チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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女は秘密を飾って美しくなる

どうも、私を見ているであろう皆様。

何がどう転んでしまった所為かはわかりませんが、虚刀流をカリーニナさんに伝授することになりました。

まあ、虚刀流については七花の暴露に始まり、昼行燈の策略によるライ○ーの公式設定化、MVの特典映像ともう隠しきれるようなレベルではなくなってしまったので、いつの日か誰かに伝授する時が来るかもしれないという予感はしていましたが、まさかこんなに早いとは思いませんでしたよ。

虚刀流と書かれた道着姿で玄関先に立ち、出社してきた私に対して『押忍!』と元気よく挨拶された時には、仕事のし過ぎで疲れているのだろうかと自分を疑ったくらいでした。

幸い、早朝だったので出社してくる社員もいなかったので変な噂が立つことはないと思いたいです。

そんなカリーニナさんの横で巻き込まれたであろう前川さんが私に対して何度も頭を下げている姿がとても不憫で、苦労人ポジションとなる未来が容易に想像できました。

シンデレラ・プロジェクトの経費で胃薬やらを常備しておいてあげましょうか。

個性派の多い中で常識人枠の胃壁が崩壊しきってしまう前に、何かしらの対処は必要でしょう。

私のように1週間もあれば大抵のダメージが完治してしまう特異体質であれば問題ないのでしょうが、前川さんの見てみた限りそのような特殊スキルを見稽古できませんでした。

アイドルの中には白坂ちゃんの霊視のように素で特異スキルを習得している人間がいるので、意外と侮れません。

つい先日も、何か勝手にスキルを習得していないかなと思っていたら『念動力(無差別)』という、激しく使い勝手の悪いものを見稽古していましたから。

部屋で試してみたのですが、スプーン(百均)を曲げようとしたら愛用の三徳包丁(4万円)が愉快な形にねじ曲がりましたから二度と使うことはないでしょう。

念動力なんてオカルトな能力なんて信じていなかったのですが、こうしてスキルとして習得されてしまった以上は認めるしかありませんね。

そんな脱線した前置きは終わりにして、現実に戻りましょう。

 

 

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 

 

現在私は快くMVの出演してくれることになったアイドルの皆さんと打ち合わせをしています。

中規模の会議室を抑えたのですが、やはり10名を超えるアイドルが一堂に会するとなかなかに華やかな光景ですね。

日野さんやKBYDのような顔見知りな人達は落ち着いた様子なのですが、その他のあまり接点の少ないアイドル達は偉く緊張していたり、何故だかライバル心剥き出しだったりとどう対応すべきか悩みます。

ちなみに、しれっと混ざろうとしていたカリーニナさん(休日出社)は新田さん(自主レッスン中)を引き連れて現れた前川さん(休日出社)によって回収されていきました。

容赦のないハリセンの一閃を受けた頭を擦りながら『絶対にあきらめません』と言っていましたが、今度レッスンをさぼったりしたら破門しますよと脅しておいたのでもう大丈夫でしょう。

出たいという気持ちは十分に伝わってくるのですが、今はデビューに向けての大事な時期ですから二足の草鞋を履くのはリスクが高すぎます。

 

 

「いえ、七実さんにはお世話になってますから、これくらい当然です!!」

 

「このかわいいボクが参加するんですから、MVの大成功は間違いないでしょうね!大船に乗った気でいて構いませんよ!」

 

「始球式のお礼もあるし、私も何でもするよ!」

 

「頼もしい限りです」

 

 

この中途半端な雰囲気の中において、日野さんやKBYDのようなムードメーカー的な役割を果たしてくれる人間はありがたいですね。

雰囲気づくりというのはチートスキルの中には含まれませんので、どうにも苦手なのです。

人の意識の空白を利用した空間製作とかなら得意なのですが、あれは地味な活動が伴いますので今すぐにはできませんし、使ったところで意味がありません。

 

 

「皆さんも一応私はアイドル部門においては係長という役職についていますが、アイドルとしては皆さんの後輩にあたりますので楽にしてください」

 

