拶は省略させていただきます。

今はそれどころではないくらい忙しいので。

 

 

「七実さま、飾り用の花が届きました!」

 

「チームδが空いてるはずですから、手分けして急いでお願いします。あと、七実さま言うな」

 

「了解しました!」

 

「七実さま、ガラスの靴が足りません!」

 

「予備がハイエースの3番に乗っているはずですから、アルバイトスタッフと一緒に取りに行ってください」

 

「はい、わかりました!七実さま!!」

 

「だから、七実さま言うな」

 

 

見ての通り、只今私は346プロ年末ライブのスタッフの陣頭指揮を取っています。

タブレット端末で他の部署から送られてくる進捗状況や情報を処理しながら、正しい意味での適当に手空きの人間に仕事を割り振ってと溜息をつく暇すらありません。

私はお手伝いに来たはずなのですが、いつの間にか指揮官のような役割をになう事になっていました。ちなみに、本当のこの区画のリーダーはさっき花が届いた事を知らせてくれた彼です。

『七実さま』という呼び方をしはじめたのも彼が最初です。『神さま、仏さま、七実さま』とのことですが、主や御釈迦様と同レベルで語るなんて信心深い人が聞いたら激怒する事間違い無しでしょう。

それにしても無駄に定着してしまいまいたが、どう落とし前をつけてもらいましょうか。

まあ、そんなことは後回しにして今は目の前の大仕事を片付けることに集中しましょう。

 

 

「こちら入口方面 渡。今西部長、聞こえますか」

 

 

インカムを操作し、こうなるであろうとわかった上で私をこの場所に応援に行かせたであろう昼行灯を呼び出します。

 

 

『こちら今西。聞こえているよ、渡君。

どうしたかね、何かトラブルでもあったかい?』

 

「いいえ。飾り付け用の資材は揃いましたが、販売用グッズの搬入が遅れています。確認を」

 

『判ったよ、少し待っていてくれたまえ』

 

「了解」

 

 

全くこんな大規模イベントを行うならもう少しアルバイトスタッフとかを増やして人海戦術で対応しませんか。

もう朝から殆ど休憩が取れない状態でみんな働いていますから、目に見えて作業効率が落ちています。

死の行軍(デスマーチ)慣れしている346プロ所属の精強なスタッフ達はまだまだ大丈夫そうなのですが、今日だけ参加のアルバイトの人達が限界寸前のようです。

全くこの程度の修羅場も潜り抜けられないようではこれから先苦労しますよ。

と言ったものの、アルバイトスタッフの大半が大学生や高校生といった学生で、休みなく働き続ける事が息をするくらいに当たり前になりつつある346プロスタッフ(わたしたち)と同じレベルを求めるのは酷というものでしょう。

 

 

『渡君、今西だよ。グッズに関しては急がせたからもう少しで到着すると思うよ』

 

「では、それに合わせて人員のほ『おっと、呼ばれているから失礼するよ。渡君も頑張って』

 

 

あの野郎切りやがった。っといけませんね、アイドルになろうとする人間が汚い言葉を使ってしまっては。

例え相手があの人を苛立たせる事に定評がある昼行灯だったとしても。

そうですね、今日の打ち上げは今西部長の奢りで焼肉にしましょう。それも食べ放題とかなんてけち臭いこといわずに御高く叙々○にでも。

 

 

「え、えと‥‥な、七実さ‥‥ま?」

 

「七実さま言うな。って、どうしました?」

 

 

振り向いた先にいたのはスタッフパーカーを着たかわいい系の高校生くらいの女の子でした。

アルバイトスタッフの1人なのでしょうか、2X歳の私なんかよりよっぽどアイドルデビューした方がよさそうな原石的な輝きを感じます。

手には先ほど指示したガラスの靴を持っていて、なんだか緊張して不安そうな面持ちですが何かあったのでしょうか。

 

 

「ああ、あのこのガラスの靴なんですが、どちらに持っていけばいいでしょうか!?」

 

「一緒に行ったスタッフは?」

 

「す、すみません!はぐれてしまって、それで‥‥」

 

 

今回のライブは大型でスタッフの人数も足りていないとはいえいつもより多いですから、こうなる可能性は十分にありました。

このような事態が起こった時の対策をきちんとしていなかった私の落ち度です。

泣きそうになりながら落ち込む少女の頭を撫でてやり落ち着いてもらいます。純粋な乙女の涙は男女の性差関係なく最強の矛ですから、それをこんなところで使ってしまうのは勿体無いですから。

