チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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七実が765プロで働いていたらというIFです。
この七実は本編の七実とは違い、積極的に原作に介入していくオリ主です。
その為、介入したことによるバタフライ・エフェクトにより色々と設定が変わっている部分があります。
また、アイドルとのカップリング要素もあります。
これらの点をご了承の上で楽しんでいただけると幸いです。

‐追記‐
この話は、765プロメインの話である為時系列的には本編よりも前になります。


番外編8 IF アイマス世界に転生しましたが、765プロは今日も平和です。

どうも、私を見ているであろう皆さま。

最近は飽和状態で玉石混交なチート能力を引っ提げて神様転生をしたオリジナルなキャラクターです。

名前を『(わたし) 七実(ななみ)』と申します。

アニメや漫画といった二次元世界に転生することが主流になりつつある昨今において、この度私が転生しましたは『アイドルマスター』という平和極まりない世界でした。

平和というぬるま湯に肩どころか全身つかり切っていた日本人である私が、いくら転生特典(チート)を持っていたとしても実際に物騒至極極まりない殺し合いが日常的に行われる世界に転生などしようものなら、前世の年齢を超える前に無残な屍を晒していたでしょう。

世の中、早々にご都合主義全開な展開なんて起こりません。

因みに、私の転生特典(チート)は刀語の鑢 七実の持つ『見稽古(劣化)』です。

何故そのままではなく(劣化)という文字が付属されるかというと、先程述べたご都合主義を必然とする為に特典を削ったからなのです。

原作に存在していなかった人間が世界の定める既定路線に強制介入し、それを捻じ曲げようというのですから相応の代償を要求されるのは当然の事でしょう。

ですが、私は後悔していません。

私がズル(チート)をできなくなるくらいで、防げる涙があるのなら後悔なんてあるわけないのです。

 

セットしておいたスマートフォンのアラームを止めて、気怠い身体に活を入れながら意識を覚醒させます。

どうやら、今日ははずれの日のようですね。

乱れる呼吸をゆっくりと整えて身体を活性化させてベッドから出て、寝間着姿のまま寝室を出てキッチンへと向かいました。

耳を澄ませてみますが、同居している2人の規則正しい寝息が微かに聞こえます。

2人共昨日は仕事で忙しかったようですから、恐らくぎりぎりまで起きてくることはないでしょう。

時間的な余裕はありますから、無理矢理起こす必要はありません。なので、私は自身のすべきことを済ませてしまいましょうか。

冷蔵庫から昨夜の残りと余っている食材を取り出して、お弁当作りを開始します。

見稽古(劣化)は、相手の能力を完全習得するまでの回数が倍になっていますが、それでもこの見稽古というスキルはチートと呼んでも差し支えない強力な能力でしょう。

余りの一口カツやポテトサラダに、適当な葉野菜と卵焼き等を弁当箱に詰めていきます。

男女の性差によって食べる量は変わりますから、七花の方には一口カツを1つ多めに入れておいてあげましょう。

弁当を作りながら同時並行で作っておいた目玉焼きやサラダといった朝食メニューにサランラップをしてテーブルの上に置いておきました。

スープも用意してありますから、食べる時に自分で温めなおせばいいでしょう。

やることを済ませたので、テレビでニュースを眺めながらじっくりと身体をほぐすようにストレッチを行います。

これを怠ってしまうとご都合主義の代償として鑢 七実を蝕んでいた病魔の1%を背負うことになったこの身体は本調子を発揮できなくなってしまうのです。

チートで軽減しても、たった1%でこの気怠さを感じるのですから鑢 七実が抱え蝕んでいた病魔というものはいったいどれほどのものだったのでしょうか。

 

 

「姉ちゃん、おはよう」

 

 