「いや、七実さんに楽にしてくださいって言われて、素直にできる人間なんて‥‥」

 

「あっ、そうなんですか。ありがとうございます」

 

「今回はちゃんとしないとって思ってたけど、助かるよ」

 

「って、茜さん!友紀さん!」

 

「予想通りどすなぁ」

 

 

流石は346プロ内でバラエティ番組担当と言われるだけあり、KBYDの雰囲気を楽しげにさせる能力は一級品ですね。

日野さんは恐らく素でやっているだけでしょうが、その何も考えない天然由来の言動によってさらに場はかき回され、周囲を巻き込む。

これは今度の会議で日野さんを加えた新規ユニットとしての活動を提案してみましょうか。

 

 

「今は身内しかいませんので、外や外部の方がいる時にそういった態度を取らなければ問題はありません」

 

「えと、七実さん。つかぬことをお聞きするのですが‥‥外や外部でそういった態度を取ったら?」

 

 

そういった場合、私は彼女たちを怒れるのでしょうか。

以前までなら恐らくできると答えていたでしょうが、先日の件がありますから今は自信をもってそう答えることができません。

しかし、役職ある人間がそんな甘さを持っていると多くの人間に知られるのはあまり良いことではありませんね。

女性の管理職というものは、何かと舐められがちになることが多いので、一々そういった手合いとオハナシをして更生させるのは面倒極まりないです。

まあ、こういう時は笑顔で濁しておけば問題ないでしょう。

最近言動関係で自爆が多いので、沈黙は金ということわざにあやかることにしました。

 

 

「友紀さん!茜さん!外では絶対ちゃんとしましょうね!絶対ですよ!!」

 

「あれ、それって振り?」

 

「私知ってます!絶対するなは、しろっていう振りなんですよね!」

 

「違いますよ!あの笑顔を見てください!あれは笑顔でも、獣が牙をむくような攻撃的な笑顔ですよ!!」

 

 

いや、そんなつもりは全くなかったのですが、どうしてそんな誤解をされてしまったのでしょうか。

私の笑顔は完璧だったはずなのに、輿水ちゃんはうっすらと涙を浮かべて姫川さんと日野さんを説得しよう焦っていました。

小早川さんはそんな輿水ちゃんの様子を楽しんでいるのか、助け舟を出す気配はありませんね。

他の集まったメンバーの皆さんも私の笑顔に何か感じたのか、先程よりも会議室内の緊張感が増してしまいました。

ああ、どうしてこうなってしまったのでしょうかと嘆いている時間も惜しいので、もう強制的に話を進めさせてもらいましょう。

本来ならここで小粋なトークの1つや2つを披露して、場の雰囲気を和やかにして好感度をある程度良い状態にしてから進めたかったのですが、それはもう無理そうです。

 

 

「さて、本題に移らせてもらいます。資料の4ページを開いてもらえますか」

 

 

流石は実際に活動しているアイドルというだけあって、私が有無を言わさずに説明を開始してもすぐに切り替えて資料を開きます。

多少納得のいっていないものもいるかもしれませんが、上手く抑え込んでいるのでしょう。

現場に出ればこういった理不尽とも思える対応は多々経験してきているでしょうから、自然と折り合いを付けられるようになったのかもしれません。

それを強要するようになるとは、私も嫌な大人になってしまったものです。

 

 

「今回の私のMVは、不本意ながら虚刀流をメインした仮想戦国戦記となっており、皆さんにはその敵役、または姫や同行人をしていただきたいと考えています」

 

「あ、あの~~‥‥」

 

 

私が今回のMV撮影についての説明をしていると、輿水ちゃんが質問したそうに手を挙げました。

何か恐ろしいものでも見てしまったか、顔を真っ青にして小さくカタカタと震えています。

 

 

「何でしょうか、輿水さん」

 

「ええとですね‥‥敵役といいましたが、虚刀流の七実さんと闘わなくては駄目なんですよね‥‥」

 

