チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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今回はみく視点です。
地の文がみくのキャラクターとずれていると感じられるかもしれませんが、ご了承ください。


番外編7 ねことライカの日々

(38話中)

 

「ああもう!アーニャは、どこほっつき歩いてるの!!」

 

 

私、前川みくは、広すぎる美城本社ビルの中を働く皆さんの邪魔にならない程度に急ぎ駆けまわっていた。

それもこれも原因は最近デビューが決まったフリーダム極まりない親友が、レッスンをすっぽかしたせいである。

アーニャとはシンデレラ・プロジェクトの最初期メンバーとして空港で初めて出会ってからの付き合いで、お互いに寮住まいということもあり、物怖じせず遠慮もない性格も相俟ってすっかり懐かれてしまったのだ。

別にそれが嫌だというわけではないが、フリーダムな行動で周囲をかき回す度に私が火消しに回ったり、フォローに入ったりしなければならないのは勘弁してほしい。

とりあえず、アーニャは見つけたら一遍しばいておこう。

昨夜、対アーニャ用に準備しておいたハリセンのお披露目がこんなにも早く来るとは、想定の範囲内だったのでそうなってしまったことに思わず溜息がこぼれる。

プロデューサーから電話がかかってきたときには何事かと思ったが、デビューが控えるこの重要な時期にレッスンをさぼるとは本当に何を考えているのだろう。

確かにアーニャの実力はシンデレラ・プロジェクトの中でも高い。

格闘技の経験がある為身体能力も高く、ロシア美人のいいところを集めてできたような誰もが目を引く容姿に、音楽的なセンスも良いという天は二物を与えずという言葉が嘘だと言いたくなるくらいの才能の塊である。

それらをあのフリーダム過ぎる性格で帳消しにしていると言えばそれまでかもしれないが、それでもキャラ付けが無ければ没個性な自分と比較すると羨ましく思えてしまう。

自分にもあれほどの魅力があれば、デビュー第一陣として名を連ねていたのではないかとさえ思ったこともある。

勿論、親友のデビューは自分の事のように嬉しく、精一杯応援と祝福はするつもりであるが、それでも心の中でささやかな嫉妬心を抱くことくらい許されるはずだ。

下手な高層建築よりも大きな美城本社の中で、行動パターンの把握しにくい気ままに動き回る一人を見つけるのは至難の業であり、プロデューサーも含めデビューに向けてレッスンをしている4人以外のシンデレラ・プロジェクト全員で捜索に当たっているが、状況は芳しくない。

 

 

みく

見つかった?

 

緒方 智絵里

ダメ、外には出てないみたい

 

RANKO・K

天上の業火が降り注ぎし仮初の庭園にも姿は見えぬ

 

みく

蘭子ちゃん、今は緊急時だからLINEは標準語でお願い

 

RANKO・K

ごめんなさい

 

緒方 智絵里

かな子ちゃんと下から回ってみるね

 

RANKO・K

私は、屋上から回ります

 

みく

お願いね。みくも色々と聞いて回ってみるから

 

 

LINEのグループ等を使って同じ寮住まいの智絵里ちゃんや蘭子ちゃんとも情報共有をしながら探しているが、それでも見つかる気配はなく、徒に時間が消費されていく。

落ち着いてアーニャの行きそうな場所を考えてみるが、何処でも『行ってみたいと思った』という感じでいても違和感がないような気がしてきた。

 

 

「あれ、前川ちゃん?どうしたの、こんなところでさ」

 

「あっ、真壁さん。おはようございます」

 

 

悩んでいる私に声をかけてきたのは、七実さんの部下である真壁さんだった。

七実さんの部下の人達とは、主に七実さんに構ってほしくて仕方がないアーニャを追いかけているうちに仲良くなり、今では色々と情報提供をしてくれるありがたい存在なのだ。

外見こそ軽薄そうな感じがあるが、見た目に反して仕事に関してはとても丁寧で真摯らしく、また周囲への気遣いを忘れないとてもいい人である。

今度現在付き合っている彼女さんと結婚式をあげるらしくて『守るべきものがある男は強いぞ。まあ、そんな相手のいないお前らにはわかんねえだろうがよ』と他の部下の人達を挑発してフルボッコにされていたこともあったが。

 

 

「‥‥いつものです」

 

「オッケー、把握した。ちょっと待ってくれよ、うちの奴らにも聞いてみるわ」

 

「お願いします」

 

 

そう言って真壁さんはスマートフォンを取り出して、他の部下の人達と連絡を取り始める。

こうしていつものというので通じてしまうあたり、入社して数か月の間にアーニャが一体どれだけフリーダムな行動をしてきたかがわかる証明ではないだろうか。

忍者にあこがれており無駄に隠密行動に長けている為、少しでも情報は欲しいところだ。

 

 

「そうか、サンキューな。はっ?俺じゃない?

