チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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汝平和を欲さば、25歳児への備えをせよ

どうも、私を見ているであろう皆様。

このやりとりも本当に必要なのかとも思いますが、伝統と形式を重んじる日本人として、とりあえず続けさせていただきます。

 

新しい年を迎え、もう5日程が過ぎました。企業等では仕事始めも終わり、正月気分を引きずりながら仕事をしている人も多いのではないでしょうか。

今まで事務員として働いていた頃には、年末年始は実家に帰り両親や弟と過ごしていました。

見稽古で修得された料理技能で年越しそばや御節を作らされ、親戚の子供達からお年玉というかつあげをくらい、親戚の親達や母親からは見合いを勧められると散々な年末年始ですが、それでも実家というものは良いものです。

しかし、今年は本格デビューはまだなものの小さな仕事や黒歴史化確定の特撮撮影、他にも346プロ主導の特別番組への賑やかし要員として参加等のアイドル活動をしていたので帰りませんでした。

両親や弟、親族も2X歳になってのアイドルデビューに関して理解はあるようで何も言われませんでした。

まあ、毎年貰えていたお年玉という臨時収入を得られず、愚痴を言った子供もいたようですが。

ちなみに今年の私の年越しは、346プロのカウントダウン番組の裏方でいつも通り陣頭指揮をとりつつ、エンジニアみたいな事をしていました。

本当は出演アイドルの1人になる予定だったのですが、現場でトラブルが起きた為その復旧に駆り出されたのです。屋外ステージで、管理体制やリスク管理が不十分だった事が原因でしょう。

勤続年数や学校や選択学科によって習得不可能な資格は持っていませんが、取得可能な資格はあらかたとっていますし、見稽古によって私の技能はエンジニア系でも超一流のものから修得しています。

当然、346プロ(うち)としても生中継の特別番組をトラブルのよって進行を遅らせたくないので、無駄に資格を持っている私に一縷の望みを託すかのように白羽の矢が立ったということです。

ステージに出ず、現場の復旧を手伝うようにと言った時の武内Pの顔を忘れることは出来ないでしょう。

そんなに辛いなら自分で言いに来なければいいのにとも思いましたが、そんな器用な事ができる人間ではない事も知っています。

なので、久しぶりに本気で頑張りました。

こんな事を言うのもなんですが、今まで周りに合わせて我慢していた分、全力でやれるという爽快感は最高でした。

私が全力を尽くした以上、失敗なんて在り得ず。カウントダウン特別番組は裏方の奮闘等一切表に出ることなく、恙無く終えることができました。

ステージ設営の関係者や346プロの管理者達には号泣しながら感謝され、エンジニア方面でのスカウトも受けましたが武内Pが割り込んで丁重にお断りしていました。

現在でも事務員とアイドルの二足草鞋ですし、チートでどこまで出来るか試してみたい気持ちもありますが止めておきましょう。

 

でも、企画立案して各関係部門との調整を行い、会場設営等の準備、歌って踊るアイドル活動、活動後の事務処理といった事を全て1人で行える。

そんな完全無比(コンプリート)アイドルって凄いと思いませんか。やりませんけど。

 

近況報告を兼ねた前置きはここまでにして、今私が何をしているかと言いますと。何もしていません。

特別番組関係は年末前に終わらせましたし、生放送系に出られるほどランクの高いアイドルでもありません。

また、最近有給というものを一切とっておらず、ちひろも温泉ロケ同行でいないので丁度いいからと武内Pによって半強制的に1日休みにされてしまったのです。

自分も有給を一切消化していないくせに、と言ってやりたかったのですが、深く心を抉るでしょうからやめておきました。

とりあえず、いつも通りに朝4時半に目が覚めたのでアイドル4人分の私物が増えた部屋を遅れていた大掃除も兼ねて徹底的に掃除しました。忙しくて禄にできていなかったので隅とかに汚れが溜まっていましたが、全力でやったら洗濯も含めて1時間半で終わりました。