ストレッチを丁度終えたくらいに、起きてきた七花が寝ぼけ眼をこすりながら現れました。

プロデューサーをしているならある程度書類業務はできた方がいいですが、睡眠時間が少なくなるくらいなら私を頼ればいいのにと思います。

まあ、七花は私の身体の弱さを知っていますから頼りにくいのでしょう。

チートによって最近は極端に調子を落とし込むことはなくなったのですが、シスコンといいますか過保護気味で困ってしまいます。

後、私以外にも異性が住んでいるのですから、シャツとパンツというラフ過ぎる姿で部屋をうろつくのはやめましょう。

 

 

「おはよう、七花。朝食はできているから、温めなおしたりして食べてちょうだい」

 

「わかった‥‥千早は?」

 

「まだ寝てるわ」

 

 

今日は日曜日ですし、予定もレッスンくらいしか入っていないはずですからまだまだ寝かせておいてあげましょう。

原作であるアイドルマスターを知っている人であれば、この現状のおかしさに気が付くでしょうね。

そう、私達渡姉弟は如月 千早と同居しているのです。

私が見稽古という転生特典を削って願った1つ目ご都合主義というのは、千早の生き方を大きく変えてしまうきっかけとなった弟優の死への介入でした。

明確な日時がわからない以上、チートを使えば成功率を格段に上げることはできても100%事故を阻止できるわけではありません。

ならば、多少チートの能力が弱体化してもご都合主義を確定化させられるのなら意味があったと思います。

この介入によって如月 優は生存し、如月家は現在もご近所でも評判の仲良し家族として有名です。

病魔に蝕まれている身体をフル稼働させ、事故前に優を救い出して千早の心の底から安堵した笑顔を見た時には報われた気がしました。

これが切欠となり渡家と如月家の仲は深まり、私と七花が社会人となった今でも数年に一度は両家勢揃いで沖縄に旅行するくらいです。

 

 

「起きてるわ、義姉さん」

 

 

寝間着に使っている中学時代のジャージ姿で現れた千早は、まだ少し寝ぼけているのか焦点が合っていない感じですね。

ここで皆様にご忠告しておくことがあります。

原作の千早は優の死によって己には歌しかないという強迫観念に囚われていましたが、その根源を私が絶ちましたので現在私と同居している千早は原作とは若干性格等に違う部分があるのです。

性格は小さい頃は色々と活発だったのですが、思春期に入ると落ち着きだし割と原作に近い性格になりました。

ですが、クールに見えてかなり表情が豊かだったり、女子高生らしくファッション等にも興味を持っていたりします。

流行等にはあまり興味ないようですが、自分の好きな物には並々ならぬ執着を持っているようで、同性である私が度々巻き込まれる羽目になっています。

まあ、そのくらいで可愛い妹分の気が済むのなら安いものですが。

そういった性格の変化に加えて肉体面についても、少しといいますか、原作の千早をよく知る人にとっては大きすぎる変化が起きているのです。

それは胸です。原作では72(聖なる数字)というジョークにされてしまうくらいにスレンダー過ぎる体型をしていた千早でしたが、家族仲が良好で普通に栄養ある食生活をしていたら勝手に成長していました。

それでも小数点第一位を四捨五入してぎりぎり80に届くというスレンダーな部類に入る方ではありますが、それでも俎板等と揶揄されてしまうレベルではありません。

ちなみに、そういったネタで千早を揶揄おうとするなら私達姉弟の制裁を受ける覚悟で挑んでください。

 

 

「そう、なら顔とかを洗ったら千早も朝ご飯を食べちゃいなさい」

 

「はぁ~~い‥‥七花、シャツとパンツで出歩かないでっていつも言っているでしょう」

 

 

じと目ですが、それでもしっかりとその姿を視界の中央にとらえながら千早が七花の格好を注意しました。

七花のラフ過ぎる姿は色々と興味津々になるお年ごろには目に毒かもしれませんね。

 

 

「別にいいだろ?姉ちゃんも千早も、もう見慣れてるんだし」

 

「そんな恰好、将来子供ができた時に真似されたら困るでしょう!」

 

「んなもん、当分できないだろ」

 