前川ちゃんに直接言ってもらいたい?あぁ~~~、悪い、なんか急に電波状態が悪くなってきたわ」

 

 

そう言って真壁さんは通話を強制終了させた。電話の相手は恐らくあの人だろう。

七実さんの部下では一番情報通であるあの人ならば、アーニャの居場所とまではいかなくても切欠的なものくらいは手に入るはずである。

その優れた情報力の所為で色々と早とちりしてしまうのが玉に瑕らしいが、今回のように深読みする必要のない情報なら信頼していいだろう。

 

 

「朗報だぜ、前川ちゃん。アーニャちゃんの情報はないけど、係長が虚刀流を披露する為にレッスンルームを押さえたらしい」

 

 

確定だ。アーニャは絶対そこにいる。

今までさんざん振り回されてきた私の勘がそう告げていた。

 

 

「場所はどこですか!」

 

「前川ちゃん、焦り過ぎはよくないぜ。場所は‥‥」

 

 

真壁さんから七実さんが押さえたというレッスンルームの場所を聞くと、しっかり頭を下げてお礼を言ってから駆け出した。

勿論、先程同様他の人の迷惑にならないよう十分に配慮しながらではあるが。

アーニャもそうであるが、基本的にシンデレラ・プロジェクト内での七実さんやちひろさんの好感度は高い。

あの何を考えているかわかりにくい秘密主義的なところのあるプロデューサーと私達の緩衝材となるように動いてくれ、私達の不安に対しても積極的に相談に乗ってくれるのだから、当然の帰結というものだろう。

特に七実さんは係長としての仕事にアイドル、そして私達のフォローと忙殺されてもおかしくない量の仕事を抱えているはずなのに、普通にこなしているというのだから驚きである。

プロデューサーは何とかして休暇を作ってあげたいらしいが、時間が空くと自分で仕事を見つけてきたり、他の人の仕事を手伝ったりしだすらしく上手くいっていないらしい。

鮪が泳ぎ続けなければ死んでしまうように、七実さんも仕事をしていなければ生きていけないのではと噂されるのもわかるような気がした。

目的地であるレッスンルームまでは近いのでエレベーターを使用するよりも階段を使った方が早いので、人がいないことをしっかりと確認してから一気に駆け下りる。

アイドルは身体が資本なので、最近は毎日ではないがアーニャとのトレーニングをしている為以前よりも身のこなしが軽くなってきた気がする。

10Kmのランニングから始まり、ストレッチを挟んで腕立て伏せ、上体起こし、スクワットを25回各4セット+αというメニューを週5くらいのペースで数か月もつき合わされていれば効果が出てきて当然なのかもしれない。

おかげで、甘いものを好きなだけ食べてもダイエットする必要が殆どないし、ダンスも上手くなってきて息が切れることも少なくなってきた。

特にバーストブリージングという特殊な呼吸法は、最初は苦しいだけだったが、慣れてきた今では心を落ち着けたり体力回復を早めたりといいこと尽くめで教えてくれたことに感謝している。

目的の階に到着し、通路に人影がないのでそのままの速度を維持しながら目的地へと駆け抜けた。

目的のレッスンルーム前に到着し、軽く息を整えてから扉を開くと鍛錬する七実さんと今回の騒ぎを起こした問題児がいた。

 

 

「アーニャ!やっぱり、ここにいた!もう、レッスンをほったらかしてトレーナーさん怒ってたよ!」

 

 

