チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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次回は、基地祭の予定です。
オリジナルばかり続き、アニメの流れに全く戻れていませんがご了承ください。


窮境の中でこそ、潔い態度を

どうも、私を見ているであろう皆様。

色々と複雑な経緯がありましたが最近弟子ができました。

弟子を持つのは久しぶりなので、色々と感情が溢れ出してしまいましたが大丈夫でしょう。

佐久間さんの弟子入りの翌日に、早速第一回の料理教室を昼行灯に手を回してもらって確保した346のキッチンスペースで開きました。

昼行灯に借りを作ることはあまりしたくはなかったのですが、弟子の為ですから背に腹はかえられません。

しかし、何処から聞きつけたのかちひろ達が参加するとは思いませんでした。

ちひろ曰く『七実さんが、武内君を餌付けするから下手なものが出せないんです!』と八つ当たり気味な言葉をぶつけられましたが、自己責任と思い受け止めました。

確かに346プロに所属する男性の中で私の手料理を一番食べているのは武内Pでしょうから。

最初は遠慮がちだった武内Pも、最近では普通に受け取って感想を言ってくれるので、きっと差し入れを持ってきてくれる頼れる先輩くらいにしか思っていないでしょう。

そのお蔭で、武内Pの味の好みは大方把握できました。

顔に似合わず、意外と子供っぽい味付けが好みなのはちょっと驚きましたが、でもちひろ達から言わせればそのギャップが母性本能を擽るのでしょうね。

いつもの如く、現状に戻りましょう。

私は今レッスンルームにいるのですが、正直どうしようか悩んでいました。

 

 

「前川‥‥本番が近いからといって焦る気持ちがあるのはわかるが、このままだと身体が持たんぞ」

 

「いえ、まだいけます!」

 

 

今回の基地祭で私達のバックダンサーをシンデレラ・プロジェクトのメンバーから何名選出する事になり、見事その権利を勝ち取った前川さんはふらふらになりながらもレッスンを続けようとします。

自主的に聖さんにステップの確認をしてもらっていたのですが、溜まった疲労により動きの精彩が欠けていますね。

オーバーワークを懸念した聖さんの制止の言葉も届いていないようですし、ここは私が止めに入るべきでしょうか。

私の言葉なら届いてくれるかもしれませんが、あまり私が出張ってばかりでは問題でしょうし、聖さんもそれくらいは考えているでしょうからいつも通り静観させてもらいましょう。

 

 

「まったく、カリーニナ、その我が侭娘を引きずってでも休ませろ」

 

はい(ダー)

 

 

先に休憩に入っていたカリーニナさんが、前川さんを羽交い絞めにしてレッスンルーム端へと引きずっていきます。

前川さんも羽交い絞めを振りほどこうとしますが、体力的にも限界寸前な状態で、コマンドサンボを修めており一般的な同年齢よりもしっかりとした身体つきをしているカリーニナさんに勝てるわけがありませんでした。

 

 

「アーニャ、放して!私は、まだいけるから!」

 

ダメ(ニリジャー)!』「ミクはオーバーワーク。倒れたら悲しいです」

 

 

カリーニナさんが前川さんを風の入る窓際に座らせると神崎さんと緒方さんが飲み物とタオルを持って駆けつけます。

アイドル用の寮に住んでいるこの4人は、度々各自の部屋でお泊り会をしたり、一緒にご飯を食べに行ったりと仲が良く、シンデレラ・プロジェクト内でもトップクラスの団結力があります。

それ故、今回の基地祭のバックダンサーとしてこの4人が選出されたのでしょう。

やはり同じ窯の飯を食い、一つ屋根の下で暮らしていると関係も深まりやすいのでしょうか。

ならば、今度何処かの民宿でも貸し切ってシンデレラ・プロジェクト全員でのお泊り会を開いてみたらいいかもしれません。

後で、その旨を纏めた企画書を武内Pに提出しておきましょう。

 

 