「ええ、虚刀流については未編集ですが特典映像用のものを各担当Pに渡しておいたので、確認していただけたと思いますが、何か問題が?」

 

「手加減ってしてもらえますよね?もし、そうじゃないのならかわいいボクは命の危機を感じることになるのですが」

 

 

当たり前すぎることを聞かれて、頭の上にいくつも疑問符が浮かんでしまいそうになりました。

一切手加減せずに虚刀流を振るったとしたらMVの撮影現場は、途端に大量殺人の現場と早変わりしてしまうでしょう。

黒歴史時代よりもさらに強化されたこのチートボディで人間相手に本気を出したことはありませんが、恐らく威力だけなら原作並みになっていると思いますので普通に死人が出ると思います。

そんなことは私自身が重々承知しているので、寸止めやら直前で威力を無くす等といった然るべき対応はとるつもりだったのですが、そういった配慮をしないと思われていたのでしょうか。

だとすると、この会議室に漂っていた緊張感の原因は、もしかして輿水ちゃんが抱いているような生命の危険を感じているからなのかもしれません。

私って、他のアイドル達からいったいどういう風に思われているのでしょうね。

今までは、あまり気にしないようにしていましたが、この1件によって非常に気になり始めましたよ。

悩んだり追究したりするのは後でもできますし、今は輿水ちゃんの思い違いを解くところから始めましょう。

 

 

「当然です。アイドルの皆さんに傷一つ負わせないことをお約束しましょう」

 

「あ、安心しました」

 

「幸子はん。七実はんが、そないなぽかするわけあらしません」

 

「そうだぞ、さっちん。七実さんなら、あって手加減が足りないくらいでしょ」

 

「友紀さん、その手加減が足りないのが恐ろしいんですよ!七実さんは、素でやらかすタイプですから!」

 

「‥‥成程、輿水さんはそう思っていたのですね」

 

 

これでもそういった人の命に関わる手加減の失敗なんて両手で足るくらいしかなく、それも黒歴史時代のみです。

まあ、働き出して色々と素でやらかしてしまっていることについては一切否定することのできない事実なので何も言えませんが、輿水ちゃんに命の心配をさせるほど信頼がなかったというのは少しショックです。

嘘です。少しなんてレベルではなく、精神に大ダメージでした。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではなく、このMV撮影について詰めていく必要がありますので、ダメージを無視して進行を続けましょう。

泣くのは、終わった後で十分です。

 

 

「まあ、いいでしょう。今回の撮影において、皆さんの生命を脅かすような事態にならないということを改めてお約束します。

では、話を戻します。配役につきましてはそのページに書かれている通りなのですが、今一度皆さんの身体能力を再確認させていただきたいので、この会議終了後に別室で簡単な体力測定を行います」

 

 

これは見稽古によって出演メンバー全員の現状の身体能力を把握して、私の方で相手が対応しやすいような動きを割り出すために必要なのです。

MVの迫力や見栄えを最大限に高めようとするのなら、妥協するわけにはいきません。

昼行燈が何を血迷ったか特典映像付きの特別版を売り出すというのを会議で押し通してしまいましたから、少しでもクオリティを挙げて話題性を作り、売り上げを高めておかなければなりません。

売り上げ、売り上げと利益ばかりを追及しすぎるのはあまり好きではありませんが、資本主義国家に所属している以上は致し方ないのです。

 

 

「はい!」

 

 

今度は、日野さんが手をあげました。

輿水ちゃんとは違い、天に向かって突き出すようにまっすぐに伸びている様は見ていて気持ちいいものですね。

 

 

「何でしょうか、日野さん」

 

「この体力測定で採用しないとかってことはあるんでしょうか!」

 

 

成程、一応事前通達はしておきましたが受かったと思ったらさらに測定がありますと言われたら、確かに不安にさせてしまうかもしれませんね。

最近、私の落ち度が多すぎる気がするのですが、どこか不調なのでしょうか。

係長業務、アイドル業、シンデレラ・プロジェクトのフォロー、市原家の家庭事情がある程度落ち着いたら一回病院に行ってみましょう。

 

