チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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皆様、遅ればせながら新年おめでとうございます。
本年も渡 七実を主人公とした拙作をよろしくお願い致します。

今回は4話に当たる話ですが、本編には絡まないのでオリジナルと化しています。
ご了承ください。


若くして求めれば老いて豊かである

どうも、私を見ているであろう皆様。

弟の依頼で舞い込んできた自衛隊の基地祭を凡そ問題なく終えることができました。

初舞台を踏んだあの4人も舞台経験を積んだことにより、一層レッスンにも身が入ったようで良い経験になったようで何よりです。

私の場合、虚刀流という黒歴史の断片を開帳されてしまい多大な精神的ダメージを負いましたが、それも時間が全て解決してくれるでしょう。

人間諦めが肝心という事もありますし、嘆いていても何も始まりませんから考えるのをやめて仕事に励んで現実逃避しましょうか。

今日はアイドル関係の仕事も入っていませんし、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達はPR用の動画撮影をするそうなので忙しいでしょう。

なので、無心で仕事に打ち込めるというわけです。

部下たちには虚刀流について触れないようにと朝の時点で厳命しておきましたし、そんなくだらない事に現を抜かせていられるほど私の統括する部署は暇ではありません。

立ち位置的にはアイドル部門所属ではありますが、アイドル業は多岐にわたることが多くなります。

それ故私の部署は部門の枠を越えた遊撃的な働きを主としておりますので、その仕事量は相応に増えていきます。

もっとも、それも私のチート能力に掛かれば定時までに片付けられるものでしかありませんが。

今回の基地祭関係最後の提出書類を完成させ、シンデレラ・プロジェクトに振っても大丈夫そうな簡単な仕事を見繕います。

スイーツ特集のリポートは三村さんが喜びそうな内容ですが、舞台経験すらない新人には重すぎるでしょうから却下ですね。

メルヘンで可愛いお店のようですから九杜Pに振っておきましょう。アイドルを弄りすぎる嫌いがありますが、絶対に許容限界は超えないといういい性格をしている彼なら適切な人員に回してくれるはずです。

 

 

「係長、休憩されてはいかがですか?」

 

 

部下の1人が私に休憩を勧めてきました。

時計を確認するとかれこれ3時間近く仕事を続けていたようですね。

黒歴史が開帳されたという現実から逃避するためとはいえ、色々と捗りすぎてしまいました。これでは午後からすることがなくなってしまいます。

1つの仕事を延々と長引かせる事は可能ですが、1時間もすれば飽きてしまいますし、それにそんなことは私の矜持が許しません。

 

 

「‥‥そうですね」

 

「後の仕事は、自分達で進めておきますのでゆっくりされてください」

 

「何時間でも構いませんよ。‥‥というか、これ以上頑張られると俺達の立つ瀬がないので」

 

 

そこまで言われてしまったら、休憩を取らざるを得ないですね。

部下がいない頃には自分の好き勝手なペースで仕事が出来ていたのですが、こうして少しでも偉くなってしまうと下のもののことも慮らないといけないのが難しいです。

とりあえず、カフェスペースでコーヒーでも飲みながらこれからのことを考えましょうか。

平行進行していた作業を手早く一区切りつけて、後のことを部下に任せて席を立ちます。

部屋を出る際に部下たちにも適宜休憩を取るようにと伝えておく事も忘れません。優秀な人材の集まりではありますが、私のように無限の体力や高い集中力を維持できるわけありませんから。

無理が祟って身体を壊してしまっては、これから先があるのにあまりにも勿体無いです。

まあ、見稽古によって医療系のスキルも充実していますから、大きな変化や重篤な病気を発症しそうであれば見ればわかります。なので、そんなことになる可能性は低いでしょう。

 

 

『なっちゃぁ~~ん!』

 

 

階段の方が早いですが、何となく気分でエレベーターを待っているとあの子が床から飛び出してきました。

私の対人察知スキルは反響定位等様々な状況で使えるものを豊富に持っていますが、幽霊のような非現実的なオカルト存在を察知する能力は持っていませんので、急に現れられると心臓に悪い事この上ないです。