そう言いながらアーニャに近づくが、当の本人はこちらに視線すら向けることなく七実さんの鍛錬を真剣な表情で見続けていた。

確かに七実さんの鍛錬は見蕩れてしまうほどに美しい。

攻撃の軌跡が一切ぶれることなく綺麗な弧を描くようで、通り抜けた後に漫画の効果みたいなものが見えるような気がするくらいである。

指先、足先までしっかりと神経が行き渡り、自身が思い描く最高の形を常に再現できる程に身体を扱えるというのは羨ましい。

七実さんが世間に知れ渡るきっかけとなった新春特番で『人類の到達点』と呼ばれるキャラクターを演じたが、間近でその万能さを見せつけられると、それもあながち間違っていないのではないかと思えてしまう。

 

 

「ミク、『うるさいです(シュームナ)』。私は、今忙しいんです」

 

 

人が色々と心配して捜しに来たというのに、そう返してきたアーニャに苛立ちを覚えたことは許されないことだろうか。いや、許されるだろう。

カバンの中にある用意しておいたハリセンを探しながらゆっくりと近づく。

普段のアーニャならこうして接近するだけで意図を察知して逃げ出してしまうのだが、今日は七実さんの鍛錬を見ることに集中している為か一切動く気配はない。

それは、私としては好都合なのでゆっくりとハリセンを取り出して振り上げる。

 

 

「セイヤァーー!!」

 

痛い(ボリーナ)!』

 

 

一切容赦なく、躊躇いなく、その頭に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

(40話以降)

 

「‥‥うん?」

 

 

朝、私はカーテンの隙間から入り込んでくる朝日と胸に感じる重みで目が覚めた。

身体を起こそうにも胸にかかる重みと起き抜けである為か上手く力が入らないので、首だけを動かしてその重みの原因を確認する。

 

 

『‥‥あたたかい(チョーブルィ)

 

 

半ば予想はしていたが、重みの原因は昨夜私の部屋に泊まったアーニャであった。

人の胸に顔をうずめて幸せそうな寝顔をしている。

同じ寮内に自分の部屋というものがあるのだからそちらで寝ればいいのにと思うのだが、寂しがり屋なのかアーニャはこうしてよく人の部屋に泊まりにくることが多い。

私の部屋だけでなく智絵里ちゃんや蘭子ちゃんの部屋にも泊まりに行っているようで、ローテーションするように回っているのではないだろうか。

こうして親友と一緒に寝るのはお泊り会みたいで楽しいので断る理由はないのだが、そろそろこの甘えん坊の自立も促さなければならないだろうかと心配にもなる。

左側はアーニャによってホールドされているので右手を動かして枕元に置いてあるスマホを手に取って時間を確認した。

 

04:27

 

今日はトレーニングに付き合う日なので早起きをする必要があるが、それでも後30分ほど時間はある。

二度寝をしようかとも思ったが、人間の頭というものは想像以上に重量があり、この違和感を無視して眠るのは難しそうだ。

少し早いがアーニャを起こしてしまうことも考えたが、こんな幸せそうな寝顔を浮かべているのを起こしてしまうのは気が引ける。

仕方ないので右手でスマホを操作し時間を潰すことにした。

昨今のアイドル事情やら、最新のネコカフェ情報、かわいい猫の登場する癒し動画などを色々と巡る。

やっぱり、ネコはいい。くりくりとした目に、ふかふかとした毛並み、行動の1つ1つが愛くるしい。

気まぐれなところもその愛らしさを彩る要素の1つでしかなく、この寮がペット厳禁でなければ何匹でも連れ込んでいただろう。

 

 

「‥‥いい匂い(フクースナ パーフニェット)

 

「‥‥うん?」

 

 

胸に顔をうずめていたアーニャが何か寝言を呟いた。

ロシア語はアーニャに習ったりしながら勉強して、簡単な会話や単語くらいなら覚えたのだが、やはりまだまだ付け焼刃の域を出ない。

こうして唐突にロシア語で何か言われても、理解が追い付かないのだ。

 

 

「いただきまぁ~~す」

 

「は?」

 

 

今度は日本語だったが、とても物騒な言葉が聞こえた。

いただきますとはいったいどういったことだろうか。

私の第六感がすさまじい警鐘を鳴らしており、視線をスマホからアーニャの方へと向けると何かを頬張ろうとするように大きく口を開いた姿が見える。

アーニャが現在顔をうずめているのは私の胸であり、その口が接近しているのもまた私の胸である。

この状況と先程の『いただきます』発言から推測される未来は1つだ。

スマホをはなして念の為と枕元にも配備しておいたハリセンを取り出し、アーニャに噛みつかれてしまう前に一閃する。

至近距離ではあまり威力を発揮できないだろうが、今は威力よりも素早さの方が重要だ。

振り下ろしたハリセンはアーニャの頭を捉えたが、勢い余って私の肩にもダメージを与える。

 