1人暮らしには大きすぎる2LDKのマンションですが、チートを使えば呆気ないものです。

凝った料理を作るのもありですが、誰に食べさせる訳でもないのでモチベーションがいまいち上がりません。

料理人の全てが自分で食べることが好きなわけではないでしょうし、私は食べさせて誰かが喜ぶ姿が見たい方の人間なので。

最近仕事ばかりしていたので、今までの休日に何をしていたのかが思い出せません。

外に出てもいいのですが、2日前にあの黒歴史が世間へと公開されてしまったので、正直出る勇気が無いです。

某掲示板サイトで反応を見てもいいのですが、インターネットやツ○ッターとかで『346プロ特撮』がトレンドワードになっているので見たくありません。

弟からも『姉ちゃん、あれはアイドルがやっちゃ駄目だろ』との、心に致命傷を与えるメールも届きましたし。

 

 

「うぅ~~、どうしてこうなった」

 

 

枕で顔を押さえて、ベッドの上で脚をじたばたさせます。

2X歳にもなってもこんな事してて恥ずかしくないのかと、いいたくなる行動ですが。

黒歴史となりえるものが公開されたのですから、誰だって似たような行動を取ると思います。

やることも特になくなりましたし、もうこのまま二度寝してやりましょう。いやなことは寝て忘れる、それが一番です。

目を閉じて呼吸を落ち着かせれば、心地よい眠気が‥‥

 

 

「‥‥‥眠れん」

 

 

アイドルデビューしてからこの時間帯にはいつも出社済みで、大抵は掃除して適当に雑務を片づけたり、レッスンルームで軽く歌って踊ったりと常に何かをしていたので、何もしていないのが落ち着きません。

ちひろや武内Pを含めたアイドル部門の人達は、私が居なくても大丈夫でしょうか。

今日までに済ませなければならない書類や仕事を忘れていないでしょうか。楓とちひろの温泉ロケで武内Pは問題なく2人を制御できているでしょうか、菜々も今日の撮影緊張して自爆していないでしょうか。

そんなことばかり頭に浮かびます。

デビュー前は就業30分前に出社して定時に帰っていたというのに、これがワーカホリックというものですか。

仕方ないのでリビングへと移動してソファに腰掛け、適当にチャンネルを回します。

三が日は過ぎましたが、まだこの時期は新春特別番組が多く、特に目を引くようなものはありませんでした。

窓の外を見てもベランダには、烏が数羽屯しており私の顔を見ると深々とお辞儀をして静かに飛び去っていきました。

どうやら、気を使わせてしまったようです。

 

外に出ましょう。

 

このまま部屋の中にいたら数時間で苔生して茸が生えてきそうです。

とりあえず、必要最低限の身嗜みを整えて外回り用のスーツに着替えます。

何故スーツかと言いますと、ここ最近はあまり私服を着る機会もなく、部屋着やマンション周辺を出歩くときは残念系アラサーOLの定番ジャージで事足りていましたので丁度いいものがないのです。

それにこれなら、いざという時に出社可能ですし。

防寒用のコートを羽織り、外に出ます。

1月早朝の冷たい風が顔や首を撫でるように吹き抜けていきますが、今の私には身が引き締まるような気がして心地いいですね。

まだ6時過ぎなので外には人気は少なく、仕事に向かうであろうお父様方の気だるそうな姿ばかりで子供の姿はありません。

最近の子供たちは羽根突きよりもゲームでしょうし、遊びに出るとしてももう少ししてからでしょうか。

他の人とは違い子供時代を2度も経験していますが、自分が子供の頃はどうしていたか思い出せません。

まあ、思い出せたとしても10年以上も時代が違えば常識はまるっきり変わりますから当てにはなりませんけど。

 

とりあえず、346プロ方面に向かいましょう。

今年もいい事ありますように、私の一年の最初は平和ですって。

 

 

 

 

 

 

甘く見ていたわけではありませんでした。

ですが、この状況を招いたのは間違いなく私の認識不足であり、どうすることもできないでしょう。

見稽古という最強のチートをもってしても、この困難を乗り切ることは難しいです。正確に言うなら能力的には乗り切ることが出来るでしょうが、それを持つ私の心が持たないのです。

 

 

「1位だ!346ランキング1位だ!!」

 

「うそうそ、ホント?‥‥ホントだぁ!」

 

「ねぇねぇ、あれやって!あれやって!剣でズバァーーってするやつ!」

 

「ええとですね」

 

 

