チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
デビューミニライブまでは、もう少しかかると思います。
どうも、私を見ているであろう皆様。
最近弟子が増えてきてスケジュール管理が少々難しくなってきましたが、まだまだ余裕はないこともないです。
チートのお蔭で無駄にスキル技能が高いのですからそれを誰にも伝授することなく死蔵してしまうのは、勿体無い気がしていましたから機会としては丁度良かったのかもしれません。
しかし、このまま行くと終いにはシンデレラ・プロジェクトの全員が何かしらの弟子になりそうな予感すらあります。
それはそれで、楽しいかもしれませんね。
「では、本日は御二人のソロ曲発売間近の告知としてマジックアワー特別篇の収録がありますので、できれば1時間前にはスタジオ入りをお願いします」
「はい!」「わかりました」
芸歴を考えると私達もまだまだ若葉マークの取れない、新人アイドルですからこうした告知による販売促進は大切でしょう。
フォローはしていますがシンデレラ・プロジェクトの件で色々と忙しいでしょうに、私達の事を忘れずにこうして仕事を用意してくれるとは流石はプロデューサーですね。
一時期は武内Pの負担も考えてセルフプロデュースに移行していった方が良いのではないかと2人で相談し合ったこともありましたが、やはりプロデュースされているという実感は嬉しいものです。
さて、こうしてサンドリヨンが揃って仕事をするのは久しぶりに感じますね。
私とちひろの求められる方向性が大きく違っていますから、オファーもユニットではなく個人としてのものが多いのです。
武内P的にはもっとユニット重視した路線で売り出していきたいようなのですが、これも○イダー主演等で話題性が高い役を獲得し、急激に知名度が高くなった弊害なのでしょう。
人気という非物質的で曖昧なこればかりは、簡単に数値を弄れるものではありませんからどうしようもありません。
「申し訳ありません。この特別篇はもっと早く予定を組むはずでしたのですが、何分スケジュールの調整がつかず今日まで延びてしまいました」
特別篇の為の日程調整が上手くいかなかったことを悔やんでいるのか、武内Pはいつも以上に険しい顔つきになり頭を下げてきました。
恐らく、プロデューサーとしてもっとできることがあったのではないかと自責の念に駆られているのでしょうが、どこかの組の若頭がケジメをつけようとしているにしか見えません。
それを言葉にしてしまうとかなり繊細な武内Pの心に大ダメージを与えてしまうでしょうから言いませんが。
「別に構いませんよ。シンデレラ・プロジェクトのデビュー関連で忙しいのはこちらも把握していますし」
「そうですよ、武内君。私達も個別で仕事があったんですから、仕方ないですよ。
無理は禁物ですよ。倒れたりしたら、みんな悲しむんですからね‥‥私なんて特に」
「はい、そうならないよう善処します」
さて、後は若い2人に任せてブラックコーヒーを買いに行きましょうか。
ちひろもわりと露骨に好意を示しているのですから、最期の一言を小声で言わなくてもいいのではとおもうのですが、十中八九へたれたのでしょうね。
意気地がないというか、勇気がないというか、私に恋愛法廷を開く時くらいの威勢の良さはどこに行ったのでしょうか。
そして、武内Pも全く気がついていないというのが笑えますね。
何でしょうか、この世界はアイドルマスターと見せかけてこの346プロの馬鹿ップルコンビを題材としたラブコメ的な二次創作、もしくはスピンオフ作品なのでしょうか。
まあ、そんな訳はないと思いますが、こうもあからさまなラブコメ展開をされてしまえば疑いたくなるのも仕方ないでしょう。
しかし、マジックアワーの収録は夕方からですから、今が9時過ぎなのでかなり時間がありますね。
このままこの場に留まると砂糖地獄に強制連行されかねないのでさっさと退散したい所です。
「では、私は業務に戻ります。何か用があったら内線か携帯に連絡をください」
既に業務の半分近くは終わっており、部下達に半ば追い出されるような形でこちらに来たのですが、ちひろや武内Pはこのことを知らないはずですから言い訳に使わせてもらいましょう。