 

 

「よく言ってくれました。失敗を認めて、ちゃんと対処しようとするのは偉いですよ」

 

「ふぇ‥‥えぇ、えと、ありが、とう‥‥ございます?」

 

 

タブレット端末でこの施設の見取り図を表示し、目的地までの最短ルートと幾つかの迂回路を素早く書き足します。

 

 

「現在地がこの位置で、目的地がここです。最短ルートはこの赤いルートですが、この辺は現在花等の飾り付けで混んでいる可能性がありますので、その際はこの緑で示した迂回路を使うといいでしょう」

 

「わかりました」

 

「時間の余裕はありますから急ぐ必要はありませんし、それは割れ物ですので慎重且つ確実に目的地まで届けてください。

判らない部分はありませんか?もし不安でしたら、スタッフを1人つけますが」

 

「大丈夫です。わたし、頑張りますね!」

 

 

今鳴いた烏がもう笑う、そんな諺がありますが、本当にこのくらいの子供達は感情に素直で無邪気に表情がコロコロ変わって可愛らしいですね。

社会に出て大人になると面の皮が厚くなって、感情を隠し偽る事ばかりうまくなってしまいますから。ただし、346プロ(うち)の25歳児を含む一部の人間は除く。

内面の優しさが現れた見ている人間も一緒に笑顔にしてしまう、そんな笑顔です。

 

 

「いい笑顔です。では、頑張ってください」

 

「ありがとうございました、七実さま!」

 

「七実さま言うな」

 

 

まったく人が褒めたというのにこれですよ。

少し小走り気味で去っていく少女の背中を見送った後、再び仕事に戻り各部署の進行状況を再確認し指示をしていきます。

いい笑顔のお蔭で気力メーターはMAXになりましたし、これならあと半日は不休で働けそうです。

 

島村 卯月

 

笑顔と一緒に目に入った名札に書かれていたその名前は、きっとチート能力なんてものを使わなくても私は忘れることはないでしょう。

彼女はアルバイトスタッフであるためこのライブが終われば、よほどの幸運や運命の悪戯がない限り二度と出会うことはないはずなのですが。何故でしょう、また逢える気がしてならないのです。

 

 

「七実さま!チームφ、全救護所の開設終わりました!」

 

「七実さま言うな。チームφは15分の休憩の後、チームδと共に入口等の装飾をお願いします。

休憩室にはスタドリが置いてあるので1人5本までで、この後の事も考えながら各自の判断で飲んでください」

 

「了解です!」

 

「七実さま!グッズ到着しました!!」

 

「だから、七実さま言うな。チームχ、販売所の開設は?」

 

「後5分いただければ完了します!七実さま!」

 

「ならチームの3分の1を搬入に回して並行して行ってください。あと、七実さま言うな」

 

 

人がいい気分に浸っているというのに、現実というのはどこまでも無粋ですね。

しかし、そんなこと言っていられる状況ではないというのも重々承知していますし、私もちょっと本気を出して頑張りましょうか。

本日のライブが平和に成功するよう、七実さま頑張ります。

 

 

 

 

人生というものは、いつもこんなはずじゃなかったという思いの繰り返しだ。

どこで間違えたのだろう、どうすれば良かったのだろう。誰もがそんな思いを大なり小なり抱えて日々を過ごし、自分の人生の答えを求め続ける。

その答えというものがいつ出るのか、そもそも答えというものがあるのかすらわからない。

しかし、私は思う。例え答えが出なくても、それを求めて進み続けようとする人間の意志というものは綺羅星のように美しく、また尊いものであると。

 

 

「‥‥私らしくもないですね」

 

 

身の丈ほどもある特殊なコーティングが施された大剣『草薙剣』を片手で振るい、次々と襲い掛かってくる害虫(てき)の腕を、脚を、首を断ち切ります。

5体、6体と人海戦術による絶え間ない多方向からの数の暴力。拳や蹴りといった原始的な攻撃ですがその1つ1つが直撃すれば私の命など容易く奪ってしまうでしょう。

ですが、人類の到達点である私にとってこの程度の攻撃など微風と同等のぬるいものでしかなく、かわし、去なし、受け止め、柄で殴り、斬り返し屍を積み上げます。

私の前に立ち塞がった時点で害虫達(やつら)の運命は最初から決まっていた、ただそれだけのことです。

圧倒的な戦いに知能があるのか疑わしい害虫達の足が止まりました。どうやら仲間の死や実力差を理解して恐怖という感情を覚える程度の頭はあるようですね。

これで害虫共は私を最優先で排除しようとしてくるでしょうが、それこそが私の目的でもあります。

 

