チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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もう少しだけオリジナルな話が続きます。ご了承ください。


人生とは心の描いたとおりになる

どうも、私を見ているであろう皆様。

久しぶりのサンドリヨンでの活動でマジックアワーに出演したのですが、まあ色々ありまして大火傷しましたよ。

あの放送の後、私のスマートフォンには数秒毎に菜々から恐ろしい数の着信がありました。

恐る恐る対応するとガトリング砲も真っ青な連射速度で色々言われましたよ。

妖精社かどこかで飲んでいたせいかあまり呂律が回っていませんでしたが、とりあえず私の真似に対してかなりご立腹だったようです。

今度、菜々の好きなウサミン星(千葉県)産のピーナッツをふんだんに使った料理を作るという和平交渉によって概ね合意を得られましたが、酔っ払い相手の交渉だった故即日撤回もあるかもしれません。

個人的には菜々の特徴を活かした熱演だったと思うのですが、真実は時として悪意に満ちた嘘よりも鋭く人を斬りつけますから、もう少し配慮するべきだったのかもしれませんね。

私はその場の雰囲気に流されてやらかすことが多いので気を付けているつもりなのですが、前世から引き継がれている性格の矯正は容易ではありません。

本格的に精神改造をすれば不可能ではありませんが、それはもう渡 七実ではなく、その皮を被った別の誰かでしょう。

 

 

「七実さん、お肉はこんな感じでいいですか?」

 

「そうですね、それくらいでいいでしょう」

 

 

ミンチのイメージが強い為か、ちひろの見せてきたお肉は若干叩きすぎな気もしますが、これくらいなら十分誤差の範囲内でしょうから問題ないでしょう。

しかし、もしかしたらとは思っていましたが本当に参加してくるとはちょっとビックリですよ。

私は現在、佐久間さんと出演する料理バトル番組の予行練習として作る料理の手順等を確認しています。

今回の課題はハンバーグであり、レシピも『師匠にお任せします』と言われたので私の一押しレシピを用意しました。

それで、本番で手間取ったりしないように一度通しをしようという話になり、佐久間さんの強い要望でプロデューサー達に味見役をしてもらおうということになったのです。

佐久間さんが麻友Pにそういった感情を抱いているのは把握していますし、アイドル活動中は現状維持に努めると言質はとっていますので、特に邪魔をする必要はないと判断し了承しました。

麻友Pのみを招くと事実なので邪推ではないですが2人の立場に影響が出かねないので、それを誤魔化す為に私のプロデューサーである武内Pも味見役として誘ったのですが、そこでちひろに食いつかれたのです。

他意はないと明言しているのですが、武内Pの好物であるハンバーグ、それも一番反応が良かったレシピで誘うのはずるいと言われ、もう色々と面倒くさかったので手が空いているのなら一緒に作りますかと誘いました。

本来なら佐久間さんにも承諾を得る必要があったのですが、その時は面倒くささが勝ってしまったのです。

事後承諾になってしまいましたが『まゆは、恋する女の子の味方ですから』と快い返事をもらえ安心しました。

ただ『まゆのプロデューサーさんに手を出すなら別ですけど‥‥』と可愛らしい笑顔で宣言された時には、麻友Pに頑張れと心の中で今後の健勝と多幸を祈りましたね。

 

 

「師匠、この後はどうします?」

 

「小麦粉や塩胡椒、大蒜と生姜のすりおろしを入れて、握りこむように混ぜます」

 

 

