チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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総合評価が1万ポイント超えました。
閲覧、評価、感想を書き込んでくださった全ての皆様に改めてお礼申し上げます。
今後も、拙作をよろしくお願いいたします。


夢中で日を過ごしていれば、いつかはわかる時がくる

どうも、私を見ているであろう皆様。

本日美城の小会議室では、私のソロ曲『拍手喝采歌合』のMVの内容について再検討する為の会議が開かれていました。

巫女治屋の店主に依頼した衣装は3日後には完成するそうなので、受領後撮影に入るまでの時間が短くなるように今一度内容を見直そうということだそうです。

虚刀流を前面に出したものに変更しようと言い出さなければ、こんな不要な時間を割かなくてもいいのですが、決まってしまったことに文句をつけても仕方ないので、きちんと会議に出席して精神的被害を最小限に止めるべく積極的に意見を出しています。

黒歴史の流出は最低限のものにしておきたいですからね。

昼行燈と武内Pからの要請によって、身を切る思いでまとめさせられた簡単な虚刀流の解説資料を一字一句見逃さないような真剣さで読み込む特撮監督に私は溜息をつきたくてなりません。

この人、美城(うち)の社員じゃないのですが、ラ○ダーの主演が決まって以来何かと関りが増えてきましたね。

今回はMVなのですが、どうしてここにいるのでしょうか。

当初の予定の名簿の中に名前はありませんでしたから、きっと変更が決まった時に昼行燈あたりが手をまわして呼んできたのでしょうね。

現行シリーズの撮影等もあり決して暇を持て余すような人物ではないはずなのですが、こんな所で油を売っていていいのでしょうか。

アクション監督も連れてきているあたり、美城上層部と特撮関係者はいったい何を考えているのかと頭が痛くなります。

 

 

「すみません、渡さん。質問よろしいですか」

 

「どうぞ」

 

 

虚刀流資料を一通り読み終えたアクション監督が手をあげました。

嫌な予感を覚えつつも無視するわけにもいきませんから発言を促します。

正直、虚刀流について色々と問い質してほしくないのですが、向こうも私を苦しめようと考えているわけでなく職務を果たそうとしているだけなのですから文句をつけるわけにもいきません。

 

 

「では、この虚刀流は手や脚を刀に見立てたものだというのは理解できたのですが、実際に見せていただくことは可能でしょうか。

どうも、紙面上だけの情報ではイメージが掴み難くて」

 

 

やっぱり、そうなりますよね。この展開は想定の範囲内です。

そうならないように床の上を転げまわりたくなる衝動と格闘しながら虚刀流を資料としてできるだけわかりやすくしたのですが、どうやらこのアクション監督は自分の目で見て考える現場主義タイプみたいですね。

確かにこういったものは文字では伝わりにくいものですから仕方ないのかもしれませんが、できることならやりたくなかったです。

 

 

「わかりました。ここでは難しいので、会議後でよろしければ別室でお見せします」

 

「ありがとうございます」

 

 

返答に満足してくれたのか、特撮陣営は嬉しそうにしていました。

私が主演を務めることになった○イダーにも虚刀流設定が追加されてしまいましたし、きっとここで見せた技をそちらにも組み込むつもりなのでしょうね。

披露するのは見栄えのいい技の方がいいでしょうから、何かと応用の利く杜若とそこからつながる奥義落花狼藉といくつかの小技を見せておけば問題ないでしょう。

何も律義に全て見せる必要もありませんし、隠したところでばれることもありませんから。

 

 

「では、配役関係についてですが、方向性の大幅な変更により戦闘シーン等が増えたことで当初の予定より増員しなければならなくなりました。

それについてはこちらで何人か候補を選出してきましたが、うちのアイドルで使いたい娘はいますか?」

 

 

殺陣シーン等もあるので体力的に問題がなさそうな日野さん、姫川さんや浜口さん、和風なイメージの強い小早川さん、鷹富士さん、道明寺さん、剣道経験者である脇山さん等のいったメンバーに加えて、シンデレラ・プロジェクトからも何人か候補として選出したのですが、さて誰が気に入られるでしょうか。

