チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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今回からあの6話に入りますが、ほぼオリジナル要素しかない話になりそうです。
ご了承ください。

後、七実達の新春特撮ネタに使用したとある漫画の最新刊のネタバレがありますので未読の方はお気を付けください。


未来はすでに始まっている

どうも、私を見ているであろう皆さま。

先日は正面から勝負を挑まれたのが久しぶり過ぎて、思わずテンションが上がり過ぎて大人気なく圧倒してしまいました。

その哀れな餌食となってしまった浜口さんと脇山さんは、心折れてしまうどころかそれをバネにして高く跳び上がろうとしてくれたのは幸いでしたね。

アイドル達を絢爛たる舞踏会へと導く側の人間が、その招待状を無残にも破り捨てる真似をするなんてあってはならぬことです。

しかし、『打倒、人類の到達点』とは嬉しいことを言ってくるじゃないですか。

そういった気合の入ったことを言ってくれる人間が少なくなってきて、少々飽き飽きしていたのです。

今すぐではありませんが、2人がアイドルとして、ユニットとして成長した暁には再び手合わせを願いましょうか。考えただけでも楽しそうで身体が打ち震えますね。

そんな喜びに震えながら、目の前で必死に頑張る弟子の様子を眺めます。

朝一の業務が始まるまでの短い間ですが、それでも熱心に指導を受けようとするその原動力はいったいどこから来るのでしょうか。

若さとは、振り向かないことだと言いますが、2人を見ているとそうなのかもしれないと思わされます。

 

 

「カリーニナさん、何ですかそれは‥‥私は蹴れと言ったはずですよ。

誰も足を振り回せとは言っていません。胴体から爪先に至るまで意識を行き渡らせるように言いませんでしたか?」

 

はい(ダー)師範(ウチーティェリ)!』

 

 

コマンドサンボ等の軍用格闘技を修めているだけあって光るセンスを感じるのですが、今まで身体に染みついた格闘技と虚刀流は根底の部分から違いますので、その誤差を修正するのは難しいでしょう。

現時点でも同年代の人間であれば一撃で戦闘不能に至らしめるだけの破壊力を有していますが、虚刀流を名乗るには程遠いですね。

後輩達には優しく頼れる存在でありたいとは思っていますが、そんな甘いことでは虚刀流の入口にすら立てませんし、血反吐を吐いてでも全て習得してもらうと言いましたので一切妥協するつもりはありません。

今回が初めての鍛錬ですが、走り込み等で日々体力作りに励んでいるだけあって、まだ軽い息切れレベルですんでいます。

これなら、次の鍛錬ではもう少しきつくしてもよさそうですね。

 

 

「前川さん、貴女は元々弟子入りする気がなかったのですから。無理に付き合う必要はありません。

そんな気持ちの籠っていない技に意味などありませんから」

 

「すみません!でも、やります!やらせてください!!」

 

 

カリーニナさんの鍛錬に付き合うように追加弟子入りしてきた前川さんにもきつめの言葉をぶつけますが、折れることなく真っ直ぐ私を見て答えます。

本来ならカリーニナさんだけのつもりだったのですが、教えてしまうのなら1人も2人然程変わりませんし、カリーニナさんと同じ条件を提示してもやると答えたので許可しました。

元々虚刀流に興味があったのか、カリーニナさんに付き合わされているのかはわかりませんが、それでもやり始めたことに真剣に取り組もうとするその姿勢は評価できます。

体力こそ格闘技をしていたカリーニナさんには劣るものの、生来の身体の柔らかさと癖のついていないまっさらな状態からの開始なので呑み込みが早いですね。

2人の得意傾向としてはカリーニナさんが拳撃系、前川さんが蹴撃系がといった感じでしょうか。

 

 

「はい、一旦止めてください。

いいですか、全身に神経を行き渡らせて、筋繊維の一本に至るまで自身の制御下に置くような感じです」

 

 

むやみやたらにやらせても意味はありませんので、見本となる演武を行います。

見稽古しろというわけではありませんが、完成度の高いものを見ながらやるのとそうではないのでは大きく違うでしょう。

いきなり奥義を習得させようとしても身体を痛めるだけなので、基本となる七つの構えとそこから派生させやすい技を中心に1つ1つ解説を入れながら見せていきます。

手刀で空を裂き、足刀と足斧は空間を轟かせました。

しかし、これでも私は一振りの刀と成りきれていない違和感が纏わりついてきます。

完了形に至っていない私が虚刀流を誰かに伝授しようというのは烏滸がましいことなのかもしれませんが、やると決めた以上は全力で取り組みましょう。

 