この世界のアイドル番組の視聴率というものを甘く見た私は、気まぐれに寄った346プロ本社近くの公園で小学生くらいの子供たちに囲まれています。

そして、あまり触れて欲しくない黒歴史の再現を要求されました。

 

 

「ええぇ~~、決めゼリフの方がいいよ!」

 

「敵をパンチでぼこぼこにする方が、かっこいいもん!」

 

「剣!」「決め台詞!」「パンチ!」

 

「おおう」

 

 

これ、やらないと駄目ですかね。

いや、こんなに目を輝かせ口論されるのはアイドルになった身としてはとても嬉しいのですが、それでも私にとってあれは惑う事なき黒歴史であり発掘はご遠慮願いたいのですが。

楽しい事が好きで、自分の欲求に素直な小学生に言ったところで空気なんて読んでくれるわけがありませんよね。

子供は好きですよ。少子高齢化の流れが来ていなければ保母さんや教師になろうかと思っていたくらいには。

嘘や欺瞞に満ちた煤けた大人の世界よりは、わかりやすく未来という希望に満ち溢れた子供たちの世界の方が惹かれるでしょう。

 

 

「すみません、子供達が。

ほら、みんな!お姉さんはこれからお仕事なんだから邪魔しちゃ駄目よ」

 

「「「「ええぇ~~~~!!」」」」

 

 

すみません、私休みで暇なんです。

さて、選択肢はいくつかあります。

 

1,このまま仕事なんですと346プロへと逃げ込む

一番単純で、私の心への被害が少なくて済みます。

2,黒歴史を繰り返す

子供たちはとても満足し、私の知名度も向上するでしょう。心には致命傷ですけど。

3,誰かが颯爽と現れ助けてくれる

ありえませんね。可能性は限りなく低いですね。

 

以上、この3つの選択肢の中で私が選ぶべき選択肢は。

 

 

「ちょっとくらい、いいでしょう?」

 

「こんなの、もうぜったい、ぜ~ったいないんだよ?」

 

「やだやだやだ、やぁだぁ~~~」

 

 

選択肢は!

 

 

(しばらくお待ちください)

 

 

森の木の葉の如くに体を軽やかに、腕を弓の如くに引き流れ星の如くに振り下ろす、その時手刀筋骨『壮』となる。

その壮拳を持って風擦れば炎立つ、敵の懐に深く入り肉斬り骨断てば、ベルリンに赤い雨が降る。

 

実際のように炎を纏う事はありませんが、人類の到達点の超人ボディによる手刀は空気を擦り上げる様な鋭さを持って振りぬかれ、鉄棒に立てかけておいたビニールパイプを両断します。

さすがは超人の必殺技(フェイバリット)と呼ばれるだけあって、相変わらずの威力ですね。

 

 

「すげぇーー!何あれ!!」

 

「ねえねえ、どうやるの?僕にも出来る?」

 

「もう一回、もう一回やって!」

 

 

私には子供を裏切ることは出来ませんでした。

結局あれから、黒歴史の再現と途中から完全に開き直って普段ではあまり披露出来ない見栄えのいい技とかを出してみたら大受けで、もう1時間近くこの調子です。

少し悪のりしてしまった感もありますが、そろそろ羞恥心が帰ってくるので勘弁して欲しいですね。

それに、子供たち以外のギャラリーも集まりつつあるようですし。

 

 

「おい、マジかよ。ビニールパイプが真っ二つになったぞ!」

 

「ありえねぇだろ!特撮のあれって、本当にマジなのか!!」

 

「じゃね?というか、ちょっと焦げ臭くね!?」

 

「うお、マジだ!アイドルって、スゲェ!」

 

 

そこの若者君、全部聞こえてますよ。

最初は子供たちとその親だけだったのですが、子供たちの騒ぐ声を聴きつけた野次馬たちが集まりだし、その様子を見た通行人が更に野次馬と化すという悪循環の果てに、そこそこな大きさの公園は30人近くの人が集まりました。しかも、まだ増え続けています。

私の名前を知っている人は少数だったのですが、野次馬同士での積極的な情報交換のお蔭様で瞬く間に広がりました。

見るだけならいいのですが、若者の一部はスマートフォンを構えていますから確実にSNS等にアップロードされたでしょう。

後で346の広報部とかに手伝ってもらってその動画は消させてもらいましょうか。

いや、そんなことをすれば火に油を注ぐようなことになるかもしれません。いったい、どうすれば。

 