 

「痛いです‥‥なんですか?」

 

「‥‥おはよう、アーニャ」

 

 

今の一撃で目を覚ましたアーニャにとりあえず朝の挨拶をしておく。

若干涙目で頭を押さえながら起きたアーニャは、未だ自身に何が起きたかはわかっていないようだ。

 

 

おはようございます(ドーブラエ ウートラ)』「みく、どうしてハリセンを持っていますか?」

 

 

アーニャの頭が退いた為、胸にかかっていた重みもなくなったので私も身体を起こす。

その解放感を味わうようにのびをする。

 

 

「アーニャ、さっきまでどんな夢見ていたか覚えてる?」

 

「『(ソーン)』ですか?‥‥とても美味しそうなピロシキを食べようとしてました」

 

 

ピロシキというのは、あの料理のピロシキの事だろうか。

私の胸に顔をうずめていてそれを思い出すということは、私の身体からパンのような香りがするとでもいうのだろうか。

アイドルのレッスンはかなり汗をかくことが多いので、毎日念入りに身体を洗っているのに。

パジャマをめくって自分の腕の匂いをかいでみるが、パンのような香りはしない。

自分の体臭というのはなかなか気が付きにくいので、今度智絵里ちゃんや蘭子ちゃんにお願いして確認してもらおう。

 

 

「だと、思った。アーニャはね、ピロシキと間違えてみくの胸に齧り付こうとしてたの」

 

『‥‥ごめんなさい(イズヴィニーチェ)

 

「別にいいよ。わざとじゃないんだし。

私もついハリセンで叩いちゃって、ごめんね」

 

 

寝ている間の無意識的な行動で咎められては可哀想だろう。

緊急事態だったとはいえ、私も思い切りハリセンで叩いてしまったわけだし謝罪する。

 

 

「大丈夫です。そんなに痛くなかったです」

 

 

そんなやり取りをしていたら完全に目が覚めてしまった。

時間を確認するとそろそろ起きる予定だった時間になるので、このまま起きてしまおう。

ベッドから降りて、そのまま洗面台へと向かい身嗜みを整える。

本格的なデビューは決まってはいないとはいえ、一応アイドルなのだから外にでるのなら最低限の身嗜みを整えるのは当然である。

 

 

「はい、歯磨き粉」

 

ありがとう(スパスィーバ)

 

 

1人用の洗面台でこうして2人で歯を磨いたりするのも、もはや慣れてしまった。

最初の頃は順番だったのだが、4人でお泊りしていると待ち時間がどうしても長くなってしまうので段々と上手くなっていったのである。

寝る前なら別に構わないのだが、朝の1分1秒は女の子にとっては大切なのだ。

時間的余裕があれば、それだけ身嗜みをしっかりと整えることもできるし、携行品に忘れ物がないかも確認できる。

こういったことを疎かにしていては、将来的に苦労するとお母さんも言っていたので気を抜くことはない。

しかし、いつの間にかそれぞれの部屋に自分用の私物が置いてあることに違和感を覚えなくなったのだろう。

歯磨きを済ませた後はパジャマを脱いでトレーニングウェアに着替える。

 

 

「アーニャ、この前の服と下着、洗濯しておいたから持って帰るの忘れちゃだめだよ」

 

はい(ダー)

 

 

お泊りをした時は、その部屋の主がみんなの分の洗濯をすることになっている。

寮の洗濯機にも限りがあるし、少ない量で洗濯してしまうのは払っているわけではないが水道代がもったいないので時間と節約を兼ねてそうなった。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぎ、睡眠中に失われた水分を補給しておく。

これは健康や美容にも効果が高いらしく、確かにこれをしだしてから身体の調子も良くなったような気がする。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

はい(ダー)

 

 