「同胞よ。生命のしず‥‥みくちゃん、休まないとダメだよ」

 

「でも、でもでもでもっ!」

 

 

スポーツドリンクを差し出しながら、珍しく神崎さんが厨二言語ではなく素の言葉で語りかけます。

ですが、それでも前川さんは止まろうとしません。

最近、何か急いでいるような兆候があると武内Pからは聞いていましたが、あまりよろしくないかも知れませんね。

後から加入したはずの島村さん達が先に初舞台を経験し、ようやく自分で掴んだこのチャンスを無駄にしたくない強い思いは十分に理解できます。

ですが、今みたいに自分の状態を省みずに、周囲に心配をかけるのはよろしくありません。

 

 

「めっ!」

 

「わぷ‥‥ち、智絵理ちゃん!?」

 

 

引っ込み思案な緒方さんが、大量に流れる汗をタオルで拭いてあげながら前川さんを叱ります。

いつものとは少し違う様子に前川さんも気圧されたようで、動きを止めました。

 

 

「みくちゃん‥‥みくちゃんが、がんばろうって思う気持ちは大事だよ?

でも、無理はしたらダメ。わかった?」

 

「‥‥」

 

「わかった?」

 

「‥‥はい」

 

 

緒方さんの謎の気迫に推されて、前川さんの意志はついに折れ、抵抗をやめて神崎さんの渡すスポーツドリンクを飲みながら休憩を取り始めます。

まさか、あの緒方さんがあそこまで強気に出るとは誰が想像していたでしょうか。

一緒にいたカリーニナさんや神崎さんも驚いている様子から、恐らく仲の良い3人もあのような姿ははじめて見たに違いありません。

あの4人の中では最年長ですからお姉さんとして、自分がしっかりしなければという思いがあったのでしょう。

緊張しやすくて、流されやすい所もあるかもしれませんが、ちゃんと大切な事や譲ってはいけない部分はわかっていて、きっとアイドルとして場数を踏めば大きく化けるタイプかもしれませんね。

 

 

「‥‥ねえ、もう休憩したからレ「「「ダメ」」」‥‥はぁ~~い」

 

 

休んでいるのが落ち着かないのか、うずうずとしている前川さんがレッスンに戻りたそうにしていますが、周りを囲む3人に却下され溜息をつきます。

私もちひろ達や武内Pによって同じような状態にされたことが多々ありますから、今の前川さんの気持ちはよくわかります。

ですが、前川さんは私のようなチートボディを持っていませんから、無理をすればそれだけ身体に負担が溜まってしまうので休息を取ることは大切でしょう。

自分はいけると過信しすぎて、ステージ寸前で倒れてしまって医務室の枕を涙で濡らしたアイドル達を何人もみました。

その失敗の経験で、一時ステージ恐怖症みたくなった子もいますし、限界を超えた無理をしてもいいことは一切ありません。

実家や1人暮らししているアイドルであれば、帰った後での自主練習によるオーバーワークに気を払う必要がありますが、前川さんの場合寮住まいですし、この3人がいるから大丈夫でしょうね。

さて、そろそろ壁の花状態をやめましょうか。

入ってきた時がレッスン中だったので、気を使わせては悪いと思って使用していたステルスを解除します。

 

 

「‥‥渡、その出て来方はやめろといっているだろう。心臓に悪い」

 

「いや、なかなか入りにくい状況でしたので」

 

 

実際扉を空けた瞬間に険悪な雰囲気が感じられたら誰だって隠れたくなるものでしょう。

それに、私がいたら頼られてしまう可能性がありましたし、選択肢としては概ね間違ってはいなかったと思います。

 

 

師範(ニンジャマスター)!」

 

女教皇(プリエステス)!」

 

 

ただし、この2人を大いに喜ばせてしまったことを除けば。

ああ、これで更に忍者(そんなもの)ではないと否定しても否定しきれない要素を作ってしまいました。

確かに私がこれまでに見稽古してきたスキルの中にはそれに近しいようなものも存在していますが、忍者なんて存在は世紀末を超えた現代日本においては無くなっています。

もし忍者がいるとするのなら、決して日の目を見ることが無い影に生きるであろう存在である彼らがアイドルなんかやって目立っては本末転倒と言わざるを得ないでしょう。

 