 

「七実!」

 

「あっ、瑞樹」

 

 

地獄に仏とはこのことですね。

恐らく騒ぎを聞きつけて見に来て、私の姿を発見したのでしょう。

周囲の野次馬達もいきなりの高ランクアイドルの登場にどよめき、ファンもいたのか歓声が上がります。

『助けて』とアイドル同士にしかわからないサインで助けを求めると、瑞樹はあからさまな溜息をつきました。

私だって、好きでこんな状況を作ったわけではありません。この身体に流れる場の雰囲気に流されやすく、また人の期待を裏切る事の出来ない日本人の血が悪いのです。

だから、私は悪くない。

はい、言い訳ですね。わかります。

 

 

「もう、なにやってるのよ。部長が呼んでるわよ」

 

「はい、すぐに行きます」

 

 

これはお説教ですかね。一応ですがデビューしたアイドルがするには軽率すぎる行動だったような気もしますし。

まあまあのアピールになったでしょうし、黒歴史の積み重ねというマイナス面にばかり目を向けるのでなくプラス面も理解しておかないと集まった皆さんに失礼でしょう。

解散の流れに野次馬たちからは不満の声があがりますが、知ったことではありません。

私は、一刻も早くこの場から離れたいのです。

動きやすくするため近くのベンチにかけておいたコートと上着を回収し、瑞樹と合流します。

 

 

「貸し1よ」

 

「妖精社か弁当3日で」

 

「いいわ」

 

 

周囲への人には殆ど聞こえない指向性を持たせる話法で、今回の落とし所を決めます。

個人的には弁当の方が自分のついでで作ればいいので楽ですから、そちらを選んでくれるとありがたいですね。

 

 

「ええ、お集まりの皆さん。そう言うことですので、これでお仕舞いとなります。

ご観覧ありがとうございました。これからも346プロをよろしくお願いします」

 

 

そう言いながら恭しく頭を下げると、惜しみのない賛辞と拍手をいただきました。

声が音が身体の奥底までに届き、心の奥が燃え盛るように熱くなります。

これがアイドルの世界ですか。こんな凄い達成感と素晴らしい爽快さで満たされるのなら、誰もがアイドルに憧れてしまうのもわかる気がします。

この感覚は癖になりますね。

そのまま拍手に送られ、瑞樹と共に346プロ本社がある方向へと歩いて行きます。

 

 

「瑞樹」

 

「なにかしら」

 

「アイドルって、いいものですね」

 

 

私がこんな事を言うのが、余程珍しいのでしょうか。瑞樹は目を見開いて固まりました。

確かに、らしくないことは自覚していますが、そこまで驚かれてしまうとこちらとしても対応に困ります。

しかし、それも数秒の事で瑞樹は破顔すると私の首に手を回してきました。

楓より少しだけ身長の高い私に159cmの瑞樹がそれをやると必然的に中腰にならざるを得ないので、やめて欲しいのですが聞いてはもらえないでしょう。

 

 

「わかるわぁ~~。ああいう歓声を一度経験してしまうのとやめられなくなっちゃうのよね」

 

「そうですね。ちょっとだけ本気を出してみるのもいいかも、と思うくらいは」

 

「七実の本気ねぇ。あっという間に追い抜かされてSランクになりそうで怖いわ」

 

 

絶対に無理だと言えないのが私の持つ見稽古の恐ろしいところですね。

本気を出すといっても、実際には枷なんていう舐めた真似をせずに、アイドル活動に真剣に取り組んでみようと思っただけです。

それにしても中腰で移動し続けるのは肉体的には辛くないですが、歩きづらくて仕方ありません。

 

 

「瑞樹、そろそろ離してくれませんか?」

 

「いやよ。私がこうしたいんだから、もう少し我慢しなさい」

 

「何でですか。実力行使に移りますよ?」

 

「いいわよ。やってみなさい」

 

 

