チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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急展開気味且つ、ご都合展開ですがご了承ください。

2人のユニット名が決まりました。
一応必死に考えたものですが、そのネーミングセンスについては勘弁してください。




明日が素晴らしい日だといけないから、うんと休息します

どうも、私を見ているであろう皆様。

私自身も何度目か忘れそうになりますが、それほど付き合いが長くなった事に驚きを隠せません。

 

最近アイドル活動の楽しさを知り、チート制限をどの程度までに緩めるかに悩みながらも今日も今日とてレッスンです。

1月ももう半分以上が過ぎ新春特別番組関係の撮影もなくなっているため、業界内では2月のバレンタインイベントをどう制するかが焦点となっています。

我が346プロとしては、ライブイベントを企画しているようですが上層部も一枚岩ではなく、未だに会議室では何やら会議が続いております。

事務員時代に一度だけ今西部長に連れられ重役達の会議に参加したことがあったのですが、出来る事なら二度と参加したくないと思えるものでした。

会議というものは漫然と進められがちですが、水面下では政治的対立関係のようなものが構築されており、高度な政治的バランス感覚を要求されるのです。

チートを使えばやりあえない様な世界ではありませんが、それによって被る面倒事やストレスを考えると賃金アップでは代償に対して対価が見合いません。

あの経験以来、私の中にあった出世してやろうという若気の至りのような野心は鳴りを潜め、一事務員でそこそこの人生を歩もうと決意しました。

今となっては、あれは今西部長の私に対する新人潰しだったのではないかと思っています。

 

 

「よし、15分休憩だ。水分等はちゃんと補給しておくように」

 

「はい」「はひ」

 

 

流石に1ヶ月近くも限界少し上を絶妙な加減で要求するレッスンを続けているだけに、ちひろの問題であった体力面やダンスは改善されつつあります。

今のレベルであれば、瑞樹や楓のバックダンサーくらいは努められるレベルくらいにはなっているでしょう。

能力を具体的にいえば、Vo:Cランク Da:Dランク Vi:Cランクレベルといった所ですね。

今まで一切特別な訓練していなかったと考えると驚異的な成長率です。特に演技力が要求されるビジュアル関係は、乾いたスポンジが水を吸うかのように技術を覚え、今現在でも成長を続けているのだから恐ろしい。

武内Pに無理を言って作ってもらった猶予は後3週間程度ですが、体力問題も今以上に改善されるでしょうから私とユニットデビューしても大丈夫でしょう。

あの特撮撮影後直ぐにユニットデビューをしていたら、私基準で回されてくる仕事に体力が持たず途中で倒れていたでしょうから。勿論、武内Pがある程度調整はかけてくれるでしょうが、いいところを見せたいとちひろが無理をしていたと思います。

この馬鹿ップルは肝心な時にすれ違いそうですからね。

2人を信用していないわけではないのですが、それでも不安の種は潰しておきたいので今回は武内Pに無理をしてもらいました。

この選択をベストとは言いませんが、ベターくらいではあると考えています。

 

 

「体力って、なかなかつきませんね」

 

 

床に座り込み壁に背中を預けたちひろは、スポーツ飲料でくぴくぴとゆっくり複数回に分けて飲みながらそう零しました。

人間の身体能力は20代前半にピークを迎え、後は落ちていくだけという説を聞いたことがあります。

この説が本当なら落ちていく流れに逆らって身体能力を向上させようというのですから、早々簡単にいかないのでしょう。

私の場合は、チートのお蔭で身体能力の低下を感じることは無く。寧ろアイドル活動をするようになって運動量が圧倒的に増えたので、高かった身体能力に更に磨きが掛かっています。

 

 

「地道に頑張るしかないですよ」

 

「それは、そうですけど」

 

「ダンスはまだまだですけど、演技や歌はかなり上達したじゃないですか」

 

 

悪い方向ばかりに目を向けがちなので、ちゃんと上達していることを教えるのですが、どうやら納得してはいないようです。

 

 

「だって、せっかくアイドルになったんですから、ちゃんとステージで歌って踊りたいじゃないですか」

 

「そんなものですか」

 

 

全く意図していないゲリラ的な活動で歓声や拍手を受け感動した私ですが、未だに自分がステージの上にたちお客さんの前で歌い踊っている姿が想像できないのです。

このチートボディの身体能力を生かしたパフォーマンスや特撮系のお芝居をしている姿は簡単に想像できるのですが。

私も色々と毒されてきたという事でしょうか。

 