個人的にはシンデレラ・プロジェクトから選ばれて、デビュー前の足掛かりになればと思うのですが、贔屓をし過ぎては成長によくないでしょう。

浜口さん達も一応デビューはしているのですが、キャラクター性が強すぎて担当Pが上手く生かしきれていない部分がありますからフォローしておかないと路線変更を要求されかねません。

大人になれば何かと折り合いをつけられるようになるかもしれませんが、成人もしていない少女達にそんな物分かりの良さを上から要求するような真似はしたくありませんし、するつもりも一切ありませんので梃入れは必要でしょう。

個性は生かしてこそですし、需要がないのではなく、私達が需要を見つけられていないだけの可能性も大いにあるのです。

 

 

「これら全員のスケジュール調整は?」

 

「各Pとは調整済みなので、問題ありません」

 

 

その他、予算関係や衣装の調整等細かい質問が出てきましたが、それらも全て想定内の物なので1つ1つ丁寧に返答していきます。

たった一回のチャンスでも変わるアイドルは変わりますし、何がきっかけになるかわからない以上は、アイドルたちが最大限輝ける為の準備を怠らないことが私たち裏方の仕事ですから。

それに折角係長というそこそこの権力を持っているのですから、こういった時に使わなければ宝の持ち腐れでしょう。

関係者たちが渡していた資料をめくりながら、どのアイドルを起用するかを話し合い始めます。

どの娘も個性豊かですから、悩むのは当然でしょう。私もこの人選を決めるのに数日を要したのですから。

 

 

「もう、全員使いましょうか」

 

「‥‥はい?」

 

 

アクション監督が零した言葉に会議室が静まり返りました。

私を除いた全員が『その手があったか』みたいな顔をしていますが、流石に10人以上のメンバー全員を4分程度のMVに使用するのは無理があるのではないでしょうか。

全員が選ばれても問題ないように調整はしてありますが、まさか本当にそういう人間が出てくるとは思いませんでしたよ。

いや、私としては他のアイドルの娘達に機会を与えることができるので、反対どころか寧ろ賛成派の人間ですから喜べばいいのでしょうか。

 

 

「では、決を採りたいと思います。全員採用で良いという方は、挙手をお願いします」

 

 

提案者のアクション監督を筆頭に監督勢が勢いよく手を挙げたため、日和見をしていた人間たちも続くように挙手をし賛成多数で可決となりました。

会議終了後に各Pにはメールを送って採用を伝えておかなければなりませんね。

特に新人P勢は土下座しながら売り込んできたくらいですし、今日は祝杯でも挙げるかもしれませんから寸志でも渡しておきましょうか。

 

 

「わかりました。その方向で調整します」

 

「ありがとうございます」

 

「では、配役等については後日アイドル達を集めますので、そこで簡単な試験をして振り分けようと思います。

なので、後でも宜しいので都合の良い日を教えていただけますか」

 

「わかりました」

 

 

こういった会議事は、いつも昼行燈か武内Pに丸投げしていたので慣れないことは疲れますね。

今後昇進すれば、会議に出席することも増えるでしょうから嫌でも慣れていかなければならないのでしょうが、基本的に一般人並みの度胸しかない私には荷が重いです。

優秀な部下達に振ってしまおうかとも考えましたが、それをしてしまうと格好がつかないので頑張るしかないでしょう。

別にチートに頼ってしまえば、私にできないことなんてあんまりないのですから。

 

 

「では、次は虚刀流の件ですが、レッスンルームを確保してきますので少々お待ちください」

 

 

そういって私は一度会議室から退出します。

披露することにはならないという一縷の望みにかけてレッスンルームは押さえなかったのですが、これは確実に私の落ち度でしょう。

社会人として希望的観測で行動してはならないというのは知っていたのですが、それでも黒歴史を開帳しなくてもいい未来を掴みたかったのです。

まあ、決まってしまったことに関してごねていても仕方がないので、電話をかけて空いているレッスンルームを押さえました。

こういう時に他部署に貸しとかを作っておくと、突然の要求に対しても融通してくれるので助かりますね。

さて、希望的観測で動かないといったばかりですが、どうか虚刀流についてあまり深く追及されることなく平和に終わりますように。

 

 

 

 

 

 

