チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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全体的にオリジナルな話となっていますが、今回より本格的にアニメ6,7話に入っていきます。


アイドルを辞めるというのなら、まずはそのふざけた発言を撤回させる

どうも、私を見ているであろう皆さま。

アイドル寮では私の作ったハンバーグを巡って、仁義なき戦いが繰り広げられ大問題になったそうです。

材料費を用意してくれるのなら、依頼されればいくらでも時間に都合をつけて作りに行くのですが、どうして人というものは今あるものを奪い合ってしまうのでしょうか。

この騒動で虚刀流を使おうとしたカリーニナさんにはきちんと説教しておきました。

まだ入り口にすらたどり着けていない触りの部分しか教えていませんが、それでも虚刀流のもつ殺傷力は看過できるものではありません。

その辺のところはカリーニナさんも十二分に理解はしているとは思いますが、いくら自身が最大限気をつけていたとしても事故というものは起こります。

ハリセン二刀流の前川さんがその溢れんばかりの戦意を挫いてくれた為、そんなことも起こる前に潰えました。

カリーニナさん関係では前川さんに負担を強いてしまっていますから、今度何かしらの差し入れでもして報いてあげる必要があるでしょう。

今度、私の家に招いて何か好きなものを作ってあげましょうか。

ですが、そうなると十中八九カリーニナさんや他のメンバー達が参加し始めて、最終的にシンデレラ・プロジェクトの全員参加とかになってしまいそうですね。

それも楽しそうなのですが、いつものメンバーも参加する可能性も考慮すると流石に私の部屋では難しいでしょう。

そうなると、どこかを借りることになるのですが、日程調整等を考えるとかなり先のことになってしまいそうですね。

それでは、意味がなくなってしまうので明日にでも特製弁当を作って渡しておきましょう。

 

 

「隙あり!」

 

 

意識が別のことに気が付いた脇山さんが喉にめがけて模造刀を薙いできました。

本来なら模造刀でも当たり所が悪ければ重傷になるこのような行為は危険過ぎると却下されるのですが、見稽古で能力を習得した後であれば次の行動を予測することは容易であり、問題ありません。

喉に迫る模造刀の鎬に手刀を当てて、自身の力は最小限に脇山さんの力を利用しつつ刃の軌跡を明後日の方向へと逸らします。

一般的に考えれば神業と言えるでしょうが、虚刀流としては技にするまでもない当たり前の技術の範疇に入るでしょう。

自分の力を利用されて思い切り振り抜いてしまい残心の取れていない脇山さんのがら空きの腹部に、傍から見れば鋭い蹴りに見えるように足を当ててそのまま回転させるように振り抜きます。

模造刀を振り抜いたことで体勢が崩れた状態にそれをさらに助長する大きな力が加わり、脇山さんは錐揉みしながら畳の上を転がっていきました。

転がりながらも模造刀を決して離さなかったのは、剣士としての意地でしょうか。

 

 

「はい、カット!」

 

「珠美殿ぉ~~!」

 

 

監督のカットの声と同時に私達の対決を固唾を呑んで見守っていた浜口さんが、回り過ぎたせいで軽く目を回している脇山さんの下へと駆けつけます。

ユニットを組んでいるだけあって、やはり心配なのでしょう。

アイドルとしてこれからである若き乙女の肌に傷をつけるような真似しないように最大限配慮していますが、そんな様子が一切見えないようにチート技術で誤魔化していますから。

きっと今の映像も脇山さんの模造刀を逸らして、空いた胴体を容赦なく蹴り飛ばしたようにしか見えないでしょうね。

 

 

「大丈夫ですか、珠美殿!」

 

「うぅ、目が回ります‥‥」

 

「大丈夫ですか?身体的なダメージが無いようには気を付けたのですが」

 

「はい、大丈夫です‥‥」

 

 

どうやら、思い切り回転をつけすぎたらしく脇山さんは立ち上がるのもままならず浜口さんに支えられていました。

この様子だと復帰までには時間がかかりそうですし、脇山さんには一度休憩してもらった方が良いかもしれません。

今日は参加できるメンバーも多いので撮影の順番を軽く弄れば問題なく続行することはできるでしょう。

監督達に視線を向けると私が言葉にせずとも言いたいことを察してくれたようで、無言で頷くと脇山さんに休憩を言い渡してスタッフを呼び集めて簡単な話し合いを始めます。

あの黒歴史を切欠に色々と絡みが増えただけあって、こういった風に効率よく進められるのは助かりますね。

監督達は美城所属ではないのですが、もうこのままうちに移籍してもらえたらありがたいので、昼行燈を通して交渉してもらいましょうか。

私も参加したい所ではありますが、流石にそこまで介入していくのは越権が過ぎるので自重しましょう。

なので、私も少し休憩しましょうか。

巫女治屋の主人によって完璧に仕上げられた虚刀流最終決戦装束は、虚刀流の激しい動きでも破れるどころかしなやか且つ美しく引き立ててくれます。

しかし、上衣は十二単をモチーフにしているためどうしても熱が内部に籠りやすいというのが玉に瑕ですね。

原作七花とは違い胸を覆う通気性最悪の晒も不快感に拍車をかけています。

やるからには原作の衣装を遵守したかったのですが、武内Pやちひろ達の強い反対によって却下されました。

隠していなくても胸が映ってしまわない動きはできるのですが、それでも事故というものは起きると言われてしまい晒を巻くことが妥協点となったのです。

 