ワタシは、逃げ出した。
「渡さんの今日の業務はほぼ終わっていると真壁から聞いていましたが」
しかし、回り込まれてしまった。
そういえば、彼と武内Pは同期入社でしたね。その辺の繋がりから、手を回していたのでしょう。
軽薄そうな言動とは裏腹に、細やかな気配りで周囲をサポートできる優秀さが今は恨めしいです。
本人にはそんなつもりは一切なかったのでしょうが、私の退路を塞ぎ砂糖地獄へと突き落とした仕返しはいつかさせてもらいましょう。
「‥‥そうでしたか?」
「はい」
「‥‥七実さん?」
私が仕事を言い訳にして逃げ出そうとしたことに感づいたのか、ちひろがとてもいい笑顔を向けてきました。
どうして、私相手にならそう強気になれるのでしょうね。
それを発揮する相手は、私ではなく目の前にいる武内Pだと思うのですが。
「仕事はないんですね?」
「‥‥仕事は貰うものではなく、探すものだと昔の偉いひ」
「ないんですね?」
「‥‥はい」
言い訳という部分がばれてしまっている以上、私に勝算はありませんでした。
両手をあげて降参の意を示します。
「渡さん、私が言うのもなんですが休息は取られた方が良いかと」
「そうです!七実さんはもっと自分を労わるべきなんです!」
心配してくれるのはとても嬉しいのですが、人類の到達点を舐めるなと声を大にして言いたいですね。
自分で言っていますが、武内Pもシンデレラ・プロジェクトが本格始動してから碌に休息をとっていないようですし、私のようにチートボディを持っていないのですからそちらの方が心配です。
しかし、私を咎めるような突き刺す視線を向けてくる2人にそれを言っても徒労に終わるでしょう。
「全く七実さんはいつも勝手に突っ走って、それがいつも誰かの為だっていうのはわかってます。
でも、それでも後ろから追いかける身からすれば、倒れてしまわないか、もっとひどいことになってしまわないか心配なんですよ」
「‥‥はい」
何でしょう、こうやって怒られているのですが、心配されてかなり嬉しく思ってしまう自分が居ます。
今までこんなにも心配されたのは親や弟くらいのもので、後の人達は『渡さんなら大丈夫よね』『渡なら、問題ないな』という感じでしたから。
まあ、そうなるように動いていたのでそれらは当然の反応なのでしょうが、それでも仲間に心配されて嫌な気持ちになる人間はいないでしょう。
「だいたい、七実さんの昇進だって元々お飾りだったみたいじゃないですか!それがどう転んだら、アイドル部門最も仕事をこなす係長になるんですか!?」
「いや、どうしてでしょうね?わりと、本当に」
係長という役職を拝命したからには、それに恥じない働きをしようとはおもっていましたが、いつも通り加減を間違えてしまったようです。
私としては当初は真ん中くらいの働きをするつもりで、自分なりにできることを頑張ろうとしました。
ですが、次第にアイドルの為に舞台を用意して輝かせるという達成感に魅入られてしまい、気が付いたら引き返せない場所まで来ていたのです。
今更、手なんて抜けないですし、それにこちらの楽しさを知ってしまったらそんな気もおきません。
「七実さん、ふざけないでください!」
「まあ、千川さん。渡さんも反省されているようですし、少し落ち着かれては」
「武内君は黙ってて!ここで甘やかしてもいいことにはならないんですから!」
「しかし‥‥」
あれ、これって子供の教育方針で意見を違えてしまった夫婦の会話っぽくありませんか。
ちひろが子供を思いすぎるあまり過干渉気味になってしまう母親で、武内Pは子供の意思を尊重しすぎるあまり強く出ることができない父親という感じですね。
しかし、この流れでいくと私が娘役になってしまいそうです。
一応、この3人の中では最年長ですし、役職的にも一番高いんですよ、私。
「私だって、こんなこと言いたいわけじゃないんですよ‥‥ちゃんと七実さんの事を考えて‥‥」
「千川さんが、渡さんの事を思ってあえて言っているというのはわかっています。
ですが、渡さんに負担をかけてしまっているのはスケジュール調整等を上手く行えていないうえ、いつもフォローをしてもらっている私にも責任の一端はあります」