同じように着替えと水分補給を済ませたアーニャと部屋を出る。

早朝に分類される今の時間帯は通路に人気はなく、静寂に支配されていた。

耳を澄ませば微かにテレビの音などが聞こえてくるので、全員が寝ているわけではなさそうだ。

大きな物音を立ててしまわないように慎重に寮の入口へと移動し、寮母さんにいつものトレーニングに行ってくることを伝えて外に出る。

太陽の昇りきっていない朝の外気は少し冷たいが、肺一杯に吸い込むと身体の余分な熱が抜けていくようで心地よい。

朝からロケで出発する他のアイドル達の邪魔にならない場所に移動して、準備体操とストレッチを時間をかけて念入りに行う。

こうしてしっかりと身体をほぐしておくことで怪我の可能性が格段に落ちるのだから、気を抜くことができない。

身体作りのためのトレーニングで怪我をしてレッスンや仕事ができなくなったというアイドルに未来はないだろう。

 

 

「では、行きましょうか」

 

「うん」

 

 

準備体操やストレッチが終わったら、アーニャと並んで走り出す。

別にマラソン選手になろうとしているわけではないので、ペースはゆっくりめで会話をしていてもきつくないくらいを維持する。

最初の頃はアーニャのペースに無理に合わせようとして途中でばててしまうこともあったが、今ではそんな醜態をさらすこともなくなった。

まあ、アーニャも私に合わせるようにペースを落としてくれているおかげかもしれないが。

 

 

「アーニャ、デビューが近づいてきてるけど、調子はどんな感じ?」

 

大丈夫です(ナルマーリナ)』「トレーナーに太鼓判を押されました」

 

 

もうすぐデビューを控える親友に近況を聞いてみたが、順調そうで何よりである。

あの厳しいトレーナーたちが太鼓判を押したというのなら、私が心配することはないだろう。

後は本番で緊張しないかどうかだが、あの基地祭の時の様子を思い返す限りそんな心配は必要ないかもしれない。むしろ、ステージ前なのに食べ過ぎて衣装がきつくなってしまわないかの方が心配だ。

そこら辺はきっと美波ちゃんが何とか止めてくれるだろう。

 

 

「そうなんだ。やったね」

 

はい(ダー)』「私達の曲も『流れ星(ミチオール)』みたいでカッコいいです!」

 

「CDが出たら絶対買うからね」

 

「『プレゼント(パダーラク)』しますよ?」

 

 

そう言ってくれるがこういったことをしっかりしないと駄目である。

金銭的に余裕があるわけではないが、親友のデビューシングルを買えないほどに困窮しているわけではないし、CDの売り上げはそのままユニットの評価につながるはずなので少しでも足しになるようにしてあげたい。

 

 

「いいよ。気持ちだけ受け取っとくから、両親に送ってあげなよ」

 

「勿論、パパとママに送りますよ!」

 

「うんうん、それがいいよ。きっと、物凄く喜ぶからさ」

 

はい(ダー)

 

 

穏やかに吹き抜ける朝の風が、だんだんと火照ってくる身体を擽るように通り抜けていき心地よい。

最初は巻き込まれるように始めたこのトレーニングであるが、こうして現在でも続いているのはきっとこうしてアーニャといる時間が楽しいからだろう。

そんな恥ずかしいことは面と向かっては言えないが、それでもいつか言えたらなと思う。

アーニャも私とこうして一緒にいて楽しいと思ってくれているだろうか。

 

 

「そうだ!ミク、今度夢の島公園に行きましょう!」

 

「夢の島公園?別にいいけど、何をするの?」

 

 

わざわざ行こうと言うあたり何かイベントでもやっているのだろうか。それとも面白い遊具とかが置いてあるのだろうか。

夢の島というファンシーな名前をしているので、なかなか面白そうな場所である。

智絵里ちゃんや蘭子ちゃんも誘って皆が休みの日にお弁当を作ってピクニックに行ってみるのもいいかもしれない。

フリスビーとかバトミントンを持っていけば、遊具の類が無くても色々と遊べるだろう。

きっと智絵里ちゃんは四つ葉のクローバーを探すだろうから、スカートではなくズボンで行かないと風が吹いたら大変なことになりそうだ。

 

 

「『(ズヴェズダ)』を見ます!」

 

「えっ、もしかして夜に行くの!?」

 

 