 

「ふぅ」

 

 

休憩中なので晒を緩めて中に籠っていた熱気を逃します。

武内Pが見たら小うるさく注意してくるでしょうが、今はラブライカとニュージェネレーションズのデビューミニライブの方に同行しているのでその心配はありません。

うちの部下を利用してネット掲示板にミニライブの情報を流させておいたので観客0という事態にはならないでしょう。

それでも観客席を埋め尽くすような人数は集まらないでしょうが、ほぼ無名のアイドルユニットのデビューライブにしては破格の舞台を用意しましたし、武内Pも最高の舞台になるように何日も前から演出等を念入りに打ち合わせていましたから、きっと最高のデビューライブになるでしょうね。

今回の件で武内Pがシンデレラ・プロジェクトのメンバーに期待しているということは伝わってくれるといいのですが。

コミュニケーションを取るように勧めてはいますが、どうにもあのトラウマを払拭しきれていないようで成果は非常にゆっくりとしたものですね。

それでもプロジェクト指導当初よりはましになっており、私やちひろがそれとなく収集しておいた情報を基に会話を試みているようです。

今回のデビューライブが終わったら私と緒方さんの3人でゲームセンターに太鼓の達○をプレイしに行く約束を取り付けましたので、後は少しずつ進んでいけばきっと上手くいくでしょう。

色々と察しの良い前川さんや新田さんは、武内Pの不器用さに気付いておりそれとなく気を使っていてくれているようです。

 

 

「渡さん、監督が10分後から繰り上げで日野さんとのシーンを撮るそうです。ご準備を」

 

「はい、わかりました」

 

 

監督たちの話し合いも終わり決定事項をスタッフの1人が伝えに来てくれたのですが、何やら顔が赤いですね。

風邪でもひいているのでしょうか、だとしたら感染予防のためにもマスク等の着用を促さなければなりません。

撮影現場では風邪等の病気が蔓延しやすいので、感染に関しては人一倍注意して予防しておかなければ直ぐにうつってしまうでしょう。

アイドルという職業は撮影スケジュールによっては生活リズムが大きく崩れやすく、また食生活も滅茶苦茶になったりして抵抗力が落ちやすいので気をつけなければなりません。

オフや日にちをずらせる仕事ならまだ大丈夫なのですが、そうではない仕事の時に体調を崩したりしてパフォーマンスレベルを落としてしまったり、穴をあけたりしてしまったら大変なことになってしまいます。

 

 

「七実さん!男の人の前で、なんてはしたない格好をしているんですか!」

 

「はしたない?」

 

 

離れた場所で休憩していた輿水ちゃんが慌てた様子で駆けつけてきたので、改めて自分の格好を確認します。

服装は着替えていない為虚刀流最終決戦装束のままで、胸を覆っている晒が少し緩んでいますがだからと言ってはだけて胸が露になっているわけではありません。

確かにきちんと締めていないのは淑女としてなっていないはしたない格好かもしれませんが、そこまで慌てられるほどの事でしょうか。

ちひろと一緒に取ったグラビアでも『買う雑誌を間違えた』や『筋肉革命(キンニク・センセーション)』と言われた私を見ていやらしい気持ちになる人間はほとんどいないでしょう。

まあ、男性の中には胸を見ただけで悶々としてしまう女性に対する抵抗がない人間もいるようですが、女性らしさに欠ける私の身体にそのような気持ちを抱くほどではないはずです。

 

 

「ちひろさんに言われた時は半信半疑でしたが、今のでよくわかりました。

いいですか、自覚が薄いようですが七実さんはアスリート系な身体つきをしているだけで、十分に魅力的な容姿をしているんですからね!」

 

「またまた、ご冗談を」

 

 

そんな見え透いたお世辞を真に受けるほど、人生経験は浅くありませんよ。

先程まで顔を赤くしていたスタッフも何やら気まずそうな顔をしていますし、きっと話を振られた場合にどう濁したらいいかと頭を悩ませているのでしょう。

まだまだお子様な輿水ちゃんは男性のその辺の機微というものを理解できていないようですね。

それを理解して男性を手玉に取るような悪女的なキャラクターは、小悪魔的なうざかわキャラな輿水ちゃんには似合わないので理解するような日は来ないでほしいと切に願います。

 

 

「だから、どうしてそんなに自己評価が低いんですか!かわいいボクが魅力的だって言ってるんですよ!?