 

「このように虚刀流は七つの構えを基本として、それに対応した奥義があります。

また技も打撃技、投げ技、関節技等々種類があり、これらを駆使して相手を殺す武術です」

 

 

相手を殺すという言葉に前川さんが少し顔を顰めます。

まあ、平和な日本で生活していたのですから、そういった単語に拒否反応を示すのは当然でしょう。

カリーニナさんの方は軍用格闘技を教えてもらった時にその辺の話はされていたのか、ちゃんと理解しているようでした。

武術なんて心身を鍛えるという側面もあるでしょうが、源流を辿れば相手をどう効率的に殺せるかを追及した殺人技なのです。

元ネタは架空の武術でしたが、虚刀流はその極致にあると言えるでしょう。

ですので、そうであるという事実をちゃんと把握せずに徒に力を振るうことがあれば、その先に待ち受けているのは悲劇でしょうね。

 

 

「ですから、2人にはこの力を正しく使ってほしいのです」

 

「‥‥正しく?」

 

 

殺人技に正しくもへったくれもないかもしれませんが、それでも己の傲慢を押し通すような欲望の為だけにはふるってほしくありません。

天使ばかりのシンデレラ・プロジェクトのメンバーである前川さんやカリーニナさんであれば問題はないでしょうが、たとえ信頼していても言葉にしなければ伝わらないこともあります。

 

 

「ミク、『(シィーラ)』は心次第です。良いことにも、悪いことにも使えます」

 

「そう、殺人技であっても使い方を間違えなければ、いくらでも活用する道はあります」

 

 

全く持って認めたくはありませんが私が主演を務めるライ○ーの設定にも虚刀流が付け加えられる等アクション分野における評価は高いようです。

アイドル業にもいろいろあり、特に様々な無茶ぶりをされることが多いバラエティ系統の仕事を受けるのであれば、不測の事態に陥っても対処できるような術を身に着けておいて損はないでしょう。

前川さんは苦労人ポジションですが、カリーニナさんのようなフリーダム枠の味を活かしながら抑止力となってくれますので、正統派というよりも輿水ちゃんと同じバラエティ向きのような気がしますから。

本人に言ったら激しく否定されてしまいそうですがね。

私達の言葉に何を思ったかはわかりませんが、前川さんは見つめていた自分の右手をしっかりと握りこみ、覚悟を決めた表情をします。

 

 

「決めた‥‥みくはやるよ」

 

「ミクがいるなら頼もしいです!」

 

 

どうやら、本当にちゃんと覚悟を決めたようですね。

カリーニナさんも1人よりも切磋琢磨し合う仲間がいた方が、鍛錬にも身が入るでしょう。

 

 

「みくは自分を曲げないよ!だから、アーニャと一緒に虚刀流を頑張る!」

 

素晴らしい(ハラショー)!』「一緒に頑張りましょうね、ミク!」

 

 

仲良きことは美しきかな、こうして熱い友情展開を見せられると心にくるものがあるのは、私も年を取ったという事でしょうか。

今世でもすでに若くない年齢ですし、前世の分と通算すると考えるのが悲しくなるレベルです。

本当に時の流れというものは残酷ではありますが、人生の先輩として後輩達がこうして成長していく様を見ることができるというのは嬉しいことでもありますね。

レッスンルームの時計を確認すると、良い時間になってきたので今日はここまででしょう。

カリーニナさんはデビュー前の雑誌インタビューが入っていたはずですし、そんな大事な仕事の前に汗臭い身体で臨むのはよろしくありません。

2人がどれくらいの速さでシャワーを終えることができるかはわかりませんが、移動時間等を考慮するとあまり余裕があるとは言えないでしょう。

 

 

「さて、覚悟も決まったようですが、時間ですので今日の鍛錬はここまでです」

 

「押忍!」

 

「え、えと‥‥おす!」

 

 

空手の経験もあるのかカリーニナさんの十字の切り方はなかなか様になっていました。

逆にそういった経験が皆無な前川さんは、カリーニナさんのやり方を真似してみるのですが初々しさが溢れていて微笑ましくなります。

頭を撫でてあげたくなりますが、指導者としての威厳を保つためには我慢せねばならないでしょう。

 

 