「‥‥」
「いえ、きっと全て私の責任なのでしょう」
「‥‥ばか」
空気すら甘ったるくなっているような気がする今なら、口から血ではなく砂糖を大量に溶かしたシロップ的な何かを吐けそうです。
私は先程まで仕事の打ち合わせをしていたはずなのに、いつの間にか砂糖で埋め尽くされた固有結界の中に迷い込んでしまったようですね。
早急に脱出を試みなければ、糖分過多で糖尿病まっしぐらですよ。
それに、2人共私をだしにしていちゃついていて、私の存在を忘れてやいませんか。
まあ、このまま健康に非常によろしくないカロリーオフどころかカロリーましましなこの空間にいては、砂糖漬けにされてしまいそうです。
忘れられている内に戦略的撤退をさせてもらいましょう。
ステルスを発動させ、足音を極限まで消し、空間製作で2人の意識の死角を作り出して完全に気付かれない段取りを整えてから撤退を開始します。
きっと、今の私を生身の人間が認識するには人間が本来持つ五感以外の第六感や
「武内君も七実さんと同じで、直ぐ背負い込むんですから。辛い時は、いつでも頼ってくれていいんですからね?」
「はい、そう言っていただけると頼もしい限りです」
何も聞こえません。ええ、聞こえませんとも。
今まですれ違い気味で被害が皆無だった反動か、凄まじい展開速度の砂糖空間でした。
慣れている私でもここまで精神的ダメージを受けたのですから、免疫のない人がこの空間に巻き込まれたりしたら、胸焼けで昼食どころか夕食すら欲しくなくなってしまうでしょうね。
音を一切立てず扉を開け、砂糖空間から脱出した私は一先ず深呼吸をします。
無味無臭、何処にでも存在していて意識することなく呼吸として体内に取り込む普通の空気。
その当たり前の存在が、今の私には如何なるものよりもありがたく感じました。
私達が当たり前だと思っている平和も、もしかしたら紙一重なのかもしれませんね。
○
あの凄まじい砂糖空間から脱出した私は、空いてしまった時間を潰す為当てもなく彷徨っていました。
流石に、あんなに心配されたのに仕事に戻るような不義理な真似はできません。
ラブライカとニュージェネレーションズの練習に顔を出そうかとも考えましたが、今はトレーナー姉妹によってデビュー前の最終調整が行われているはずです。
そんな中に私が介入してしまうと、余計なことをしてしまいかねませんから自重します。
トレーナー技能も一応は見稽古で習得してはいますが、大切なユニットデビュー初舞台なのですからこれまで幾多のアイドル達を送り出してきたトレーナー姉妹に任せるのが一番でしょう。
ということで、それもダメとなると本当にやることがなくなってしまうのです。
普段、どれだけ仕事ばかりをしているのかが身にしみてわかりますね。
きっと突然休みになってしまったお父さん方も同じ気持ちを抱いていたりするのかもしれません。
とりあえず、日向ぼっこしながら考えようと思い中庭の方にやってきたのですが、午前中の仕事の真っ最中である時間帯である為か人の姿はありませんでした。
「よいしょ」
適当な芝生に腰を下ろし、そのまま寝転んで青空を眺めます。
事務服が汚れるだとか、スカートなので角度次第では下着が見えてしまう等の細かいことは気にしません。
色気の欠片もない私のスカートを覗こうとするもの好きなんてそうそういないでしょうし、そう簡単に見えないよう色々と調整してありますので大丈夫でしょう。
芝生がちくちくと頭を刺激してくるので、ポケットからハンカチを取り出して下に敷きます。
枕のように快適とはいきませんが、無いよりはましですね。
環境調整も済んだので、早速本格的な日向ぼっこといきましょう。
日光浴という言い方もありますが、私は日向ぼっこというのんびりまったりした響の方がしっくりきて好きです。
見上げた先に見えるどこまでも青い空、心次第で何にでも見える気がする白い雲、眩しくもあたたかく照らしてくれる輝く太陽。
こうしてのんびりとこれらを眺めたのは、いつ以来でしょうか。
世界のどこにでもある、ありふれた小さな幸せを私はいつの間にか見落としていたようです。
ふと視線を空から横にずらして芝生の方を見ると、四つ葉のクローバーが目に入りました。