「で、できるわよ‥‥その‥‥七花がその気なら十月十日で‥‥」

 

 

ああ、全てが聞こえてしまう自分の耳の良さが恨めしいですね。

一応、第三者である私がいるのですからそういったイチャラブは他所でやってくれませんか。

ただでさえ悪い体調が精神的ダメージによって悪化しかねません。事実砂糖を吐きそうな胸やけの所為で食欲がなくなりました。

 

 

「聞こえないぞ?」

 

 

そして、弟よ。何故そこで典型的な鈍感系主人公のような対応を取るのでしょう。

考え付く限りの選択肢でマイナス方向にトップクラスに拙い行動をしてしまうとは、神様はまだまだラブコメを楽しみたいと言っているのでしょうか。

 

 

「な、何でもない!」

 

 

さて、これらの会話から察してくれた人もいらっしゃるかもしれませんが、千早は七花に対して恋愛感情を抱いています。

家族付き合いが長く恐らく家族を除いて一番長く一緒に過ごした異性であり、こういった典型的な鈍感力を発揮することがありますが、ここぞという時には男らしさや格好良さを発揮するので落ちるのは早かったですね。

私が気がついたのは中学生に上がる前くらいでしたから、もう3年以上が経過しようとしています。

勿論、両家の親は気が付いておりそれとなく外堀を埋めていますので、七花が気が付いて受け入れてしまえば1週間後には渡 千早になるでしょう。

当の本人が、可愛い妹分としか思っていないようなのでそうなるにはまだまだ時間はかかりそうですが。

しかし、七花に恋慕の情を抱いているのは千早だけではないので、ハーレム系ラブコメよろしく笑いあり涙ありの激戦になることには間違いありません。

とりあえず、そんなわからない未来のことは置いておき、この気分の悪さを八つ当たりで発散させてもらいましょう。

 

 

「とりあえず、七花は着替えてきなさい」

 

「まじか」

 

「お弁当がいらないなら、構わないのだけど」

 

 

お弁当を人質に取ると七花は音を置き去りにする勢いで飛び出していきました。

男という存在は胃袋を掴んでしまえば扱いやすくなるという母の教えは正しかったという証明なのでしょう。

ストレッチは終わりましたが食欲も失せてしまったことですし、無理して食べることもないので出勤の準備をしてしまいましょうか。

自室に戻り出勤用のスーツに着替え、あまり意味がないですが一応本職を示す天秤マークのバッジをつけるのも忘れません。

昨夜の内に纏めていたアイドル達の良かった点や修正点を書き記した書類を個人毎に分けてクリアファイルに入れてからカバンに詰め込みます。

準備はできたのですが、今戻ると弟と妹分のラブコメの波動を感じることになってしまうので本でも読んで時間を潰すとしましょう。

今は、平和で平穏に過ごしたいですから。

 

 

 

 

 

 

「「「おはようございます」」」

 

 

朝から胸やけのするラブコメの波動に耐え、私だけでよかったはずなのに七花と千早も一緒に出社することになりました。

無理して一緒に出社することはないのですが『姉ちゃんを1人にできない』という過保護さを発揮しやがります。

私の方が姉で、七花との勝負事では敗北は一度しかないくらい強いのですが。

言い忘れていましたが、千早も私に対してはかなり過保護であり『七千過保護包囲網』なるものが形成されてしまっているのです。

年齢を重ねることでこの身体を蝕む数々の病たちとの付き合い方も学習してきましたから、余程のことがない限り救急搬送されることはないでしょう。

ですが、そう言ったところで納得してくれるならこの問題はとうの昔に片付いているでしょうね。

 

 

「おはようございます。3人揃って出社なんて、仲が良いわね」

 

 