「はい、ではシャワーを浴びに行きますよ。アイドルたるもの、汗臭い身体でいるわけにはいきませんからね」

 

はい(ダー)!』「はい!」

 

 

脱いでいたウェアの上着を回収して、袖を通さず肩に掛けたままでレッスンルームを出ます。

この階層はアイドル達のレッスン関係の施設が多いため、廊下に人気はなくどことなく冷たい感じがしました。

しかし、小学生くらいの頃はこうして『マント』とか言ってはしゃいでいる男子を見て、若いなぁとしみじみ思ったものですがやってみると意外にいけるのではという謎の自信が溢れてきますね。

マントというのは支配者層の権威を示すものに使われたりもしたそうですし、やはりそういったオーラ的なものがあるのでしょうか。

 

 

「ま、まってぇ~~」

 

 

シャワールームを目指して普通に廊下を歩いていたのですが、背後から親猫を呼び止めようとする子猫のような声がします。

不思議に思い振り向いてみると、そこには足をプルプルと震わせながらついてくる前川さんの姿がありました。

うっすら涙目になりながら必死について来ようとする姿は、不意打ちも相俟って私の心に防御力無視の痛烈な一撃を浴びせました。

実は内緒にしているのですが、私は犬派なのです。

ですが、今の前川さんを見ていると猫派も兼務しても良いのではないかと思えてしまうくらいに、心が動かされました。

 

 

「ミク、可愛いです!」

 

「ちょ、待って!今抱きつかれたら支えられ‥‥にゃおぃ!」

 

 

その愛らしさに魅了されてしまったのか、カリーニナさんは一切の躊躇なく前川さんへと飛びつきます。

格闘経験がなく想像以上に疲労をため込んでいた脚では、ロシアと日本の共同開発したフリーダムロケットを受け止めることなどできず押し倒されました。

先程、仲良きことは美しき哉とは言いましたが、TPOを弁えてほしいですね。

もう、面倒くさいので運んでしまいましょう。

肩に掛けていた上着を腰のところで結び、じゃれ合う2人のところまで移動して、一旦引きはがして肩に担ぎます。

 

 

「ふにゃ!?」

 

凄いです(ハラショー)

 

 

さて、本格的に時間も無くなりつつありますから少し急ぎましょうか。

平和なアイドル業は、まず身嗜みの整えられた清潔な身体からです。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

お昼時、部下に追い出されるように昼食をとるように勧められたので誰かを誘おうとシンデレラ・プロジェクトのルームを訪れたのですが、居たのはソファに座っている多田さんだけでした。

ヘッドフォンを付けて音漏れしないようにギターの練習をしている為か、私の来訪に気が付いていないようです。

あまり多田さんとは接点を持つ機会がありませんでしたから、この機にコミュニケーションをとることにしましょう。

真剣に練習しているようなので、邪魔をしてしまわないようにステルスで気配を殺して練習の良く見える位置に腰かけます。

推測通り、音楽初心者のようでギターを弾くその手つきはたどたどしく、コードを押さえる手もばらばらでピッキングも良くずれていますし、音は聞こえなくても私にはある程度音色を想像することができました。

高校生が文化祭でバンド発表をするために練習しているくらいの演奏レベルで、お世辞にもロックアイドルを名乗るなんて烏滸がましいでしょう。

 

 

「♪~~~」

 

 

それでも音楽に対して心から楽しんでいる姿は、彼女もロッカーとして歩き出そうしているのだろうと感じさせます。

今が拙いからといって将来までそうだとは限りませんし、今のように驕ることなくしっかりと練習を続けていけばきっと大成するでしょう。

まあ、私がサポートするつもりではありますので、そうなるのはほぼ確定路線です。

自慢ではありませんが、過去に様々な不良を話し合い(肉体言語も含む)でそれぞれを己の力を十全に発揮できる道へと進ませた実績もありますから、育成力は悪くないでしょう。

育成プランとしては促成方式ではなく、この半年くらいはじっくり、みっちりと基礎を反復させて地力固めを重視した方が良いでしょうね。

下手に小技に頼るようになってしまえば、応用幅が少なくなってロッカー寿命を縮めてしまいかねません。

それに言ってしまえば多田さんに悪いかもしれませんが、演奏レベルについては武内Pも把握しているでしょうからわざわざ恥をかかせに行くような仕事は回さないでしょう。

346(うち)には木村さんや松永さんといった、そういった仕事を得意としたアイドルも揃っているのでそちらに回されるでしょうね。

多田さん的にはそれでは不服かもしれませんが、私の育成プランに耐えた暁には半年後に現在の木村さんレベルの演奏力を身に着けていることを約束しましょう。

そんな、未来のプランを考えていると練習が終わったのか多田さんはギターを置き、ヘッドフォンを外します。

音は聞こえませんでしたが、一応観客として拍手を送るのは礼儀でしょう。

 