緒方さんは暇があるとこの中庭で四つ葉のクローバー探しに勤しんでいるそうですので、後でプレゼントでもしてあげましょう。
手を伸ばしてクローバーを摘み取り、枕代わりに敷いているハンカチの上に置きます。
四つ葉のクローバーはそれぞれの小葉が希望・誠実・愛情・幸運を象徴しているという伝説がありますが、どれがどれを象徴しているのでしょう。
後でクローバーの専門家である緒方さんに聞いてみましょうか。
「‥‥ふぁ」
視線を再び空へ戻し、何も考えずのんびりしていると欠伸がでます。
ぽかぽか陽気にさらされていると段々と眠気がやってきて、私を堕落へと誘おうとしてきました。
普段なら仕事があるときっぱり断ち切って仕事に戻るのですが、今はそれもなく暇を持て余している身ですのでそれも一興かもしれません。
こんな場所で眠りにつくなど不用心だと思われるでしょうが、睡眠状態においても私の感知能力は決して鈍ることはなく周辺で何かしらの出来事が起きたり、敵意や害意を向けられたりした場合はすぐに覚醒できます。
数km離れた場所からの狙撃等には流石に反応できないかもしれませんが、その場合には着実に勢力を拡大している烏の軍勢達がアクションを起こすでしょう。
なので、ここで睡魔に身を任せてしまって問題なしなのです。
横向きで足を少し曲げるというのが私の基本的な寝方なのですが、別に仰向けでも眠れないわけではありませんので、このまま少し眠らせてもらいましょうか。
「ねえ、智絵里ちゃん。あれって‥‥」
「七実さん‥‥かなぁ?」
そう思っていたのですが、緒方さんと三村さんの声がしたので眠るのはやめにしておきましょう。
しかし、彼我との距離はまだ10m近くありますからここで反応して起き上がるのも気持ち悪いので、そのまま日向ぼっこを継続します。
声をかけられたのなら反応し、声をかけずに去っていくのなら眠りにつけばいいだけの事ですから。
何やら悩んでいるようでしたが、2人分の足音が私の下へと近づいてきます。
「お、おはようございます」「おはようございます、七実さん」
「おはようございます。緒方さん、三村さん」
近くまでやってきた2人が挨拶をしてきたので、私も身体を起こしてから挨拶を返します。
挨拶は人間関係を円滑に進めるために重要なことですし、特に芸能界はその辺に厳しい人間が多い世界ですのできちんと挨拶をしにくるという精神は今後の自分を助けてくれるでしょう。
「御二人共、どうされたのですか」
「えと‥‥わ、私は‥‥クローバーを探しに‥‥」
「私は天気が良いから、お外でおやつを食べようと思って」
確かに三村さんの手には少し大きめのバスケットがあり、洋菓子特有の甘い香りがします。
こんな清々しくて気持ちのいい青空の下で食べるお菓子は、普通に食べるよりも美味しさは一入でしょう。
「七実さんは、何をされていたんですか?」
「天気が良いですからね。見ての通り、日向ぼっこです」
「「えっ!?」」
ありのままの事実を答えたのですが、どうしてそこまで驚かれるのでしょうね。
もしかして、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達にも私は救いようのないくらいの
以前、双葉さんにそう言われたことがありましたし、もしかしたら私=仕事中毒というのはシンデレラ・プロジェクト内でも共通見解なのかもしれません。
別に仕事をするのは嫌いではなく、特に最近では好きですが、24時間戦えますかを地で行くようなことはしませんよ。
できないことはありませんが。
「やることもありませんし、部下から追い出されてしまいましたからね。
こうして日向ぼっこするしかないくらい、暇なんですよ」
「そうなんですね」
事情を説明すると納得してくれました。
今後はもう少しゆとりを持った業務を心掛けるべきなのかと悩みますが、今考えても結論は出そうにないので後で考えることにしましょう。
「そうだ!なら、七実さんも一緒に食べませんか?」
「いいのですか?」
「勿論です。ね、智絵里ちゃん」
「はい」
このまま日向ぼっこくらいしかすることがなかったので、そのお誘いはとてもありがたいですね。