 

「撤退まで、後どれくらいかかりそうですか?」

 

『ごめんなさい。急いで修理しているけど、まだまだ掛かりそうだわ』

 

 

瑞樹の言葉に思わず溜息をつきます。わかっていたはずですが、それでもこうして言葉にされると気落ちしてしまいます。

投石を剣で捌き、他のメンバーがいる後ろへは1つたりとも通しません。

近接攻撃が駄目とわかったら、次は遠距離攻撃ですか。あまりにも判り安すぎる行動パターンに苦笑しながら、少しずつ前へと進み害虫共との距離を詰めます。

 

 

「日野さんや城ヶ崎さんの治療は?」

 

『ちひろちゃんがやってくれてるわ。幸い傷は浅いから、戦線復帰は可能そうよ。

頼んだ私が言うのもなんだけど、本当に1人で大丈夫なの?何なら、私も出るわよ』

 

「必要ありません。私が、あんな害虫如きに遅れを取るわけがありませんよ」

 

『‥‥迷惑掛けるわ』

 

「今更の事でしょう」

 

『そうね。頼んだわよ、七実』

 

 

足を止め、大剣を肩に担ぎ一息つきます。疲れ等はありませんが、まだ百近くは居ますからちまちま削っていたら時間ばかり掛かって面倒ですね。

 

 

「纏めて来なさい。その方が良いですよ」

 

 

簡単に挑発に乗り飛び掛ってきた害虫を唐竹から一刀両断し、次の個体の脚を払いがら空きの胴に拳を叩き込む、頭を凪ぐように振り抜かれた2本の棍棒を避けてお返しに上半身と下半身を永遠にお別れさせる。

遅い。ただでさえ次の攻撃がわかるのに、害虫(てき)の攻撃は遅すぎて苛立ちすら覚えそうです。

剣を振るう度に害虫(てき)の身体の一部が宙を舞い、拳や蹴りを叩き込む度に堅い外皮が大きく陥没し、死を振りまいていく。

奴等の敗因はたった1つ、お前達は私を怒らせた。

 

 

「人型をしているんですから、せめて人のように祈ってみたらどうです?」

 

 

シニカルな笑みを浮かべながら剣を振り上げ、そして‥‥

 

 

「はい、カァ~~ット!いやぁ、渡さん名演だったよ!!

アイドルだらけの特撮を撮って欲しいなんて言われた時はふざけるなって思ったが、さすがは346さんだ。素晴らしい人材が揃ってて、羨ましいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

貴方の所為で、私はまた1つ黒歴史を生み出す事になりましたけどね。

しかし、監督相手にそんな気持ちを表に出すわけにはいかないので努めて明るい笑顔でお礼を言います。

年末ライブを無事に大盛況の中終え、内容も売り上げ等も大成功レベルの結果を収めた我が346プロアイドル部門は、現在年明けに放送される新春特番の中で放映予定の『アイドルだけの本格特撮をやってみた』の撮影の真っ最中です。

この特撮、ただでさえ普通のプロダクションなら採用される事のない色物企画だというのに、346プロではなく『仮面○イダー』シリーズとかで有名な監督にお願いしており。しかも放映予定時間も2時間越えという上層部は一体何を考えているんだと頭が痛くなる企画なのです。

 

流石にこの時期は室内でもタンクトップ1枚は辛いので上着を羽織りながら休憩スペースへと移動し、剣を近くに立て掛けパイプ椅子に腰掛け置いてある冷えたスポーツ飲料を半分程度飲み干し一息つきます。

最近新人アイドルらしくちひろと共にレッスンや新商品の広告等小さな仕事を少しずつ確実にこなしていっていたはずなのですが、どうしてこうなった。

なんですか、あの『わたしったら、最強ね!!』なキャラクターは。物語の進行上外せない、超重要なキャラの1人じゃないですか。

私のような新人アイドルにはシーン替りでやられているような端役をやらせて、こんな役なんて知名度が高く、外見だけならミステリアスなラスボスの風格を漂わせる内面25歳児に任せればいいものを。