 

「まあいい。ここに来たのは後輩視察か?」

 

「そうですね。どれ程の仕上がりか気になってはいました」

 

「で、実際に見たお前の評価はどうだ」

 

 

格好をつけるために後輩の視察という言葉を肯定してしまいましたが、正直に言うならただ4人の姿を愛でに来ただけなのです。

なのに、どうしてこうなった。

全く自慢にはならないですが、私は人を評価することは得意ではありません。

誰にも言わずに自分の中だけで下す評価なら何ら問題はないのですが、それを誰かに伝えるのは無理ですね。

評価というものは自己の尺度を基準として下されるものでありますが、チートを持って転生した私の尺度がいったいどれだけ世間一般とズレているのかわからないからです。

ここは奮起させる為に辛口で行くべきなのでしょうか、それとも士気高揚の為に甘口でいくべきなのでしょうか。

 

 

「「「「‥‥」」」」

 

 

ほら、評価なんて言うから和やかなムードになりつつあった4人の顔が極度の緊張で強張っています。

先程は前川さんに対して、あれだけ強気に出ていた緒方さんなんて緊張で今にも倒れてしまいそうですし。

そんなに気にしなくていいですよ。新人なんて最初のうちに数多くの失敗をして、それを糧に這い上がっていけばいいんですから。

今ではトップアイドルの仲間入りを果たしている楓ですら、新人時代は色々とやらかしていましたから。

舞台への緊張を紛らわそうとしてお酒を飲み出したら深酒をしてしまい、二日酔い状態で舞台に上がって散々なパフォーマンスで関係者各位に謝罪して回った事もあったそうですし。

それでお酒に懲りていてくれれば、今みたいに25歳児とか呼ばれたりすることはなかったのかもしれませんが、お酒を諦める楓なんて想像できませんし無理な話でしょう。

 

 

「いくつか気になる部分はありましたが、及第点には十分達しているかと思いますよ」

 

「だそうだ。良かったな、お前達」

 

「「「「やった~~~!!」」」」

 

 

少なくとも並のEランクアイドルでは敵わないくらいの実力はあると判断できましたから、甘口ですがこれくらいは言ってもいいでしょう。

それぞれ課題は多そうですが、聖さん達なら本番までにそれを殆ど目立たないくらいに仕上げてくれるでしょうから、後は本番の雰囲気に飲まれなければ問題ないでしょう。

まあ、問題が起きたとしても高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して私が何とかして見せます。

 

 

「七実さまのお墨付きだよ、みんな!」

 

はい(ダー)!』「みんな、合格です!」

 

「我らの共鳴をもってすれば、当然の事!(私達なら、できると思ってたもん!)」

 

「よ、よかったぁ‥‥き、緊張して、倒れるかと思った‥‥」

 

 

それに、私の言葉1つでこんなに素晴らしい笑顔を浮かべてくれるのなら、甘いと言われても十二分な価値はあったと思うのです。

本当に、若いっていいですね。社会の色々な事で擦れたり、諦めたりとは無縁で、何というか魂から強く輝いているって感じがします。

人生から抹消してしまいたい黒歴史時代であれば、万雷の拍手を持ってその姿を讃えていたことでしょう。

ああ、思い出したら頭痛がしてきました。

 

 

「お前ら、喜ぶのはいいが。これに慢心していたら、すぐに落第するからな!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

さて、綺麗にまとまった所で、私も頑張らせてもらいましょうか。

4人と聖さんに端まで寄ってもらい、部屋の真ん中に自然体で立ちます。

本家七実がつけた虚刀流零の構え『無花果』、色々な流派の武術を見稽古してようやく形を整えることができた自然体は、成る程構えることを無駄と言わしめるだけの説得力がありました。