三村さんが持ってきたレジャーシートを敷いて、事務服に付いていた芝生等をきちんと払い落としてから座ります。
「じゃ~~ん♪今日は、パウンドケーキを焼いてきました♪」
「美味しそう‥‥でも、大丈夫?この前、トレーナーさんに控えるように言われてたけど」
「お、美味しいから大丈夫じゃないかな?」
大丈夫です、問題ありません。
確かに三村さんは他のメンバーに比べるとふくよかな体型をしていますが、十分に可愛らしい範囲内でありトレーナー姉妹も念のために言っているのでしょう。
見かける度に何かお菓子を食べているのですが、現在の体型を維持できているので恐らく自身でも何かしらの対策はしているのでしょうね。
差し出されたパウンドケーキを受け取り、早速食べます。
このパウンドケーキはただのパウンドケーキではなくキャラメルとバナナの入ったものであり、甘く香ばしいキャラメルの風味とバナナのほのかな甘みと酸味をふんわりとした生地が優しく包み込んでいて、ほっと落ち着くような味わいになっていました。
そこにウバを使ったミルクティーが加われば、もう至福の時間の到来ですね。
特有の爽やかな渋みにミルクが加わることによって更に角がとれてまろやかになり、深いコクと合わせてストレートよりも親しみやすい味になっています。
「美味しいです」
「ほんとですか!嬉しいです!」
素直な感想を述べただけなのに、三村さんはテストで満点を取ったように喜びます。
「七実さんのお菓子って本職さんレベルじゃないですか。ねえ、智絵里ちゃん」
「うん‥‥買ってきたって言われても信じちゃいそうです」
まあ、私の製菓技術は本職の人から見稽古したものですから、あながち間違いではありませんね。
今度のお料理教室は思い切ってお菓子作りにしてみてもいいかもしれません。
渡されるプロデューサー達も食べる時がほぼ決まっているお弁当よりも、いつでもつまむことができるお菓子の方がありがたいでしょう。
それに、その方が色々と重くなくて気が楽だと思います。
「七実さんってスタイル良いですよね。その体型を維持する為に何かされてるんですか?」
「私の場合は一般的な女性より筋肉量が多いですからね。基礎代謝も高いので、特に何かしてはいません」
このチートボディの体脂肪率は10%以下で、残りは筋肉なので逆に食べないとやってられない事すらあります。
最近では虚刀流を伝授したり、MV撮影の為に最終調整や出演メンバー達にアクション指導をしていたりしますから、活動量も増えているので太ることはまずないでしょう。
1日万単位でカロリーを摂取するようになればわかりませんが、流石にアイドルなのでその辺の計算はきちんしています。
「筋肉かぁ‥‥智絵里ちゃんも細いけど、何かしてる?」
「わ、私はみくちゃんやアーニャちゃんみたいに激しい運動とかはできないから‥‥時々帰りにゲームセンターに寄って太鼓を叩いてるよ」
「そうなんだ」
太鼓の○人をプレイする緒方さん、なかなかその画が想像できませんね。
簡単な曲ならそうではありませんが、難易度が高い曲になると下手な運動よりも消耗しますから。
私の場合は最難関曲であろうと容易くフルコンボを達成できますので、マナーがなっていない行為ですが1人で2台を占領してプレイをしたりしていました。
ゲームセンターに通っていた時期はガンシューティング系でも二丁拳銃でプレイしたり、縛りを入れてプレイしたりとしていましたが、最近はご無沙汰ですね。
今度、予定をつけて緒方さんと一緒にプレイしてみるのもいいかもしれません。
部下から聞いた噂では武内Pも相当な実力を持っているそうなので、一緒に誘ってみましょう。
これが切欠でシンデレラ・プロジェクトのメンバー達と打ち解けられるようになれば、今後のプロデュースもやりやすくなるでしょうし。
「じゃあ、今日にでも一緒に行かない?」
「うん、いいよ」
私は残念ながらマジックアワーの撮影があるので参加できそうにないので、次の機会にはぜひ参加させてもらいましょう。
手が空く、廓然無聖、温良優順
時には仕事ではなく、こうして平和な一時を過ごすも良いかもしれません。
○
ディレクターの開始の合図とともに音楽が流れはじめマジックアワーの収録が開始されました。