勿論、最初から私がこんな役をやる予定は一切ありませんでしたが、私の人類の到達点たる至高のアスリートボディを見た監督の強すぎる後押しの所為でこうなりました。

346プロの上層部とも大いにもめたらしいですが、こちらがお願いして監督を務めていただいている以上折れざるを得なかったそうです。

そんな上層部の決定を新人アイドルの私が断れるはずもなく、現在黒歴史が進行形となっております。まあ、役を受ける代わりにちひろの出番も増やすという要求を通してもらいましたし、結果オーライと思いましょう。

 

 

「お疲れ様です、渡さん」

 

「おや、武内P。ちひろや瑞樹の様子は見に行かなくても?」

 

 

最初に渡された撮影進行表では、この後はちひろがメインとなる船内での救命活動と敵の別働隊が地下から侵入してきて襲われそうな十時さんや小日向さんを瑞樹と安部さんが颯爽と助けるシーンの2つでした。

せっかく自分がメインで活躍するのにちゃんと見てくれていなかったと知ったら、今夜も妖精社直行となり瑞樹や楓も着いて来てまた私の負担がマッハとなるでしょう。

最近では私のアパートに3人の着替えや化粧道具等の私物が増え、平均週3日のペースでうちに泊まっているので、そろそろ食費だけでなく生活費の徴収も検討しています。

そういえば最近楓が事務所で家電のカタログを読み漁っているのですが、嫌な予感がしてなりません。

この間も冷蔵庫が小さくてお酒が入らないと愚痴ってましたし。

 

 

「いえ、この後ちゃんと見に行きます。ですが、渡さんも私の担当アイドルですから」

 

「それは、律儀ですね」

 

「動きの大きなものが多い殺陣のシーンでしたが、大丈夫でしたか」

 

「ええ、あれくらいなら問題ありません」

 

 

1kg近くある大剣を片手で扱いながら、複数の敵役相手に5分に及ぶ殺陣を演じる。他のアイドル達ならかなり疲労するシーンでしょうが、私のスタミナなら本当に問題ありません。

枷も346プロのアイドルが勢揃いしているので、上手く発動しておらず身体も軽いですし。

 

 

「渡さんには、迷惑を掛けてばかりですね」

 

「はい?」

 

 

私がいつ武内Pに迷惑を掛けられたのでしょうか。

色々と記憶を漁ってみたのですが、特に思い当たる節はありません。言葉足らずな所はありますが、基本的な能力は高く優秀ですし、今回のちひろの件も上手くやってくれたのも彼です。

頭を悩ませていると武内Pは右手を首に回しました。どうやら、困っているみたいです。

 

 

「迷惑って、いつ掛けられました?」

 

「今回の撮影、本当でしたらあのような殺陣はCG等を使う予定でした。ですが、監督の希望で渡さんに演じていただく事になりました。

負担が大きくならないよう調整を行うのが私の仕事だというのに」

 

 

なんでしょう、この意図していないところで勝手に好感度が上がってしまい処理に困る現状は。

不器用すぎるでしょう。私が好きなようにやっていて、勝手に救われているなら感謝とかせずそのまま当然の利益として受け取ってもらった方が、こちらとしても気が楽なのですが。

こうなってしまったら、私が何を言っても自分を責め続けたりするのでしょう。

そっちの方が心労になるのですが、それを言ってしまったら更に落ち込むのが目に見えていますから言いませんけど。全く、どうして私がこんな思いをしなければならないのでしょうか。

 

 

「調整が仕事なら、1つだけ我が儘を言っていいですか?」

 

「はい!勿論です!」

 

 

うわ、凄い食いつきですね。それだけ、私に対して負い目を感じていたのでしょうか。

『何でも言ってください、絶対叶えてみせます』というのが、言葉として発せられなくても伝わってきます。

我慢していたけど飼い主が遊んでくれる事になって、全身で喜びを表現する大型犬ですね。

 

 

「私とちひろの本格デビューをできる限り遅らせてください。最低1ヶ月くらい」

 

「‥‥わかりました」

 

「おや、理由を聞かないんですか?」

 

 

色物企画とはいえ、準主役級の活躍をしたからには私の知名度は評判の善し悪しは別として、現在よりも高くなるのは確実でしょう。大きな波が来れば波に乗るのがこの業界の基本みたいなものですから色々問い質されることも覚悟していたのですが。

私としてもデビューがしたくないわけではないので、ちゃんとした理由はあります。

それを語るかどうかは別ですが。

 

 

「渡さんが何も考えずそのような発言をするとは思えませんので」

 

 

私という存在は、私が思う以上に周囲に信頼されているようです。

 

 

「そうですか。では、無茶を言うようですがお願いしますね」

 