佐久間さんの方も肉の粒が残っていていい感じに肉を叩けたようで、これなら次のステップに進んでもいいでしょう。

今言った材料達を叩いた肉の入ったボウルに投入し、手のひらを使って握りこむように混ぜていきます。

美味しく仕上げるにはこの工程でしっかりとむらが無いように混ぜ合わせる必要があるので気は抜けません。

私の場合はこれさえも見稽古で習得した肉の混ぜ合わせスキル(熟練)によって、最小限の労力で最高の状態へと仕上げることができます。

ちひろと佐久間さんも私の動きを真似します。動きに若干の硬さや力みが見られますが、自炊をしていることもあって筋はかなりいいですね。

一応、もっとこうした方が良いというアドバイスはしておきましたが、数をこなせばすぐに追いついてくるでしょう。

よく漫画とかで愛の力が主人公達の思わぬ潜在能力を覚醒させたり、限界を超えた不可能を可能にしたりすることがありますが、現実でも同じことは起きるのだと知りました。

まあ、それを口に出してしまうのは野暮ってものでしょうから黙ってお肉をこねましょうか。

普通のハンバーグは市販のミンチを使ったりしますが、私の特製ハンバーグは切り落としの肉を手間暇かけて自分でミンチします。

肉の繊維をばらばらにし過ぎてしまわないように、繊維に対して垂直や平行に包丁を入れてみじん切りにしてから叩いてミンチにしていますので、程良く残した粒状の肉が食べた時の食感のアクセントになってくれて通常のハンバーグとはまた違った食感になってくれるのです。

感じとしては粗びきソーセージが一番近いかもしれません。

今回は脂肪分の少ない首や肩の赤身部分と脂肪分の多いサーロインのみを使っていますが、他の部位やホルモン類も混ぜても美味しいですね。

ただ、肉の比率を間違えてしまうと硬すぎたり、脂っこくなったりしてしまうのでこればかりは経験に基づいた勘等による見極めか、私のようなチートを持たなければ難しいでしょう。

しっかりと粘りが出たらフライパンを強火にかけて牛脂を溶かします。他の油でも代用できますが、今回は良いものが確保できたのでこれでいきます。

ここからは無駄な時間をかけていられませんので、一気に仕上げに入ります。

 

 

「遅れないでくださいよ」

 

「「はい!」」

 

 

ハンバーグのたねを両手で上下にたたきつけてしっかりと空気を抜きます。

これを中途半端にしてしまうと膨張による型崩れで、折角の肉汁を流失させて美味しさが格段に落ちてしまいますから。

リズミカルに、スピーディーに、料理もダンスと同じで一連の動作を無駄なく、流れるようにこなせるかが重要なのです。

ちひろと佐久間さんもしっかりと付いてこられているようなので、もう一段階スピードを上げても大丈夫でしょう。

今回は、急遽味見役希望者が増えてしまったので相応の数を作らねばなりません。

 

 

「わかる。みくには、わかるにゃ。あのハンバーグにどれほどの美味しさが詰まっているか!」

 

女教皇(プリエステス)の創りしものは全て極上の美味、なれば暴食の罪を犯すことを躊躇わぬ!

(七実さんのお料理は全部美味しいから、食べ過ぎちゃうかもしれません♪)」

 

「当然でごぜーます!七実ママの手にかかればピーマンでも美味しくなりやがりますから、ハンバーグがおいしくない訳ねーでごぜーますよ!」

 

「楽しみだな~~、楽しみだな~~」

 

「ああもう、待ちきれないぃ~~!ねぇねぇ、七実さまぁ~~早く焼いてぇ~~~!」

 

 

武内Pと一緒にプロジェクトルームで暇そうにしていたメンバーを誘ったところ、前川さん、神崎さん、赤城さん、城ヶ崎妹さんの4人が味見役を希望し、仁奈ちゃんも仕事の予定がなかったので連れてきました。

カリーニナさんや本田さんも食べたいと言っていましたがデビューライブを明後日に控え、最終調整のレッスンが入っている為この場にはいません。

一応、シンデレラ・プロジェクトのメンバー全員分の量を作れるだけの食材はポケットマネーで確保しておきましたから、たねを冷凍保存して渡してあげましょう。

冷凍したことによって多少味が劣化してしまうことは否めませんが、それでも安売りされている冷凍食品とは比べものにならない味であるとは保証します。

 

 

「なあ、武内。あれって、あのハンバーグか?」

 

「実際に料理をされている姿を見るのは初めてですので断言できませんが、恐らくは」

 

「あれを出来立てか‥‥これなら朝食を抜いてくるんだったな」

 

「朝食は重要だと言いたい所ですが、今ばかりは同感です」

 

 