 

「七実さんは、いいですよね。何でも出来ますし」

 

「‥‥そうですね」

 

 

ちひろ、貴女は知っていますか。

誰も同じ場所に立つ者がいない高みから見る空しい世界を。

そして、そんな羨ましがるような愚痴をこぼしながらも、あなたの顔は充実感に溢れた心地良さそうな笑顔になっていることを。

羨ましいのは、私も同じなんですよ。

 

こんなシリアスっぽい雰囲気は私には似合いませんのでこれくらいにしておきましょう。

皆様も今後神様転生等をされる機会がありましたら、覚えておいてください。

頂上からの景色が美しいのは努力して登った達成感の中で見るからであり、最初から頂上にいればそれは何の変哲も無い日常風景でしかないのです。

優越感に浸れるのも数年が限界で、いつの間にかそれが当たり前になります。良くも悪くも人間はなれてしまう生き物ですから。

 

 

「どうしました?」

 

 

変にシリアスな雰囲気を漂わせていたのを察したのか、ちひろが心配そうにこちらを見てきます。

とりあえず無難な話題で方向転換を図りましょう。

 

 

「いえ、何でもありませんよ。今日飲むのは何にしようかなと」

 

「本当にお酒好きですね。みんなよりたくさん飲むんですから、程々にしないと身体壊しますよ?」

 

「私が?」

 

「‥‥自分で言っておいてなんですが、七実さんが怪我したり病気になった姿って想像できませんね」

 

 

失礼な。身体が未発達だった子供の頃は、自分の身体能力がどこまでのものか知りたくて色々して怪我して怒られたりしました。

波紋呼吸の練習や川を走って横断したり、岩をこぶしで球体にしてみたり、街中でパルクールをしてみたりと他にも色々ありますが我ながら無茶をしたものです。

ちなみに、弟も真似をして無茶をして私以上に怪我をしていたのですが、諦めることなく続けたので私のチートの元ネタの弟と同じくらいの身体能力を持っています。

今現在はその力を国防のために使っているようで、習志野の特殊な部署にいるそうです。私は、その辺の事はよく知りませんが凄い事なのでしょう。

 

話が脱線しました。

まあ、私でも怪我をする事があるというのを覚えていただければ結構です。

 

 

「今日は瑞樹が来れないんでしたっけ?」

 

「そうですね。今夜は収録があるそうですから」

 

 

私達のような20歳越えのアイドルもいますが、大多数は18歳未満の子供たちであるため労働基準法によって労働時間や深夜労働の禁止等の様々な制約を受けがちです。

なので、どんな番組でも1人はアイドルが出演しているこの世界では、そんな制約を受けない私達のような存在は結構ありがたいようです。

特に瑞樹や楓、765プロの三浦 あずさや四条 貴音等のトップアイドル達なら尚更で、週に2回は夜の収録が入るそうです。夜の収録といっても普通の撮影ですから、勘違いの無いように。

 

 

「仕事があることは、いいことです」

 

「本人は悔しがっていましたけどね」

 

 

そこまでして女子会をしたいものなのでしょうか。

まあ、私も人のお世話をするのが好きなので、ストレスがどうたらといった事もありますが基本的に相殺されていますし。

瑞樹にしても、好きなように騒ぎ話せるあの時間が大切なのでしょう。

最近では、奢り等の一部の例外を除いて私以外のメンバーはお酒の量が減ってきていて完全に泥酔することは少なくなってきました。

 

 

「休肝日と思って諦めてもらうしかないですね」

 

「昼前からインタビューで出社するからお弁当よろしくね、だそうですよ」

 

「ちゃっかりしてますね」

 

「それだけ美味しくて楽しみにしてるって事ですよ」

 

 

ちひろも私を煽てるのがうまくなってきましたね。

頼られたら応えたくなる私の性格を見事にくすぐってきました。そこそこいいお肉がありましたから、叩いてハンバーグにして入れてあげましょう。

アイドルは身体が資本ですから、ちゃんと肉を食べないとあっという間にへばりますから。

そういえば、武内Pもハンバーグが好物のはずだったので御裾分けできるようにちひろの弁当には1個多く入れときましょう。

 

 

「2人共、そろそろ再開するぞ。身体を動かしておけ」

 