「はい、お任せください」

 

「上手くいったら、また妖精社にでも行きましょうか」

 

 

無茶を通してもらう以上、労いは必要でしょう。

最初は最近ブロック状の栄養調整食品で食事を済ませているので、見稽古で勝手に収集されたプロ級の料理技能を駆使したお弁当でも作ってあげようかと思いました。しかし、それをすると面倒くさい事になる未来が見えたので、いつも通りの妖精社にします。

 

 

「楽しみにしています。では、私は皆さんの様子を見てきますので、これで失礼します」

 

「はいはい、頑張ってください」

 

 

武内Pは休憩スペースを去り、撮影現場へと戻っていきます。

しかし、久しぶりに笑顔を見ました。元々笑わないタイプだったのですが、車輪と化してからは一度も見た覚えがなかったので半年振りくらいですね。

ちひろに言ったら、絶対に絡まれるでしょうから黙っておきましょう。

自由に食べられるように置いてあるお菓子の中から醤油せんべいを手に取ります。

 

 

「おせんべい食べたら、デビュー()()()()()♪」

 

 

いつもの事ではありますが、その極寒レベルの駄洒落はやめたほうがいいと思いますよ。

武内Pと入れ替わるようにやってきたはずなのに、一体どこで聞き耳を立てていたのやら。まあ、知っていましたけど。

 

 

「楓、寒い。センス無い。行儀悪いですよ」

 

「つれないですね」

 

「そうさせたのは誰ですか?」

 

「私も妖精社につれてってくださいね」

 

 

露骨に話題を変えてきましたね。まあ、構いませんけど。

というか、どうせ今日もお疲れ様会とかいって妖精社で飲むつもりでしょう。そして、いつも通り介抱とかを私に丸投げしてお泊りコースですね。

こんな事もあろうかと、明日の朝食用の食材は4~5人分ほど用意しておきましたから問題ありません。

私の隣にパイプ椅子を持ってきて、チョコレートを食べだします。いたく気に入ったのか、同じ種類のものを何個も何個も。

 

 

「言っておきますけど、奢りませんからね」

 

「えぇ~~」

 

「何と言っても奢らないといったら、奢りませんよ」

 

 

この25歳児は奢りとなると次々とお酒を頼み高確率で酔い潰れます。

一応遠慮しているのか高いお酒とかは頼まないのですが、ちひろ並の絡み酒かつ幼児退行気味になり飲むと一番厄介なタイプです。

ベッドを占領して梃子でも動かないくせに、夜中トイレに行った帰りに私が寝ている布団に潜り込んで人の事を好き勝手抱き枕にして満足そうに寝たりと好き勝手してくれやがりました。

だから、私は楓に飲ませすぎないようにしています。

 

 

「お酒の席のことには、おな()()を‥‥ふふっ」

 

「‥‥誰ですか、このお菓子入れの中にウイスキーボンボンを入れたのは」

 

 

どうりで楓が何個も何個も食べ始めるわけですよ。食べ始める前の様子から楓ではないようですから、瑞樹あたりでしょうか。

とりあえず食べようとする手を止めさせます。仕事中なので酔うほどの量は食べたりしないでしょうが、それでもお酒の匂いをさせながら撮影に入るわけには行きません。

 

 

「七実さん、もう一個だけ」

 

「駄目です。楓のシーンも近いんですから、さっさと歯を磨いてきなさい」

 

「どうしても、ダメですか?」

 

 

子供のような小首をかしげる動作が嫌に似合っています。幼さの中に妖しい魅力を兼ね備えた仕種であり、これが私ではなく他のスタッフとかであれば許してしまうでしょう。

ですが、私にはそんなのは通用しません。

 

 

「自主的にやるのと、強制でやられるの。選ばせてあげます」

 

「‥‥歯を磨いてきます」

 

「よろしい」

 

 

鞄の中から予備の歯磨きセットを取り出して渡すと楓はとぼとぼと洗面台を探しに行きます。

 

 

「七実さん」

 

「なんですか」

 

「‥‥優しさだけでは、駄目ですよ」

 

 

最後にそう言い残して休憩スペースを去っていきました。

どうして、この25歳児はこういう時の勘だけはいいのでしょうか。

これを他に回してくれれば私も色々と楽ができるのですが、無理な話というものでしょう。

言いふらしたりすることはないでしょうが、楓が気がつくなら瑞樹にもいつか察するでしょうし、あのちひろがわからない筈がありません。その時にちひろはどんな反応するでしょうか。