大人としての面子を保つために表情にこそ出していませんが、心臓は早鐘のように脈動していました。

探していた相手は私のようですが、いったい何があったというのでしょうか。

とりあえず、周囲に誰もいないかを確認しておきます。

これを怠って会話を始めてしまうと私はエレベーターの扉に向かって話しかけている、疲れ果ててノイローゼ状態になった人みたいに勘違いされかねません。

 

 

「どうかしましたか」

 

『あのね、ちょっとなっちゃんに会って欲しい人が居るんだ』

 

「別に構いませんよ」

 

 

と了承したものの、よくよく考えてみると会って欲しい人というのはご同類(幽霊)以外にありえないでしょうね。

見えていれば恐怖はないのですが、それでもあまりこういったホラー関係は得意ではありません。

ゾンビ等の実体のある相手ならまだいいのですが、幽霊のような実体を持たない存在が相手であると対応手段がないからです。

幽霊に触れられるようなスキルが習得できたらそうでもなくなるのですが、誰か身近にそのようなスキルを持った人はいないものでしょうか。

 

 

「で、どこに行けばいいですか」

 

『今は、地下の噂の空き部屋に居るよ!』

 

「‥‥やはり霊でしたか」

 

 

噂の空き部屋というのは、本社ビルの地下階にある物置と化している部屋なのですが、人目が届かない事をいいことにそこで怠けたり風紀を乱したりするような行為をしようとした輩が居たのです。

ですが、そういった事をしようとすると、まるで何か刃物を突きつけられたかのような恐怖感が込み上げてくるそうで全て未遂で終わっていました。

現状では噂の類でしかありませんが、何かしら被害がでるようであれば対応せねばならないなと思っていました。

しかし、その原因の方からの接触があるとは思っていませんでしたよ。

開いたエレベーターに乗り込み、件の部屋がある地下階のボタンを押します。

 

 

「で、その会って欲しい相手とは」

 

『さっちゃんはね。戦国時代を生きたお侍さんなんだって』

 

「なんと」

 

 

戦国時代とは随分大昔ですね。

歴女とかではないので学校教育で学ぶ以上のことは知りませんが、あの時代の戦国武将達の生き様には色々と思うところはありますし、もし出会えるのであればその極めた武術を見稽古してみたいとは思っていました。

さっちゃんと呼ばれていますが、侍ならば当然男性でしょうし現代までこの現世に執着する理由とはいったい何なのでしょうか。

先程まで幽霊に会わねばならないと気が重かったのですが、少しだけ興味が湧きました。

目的の地下に到着し、噂の部屋へと向かいます。

 

 

『さっちゃん、小梅、連れてきたよ!』

 

「‥‥おつかれ」

 

 

どうやら、白坂ちゃんも来ていたようですね。

まあ、幽霊絡みであればこういったオカルト大好きな白坂ちゃんが来ない筈がないので、これは想定の範囲内です。

蛍光灯で照らされる薄暗い部屋の中にぽつんと立っている姿は、ホラー映画のワンシーンみたいな光景でした。

 

 

『‥‥』

 

 

そして、その奥に噂の原因となったであろう侍の幽霊が居ました。

身長は私より低い160cm台前半でしょうが、実戦の中で鍛え上げられたと思われる肉体やその鋭い眼光や放つ威圧感で実際より大きく感じますね。

身に着けているものは薄汚れた道着ですが、その手にはよく手入れがされている日本刀が握られています。

私の姿を見て何を思ったかは知りませんが、殺気をぶつけてくるのはやめてくれませんかね。

指向性がないせいで白坂ちゃんやあの子にまで影響がでていますし、私もぶつけ続けられていると精神が磨り減りそうになってしまいます。

なので、私も威圧させてもらいましょう。

侍にのみ感じられるようにある程度加減をした威圧をぶつけました。

バトル漫画的な展開かもしれませんが、殺気を受ければ相手がどんな人間かはだいたい推測がつきます。

この侍は戦いに、しかも現代社会では経験することはまずないであろう物騒極まりない殺し合いのような血みどろの戦いに飢えているようですね。

恐らく、今まで現世にしがみ付いていたのもそれが原因でしょう。

そうであるのなら、もう幽霊ではなく怨霊の域に達しているのではないでしょうか。

 

 

『見事!』

 

 