マジックアワーに出演するのはこれで4回目になりますが、こうして私達だけで進めていくのは初めてですね。
内心結構緊張しているのですが、それを表に出してしまえばちひろにも伝播してしまうでしょうから、深呼吸をして心を平静に落ちつけます。
久しぶりのサンドリヨンとしての仕事ですが、最高の結果で完遂せねば折角特別枠をもぎ取って来てくれた武内Pに申し訳ありません。
「皆さん、こんばんは。真夜中のお茶会へようこそ。
この番組は346プロダクションから毎週ゲストをお呼びして楽しいおしゃべりを楽しむ番組なのですが‥‥」
最初の進行役はちひろに任せており、あの優しいお姉さんという感じの魅惑のボイスで前口上が読み上げられていきます。
これまでもライブでアナウンスを務める等の経験もあり、その声には一切の焦りも戸惑いも含まれてはいませんでした。
事前に打ち合わせしていた交代の部分に差し掛かり、ちひろがアイコンタクトをしてきます。
「今回は私達のソロ曲発売間近記念の特別篇です。
司会を務めるのは私、そろそろ事務員系アイドルということを忘れられつつある渡 七実と」
「相方のアイドル路線が行方不明過ぎて戸惑いを隠せない千川 ちひろでお送りします」
自分で考えた紹介文ではありますが、ライ○ーや虚刀流のことで有名になり過ぎて本当に事務員系アイドルとしてデビューしたことを忘れている人間が多いのではないでしょうか。
ディレクターや音響さん達の中にも吹き出している人間がいることから、それは間違いないと考えていいでしょうね。
「「私達、2人揃ってサンドリヨンです。よろしくお願いします」」
本来のマジックアワーであれば、好きな飲み物やお菓子を持ちこんでわいわいとおしゃべりを楽しむのですが、今回はソロ曲の宣伝がメインとなるので自重してミネラルウォーターにしておきました。
楓であれば、考えた上で日本酒を持ち込んだりしそうではありますが、流石にそこまで剛毅な行動は小心者である私にはできません。
「今日と明日の束の間の一時ですが、楽しく過ごせれば幸いです」
「それでは、最初のコーナー『マジックアワー・メール』略して『マジメ』のコーナーです」
きましたね。マジックアワー最初にして、最も事故発生率の高いコーナーが。
このコーナーは
被害者は数知れず、トラウマまではいきませんが恥ずかしさから収録後に感情を押さえられずに暴れたり、放心して動かなくなってしまったりと裏では色々起きていたりします。
特別篇なのですから、このコーナーは無しでも良いのではないかと提案はしてみたのですが、マジックアワーにこのコーナーは外せないという製作サイドの強い意志により却下されてしまいました。解せぬ。
とりあえず、私が先にメールを読むのでスタッフから渡された原稿を受け取り目を通します。
「‥‥」
武内Pはメールの内容は検閲しておくと言っていましたが、本当にしてくれたのでしょうか。
プロデューサーとしての有能さは認めていますが、素で抜けている部分があるのでこういったメールを見過ごしてしまうのでしょうね。
音もなくこの原稿を斬り裂いたら、別のメールを回してくれるでしょうか。
いや、こんなこともあろうかとと用意されていた原稿のコピーを渡されるだけなので諦めましょう。
「早速、リスナーの皆さんからお便りが届いているみたいです。七実さん、お願いします」
「はい。ラジオネーム『ハチミツボーイ』さんからです。
前略サンドリヨンさま、マジアワです。はい、マジアワです」
「マジアワです」
読みたくない気持ちをアイドルとしてのプロ根性で抑え、誤魔化しながらゆっくり読み上げていきます。
「人類の到達点やアイドル史上最強等々様々な二つ名をほしいままにされている七実さま、次期ラ○ダー主演やアニメ声優等の幅広い分野でのご活躍にファンとしてとても嬉しく思います。
今後のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。
ありがとうございます」
「七実さんのファンって、こういうタイプの人が多いですよね」
私としては全く持って不本意ですがね。
公共電波の中でそんな言葉を口にするわけにはいかないので心の中に留めておきますが、もう少し普通で気さくなファンはいないのだろうかと思ってしまいます。