どうやら、麻友Pもこのハンバーグについて知っているようですね。武内Pが分けてあげたのでしょうか。

同期で同じアイドル部門に勤めていますから、うちの部署の真壁同様に親しい付き合いをしているのでしょう。

同じプロデューサーということでアイドルの育成や売込み路線についての相談や、営業先の様子や傾向といった情報交換もこの業界においては有益ですから。

今回の料理バトル番組の審査員は男性比率が多い為、男性受けするようなガツンと肉を前面に出した仕上がりにしていますから、食に関心のある武内Pや無類の肉好きらしい麻友Pには堪らない一品でしょう。

チート全開で人数分のたねを形作ったら、最後のアクセントとして表面に粗びき胡椒を振りかけます。

幼少組には少なめに、前川さんや佐久間さん、ちひろの分は適量、武内Pや麻友Pのものは気持ち強く利かせる感じで分けておきます。

 

 

「さて、焼きますよ」

 

 

たねをフライパンに並べると、強火で温めていたのでじゅうじゅうと聞いているだけでお腹が空くようないい音と肉の焼ける食欲を直撃する香りが調理室に漂いました。

換気扇は全て最大稼働させているのですが、それでも完全ではありません。

 

 

「あっ、これマジでやばいわ」

 

「直ぐ焼きあがりますから、待っててくださいね。プロデューサーさん♪」

 

 

肉の香りに敏感に反応した麻友Pが待ちきれないように貧乏ゆすりを始め、それを見た佐久間さんが嬉しそうに伝えます。

ハンバーグは焼き加減が重要なので火から目を逸らすとは何事かと言いたくなりましたが、懸想する人に自身の精一杯の手料理を食べてもらいたいという気持ちで溢れた優しくも美しい笑顔を見ると毒気が抜かれました。

 

 

「焼き色がついてきたらひっくり返して、弱火にして蓋をして蒸し焼きにします。焦げ付かないように時々様子を確認するように」

 

「「はい!」」

 

 

さて、蒸し焼きにしているこの間に簡単なつけ合わせを用意しておきましょう。

今回のコンセプトは肉を食べさせる男向けハンバーグですから、そのつけ合わせはハンバーグのサポート的役割を重視します。

最初は薄くスライスした生の玉ねぎです。

このハンバーグには炒めた玉ねぎを入れていませんので、後からこの玉ねぎを乗せることでシャキシャキとした食感を追加し、生の辛みで肉汁がくどくなりすぎることを防いでくれるでしょう。

後はクレソン等の葉野菜やトマトを使った簡単なサラダで栄養バランスの偏りを抑え、少し甘めに仕上げたドレッシングとトマトの酸味、クレソンのほろ苦さで口の中をリセットする箸休めをしてもらいます。

これにご飯が加われば、殆ど隙のない布陣と言えるでしょう。

より完璧にしたい方がいらっしゃるのなら、ここにお好きなスープをつけ足されても良いかもしれません。

 

 

「師匠、いい感じに焼けてきましたよ」

 

「皿に移したら、残った肉汁でソースを作ります」

 

 

今回は肉の味を引き立てるために濃い目のソースではなく、醤油ベースのあっさり系に仕上げましょう。

醤油とみりんと料理用酒を適量いれて少し煮詰めたら、最後にレモン果汁を入れて味を引き締めて完成です。

特製 男の為のがっつり和風ハンバーグです。

 

 

「はい、完成です」

 

「こっちもです!」「まゆもですよ!」

 

 

焼きあがったハンバーグにソースをかけて、試食者達の前に並べるとみんなハンバーグに釘付けになっていました。

早く食べたくて仕方ないという顔をされるのは作った者として、とても嬉しいですね。

つけ合わせも2つに分けて全員が取りやすい位置に配置して、私達も席に着きます。

 

 

「では、皆さん。いただきます」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 

平和な満たされた食事を思う存分楽しみましょう。

 

 

 

 

 

 

「美味しいにゃ!」

 

「魔に堕ちたる我を魅了する天上の美味!(とっても、美味しいです!)」

 

 

ハンバーグ好きを明言しているだけあって、前川さんと神崎さんは特に顔を綻ばせて全身から幸せですというオーラが発生しているようです。

こうして喜んでもらえると作った甲斐があったというもので、心の中がポカポカとあたたかくなってくるような気がしますね。

 

 

「七実さま、すっご~~い!コレ、お店のハンバーグより美味しいじゃん!」

 