目を閉じて呼吸を整え、精神を集中させ仮想敵を浮かべます。

もう少しで完了とは言いませんが、虚刀流の何かが見える様な気がするのです。確信があるわけではありませんが、今はこの直感に従うしかありません。

仮想敵として思い浮かべるのは、今まで見稽古の対象とさせてもらった数々の武術家の最盛期の姿です。

2度見れば万全とする見稽古ですから、相手の力量を間違えることはありません。

 

いざ平和且つ尋常に――はじめ。

 

 

 

 

 

 

結局、何も掴むことができませんでした。

いくらチートを持っていたとしても内面が一般人の域を出ない私では、居ながらにして一振りの日本刀である虚刀流を修める事はできないのでしょうか。

今日なら何となくいける気がしたのですが、それは直感ではなく思い込みだったようです。

鍛錬の様子を見ていた聖さんや4人には過度な賛辞をいただきましたが、何も掴めなかった以上その言葉も何処か上滑りしていきました。

聖さんにトレーナーストップをかけられてしまったので、鍛錬をすることができません。

それに、今は隠れた場所で鍛錬してしまわないように監視役もつけられてしまいました。

 

 

「七実さま、どうしたの?元気ないよ?」

 

 

憂鬱な表情をしていたのでしょう。監視役として一緒にお茶をしていた赤城さんが、心配そうに私を見ます。

お昼時を過ぎた346カフェは人の姿も疎らで、テラス席に居るのは私達2人だけでした。

流石に一回りも年下な赤城さんに虚刀流が完了しない事の悩みを洗い浚いぶちまける訳にはいかないので、すぐに笑顔を浮かべて誤魔化します。

 

 

「大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしていただけです」

 

「そうなの?」

 

「ええ、大人になると色々考えることが多くて大変なんです」

 

 

仕事に人間関係、日本や世界の情勢、数ヶ月先までの予定調整に、個人的な悩みと大人になってしまうと考えなければいけないことばかり増えてしまって、頭が休まるのは寝ている時しかありません。

赤城さんの様な年頃であれば、目の前の事に一生懸命拙い考えを巡らせたりして悩んだりと単純に済むのですが、どうして大人になってしまうと物事を複雑にしたがるのでしょうね。

 

 

「そうなんだぁ~、大人って大変なんだね」

 

「そうですね。大変ですけど、それでも皆大切なものがあるから頑張れるんですよ」

 

 

笑顔だったり、夢だったり、子供だったりと人によってそれぞれですが、それがあることによって大人はこの遣る瀬無くもなる世界と折り合いをつけながら頑張っていくのです。

恐らく完全には理解できていないのでしょう。赤城さんはちょっとだけ不思議そうな表情で私を見つめていました。

そんな可愛らしい姿に頬が緩むのを感じながら、少し冷めてきたコーヒーを一口飲みます。

強すぎず柔らかすぎない適度な苦味と、あっさりとした香ばしさが悩みで曇っていた頭をすっきりとさせてくれるようです。

前世では苦味と酸味が強すぎてブラックコーヒーなんて飲めやしなかったというのに、転生してしまうと味覚もここまで変わるものなのですね。

赤城さんも上にホイップクリームとマシュマロを浮かべられた、子供が好きそうな甘いコーヒーを満足そうに飲んでいます。

私より少し遅れてから届いた為か、まだ温かさが残っているそれをゆっくりと幸せを味わうかのように顔を綻ばせていく様は、愛でていて飽きの欠片もありません。

 

 

「美味しいですか」

 

「うん、とっても美味しいよ♪」

 

 

そう返す赤城さんの口の周りにはホイップクリームの髭ができていました。

私のような大人がやってしまったらみっともなく見えるのに、赤城さんがやるとそれすらも愛らしい魅力の一つに見えるから不思議です。

ですが、気づいていないようですし、そのままにしておくのも可哀相なので拭いてあげましょう。

 

 

「ほら、ついてますよ」

 

「わわっ‥‥ありがと、ママ♪」

 