 

「ありません。皆さんの身体能力を把握し、危険性のある動きを排除するためのものです」

 

「わかりました!それなら、全力で!気合!入れて!いきます!!」

 

 

握りこぶしを作り、気合の炎を揺らす日野さんならきっと素晴らしい結果を出してくれるに違いありません。

色々と不安はありますが、とりあえず体力測定が平和に終わることを祈りましょう。

 

 

 

 

 

 

平和を祈るという行為は、とても尊く、そして犯されるべきことではないでしょう。

ですが、有史以来この行為が続けられていますが、仮初の平和は訪れても真の平和に至ったことはありません。

争いというのは、禁断の果実を手に入れ楽園を追い出されてしまった人類にかけられた解けることのない呪いのようなものなのでしょう。

などという、厨二的な無駄に難しい言い回しをしていますが、私が何を言いたいかというと『どうしてこうなった』の一言に尽きます。

 

 

「七実殿、私と忍者アイドルの座をかけて忍術勝負をしてほしいのです!」

 

 

体力測定は恙なく終わり、出演メンバーの身体能力を把握したので、これを基にアクション内容を見直しかけた資料を製作する為に労いの言葉の後に解散を宣言しました。

ですが、緊張しているのか身体を微かに振るわせながら私の前に立った浜口さんに上記のようなお願いをされてしまったのです。

誰かの所為で色々と動画サイトにアップロードされてしまい、一部の海外のサイトでは『渡 七実=忍者』という方程式が成立されているのは確かですね。

私は一度たりとも自身が忍者だと宣言したことはないのですが、それでも一度定着してしまったイメージとは頑固な汚れのようになかなか払拭できません。

同じプロダクションに所属し、本格的に忍者系アイドルとして売り出している浜口さんのキャラを奪うような結果になってしまったことについては私も憂慮していました。

なので、今回のMVにおいては浜口さんには忍者を前面に押し出した役を演じてもらうようにしてあります。

MVの方向性上、最終的には負けてもらうことになりますが、それでも浜口さんの身体能力を生かしたアクションシーンを増やせば忍者系アイドルとして世間に認知されること間違いないでしょう。

以上の理由から、私と浜口さんが忍術勝負なんてする必要性は皆無と言えます。

 

 

「‥‥震えていますよ」

 

「こ、これは武者震いです!」

 

「そうですか」

 

 

さて、どう傷つけずお断りをするべきでしょうか。

それに忍術勝負って、どういう風に勝負して、どのように勝敗を決めたらいいのでしょう。

少年漫画に出てくる忍者バトルものみたいに相手を戦闘不能になるまで戦うのは、翌日以降のアイドル業に多大な影響を与えるので却下です。

そんな方式を取ってしまえば、私の圧勝は間違いなしですし。

浜口さんが未熟と言っているわけではなく、年齢から考えると驚くべき身体能力を持っていますが、それでもチートを持っている私には及びません。

 

 

「あやめ殿、珠美も助太刀します!」

 

「珠美殿‥‥心強いです!」

 

 

悩んでいる間に新たなる挑戦者が増えてしまいました。

脇山さんは一見高校生に見えない身長をしている可愛らしい少女ですが、日々怠らず剣道の鍛錬に励んでいる為身体の力はかなり高いです。

特に剣の扱いについては経験がある分、今回選出されたメンバーの中では一番でした。

浜口さんと脇山さんは『忍武☆繚乱』というミニイベントで共演して以来、何か通じるものがあったのかとても仲が良いそうです。

本格的なユニット化も検討されているようで、今後がとても楽しみですね。

浜口さんの横に並び竹刀を構えますが、私に争う気は一切ないというのをどうしたら理解してもらえるでしょうね。

他の選出されたメンバー達も解散と伝えたはずなのに、これから何が起こるのか興味があるのか既に観戦する気満々です。

 

 

「さっちん、どっちに賭ける?」

 