「美味しいぃ~~、こんなハンバーグ初めてかも」

 

「前のとはちげーますが、こっちも美味しいでごぜーます!」

 

 

男性向けの味付けになっているので幼少組に美味しいと言ってもらえるかは少し不安でしたが、どうやら杞憂で終わってくれたようです。

しかし、いつ見ても年少組の無邪気で穢れを知らない笑みは癒されますね。

養子縁組はできないものかと3割方本気で思いますが、幸せな各家庭を壊してしまおうなんて思いはありません。

そんなことをしてしまえば嫌われてしまうことは目に見えてしまいますし、私の身勝手なエゴでこの笑顔を曇らせてしまえば意味がありません。

子供が欲しいなら自分で産むという方法も一応あるのですが、そんな相手もいませんし、前世を含めれば昼行燈と同年代位になりますから今更色恋沙汰に真剣になれる気もしませんね。

出産自体も肉体的には問題ないでしょうが、精神的には高齢出産に臨むようなものですから、そこまで頑張って産む必要はないかなという感じです。

 

 

「この肉がガツンと来る感じ‥‥これはご飯が進むわ。まゆ、悪いけど、ご飯のおかわり頼めるか」

 

「はい、大盛りですね♪」

 

「ああ、それで頼む」

 

 

佐久間さんの方は麻友Pのお世話に夢中で、このままではどこぞの馬鹿ップルの如くラブコメの波動を放つ固有結界を形成しそうなので近寄らない方が良いでしょう。

弟子の恋路を邪魔する師匠にはなりたくありませんし、私の精神衛生上良くありません。

しかし、恋する乙女は綺麗になるという言葉を科学的根拠の乏しい煽り文句だと勝手に思っていましたが、今の佐久間さんを見ているとあながち間違いではないのかもしれないと思います。

何故なら、今の佐久間さんの笑顔は普段の撮影よりも光り輝いて満たされているからです。

そういった笑顔は撮影の時でも発揮してもらいたいものですが、難しいでしょうね。

ちなみに、件の馬鹿ップルはというと。

 

 

「どうですか、武内君?」

 

「はい、この下手をすると主張が強くなり過ぎてしまう肉汁と脂を新鮮な玉ねぎの苦み、気持ちレモンを強く利かせた醤油ベースの和風ソースの酸味と塩気、そして脇に添えられた山葵の鮮烈な辛みが見事な調和を作り上げています」

 

 

いやいや、ちひろが聞きたいのはそんな食レポのような言葉ではなくて、もっとシンプルなものだと思うのですが、朴念仁で食に関心が強い武内Pにそれを期待しても無駄でしょう。

こういった返答は予想していなかったのか、ちひろの表情が一瞬固まりました。

周りに他のアイドルや同僚達がいる為、すぐに表情を穏やかなものに作り替えましたが、内心ご立腹間違いなしでしょうね。

頑張れ、ちひろ。先はまだまだ長いかもしれませんが、うかうかしているとライバルに掻っ攫われてしまいますからね。

さて、これ以上聞き耳を立てていると私の精神にクリティカルな砂糖空間の展開に呑み込まれてしまいかねませんのでやめておきましょう。

きちんと引き際を弁えてこそ一流ですから。

 

 

「皆さん、喜んでいただけたのなら何よりです」

 

「いや、渡係長の料理上手については知ってましたが、本当に手際が良くて美味しくて‥‥花嫁修業はバッチリですね」

 

 

今回の試食会に招待したことに対してのリップサービスのつもりなのでしょうが、どうしてこちらに振ってきたのでしょうか。

やめてください、佐久間さんの視線から急速に温度が失われつつあります。

大丈夫ですからね。互いにそんな気持ちなんて一切、欠片もありませんからね。

だから、その漫画のように盛られたご飯は適量まで戻しましょうか。

流石に食欲旺盛な成人男性で、ご飯が進むおかずがあったとしてもその量は多いを通り越して、もはや拷問レベルに達しそうですよ。

 

 

「褒めても残念ながらおかわりはありませんよ」

 

「いやいや、本当ですって。なあ、武内」

 

 