言質は取りました。己の言動と人類の到達点を甘く見ることを後悔しなさい。

私はチート技能を最大限駆使し、一瞬で瑞樹に一切の負担を与えないように膝裏と背中に手を回し抱え上げます。

まあ、有り体に言われるお姫様抱っこというヤツですよ。

しかし、週3くらいのペースで妖精社であれだけ飲み食いしているのに予想以上に軽いですね。

一体摂取したカロリーはどこに消えていくのでしょうか。私の場合はこのチートボディの基礎代謝量が凄いので、太ることはありません。

ようやく、自分がお姫様抱っこをされている事に気がついたのか瑞樹の顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤に茹で上がりました。

取り乱したときの表情は、同性の私でもそそるといいますか、嗜虐心をくすぐるものがありました。

 

 

「な、七実!何してるのよ!」

 

「ですから、実力行使ですよ?」

 

「降ろして!周りの人が見てるでしょう!」

 

 

降ろしてという割にはしっかり首に手を回したままで、一切抵抗しませんね。満更でもないのかもしれません。

いつも介抱させられていた分をここで返させてもらいましょう。痛みの出ない程度でしっかりと抱きかかえ、ゆっくり一歩一歩しっかりと地面を踏みしめるように歩いていきます。

勿論瑞樹に負担をかけないように、揺れが殆ど感じさせない配慮と細心の注意を払います。

 

 

「どうですか、憧れのお姫様抱っこは?」

 

「え?あっ、うん。悪くないわよ、寧ろしっかり包まれている感じがして安心感が‥‥って、何言わせるのよ!!」

 

 

なかなか好評のようで、何よりですね。

では、このまま346プロ本社までゆっくりと歩いていきましょうか。勿論このままで。

幸い時間はまだまだあるので、問題はないでしょう。

 

 

「恩を仇で返して‥‥覚えておきなさいよ!」

 

「はいはい、覚えておきますよ」

 

「はいは一回!」

 

「はぁ~~い」

 

「のばすなぁ~!」

 

 

力比べでは勝てない事がわかっているためか、瑞樹は諦めて身体をこちらに預けてきました。

少しは余裕も出てきたのか、顔の赤みも多少は引き、いつも通りの瑞樹に戻ってしまいました。もう少し取り乱した顔を見ていたかったのですが、仕方ありません。

 

感興篭絡、無我夢中、肝胆相照らす。

私のこれからに平和あれ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日は七実の奢りだからとことん飲むわよ!乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

 

1日の終わりには妖精社。値段安く種類も国籍問わず多彩、そして美味で量多し。

隠れた名店である為人の目も少ないので、現役アイドルでも安心して飲める。ここ以上に素晴らしい飲み屋はないでしょう。

とりあえずいつも通り特大ジョッキで乾杯し、いつも通り一気に飲み干します。

乾杯とは、杯を乾かすと書くのですから宣言どおりにしないと嘘吐きになってしまいますからね。

 

 

「それにしても、七実さんって思い切った事しますよね。瑞樹をお姫様抱っこで出社って、きっと伝説になりますよ」

 

「菜々、お願いだから思い出させないで。顔から火が出そうになるから」

 

「ええぇ~~、だって女の子の憧れお姫様抱っこですよ!詳細聞きたいじゃないですか」

 

 

あの朝の出来事は私としても無かった事にしたいです。

歓声や拍手を貰ってテンションが上がっていたとはいえ、流石にやりすぎました。出来る事なら、穴を掘って埋まりたいくらいです。

皆様もテンションに身を任せて行動する前には、一度冷静になってその後の事を想定しましょう。

今回の件で、私にその気があるという噂も立ったみたいですし。

期待を裏切るようで申し訳ありませんが、私は人とは違うチート能力を持っていても、中身は至ってノーマルで普通に異性が好きです。

まあ、私の能力が高すぎるためか高嶺の花扱いもしくは化物扱いされてきたので、2X歳になった現在に至った今でも誰かとお付き合いしたことはありません。

どこかにいませんかね。私と対等の位置に立てる人か、一緒に居ても卑屈にならずちゃんと見てくれる人。

 

 

「で、どうでした?どうでした?」

 

「‥‥やばかったわ。あれを異性にやられたら、一発で落ちる自信があるわ」

 

「そ、そんなに!」

 

「菜々、想像してみなさいよ。あの頼りがいのある身体に優しく包まれて、こっちの負担にならないように配慮までしてくれるのよ?