「七実さん一択ですね。負ける姿が想像できませんから」

 

「なら、うちも七実はんで」

 

 

何やら賭け事まがいのことまで始まっていますし、退路は着実にふさがれているのでしょうね。

ならば、もうさっさと片付けてしまった方が楽なのではとも思えてきました。

 

 

「‥‥ワクワク♪ワクワク♪」

 

「アーニャ、楽しみなのはわかるけど、普通ワクワクって声に出さないよ」

 

 

どこから聞きつけたのか知りませんが、カリーニナさんと前川さんもやって来ていますし。

本当に何なんでしょうね。この忍者センサー搭載ロシアンハーフは。

カリーニナさんの隣に座る巻き込まれた前川さんの手元には、程良く使い込まれてよく撓りそうなハリセンが2つ置かれており、何かあっても瞬時に制圧してくれるでしょう。

 

 

「わかりました。その勝負を受けましょう」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 

周囲の状況に押され、私が忍術勝負を受けると浜口さんと脇山さんは深々と頭を下げてきました。

そこまで感謝されるようなことではありませんが、ここで否定しても直してくれないでしょうから諦めましょう。

さて、真剣な勝負のようなのでわざと負けるようなことはしません。

こう見えて私は結構負けず嫌いなところがありますし、私という障害を乗り越えようとさらに自己研鑽に励んでもらいたいと思いますから。

 

 

「内容はそちらで決めていいですし、2人掛かりで構いませんよ」

 

 

少しだけ威圧するようにプレッシャーを放ち挑発します。

2人は一瞬プレッシャーに屈しそうになりますが、直ぐに立ち直り強い意志を秘めた視線で私を見返してきました。

そう、それでいいのです。この程度で屈するようでしたら、正直拍子抜けでした。

ああ、黒歴史の記憶とともに封印していた嗜虐心が呼び起こされてしまいそうですね。

 

 

「勝負は、参ったと言った方が負けです!あやめ、参ります!」

 

「珠美も参ります!」

 

「虚刀流初代当主 渡 七実。来ませい!」

 

 

こうも清々しく名乗られたら、相応に返さねば武を齧ったものの名折れです。

しかし、私相手に何でもありの直接勝負を仕掛けるとは勇気があると言いますか、無謀だと言いますか、楽しくなってきますね。

その若さ溢れる行動に敬意を示し、先手は譲ってあげましょう。

竹刀を構えた脇山さんが前衛を務め、浜口さんがその背後に控え援護してくる。

実に王道でわかりやすい編成ですが、小細工の類を一切感じさせないその真っ直ぐさは見ていて気持ちいいですね。

 

 

「面ッ!」

 

 

上段から最短経路且つ最速で振り下ろされた竹刀を半身で避け、その隙を狙う浜口さんの追撃も後ろに跳んで難なく避けます。

本来忍者というのは諜報員としての色が強く、戦闘には不向きなはずなのですが、浜口さんの動きを見る限り何かしらの武術も収めている戦闘もこなせる現代風忍者のようですね。

虚実を織り交ぜて相手を混乱させ、流れを掴ませないというのに重きを置かれているようで、慣れない人だと一気に持っていかれるでしょう。

菜々からの情報だと、この2人は時々チャンバラみたいなことをして遊んでいるそうで、その為か連携も上手です。

 

 

「やりますね」

 

「七実殿こそ、伊達に忍者の末裔と呼ばれるだけあって、素晴らしい身のこなしです」

 

「自分で名乗ったわけではないんですけどね」

 

 

さて、先手は譲りましたので、私も攻勢に出させてもらいましょう。

一応弟子も見ているわけですから、師匠としてみっともない姿は見せられません。

今回の勝負は忍術勝負なので、こちらも少し忍術っぽいことを披露してあげましょう。

この技も元ネタはこの世界に存在していないので、虚刀流同様に自力で再現することになりましたが、しかし様々な武術を当たれば似たようなものは多く再現することはできました。