人が穏便に済ませようとしているというのに、どうして余計な方向に飛び火させたのでしょうか。

しかも、よりにもよって一番飛び火したら危ない火薬庫の方に。

話題を振られた武内Pは当初困ったようにいつもの右手を首に回すしぐさをして色々と考え込み始めます。

恐らく、誤解されず且つ私を傷つけてしまわないような言葉選びに悩んでいるのでしょうが、その沈黙の間にちひろの笑顔が恐ろしい雰囲気を漂わせ始めているので何でもいいので言ってほしいところですね。

別に私が良い嫁になるはずないと否定されたところで、それは事実なので傷つくことは一切なので安心して思ったことを言ってくれて構いません。

 

 

「そうですね。渡さんは、いい奥さんになると思います」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

考えた結果がそれですか。

これなら、まだギリギリセーフなラインの筈です。だからと言って、猛烈なプレッシャーを感じるちひろの方に視線を向ける勇気は私にはありませんが。

お願いですから、本当に穏当に済まさせてください。

私が何をしたというのですか、今日は普通に仕事をして皆に料理をふるまってと善行しか積んでいないというのにあんまりではないでしょうか。

過去には色々とやらかしたこともありますが、その報いがこれというのならあまりにひどすぎます。

 

 

「そうでごぜーます!七実ママは良いお母さんなのです!

この前も一緒にお風呂に入って、髪を洗ってくれやがりました!」

 

「私も時々、お膝の上に乗せてもらってるよ」

 

 

火の粉による延焼被害が留まることを知らないのですが、これは悪気がなくともケジメ案件ではないでしょうか。

仁奈ちゃんと赤城さんへの甘やかしはやっている時は優しい気持ちで溢れていて幸せなのですが、こうして平常時に聞かされると恥ずかしいですね。

顔に集まる血液を何とか分散させようとしますが、自律神経を完全に掌握しきれていない為こうした不意打ち気味なことに対しては初動が遅れる分表情に出てしまいます。

とりあえず、誤魔化すように肉汁で少し汚れた2人の口を拭ってあげながら塞いで、これ以上の情報流出を防止します。

 

 

「えぇ~~、仁奈ちゃんもみりあちゃんもずるい!」

 

「わ、我が出遅れているとは!(ずるい!私もしてもらうもん!)」

 

「はいはい、2人共七実さんに迷惑になることはしちゃだめだよ。もう中学生のお姉さんなんだから」

 

 

これ以上連鎖反応を起こしたら、完全に手綱を握れなくなってしまう懸念がありましたからここで前川さんのセーブはありがたいですね。

 

 

「はい、お喋りはそこまでにしてさっさと食べますよ。折角のハンバーグが冷めてしまいます」

 

 

冷めても十分に美味しく仕上がっている自身はありますが、やはり温かいものは温かいうちに頂くのが一番美味しいのですから。

口を食べ物で満たしていれば、余計なことを言わせなくて済みますし。

私がそう促すとみんなわかってくれたのか、各々が残りのハンバーグを味わいはじめます。

 

 

「七実さん」「師匠」

 

「‥‥何ですか」

 

 

一応、場は沈静化したので空いた皿を片付けようとまとめていると私を挟み込むようにちひろと佐久間さんが立っていました。

今回の一件においては私の落ち度はなかったと思うのですが、ダメですか。そうですか。

 

 

「「負けませんからね」」

 

 

だから、私は2人と争うつもりなんて一切ありませんし、参戦する理由がありません。

何度も明言しているはずなのに、どうして私はこうも『敵対勢力』認定されてしまうのでしょうか。

確かに恋愛法廷や佐久間さんの恋愛講座で、恋愛ポンコツである私が無自覚でやらかしてしまった件についてはしっかり教えてもらい同じ失敗を繰り返さないようにしているのです。

そのおかげか、もう少しで恋愛ポンコツから脱却できそうなレベルに到達しました。

恋愛事に関しても見稽古が使えれば手っ取り早いのですが、こればかりはどうしようもありませんからこれからも地雷を踏まないように頑張るしかないでしょう。

美食万歳、一石二鳥、千里の道も一歩より

恋愛事に関わることなく平和に日々を過ごしたいものです。

 

 

 

 

 

 

「乾杯」

 