出社した私達を出迎えてくれたのは先輩である音無 小鳥さんでした。

年齢は私の1つ上である2X歳であり、ほんわかとした優しい雰囲気を漂わせる可愛らしい女性なのですが、オタク趣味や妄想癖、掛け算癖の所為で連戦連敗の喪女候補です。

せめて惚れた相手で不毛で腐敗した掛け算を考えるのを辞めたらましになるのでしょうが、それができたらここまで拗らせていないでしょうね。

何処かにこのありのままの小鳥先輩を受け入れてくれる度量の広い男性はいないものでしょうか。

 

 

「ああ、俺は姉ちゃんを守るって決めたからな」

 

「義姉さんは、目を離すとすぐ何処かに行って無茶してしまいますから」

 

「相変わらずのシスコンぶりね」

 

 

小鳥先輩は微笑ましいものを見る優しい表情を浮かべて、給湯室へと向かっていきました。

恐らく、私達3人分のコーヒーを入れてきてくれるのでしょう。そういった雑用は後輩である私がするのですが、前職の関係か遠慮されてしまうことが多いですね。

2人シスコンは当事者じゃないからそうやって笑っていられますが、ここまで過保護にされると嬉しさよりも鬱陶しさの方が勝ってしまいます。

社会人になった今でこそある程度落ち着きましたが、学生時代はショッピングモールに買い物に行き1人で好きな場所を巡っていて1時間くらい連絡を入れないと確認メールや電話が絶え間なくきて、それを無視するとアナウンスによる呼び出しをしてくるのです。

まさか、大学生になって迷子のお呼び出しのお世話になるという公開処刑を受けるとは思わなかったですよ。

 

 

「あっ、おはようございます。七花、彩井高校の人から学園祭のライブ衣装やステージを学生達が作りたいと言っているらしいわ」

 

 

小鳥先輩に続いて事務スペースから顔をのぞかせて挨拶してきたのは、元アイドルで現在プロデューサー見習いとして研鑽中の秋月 律子嬢でした。

まだまだ不慣れな部分があるようですが、元々プロデューサー志望でアイドル時期に形成していたコネクションや経験をうまく活用していますので、将来有望そうです。

蛇足をするなら、七花に撃墜されてしまった少女その2であるということくらいでしょうか。

現在でもまだまだ弱小プロダクションと言っても許される765プロの最初期は本当に悲惨なもので、アイドル候補生は千早だけでプロデューサーの七花、プロデューサー志望の律子、事務員の小鳥先輩、そして私しかいませんでした。

アイドル候補生が1人なのにプロデューサー役は2人も必要なく、また早急に売り込みをする必要があったので律子にもアイドルデビューしてもらうことになったのです。

私がフォローしていたとはいえ、色々と不器用な七花の不慣れなプロデュースと錬成不足のアイドル達に現実は優しくありませんでした。

しかし、その失敗を教訓に共に泣き、共に笑い二人三脚で頑張っていった結果、私の知らないうちに無自覚で落としていましたよ。

一応、姉として経緯は聞かせてもらいましたが、あまりにも凄まじいラブコメの波動に口からキロ単位で砂糖を吐くかと思いました。

我が弟ながら、本当に恐ろしい存在です。

そんなこんなで、律子は七花に懸想するようになったのですが、先に恋愛感情を抱いていた千早とは戦争勃発寸前までになりました。

ぎすぎすとした関係が続くのは好ましくありませんでしたので、珍しく私が積極的に介入して何とかどちらが選ばれても恨みっこなしのライバル関係に落ちつけました。

ラブコメは首を突っ込むものではなく、絶対に被害を受けない安全圏内から眺めるくらいが丁度いいのだと学習しましたよ。

 

 

「おはよう、律子。そうか、衣装代やステージの装飾代が浮くのは良いと思うんだが、律子はどう思う?」

 

「そうねぇ、メリットは大きいんだけど‥‥下手に暴走された時が怖いのよね」

 

「だよなぁ、コンセプトを伝えておいてもノリで外れそうだからな」

 

 

いざとなれば、いつも通り生地を買ってきて私と小鳥先輩で作るという手もありますし、学生に任せてみるのも一興かもしれませんね。

私達であれば1から作ったとしても、デザインが確定して材料さえ揃えてしまえば凝ったものであれば5着/日、華美な装飾のないものであればその倍のペースで作ることができます。