「えっ」

 

 

聞き間違い出なければ、今赤城さんが私のことをママと呼びませんでしたか。

これは私の娘となることを了承してくれたと考えてもいいのでしょうか、ならば早速養子縁組の準備とご家族に挨拶をしなければなりませんね。

ご挨拶に持っていく御菓子は何がいいでしょうか、下手なものを用意して好みに合わなかったら今後の付き合いにも影響してしまうでしょうから気をつけなければなりません。

赤城さんを娘として大学までしっかりと出させることができる財力があると証明するために源泉徴収とかも用意するべきでしょうか。

いや、それよりも先に赤城さんが生活するための日用品や家具が必要ですね。帰りに赤城さんを連れて好みのものを選んでもらいましょう。

やはり、赤城さんには今の純真さを残したまま伸び伸びと育って欲しいですから。

学校は私のアパートから通うとなると電車通学になりそうですね。こんな可愛い子を1人で電車に乗せられる訳がありませんから、転校も視野に入れますが友達と離れるのが嫌だと言うのなら毎日の送り迎えもこなしてみせましょう。

アイドル活動もシンデレラ・プロジェクトの活動では私の予定と重ならない事が多々あるかもしれませんので『サンドリヨン with みりあ』として一緒に活動すれば問題ありませんね。

武内Pはなかなか首を縦に振ってくれないでしょうが、最悪の場合実力行使を持ってしても振らせてみせます。

邪魔する奴等は指先1つでダウンさせましょう。

 

 

「あっ、間違っちゃった。えへへ」

 

 

まあ、そんなことだろうとは思っていましたが、はにかむ姿が可愛いので許します。

久しぶりに高速並列思考を使うことになるとは思いませんでしたよ。これ、限界超えそうになると頭痛が酷くなるから嫌なんですよね。

今回はその気がなかったようですが、渡 七実は赤城さんの養子縁組をいつでも待っていますよ。

 

 

「別に甘えても構いませんよ」

 

 

寧ろ強く推奨します。さあ、思う存分甘えてください。

気を緩めるとだらしない笑顔になってしまいかねないので、チートでやさしい表情を欠片も崩さぬように努めます。

 

 

「‥‥いいの?」

 

「子供は遠慮せず甘えるのも仕事です」

 

 

大人は子供に甘えて欲しくて仕方ないのですから。

そうやって甘えてきた子供をべたべたに甘やかしてあげる事によって、大人は満足感と愛おしさを感じ、互いの絆が深まっていくのです。

 

 

「じゃあ、お膝の上に座ってもいい?」

 

「どうぞ」

 

 

笑顔で了承する事で赤城さんの視線を私の顔の方に誘導し、その間に左手でポケットからエチケットブラシを取り出して無音且つ高速で動かしてスカートについていた埃等を完全に払いのけます。

折角勇気を出して甘えてくれようとしているのですから、最高の思い出にしてあげなければ次にへと繋がらないでしょうし。

こんな素晴らしい出来事を今回のみとしてしまうのはもったいなさ過ぎますから、全力全開で甘やかさせてもらいます。

 

 

「お邪魔します」

 

「はい」

 

 

太股の上から落ちてしまわないように、片手をお腹に回してしっかりと支えておきます。

怪我なんてさせた日には赤城さんのご家族や武内Pにも申し訳が立ちませんし、私自身がそんなことを起こしてしまったことが許せないでしょう。

太股に感じられる赤城さんの重みは、軽過ぎて手を離してしまえば何処かへと飛び去ってしまいそうで不安になります。

子供特有の高い体温のぬくもりとぷにぷにとしたやわらかな感触は、いつまでも味わっていたいと思える魔性の魅力がありました。

そういえば、いつだったかレッスンルームでカリーニナさんが前川さんの抱き心地について熱弁して後で正座をさせられて説教を受けるという事件がありましたね。

是非、今度その絶賛される抱き心地を持つ前川さんも抱きしめさせてもらいましょう。

 