私が一歩も退かずに威圧し返してきた事に大変満足したのか、侍はとてもいい笑顔を浮かべました。

その笑顔はアイドルたちが浮かべる、見ている人達に幸せな気持ちを分け与えてくれる明るくあたたかいものではなく、まるで獣が牙をむくような攻撃的なものですね。

かんらかんらという表現が似合いそうな笑い声を上げ、殺気を放つのをやめて床に座り込みます。

見稽古で様々な武術を習得してきた私にはわかりますが、楽に座っているように見えていつでも斬りかかれる体勢を取っています。

本当に油断も隙もない相手ですね。そんな相手に気に入られた事を喜ぶべきなのでしょうか、哀しむべきなのでしょうか。

 

 

『もう、さっちゃん!いきなりなんなのさ!』

 

『これは失敬。お主が連れてきた女子(おなご)が、なかなかどうして見事な武芸者だったのでな』

 

「もう‥‥びっくり、した‥‥」

 

 

先程までの殺伐とした雰囲気は一気に霧散し、和やかな空気が舞い戻ってきます。

本当に白坂ちゃん達が居てよかったです。居なかったら、下手をするとどう考えても物理無効な幽霊相手に一戦交える事になったでしょう。

 

 

『だから、言ったじゃん!なっちゃんなら満足するって!』

 

『今の世は、女子(おなご)も強いとは知っていたが‥‥まさか、これほどの武芸者に会えるとは思わんかったぞ』

 

「満足していただけたのなら何よりです」

 

 

お願いですから面倒ごとを起こしたり、それに私を巻き込んだりするようなことはしないでください。

後付け加えさせてもらえるのなら、歓談する際には刀から手を離すか、そうでなくてもいつでも鯉口を切れるような持ち方はやめてもらえないでしょうか。

白坂ちゃん達はわからないから気にならないでしょうが、下手に知識があると警戒せざるを得ないのです。

侍のほうもあえてそうしていて、そして私がそうしている事に気がついていることがわかっているようでますますロックオンされている気がひしひしとするのですが、お願いですから気のせいだと言ってください。

 

 

『だって、なっちゃんは自分で流派を創っちゃうくらいだからね』

 

『‥‥ほう』

 

 

あっ、今もの凄い目の色が変わりました。

何日も餌をお預けにされていた獣の前に特上の肉をぶら下げたかのようなぎらぎらと輝く眼光は、完全にロックオンされてしまったと理解するのに十分です。

余計な事を喋られる前にあの子の口を塞ぎたいのですが、幽霊相手ではそれも不可能でありどうしようもありません。

私が今できるのは、この空間から何事もなく平和に帰れるように願うだけです。

 

 

 

 

 

 

幽霊に干渉するスキルがないということで、私はあの精神的に磨り減りそうな空間から無事生還しました。

殺気をぶつけられたことはこれまでにも何度かはありましたが、所詮はこの平和な日本国の人間のものでしたから別に恐ろしくありませんでしたね。

ですが今回の幽霊のものは、日本がまだ日本として纏まっていない戦国の動乱期の中で生きた侍のもので、実際に人を殺めた事のある人間の放つ殺気は全くの別物でした。

特に虚刀流についての話が進むにつれて、殺気に指向性を持たせるようになってからは特に鋭くなってきて、私をどう斬ろうと考えているのが嫌なほどに伝わってきましたから。

時間にすれば1時間程度の邂逅だったはずなのに、精神的疲労感がもの凄いです。

黒歴史を強制開帳されたばかりで精神的に弱っているのですから、もう少しお手柔らかにしてもらえないものかと思うのですが、思うだけでは何も変わりません。

とりあえず、今後絶対に幽霊等に触れたりできるようなスキルは習得しないように気をつけましょう。

習得した途端、あの侍との手合わせが確定してしまうでしょうから。

この世界は『アイドルマスター』が原型になっているはずですが、転生者(わたし)という存在が介入するだけでこうも殺伐としたイベントが起きるようになってしまうものなのでしょうか。

蝶の羽ばたきがいずれ竜巻に至るというバタフライ・エフェクトという言葉がありますが、正直舐めていました。

 

 

『ごめんね、なっちゃん‥‥まさかさっちゃんがあんなに食いつくとは思わなかった』

 

「いつもは‥‥もっと静かでいい人、なんだけど‥‥」

 