夜の公園は色々と危ない気がする。

特にアーニャはハーフで人目を惹く容姿をしているので、邪な考えを持った不審者に襲われてしまったら大変だ。

いくら日本が他の国に比べて安全だとは言え、犯罪の発生件数がゼロというわけではないのだから、自分でそういった危ない場所へと近寄らないという自衛策をとらなければ事件の被害者になってしまいかねない。

 

 

「『(ズヴェズダ)』は夜じゃないと見えませんよ?」

 

「いや、それくらいはわかるからね!」

 

「あっ、でも『明けの明星(ヴェニェーラ)』なら見えるかもしれません」

 

「ヴェニェーラって、金星だっけ?」

 

はい(ダー)

 

 

ロシア語の単語も少しずつではあるが覚えてきている実感に、心の中でガッツポーズをとる。

学校でも空いた時間を使って勉強している成果は出ているようだ。

 

 

「って、そうじゃない。夜の公園とか、危ないでしょ!

そういったのは、プロデューサーや七実さん達に相談しないと」

 

 

アイドルが勝手に出歩いて事件等に巻き込まれたら、管理責任等を問われて私達だけでなくシンデレラ・プロジェクトや美城プロ全体の問題に発展しかねないだろう。

勝手な行動でみんなのアイドルデビューに影響を与えるような迷惑はかけたくない。

 

 

「そうでした」

 

「でしょう?」

 

「なら、師範(ウチーティェリ)も誘いましょう!」

 

「そう解決するの!!」

 

 

七実さんに同行を頼めば、きっと喜んで承諾してくれるだろう。

だが、こちらの我儘でただでさえ仕事の多い七実さんの負担を増やしてしまっていいのだろうか。

本当ならプロデューサーとかの方が良いのかもしれないが、傍から見るとどこかの組の若頭にしか見えない容姿をしているプロデューサーだと巡回している警察の人に職務質問される未来しか見えない。

 

 

「楽しみですね、ミク♪」

 

「そうだね」

 

 

どうやら、もうアーニャの中で星を見に行くのは確定事項のようだ。

まあ、本当に行けるかは七実さんやプロデューサーに許可を取ってからだが、それでも私もアーニャと一緒に星を観に行くのは楽しみなので肯定する。

 

 

「みんな一緒なら、きっととても楽しいです♪」

 

 

 

 

 

朝のトレーニングを終わらせ、シャワーと着替えを終わらせて食堂へと移動する。

もう慣れてきているが朝からハードなトレーニングをしているので、お腹が空いて仕方ない。

それに朝食をしっかり食べておかないと力が出ず、レッスンの途中で低血糖を起こして倒れてしまったりすることになる。

寮母さんに頼んでご飯を大盛りにしてもらい、トレーを受け取って席を探す。

 

 

「みくちゃん、アーニャちゃん。こっち空いてるよ」

 

 

先に食堂に来ていた智絵里ちゃんが私達に手招きしているので、そちらに向かう。

蘭子ちゃんも一緒のようだが、まだ半分眠っているようで視線が定まらずうとうととしている。

きっと昨夜も遅くまで魔導書(グリモワール)という名のスケッチブックに色々と絵を描いていたに違いない。

 

 

「おはよう、智絵里ちゃん、蘭子ちゃん」

 

おはようございます(ドーブラエ ウートラ)』「チエリ、ランコ」

 

「おはよう、みくちゃん、アーニャちゃん」

 

「わずらわ‥‥太よ‥‥ね」

 

 

席に座り、合掌してこうして食事として糧となる命やそれに関わっている全ての人に対して感謝してから箸をとる。

今日の朝食はご飯と味噌汁、ハムエッグにサラダとバナナだ。

時々というか、3日に一度の割合で焼き魚が朝食メニューに入るので、そうなると魚嫌いの私にとってメインのおかずが食べられず少しひもじい思いをすることになる。

途中のコンビニで何か買えばいいだけではあるが、デビューがいつになるかわからない現状でお金の無駄遣いはしたくない。

それにご飯のおかわりは自由であり、新鮮な生たまごも置いてあるのでたまごかけご飯にするという手もある。

 

 

「2人共、今日もトレーニング?」

 

「うん」『はい(ダー)

 

「すごいね。私には、ちょっと無理かも」

 

 

