チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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年末ギリギリ滑り込み投稿。
今回を持ちまして基地祭編終了です。次話から本編へと戻ります。


考えなしも悪いでしょうが、考えすぎも良くない

どうも、私を見ているであろう皆様。

何がどうなって、どうしてかはわかりませんが、弟と手合わせをする事になってしまいました。

それだけならまだいいのですが、ここは元々ライブ用に準備されていた場所なので中々に凝った飾り付けがされています。

346から持ち込まれたものもいくつかありますが、恐らく義妹候補ちゃんの指揮の下で自衛官の皆様がせっせと就業時間外の余暇時間等を使って用意してくれたものが多いでしょう。

自分で言って悲しくなりますが、私達姉弟の手合わせは一般的なそれから大きく逸脱しており、はっきり言って余波だけでも紙製のものなら破壊してしまう恐れがあるのです。

丹精込めて作られた飾りを壊してしまうのは忍びないので、周囲への影響が最小限になるよう私は七花の攻撃を上手く殺しながら防戦に回らざるを得ません。

並大抵の相手ならカウンターの一撃で昏倒させる事も可能でしょうが、純粋な近接戦闘に限り私と同等の力を持つ七花の相手にそれは少々難しいですね。

まあ、それは双方無傷であればという条件下においてですが。

見稽古で七花の格闘能力と耐久力を習得して考えるに、一番効果的なのは内部にダメージを与える柳緑花紅系統の技でしょうが、人間がどう足掻いても鍛える事のできない内臓にダメージを与えてしまうので、あまり使いたくありません。

七花の繰り出す貫手を搦め捕ろうとしますが、勘の良い七花はその名刀の如く鍛え上げられた肉体で無理矢理引き戻します。

もう少しで桔梗に繋げられて制圧できそうだったのですが、伊達に自衛官として日々鍛錬を積んでいる訳ではないようですね。

仕方ないので手刀を股下から顎にかけて一直線に切り上げる雛罌粟を繰り出します。

他のチートスキルとも組み合わされて発動する私の虚刀流の切れ味は、普通の格闘家達の繰り出すものとは違い人の皮膚のような柔らかい素材なら容易に断ち切ることができるでしょう。

もっとも七花は振り上げられる前にバック宙で回避していましたから、その威力を発揮することはありませんでしたが。

 

 

「あら、避けられちゃったわ」

 

「‥‥姉ちゃん、また強くなってるな。今の気がつくのが遅れてたらヤバかったぞ」

 

「十分に対応できたじゃない。自身の鍛錬が実を結んでいるのだから誇りなさい」

 

 

額から伝う汗を拭おうともせずに七花は私だけを見つめ続けます。

少しでも意識を逸らそうものなら縮地で距離を詰めて一気に畳み掛けますが、そんな隙は見えませんね。

観客席からのどよめきが少々煩くなってきていますが、ここでそちらに意識を逸らしてしまえば、七花のほうが一気に仕掛けてくるでしょうね。

 

 

「さて、そろそろ終わりにしましょう」

 

「そうだな。これ以上やったら、なのはに怒られそうだ」

 

 

いや、トークショーの流れをぶち壊して手合わせを始めてしまった時点で怒られることは確定してますよ。

私も武内Pに色々言われるんでしょうね。ああ、考えただけで帰りたくなってしまいます。

もう考える事も面倒くさくなってきましたから、七花をさっさと制圧してしまいましょう。

それから後の処理は、終わってから考えます。

一度深く息を吸い、そして無花果の状態から一気にトップスピードで七花に接近します。

予備動作無しからの突撃なので流石の七花も対応が遅れたようで、反撃に移るタイミングが刹那ほど遅れてしまいました。

1秒にも満たない僅かな隙ですが、それだけあれば私には十分です。

迎撃に放たれた鏡花水月を1cm切るくらいのギリギリで回避し、そのまま七花の迷彩服の襟を掴みその身体を引き寄せながら貫手を放ちます。名前に引きずられたのか、私も一番気に入っている技である虚刀流 蒲公英。