「「はい」」

 

 

さて、残りの時間のレッスンも頑張りましょうか。

 

 

「ちひろ」

 

「どうしました?」

 

 

私の呼びかけにちひろは小首を傾げます。

その顔には気力と自信に満ち溢れており、事務員ではなくちゃんとアイドルの顔をしていました。

発破をかけようかとも思いましたが、こんな表情を出来るなら必要ないでしょう。もしかしたら、私はちひろという人間を無意識的に低く見ていたのではないでしょうか。

そう思うと無駄に気を回したりしてデビューを遅らせたりする必要はなかったのではと、ばつの悪い気持ちでいっぱいになりそうです。

 

 

「いえ、なんでもありません」

 

「えぇ~~、何ですか、それ?気になるじゃないですか、教えてくださいよ」

 

「忘れました」

 

「もう、イジワルですね」

 

 

自己嫌悪等は後にするとして、今はとりあえずレッスンに集中しましょう。

 

 

「‥‥頼りにしてますよ。相棒(バディ)

 

「‥‥はい!」

 

 

相棒という言葉がそんなに嬉しかったのか、ちひろは眩しいくらいの笑顔になりました。

光のエフェクトすら見えそうな笑顔に、私の罪悪感は更に加速していくのですが、表情には出ないように隠し切ります。

そんな努力をしているとレッスンルームの扉が開かれ、武内Pが入ってきました。

最近はお互いに色々忙しかったので、こうして会うのは久しぶりのような気がします。

 

 

「あっ、武内君。お疲れ様、どうしたの?」

 

 

やはりといっては何ですが、一番最初に反応するのは貴女(ちひろ)だと思いましたよ。

ただでさえ輝いていた笑顔が5割り増しくらいになったような気がします。そのうち後光でも差すようになるんじゃないですかね。

 

 

「どうした、プロデューサー?」

 

「レッスン中にすみません。渡さんと千川さんにお伝えしたい事がありまして」

 

「伝えたい事ですか?」

 

「ええ、御二人の正式なデビューの日程が決まりました。明後日にはデビュー曲の方も届く予定です」

 

 

これはいよいよ本格的に頑張る必要がありそうです。

ちひろは驚きのあまり笑顔のまま固まっていますが、青木トレーナーは今更なのかと言いたげな表情をしています。

言葉にされたことはありませんが、及第点レベルには達していたようですね。

 

デビューの日取りも決まり、曲も用意され、とうとうステージ上に私が立つ。

心臓が痛いほど高鳴りますが、平和にその日が迎えられるよう祈るとしましょう。

 

 

 

 

 

 

レッスン終了後、シャワー等を浴びて汗を流し必要最低限の身嗜みを整え、武内Pの所へと向かいました。

特にちひろは念入りにシャワーを浴びており、私は10分近く待ち惚けをする事になりました。好意を寄せる相手に汗臭いと思われたくないという乙女心は理解できますが、やり過ぎです。

そんなこんなで現在は、アイドル部門の片隅にあるインタビュー等で使う談話室でデビューについての詳細を打ち合わせしています。

 

 

「御二人のデビューは2月14日、バレンタイン特別イベントライブに決定しました」

 

「え‥‥ええっ!!」

 

「武内P、正気ですか?」

 

「はい」

 

 

特撮やマジアワ等でそこそこの知名度を獲得してはいますが、いきなり事務所の大規模イベントと重ねてくるとは予想外でした。

てっきりデパート等でのミニライブくらいから始めると思っていたのですが。というか、それが普通です。

そんなに期待されても困りますし、私の能力がいくら高くても精神的な部分は一般小市民クラスなのです。既に胃が痛くなってきました。

ちひろの方に視線を向けると、案の定緊張でがちがちになっていました。

まあ、今回のライブイベントは約6000人規模のものですから、誰でもそうなりますよね。

 

 

「規模の方は既にご存知と思いますので省略させていただきます。

御二人には、最初の『お願いシンデレラ』には参加せず中盤の安部さん、川島さん、高垣さんの3名が進行係を務める際に登場し、そのままデビュー曲を披露し最後の全体曲に参加するという流れになっています」

 

「わざわざ私達をこのライブに出す必要性はありますか?」

 

 