確かに智絵里ちゃんは今の守ってあげたくなる儚いイメージが強く、体力がついて物凄く軽快に動き回る姿は想像ができない。

アイドルにとってキャラクターやイメージというものは重要になるので、ステージで倒れない程度の体力があるのなら無理をする必要はないと思う。

 

 

「まあ、無理することはないと思うよ」

 

「そうです。チエリは今のままが一番です」

 

 

ハムエッグにソースをかけて白身とハムの部分を箸で裂いて一口大にして口に運ぶ。

白身の淡白な味わいにハムの塩気と脂、そしてソースの濃さが合わさることによってご飯が進む。

行儀が悪いとは自覚していながらも、ついおかずを口に入れた後すかさずご飯も一口食べる。勿論、口の容量以上に詰め込んで頬が膨らむような見苦しい真似はしない。

咀嚼する間にハムエッグとご飯が混ざり合い、新たな美味しさへと昇華される。

やっぱりご飯のおかずにするならソースが一番だ。

目玉焼き系に何をかけるかは個人の好みがあり、それについて議論を始めてしまうと『きの○の山』『た○のこの里』戦争のように永遠に結論が見えないような泥沼に陥ってしまうだろう。

ちなみに、私はどちらかというとたけ○こ派である。

 

 

「うにゅ‥‥」

 

「蘭子ちゃん、食べながら寝ると喉に詰まるよ」

 

 

そう言いながらケチャップで汚れた口元を拭ってあげる智絵里ちゃんは蘭子ちゃんのお姉さんみたいだった。

 

 

「む~~」

 

「もう、夜更かしすると朝が辛いよって言ったでしょ」

 

「‥‥ふぁい、ほめんなはい」

 

 

この2人なら息もぴったりだろうし、ユニットを組むことになるかもしれない。

そう思わせるくらい、微笑ましくて仲の良い姿だった。

 

 

「おかわりに行ってきます」

 

「あっ、海苔があったらとってきて」

 

「わかりました」

 

 

いつの間にかご飯を全部食べていたアーニャがおかわりをもらいに寮母さんのところへと向かっていった。

一緒に食べ始めたはずなのに、もう1杯目を食べ終えるなんてちゃんと噛んでいるのだろうか。

よく噛んで食べないと消化にも悪いし、満腹中枢が刺激されないのでなかなか満足感を得ることができずに量を食べてしまい太る原因となるのだ。

アーニャの場合、筋肉量が多いので基礎代謝が高く心配することはないだろうが、だからといって慢心していると脂肪(やつら)はいつの間にかお腹に忍び込んでくるのである。

 

 

「よく食べるね。アーニャちゃん」

 

「そうだね。今朝もみくの胸をピロシキと間違えて食べそうになったし」

 

「ふふ、アーニャちゃんらしいね」

 

「危うくみくの胸に無残な歯形が付くところだったよ」

 

 

未遂で済ませることができたが、もし本当に齧り付かれていたら私は寮中に響き渡る悲鳴をあげてたに違いない。

よく食べるだけあってアーニャの噛む力はかなり高そうである。

そういえば、匂いについて聞いてみようと思っていたのだが、今は食事中なのでやめておこう。

食事において匂いは重要な要素であるし、もし本当に変な匂いがするのであればそれで食欲減退させてしまいかねない。

 

 

「でも、みくちゃんって抱き心地いいから、意外と美味しいかも」

 

「いやいや、美味しくないからね。抱き心地と美味しさはイコールで結びつかないからね」

 

 

何だか恐ろしいことを智絵里ちゃんが言い出したので慌てて否定しておく。

私の抱き心地は病みつきになるくらいのものらしく、3人からはしょっちゅう抱きつかれる。

特にアーニャは隙あらば外であろうと抱きつこうとしてくるので、変な噂が立っていなければいいが。

 

 

「みくぅ~~!味付け海苔と焼き海苔、どっちがいいですか!」

 

 

アーニャが大きめの声でそう尋ねてきた。

私たち以外のみんなも居る食堂で大声を出すのはマナー違反だ。後で注意しておこう。

 

 

「味付けで」

 

「わかりました!」

 

 

とりあえず、返答だけはしておく。そうしておかないとアーニャはきっともっと大きな声で尋ねてくるに違いない。

今日も朝から色々と騒がしいが、それでもこれが私の日常であるし、きっとかけがえのない思い出となる日々の1ページに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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