狙うは胸骨の下にある人体急所、鳩尾。

ここを攻撃されると人間は胃や横隔膜に衝撃を受けるので息が詰まったりして相当苦しむそうですが、私の貫手は電話帳を貫けますので人体に使用すれば反対側まで突き抜けるでしょう。

勿論、可愛い弟をそんなスプラッタな状態にするはずありませんので寸前で止めます。

元ネタのように物騒至極極まりない殺し合いをしているわけではないのですから、これくらいが落としどころとして丁度良いでしょう。

 

 

「私の勝ちでいいかしら」

 

「やっぱり、姉ちゃんは強いな‥‥今回こそもっと苦戦させられると思ったのにな」

 

「攻撃の筋は悪くなかったわ。でも、対応がちょっと遅いかしら」

 

 

まあ、それは私のようなチートを相手にするにしてはですが。

七花の降伏の言葉を聞いたので、襟から手を放し鳩尾で止めた貫手を下ろしました。

周囲の飾り付けを破壊してしまわないようにという自己制約下においての戦闘でしたが、それでも決着するまでに最初の3分間は中々攻撃に転ずることが出来ませんでしたから、十二分に成長を感じられて大満足です。

それにその技能はしっかりとこの眼で見稽古させてもらいましたから、これで停滞気味だった虚刀流の再現も進歩があるかもしれません。

しかし、こうしてそこそこ本気を出しても相手をできる存在というのは、やはりいいですね。

1人で身体を動かすのとは比べ物にならない爽快感が身体中を駆け抜けてくれます。

 

 

「さて、どうだ藤木、言った通りだったろ?」

 

「‥‥」

 

「藤木?」

 

 

私達の戦闘力を知っている舎弟達以外の観客は大半が呆然としていました。

自衛官の人達、それも何やら制服に色々と派手な装飾が付いていたりする人達が、なにやら隣同士で話し合っているのが見えて嫌な予感がしてなりませんが、今更どうしようもありません。

 

 

「おぉ~~い、藤木ぃ~~!聞こえてんのかぁ?」

 

「聞こえてんのか?じゃないわよ!この馬鹿ァ!!」

 

 

勝手にイベント内容をトークショーから組手に変更した所為か、怒りを顕にした義妹候補ちゃんがステージ裾から駆け込んできて、その勢いのまま七花の無防備な脇腹に跳び蹴りをくらわせます。

男性よりは軽いとはいえ自衛官として鍛えられた義妹候補ちゃんの全体重と走ってきた加速が加わった一撃は、耐久力の高い七花でも無傷とはいかず軽くよろめきました。

明らかに階級の高い人が見ている状態なのですが、一般観客も数多くいるこの状況でこんな事をしていいのでしょうか。

重い処分は下ったりはしないでしょうが、相応の罰はありそうで姉としては心配になります。

 

 

「アンタはもう黙って、動くな!いいわね!?

‥‥ええと、少々当初の予定とは違う形にはなってしまいましたが、渡姉弟の組手は見事でしたね。皆様、盛大な拍手をお願いします」

 

 

必死にこの状況をリカバリーしようと努めている義妹候補ちゃんの思いが通じたのか、疎らだった拍手が最終的にホール全体に響き渡るような盛大なものになりました。

先程のステージもそうでしたが、こうして拍手の音を浴びていると何処までも駆け上がっていけそうな根拠のない自信が溢れてきますね。

慢心というわけではないのですが、それだけファン達の声援がアイドルの力になっていることの証左ではないでしょうか。

 

 

「しかし、渡さんは何か武道をされていたのですか?

