チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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基地祭編その3です。
年末年始にかけて忙しくて投稿ペースが落ちるかと思いますが、気長にお待ちいただけると幸いです。


何も後悔する事がなければ、人生はとても空虚なものになるだろう

どうも、私を見ているであろう皆様。

リハーサルも恙無く終わり特に問題点も見つからず、七花が所属する部隊のある自衛隊基地の何度目かは忘れましたが基地祭が開場しました。

集客状況の情報を偵察部隊から受けた義妹候補ちゃんから聞いた話では、今回の動員数は例年の3割増し程度になりそうだということです。

私達アイドルの存在がその高い動員数の一役を担っているのなら嬉しい限りなのですが、素直に自分たちの力のお蔭であると慢心できるほど高いランクなわけでもありません。

慢心はいずれ致命的な隙を招くわけですし、チートを持っていることで無意識的に隙を作りやすい私としては気を引き締めなければ、またやらかしてしまうこと確定でしょう。

 

 

「なんだか、こうして七実さんと一緒に舞台に立つのが久しぶりに感じます」

 

「そうですね。最近こなした私達の仕事はグラビアやラジオ出演、特撮でしたからね」

 

 

駆け出しアイドルにこれだけの仕事が舞い込んでくることは、とても恵まれているというのは理解しているのですが、やはり人間欲というもの出てしまうもので、アイドルになった以上はもっとステージの上で歌って、踊りたいと思うようになってしまうのです。

子供たちに夢を与え、自身の能力も最大限に発揮できる○イダーも十分に心踊る仕事ではありましたが、やはり私達のことを心底愛し、真剣に応援してくれるファンの前で歌い、踊る事には敵いません。

そんな偉そうに語れるほどに場数を踏んだわけではありませんが、それでもアイドルにとってステージというものは特別なものであると断言できます。

 

 

「ですね。この衣装も何だかちょっときついような気が‥‥」

 

「自己管理がなってませんよ」

 

 

確かに最近は特撮の打ち上げやら、瑞樹たちとの飲みやらで必要以上にカロリーを摂取する機会が多かったので、どうやらちひろは少々ふくよかになってしまったそうです。

私はアメ車並に燃費の悪いこのチートボディのお蔭で体型は最高の状態で維持されていますが、いたって普通の成人女性並の身体をしているちひろが同等の量を食べてしまえば、当然の帰結というものでしょう。

一応本番前日に衣装あわせはしていましたが、その日の夕食をうちで食べ過ぎたのが原因なのでしょうね。

まあ、いつもの癖で少々作りすぎてしまった私にも責任の一端はありますが。

 

 

「七実さんはいいですよね。こういった悩みとは無縁で」

 

「私と同じ体型になれば、問題解決ですけど」

 

 

女性らしい身体つきを捨ててまで、この色気もへったくれもないようなチートボディになりたいというのならですけど。

私の言葉にちひろはもの凄く微妙な表情を浮かべます。

どれだけ食べても太ることが一切ないというメリットよりも、女性的な魅力を大幅に低下させて武内Pの好感度を下げてしまうデメリットの方が高いと、計算力の高いちひろならすぐに導き出せたのでしょう。

 

 

「‥‥そうだ、智絵里ちゃん達の様子を見に行きませんか?」

 

 

露骨に話題を逸らしてきましたね。別に構いませんけど。

本番が刻一刻と差し迫る現状で、私が行ってしまうと逆にプレッシャーになってしまわないか心配になりますが、やらないで後悔するよりもやって後悔した方がましですから行ってみましょう。

 

 

「そうですね。一応、先輩らしい事をしておかないと」

 

「七実さんは先輩というよりも、お母さんって感じでしたけどね」

 

「それでも構いませんよ」

 

 

寧ろ推奨したいくらいです。

あの4人組が姉妹で娘だったら、きっと毎日が退屈することなく楽しく、賑やかに過ごせる事が間違いないでしょうから。

そんな妄想は置いておき、私達は前川さん達に割り振られたテントの方へと向かいます。

普段なら隙間の多い簡易的なテントでの着替えでは覗き等が心配になるのですが、今回は義妹候補ちゃんの部下である女性自衛官の方が立哨してくれているのでその可能性は低いでしょう。