 

「うぇ、な、なになに!」

 

 

多田さんは突然の拍手に驚き、あたりを見まわします。

そして斜め前に座っている私と目が合い、驚きのあまりソファから飛び退きました。

誰もいないと思っていたのに急に拍手がして、慌てて周囲を見てみると人が居たのなら、誰だってそんな反応を取りますよね。

練習の邪魔にならないように配慮したのが逆に仇になってしまったようです。

 

 

「なな、七実さん!?い、いつからそこに!!」

 

「5分ほど前からでしょうか?」

 

 

別に隠し立てすることでもないので、素直に答えました。

すると、多田さんは恥ずかしそうに俯きます。

 

 

「笑いますか?」

 

「何をです」

 

「いつもロック、ロック言ってるのに、まともにギターを弾けないなんて、全然ロックじゃないですし」

 

 

どうやら、多田さん自身もにわかな部分を気にしていたようです。

初心者という門は、私のような例外を除き普通の人であれば誰しも通過するものなのですから、そこまで気に病むことはないでしょう。

ただ、調子に乗って知ったかする部分は痛い目を見ないうちにやめた方が良いと思いますけど。

 

 

「多田さんは、ギターを始めてどれくらいですか?」

 

「‥‥3ヵ月です」

 

「講師はいますか?」

 

「‥‥いません」

 

 

初心者向けの参考書等は読んでいたでしょうが、それでも独学なら今のレベルにも納得です。

一緒に演奏してくれる仲間もいなかったでしょうに、よくここまで折れずに続けてこられたものですね。

それだけ、多田さんの中での「ロック」という存在の位置づけは高く、そして大きいのでしょう。

なればこそ、私はこの少女の師になってみたいと思うのです。

 

 

「ちょっと借りますよ」

 

「えっ、あっ、はい」

 

 

多田さんの隣に移動して、横に置かれていたギターを手に取ります。

初心者向けのモデルで、お値段もお手頃ですが自由にできるお金の少なく、また色々と欲しいと思ってしまう女子高生には決して安くない買い物だったでしょう。

そこまで使い込まれておらず傷等も少ないですが、それだけではなくきちんと手入れをされているのも伝わってきます。

ヘッドフォンを装着してもらうように促し、ギターを傷つけてしまわないように配慮しつつチート全開で演奏を始めます。

ジミ・ヘンドリックスを始め、ジェフ・ベック、エリック・クラプトンといった有名所や布袋 寅泰、高見沢 俊彦等の日本人ギタリストのスキルを見稽古した私に弾けぬ曲などありません。

最初は何をする気か訝しんでいた多田さんも、演奏が始まると驚きで目を見開き、そして次第に瞳を輝かせながら身体が動き始めます。

即興で何曲か演奏してみたのですが、気に入ってくれたのなら何よりですね。

こういった音楽的な部分は個人の感性や好みが大きく反映されますから、いくら上手くても合わないものは合わないですし、逆に下手でも心を揺さぶる何かがあれば惚れ込んでしまいますから。

しかし、こうもいい反応をされるとサービス精神は旺盛な方である私はもっとサービスをしたくなってしまいますね。

ギターを痛めたりしてしまわないように気を付けながら、さらに熱く激しく演奏します。

 

 

「いえ~~い!」

 

 

ノリに乗った多田さんが小さくジャンプした瞬間、アンプに差し込んであったヘッドフォンのジャックが抜けてしまい、アンプから私の演奏がダダ漏れになってしまいますが、幸い自己練習用に音量を絞っていたようなのでこのまま最後まで行かせてもらいましょう。

ここでやめてしまっては不完全燃焼感が強くて消化不良を起こしてしまいます。

ラストスパートをかけるように、ギター関連のスキル総動員で演奏しきりました。

こうして楽器を弾くのは久方ぶりでしたが、ここまで完璧に演奏できるとはやはりチートの力は凄まじいのだなと改めて実感します。

 

 

「ウッヒョーー、なんですか今の!凄いロックじゃないですか!