今の組手で見せた動きは、柔道や空手とも違いましたが。流派とかのある古流武術の1種でしょうか?」

 

 

義妹候補ちゃんはこのままトークショーの流れに戻したいようですが、その質問は私にとっては致命的(クリティカル)です。

前世であった大河ノベルの中に登場した刀を使わない剣術という架空武術を再現したものですなんて、口が裂けても言えませんし、言う気もありません。

ですが、自身のオリジナル武術ですと虚刀流を紹介するわけにはいきません。

そんなことをしてしまえば、その後の質問で芋づる式にあの忌まわしき黒歴史がサルベージされてしまい、世間一般へと開帳されてしまう恐れがあるからです。

考えただけでも身震いをしてしまうほど恐ろしい最悪の予測に冷や汗が止まらなくなりました。

並列思考を使用して、様々な返答に対するトークショーの進行予測を何十、何百パターンと想定して最適解を探します。

思考速度を限界まで加速させているので脳が平時の何十倍の速度で栄養である糖分を消費していき、過負荷に焼け付きそうなくらいに熱くなりますが無視して最適解を探し続けました。

 

 

「ああ、虚刀流のことか?」

 

「七花ァ!」

 

 

予想外の身内の裏切りに思わず声を荒げてしまいます。

アイドル活動を始めて更に洗練されてきた発声スキル等により、私の声は咆哮といっても過言ではないくらいの音響でした。

七花的には何の悪気もなかったのかもしれませんが、悪気がないからといってむやみに私の黒歴史を開帳したことが許されるわけではありません。

 

 

「え、えと‥‥渡さん。その‥‥虚刀流とは、いったいどんな武術なのでしょうか?」

 

 

私の咆哮に気圧されている部分がありますが、それでもこのトークショーを成功させようという気概が感じられました。

その与えられた仕事を完遂しようとする不屈の意志に関しましては素直に賞賛しますが、私の黒歴史に触れようとするのであればそれは自殺行為といわざるを得ません。

この世界に刀語という原作がない以上、虚刀流は私の完全オリジナルな武術といえるでしょう。

しかも設定的に刀を使わない剣術なんて言葉にしてみると厨二病の極みとも言える設定ではありませんか。

そんなものを自分で作ってみましたなんて公言されたら、私は自動的に床を掃除する機械の盟友に成り果てるでしょうね。

まあ、仮にこの世界に元ネタがあったとしても架空の武術を再現しているところで痛いことは確定なのですが、今のところ数少ないチートでもどうにもならないことなので拘っても許されるでしょう。

 

 

「‥‥語らなければいけませんか」

 

「できるのでしたら、語っていただけると助かります。もしかして、渡家に伝わる一子相伝の特殊なものでしたか?」

 

 

ゲストとして招かれたアイドルとしてはこの仕事を完遂したいとは思うのですが、それと同等、いや上回るくらいの気持ちで黒歴史を開帳したくないと思っています。

二律背反のような難題に私はいったい、どうすればいいのでしょうか。

このような状況に私を追い込んだ全ての元凶である七花に恨みがましい視線を向けると、反省はしているようですが後悔はしていないという清々しい顔をしていました。

とりあえず、これが終わった後に一発はたいておきましょう。わりと本気で。

胃が痛みますが、平和的にこの事態を潜り抜ける道を模索しましょう。

 

 

 

 

 

 

私達姉弟のトークショーに割り当てられた時間は終わり、盛大な拍手に送られながら私は舞台下手に去ります。

幕によって観客達からは一切見えない完全な死角に入ったことを確認してから、一度だけ振り返り入れ替わりで上手からステージに入るちひろ達に小さくエールを送りました。

きっと見えても聞こえてもいえないでしょうが、それでも構いません。

舞台上の華やかさとは裏腹に、ある程度纏まっているものの煩雑として慌ただしい舞台裏からステルスを展開して誰にも気がつかれないように通り抜けます。

人の流れに逆らうように控え室に戻ると着ていた衣装を脱いで、痛んだりしないように綺麗にしまい営業用のスーツに着替え、ソファに横になり深い溜息をつきました。

スーツに皺ができるとか、そういった細かいことはどうでもいいんです。

今は、この致命傷(フェイタルダメージ)を受けた精神を癒すことが何よりも優先されるのですから。

結局、あの後に私が選んだのは『虚刀流は、私達姉弟の実力を最も発揮しやすいように自分で創った武術』という真実だけではなくある程度嘘を交えながら黒歴史を全て開帳しないという道でした。

それでも自身の口から忘れたい黒歴史の一部を語るという行為は、一般人並の強度しかない私のメンタルには十分な傷を残しています。

 

 