 

「えへへぇ~~、何だか嬉しいな」

 

「そうならば、よかったです」

 

 

筋肉質過ぎて硬いとか言われたら明日1日寝込む自信があります。

こうしていると本当に親子みたいな気分になってきて、私も子供が欲しいと少しだけ思ってしまいますね。

アイドルに恋愛ごとは一応ご法度なので、そうなるのは当分先というか、全く見通しが立っていない状態なのでいつになるかわかりません。

ですので、私が子供を産むよりも甥か姪ができるほうが確実に早いとは思います。

そんなことを考えていると落ち込んでしまいそうになるので、空いたもう片方の手で赤城さんの頭をやさしく撫でて心の平穏を取り戻す事にしましょう。

 

 

「ねえ、七実さまって、みんなよりいっぱい頑張ってるけど‥‥大丈夫なの?」

 

「ええ、私は強いですからね」

 

 

そう、神様のご厚意で見稽古というチートを与えられて転生を果たした私は、この世界に住むどんな人よりも恵まれており、強い存在です。

そんな私がどうして大丈夫ではないなどといえるでしょうか。

一部再現不能な技術に悩まない事もないですが、大抵の事は人並み以上にできていますし、今は充実した仕事もあります。

これ以上のことを望むなんていう強欲は、神様に対して畏れ多すぎますから。

そんなことを考えていると赤城さんが私に背中を預けてきました。

急な事で少し面食らったところはありましたが、それでもこうして甘えてくれるのは嬉しい事この上ないので、ゆっくりやさしく撫で続けます。

こうしていると本当に慈愛の心が満ちてくるようで、これまで愛でていた時とは違う、果ての無い海のような広く澄んだ穏やかな気持ちになってきますね。これが母親の気持ちというものなのでしょうか。

今、私自身でもどんな表情をしているか想像もつきませんが、それでも悪くない表情をしていると思います。

先程から、何人かがスマートフォンで私達の様子を撮影しているようですから、後でデータを提供してもらいましょう。

狂喜乱舞、天衣無縫、焼け野の雉夜の鶴

私に母親の気持ちのような平和で穏やかなものを感じさせてくれた赤城さんに、いつまでも祝福を。

 

 

 

 

 

 

「で、これがその写真です」

 

「「「おおぉ~~~!!」」」

 

 

久しぶりに5人揃っての妖精社にやってきました。

私以外の4人に程好く酔いが回ってきた現在、私は菜々によって公開処刑のような事をされています。

ウサミン星人め、この裏切りの代償は高く付くと思っておいたほうがいいですよ。

 

 

「やばいですね。七実さんのこんな表情SR(スーパーレア)なんてレベルじゃないですよ!」

 

「そうね。もうこれは、女を通り越して母ってレベルよ」

 

「‥‥あの、私、たまに七実さんにこれに近い表情をされるんですけど」

 

 

酔いが回ったことで我慢という社会人生活を送るにあたって重要となる2文字を捨て去ってしまった菜々が、自身のスマートフォンで撮影した私の赤城さん抱っこ写真を開帳してしまったのです。

これが酔いの回っていない時であれば、平穏無事に終わるのでしょうが、様々な境界が曖昧になってしまいがちな酔っ払いに何かしらのネタを与えてしまうのは十中八九面倒事に発展してしまうでしょう。

関係が浅く痴態を見せまいと理性を保とうと努めている内であればそこまで酷いことにはなりません。

ですが、私達5人の仲はそんな他人行儀な物ではなく、普通の友人であれば隠してしまうような本音とかをぶっちゃけられるくらいの親しさですから、遠慮のえの字すら見当たらない状態になるでしょうね。

 

 

「じゃあ、楓は七実の娘ね」

 

「わたし かえで、15ちゃいです♪」

 

「ウサミンより若いとは、楓ちゃんは攻めますね」

 

「楓ちゃぁ~~ん、何が飲みたいかな?」

 

「ポンしゅ!」

 

 