周囲が浮かれ騒ぐお祭ムードの中、自身に与えられた職務を完遂しようとされる女性自衛官の方には頭が下がる思いで一杯です。

報奨ではないのですが、お礼として今回販売用に持ってきたグッズをいくつか無料で進呈しましょう。勿論、サインも付けて。

女性自衛官の方がアイドルに興味が無くてもネットオークションに出せば、それなりの値段はつくと思いますし。

見稽古で完璧な動作を習得した敬礼をしてから、私達は前川さん達が待機しているテントの中に入ります。

 

 

「みんな、調子はどうかしら」

 

「あっ、ちひろさん、七実さん」

 

 

テントの中に空気は想定通りといいますか、やはり緊張感が張り詰めていました。

パイプ椅子を一列に並べて、緒方さん、前川さん、カリーニナさん、神崎さんの順番に座って、なにやら色々と話していたようですが表情が少々硬いですね。

先程まで緊張の欠片も見せていなかったカリーニナさんもそうなのですから、他の3人の緊張も相当なものかもしれません。

リハーサルでは、問題なくほぼ完璧な状態だったとしても、こうしてゆっくりと本番が近付いてくるにつれて魔物はその牙を鋭くして襲い掛かります。

特に前川さん達はまったくの経験のない初舞台ですから、容易にその餌食になってしまったのでしょう。

気の利いたアドバイスをしてあげればいいのでしょうが、いいアイディアが思いつかないので先人の知恵を有効活用させていただきましょうか。

 

 

「皆さん、登場する際の掛け声は決めましたか」

 

「えっと、掛け声ですか?」

 

「そう、好きな食べ物とかを叫ぶのがいいらしいです。例えばフライドチキンとか」

 

「未央ちゃん達も同じように初舞台で緊張して、そうしたらしいですよ」

 

「そうなんだ‥‥」

 

 

先人が成功しているだけあって、その効果は実に高く険しかった表情が一気にやわらぎました。

今後も後輩アイドルの緊張を取り払おうとする際には活用させてもらいましょう。

 

 

「ならば、我は人間讃「却下」ピィ!」

 

 

神崎さんが第二の島村さんと化しそうなので、阻止させてもらいました。

人間讃歌というフレーズが気に入っているのは十分に判っていますが、使うならなるべくなら私のいない場所でお願いします。

 

 

「蘭子ちゃん、好きな食べ物がいいって言われたでしょう」

 

「私も、人間讃歌がいいです」

 

「わ、わたしは‥‥クローバーがいいな‥‥」

 

「なら、みくはねこちゃんがいい」

 

 

食べ物からはそれてしまい日野さん達のようにはいきませんでしたが、言葉数も増えてきたようですし、これなら大丈夫かもしれませんね。

安心するには早いかもしれませんが、今の笑顔を見ていたらそんな根拠のない自信が湧いてきます。

それに、もし失敗しそうになっても私が何とかカバーして見せましょう。

予定とは違うステップ等になってしまっても、動揺を最後まで隠し通して、観客達に演出の1つなのだと思いこますことが出来ればそれは失敗ではなくなりますから。

 

 

「みく、ねこは食べちゃダメです」

 

「わかってるからね!アーニャ達が好きな言葉をあげたからねこちゃんって言っただけであって、別に食料的な意味でねこちゃんが好きなわけではないからね!」

 

『良かった』「みくが共食いするところでした」

 

「みくは、ねこ系アイドルをしてるけど人間だからね」

 

冗談(シゥートカ)です』

 

「わかり辛い。アーニャの冗談はわかり辛いの!」

 

 

確かにカリーニナさんはいつもフリーダムですから、冗談で言っているのか本気で言っているのかがわかりにくいですね。

しかし、こういった冗談も言えるくらいには緊張がほぐれているのならこれ以上の介入は不要でしょう。

 

 

「何故、女教皇(プリエステス)は人の可能性を讃えし言の葉を禁忌と定めたのか(七実さん、なんで却下するんだろう。カッコいいのに‥‥)」

 

「食べ物じゃないといけないのなら‥‥やっぱり、クローバーもダメかな」

 

 