「‥‥いったい、七花は何を考えているのかしら」

 

 

虚刀流を世間一般に知らしめたとして、七花に何かしらの利益が出るわけではありませんし、そんなオリジナル武術を創ってしまった痛い人というレッテルを張られるだけでしょうに。

もしかしたら、十年以上遅れてやってきた黒歴史時代の行いに対する復讐だというのでしょうか。

そうだとするなら、これ以上にないくらいの効果を発揮していますね。

少なくとも完全復活までに数日、全く引きずらなくなるまでには月単位の時間を必要とするでしょう。

恥ずかしさやら後悔やらが色々と入り混じった感情の濁流は、鉄面皮やポーカーフェイスのチートスキルにて表にこそ出していないものの、それもいつ決壊するかわかりません。

そんな不安定な心の天秤の揺れを感じていると、この控え室に接近してくる慌ただしい足音が聞こえてきました。

音の大きさや反響具合から相手のおおよその姿を判別し、その判明した正体に溜息をつきながら気だるい身体を起こします。

 

 

「渡さん!」

 

 

控え室に慌ただしく駆け込んできたのは武内Pでした。

いつもはあまり変わらない仏頂面が、今はとても焦っているのが伝わってくる余裕の無い表情をしていました。

 

 

「はい、何でしょう」

 

「その‥‥お怪我はないでしょうか?」

 

「怪我ですか」

 

 

メンタル的なものなら大怪我レベルのものを負っていますが、身体的なものは一切ありません。

なので、今すぐ私を1人にして放っておいてくれるとありがたいのですが、言ったところで聞いてくれないでしょうし、以前のトラウマを克服できていない武内Pの心に傷を負わせかねません。

まったくどうして人生というものは、こうも儘ならないことが多くおきてしまうのでしょうか。

神様転生したのですからもう少しこう、ご都合主義的な単純明快な展開になってはくれないのかと今は思ってしまいます。

手を振って問題ないとアピールしてみたのですが、武内Pは私の方へと歩み寄ってきました。いったい、何をするというのでしょうか。

 

 

「失礼します」

 

 

そう断りを入れると武内Pは私の右手を取り、スーツとシャツの裾を一気に捲り上げました。

恐らく下心は一切ないのでしょうが、あまりにも予想外で大胆すぎる行動に精神的重傷を負った私は上手く対応できません。

 

 

「‥‥あらあら」

 

 

チートによって常に最高の状態に保たれている玉の肌を真剣な表情で見つめられているのですが、いったいどうするべきでしょうか。

一般的なラブコメ漫画的な展開ならば悲鳴をあげて顔を赤くし飛び退くか、恥ずかしさから思わず手が出てしまうというのが王道かもしれませんが、この年齢になってかわいい子ぶったところで見苦しいだけでしょう。

それに生で腕を見られるくらいなら今までの撮影で何度もありましたし、ものによっては露出が多い格好だってありましたし。

今更これくらいで動揺するような初心さはありません。

 

 

「本当に、ないようですね」

 

「だから、そう言ってるじゃないですか」

 

「すみません。あの組手で無傷で済むとは思えませんでしたので」

 

「なるほど」

 

 

確かに10分にも満たない短い間の攻防でしたが、それでもその密度は極めて濃かったですからね。

下手をすると目で追いきれなかった人も居るのではないかというくらいの速さまで加速していきましたから。

そこまで思い出すと自動的に黒歴史を開帳させられるシーンがフラッシュバックしてきて、心の天秤が負の方へと深く大きく傾いていきます。

努めて表情には出したりしないように気をつけていますが、正直今の精神状態だと自信はありません。

反対の腕の袖も捲り上げ、傷一つないことを証明すると武内Pは安堵したように息をつきました。

私の心配をするよりも、初舞台でそのままトークショーに借り出されてしまった前川さん達4人の元についてあげたほうがいいと思うのですが。

 

 

「確認が終わったのなら、早くステージの方へと戻ってください」

 

「わかりました」

 

 

武内Pもその点は把握しているのか確認を終えるとステージの方へと戻ろうとします。

 

 