「気にしていませんよ」

 

 

そんな邂逅を果たした私達はカフェスペースでのんびりと過ごしていました。

精神的な疲労がある時は甘いものが一番心を癒してくれます。一部例外はあるものの、やはり女性は何歳になっても甘味に目がありません。

そんなことを考えながらストロベリーアイスを一口食べます。

アイスの冷たさが口の温度でじんわりと溶け出して幸せな甘味とイチゴの仄かな酸味が広がっていきます。

濃厚な風味のアイスをこの酸味が引き締めてくれるので舌にくどさが残らずに、次の一口が進みますね。

そしてこのアイスの中に少し混ぜ込まれたイチゴの果肉の食感と酸味の強さが程よいアクセントになっていて、食べていて飽きが来そうにありません。

これ以上果肉が多すぎてしまうとアイスに勝ってしまって、それはそれで美味しいのですがイチゴのほうがメインになってしまいます。

私が今欲しいのはアイスの甘味の方なので、今日はこれくらいの量が丁度いいでしょう。

 

 

「‥‥美味しい」

 

『あぁ~~、もう!いいな!いいなぁ!!私も食べたい、食べたい!!』

 

 

私達がアイスに舌鼓を打っているとあの子が恨めしそうにアイスの盛られた器を見つめていました。

幽霊であるあの子にはものを食べることが出来ません。

その代わり物理無効や物体透過という生きている人間には到底不可能なスキルを持ち、様々な柵から開放されているのですから、それくらいは割り切ってもらうしかありません。

確かに自分は食べられないのに、目の前で他の誰かが美味しそうなものを幸せそうに食べていたら殺意が湧くのは十分に理解できますが。

 

 

『散歩してくる!』

 

「‥‥ふぃっふぇふぁっふぁい」

 

 

苛立ちを募らせてあの子は青空へと飛び出していきました。

そんな様子を白坂ちゃんはスプーンを咥えたまま手を振って見送ります。

手を覆ってしまっている長すぎる袖をパタパタとさせる姿は、許されるのなら抱きしめたくなるほどに可愛らしいですね。

 

 

「どうしたんですか、小梅さん?空に向かって手を振って?」

 

「あっ、幸子ちゃん」

 

 

ストロベリーアイスを見苦しくない一定のペースで口に運びながら白坂ちゃんを愛でていると、鞄を抱えた輿水ちゃんが現れました。

幽霊が見えない輿水ちゃんには、白坂ちゃんが空に向かって手を振っているようにしか見えないでしょう。

私もこの霊視能力を見稽古してしまうまでは、幽霊といったオカルト的な存在についてはさほど興味もありませんでしたし、見えないから居ないものだと思っていました。

 

 

「はい、かわいいボクですよ」

 

 

薄幸そうで暗めな白坂ちゃんとは対極にあるといえる自信に溢れる明るい輿水ちゃんは、見ているだけで先程の件での精神的ストレスを吹き飛ばしてくれるようですね。

頭をちょっと強めに撫でてあげてあわあわと困惑させつつ喜ばせたいです。

 

 

「今ね‥‥あの子が、散歩に行くって‥‥言ったから‥‥見送ってたの‥‥」

 

「ひっ!ゆゆゆ、幽霊なんて‥‥いいいる、っる、わけないじゃないですか!」

 

 

後ずさりをして視線をあちこちに漂わせながら冷や汗をかくなんて、何とあからさまな動揺の仕方でしょうか。

テンプレ過ぎて面白みにかけるとバラエティなら酷評されそうですが、ですが輿水ちゃんの場合はそのリアクションすらも愛らしく見えます。

 

 

「なな、七実さんからも、何か言ってください!」

 

 

怯える輿水ちゃんから助けを求められたのですが、申し訳ありませんが私もそちら側(オカルト)に片足を突っ込んでいるので、何とも言えません。

 

 

「‥‥七実さんも、見える‥‥人、だよ‥‥?」

 

「う、嘘です!そんななな、そんなオカルトありえません!」

 

「残念ですが、先程噂の地下室に居憑いた戦国時代の侍と会談してきたところです」

 

「いやああぁぁぁぁ~~~っ!!」

 

 