15歳にしては言葉遣いが幼すぎますし、そして何が飲みたいといわれて迷わず日本酒を選ぶような15歳なんて嫌ですね。

酔っ払いにその辺をツッコんでも全く響かないでしょうから、諦めたほうが得策でしょう。

私は溜息をついて、頼んでおいた小鯵の南蛮漬けに箸をのばします。

よく漬かった玉ねぎや人参もたっぷり載せて一口。

しんなりとした衣は揚げたての様なさっくりとした食感等は失われていますが、気持ちのいい酸味のつけだれを溜め込んでいて、これはこれで美味しいです。

つけだれの酸味、玉ねぎや人参の甘味と仄かな苦味、そして小鯵の控えめな脂に凝縮された旨味。

じっくりと柔らかく漬け込まれているため、普段なら取り除くが面倒くさい小骨すら全く気にならず食べることができるので、頭から尾の先までの小鯵1匹の美味しさを余すことなく味わえる気がします。

頭とかは噛み続けると独特の苦味がありますが、今ではそれも美味しさを彩る1つの要素として味わえる程に味覚も成熟していますから気になりません。

小鯵の旨味に満足したそこにハイボールを流し込めば、ウイスキーの旨味や甘味に炭酸の爽快感がと合わさる事によって重すぎず、気取らず楽しむことができます。

 

 

「ママぁ~~このお姉ちゃんたちが、かえでのポンしゅをとったぁ~~~」

 

「はいはい、ハイボールを一口あげますからその言葉遣いはやめましょうね」

 

 

折角の赤城さんとの美しい思い出が台無しになってしまいかねません。

 

 

「あい!」

 

 

まあ、そんなことを酔っ払いに言っても無駄だというのもわかっているんですけどね。

楓は私の飲みかけのハイボールを満足そうに飲みながら、私が確保していた小鯵の南蛮漬けにまで手をのばしてきたのでそれは阻止します。

酔わないのでお酒はあげることができても、これは譲れません。

 

 

「ウサミンがウズラのたまごを分けてくれるそうですから、そっちにしなさい」

 

「あい!」

 

「ちょっと、これは最後の1個‥‥って、もうない!」

 

 

酔っ払いとは思えぬ速度で菜々からウズラのたまごを強奪した25歳児は、取り返される前に口に含みました。

楽しみに取っておいてものを奪われた菜々は目に見えて落ち込んでしまいたが、この程度で許されるほど裏切りの代償は安くありません。

 

 

「それにしても、可愛いわよね。みりあちゃん」

 

「そうですね、久しく忘れていた純真さを思い出させてくれました」

 

「菜々達は、何処に忘れてしまったんでしょうね」

 

 

きっと、積み重ねた時間の中に少しずつ落としてしまったのでしょう。

大人になるって、悲しいことなのですね。

願わくば、赤城さんがあの純真さを失いきってしまうのがまだまだ先であることを切に願います。

欲を言うなら成人を過ぎても今のような明るく天真爛漫な性格であって欲しいですね。

幼児退行した25歳児とちひろが、日本酒と鴨のローストを巡って激しい鎬の削り合いをしていますが、私には特に影響が無いので放置しておきましょう。

店から注意を受けたらその時には、即刻鎮圧しますけど。

 

 

「でも、七実。今回の件で、子供が欲しくなったんじゃない?」

 

「‥‥まあ、そうですね」

 

 

確かに赤城さんとスキンシップを取っていて、これがもし自分の子供だったらどんなに可愛いのだろうとは思いました。

しかし、子供の前に私には伴侶となるような相手がいませんから、それは夢のまた夢ですね。

こんな女性らしい魅力に欠ける、元魔王な、チート人間なんて嫁にもらおうと思う奇特で誠実な男性なんて、この世には存在しないでしょうし。

 

 

「いいですよね。菜々も、いつかお母さんになれたらなぁって思いますよ」

 

「菜々ちゃん、なれたらじゃないわ!なるのよ!」

 