「‥‥渡さん」

 

「なんですか」

 

 

ですが、まだ何か用があるのか扉の前で止まり話しかけてきました。

アイドルの状態管理以外に何か必要なことが残っていたでしょうか。

現場で何か問題が起きているから手伝いが欲しいという応援要請なのかとも思いましたが、私に頼らずにやりきろうとしている武内Pがそんなことを言う筈がありません。

まあ、年末イベントの時のような本当にどうしようもない場合は除くでしょうが、今現在の状況からそのような致命的な問題が起きる可能性は極めて低いでしょう。

 

 

「七花から伝言です『虚刀流をばらしたのは悪かった。でも、姉ちゃんはもっと自分を出していいと思うぜ』だそうです」

 

「‥‥無茶なこと言うわ」

 

 

七花的にはあの黒歴史時代の敗北した時に、色々とぶちまけていますから今の落ち着いた私は我慢しているように見えるのでしょうか。

色々と我慢していない事もないですが、それはどんな社会人にも言えることでしょうから特に不自由はしていません。

本気を出さないようにしたりする必要はないと良かれと思って行動したのかもしれませんが、その結果が黒歴史の開帳であるのなら、もう苦笑いするしかありませんね。

しかし、いつの間に七花の事を呼び捨てにするまでの仲になったのでしょうか。

やはり仕事とは関係の薄い付き合いで男同士ですから、打ち解けるのも早いのかもしれません。

それにしても、七花を真似てタメ口で話す武内Pは、もの凄く新鮮で珍しいのですが違和感が凄いですね。

 

 

「後、これは個人の感想なのですが‥‥私は、良いと思います。虚刀流」

 

「やめてください。あれは若気の至りなんです」

 

 

確かに特撮の撮影の時とかにもさり気無く虚刀流の動きを混ぜたりしていましたが、それはその名前が世間一般に公開されていないからできたことであり、知られた今ではそれも難しいです。

今後何かする度にあの動きは虚刀流なのかと言われたら、もう死にたくなるでしょう。

 

 

「確かにそうなのかもしれませんが‥‥七花と組手をしている時の渡さんはいい笑顔でした。

それは、きっと虚刀流が他の誰のものでもない貴女だけの輝きだからではないでしょうか?」

 

 

いや、虚刀流も元々は前世の世界にあった架空武術ですと正直に言ったところでだれも信じてくれないでしょうし、下手をすると精神科等に連行されかねません。

下手に口を開いても状況は好転しないので黙っていますが、武内Pはそんな私に何を思ったのか言葉を続けます。

 

 

「以前までの自分だったら気がつくことはできなかったでしょうが、シンデレラ・プロジェクトを担当するようになってアイドルの輝き方は1つではないのではないかと思うようになりました。

夜空に輝く星がそれぞれ違うように、アイドルの輝きもそれと同じだけの数存在しているのではないかと」

 

 

武内Pには少々ロマンチストな所があるようですね。

アイドルの輝きは星の数ほどあれど、それらをただ写し取るだけの水面に本当に輝きがあるというのでしょうか。

水面は数々の星々が瞬けば瞬くほどにそれらを写し自らの輝きとしますが、その星々が消え去ってしまえばその輝きも失われるでしょう。

所詮私の全ては見稽古という神様より与えられたチートに依存したもので、私自身では何も成してはいないのです。

 

 

「ですから、輝く事を恐れず踏み出してみませんか。きっと渡さんだけの輝きは、とても素晴らしいものだと思いますから」

 

「‥‥えらく饒舌ですね」

 

 

シンデレラ・プロジェクトという大きな企画を任されたということで色々自覚が出てきて、今まで気がつかなかったことに気がつけるようになったのはいい傾向だとは思いますが、それはメンバーの娘達やちひろに向けてあげてください。

解釈次第では口説いているように取られかねませんよ。

無自覚でやっているのだとしたら、この少しポエムチックな言葉に落とされた子もいそうですね。

 

 

「言わなければならないと思いましたので」

 

「‥‥まあ、悪い気はしませんでしたよ」

 

 