レッスンルームを押さえた後、各PにMV採用決定のメールを送っておき、すぐに会議室に戻って虚刀流を見たいという希望者を確認しました。

特撮監督とアクション監督くらいかと思ったのですが、全体の3分の1になるとは思いませんでしたよ。

こんな人の黒歴史ともいえるものを見てみたいなんて、世の中奇特な人が多いようです。

そんな人達をレッスンルームに案内しようとしたのですが、何やら取ってくるものがあるということなので場所だけを教えておき、一度解散となりました。

私もウェア等を用意する必要があったので丁度良かったです。

取ってくるものというのに嫌な予感がしてならないのですが、今更どう足掻こうが動き出した歯車を止めることなどできないのですから素直に諦めざるを得ません。

押さえてもらったレッスンルームは数ある中でも大きい方に属するものであり、別にこんなに広いスペースを必要としていたわけではないのですが好意として受け取っておきましょう。

流石にいつもの事務員服では全力の虚刀流は無理なので、ロッカールームでウェアに着替え、ストレッチや軽く身体を動かして準備を整えておきます。

 

 

「どうして、居るんですか‥‥カリーニナさん」

 

「『監督(リジスィオール)』に聞きました!今からここで師範(ニンジャマスター)が虚刀流を披露すると!」

 

 

どこからともなくやってきたカリーニナさんが、床に正座をしながらとてもいい笑顔で答えました。

固い床に正座をしていると足を痛めてしまわないか心配になりますが、言ったところで崩しはしないでしょうね。

カリーニナさんはCDデビュー前のボイスレッスンが入っていたはずなのですが、こんなところにいていいのでしょうか。

というか、あの監督共め積極的に人の黒歴史を広めるような真似をしてくれるとは、披露する際には相手役にしてあげましょう。

見たいと言っていた虚刀流をその身で受けることで、よりイメージを掴みやすくなるでしょうし、良いこと尽くめですね。

 

 

「私に気を取られず。『鍛錬』してください」

 

 

本当なら武内Pかトレーナーあたりに連絡を入れた方がいいのかもしれませんが、生憎今スマートフォンはロッカーの中ですから手元にありません。

問題があるとしたら迎えが来るでしょうから、それまでは好きなだけ見させておきましょう。

下手に追い返そうとすると弟子入りを断った時みたいに号泣されてしまう恐れがありますし。

美少女の涙という名の最終兵器は、一切悪いことをしていないはずの自分がとてつもない大罪人になってしまったような錯覚をさせるほどの破壊力がありました。

泣かせたくないという思いと虚刀流をこれ以上広めたくないという思いを天秤にかけ、私が選んだのは『教えないけど、見て盗むのは許可する』でした。

そうしなければ、カリーニナさんはいつまでも泣き止まず、私の心が耐え切れなくなって弟子入りを認めてしまうことになっていたでしょうから仕方なかったのです。

虚刀流は見稽古のようなチートがなければ、見ただけで覚えられるようなものではないでしょうからカリーニナさんが習得することはないでしょう。

あの近接戦闘センスの塊である七花でさえ、私と一緒に鍛錬を積んでいても10年近くの歳月を要したのですから。

 

 

「さあ!さあ!」

 

 

見たくて仕方ないカリーニナさんに急かされるように、ウォーミングアップを再開します。

蹴りや貫手を繰り出す所作の1つも見逃さないようにする鋭い視線にこそばゆさを感じながらも、身体が温まってくるのに合わせて鋭さと速度を上げていきます。

ミットやトレーニングバックとかがあれば打ち込みもできるのですが、前者であれば私の攻撃を受けきれる人がいませんし、後者であれば7割ぐらいの力を出すと壊れてしまうでしょう。

それにここはアイドル達が歌やダンスをレッスンするための場所であり、間違ってもこういった武道的な鍛錬を積む場所ではありません。

無い物ねだりをしてもどうしようもないので、素直に何もない空間に仮想敵を生み出してウォーミングアップを続けます。

 

 

「アーニャ!やっぱり、ここにいた!もう、レッスンをほったらかしてトレーナーさん怒ってたよ!」

 

「ミク、『うるさいです(シュームナ)』。私は、今忙しいんです」

 

 