それは、人間讃歌という単語が私の黒歴史をどストレートに刺激してしまうからですよ。

クローバーは一般的には食用として用いられることはありませんが、瀬戸内の方では食用として調理されることがあるそうです。

マメ科の植物ですし、家畜の飼料としても使われるくらいですから人間が食べても問題はないでしょう。

味はあまり想像できませんが、カイワレやらスプラウト系の食べ物に近い少し固めの食感がしそうな気がしますね。

野草の調理本も発刊されているそうですから、今度調べてみて作ってみるのもいいかもしれません。

あまりおいしそうには思えませんが、いざとなったチート料理技術を総動員して美味しく食べられるようにしてしまえばいいだけですし。

 

 

「ほらほら、みんな。まだ時間はあるから、ゆっくり話し合ってね」

 

「「「「はぁ~~い」」」」

 

 

ちひろがそう言うと4人はああでもないこうでもないと意見を交わし始めました。

そういう歳相応な姿を見ているとやっぱり子供なんだなと、微笑ましくなります。

親しい友人達と楽しく意見を言い合えるのは、自分の主張を曲げにくくなってしまう大人になると段々と難しくなってしまいますからね。

良くも悪くも物事を知らないからこそ柔軟な考えが出来るのでしょう。

そんな様子を見て私とちひろは互いの顔を見合わせて笑います。

 

 

「私達も何か掛け声でも決めますか?」

 

「人間讃歌以外なら、何でもいいですよ」

 

「もう、七実さんはノリが悪いですね」

 

 

正直、この歳になって掛け声をかけて飛び出していくような熱く若い情熱(パッション)は、もう持ち合わせていません。

それに下手な発言をしてしまうと七実語録に勝手に登録されてしまい、面倒くさい事になるのが目に見えています。

 

 

「やっぱり‥‥私は、クローバーがいいな‥‥」

 

「かわいいねこちゃんが一番だよ!」

 

「「人間讃歌!」」

 

「却下!」

 

 

カリーニナさんと神崎さんは掛け声に人間讃歌を採用したいようですが、それだけはあらゆる手段を持って阻止させてもらいましょう。

掛け声として採用されてしまい、現状何とか346プロ内で流出が抑えられている人間讃歌等と言うフレーズが、一気に全国展開されてしまう可能性が大いにあるからです。

そんなの事になってしまったら、私は個人的な理由でたまりに溜まっている有給を一気に消化させてもらう必要があるでしょう。

なので、私の精神的平和の為にも、それだけは絶対に阻止してみせます。

 

 

 

 

 

 

「‥‥わぁお」

 

 

舞台上手側の隙間から客席を確認してみたのですが、大入り満員という感じですね。

最前列は私のファンなのでしょうか、厳格な規律を感じさせるどこの軍人ですかと言いたくなるような、変な落ち着きと静けさを纏った集団とちひろのファンと思われるごく一般的なアイドルおっかけが占めています。

私のファンの中に見知った顔が、詳しく言うのなら黒歴史時代の舎弟達の顔がちらほらという表現では足りないくらいに混じっているのですが、どういうことでしょう。

恐らくですが、七花が舎弟達に連絡を入れて集結してしまったのでしょうね。

黒歴史というものは封印しておかなければならないのですから、もうそっとしておいてほしいのが本音なのですが、かなり性格が穏やかになった今現在でも私を慕ってくれている相手を無碍に出来るほど、冷酷無比な人間ではありません。

そして、その後ろ中盤以降は一般客や休憩中だと思われる自衛官の混成が占めており、100人分用意された座席は既に埋まっており立ち見もいる状況です。

歌い踊るのに観客の数は関係ありませんが、やはりこうして満員な客席を見ると胃が痛くなるのもありますが、それでも心の奥から熱く燃えるものがありますね。

 

 

「こんなに多いとデビューライブを思い出しますね」

 

「規模はあちらのほうが大きかったですが、熱気は負けていませんね」

 

「やっぱりこういうのを見ると‥‥私、アイドルなんだなぁって実感します」

 

「可愛い後輩も出来ましたしね」

 

 

そういって後ろを向くと今回の舞台用に用意された私達のロングドレスに少しアレンジを加えた衣装に身を包んだ4人が落ち着いた面持ちで経っていました。

どうやら、これから舞台に立つという覚悟が決まったのでしょう。

引っ込み思案で緊張に弱い緒方さんは、まだ表情に若干の硬さは残っているものの逃げ出したいという雰囲気は出ていませんから問題ないでしょうね。

それよりは、4人とも舞台や衣装の方に釘付けのようですし。

 