こればかりは聞かずにはいられませんでした。

武内Pは新人アイドルに対して、こんな無茶な初舞台を振ってくるような人間ではありません。

恐らく何かしらの理由があるでしょうし、それは私に聞く権利があるはずです。

大型ライブでデビュー曲披露するのに練習期間が3週間しかないのは、ステージ経験の無い新人アイドルには少々要求レベルが高すぎます。

 

 

「実は、今回の御二人の参加は急遽決まったものなのです」

 

「理由は聞いていますか?」

 

「はい。簡潔に申し上げさせてもらうなら、上層部からの厚意です」

 

「すみません、ちょっと意味がわからないのですが」

 

 

デビューに約6000人近くのドームライブという嫌がらせとしかいいようがない行為が、厚意というのはどういうことでしょう。

 

 

「渡さん、先日のカウントダウン特番での件もそうですが、私も含め貴女に助けられたという人は多いです。

それは上層部もきちんと評価しています。ですから、貴女は自分が考える以上に346プロ内での評価は高いのです」

 

「そんな馬鹿な」

 

 

そこそこチート能力を発揮していましたから、それなりの評価はされているとは思いましたがいまいち信じられません。

それに、その評価がどう転べばいきなり大舞台というプレッシャーで押しつぶされそうなものになるのでしょうか。

 

 

「ですので、助けられた方々が『デビューするなら小さなイベントより大きなドームの方がいいだろう』と言われまして‥‥

トレーナーの皆様からも現在の御二人の能力であれば出演しても問題ないと太鼓判を押されましたので」

 

「つまり、助けられた恩を返そうと?」

 

「はい」

 

 

そう答える武内Pは右手を首に回します。彼にとっても今回の決定は想定外だったのでしょう。

アイドル活動の定石を知らない人からすれば、動員人数の多いドームライブに参加するのはアイドル全員の夢だと思いますよね。

色々とアイドルの現実を知らない若い頃なら確かに喜んでいたかもしれませんが、色々知って荒んでしまった現在では素直に喜べません。

ドームライブでもバックダンサーくらいなら失敗は許されるでしょうが、出演者の1人として参加するからには失敗は当然ですが、半端なパフォーマンスでも許されないはずです。

ミニライブではチケット代も掛からず、観客も新人というのも理解されているでしょうから多少荒があったとしても評価されるでしょう。

しかし、ドームライブはチケット代が掛かり、それも抽選制になります。観客も初めての方も一定数いるでしょうが、多くは様々なアイドルのライブに参加してきた猛者達でしょう。

そんな目の肥えた彼らが、わざわざ大金を払ってチケットを買ったドームライブで新人の拙いパフォーマンスを見せられて納得するでしょうか。いや、しないでしょう。

ファンからすれば、そんな下手な新人なんかよりも自分の好きなアイドルを出して欲しいと考えるはずです。

つまり、私からすればドームライブなんてハイリスクハイリターンなあまり好ましいものではないのです。

ありがた迷惑とは、このことでしょう。

 

 

「‥‥ちひろ、いけそうですか?」

 

 

私1人の意見で物事を決めるわけにはいかないので、ちひろにも確認を取ります。

ちひろが無理だと言っても、上層部が決定を出してしまっている以上私達に拒否権というものは無いのですが。

数年間アイドル部門で仕事をし、間近で多くのアイドルの苦悩等の裏側に触れてきたりしたのですから、今回のイベントの大変さは想像できるでしょう。

現に先程から一切言葉を発さず、手に持った湯飲みの中を覗き込んでいます。

表情が窺えないのでどんな心境かはわかりませんが、あまり良いものだとは思えません。

誰だって、こんな大き過ぎるプレッシャーを前にしたら逃げ出したくなって当然でしょうから。というか、私が逃げ出したくて堪りません。

 

 

「‥‥やります。やらせてください!」

 

「千川さん」

 

 

顔をあげたちひろの表情は、怯え等の一切見られない覚悟を決めたものでした。

 

 

「本気ですか?」

 

「だって私達はアイドルですよ。遅かれ早かれ経験するなら、今こうして機会が巡ってきたなら挑戦しないと損じゃないですか」

 

「ですけど‥‥」

 

「七実さんが、心配してくれているのはわかります。でも、私だっていつまでも頼りない後輩じゃないんですよ」

 

 