1対1で最も効果を発揮する技なので、今回の勝負ではあまり良い選択とは言えませんが忍術っぽくてわかりやすい技ですし、多少の不利は応用で何とかなります。

漫画のようにわざわざ技名を口にするような美意識はありませんので、卑怯かもしれませんがいきなりやらせてもらいましょう。

 

相生拳法 背弄拳

 

さて、この常に相手の背後を取り続ける拳法にどうやって対応してくれるでしょうか。

一能一芸、盤楽遊喜、一日の長

平和な世界の中で磨かれた、その武を私に見せてください。

 

 

 

 

 

 

「で、大人気なく圧倒したと」

 

「‥‥」

 

 

何かあれば、妖精社。何がなくとも、妖精社。とりあえず、妖精社。

特大ジョッキのビールを片手に呆れたような溜息をつく相方の言葉に肩を落とします。

最近色々と忙しかったり、悩んだり、弟子ができたりと出来事が多すぎてテンションがおかしくなっていたのは認めましょう。

虚刀流について何とか開き直ろうとしていたのもその一端にあったのかもしれません。

それに、僅かな時間で背弄拳の特性を把握して互いの背中を合わせることで対処したりするので、段々と次はどんな風に切り抜けてくれるのかと楽しみになってきて、結果やり過ぎました。

ステルス発動に、奪刀術、三段突きやら私の持ち得る様々なチートを披露し、そして圧倒的な勝利をしたのです。

やり過ぎてしまったのに気が付いたのは、悔しそうに『参りました』と言う2人を見てからと取り返しのつかない状態になってからで、どうしようもありませんでした。

 

 

「七実さんは規格外なんですから、もう少し手加減してあげないと」

 

「‥‥はい」

 

 

いつものように呷るように飲み乾すのではなく、ちびちびと少しずつビールを消費していきます。

一応フォローを試みたのですが、勝者が敗者に対し何を言っても嫌味にしか聞こえないでしょうから『良い勝負でした』とだけ伝えて、姫川さんや日野さん達に後をお願いしました。

経費で落とすので、何か美味しいものを食べに連れて行ってあげてくださいと言っておきましたから、きっと何処か食べに行って愚痴を聞いてあげてくれたでしょう。

勿論、経費で落ちる可能性は低く、自己の失態という私的な理由で経費を使うことを私の矜持が許さないので自費で出します。

 

 

「というか、七実さんって本当に何者ですか?

アーニャちゃんとみくちゃんからの又聞きですけど、三段突きやら相手の竹刀を奪うとかできませんよ」

 

「自分で流派を創ってしまうくらい、武に打ち込んだことのある普通の人間ですよ」

 

 

まあ、今回はやり過ぎてしまったのでそう思われてしまっても仕方ないとは思いますが、流石に見稽古のことを話すわけにはいきませんので適当に濁します。

 

 

「普通の人間は自分で流派なんて創りませんし、七実さんが普通なら世界は大変なことになりますよ」

 

「ひどい言われようです」

 

 

私が普通ではないことは重々承知していますが、そのいいようは酷いでしょう。

落ち込みそうになる気分を維持するために、フィッシュ&チップスに手を伸ばしました。

フィッシュ&チップスといえば、ご飯がまずいことこの上ないで有名な英国の代表的な料理のひとつですが、妖精社で提供されるのは本場の再現ではなく日本人の舌にも合うように改良されたものですから安心できます。

白身魚の淡白な味わいがサクサクとした衣によって外に流れ出ることなく閉じ込め凝縮されています。

衣も適度に油が交換されている為か使い込まれた油の嫌な臭いもしませんし、ビネガーベースの特製つけダレの風味を殺さず逆に纏うように吸収していきます。

ビネガーの酸味、僅かに残った魚の臭みを消し去ってくれる香辛料の風味、それらによって磨かれた鰈の旨味が良く際立ち、堪らない一品へと昇華されていました。

つけダレはこれだけでなく、カレー粉が混ぜられたマヨネーズソースに本場イギリスで使用されるモルトビネガー、タルタルソース、レモン、ケチャップ、醤油だれと数多くの選択肢があるのもうれしいですね。