 

『はぁ~~い、では時間となりましたので本日の特別イベント《サンドリヨンミニライブin自衛隊》を開始します』

 

 

舞台下手側から義妹候補ちゃんと七花が登場し、イベントの開幕を宣言しました。

いつも通り、出番が近付くにつれて胃の不快感が加速していきますが、これはもう性分なのでどうしようもなく、表情に出さないように務めます。

ホールを揺らさんばかりの歓声と拍手は、ビリビリと肌を刺激してきて私の心のエンジンに燃料をくべていき、身体を熱くさせてくれます。

 

 

『司会は、本企画を担当しました私、飛騨 なのは3等陸尉と渡 七実さんの実の弟である渡 七花2等陸曹の2名でお送りします。

渡2曹も一言、どうぞ』

 

『姉ちゃんを変な目で見たら許さん』

 

『振っておいてなんだけど、ちょ~~っと黙ろうか、このシスコン』

 

『否定はしない』

 

 

七花の盛大なシスコン発言に笑い半分、ブーイング半分の反応が起こり会場の空気が段々と温まっていきます。

TPOを考えた発言をするようにとは常々言っているのですが、まあ七花ですから言ったところで躊躇するような性格はしていないでしょう。

頭を抑えて溜息をつきますが、後ろのちひろや4人も笑っていますし今回の発言はある意味ファインプレイなのでしょうか。

 

 

『さて、私達が長々と話していても何ですので、早速本日の主役であるサンドリヨンの御二人とバックダンサーを務める新人さんに登場していただきましょう』

 

 

義妹候補ちゃんが退場しながら私達に合図を送ってきたので、ちひろや4人と頷き合います。

 

 

「いきますよ」

 

『焼き!』『もろ!』『こし!!』

 

 

長い話し合いの末に私の独断と偏見によって決めさせてもらった掛け声と共に、ステージへと飛び出しました。

幕の影になっていた場所から、煌々としたライトで照らされたステージ上に出てきたこの瞬間の熱は言葉にしがたい何かがあります。

 

 

「「どうも、サンドリヨンです」」

 

 

挨拶と共に深々と頭を下げると歓声と拍手が先程よりも強く大きく鳴り響きます。

舞台袖からの覗き見ではなく、ステージ上から面と向き合ってみるこの大入りの観客の姿は圧巻ですね。

 

 

「本日は私達のミニライブに集まっていただき、本当にありがとうございます」

 

「私の弟が暴走したようで、申し訳ありません」

 

「七花君は、本当にシスコンですよね。まあ、七実さんも十分にブラコンですけど」

 

「否定はしませんよ」

 

 

本来なら他の話題でMCを進めていくつもりだったのですが、ちひろがいきなり無茶振りのように七花の話題を持ってきたのでそのままいきます。

元々MCの流れを綿密に打ち合わせたわけでもなく高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応していきましょうと決めていたので別に構わないのですが。

観客の皆さんにもうけているようですし、舎弟達は納得の表情や変わらないなという少々呆れたような表情をしていました。

このまま話を続けてもいいのですが、そうすると4人が立っているだけになってしまうので流れを変えましょう。

 

 

「さて、私がブラコンだとかは置いておいて‥‥皆さんお気づきでしょうが、今私達の後ろにいる4人はこの度346プロで立ち上げられた新規アイドルプロジェクトのメンバーです」

 

「この前のライブで美嘉ちゃんのバックダンサーを務めた子達も同じプロジェクトのメンバーで、私達も少し関わってるんですよ」

 

「4人とも今日が初舞台なのでこの機に顔と名前を覚えて応援してあげてください。では、ちょっと1人ずつ自己紹介をしてもらいましょう。皆さん、前に出てきてください」

 

 

私達が促すと4人はゆっくりとステージの前へと移動します。

初舞台特有の初々しさと硬さの残る緊張した様子に観客席から頑張れなどの応援の声が送られてきました。

こういった声援はありがたくもありますが、人によっては更なるプレッシャーとなったりする諸刃の剣ですが、この4人にはプラスの方に働いたようで表情が更に明るいものとなります。