いやいや、心配しているのもありますが。ただ単に私が逃げたいのもあるんです。

そんな輝いた目をされると打算が含まれていたこちらとしては、凄く申し訳ないです。だから、そんな目で見ないでください。

自分の薄汚さを実感してしまって自己嫌悪しそうです。

 

 

「渡さん、私も最初は反対派でしたが、今の御二人なら大丈夫だと信じています。

私に出来る事ならいくらでもお手伝いしますし、ライブに集中できるように日程も調整します。勿論、前回のような事も絶対起こらないようにします」

 

 

何これ、ドッキリですか。前回もそうでしたが、武内Pの私に対するこの好感度の高さは一体なんでしょう。

乙女ゲームではありませんが、何か(フラグ)を立てて個別ルートに入るようなイベントって起こしましたっけ。

ああ、わかりました。これは夢ですね、新人がいきなりドームライブでデビューを飾るなんて夢以外の何物でもないです。

 

 

「七実さん」「渡さん」

 

 

ところがどっこい夢じゃありません。現実です。

現実逃避をしても仕方が無いので、そろそろちゃんと現実を見つめますか。つい数時間前くらいに本格的に頑張ると心に誓ったばかりですし。

 

 

「ちひろ」

 

「はい!」

 

「今日からライブまで妖精社はなるべく控えますよ。他の3人にも伝えておいてください」

 

「わかりました!」

 

 

時間が無い以上、体調調整も考えると飲み過ぎ食べ過ぎは良くないので3人には悪いですが不参加とさせてもらいましょう。

ストレス発散等は重要であることは承知していますが、ライブまでの1分1秒が惜しいのです。

チートがあるので私個人の能力は恐らく問題ないと思いますが、ステージに立つのは私1人ではありません。ちひろとの息を合わせたパフォーマンスを高レベルで安定して披露できるようになりませんと。

それに加えて全体曲に参加するなら、時間的猶予はあるようで殆ど無いでしょう。

 

 

「武内P」

 

「はい」

 

「事務仕事の量を減らして、全体曲の私達の位置と練習日を教えてください」

 

「わかりました、すぐに調整をかけます。全体曲については資料を纏めていますので、どうぞ」

 

「流石、仕事が早いですね」

 

 

武内Pから渡された資料を受け取り、即座に目を通し重要な部分のみを頭に入れます。

どうやら私達の位置は左端で、複数グループに分かれる際は菜々と輿水さんと一緒になるようです。

資料をある程度頭に入れると、それをちひろに回します。これくらいなら346で事務員をしていれば、すぐに頭に入れることが出来るでしょう。

というか、私偉そうじゃありませんか。顔には出してはいないとはいえ、この中で一番逃げ出そうとしていた人間が仕切るのはおかしいでしょう。

謝った方がいいでしょうか。でも、突然謝られても困るでしょうし。

とりあえず、現状は保留で。

 

 

「差し当たって、御二人のユニット名を決めたいと思います」

 

「うわぁ、本当にデビューするんだなって思いますね」

 

「ユニット名ですか‥‥」

 

 

デビューするなら当然必要になってきますよね。

今までは、正式なユニット名が無かったので『事務員コンビ』とか呼ばれていましたが、流石にそれではダメなのでしょう。

うきうきとしているちひろと対照的に、私の気分は下降気味です。

見稽古というチートを持っている私ですが、ネーミングセンスはその対象外になっているようで、致命的とまではいきませんが首を傾げるような微妙なものしか浮かびません。

これは、2人に丸投げする事にしましょう。私の残念ネームが、もしも採用されてしまったら末代までの恥となりかねませんから。

 

 

棚から牡丹餅、一意専心、不言実行

いきなり大きなライブとは平和ではありませんが、最高のものを見せられるよう頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

「ちひろ」

 

「はい」

 

「どうして、私達は妖精社(ここ)にいるんでしょう?」

 

「‥‥さあ」

 

 

当初の予定ではレッスンルームを借りて全体曲の流れを掴むための練習をするはずだったのに、私の目の前にはいつも通りのジョッキと楓と菜々の頼んだ料理が並んでいます。

本当に、どうしてこうなった。

 

 

「まあまあ、七実さん。デビューが決まったんですから祝わないと損ですよ☆」

 

「そうですよ。プロデューサーさんにも、今日は休むようにと言われたんでしょう?」

 

 