七実さんってギターも弾けるんですね!人類の到達点って比喩とかじゃなかったんですね!

同じギターとは思えないくらい凄かったです!」

 

「ありがとうございます」

 

 

演奏を終え、ギターを多田さんに返すとそのまま詰め寄られて言葉のマシンガンをぶつけられました。

私のワンマンショーはお気に召してくれたようですが、「ウッヒョーー」は感極まったとしてもなしだと思いますよ。

 

 

「そんな演奏できるのなら、なんで事務員なんてやってたんですか!?絶対デビューするべきですよ!

武道館とか貸し切って、ファンを集めてドバァーーーーって!」

 

 

確かに私のチートスキルを駆使すれば様々な楽器のプロ奏者にもなれるでしょうが、あまり気乗りがしません。

私の演奏能力は他のプロ達から見稽古しただけであって、その境地に到達するまで幾多の挫折や栄光といった経験をし、音楽に人生を捧げてきた人たちに対して申し訳ないという引け目を感じてしまうのです。

それに演奏技術が高くても、所詮は真似事である私の演奏には魂などが籠っていないでしょうから、誰かの心を大きく揺さぶるようなことはできないでしょう。

 

 

「お断りします」

 

「えっ、何でですか?こんなにも凄いテクニックを持ってるのに‥‥」

 

 

見稽古について言うわけにはいきませんから、どう誤魔化したものですかね。

所詮は真似事だと言っても納得してくれないでしょうし。

 

 

「‥‥私の道は私が決めます。誰かの意志ではなく、道を切り拓くのは自分でなければなりません。

例え他人から見たら勿体ないように見えたとしても、自分の信じた道を切り拓いて進むことが大切なのです」

 

 

少々厨二的な言い回しではありますが、要約してしまえば「私の人生なのですから好きにさせてもらう」ということです。

なんだかんだあってアイドルデビューしましたが、過去(黒歴史)の反省から事務員時代はあまり有名になり過ぎないように程々を心掛けていましたからね。

こうして少し言葉を飾れば名言っぽく聞こえるので、多田さんのような良くも悪くも単純な少女相手であれば十分に誤魔化すことができるでしょう。

 

 

「‥‥ロックだ」

 

「‥‥」

 

「そうですよね!誰かに指図された道を歩くなんてロックじゃないですよね!」

 

 

どうやら上手くいったようですが、今後の多田さんの未来が心配になりますね。

ロックという言葉に釣られて変な輩に騙されたりしないと良いのですが、一応武内Pにもそのことを伝えておいて気を配ってもらえるようにしておきましょう。

 

 

「ここでごぜーますね!七実ママ、一緒にお昼を食べるでごぜーますよ!」

 

 

プロジェクトルームの扉が開き、やってきた仁奈ちゃんが明るく元気な声でそういいました。

あの1件以来、度重なる私達と市原家との相談事は微々たる速度ではありますが、それでも着実な進歩をとげており最近では母親と一緒に寝たりしていると嬉しそうな報告も聞くことができています。

私直々に一般人でもできる業務時間短縮術を教え込んだり、半自動で雑務を処理してくれるプログラムを組んだりした甲斐があったというものですね。

それでも週に何回かは仕事で遅くなることがあるので、その際は私達5人の中で予定の入っていないものが面倒を見ることになっています。

仁奈ちゃんも「なんだか、ママが増えたみたいでごぜーますよ!」と嬉しそうにしていて、私達のことを○○ママと呼んだりするようになりました。

彼氏や配偶者といった存在は「何それ美味しんですか」と言いたくなるくらい縁遠いものですが、こうして母親の気持ちになれるのは悪くありません。

 

 

「あら、仁奈ちゃん。そうですね、一緒に食べましょうか」

 

「やったでごぜーますよ♪」

 

 

多田さんの件で忘れていましたが、私の当初の目的は誰かをお昼に誘おうとしていたのでした。

 

 

「多田さんも一緒にいかがですか?」

 

 

まだ師事の件について話をしていませんから、お昼を食べながらゆっくりと口説き落とすことにしましょう。

 

 

「えっ!?‥‥えと、私もいいんですか?」

 

「仁奈は大賛成でごぜーますよ!」

 

「仁奈ちゃんもそう言ってますので、是非」

 

 