舞台袖で待機していた七花にアイコンタクトで投げてもらったマイクを受け取りました。

万有引力を振り切って直線運動で手元に飛んできたマイクは、私でなければ取れなくてちひろ達に当たって惨事になっていたでしょうし、取れたとしても衝撃で調子が悪くなっていたでしょう。

私がチートを使って加わる衝撃を殺しながら受け取ったので大丈夫でしょうが、マイクは繊細な機器なのですから扱いはもっと丁寧にするように言っておかねばなりませんね。

どよめく観客の反応を無視して簡単にマイクチェックを行った後、一番近くにいた前川さんに渡します。

 

 

「ま、前川 みくにゃ!かわいいねこ系アイドルを目指してるから、みんなよろしくにゃ!」

 

「みくちゃんは、このプロジェクト最初期からのメンバーでとっても面倒見のいい子なんですよ」

 

 

動きの滑らかさには欠けるもののあざといねこっぽい仕草に、かわいいという言葉が送られ前川さんの顔から緊張の色が完全に消えました。

シンデレラ・プロジェクトの中ではアイドルとしてのプロ意識が高かった分、こうしてアイドルとしてステージに立つ事について憧れが強かったでしょう。

だからこそ、こうしてステージに立ち前川みくというキャラが受け入れられたという事実がたまらなく嬉しいのでしょうね。

感極まり泣きそうになりますが、そこはプロ根性でしっかりと笑顔を作っています。

 

 

「よかったですね、ミク」

 

「うん‥‥ありがと、アーニャ。じゃあ、次は任せたよ」

 

はい(ダー)』「お任せあれ」

 

 

カリーニナさんが、前川さんの肩にそっと手を置き微笑み、それに前川さんはしっかりと頷きました。

そして持っていたマイクをカリーニナさんへと渡します。

 

 

初め(プリヤートナ ス ヴァーミ)まして( パズナコーミッツァ)私の名前はアナスタシアです(ミニャー ザヴート アナスタシア)』「アーニャと呼んでください」

 

「カリーニナさんは、ロシアとのハーフで忍者と侍が大好きで‥‥何故か私のことを忍者マスターと呼びます」

 

はい(ダー)』「師範(ニンジャマスター)師範(ニンジャマスター)です」

 

 

例え初舞台でも変わらないフリーダムさを発揮するカリーニナさんに対し、観客からは笑い声が聞こえてきます。

しかし、一部からは仕方ないという感じの納得した表情をされるのが解せないのですが、いったいどういうことでしょうね。

 

 

「お、緒方 智絵里です‥‥えと、あの、その‥‥よよ、よろしくお願いします!」

 

「智絵里ちゃんは引っ込み思案なところもあるけど、とっても優しい女の子ですから、応援してあげてくださいね?」

 

 

ちひろがそう促すと客席からは勿論や頑張ってという声援が送られ、緒方さんは驚き身をすくめましたが、すぐにはにかんだ優しい微笑みを浮かべます。

その表情は同性の私でも庇護欲をくすぐるものがありましたから、異性で女性との接触が極端に少なくなりがちな自衛隊員への破壊力は凄まじいものでしょう。

私の見える範囲でも5~6人は緒方さんに見蕩れている自衛隊員を発見できました。

 

 

「我が名は、神崎 蘭子!この現世(うつしよ)に堕ちし者。さあ、共に魂の共鳴を!」

 

「私の名前は神崎 蘭子です。デビューしたばかりですけど‥‥一生懸命頑張りますから、よろしくお願いしまぁ~~す♪」

 

 

七実さんの2000を超えるチートスキルの1つ声帯模写によって神崎さんの声を完全に真似て、一般人には難解な厨二言語の副音声を担当します。

実際凄いスキルなのですが、日常生活ではあまり披露する機会に恵まれない不憫枠に含まれますが、このように使い処さえ与えられればその有用性は高いのです。

今回は腹話術スキルを併用していますから私の口が遠目からでは全く動いていないように見えたでしょう。

何せ当の本人である神崎さんは勿論、ちひろ達も驚愕していますから。

この中で何がおきたか把握できているのは、このスキルのことを知っている七花や黒歴史を知る舎弟達くらいでしょうね。

してやったり感はありますが、この動揺を残したまま曲に入ってしまうとミスを招いてしまいますから、ネタばらしといきましょう。

 