余程幽霊が苦手なのか、恐怖で取り乱した輿水ちゃんが持っていた鞄を放り投げて白坂ちゃんに抱きつきます。

どうしてその対象が私ではなかったのかと思いますが、抱きついた輿水ちゃんの頭を優しく微笑みながら撫でてあげる白坂ちゃんは、幼さと母性という相反するはずの属性が混在しており、しかしそれでいて全く違和感のない不思議な魅力に溢れていました。

とりあえず、その光景に混ざれそうもない私は2人を愛でつつ放り投げられた鞄を回収でもしましょう。

 

 

「‥‥よしよし」

 

「お化けなんて、嘘です。お化けなんて、いないんです」

 

 

飛び散った鞄の中身を回収していると国語、数学等といった基礎5科目のノートを見つけました。

開いていたページを眺めてみると懐かしい内容が書かれていて、自身の中学時代を思い出します。

そして、黒歴史全盛期という特大級の核地雷を踏み抜いて、今すぐこの床を転げまわりたいという衝動に駆られますが、そんなことをすれば頭のおかしい人扱い待ったなしなので必死に堪えました。

やらかしエピソードを密封し、記憶の奥底に沈め、呼吸を整えて素早くノート達を回収します。

輿水ちゃんはまだ慰められているようなので、鞄は私達が使っていたテーブルの上に置いておきました。

かなり溶けかかっていた残りのストロベリーアイスを味わいながらも迅速に処理して、2人を愛でることに集中しましょう。

こんな光景は早々見ることは出来ないでしょうから。

 

 

「‥‥すみません、取り乱しました」

 

「いいよ‥‥友達、だから‥‥」

 

「‥‥って、今思い出しましたけど、ボクがホラー嫌いになったのは小梅さんのせいですからね!」

 

「そう、だっけ‥‥?」

 

 

輿水ちゃんの幽霊嫌いの原因は白坂ちゃんのようですが、いったい何をしたのでしょうか。

凡その推測はつきますが。

 

 

「そうですよ!この前寮に泊まりに行った時に、夜通し色々語っていたじゃないですか!

『八尺様』とか『猿夢』とか!その所為でかわいいボクは、一時1人でお手洗いにいけなくなったんですからね!」

 

「むぅ‥‥おもしろいのに‥‥」

 

「ボクには恐ろしすぎるんです!」

 

 

自分の趣味が友達にも受け入れられるわけではありません。

特に白坂ちゃんのホラー・スプラッタ映画等の趣味は万人受けするものではありませんし、見るからに怖がりな輿水ちゃんには到底理解できないでしょう。

それでもちゃんと聞いてあげている辺り、輿水ちゃんは本当に友達思いなのでしょうね。

ですが、一つ言っておかなければならないことが。

 

 

「輿水さん。ここは公共の場ですから、あまりそういったことは大声で叫ばない方がいいですよ」

 

「へっ‥‥あああ、あわあわわわ‥‥」

 

 

大声で自身が1人でトイレに行けなくなったことを暴露してしまったことに気がついた輿水ちゃんが顔を真っ赤にして蹲りました。

幸い周囲にあまり人はいなかった為、被害は最小限で済みそうです。

照れる輿水ちゃんも反則的に可愛らしいですが、このままにしておくのはあまりにも不憫すぎます。

聞いていたであろう社員達に『この件を口外したら、どうなるかわかっていますね』という念を込めた笑顔を向けると、顔を真っ青にして頷きました。

どうやら伝わってくれたようで安心しました。美城の社員はノリと察しが良くて助かります。

蹲っていた輿水ちゃんは急に立ち上がると、椅子に座って様子を眺め続けていた私に掴みかかってきました。

 

 

「ち、違うんですよ!今はもう大丈夫なんです!本当なんです!信じてください!」

 

「はい」

 

「これはですね‥‥そう、演技!演技なんですよ!」

 

「はい」

 

 

何だか急に必死に取り繕おうとしだしましたが、先程の反応を見てそれを素直に信じる人間は皆無に近いでしょう。

しかし、涙目で顔を真っ赤にしているのが可愛いのでその点には突っ込まないでおいてあげます。

 

 

「ほ、ほら、幽霊に怯える女の子ってかわいいと思いませんか?思いますよね?