ですが、七花や千早がそれを許しそうにないというのが一番の問題でしょうか。

現在も千早に背中を押されて、七花と千早の給料で勝手に購入してきた値段が6桁に入るという、弱小プロダクションには勿体ないくらいのワークチェアに押し込まれそうですし。

20時間を超えるような長時間作業をしていると少しだけ体調を崩すこともありますが、いくらはずれの日でも少し立っていたくらいで気分を悪くするほど虚弱ではありません。

 

 

「だったら、コンテストみたいなものを開いてみたらどうかしら?」

 

 

ワークチェアに座り、前職の有り余っていた給料とチート技能を駆使して製作した愛機とも呼べるパソコンを起動させながらそう言います。

 

 

「姉ちゃん、どういうことだ?」

 

「デザインやコンセプト等を細かく規定しておいて、今回ミニライブを行う千早部門と響部門の2つに分けて生徒達に衣装を製作してもらうのよ。

そして、教師や私達で点数をつけて上位何個かを実際に着用、残りはコメントを付けて会場に展示をしておけばいいいわ」

 

「成程、ありですね!流石、七実さん!」

 

 

律子の方は賛同してくれているようですが、七花の方は何か引っかかる部分でもあるのか難しい顔をしています。

深く考えていない思い付きの意見ですから、色々と穴があるのは間違いないでしょうから担当アイドルが出演メンバーである七花はしっかりと考える必要があるでしょう。

 

 

「姉ちゃん、衣装合わせの事を考えると結構ぎりぎりにならないか?それに本当に生徒達が応募するかも未知数だしな」

 

 

なりたての頃は右も左もわからず盛大に失敗したこともあったというのに、その経験を糧としてアイドル達と共に一歩ずつ成長した弟の姿は、もう立派なプロデューサーでした。

律子を含めた13人のアイドル達をしっかりとプロデュースして1年でD~Cランクアイドルに昇格させたのですから、それはわかっていたのですがこうして弟の成長した姿を見るのはうれしくもあり、少しだけ寂しくも感じます。

 

 

「そこら辺は調整が必要だと思うけど、いざとなれば私が一晩で作るから問題ないわ」

 

「最後だけは却下だけど、調整はこの後直接行って詰めてくる。

律子、今日の春香と雪歩とやよいの送りを頼めるか?」

 

 

だから、姉に対して過保護すぎやしませんか。

 

 

「ええ、今日は竜宮はオフだから問題ないわ。だけど、貸し1よ?」

 

「律子は抜け目ないな、わかった。今度姉ちゃんに教えてもらったいい店に連れて行ってやるよ」

 

 

七花がそう答えると律子は嬉しそうに両手をぎゅっと握りました。

なかなか素直に甘えることのできない律子らしい不器用なアプローチの仕方ですが、鈍感すぎる七花は気が付くことがないでしょうね。

全くその恋愛関係に対して鈍感なところは、いったい誰に似たのでしょうね。

少し考えればわかるようなあからさまなアプローチもあったはずなのですが。

千早が負けないという対抗心の炎を燃やしていますから、今日はラブコメの波動が強く観測される日になりそうです。

私は永世中立を決め込んでいますので、誰か1人を贔屓することはありませんからこれからも各自で頑張ってもらうしかありません。

 

 

「はい、七実さん」

 

 

ラブコメの波動に巻き込まれてしまわないように事務仕事を開始していると、給湯室に行っていた小鳥先輩がコーヒーとお菓子を持ってきてくれました。

豆の持つ苦みと酸味の複雑な味わいを楽しむことができるブラックも嫌いではないのですが、私は砂糖とミルクが入って口当たりの優しくなったこちらの方が好きですね。

 

 

「ありがとうございます。小鳥先輩」

 

「いいのよ。七実さんのお蔭で765(うち)はここまで来れたようなものだもの」

 