 

「ほら、皆さん」「ステージ上で呆けるのは」「アイドルに有るまじき事ですよ」

 

 

緒方さん、カリーニナさん、前川さんの順番で声帯模写をして喋ると、客席からは驚きの声があがりました。

ちひろからじと目でにらまれていますが、MCで急に七花ネタをねじ込んできた事に対するささやかな反撃として甘んじてもらいましょう。

 

 

「さて、皆さんともう少し話していたいところですが‥‥そろそろ始めないと後が押してしまいそうですね」

 

「七実さん!人の声を使って進めないでください!お客さん達が混乱しているじゃないですか!」

 

「失礼。では、気を取り直して‥‥聞いてください「『今が前奏曲(プレリュード)』」」

 

 

内柔外剛、世話がない、吃驚仰天

この4人の初舞台が無事平和に終わりますように。

 

 

 

 

 

 

「了承した私が言うのもなんだけど、姉弟の会話を聞く為にこんなに人が集まるとは思わなかったわ」

 

「まあ、それだけ姉ちゃんが人気だってことだろ」

 

 

ミニライブは私達のソロ曲の披露も含め、何も問題なく終わることが出来ました。

現在はその後に予定されていた私達サンドリヨンによるトークショーの最中であり、前半は私と七花がメインを務めるものとなっています。

この間にちひろや前川さん達4人は休憩を取ってもらい、消耗した体力の回復してもらっています。

正直、企画自体は承諾しましたがこんなものにそれ程観客が集まるとは思っていなかったのですが、用意された席の半分以上が埋まっている状態にちょっとした驚きを覚えました。

 

 

「そうなのかしら」

 

「そうだろ」

 

 

こんな風にただ話しているだけなのに、残っている私のファンはもの凄く珍しいものを見ているような顔をしています。

恐らく私がいつも通りの丁寧な言葉遣いではなく、砕けた感じの喋り方をしているのが珍しいのでしょうね。

学生時代まではこういった喋り方をする事もありましたが、社会人になるに当たり今の喋り方に統一しました。

常にこういった喋り方を心掛けておけば、とっさに言葉が乱れて失言をしてしまう可能性も低くなりますし、世渡りもそこそこうまくいきます。

ですが、今回のトークの相手は七花ですからそれも解禁です。

 

 

「で、何を話せばいいのかしら」

 

「なのはからは、好きなように話せって言われてるけど‥‥姉ちゃん、なんか話題あるか?」

 

「あったら、聞くと思う」

 

「だよなぁ‥‥客席も巻き込んでいいみたいだから質問でも受けるって、どうだろう?」

 

「いいわね」

 

 

七花にしては、ナイスなアイディアです。

私は元々話題づくりが下手な方なので、自由にするよりもある程度テーマが決まっていて方向性がはっきりとしたほうがやりやすいので。

質問を受け付けると決まった瞬間に、観客席の空気が変わりました。

恐らく挙手を募ったら、大半の人が挙げて掌の平原が生まれそうなので、指名制にしたほうがいいかもしれません。

 

 

「じゃあ、七花。誰か指名して頂戴」

 

「わかった。じゃあ、さっきから視線がうっとうしい藤木」

 

「よっしゃぁぁぁ~~~!」

 

 

指名されたのは福利厚生と称して私達の姿を見に来たりしていたあの男性隊員でした。

確かに質問を受け付けようといった瞬間から、こちらに祈るような仕草をしながらずっと熱い視線を向けていましたから、すぐにわかりました。

まあ、先程で店を訪れた際には不運にも荷物の搬入に駆り出されていて可哀相でしたから、七花も指名してあげたのでしょう。

あまりの喜びように周囲の観客からは煩いや黙れといった野次をぶつけられますが、当の本人はそんなものなど馬耳東風のように全く気にしておらず、うきうきとしながらスタッフからマイクを受け取っていました。

 

 

「ご指名ありがとうございます!藤木士長です!