「えと‥‥乾杯です」

 

 

とりあえず頼んだものは粗方届いたので、乾杯をしました。

いつもの特大ジョッキにはビールではなく、烏龍茶が並々と注がれています。

今日のお相手は未成年であり、新田さんの時と同じようにまじめな相談事なのでアルコールなんて飲んでいる場合ではありません。

妖精社、この店で知り得た他のお客の情報を口外しないや撮影厳禁といった不文律を守ってくれる人ばかりなので、色々な相談事にもうってつけな店です。

異性且つ誤解されやすい風貌の武内Pに代わってシンデレラ・プロジェクトの相談役を引き受けるのも私やちひろといったサポート役の務めでしょう。

本日の相談者は、明後日にミニライブを控えた島村さんです。

不安や葛藤といったものを内側に溜め込んでしまいそうな島村さんから相談事があると言われた時には、気が付かないうちに事態はそこまで深刻化していたのかと心配しましたが、今の様子を見るに緊張状態ではありますが大問題になるレベルではなさそうなので安心しました。

 

 

「今日はすみません。七実さまもお忙しいのに」

 

「構いませんよ。やるべき仕事なんて午前中で終わっていますし、うちの部下は何故か仕事を任せると狂喜乱舞します‥‥変態達なので」

 

 

用事があるので仕事を少し回してもいいかと聞いただけなのに、目の色を変えて仕事を奪い合おうとする光景はちょっと引きました。

今後はあのような光景を生み出さない為に、もう少し部下に仕事を回すべきかもしれないと本気で思うくらいに。

 

 

「えっ‥‥その‥‥頑張るのはいいことですよね」

 

 

そんなことを聞いて必死にフォローの言葉を言ってくれる島村さんは、控えめに言っても天使ですね。

まあ、若干笑顔が引きつっていますが、可愛いは正義なので問題ありません。

さて、身内の失態を引き合いに出すことである程度島村さんの緊張もほぐれてきたと思いますので、人生相談ならぬアイドル相談といきましょうか。

特大ジョッキの烏龍茶を一気に飲み干して喉を潤し、口の滑りをよくしておきます。

 

 

「さて、私に相談があるとのことでしたが」

 

「は、はい!美波ちゃんから、不安なら七実さまが相談に乗ってくれるからと言われて」

 

「成程」

 

 

初舞台に不安を抱えている新田さんでしたが、やはりシンデレラ・プロジェクトの最年長だけあって周りのことにも良く気を配っているようですね。

抱え込み過ぎには気をつけなければなりませんが、こうして同じ仲間の立場からそっと背中を押すようなアシストは私達にもできないことなのでありがたいです。

明日あたりにでも少し時間を取って、初舞台前の不安を一回吐き出させておいた方が良いかもしれません。

 

 

「あの‥‥初舞台って、どうすればいいんでしょうか?」

 

 

えらく抽象的な質問ですね。

初舞台での緊張をほぐす心得なのか、それとも会場入りから関係者各位への挨拶順等の社会的なマナーを聞かれているのかで答えは大きく変わります。

思い込みで安易な答えを返してしまうと取り返しのつかない事態に発展する可能性が大きいので、ここは慎重に言葉の真意を探らねばなりません。

知ったかぶりとは少し違うかもしれませんが、相手を完全に理解していると思い込むことは傲慢以外の何物でもないでしょう。

 

 

「質問に対して質問を返すようで申し訳ありませんが、どうとはどういう意味でしょう?」

 

「あっ、すみません!わかりにくかったですよね‥‥」

 

 

しゅんと落ち込んだ私の庇護欲を絶妙に擽る島村さんを今すぐ抱きしめたくなる衝動を抑え込み、欲望を消火する為におかわりの烏龍茶を一気に飲み干します。

これ以上飲めば水腹は確実ですが、暴走してしまうよりはましでしょう。

 

 

「えと、明後日のライブで私もついにアイドルとしてデビューするんだって、夢が叶うんだって、嬉しくて‥‥嬉しくて仕方がありませんでした。

凛ちゃん、未央ちゃんとユニットを組んで、これから3人であの時よりももっとキラキラできるんだって。

でも‥‥大切な初舞台をアイドルとしてどうしたらいいのか、どうするべきなのかって考え始めたら、答えが出てこなくて‥‥」

 