何故か、多田さんは一緒にお昼をとることを躊躇っています。

先程の演奏後の反応から決して嫌われてはいないと思うのですが、いったい何が躊躇わせる原因となっているのでしょうか。

 

 

「でも‥‥せっかくの家族の団欒の時間なのに‥‥」

 

「はい?」

 

「私、知りませんでした。市原 仁奈ちゃんが七実さんの娘だったなんて‥‥苗字が違うっていう事は色々あったんですよね」

 

 

あっ、これは物凄い誤解をされていますね。

確かに仁奈ちゃんは私のことをママ付けで呼びますからそういった誤解を受ける可能性は考えないでもありせんでしたが、多田さんの思考の飛躍は私の部下の1人を彷彿させます。

 

 

「で、でも、ママさんアイドルっていうのも私はロックだって思いますよ!本当です!」

 

「とりあえず、落ち着きましょう」

 

「大丈夫です!私、口は堅いですから!誰これ構わず吹聴するのはロックじゃありませんし!

あっ、力になれることなら何でもしますよ!こう見えて、お料理とかは得意ですから!」

 

 

駄目ですね。多田さんの中で妄想設定が定着してしまって、これを修正するのは容易ではなさそうです。

迂闊に市原家の家庭事情を話すわけにもいきませんから、これからどうしましょうか。

捕らぬ狸の皮算用、歌舞音曲、猪突猛進

平和な昼食までにはもう少しばかり時間がかかりそうです。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」「乾杯でごぜーますよ!」

 

 

私達はリモンチェッロやオレンジジュースといった各々好きなドリンクの注がれたグラスを打ち合わせます。

リキュール系らしい甘みと自家製レモンの素朴ながら豊かな香り、そして微かに残った苦みが全体を絶妙に引き締めてくれ絶品という言葉以外にふさわしい言葉が見つかりません。

本場イタリアでは食後酒として飲むのが一般的だそうですが、これだけ美味しければそんなの関係ありませんね。

 

 

「美味しいでごぜーますね」

 

 

仁奈ちゃんもオレンジジュースの味に満足したのか満面の笑みを浮かべます。

たくさん幸せが詰まっていそうな柔らかそうなほっぺを突きたくなる衝動に駆られますが、食事中にちょっかいをかけるのは子供の見本となるべき大人としてやってはならぬことでしょう。

チートで習得した我慢スキルを最大限に使い、断腸の思いでその衝動を抑え込みました。

 

 

「可愛すぎて、()()()()抱きしめたくなりますね」

 

「それについては同意しますが、なぜわざわざ駄洒落を混ぜる必要があったのですか」

 

 

私の隣に座り、頼んでいたオムライスを一生懸命食べている仁奈ちゃんを見てそう思うのは十二分に理解できますが、楓のこのいついかなる時であろうと駄洒落を入れようとしてくるのは理解できません。

しかも、すごくいいどや顔で。

何でしょう、古い中年男性管理職のように駄洒落を言っていないと死んでしまうタイプの人種なのでしょうか。

 

 

「うぉォン!人間火力発電所の気持ちになるですよーー!」

 

 

妖精社特製オムライスのふわふわのたまごの黄色い花畑に覆われたチキンライスの茜色に染まった大地を開拓しながら、急にそんなことを言い出した仁奈ちゃんに危うくリモンチェッロを吹き出すところでした。

 

 

「仁奈ちゃん、また私の漫画読みましたね」

 

 

前世でオタクであった私はチート化した今世においても変わらずで、寧ろ自由に扱えるお金が増えた分だけ悪化しているともいえますね。

なので、私の部屋には漫画やラノベで埋め尽くされた本棚があり、いつものメンバー(特に菜々)は泊まった時によく読んでいます。

最近では新しい本棚も増え、私が買ったものではない少女漫画とかがいつの間にか並んでいたりもするのですが、意外と面白かったりするので許しています。

私の集めている漫画は主に青年向けのものが多く、グロテスクだったり残酷な描写があったり仁奈ちゃんにはちょっと早い刺激的なシーンが含まれるものも多いので情操教育によくないと判断し、あまり読まないようにといっていたのですが。

 

 

「七実ママ、ごめんなさい」

 

「まあまあ、いいじゃないですか。禁止されると気になっちゃうお年頃ですよ」

 

「その本は良いですけど、上段の本はまだ駄目ですからね」

 

 