早速質問なんですけど、渡2曹のお姉さんである七実さまはアイドル史上最強の存在と呼ばれ、次期○イダーの主演やアクターを務めるなどその身体能力や戦闘能力が色々噂されていますが‥‥

格闘徽章やレンジャー徽章を持ち、この基地の中でもトップクラスの実力を持つ渡2曹とどちらの方が強いのでしょうか?」

 

 

やはり、私はそういった方面で有名なんですよね。

アイドルとしてデビューしたからには歌や踊りといった方面での評価のほうが嬉しいのですが、世間一般に知られる切欠となったのが新春特番の特撮(アレ)ですし、仕方ないといえば仕方ないのでしょう。

もうどうしようもないレベルでイメージが定着してしまっていますから、今更の路線変更は不可能でしょうね。

例えるならフリーダムなキャラのお笑い芸人が、いきなりに硬派な真面目路線に転向しようとするくらいの違和感が酷いことになるに違いありません。

 

 

「そんなの姉ちゃんに決まっているだろ」

 

「そうかしら、規定次第では七花に勝機はあると思うわよ」

 

 

自衛隊に入って格闘センスやらに更に磨きがかけられようですし、前に受け止めた掌底の威力や速度から推測するに、ポイント制や一撃決着系の勝負であれば2割程度の勝機はあると思います。

ルール無用の殺し合いのような戦いで、私が手加減など一切せずにやれば七花の勝機は限りなく0に近くなるでしょうが。

 

 

「えっ‥‥マジですか」

 

 

質問をした男性隊員は、恐らく七花の方が勝つという答えを予想していたのでしょうか、呆気に取られた顔をしています。

舎弟達は当然だと言わんばかりに深く頷いていましたが、自衛隊員の皆さんは結構動揺しているようですね。

質問の中でこの基地でトップクラスといわれていましたから、きっと七花の戦闘力の高さは基地内では有名なのでしょう。

幼少の頃から私と共に鍛錬に励んできて、元ネタと同等の身体能力を有しているのですから当然の結果ともいえるのですが。

 

 

「マジだよ。何度も戦ったことはあるけど、勝ったのはたった1回しかないぞ」

 

「そうね。私も負けるつもりのない戦いで負けたのは、今のところその1回しかないわ」

 

「いやいや、正直信じられないですよ。だって、格闘教官数人掛りで互角と言わしめた渡2曹ですよ!」

 

「あらあら、七花。やるじゃない」

 

 

その教官達の格闘能力がいくらのものだったかはわかりませんが、それでも数人相手で互角に戦えるほどになるとは鍛えた者として鼻が高いです。

これは私も師として追い越されないようにもっと鍛錬を積んで、虚刀流を極めなければならないでしょう。

今回には間に合わせることが出来ませんでしたが、次の機会があるのならばその時までにはある程度の形は整えたいですね。

 

 

「なら、証拠を見せてやろうか?」

 

「‥‥何をする気なのかしら」

 

 

もの凄く嫌な予感がします。

今すぐ七花を止めなければ後悔する様な気がしてなりません。

人間こういった時に働く勘というものは侮れないもので、NT並の的中率を誇るのです。

 

 

「姉ちゃん、軽く手合わせしようぜ」

 

 

そう言って椅子から立ち上がった七花は私から少し距離を取り、構えました。

足を大きく開き、腰を深く落とし、左足を前に出して爪先を正面に向けて。右足は後ろに引いて爪先は右に開きます。

平手にした両手の右手を上に左手を下にし、相手に対して壁を作るような構え。

虚刀流一の構え『鈴蘭』、これを取ったという事は恐らくこの後繰り出される技は七花最速を誇る奥義である鏡花水月でしょうね。

というか、一切了承していないのに手合わせを始められる用に構えるのは、私の退路を完全に潰してくれています。

観客からの期待も大きいようですし、これは断ることなどできそうにありません。

七花は、意図してやったわけではないでしょうが。

 

 

「仕方ないわね」

 

 

私も椅子から立ち上がり虚刀流零の構え『無花果』をとり、意識を戦闘モードへと切り替えます。

きっとこれも黒歴史になるのだろうなという予感しながらも、そんな自身を激励するようにとあるオランダ出身のポスト印象派の画家の言葉を送るなら。

『何も後悔する事がなければ、人生はとても空虚なものになるだろう』

 

 

 

 

 

 

 

では、お姉ちゃんが教育してあげましょう。

未完了ではありますが、虚刀流の闘争というものを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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