 

舞台をアイドルとしてどうしたらいいかですか、正直言って考えたこともありませんでしたね。

かなり俗な言い方になってしまいますが、私にとってアイドル業=商業活動ですから自己に還元される利益を最大限に高める為に需要に応じた最高のものを提供していくだけなのです。

そうでなければ虚刀流を初めてとした黒歴史の拡散を許すものですか。

まあ、私自身もアイドル業を楽しんでいますが、アイドルに対して夢や憧れを通り越して現実的な側面ばかりを見た結果がこれですね。

そんな大人特有の割り切りめいた答えを真剣に思い悩む島村さんに返せるはずもなく、何と答えるべきか思い悩みます。

私を見る島村さんの表情は未来への不安とほのかな期待が入り混じっていて、下手をすると次の言葉で未来を確定させかねません。

一人の少女の夢であったアイドルとしての方向性を背負うなど、チートしている私にでも荷が重すぎます。

さて、本当にどうしたものでしょうか。

どっちの選択をしても後悔しかしないような気がします。

退くも地獄、進むも地獄ならば進むしかないでしょう。逃げ出した先に楽園なんてないのですから。

 

 

「どうしたらいいのかなんて考えなくていいのではないでしょうか」

 

「えっ?」

 

「アイドルをして嬉しいと思う、キラキラしたいと思う今の気持ちを忘れなければいいんですよ。その上で、何をしたいと思うか、そちらの方が大切だと思いますよ」

 

 

他の職業とは違いアイドルがなることなんて明確に定義されている訳ではありませんし、都合の良いように拡大解釈してしまえばやりたいことを何でもしていいのです。

それが行き過ぎてしまえばスカイダイビングやら動物とのふれあい(猛獣)といった、果たしてアイドルでやる必要があるのかというものに至ってしまいますが、それでもアイドル自身が楽しんでいればそれはアイドルのしてもいいことでしょう。

夢を諦めず、曖昧であっても自身の思いをしっかりと胸に抱いていれば、するべきことなんていくらでも後からついてきます。

それに、そうなるように私や武内Pがいるのですから。

 

 

「今の気持ちを忘れない‥‥」

 

 

島村さんは両方の手のひらを広げてその間にある何もない空間を見つめていました。

見稽古の所為で4色型の視覚を持つ私にも何も見えませんが、きっと島村さんには大切な何かが見えているのでしょう。

私は少しだけ身を乗り出して、島村さんの左胸に人差し指を置きます。

先に言っておきますが、これは決してセクハラとかそういったやましい気持ちは一切ない行動ですので、色々と邪推する方は少しオハナシしましょう。

 

 

「貴女の答えはここが知っていますよ。自分で自分を決められる、たった1つのものですから。

だから‥‥無くしては駄目ですよ」

 

「たった1つの‥‥」

 

 

少し誤魔化しが入ってはいますが、私が何を言ってもそれは私の主観に基づいた意見でしかないので、結局島村さんの答えは島村さんの心に聞くしかありません。

 

 

「諦めず、見失わず、自分の心に従っていれば、希望は生まれます」

 

「諦めず‥‥見失わず‥‥」

 

 

こんなことを突然言われてもわからないでしょう。でも、それでいいのです。

心というものは、自分の物であっても不思議で理解の及ばないところがある存在なのですから。

島村さんにはキラキラしたいと思った今の気持ちを忘れてほしくはない、そしてそれを失わないでいて欲しいというのは私の身勝手な望みなのかもしれません。

ですが、相談を受けた身なのですから少しだけ自分の我儘を入れても許されるでしょう。

私の言葉で島村さんが何を思ったかはわかりませんが、少なくともその表情から不安の色は殆ど見えなくなりました。

そんな、島村さんに我が国のとある企業の創始者である実業家の言葉を贈るなら。

『人生とは心の描いたとおりになる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の同時刻、美城プロのアイドル寮において前川さん達が持ち帰ったハンバーグのたねを巡って、後に『御土産大戦(スーヴェニア・プロブレム)』と呼ばれる寮全体を巻き込んだ大事件が発生しているのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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