「そうですね。もう少し、フランクな口調でも構わないのですが。
さて、本題なのですが、七実さまの驚異的な身体能力や料理等各分野における万能さ、自身で武術の流派を起こしてしまうとデビュー1年未満とは思えないほど数々の伝説を打ち立てられていますね。
そんな伝説を持ち、超人的なイメージが定着している七実さまですが、実はかなり演技力が高いとお聞きします。
是非、七実さまの新しい可能性の扉を開く為にも、今までにない新しい七実さまを見せていただけると幸いです。よろしくお願いします。
これ、本当にやらないと駄目ですか?」
正直言って、これ以上の黒歴史増産は勘弁してもらいたいのですが。
公共の電波に乗れば、誰かが動画サイトにアップロードして削除依頼を出しても一生電子世界に残ってしまいますし。
そんな私の淡い願望を打ち砕くかのように、担当ディレクターは最高のものをお願いしますと言わんばかりに深々と頭を下げてきました。
「はい、そうですか。わかりました。
でも、今までにない私ですか‥‥正直、思いつきませんね」
「あの即興劇みたいなのはどうですか?」
ちひろ的には悩んでいるフォローしたつもりなのでしょうが、断崖絶壁から背中を強く押して突き落とすような最高に最悪なアシストでした。
あの人間讃歌を謳いたい魔王が広まれば、呟きのトレンドワード入りや最悪の場合流行語大賞にノミネートされる可能性もあります。
それだけは、絶対に避けたい所ですね。
「あの魔王をもう一度やれと?」
「悪くないと思ったんですけど‥‥えっ、はい、わかりました。
えと、スタッフの皆さんから七実さんの魔王は新しい感じがないので却下だと言われました」
マジックアワーの制作陣は私のことをそう思っていたのですね。
あの魔王をやらなくて済んだことに関してはお礼を言いたいくらいですが、それとこれは別です。
「これは後で、オハナシしないといけませんね」
「七実さん、魔王が出てきていますって!」
おっと、今は収録中でしたね。
仕事中に私情を優先してしまうのはプロ失格ですから、気持ちを切り替えて冷静にこのどうするべきか悩む状況を打破する方法を考えましょう。
人間だけが神を持つのです。今を超える力、可能性という内なる神を。
できないはずはありません。
「あっ、そうだ誰かの真似をしてみたらどうですか?」
「真似ですか」
誰かを真似するというのは見稽古を持つ私にとっては朝飯前なことなので、かなり良い解決方法だと思います。
ですが、問題は誰の真似をするという事でしょう。
「例えば、瑞樹さんや菜々さんとか」
「ああ、ちひりん星人みたいな」
「い、今、それを言う必要ありませんでしたよね!」
ちひろから即興劇ネタを振ってきたのですから、この返しは予想してしかるべきでしょう。
危うく人間讃歌を謳いたい魔王を公共電波に乗せて拡散する寸前だったのですから、これくらいの仕返しをしても許されるはずです。
例え復讐の女神が許さなくても、私自身が許します。
「決めました!私が独断と偏見で決めちゃいました!!
七実さんには、今から菜々さんのものまねをしてもらいます!」
「‥‥いいでしょう」
「‥‥えっ?」
菜々のものまねも下手をすると黒歴史ものかもしれませんが、それでも人間讃歌を謳いたい魔王に比べると私の心に与えられるダメージは少なく済むでしょう。
ここで悩んでやっぱり魔王でとなっては堪りませんので、覚悟を決めるしかありません。
「ええと、それでは七実さんで安部 菜々さんのものまねです。どうぞ‥‥」
「キャハ★右手に勇気を左手に涙を、心に愛を抱きしめ、ナナミ頑張っちゃいま~~す★
ナナミはナナミン島の出身なんですよ★‥‥えっ、べべ別に、無理して作ってないもん!!」
収録中なのに素で大爆笑しているちひろの姿を眺める私の今の気持ちを、最近ネット上で流行っている女騎士のテンプレート的なセリフを借りて述べるのなら。
『くっ、殺せ!』
この後、ちひろにもきちんと爪痕を遺していったマジメを乗り越え、ソロ曲の宣伝も終えて収録を成功させることができ、無事武内Pや制作陣とオハナシすることができたのですが、それはまた別の話です。