 

酷い過大評価を受けたものですね。

確かに原作に介入すると決めてからはボイストレーナーやインストラクターに必要な資格を習得したり、事務職にあると役立つ各種検定を受けてスキルアップしたりしておきましたから戦力の一端を担えているとは思います。

ですが、ここまで来ることができたのは千早をはじめとしたアイドル達と七花や律子達プロデューサーが一致団結して努力してきたからであり、私はそれをお手伝いしたに過ぎません。

原作的に考えて、私が介入しなくても将来的には現状レベルに達することはできたでしょう。

 

 

「持ち上げすぎですよ」

 

「いやいや、本当よ」

 

 

高望みをしているわけではありませんが自身の能力を鑑みると、もう少し上手くできたのではないかという失敗ばかりが思い出されるので満足なんてできません。

 

 

「ねえ、何で七実さんってあんなに自己評価が低いのかしら」

 

「わからないんだよ。俺が物心ついた時には姉ちゃんはもう今の感じだったからな」

 

「義姉さんは凄いのに、絶対認めてくれないのよ」

 

 

ご都合主義の代償として多少劣化していますが転生特典(チート)を持っているのですから、これくらいはできて当然レベルであり、下手をすると及第点以下を付けられる可能性があります。

他のオリジナルな方々なら1年という時間があれば、成功が確約されている原石である765プロのアイドル達全員をAランク以上にすることができたでしょうから。

またはアイドルとしてデビューを果たし、圧倒的なパフォーマンスを持ってかの日高 舞のように芸能界に君臨する伝説の存在となり、後輩である皆を導く希望の道標となっていたかもしれません。

それを考えると裏方事務仕事をメインに火の車状態だった765プロの経営状況を改善して、才能の芽を潰してしまわないように個人のペースに合わせた個別レッスンを行ったというのはあまりにも地味過ぎる成果でしょう。

 

 

「小鳥先輩、今日中に済ませる仕事って残っていますか?」

 

「今日中どころか、今週中に済ませないといけない仕事も残ってないわ。

だから、みんなが来るまで今はこうしてのんびりしてましょ」

 

 

私と同じようにコーヒーを飲んでほっとしている小鳥先輩にならい、私もそうさせてもらいましょうか。

どうせ、これからみんなが出社してくればにぎやかになるのですからつかの間の平穏というものを噛みしめるのも悪くないかもしれません。

平和です、ああ平和です、平和です。

 

 

 

 

 

「千早力み過ぎよ。ここはもう少しゆっくり柔らかく。

響はダンスが得意なのはわかるけど、先走り気味よ。ユニットは2人の連携が大切なのだから気を付けなさい」

 

「「はい!」」

 

「真美と真と貴音は渡した資料に目を通したら、ストレッチをしてから基礎体力メニューよ」

 

「「「はい!」」」

 

「美希、そこは恋愛感情を自覚してしまい戸惑いながらも喜ぶシーンだから、もう少しぎこちなさと恥じらいを強めに」

 

「はいなの!」

 

 

765プロの事務所がある雑居ビル4階、借り手がおらず空いていたこのフロアは現在チートをフル活用して作り上げた資金を使って買い取り改装したレッスンルームとなっています。

下が事務所である為、ダンス等をしてもその音や振動が伝わりにくくなるような処置を施していますし、各種レッスンに必要となる機材等も揃えており、これにかかった費用があればこんな雑居ビルではなく、もう少しましなところに事務所を構えることができたでしょう。

ですが、やはり765プロの事務所はこの雑居ビルではないと、という個人の身勝手な理由でこうさせてもらいました。

それに皆もこの雑居ビルに愛着を持っていてくれていたのか、反対意見は出ませんでした。

そんなレッスンルームの壁際にある指定席に腰かけてレッスンを行うメンバー達に指示を出します。

最初の頃はちゃんと実演等を交えながら教えていたのですが、千早と響によってみんなに私の身体を蝕む病について暴露されて以来ここが定位置となっていました。

私自身はかなり特殊な事態にならない限り死なないということはわかっているのですが、周囲の人からすれば現代医学をもってしても完治不能な致死率100%の病魔を万単位で抱えているわけですから心配されて仕方ないのでしょうか。