七実が女の子らしい顔立ちでよかったわ。下手に中性的だったら、私禁断の扉を開いてたかも」

 

 

お願いですから、その扉は未来永劫閉じておいてくださいね。

最近は男性アイドルも着実に増え続けているものの、女性アイドルが圧倒的大多数を占めるこの業界では仲の良いユニット等でしばしば同性愛が疑われたりします。

有名所であれば、765プロの萩原 雪歩と菊池 真や我那覇 響と四条 貴音等ですね。

765プロが公式に否定してはいますが、どこの世界にも邪推したり捏造しようとする人間はいます。

そう考えると今回の行動は軽率でしたね。今後は、テンションに身を任せすぎないように気をつけましょう。

 

 

「‥‥確かに、やばいですね」

 

「菜々も一回やってもらう?責任は取れないけど」

 

「いいえ、遠慮しておきます。菜々は瑞樹みたいに耐える自信はないので」

 

「わかるわ。菜々って、悪い男にコロッと騙されそうだもの」

 

 

わかります。好きになってしまったら、なかなか相手のことを見捨てられなくていつまでも尽くしてそうなイメージがあります。

瑞樹は、仕事とプライベートの両立が下手そうですね。後、アンチエイジングとかに力を入れすぎて理解のない男性とは口論になって別れそうです。

私は、チート能力が強すぎて恋人関係どころか、まともな友好関係すら構築が難しいレベルですよ。

正直私達は、そろそろ本気で焦らないとまずい年齢なのですが、このままでは40代目前にしても今のように皆で飲んでいるような気がしてなりません。

本当に誰か居ませんかね。人類の到達点を嫁にしようという人間は。

料理に裁縫、掃除洗濯なんでも最高レベルでこなしますし、仕事とプライベートもちゃんと両立して安心して老後まで暮らせるように稼いできますよ。

 

 

「ひどい!瑞樹だって、同じだと思いますよ」

 

「あら、私はちゃんと見切りつけるのは早いわよ?」

 

「騙されるのは、否定しないんですね」

 

 

生涯独身は嫌ですね。

チート能力を引き継ぐかどうかは知りませんが、自分が存在したという証を未来に残せないのは寂しいですから。

考えれば考えるほどネガティブになりそうです。

 

 

「話題を変えましょう。このままでは、お酒がまずくなりそうです」

 

「そうね」「賛成です」

 

 

私の意見は満場一致で採択されました。

せっかく美味しい料理を食べおいしいお酒を飲んでいるのですから、話題も明るく楽しくしないと損ですからね。

お酒や無くなったおつまみの追加注文します。

今日のお勧めはシェパーズパイですか。ビールに合うと書いてありますが、イギリス料理というのが引っかかりますね。

とりあえず、食べてみましょうか。

 

 

「そういえば、七実。貴女とちひろ、今度のマジアワのゲストに決まったから。

しかも時間延長のスペシャル版よ」

 

「はい?」

 

 

3杯目となるジョッキを飲みながら言われた瑞樹の言葉に耳を疑います。

 

 

「あっ、それ菜々にも声が掛かりましたよ。なんでも、話題沸騰中の事務員アイドルSPらしいです」

 

 

いつものメンバー中では私に次いでお酒に強い菜々はハイボールを飲んでいます。

2人共奢りだからって結構ハイペースで飲んでいますから、今日もお泊りコースとなるでしょう。

そんなことは置いておいて、誰ですかその無茶苦茶な企画を立案した昼行灯は。

こんな事や特撮みたいな事をしているから、346プロは明後日の方向にも全力を尽くすとかネット上で言われる訳ですよ。

 

 

「聞いてませんよ」

 

「いつもパーソナリティを務めている私と菜々と楓の3人に七実とちひろを含めた5人でやるらしいわよ」

 

「これって、いつものメンバーですよね。大丈夫かな」

 

 

 

大丈夫じゃない、大問題です。もう嫌な予感しかしません。

とりあえず、収録当日はアルコールの持ち込みを厳禁にしておかなければ、そこそこの歴史があるMagic hourが放送終了になりかねません。

 

 