「アイドルに恋愛ごとは法度ですし、相手がいないでしょう」

 

「別に、ばれなきゃいいのよ!」

 

 

アイドル部門の係長としては苦言を呈したいところではありますが、今此処に居るのは親友の渡 七実ですから口には出しません。

まあ、そこで仲直りをして肩を組みながら日本酒で乾杯している2人も武内Pに恋愛感情を抱いていますし、時々私に八つ当たり的な嫉妬をしたりしますが、仕事に影響を出すようなことは一切ないので一理あるかもしれません。

 

 

「でも、七実さんならその気になれば選びたい放題ですよね」

 

「そうねぇ、この5人の中で一番結婚するのが早そうだわ」

 

「いやいや、ありえないでしょうに」

 

 

どう考えても、私が一番遅いもしくは生涯独神コースまっしぐらでしょう。

この5人の中で一番早そうなのは懸想する相手のいるちひろと楓以外ありえません。

 

 

「七実‥‥貴女少しはいいなとか思う男はいないわけ?」

 

「いませんね」

 

「職場の男性はどうなんです?みんなエリートなんですよね?」

 

 

私の部下達ですか、そんな目で一切見たことはなかったので今更そういった対象にできるかといえば無理ですね。

仕事に関しては優秀だと認めていますが、まだまだ経験が浅い部分や若い部分が出てしまうので、近所の子供の成長を見守っている気分というのが近いでしょう。

それに私からすればそう見えている部下達でも、他の部署の女性職員とかからすれば将来有望な男性ですので、色々熱烈なアタックを受けていたり、既に交際関係にある女性がいたりと様々です。

ファンだからといって、全員がそのアイドルと結婚したいと思っているわけではありませんから。

 

 

「誰か親しい男性はいないの?」

 

 

親しい男性といわれても仕事関係の付き合いは多いですが、それ以上の一線を超える男性なんて両手で足るくらいしかいません。

更にそこから親族を除けばその数は減り、きっと片手で足るでしょう。

大抵の男性は私を避けるか、敵視するか、姐御と慕うかと恋愛的な流れに発展する要素皆無なものが多いので、当然の結果です。

 

 

「恋愛的な意味で親しいと言われると、思い浮かびませんね」

 

「なら、恋愛的でなければ?」

 

「七花です」

 

 

10年以上共に暮らし、黒歴史時代には互いの本音でぶつかり合い、そして手加減していたとはいえ私に打ち勝ったのは七花だけですから。

 

 

「相変わらずのブラコンですね」

 

「否定はしません」

 

「じゃあ、更に親族を除いたら?」

 

「‥‥思いつきません」

 

 

恋愛的でなくて、親族じゃなくて、親しい男性といったら思い浮かぶのは武内Pですが、ここでその名を出すのは核地雷を盛大に踏みつけかねません。

沈黙は金といいますから、ここは黙秘権を使わせてもらいましょうか。

先程まで仲がよかったちひろと楓が並々ならぬ揺らめくオーラを漂わせながら、私の方を見ていますし。

大丈夫ですよ。2人の大好きな武内Pを取る気なんて更々ありませんし、本人も私のことをそんな目で見ていないはずですから。

 

 

「今、間があったわよね?」

 

「はい、ウサミンイヤーにもばっちりでした」

 

 

どうしてこの酔っ払いは気がつかなくてもいいところに、こうも気がついてしまうのでしょうか。

そんなことを言うから、武内P大好きコンビが疑いを深めて、敵対心剥き出しで今にも威嚇してきそうですよ。

言えば面倒くさい、言わなくても面倒くさい。もう本当に勘弁して欲しいですね。

今の面倒極まりない状況に追い込まれた自身を諭すように、あるノーベル文学賞を受賞したアメリカの小説家の言葉を送るのなら。

『窮境の中でこそ、潔い態度を』

 

 

 

 

 

この後、追求や視線に嫌気が差して武内Pの名前を出して想像通りに混沌より、尚混沌で面倒という言葉では足りない状態になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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