カリーニナさんを探しにきた前川さんが戻るようにと言いますが、虚刀流に夢中になっているためか冷たい態度で返されます。

心配しているのにそのような冷たい態度をされた前川さんは、担いでいたカバンを漁りながら笑顔のままカリーニナさんへと近づいてきますが、ほかのことに一切気をそらすことなく私を見続けているカリーニナさんは気が付く様子がありません。

いったい何をするつもりなのでしょうか。

本来ならレッスンをさぼっている時点で注意して戻すのが一番なのですが、ここは前川さんがどういった行動に出るかを静観しましょう。

仮想敵との組み手を続けながら横目で様子をうかがっていると、前川さんはカバンの中からハリセンを取り出して、大きく振りかぶり。

 

 

「セイヤァーー!!」

 

痛い(ボリーナ)!』

 

 

一切の容赦なくカリーニナさんの脳天へと振り下ろしました。

とても小気味の良い音を響かせるハリセンでしたが、いったいどうしてそれが前川さんのカバンの中に入っていたのでしょう。

もしかして、大阪生まれの学生のカバンにはハリセンが常備されているというのでしょうか。

もしそうだとするのなら、恐るべし大阪。

 

 

「何をするんですか!」

 

「ふざけたこと言ってないで、レッスンに戻るよ!まったく、せっかくCDデビューが決まったっていうのに気が緩み過ぎだよ!」

 

「レッスンは後でします!だから、もうちょっとだけ見させて!」

 

「駄目!そういって、何時間も粘るつもりでしょ!?同じ手は通用しないからね!!」

 

 

年齢は近いはずなのに、前川さんがお母さんっぽく見えてしまうやり取りに和んでしまいます。

手を引いて連れて行こうとする前川さんと壁を掴んで意地でも動かまいとするカリーニナさんの構図は、スーパーで偶に見かけるお菓子を買ってほしいと駄々をこねる子供と母親のあれにそっくりでした。

しかし、一度この手に引っかかって妥協したことがあるあたり、前川さんの仲間に対して甘くなってしまい強く出られなくなる点は注意が必要かもしれませんね。

そこまで問題になるような展開にはならないとは思いますが、気を配っておいて損はないでしょう。

 

 

「行くよ!」

 

(ニェナーダ)!!』

 

 

そんな微笑ましい光景をいつまでも見ていたいと思うのですが、レッスンルームに接近する大量の男性の足音から、監督達がやってきたのを察知します。

なにやら色々と機材を持っているのか、ガチャガチャと音がしていますね。

やっぱり、ものすごく嫌な予感がするので虚刀流の披露を取りやめにして、今すぐ係長業務に戻っては駄目でしょうか。

私の第六感が早期離脱を訴えかけているので、今すぐにでもこの場から戦略的撤退を図りたいのですが、社会人としての柵と自制心がそれを押さえます。

 

 

「すみませんでした。何分機材が多くて」

 

 

そう言ってレッスンルームに入ってきた特撮監督を始めとした虚刀流観覧希望者の皆さんは、明らかに撮影する気満々のフル装備の機材を持ち込んできました。

いやいや、映像くらいは撮られるかもしれないというのは思っていましたが、この機材の量はおかしいでしょうに。

前川さん達のじゃれ合いが吹っ飛ぶくらいの衝撃ですよ。

 

 

「それは構いませんが‥‥その撮影資材は、どういうことでしょうか」

 

「いや、映像資料として撮影させてもらおうかと思っていたら、そちらの部長さんが特典用のメイキング映像として使いたいからと快く貸してくださったんですよ。

流石は、美城さん。抜け目ありませんな」

 

「‥‥そうですか」

 

 

あの昼行燈め。後で絶対に何かしらの復讐をしてやります。

デビューして間もない私のソロ曲にメイキング映像をつけた特別版を作ったところで、制作費を回収できる程度の利益しか生まないでしょうに、いったい何を考えているのやら。

ろくでもないということはわかりますが、あの昼行燈が意味もなくこういったことをするとは思えませんので、何か思惑があってのことでしょう。

観覧希望者改め撮影班の人達は慣れた感じで素早く撮影資材を組み立て、打ち込み用として持ってきたであろうトレーニングバックやミットやクッション類を準備していきます。

 

 

「ほら、アーニャ。何だか、撮影が始まるみたいだから、さっさと戻るよ」

 

「もう少しだけ、ダメですか?」

 