目の前には私達をここまで連れてきた酔っ払い2人が、楽しげに酒盛りを繰り広げています。

ユニット名は結局決まりませんでしたが武内Pとの打ち合わせ終了後、残っていた事務仕事を1時間で片付けました。

そして、早速練習をしようとちひろ共にレッスンルームへ行ったのですが、そこに居たのは武内Pとこの酔っ払いたちでした。

青木トレーナーから、夕方から練習をするとちひろがオーバーワーク状態になると警告されていたので止めに来たとのことで練習は諦めたのですが、何故か今に至ります。

 

 

「2人共、ビールは冷たいうちに飲まないとダメですよ」

 

「そうそう、我慢なんて良くないです!菜々みたいに、人生メリハリつけていかないと」

 

 

そう言いながらジョッキに残っていた残りのビールを飲み干す、実年齢モードのウサミン星人(永遠の17歳)。

無駄に説得力があるのが、腹立ちます。情報流失とか言って、ネット上に実年齢を公表してやりましょうか。

 

 

「‥‥そうですよね。メリハリつければ大丈夫ですよね」

 

 

ウサミン星人の甘言に惑わされ、先ほどからビールを見つめ続けていたちひろが生唾を飲み込みました。

予想はしていましたが陥落しかけるのが早いですね。確かに、この大き目の蚕豆や地鶏のぼんじりとかビールにもの凄く合いそうで誘われるのもわかりますが。

 

メリハリは仕事においても重要ですし、そもそも私のチートボディはこの程度のアルコールや料理でどうにかなるほど柔ではありません。

明日から頑張ればいいでしょう。そう、明日から本気出します。

 

 

「ぷはぁ。ちひろ、頑張るのは明日からで」

 

「そうですね、量を気をつければ大丈夫ですよね」

 

「ほらほら、ビールにび()()()ことなく一気にいきましょう」

 

「すみませ~ん。ビール特大ジョッキ4つ、おかわりお願いしま~す!」

 

 

私とちひろは見合わせるとゆっくりビールに口をつけました。

ああ、やっぱりこれですよ。レッスンやら事務仕事から解放されたと感じるこの爽快さ。

惜しむらくは気の迷いによって少しだけぬるくなってしまった事が残念ですが、それでもこのジューシーでとろけるぼんじりと一緒ならば些細な問題です。

ちひろも蚕豆をつまみにいつもより少しだけゆっくりとビールを飲み干しました。

 

 

「2人共、いい飲みっぷりですね。菜々も負けませんよ」

 

「すみません。ぼんじりと蚕豆追加お願いします」

 

 

楓の追加注文と入れ替わりにビールのおかわりが届き、全員の手に渡ります。

 

 

「さて、今回は菜々が音頭をとりま~す♪」

 

「「ウッサミ~~ン☆」」

 

「はぁ~~い!では、七実さんとちひろちゃんの本格デビューと私達全員のバレンタインライブ参加を祝して‥‥Salut!」

 

「乾杯!」「Cheers!」「Prosit!」

 

 

随分と統一感の無い乾杯ですが、酔っ払いにそんなことを求めても無駄なので突っ込みません。

それにそんな無粋な事をしてもお酒の味を悪くするだけです。

口休めに乱切りされたキャベツをかじり、ビールを一口。苦味が口に広がったらぼんじりを噛み締め美味しい脂と舌を絡めます。

美味しいお酒と美味しいつまみ、そして気心知れた仲間。これ以上、何もいりません。

 

 

「でも、本当に良かったです。2人共デビューが決まって」

 

「しかも、いきなりドームライブなんて羨ましいですよ。菜々の時はデパートの特設ステージでしたもん」

 

 

私的にはそっちの方がプレッシャーが少ないので、逆に羨ましいのですが。

どうして人生というものは、いつも望んだ方向に進んでくれないのでしょうか。

神様と称される上位存在と直接会ったことのある身としては、恐らくその方が退屈しないからだろうとは推察できます。

かの方々は、全能ではありますが全能であるが故の悩みというのもあるそうです。詳しくは聞けませんでしたが、全て望んだ結果にしかならないので意外性に欠けるとのことでした。

今回の件も、もしかしたらかの方々の退屈を紛らわすためのものなのかもしれません。しかし、だからといって私がすることは変わらないです。

 

なので、今はお酒の席を楽しみましょう。

 

 

「でも、いきなりドームライブだと緊張して‥‥心臓が飛びでそうです」

 