確かに小学生の頃は恐れ知らずで何にでも興味を持って、立ち入り禁止と書かれていたりしたら余計に何があるのか確認したくなるという気持ちは理解できます。

そうやって、色々と経験して子供は成長していくのでしょう。

ですが、仁奈ちゃんにはエロやグロをあまり知らずに純粋なまま育ってほしいと身勝手な願いを持ってしまうのです。

エゴであるとは重々承知しているのですが、穢れない純白を汚してしまうようなことを見過ごすことはできません。

 

 

「えっ‥‥仁奈、置いてかれた小吉艦長やアシモフさん達がどうなるか気になるでごぜーますよ」

 

「‥‥ちょっと待ちましょう。なんで、仁奈ちゃんがそれを読んでるんです?」

 

 

しかも、今語った内容はつい先日購入した最新刊のものではないですか。

あの火星ゴキブリのでる漫画はグロテスクなシーンが多く、味方キャラが次々に死んでいくので間違っても読んでしまわないように最上段に並べておいたはずです。

誰かが読みっぱなしにしておかない限り手が届くことはないはずなのですが、犯人はいったい誰でしょうか。

判明したら少しオハナシしなければならないでしょう。

 

 

「一昨日、全部床の上に置いてやがりましたよ」

 

 

一昨日は、ニュージェネレーションズとラブライカのデビューミニライブについての打ち合わせで少し遅れそうだったので、仁奈ちゃんの面倒は夕方から予定の空いていた楓に頼んでいたはずなのですが。

視線をゆっくりと仁奈ちゃんから楓の方へと動かすと決して目を合わせないように明後日の方向へと視線を向けながら下手な口笛を吹いていました。

それでは、自ら犯人だと言っているようなものですが、間抜けは見つかったようなので良しとしましょう。

まったく、この25歳児は毎度毎度やらかしてくれますね。

 

 

「‥‥デコピン」

 

「はぅ」

 

 

空間製作の要領で視線を誘導して仁奈ちゃんの視界から楓の姿を外して、その瞬間にデコピンを叩き込みます。

勿論、かなり手加減してのた打ち回るくらいの痛さに留めていますから痕等は残らないでしょう。

 

 

「読んだらちゃんと元の場所に戻しましょう」

 

「‥‥はい」

 

 

読んでしまったものは仕方ないので、諦めるしかないでしょう。

気を取り直すためにピザ生地ではなくチャバタというイタリアのパンを使ったミニピザを食べます。

パンを使っている為厚みがありますが、加水率が高めなのでクラムは多孔質でトマトソースをしっかりと含み、独特のしっとりもっちり食感と噛むとじんわり広がる小麦の甘みと旨味はピザ生地とはまた違った美味しさの発見がありますね。

上に乗っている具材もアンチョビとオリーブ、そしてモッツアレラチーズとシンプルな組み合わせであり、それ故何個でも食べられそうなくらい飽きがきません。

少し冷えてチーズが硬くなってしまっていますが、それはそれで美味しいですね。

おかわりした半分ほどなくなった2杯目のリモンチェッロに別に頼んでおいた炭酸水を加えると、炭酸の爽快さによって舌をよりさっぱりさせてくれます。

 

 

「楓ママ、大丈夫でごぜーます?」

 

「大丈夫ですよ。楓ママは強いですから。

楓、頼んでいたバローロがきましたけど、飲まないなら私がもらいますよ」

 

「飲みます!ワインは身体に()()()ですから!」

 

 

さっきまであんなにも痛がっていたというのに、こうも即復活するとは恐るべし酒飲み根性ですね。

そして当然のように混ぜ込んでくる駄洒落にはどう反応するべきか悩みましたが、スルーしましょう。

 

 

「そうなんでごぜーますか?なら、仁奈も飲んでみてーです!」

 

「今飲んだら捕まってしまいますから、11年後ですね」

 

「なげーですよ‥‥」

 

「大人になったら、一緒に飲みましょうね」

 

「はい!」

 

 

今から11年後ですか、その頃には私は、いや非常に悲しい気持ちになりそうなので年齢のことは考えないようにしましょう。

ただ、未来に仁奈ちゃんとのお酒を飲む約束をしたという事だけを覚えておけばいいのです。

そんな未来への期待をとある反核・平和運動のリーダーも務めたオーストリアの作家の言葉を借りて述べるのなら。

『未来はすでに始まっている』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、少しだけ外に漏れてしまっていたらしい私の演奏が噂となり、346きってのロックアイドルがその奏者を探し始めるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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