 

メイキング映像の撮影の邪魔にならないように前川さんがカリーニナさんを引きずって出ていこうとしますが、それでもカリーニナさんは食い下がります。

よもや、これほど虚刀流に強い執着を見せるとは思いませんでした。

これは、いつかその熱意に押し切られて教えてあげることになってしまいそうですが、少なくとも今はまだその時ではありません。

 

 

「あのお嬢ちゃん達は、美城さんのアイドルですか?」

 

「はい。正確にはまだデビューを果たしていない候補生ですが」

 

「成程、素質は感じますからデビューしたら使わせていただきたいですね」

 

「是非お願いします」

 

 

どうやら、2人はアクション監督のお眼鏡に適ったようですね。

まあ、お世辞やこの場限りですぐに忘れられてしまう口約束の可能性が高いですが、意識の片隅にでも残っていれば売り込む際に有利に働きますから布石としては十二分でしょう。

 

 

「虚刀流の映像が特典ですか!」

 

「アーニャ、ダメだって!!」

 

「そうだよ、ハーフのお嬢ちゃん。そっちのお嬢ちゃんも気にしなくていいよ。

寧ろ、かわいい子にいいところ見せようとしてうちの奴らがいつも以上に動いてるし」

 

 

フィジカル面の強さの差が出たのか後ろから羽交い絞めにされているのに、している前川さんの方が引きずられていました。

海外系の血が入ると物怖じをしなくなるのでしょうか、カリーニナさんは特撮監督と仲良くこれから撮るメイキング映像についていろいろ話しています。

一方、前川さんは状況についていけないようで、とりあえず羽交い絞めは解いてどうしようかと視線を右往左往させていました。

レッスンをさぼっているカリーニナさんを連れ戻さなければいけないけど、偉い人と談笑しているのに割り込んで邪魔してしまうわけにもいかないというジレンマにどう行動すればいいかわからなくなっているのでしょう。

私を含め日本人という種は、自身の予想を超えた出来事への対応力が低い傾向にありますから。

 

 

「お嬢ちゃん、虚刀流で何か知っていることってあるかい」

 

はい(ダー)』「虚刀流は、7つの構えとそれに合わせた7つの奥義があります」

 

 

特撮監督の質問にカリーニナさんは得意げに答えていきます。

構えと奥義の数くらいは会議の時に渡した資料にも書いておきましたから、知られてしまっても問題ありません。

ですが、これ以上の開帳はどのような影響を与えるかわかりませんので、止めさせてもらいましょう。

 

 

「あれ、奥義は8つじゃなかったっけ?」

 

 

前川さん、貴女は私の味方だと思っていたのですが、裏切られるとは思いませんでしたよ。

8つ目の奥義というのは間違いなく虚刀流最終奥義である七花八裂・改に違いありませんね。

私は黒歴史時代以降に、その名を一度も口にしたことがないので情報の流出元は確実に七花でしょう。

今度、義妹候補ちゃんに七花が女子高生と何やらいろいろしているみたいだという情報を流してみましょうか。

前回の黒歴史をちひろに流した件についての報復にもなりますし、七花にも効果は大きいでしょうから是非そうしましょう。

 

 

「ミク!その話を詳しく!!」

 

 

自分の知らない虚刀流の情報に、カリーニナさんは勢いよく振り向き前川さんの両肩を掴みます。

10㎝以上の身長差があるためか、カリーニナさんが前川さんの顔を覗き込むような形となっており、これが異性間でのことであればドラマのキスシーンのようですね。

最近であれば百合ものも流行っているようですが、美城はそういったアブノーマルな売り出し方はしていないのでそういった仕事が回ってくることはないでしょう。

撮影スタッフの中にも百合を好むタイプの所謂『百合男子』がいたようで、少し息を荒くして2人の様子を見つめている人間がいました。

個人の嗜好にケチをつけるつもりはありませんし、人様の迷惑にならない範囲であれば個人の自由であると私は思います。

 

 

「ちょっと顔が近いって」

 

ごめんなさい(イズヴィニーチェ)』「ですが、8番目の奥義って何ですか!私、気になります!」

 

 