だから、自他共に認めるかわいいボクがあえてそんな演技をする事によって、さらにかわいくなるという訳なんですよ!

かわいいボクにかわいい行動、ほら完璧で隙のない単純明快な足し算でしょう?

だから、先程のボクの発言はボクのかわいさをより際立たせるための‥‥」

 

「じゃあ‥‥今度は、もっと面白い話‥‥用意、しておくね♪」

 

「ごめんなさい。今でも夜のお手洗いは怖くて堪りません」

 

 

少しS気を出した白坂ちゃんの言葉に、輿水ちゃんは見事な手のひら返しで頭を下げました。

私も前世ではそういった話は苦手でしたから、その気持ちはよくわかります。

何も見えない暗闇のなかだと編に想像力が刺激されて、考えなくていいことをついつい考えてしまったり、見えない分聴覚とかの感覚が鋭敏になってしまいちょっとした物音にも過敏に反応してしまったりするんですよね。

 

 

「大丈夫‥‥今度は、スプラッタ系だから‥‥ね?」

 

「何が、ね?なんですか!今度、友紀さん達と焼肉行く予定なんですからやめてください!」

 

 

焦心苦慮、穴があったら入りたい、嫣然一笑

輿水ちゃんの平和な未来はどっちでしょうね。

 

 

 

 

 

「では、シンデレラ・プロジェクトのPR動画撮影完了を記念して、かんぱぁ~~い!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

ちひろの音頭にあわせ、私達サンドリヨンと島村さん達3人組はグラスを打ち合わせます。

今回は未成年と一緒ですし、ちひろもかわいい後輩の前で醜態は見せたくないとのことだったので、私達2人もソフトドリンクにしました。

私は別にお酒が飲めなくても構わない質なので気にしません。

 

 

「ここが、七実さま達の行きつけなんですね」

 

「ちえりんの情報に違わぬ、かわいらしいところですなぁ。ねっ、しぶりん♪」

 

「う、うん」

 

 

島村さん達は、居酒屋とは到底思えない内装をした妖精社に興味津々のようですね。

なんだか前川さんとカリーニナさんの2人を初めて連れてきた時を思い出してしまいます。

あの時もこんな感じで喜んでくれて、連れてきた甲斐があったと思いました。

これで妖精社に来た事のあるシンデレラ・プロジェクトのメンバーは8人と半分を超えましたから、残りのメンバーも機会を見つけて連れてきてあげましょう。

 

 

「おやおや、さてはしぶりん。緊張してますな」

 

「う、うるさいよ、未央!」

 

「まあまあ、未央ちゃんも凜ちゃんも落ち着いてください。一応私達は先輩に当たりますけど、そう畏まらなくても大丈夫ですよ」

 

 

そういった言葉がすらすらと出てくるあたり、ちひろも先輩アイドルとしての自覚が強くなっているのでしょうね。

人の成長には終わりがないとは言いますが、その一面を垣間見た様な気がします。

渋谷さんとはあまり接点がないので、今までこうして面と向かって対峙したことはありませんでしたが、間近で見れば武内Pが惚れ込むのも分かる輝くものを持っていますね。

まだまだ磨かれていない原石ですが、ちゃんと丁寧に磨いてあげれば並のアイドルでは相手にならないくらいの逸材になるでしょう。

まあ、それはシンデレラ・プロジェクトのメンバー全員に言えることですが、今後が本当に楽しみです。

 

 

「ほらほら、ちひろさんもそう言ってるしさ。もっと気楽にいこうよ♪」

 

「そうですよ、凜ちゃん。遠慮なんかしたらもったいないです」

 

「2人のそのアグレッシブさは、何処からくるの」

 

「「ファンですから(だから)」」

 

 

にこやかにそう言いきる2人に対し、諦めがついたのか渋谷さんは溜息をつくと少しだけ足を崩しました。

何やら緊張していたようですが、PR動画撮影終了の身内のみでやる打ち上げの何処に緊張するような要素があったというのでしょうか。

 

 

「今日は奢りですから、明日のレッスンに響かない程度に好きなだけ食べてください」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

 