気がつくまでにいくらか時間が掛かるでしょうから、その間に色々と考えて今後を決めましょう。

とりあえずは、この後の黒歴史量産確定の撮影を頑張ります。

 

禍福は糾える縄の如し、前途遼遠、全力投球

私の黒歴史は増え続けますけど、そこそこ平和ですかね。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~い、では撮影が無事終わった事を祝してぇ‥‥カンパァ~~イ♪」

 

「「「乾杯!」」」「‥‥乾杯」

 

 

今日も今日とて、妖精社。瑞樹の音頭で私達5人はビールを注がれたジョッキを打ち合わせます。

いつも通り特大ジョッキに並々と注がれたビールを一気に飲み干し、1人だけテンションが低かった新メンバーの様子を窺います。

 

 

「ええと‥‥どうして、私も呼ばれてるんでしょうか?」

 

 

ウサミミつきのパーカーがトレードマークな実年齢と外見年齢が一致しない、住所ウサミン星の永遠の17歳の安部菜々さん(2Y歳)である。

私達が勝手にやる撮影終わりの打ち上げ二次会に、この酔っ払い達によって強制連行されたのだ。

乾杯はしたものの、手に持った特大ジョッキと私達の間で視線を交互させている。

 

 

「なあに菜々ちゃん。私達とのお酒が飲めないって言うの?」

 

「まあまあ、瑞樹さん。菜々さんも緊張してるんじゃないですか」

 

「すみませ~ん、この焼き鳥の盛り合わせ3つと焼酎の麦をボトルで」

 

 

私にとっては、もう慣れてしまったいつも通りの頭が痛くなりそうな自由過ぎる3人の姿ではあるが、初めての安部さんには魔女の大鍋の様な光景でしょう。

永遠の17歳と名乗っており、一次会でもアルコール類を一切飲んでいなかったようですし、素面でこのメンバーに混ざるのはいくらウサミン星人でも難しい筈です。

寧ろ混ざれたら、敬遠してしまうでしょう。

 

 

「な、菜々は17歳で「入社時の履歴書を公か」なぁ~~んて、うそぴょ~~ん!」

 

 

ちひろのえげつない脅しに屈したウサミン星人は特大ジョッキを一気に飲み干し、酔っ払いへとジョブチェンジしました。

半分涙目ですが、このメンバーに目をつけられた事以上諦めてください。それが、先人である私が言えるただ一つのアドバイスです。

 

 

「しかし、今回は七実さん無双でしたね!」

 

「わかるわ。私達もそれなりに訓練したけど、1人だけ別次元だったもの」

 

「あっ、それ菜々も思いました。というか、凄い筋肉にみんな驚いてました」

 

 

ですよね。監督からの指示でタンクトップ1枚になった時の周りのアイドル達の反応が若干引き気味でしたし。

年少組の方なんて怯えて泣きそうでした。

あの無双状態の戦闘シーンの後なんて、年少組だけでなく未成年組の殆どが私に対して距離をとっていましたから。

でも、打ち上げ一次会では向こうから積極的に話しかけてきてくれたので、優しい対応を心掛けて接したのでプラスマイナスゼロにはなったでしょう。

自分から話しかけにいかなかったのか、と思われるかもしれませんが、そのときの私は黒歴史が世間へと公開されることに対して悶えていました。

 

 

「‥‥焼き鳥、まだかな」

 

 

相変わらず楓はマイペースですね。

盛り合わせを3つも頼んだのだから当分時間が掛かると思いますよ。

 

 

「女性としては、あまり嬉しくないですね」

 

「ええぇ~、カッコイイと思いますよ」

 

 

その格好いいはアイドル的なものではなく、スポーツ選手やアスリートの鍛え抜かれた姿に対するものでしょう。

昨今のアイドルは恐るべき程に多様化が進んでいますから、需要が全くないわけではないでしょうが、私と楓が並んで50人の一般人に選んでもらったなら人数比は1:49くらいになるでしょうね。

私自身、この身体を恥じている訳ではないので気にはしていませんが、女性的な体付きに憧れないわけではありません。

 

 

「あの腕で腕枕とかされたら‥‥ヤバそうですね」

 

「菜々ちゃんわかってるわね。逞しい腕での腕枕って、乙女の夢よねぇ」

 

「‥‥固くて、寝にくかったですよ」

 

「えっ、楓さん。七実さんの腕枕で寝た事あるんですか?」

 

 