さて、完全に止めるタイミングを間違えてしまいましたね。

前川さんが七花八裂の情報を口にする前が最後のチャンスだったのでしょうが、それを逸してしまった以上止めたところでどうにもなりません。

止めてしまうと特撮監督達に悪い印象を与えてしまいかねませんので、人間関係が重要視される芸能界ではそれは致命的になりえるでしょう。

 

 

「私も気になるな。教えてくれるかい?」

 

「は、はい。えと‥‥七花さんって、七実さんの弟さんから聞いたんですけど『七花八裂・改』っていう最終奥義があるらしいです」

 

 

さて、これはもうMVの最終決戦シーンに使われる決めの大技が確定したとみていいでしょうね。

程門立雪、断腸の思い、琴瑟調和

虚刀流初代当主、渡 七実。平和を求めて今日も頑張ります。

 

 

 

 

 

 

嫌なことがあった日は飲んで忘れるに限るという言葉もあることですし、私は妖精社へとやってきました。

まあ、私は酔うこともできないので酔って全てを忘れることなんてできないのですが、それでもそんな気分に浸るくらいはできるでしょう。

それに今日は新顔さんもいるのですから、あまり不甲斐ない姿は見せられません。

 

 

「瑞樹、こんないい店を隠してるなんて」

 

「別に隠していたわけじゃないわ。早苗ちゃんが、いつも話を聞かずに近くの居酒屋に入っていくからよ」

 

「だって、飲みたいと思ったら即行動しないと損じゃない?」

 

 

片桐 早苗さん、警察官という安定した公務員からアイドルという不安定極まりない職業へと転職した異例の経歴を持つアイドルです。

年齢も瑞樹と同い年ですが、菜々と一緒で幼い顔立ちをしているので実年齢よりも若く見えますね。

身長も瑞樹より小さいのですが、出ているところはかなり出ているので、その容姿とアンバランスなセクシー路線な身体つきのギャップが人気らしいです。

346プロに所属する成人アイドルの類に漏れずお酒好きな彼女は、すでに特大ジョッキを3杯近く開けており、経験上酔い潰れて動けなくなって私が連れて帰ることになるに違いありません。

着替えはサイズだけなら瑞樹や菜々のが使えるかもしれませんが、あの大きく聳える山2つが収まりきるでしょうか。

 

 

「しかし、七実さまって呼ばれているから、どんな暴君かと思ったら案外普通ねぇ。シメようと手錠まで持ってきたのに」

 

 

撮影用の手錠のレプリカを人差し指でくるくると回しながら笑う片桐さんですが、その目は本気でした。

ひどい誤解を受けたものですが、やはり様付けで呼ばれるのは一般的な受けはよろしくないようですね。

 

 

「できることなら、さま付けはやめてほしいと思っています」

 

「でもねぇ、すっかり定着しちゃったわよね。七実さま」

 

「本当に、どうしてでしょうね」

 

 

確かに見稽古で人類の到達点として様々な分野において超一流という文面にしてしまうと厨二病かなと言いたくなるくらいおかしいチートっぷりですが、それでも一度も様付けを強要したことはありません。

寧ろ、そう呼ぶなと積極的に言っていた方です。なのに、どうしてこうなったのでしょう。

悩んだところで答えは出ないので、とりあえず冷めてしまう前に軟骨のから揚げを口に放り込みます。

肉と比べるとジューシーさには欠けますが、何となくやみつきになってしまう特有のこりこりした食感と油っぽさがビールの消費を早めます。

気持ち強めに利かせた胡椒の刺激が胃袋を刺激してくれて、肉のような重さがない分次の1個までの間隔が短くなり、気が付けば残り少なくなってしまいお代わりを頼むというループが生まれていました。

 

 

「早苗ちゃん、七実につられて食べると大変なことになるわよ」

 

「大変なこと?ああ、大丈夫、大丈夫。私って、太りにくい体質みたいだから」

 

 

きっと警察官で鍛えられた分筋肉がついていて、基礎代謝量が多いのでしょうね。

 

 

「なるほど、全部胸にいってるわけね。でも羨ましいわ、いったいどれだけ揉まれればそんなに育つのよ」

 

「はあ?瑞樹、あんた揉まれれば大きくなるなんて根拠のない話を信じてるの?」

 

 