場の空気もいい感じになったので、私は食に走らせて貰うとしましょう。

最初に頼んでおいたフライドチキンが到着したので、3人に先に選ばせてあげながら十二分に吟味します。

ここは味が濃い目な手羽部分にするか、肉量と脂身の多い腰部にするか、それとも王道的な引き締まった足の部分にするか悩みますね。

今、私の手元にある飲み物は烏龍茶ですから、脂の多い腰部との相性はあまり良いとはいえません。

ならば、手羽と足の2択になるわけですが、気分的には濃い味よりも豪快に食べたい気分なので本日の私のフライドチキンチョイスは足にしましょう。

 

 

「私はコレ!」

 

 

そんな脳内会議を満場一致で終了していると本田さんが足の部分を選んでいきました。

思わずあっ、という声が漏れそうになる必死に抑えます。そんな声を漏らしてしまえば、折角いい雰囲気になった打ち上げをぶち壊してしまいかねませんから。

まだです。まだ慌てるような時間ではありません。

足の部分はまだ2つありますから、島村さんと渋谷さんのどちらかが他の部位を選べば私に回ってきます。

 

 

「未央ちゃんは、本当にフライドチキンが好きなんですね」

 

「うん、大好き!やっぱりフライドチキンはこの形じゃないと!」

 

「私も子供の頃は、ここが一番好きだったよ」

 

 

そういって渋谷さんも足の部分をとりました。

ああ、これは大変よろしくない流れが来ていますね。

 

 

「じゃあ、私も♪」

 

 

うん、知ってた。

最後に残った島村さんも予定調和のように足の部分を選んでいき、籠の中には手羽や腰部、あばらしか残っていません。

別に他の部位が美味しくないといっているわけではないのですが、今日の私の気分は足だったので他の部位となると気持ちが上滑りしていきそうです。

第二候補であった手羽を脂が零れてしまわないように付属としてやってきたペーパーで包んでから齧り付きました。

揚げたてである為か、微かにじゅうじゅうと音をさせる熱い衣を破ると鶏肉の美味しい肉汁と脂が口に広がります。

よく動かす部位なので身も程よく引き締まっており、またこの濃い鶏の味と某フランチャイズにも負けない特製ブレンドされたスパイス達との絶妙な組み合わせが堪りません。

楓ならここですかさずビールを呷るところでしょうが、今日の私達はノンアルコールデーという誓約を立てていますので、残念ながらその選択肢は却下です。

腰部を選んだちひろは少し切なそうに烏龍茶の入ったグラスを眺めていましたが、自分のファンと言ってくれる後輩を前にしていつものメンバー内で見せる情けない姿は曝せないとわかっているので、ぐっと我慢していました。

 

 

「‥‥美味しい」

 

「とっても美味しいですね。凜ちゃん、未央ちゃん」

 

「うん‥‥私、当分コンビニのフライドチキンが食べられないかも」

 

 

そうでしょう。何せ、コンビニのフライドチキンより少し高い程度の値段でこのクオリティなのですから。

妖精社の料理はどれもコレも絶品なのに値段がとても懐に優しいので、儲けを度外視してやっているのではないかと不安になることもありますが、世界各国のお酒の特上品から庶民派まで揃っているのでそちらで補填しているのかもしれません。

 

 

「気に入っていただけましたか」

 

「はい!こんなお店なら毎日でも通っちゃいそうです!」

 

 

最近はまた全員忙しくなってきて週1,2回ペースになっていますが本当に入り浸っていた時は、ほぼ毎日妖精社に来てましたからね。

世界各国のワイン飲み比べ(時間制限飲み放題)なんてやられたら、お酒好きな瑞樹や楓が食いつかない訳ありませんから。

一週間様々なワインを飲みすぎた所為か、特に一番飲んでいた楓は体臭まで少しワインの香りがするほどになって武内Pに注意を受けていましたね。

馬鹿をやったものだと思いますが、こういったことはできる年齢のうちにやっておかなければ後になると、もっとやりにくくなってしまいますから。

さて、フライドチキンのおかわりを頼みつつ、とても楽しげな3人に人生の先達からとあるドイツを代表する文豪の名言を送るなら。

『若くして求めれば老いて豊かである』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、輿水ちゃんの達てのお願いで白坂ちゃんの厳選スプラッタ映画上映会に付き合うことになり、シンデレラ・プロジェクト寮組を巻き込んで色々と大変な事になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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