勝手に人の寝床に潜り込んで、枕にしたくせに酷い言われようです。

まあ、私の腕は女性的なやわらかさではなく柔軟性の高い筋肉の弾力によるものですから、枕的な役割は到底こなせるものではないでしょう。

夢は夢という幻想の中にあるから美しいという、なんとも残酷な現実ですね。

 

 

「まだよ、まだわからないわ!七実、今日は私に腕枕しなさい!」

 

「お断りです」

 

「拒否権なんてないわよ」

 

 

これ乙女モード入ってますね。面倒くさい。

女性はいつまで経っても乙女心を失うべきでないという精神は素晴らしいと思いますが、私とほぼ年齢が変わらないのですからもう少し慎みとか持ったほうがいいと思いますよ。

酔っ払いに言っても無駄だとはわかっていますし、実際に言ったら瑞樹が泣くでしょうから言いませんけど。

 

とりあえず届いた焼き鳥でも食べましょう。

まずは、ねぎ間といいたいところですが、今日は皮にしましょう。

生の鳥皮はぶよぶよしていてあんなに気持ち悪いのに、どうしてたれを付けて炭火でじっくり焼いてやるとこんなに美味に変わるのでしょうか。

炭火で付いた焦げ目のカリッとした食感と少しだけ残っている脂とたれの味が絡み合って、何個も欲しいとは思いませんが、時々無性に食べたくなる味です。

人によってはこれを肴にお酒を飲んだりするのでしょうが、一切酔うことがない私にとって焼き鳥にはお酒よりもご飯でしょう。

少しはしたない食べ方ですが、焼き鳥にたっぷりとたれを絡めてその余剰分のたれをご飯の上にぬるという食べ方が好きです。

たれで口が重くなってしまったらざるに山盛りにされた乱切りキャベツを1枚、お好みでマヨネーズや塩コショウに付けたりしますが私はそのままで食べます。

適度に焼酎とかを挟みながら、しばしの食事タイムを楽しむ事にしましょう。

 

 

「でも、今回の撮影はきつかったですよねぇ。菜々は体力1時間しか持たないのに‥‥」

 

「菜々ちゃん、もっと体力をつけたほうがいいわよ。ライブとかでトラブルが起きると30分近く出っ放しとか良くあるから、後半ばててたら締まらないでしょ」

 

「ですよねぇ‥‥頑張ってるんですけど、この歳になるとなかなかつかないんですよね」

 

 

このメンバーの中でも年長組みに属する2人の体力の衰えについての話が耳に入る。

私の場合は見稽古によるチートで、24時間不眠不休で働き続けても切れることのない強走状態並の無限スタミナなのでいまいち共感できません。

でも、アイドルの仕事は歌やダンスといった技術力やルックスといった資質も重要ですが、最終的に必要となってくるのは体力です。

ライブになると数分間全力で歌って踊るのを何度も、場合によっては連続で行う必要がある為、最後までパフォーマンスレベルを落とさない体力が必要となります。

事務所によってはアイドルの負担を軽減するために歌の部分は音源を使い、口ぱくでライブをするグループも居ました。ですが、346プロはそんなことを一切許さないので、アイドル達は一般人であれば1回で疲労困憊となるステージを自力でこなすだけの体力がなければなりません。

 

 

「七実さんは体力お化けですから、羨ましいです」

 

「誰がお化けですか、誰が」

 

「ひひゃいれすひょ~~(痛いですよぉ~~)」

 

 

人の事をお化け呼ばわりするちひろの頬を引き伸ばします。

子供のような柔らかい肌と弾力を持っているちひろのほおは病みつきになりそうなくらいの楽しさがありました。

 

 

「ちひろさんも大変ですけど、頑張ってくださいね」

 

「ひょんはほとひってふぁいへ、ふぁふへへふはふぁい~~(そんなこと言ってないで、助けてください~~)」

 

「ひっぱられたほっぺは、()()ぷっ()()‥‥ふふっ」

 

 

今の楓の反応的にまた何か寒い駄洒落でも言ったようです。

私達のような気心知れた仲間内なら構わないのですが、他では自重しましょう。特に後輩や年下アイドル達が反応に困って居た堪れない空気になるので。

ほら、ウサミン星人もこれには苦笑い。

 

 

「えと‥‥これ笑うところですか?」

 

「気にしなくていいわよ。楓は笑いをとるために言ってるわけじゃないから」

 

「いたた‥‥そうですね。楓さんの駄洒落は自己完結していますから」

 

「‥‥みんな、素っ気無い」

 