チートによる軽減で一般人以上に動けるので、気にしなくても大丈夫だと言っても聞き届けられません。

原作においていつも寝ていてマイペースな美希でさえ、私が何かしようとすると代わると言い出すくらいですからその特異性がよくわかっていただけると思います。

余談ですが、そんな大量の病魔に蝕まれながら生き永らえている私の身体を調べ、研究したお蔭でこの世界の医療は革新的なレベルで進歩しているそうです。

 

 

「千早、響、美希はいったん休憩を挟むわ。水分補給を忘れないようにね」

 

「「「はい(なの)」」」

 

 

先にレッスンを始めていた3人はそろそろ疲労感が現れる頃でしょうから、休憩させます。

見稽古で各自の限界ラインは把握していますから、こういった管理がやりやすくて助かりますね。

 

 

「じゃあ、僕達は走ってきます」

 

「水分補給とペース配分を忘れないよう、気をつけなさいね」

 

「「「はい」」」

 

 

基礎的な体力向上の為にジョギングに行った3人を見送り、指定席に戻ります。

 

 

「ねーねー、自分サーターアンダギーを作ってきたぞ!」

 

 

席に腰かけると自分のカバンを漁っていた響が手作りのサーターアンダギーが入った箱を持ってきました。

尻尾があったら千切れんばかりに振っているであろうと思えるくらいに、目を輝かせた笑顔は太陽にも負けない眩しさがあります。

沖縄から出てきて一人暮らしをしている響の嫁力はかなり高く、差し出されたサーターアンダギーもふっくらとしていて美味しそうな焼き色が食欲を擽ります。

今朝はラブコメの波動にやられて食べていなかったので、漂ってきた香りにお腹が鳴りそうになりました。

年長者としての威厳を保つためにそれは阻止しましたが、それだけ響のサーターアンダギーが美味しそうだったと言う事でしょう。

 

 

「いただくわ」

 

 

手作りゆえの不揃いなそれらから比較的小さめのものを選び、一口食べます。

見た目通りのふんわりとした食感にバターの香り、そして強過ぎず弱過ぎない生地の甘み、最近では様々なフレーバーの入ったものが流通しているそうですが、これを食べてしまえばそれらが邪道だと言わざるを得ないでしょう。

 

 

「美味しいわ」

 

「ホント!?やったぁ~~!」

 

 

美味しいと言っただけでこんなにも喜んでくれるなんて、本当に可愛らしいですね。

 

 

「響は本当に料理上手ね」

 

「千早だって、ねーねーに教えてもらって上手なんだから、気にすることないさー!」

 

「美希的には、料理上手な人が多いし色々食らべれて大満足なの」

 

 

私と同じようにサーターアンダギーを食べていた千早と美希も満足そうに顔をほころばせていました。

 

 

「でも、たーりーはなかなか認めてくれないから、これからも精進あるのみさー」

 

「響は偉いわね」

 

 

きっと響のお父さんがこのサーターアンダギーを認めないのは、作って日にちが経ち郵送されたものだからでしょうね。

このサーターアンダギーは響の笑顔をもって完成をするのでしょう。

頑固一徹という感じに見えて誰よりも響に甘いあの人であればこそ、それを強く思うに違いありません。

この病達と引き換えに生存を願って良かったと思います。

響の頭をやさしく撫でてあげながら、残りのサーターアンダギーを食べてしまいます。

 

 

「おやつの後はメインディッシュなの。ハニー、今日の中身は何?」

 

 

サーターアンダギーを味わった後、可愛らしい笑顔を浮かべた美希は私の方に手を伸ばしてそう言いました。

千早や響のような悲しすぎる結末が訪れないように積極的に介入はしましたが、それ以外についてはよほどのことがない限り介入は最低限にしていたのですが、どうしてこうなったのでしょうね。