不器用極まりないですが、これが武内Pなりの励ましなのでしょう。

黒歴史の開帳によって心に受けたダメージを癒すには力不足で、あまり効果はないですが、それでも全くないよりはましです。

お蔭で少しだけ、ほんの欠片程度ですが気分が軽くなった様な気がします。

 

 

「なら、良かったです」

 

「心配してくれて、ありがとうございます」

 

「私は、貴女のプロデューサーですから」

 

 

精一杯の笑顔を浮かべてお礼を言うと、武内Pも少しだけ柔らかく微笑んで今度こそステージへと急いでいきました。

全くこの私が後輩の世話になるとは思いませんでしたよ。

ここまでされて、いつまでも格好悪い姿でいるわけにはいきません。

佇立瞑目、ありがた迷惑、悔悟奮発

心の平穏をさっさと取り戻して、私もステージへと向かいましょう。ですが、今はもう少しだけ平和な休息を。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

よく冷えたビールで満たされた特大ジョッキを打ち合わせます。

今日1日で色々なことが起き過ぎてしまい、パンク寸前な精神を癒すにはやはり美酒美食が一番でしょう。

というわけで、346本社で降ろしてもらい寮組と武内Pと分かれた私達はいつもの道を通って、いつも通りに妖精社へと足を運びました。

 

 

「今日は、お疲れ様でした」

 

「お疲れ様でした」

 

 

ジョッキに注がれていたビールを飲み干し、互いに今日1日の頑張りを労います。

無事に基地祭も終えることが出来、美城としては自衛隊という新しい得意先が追加され、イベント会場で販売していたグッズも軒並み売り切れ状態となり実りの多い仕事でした。

まあ、虚刀流を暴露された私にとっては無事とは言いがたいですが。

帰りの車内でカリーニナさんが虚刀流を覚えたいと弟子入り志願してきましたが、丁重にお断りさせていただきました。

既にコマンドサンボを習得しているカリーニナさんに、未完了ですがそこそこ実戦運用可能な虚刀流を教えてしまうと更に手がつけられなくなる可能性が高いからです。

断固拒否する私に一旦は引き下がりましたが、あの様子だと諦めるなんてことはないでしょうね。

いったいカリーニナさんは、どこまで自身の要素を増やす気なのでしょうか。

 

 

「今日の仕事は色々とありましたね」

 

「‥‥そうですね」

 

 

ええ、ありましたね。黒歴史の開帳に、黒歴史の開帳と、黒歴史の開帳が。

努めて平静に振舞おうとはしているのですが、それでもやはり感情がもれてしまうようで声のトーンが少し落ちてしまいます。

ちひろ達のトークショーの裏方でなにかしている間は無駄なことを考えずに済んでいたのですが、こうして心に余裕が出来てしまうと否が応でも思い返してしまいますね。

 

 

「そんな落ち込むことないと思うんですけど」

 

「ちひろは黒歴史をばらされていないから、そう言えるんですよ」

 

 

この苦しみは黒歴史を開帳させられた者にしかわからないでしょう。

346プロの中で唯一この気持ちを理解してくれそうなのは、数年後の色々と正気に戻った神崎さんくらいでしょうね。

神崎さんの黒歴史は現在進行形でネットワークの海を開拓しているので、きっともう全て封印してしまうことは不可能です。

アイドルの方向性を転換した後に、忘れたいと思った頃に現れる黒歴史という亡霊を目の前にして神崎さんはいったいどういう風になってしまうのでしょう。

とりあえず、料理を食べましょう。

本日のお酒のお供は豚キムチです。熱い鉄板と共に運ばれてきたそれは、焼けるタレの香りが空っぽになっているおなかにガツンときます。

もはや暴力的といっても過言ではない香りに急かされるように、豚肉とキムチを口に放り込みました。

肉の脂にキムチの食感と酸味と辛味、それが香りに違わぬ濃い味のタレとあわされれば、何口でも食べられてしまいそうです。

程好いにんにくもいかにも気力が溢れ出しそうですし、カプサイシン等の効能で身体が熱くなってきて、まるで私は人間火力発電所ですね。

気持ち野菜率のほうが高めなのがカロリーに悩む女性にも優しいです。

 