好きな異性に揉まれると女性ホルモンの分泌が促進されて豊胸効果があると聞いたことがあったのですが、迷信なのでしょうか。

私はそこまである方ではありませんし、おっぱいというよりも胸筋という感じですから、そういった話題に関しては疎いのです。

学生時代は黒歴史と共に歩んだようなものでしたし、ある程度落ち着いた大学時代もチートの所為であまり親しい相手ができませんでした。

なので、恋愛事については鈍感らしく10歳以上年下の佐久間さんにはあからさまな溜息をつかれたことが多々あります。

 

 

「どうして、そう言い切れるのよ?」

 

「だって私、誰かに揉まれたことないもん」

 

「その大きさで?一度も?」

 

「別にいいでしょ!好きでここまで大きくなったわけじゃないし!

それに胸だったら雫ちゃんの方がすごいでしょ!」

 

 

確かに346プロ最大の数値を持つ及川さんの胸は、男性にとっては大量殺戮兵器と名乗れるほどの破壊力を持っています。

もはやあれは胸ではなく、それを超越した何かでしょう。

豊胸手術であれくらいのサイズになった人物は知っていますが、天然ものであの大きさまで育つのはいったいどんな突然変異があったのでしょうね。

 

 

「あれは別格よ。私達が同じステージに立てるわけないじゃない。ねぇ、七実?」

 

「同意を求めないでください。ですが、否定はしません」

 

「もう!胸の話題は禁止!次言ったら、シメるわよ!」

 

 

どうやら、片桐さんはこういった下系のネタでいじられるのが得意ではないようですね。

きっと学生の頃から、その胸のことで色々からかわれたりしたのでしょう。

性的なことに目覚める中学生の頃なんて、素直になり切れないツンデレ系が突っかかるように胸をネタにしたり、夏場の薄着になった時にクラス中の男子生徒の視線を集めてしまったりということがあったに違いありません。

私の中学生時代?知らない子ですね。

 

 

「こわぁ~~い、七実助けてぇ~~♪」

 

「助けてほしいなら、もう少し笑いを抑えたらどうです」

 

「瑞樹!こっち来なさい!いっぺんシメる!」

 

「い~や~よ♪」

 

 

こうしてはしゃぐのは飲みの場での楽しみの一つかもしれませんが、私を挟むようにしてするのは勘弁してくれませんか。

瑞樹を捕まえようと伸ばされる片桐さんの腕を回避しながら、じゃがバターを突きます。

切れ目の部分についた焦げ目とその上でゆっくりと溶けている黄金のバターは、シンプルさを追究しきった美しさの極致かもしれません。

ほくほくとした食感とほのかな優しい甘みのじゃがいもに、バターの塩気と油脂があわさることでごちそうへと昇華されています。

きっとじゃがいもとバターという存在は、こうしてじゃがバターになるためにこの世に生まれてきたのでしょう。

先程の軟骨のから揚げをよりもじゃがバターの方に安心感と満足感を覚えるのは、この身に流れる農耕民族の血にあるのかもしれませんね。

人によっては嫌いかもしれませんが、この苦みのあるざらざらとした皮の部分もじゃがバターの醍醐味だと思います。

特に焦げ目のついた部分なんて、すぐに食べてしまわないと熱さと風味が損なわれてしまいますから注意しなければなりません。

ここにマヨネーズや醤油といったトッピングを施すのもいいかもしれませんが、じゃがバターにこれ以上何かを足すのは無粋でしょう。

 

 

「何この人‥‥どうして、ああも避けながら食べ続けられるのよ」

 

「すごいでしょう?あれが七実なのよ」

 

「何だか、周りが様付けする気持ちがわかった気がするわ」

 

 

それはいったいどういう事でしょうか。

今の間に様付けされる理由がわかるようなことはなかったと思うのですが。

まあ、いいです。今は、冷めてしまわないうちにこのじゃがバター味わいましょう。

そんな疑問を後回しにしてしまう私自身に、とある明治維新に大きな影響を与えた土佐藩郷士の名言を送るなら。

『夢中で日を過ごしていれば、いつかはわかる時がくる』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、私の報復情報によって喧嘩した七花がやってきて、義妹候補ちゃんもそれを追ってきて私の部屋が修羅場になってしまい、自分で蒔いた種の尻拭いをすることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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