ハニーという呼び方は女性に向けられたものですから使い方は原作よりも正しいと言えるかもしれません。

特に原作美希イベントを起こしたわけでなく、私が料理上手というのを聞いた美希のリクエストに答えてチート全開で作った最高傑作のおにぎりたちをふるまっただけなのですが、どうしてこうなったのでしょうね。

それまでにも色々とダンスや歌といったパフォーマンスについて指導してあげたり、美希向けの仕事が舞い込んで来たら七花を通して進めてみたりして好感度は低くなかったでしょう。

人が誰かを好きになるなんて些細なきっかけで十分だと誰かが言っていましたが、そのきっかけがおにぎりなんて誰が想像するでしょうか。

まあ、美希も本当に私に対して恋愛感情を抱いているわけではなく、みんなとは違う特別な存在であるとアピールする為のあだ名なのでしょう。

 

 

「鮭におかか、味付き卵、スパム、ツナマヨよ」

 

「いただきますなの♪」

 

 

おにぎりが入っているカバンを指さしておにぎりの具について答えると、美希まっしぐらと表現したくなるくらい素早くカバンに駆け寄り中からサランラップで包まれたおにぎり達を取り出して並べ、どれから食べるべきか悩みだします。

 

 

「美希、この後もレッスンがあるから1個にしておきなさい」

 

 

美希なら全部食べても問題はないと思いますが、それでも満腹になってしまえば考えが鈍って、身体も重くなってしまいますからよろしくないでしょう。

そう伝えると美希はこの世の終わりに直面したような絶望的な表情を浮かべました。

 

 

「は、ハニー‥‥嘘だよね?おにぎりが1個しか食べちゃダメなんて、嘘だよね!?」

 

「ダメよ。この後はダンスレッスンもあるんだから、お腹痛くなるわよ」

 

 

この身体になってからは経験していませんが、あれは地味に痛みがあるので厄介です。

それにアイドルは体型管理が重要ですから炭水化物の塊であるおにぎりの食べ過ぎは、トレーナーも兼務しているものとしては看過できません。

 

 

「お願いハニー、せめて4つまでにしてほしいの!」

 

「全然妥協する気がないのね。2つよ」

 

「4個半!」

 

「どうして逆に増やしたのかしら?2つね」

 

「ごめんなさい、ちゃんとレッスンしますから3つで勘弁してください」

 

 

これ以上続けると美希が泣き出してしまうのでここら辺が妥協点でしょうね。

我ながら甘いと思っていますが、やはりみんなには泣き顔よりも笑顔を浮かべてほしいと思いますから。

 

 

「仕方ないわね」

 

「ありがとう、ハニー♪だぁ~~い好きなの!」

 

 

例え同性であっても可愛い女の子に笑顔で大好きと言われるとなかなかに破壊力がありますね。

そんな趣味はありませんが、そういった道に目覚めてしまう人間がいるというのも今なら理解できるような気がします。

 

 

「わ、私の方が義姉さんのことが大好きよ!」

 

「自分だって、ねーねーのことは大好きさー!」

 

 

美希の発言が呼び水となったようで、私に対する告白大会が開催されてしまいました。

これは神様が私にもラブコメしなさいとでも遠回しに言っているのでしょうか。

聴いているこちらの方が気恥ずかしくなるような私のいいところの自慢大会からは耳を塞いで、窓際に移動して窓を開けて火照る顔を覚まします。

雑居ビルの4階から眺めた外の景色は高層ビル等が目に入ったりもしますが、何処であろうと空は変わりません。

そう、例え世界が違ったとしても、この青い空と輝く雲は記憶の奥底に覚えています。

 

 

「世はこともなしということかしら」

 

 

少し感傷的になった自分を笑いながら、そう呟きました。

今の私の思いを素直に述べるなら。

『アイマス世界に転生しましたが、765プロは今日も平和です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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