 

「でも、七実さんって本当に万能ですね。自分で流派みたいなのを創ってしまうなんて」

 

「オリジナルのものを創るなんて、誰しも経験したことがあると思いますよ」

 

 

子供の頃に木の枝を剣に見立てて我流の必殺技とかを作るなんて、男性の半分以上が経験あるのではないでしょうか。

ただそれの完成度と持続性は人それぞれ異なるでしょうが。

というか人の黒歴史を掘り返さないでください。あんまりやるようなら、こちらにも迎撃の用意はありますよ。

 

 

「その話題はやめませんか」

 

 

武内Pと話してある程度気持ちは軽くはなりましたが、それでも積極的に語りたいとは思いません。

 

 

「そんなに嫌ですか?」

 

「嫌というよりも、恥ずかしいです」

 

 

今でも使うことはあるとはいえ、過去へと置いてきた数々の黒歴史が芋づる式に思い出され、それらも白昼の下へと曝されるのではないかという恐怖もあります。

人間讃歌を謳いたい魔王として君臨し、やらかし過ぎた黒歴史時代がちひろ達やシンデレラ・プロジェクトのメンバーに知られてしまったらどんな反応を取られるでしょうか。

受け入れてくれるかもしれませんが、もし拒絶されてしまったら、私はまた孤独になってしまいます。

孤高の一匹狼を気取れるほどに私の心は強くありませんし、今現在までに構築した関係が深い分そうなった時のダメージは黒歴史時代の比ではないでしょう。

 

 

「でも、意外でした。七実さんって、昔から文武両道で完璧な才女ってイメージでしたから」

 

「一応、生徒会の役職も務めたりはしていましたが、完璧な優等生とは言いがたかったでしょうね」

 

「そうなんですか」

 

「納得がいかなかったら、校長であろうと噛み付いていましたから」

 

 

チート全開で色々と法や校則を解釈して上手く立ち回っていましたから、問題を起こしても碌な処罰も与えられず教員からすれば厄介な問題児扱いされていたでしょう。

ですが、その問題行動を帳消しにするだけの功績を学校に還元していましたから、プラスマイナスは丁度ゼロになっているはずです。

 

 

「そんなこと言われると、私気になります」

 

「これ以上は教えてあげません」

 

「ケチ!」

 

「ケチで結構」

 

 

必要な分は語りましたから、これ以上は駄目です。

ちひろは納得がいかないようで頬を膨らませていますが、そんな可愛い行動をしても駄目なものは駄目なのです。

そんなケチな人から教えてもらう武内Pの好みのメニュー集は要らないですね。

 

 

「ですが、4人の初舞台が成功して良かったです」

 

「そうですね。みんな、帰りの車内でも興奮しっぱなしでしたね」

 

「あれが若さって言うんでしょうね」

 

 

346所属アイドルの中で年長組と呼ばれる方に属する私達の初舞台は、余韻に浸ったりもしましたが、打ち上げで騒いだりしながらも事後処理について話したりしていましたから。

確かにあの時話し合っていたお蔭で効率よく処理が出来て、色々と手間が省けてみんなが早く帰ることが出来たのですが、あの4人の様子を見ていると少々味気なかったのではないかと思うのです。

 

 

「やめてください!」

 

 

ちひろもその事を思い出したのか、頭を抱えて悲痛な叫びをあげます。

大人になってしまうと夢よりも現実重視となりペース配分や効率を追求しすぎて、我武者羅な行動は出来なくなってしまうのかもしれません。

あの子供らしい、諦めることなく直向に夢を追い続ける情熱は、今からでも取り戻せるでしょうか。

そんな悩みを吹き飛ばすよう、弟の元ネタキャラの台詞を私風にして述べるなら。

『考えなしも悪いでしょうが、考えすぎも良くない』

 

 

 

 

 

 

 

その後、予想通りといいますか、ネット上の一部で虚刀流の話題が広まり。

そして、昼行灯の策略によって私が務めるライ○ーの設定のなかに虚刀流が組み込まれたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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