「こればっかりは、経験が物を言いますから」

 

「ですねぇ~、度胸は場数で補うしかないですから。その点、七実さんはそういうのとは無縁そうですね」

 

「「わかるわ」」

 

「失礼な!」

 

 

菜々の言葉に2人が同調します。

メンタルは一般人レベルでしかないのに、どうしてそんなイメージをもたれてしまったのでしょうか。

 

 

「だって、七実さん。いきなり準主役の仕事を振られても普通にこなしてたじゃないですか」

 

「マジアワでも、いつの間にかMC交代してました」

 

「現場で陣頭指揮をとることも多いって聞きましたよ」

 

「全部仕事だからやらないとダメだったからでしょう」

 

 

あの程度ならチート技能を使えば出来る事でしたし、MCの件もあまりにもいつもの流れすぎていつの間にか逆転していただけですし。

後、準主役は黒歴史に抵触するので話題に出すのはやめて欲しいのですが。

これは虐めですか。最年長者に対する虐めなんですか。

 

 

「次のライブも、仕事だって普通にこなすにボトル2」

 

「私もそっちにボトル3」

 

「菜々もそっちですから、賭けは不成立ですね」

 

「人を勝手に賭け事の対象にしない。私だって緊張することはありますからね」

 

「「「またまた、ご冗談を」」」

 

 

ステレオで返してきましたよ。全く持って失礼な。

自棄食いではありませんが、ぼんじりを1串分を一気に口に含みビールで一気に流し込みます。

そんなに私は物怖じせず、物事を遂行するような人間に見えるのでしょうか。

確かに一般生活でも程々にチートを使って色々とやってきましたが、そこまで誤解されるような行動はしてきていないはずです。

今までの記憶を振り返ってみたのですが、やはり思い当たる節はありません。

 

 

「そういえば、2人の新曲はどんな感じなんですか?」

 

「まだ決まってませんよ。明後日までには届けさせるとは言ってましたけど」

 

「どんな曲になるんでしょうね。私達のデビュー曲」

 

 

どんな曲でも全力を尽くすだけですが、そう言われるとどんな感じになるのか気になります。

武内Pは『御二人のイメージを基本に依頼しました』とのことでしたが、ちひろの方は大丈夫でしょうが、私のイメージというのが引っかかります。

現在の私の世間一般のイメージは、あの黒歴史『人類の到達点』が強い筈なので、下手をすると雄々しい燃焼系の特撮ソングになりかねません。

ちひろのイメージも加わるのでそんなことにはならないとは思いますが、それでも一度抱いた不安はなかなか消えません。

目の前のウサミン星人のデビュー曲も、アレだったので。

アレはアレで一部のマニアックなファン層に大受けで、結構な売り上げになったらしいです。

 

 

「むむっ、たった今不穏な電波がビビッときました」

 

「はいはい、ウサミンウサミン」

 

「もう、そんな投げやりに言わないでくださいよ!もっと愛を込めて、ほら『ウ~サミン♪』」

 

「「ウ~サミン♪」」

 

 

私達を知らない第三者が見たら『‥‥うわ、このアラサー集団きつい』とか思われそうですね。

しかし、この馬鹿なノリのお蔭で悩んでいるのが馬鹿らしくなりました。とりあえず、今は飲んで食べて、心を休めて英気を養うとしましょう。

この心境を世界一有名なビーグル犬の言葉を借りて述べさせてもらうなら。

『明日が素晴らしい日だといけないから、うんと休息します』

 

 

 

翌日、予定より1日早く届けられた私達のデビュー曲は私のイメージが入っているとは思えないくらい素晴らしい出来でした。

ダンスの方も私達の特長を最大限生かせるよう工夫されており、チート能力の発揮のし甲斐もありそうで、今から歌って踊るのが楽しみです。

ちなみに私達のユニット名も無事決まりました。

ユニットのイメージを聞かされた際に零した私の意見が取り入れられてしまい、ちょっと年甲斐もないユニット名になってしまいましたが、ちひろも武内Pもこれでいいと言ってくれたので大人しく受け入れましょう。

 

Cendrillon(サンドリヨン)』という名を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2人のユニットイメージが、灰かぶり(事務員)からお姫様(アイドル)ですので
元ネタのシンデレラガールズ、シンデレラプロジェクトとありますのでシンデレラに絡めたいと思いこういったユニット名しました。


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