 

なら、普段の自分の行動を思い返すことをオススメしますよ。

 

 

「私だって、いつも駄洒落ばっかり言ってるわけじゃないですよ?」

 

「ダウト」「ダウトです」「ダウトね」「ええと‥‥ダウト?」

 

「‥‥いいもん、今度の温泉ロケで慰めてもらうもん。プロデューサーさんに」

 

「‥‥え?」

 

 

あ、ツァーリボンバが落ちた。

というか、楓も武内P狙いだったとは知りませんでした。

外見はプロデューサーというよりその筋の人間みたいな厳つさがありますが、内面は不器用ですが何事にも真剣で謹厳実直な性格をしていますから、一度内側に入ってしまえば惚れる人間が居てもおかしくないとは思っていましたけど。

 

 

「何ですか、それ!?何で武内君が楓さんと温泉ロケに!」

 

 

流石というか、何というかものすごい食いつきで反応しましたね。

楓は温泉好きですし前から温泉ロケをやりたいと希望を出していましたから、武内Pが頑張って仕事を取ってきただけなのでしょうが。

最近は事務にレッスンと忙しくて馬鹿ップルらしいことを出来なくて無自覚でしょうが不満が溜まっていたちひろには、それでも十分な火種だったようです。

面倒くさい事になるからちひろにばれないように隠して私が処理していたのに、これで御破算となりました。というか、やらかしました。

 

 

「前から約束してたから?」

 

「や、約束ぅ!」

 

 

酔いのせいで思考能力が低下しているせいなのか、それとも楓の言い方が悪いのか、ちひろの感情のボルテージが上がっていきます。

このまま爆発するのは不味いでしょうから、とりあえず少し宥めておきますか。

楓の気持ちも知らずに隠していた私にも責任の一端はあるでしょうから。

 

 

「ちひろ、他のお客さんも居るから落ちつ「七実さんは、黙っててください!」‥‥はい」

 

 

私、もう知~らない。

 

 

「何々、修羅場?修羅場なのかしら?」

 

「1人の男を2人の友達同士の女が取り合う‥‥恋慕と友情の間で揺れ動く心って、いいですよね」

 

「わかってるわね、菜々ちゃん!『友達だから裏切れない、でも好き』っていいわよね!」

 

 

こっちはこっちで謎な乙女トークを始めましたし。

傍から見ているからそんな風に楽しめますけど、十中八九巻き込まれて面倒くさい事になるんですから、楽しめるのも今のうちだけですよ。

終いには砂糖を吐くだけの機械になりかけますし。

 

 

「すみません、ペルツォフカとサーロ、ペリメニ、後ボルシチください」

 

 

もう自棄です。

好きなように飲み食いして、好き勝手に振舞うことにします。

今日のような雪が降る12月の寒い天気には、日本より数段寒いロシアのウォッカと料理が良く合うでしょう。

 

 

「ずるいです!私も武内君と温泉に行きたいです!」

 

「お土産話は期待してくださいね。温泉のロケだけに、()()()話を」

 

「負けません!負けないもん!」

 

「若いっていいわねぇ」

 

「ですねぇ、菜々にはもう無理ですもん」

 

 

とりあえず、ちひろと楓の関係に亀裂は入りそうな感じがないので安心しました。

武内Pを巡るよきライバル関係あたりに落ち着くでしょう。場合によっては武力介入も必要かと危惧していましたから。

年長組は、そろそろ自重という言葉を覚えましょうか。

私は溜息をつきながら、届いたロシア料理とウォッカを食べることにします。

今の遣る瀬無いような複雑な気持ちを、昔見た缶コーヒーのCMに出ていた宇宙人風に述べるなら

『このアイドル達は、かしましくストレスになる。ただ、このアイドル達の飾らない姿はとても綺麗だ』

 

 

 

 

その後、無事公開された『アイドルだけの本格特撮をやってみた』はアイドルが傷つくシーンで賛否両論あったものの概ね好評でした。

ただ、新人の癖に無駄に目立つ戦闘シーンが与えられた私は某掲示板サイトにて『地上最強の生物』『ベルセルク』『人類の到達点』『左手に銃を仕込んでいそうなアイドル』『事務員アイドルの最強な方』等という数々の渾名が付きましたけど。

その他にもちひろが本気を出して楓の温泉ロケに無理やり割り込んだり、うちに置かれる私物の数が一人分増えたりしましたけど、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後も、不定期短編連載としていきますがよろしくお願いします。


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