「とりあえず、お酒の持ち込みは厳禁とします。いいですね」

 

「仕方ないけど、当然の判断よね。流石にここのノリを公共の電波に乗せる勇気は無いわ」

 

「極めて了解です。というか、菜々はリアルJKで通していますから持ち込めませんよ」

 

「問題は‥‥「楓ね」「楓ちゃんですね」Exactly(その通り)

 

 

このメンバーの中の一番の問題児、25歳児高垣 楓がお酒を持ち込まないはずがありません。

楽しいお酒の席は、即席の楓対策会議本部となりました。

 

 

「でも、考え過ぎじゃないですか?楓ちゃん、いつもちゃんとパーソナリティを務めてますし」

 

「甘いです。楓は、このメンバーが揃うと甘えモードに入ります」

 

「何かあってもリカバリーできる人間が揃っているから、いつもより自由になるわよ」

 

「あ~、想像できるなぁ~~」

 

 

楓自身も半分くらいは無意識的なものなのでしょうが、特撮打ち上げ二次会の時のような爆弾を平然と落としてくるので油断できないでしょう。

素面の時はそこまでではありませんが、アルコールが入ると何が起こるかわかりません。

取り返しのつかない事態を未然に防止する為のリスクマネジメントというものは、どんな職業においても重要です。

 

 

「とりあえず、収録前の持ち物チェックは当然として。後は何が必要だと思いますか」

 

「お菓子類のチェックも必要ね。最近は酒精の強いものも増えてきているし」

 

「我慢させるだけだと余計に持ち込もうとするかもしれませんから、何かしらの飴が必要だと思いますよ」

 

「飴ですか‥‥妖精社(ここ)で1本奢ればいいでしょうか?」

 

 

1本くらいなら懐にもダメージは少なくて済むでしょうし。

アイドル活動を始めてから事務員時代より給料は下がりましたし、節約できるところは節約したいです。

貯金は一応8桁は残していますから多少の無茶をしても大丈夫ですが、人生何が起こるかわからない以上あまり散財するつもりはありません。

 

 

「その甘やかし癖をどうにかした方がいいわよ」

 

「そうですね。いつもお世話になっている菜々が言えた事じゃないですけど‥‥

介抱にお風呂の準備、着替えや寝床の用意、次の日には美味しい朝御飯とお弁当。泊まる度にこれだと、正直ダメになりそうです」

 

 

酔っ払いに手伝わせるほど鬼畜ではありませんし、チート能力のお蔭でそれら全部を短時間かつ最小限の労力で済ませる事ができるので苦にはなりません。

それに、皆の嬉しそうな顔を見たら『もっと私に頼っていいですよ』って言いたくなります。

私もチート能力を発揮する自分に対する言い訳ができますし。

 

 

「そうですか?」

 

「まったく理解していないわね、この顔は」

 

「七実さんは将来的に『ダメ男製造機』になりそうです」

 

 

何ですか、そのもの凄い不名誉な称号は。心外です。

私は厳しくしないといけないときは、ちゃんと厳しくしますよ。

そんなこんなを話しているとオススメといわれるシェパーズパイが届きました。

イギリス料理と聞いて警戒をしていたのですが、ミートパイの一種のようです。

マッシュポテトで作ったパイ皮にラム肉を使っているので独特の風味が加わって、確かにビールによく合いそうな味です。

これに合わせるなら日本のものよりも、ギネスビールの方が合いそうですね。そうとわかれば、即注文です。

 

 

「酷い言われようですが、とりあえず今は楓対策会議です」

 

「わかったわ」「そうですね」

 

 

さて、これから色々とマジアワSPに備えて話し合いを進めていくのですが。

その意気込みをローマ帝国の軍事学者の格言を改変しながら述べさせてもらうなら。

『汝平和を欲さば、25歳児への備えをせよ』

 

 

 

後日配信されたマジアワSPは、私達の努力によってアルコール類の持ち込みは阻止されました。

内容も私に対する怒涛の質問メールやちひろによる温泉ロケの裏話、いつものメンバーでの雑談(フリートーク)等が主で、トラブルも特に無くなかなか好評でした。

このメンバーでの雑談やお泊り談義がもっと聞きたいというメールやファンレターが多数届き、346プロでユニット化が検討されるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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