フライドポテトの方も一般的な細長いスティックタイプのものと半月形の皮のついたタイプが両方揃っており、その時の気分によって食べ分けることができるという至れり尽くせりな感じとなっています。

慣れ親しんだサクサクのスティックタイプとほくほくとしたジャガイモの味を楽しむことができる半月形、これらに先程のつけダレを合わせることで味の無限大な広がりを見せてくれるでしょう。

 

 

「あやめちゃんや珠美ちゃんに悪いかもしれませんが、今回の1件があって良かったです」

 

「何故ですか」

 

 

フィッシュ&チップスに満足しているとちひろがそんなことを言い出しました。

大人気なく年下の少女をいたぶるような真似をしてしまったというのに、どうしてそのような言葉が出るのでしょうか。

ちひろは、人が苦しむ様子を見て喜ぶような外道な性格をしているわけではありません。

ならば、何故そのようなことを言うのかがわかりません。

 

 

「七実さん自身は気が付いてないみたいですけど、ここ最近は特に張り詰めたような顔をしていたんですよ。

それが、今はちょっと晴れやかになってるんですよ」

 

 

そう言われて私は自分の頬に触れます。

社会人として化粧等に乱れがないかを確認したりしていましたが、周囲からそんな風に見えている顔をしているとは思ってもみませんでした。

毎日見ている分、そういった些細な変化に気が付きにくいのでしょうか。

 

 

「まあ、気が付いていたのは私達くらいでしょうけどね」

 

「そうですか」

 

「ええ、七実さんって感情を隠すのが上手いですから、こうして気が付けるようになるには付き合いが長くないと無理だと思いますよ」

 

 

ということは、楓も気が付いているのでしょうね。

瑞樹や菜々が仁奈ちゃんのことに気が付くのも早すぎるとは思っていましたが、もしかしたらこれも顔が切欠となったのかもしれません。

チートを使えば完全にばれないようにすることは可能でしょうが、技能系チートを使用している間は相応にエネルギー消費も多くなり、疲労もたまりますから常時発動は難しいでしょう。

まあ、できないというわけではありませんが。

 

 

「七実さんは、もっと感情を表に出してもいいと思いますよ」

 

「善処します」

 

 

私の内面を曝け出したりしたら、折角の今までのイメージが台無しですし、常識人枠からカオス枠へとクラスチェンジを余儀なくされるでしょう。

特に私が守りたいと思っているメンバーの前で曝け出してしまったら、慕う暖かな視線は汚物以下の何かを見る絶対零度のものになるに違いありません。

なので、この這い寄る混沌よりも混沌たる内面を表に出すというちひろの提案は脳内会議において満場一致で否決されました。

 

 

「もう、七実さんってばいつもそうなんですから」

 

「そういう性格なんですから諦めてください」

 

 

そう返してカレーマヨネーズをフライドポテトに付けて口に放り込みます。

油でカラッと揚げているフライドポテトに更に油ものであるマヨネーズを付けるという、カロリーを恐れぬ蛮勇的な行為ですが、カレーのスパイシーさとマヨネーズのまろやかさが加わったポテトは止まらなくなる美味しさですね。

最近体重の変動が激しいちひろにはこの蛮勇を試す勇気はないようですが、そういったことを気にする必要のない私は遠慮なくいかせてもらいます。

こういったこってりとした味って、男の子だなと感じますね。特にどの辺がとかはうまく言えませんが。

 

 

「でも、いつか聞かせてもらいますよ。隠している七実さんのこと」

 

 

呆れたような、慈しむような色々と入り混じった笑顔を浮かべるちひろに対して、私の今の心境を某子供名探偵に出てくる組織の一員の言葉を借りて述べるなら。

『女は秘密を飾って美しくなる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、浜口さんと脇山さんの担当Pに『忍武☆繚乱』のユニット化が決まったという報告と2人が『打倒、人類の到達点!!』というのを目標にしているという相談を受けるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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