まあ、かわいさで言ったら当然ボクの方が上ですけど、七実さんの場合は綺麗っていう言葉が似合う素敵な女性なんですから!」

 

 

私の事をそうやって褒めてくれるのは嬉しいのですが、自分のことは自分自身がよくわかっています。

アイドルとして通用するだけの容姿はしていますが、それでも他のアイドル達と比べると魅力的な肢体をしているかと言われると確実にNOという言葉が返ってくるでしょう。

このチートボディは女性らしい魅力とは無縁ですからね。

初見時のインパクトというバラエティ系のアイドルとしての魅力というのであれば、十分にあるかもしれません。

とりあえず、私の事を褒めてくれる輿水ちゃんに感謝の気持ちを込めて優しく頭を撫でてあげます。

 

 

「ありがとうございます」

 

「わかってませんね?これ、絶対わかってませんよね?」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと伝わりましたから」

 

 

アイドルらしからぬ身体つきをしている私を傷つけてしまわないように気を遣ってくれている輿水ちゃんの優しさはしっかりと伝わりました。

お世辞だったとしても、その言葉だけで私の心は満たされます。

輿水ちゃん的には何かが不服なようで、頬を膨らませますが頭は撫でられたままになっているので本当に不機嫌とうわけではないでしょう。

おもちのようにぷっくりと膨らんだ頬を突いてみたい衝動にかられますが、それをしてしまうと本格的に怒らせてしまいそうなので自重しましょう。

さて、そろそろ次の撮影の準備もできる頃合いですね。

事故なく安全で平和に今日のMV撮影ができるように、最大限頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「虚刀流七の奥義―――落花狼藉!」

 

 

天井から床を目掛けて跳躍し、目標の直上から全体重を加速エネルギーに変換しながらの足斧を用いた前方三回転踵落とし。

元ネタでは天井を蹴ることで威力が三割増しになるそうでしたが、それは戦国時代という木造建築が主流であった時代に於いての話であり、それより数百年も経ち格段に向上した建築技術により私が全力で蹴ってもぎりぎり耐えられるほどに強固になった天井を用いた場合の威力の上昇率は五割以上となります。

標的となったトレーニングバッグの外皮は上から下まで一直線に破られ、中に詰まっていたフェルトやスポンジ等が吹き出す鮮血のように周囲にまき散らされました。

対人相手では絶対に使えない威力ですが、命のないトレーニングバッグ相手であれば問題ありません。

強いてためらう理由をあげるとすれば、現在のように四方八方へと飛び散った中身の掃除が大変になるとうことぐらいでしょうか。

前回見せた時は天井を使用しない普通のものだったので、格段に威力の向上した今回の落花狼藉に周囲も少し唖然としているようです。

 

 

「これくらいで、良いでしょうか」

 

「あ、ああ‥‥では、渡さんは掃除が終わるまで少し休憩していいよ」

 

「わかりました」

 

 

私が手伝った方が早く終わるのですが、相手はうちの会社の人間ではないのでその職務を犯すような真似は自重しましょう。

そうでなければ、問答無用で手伝ってさっさと終わらせていたでしょう。

まあ、そんなことを言っていても仕方ないので言われたとおりに休憩させてもらいましょうか。

休める時に休んでおくことも仕事内だと言いますからね。何日も不眠不休で働き続けることのできる私には縁遠い言葉でしょうが。

撮影現場の隅にある休憩スペースに移動すると、そこでは煎餅を咥えた日野さんがキラキラとした眼差しで私を見ていました。

 

 

「お疲れ様です!七実さん!どうぞ!!」

 

「ありがとうございます」

 

笑顔で差し出されたスポーツ飲料を受け取り、蓋を開けてゆっくりと飲みます。

全力で虚刀流を振るったことで火照っていた身体に、しっかりと冷えたスポーツ飲料が染み渡っていくこの感じは堪らなく心地よいですね。

甘味も程よく、これで失われたミネラル分が補給できるというのですからありがたいです。

日野さんの隣の空いていたパイプ椅子に腰かけて、私も出演者たちで持ち寄ったお菓子に手を伸ばしました。

私も腕によりをかけてチョコケーキを3つ作ってきたのですが、それが入っていた箱は既に片付けられているので全部食べられたのでしょう。

アイドルだけでなくスタッフの人達にもどうぞと言っておきましたので、それが理由かもしれません。

余るかなと思うくらい多めに作ったものがこんなにも早くなくなると、言葉にしがたい達成感が胸の中にあふれてきます。

そんな私の内心は置いておき、とりあえず手近にあった煎餅に食べます。

少し濃い目の醤油味と煎餅の硬さが歯に何とも心地よく、手に取った1枚目をあっという間に食べ終えてしまいました。

煎餅にも様々な種類がありますが、やはり私はこの醤油味の煎餅が一番ですね。

口に含んだ時の香ばしさもいいですし、何より他の味よりも煎餅を食べているという実感があります。

これに温かいお茶が加われば、のんびりのほほんとした縁側気分を味わえるでしょう。

現状からお婆ちゃんになった時の自分がどうなっているかは全く想像もできませんが、少しは落ち着いて縁側気分を味わえるようになっていればいいなと思います。

もしかすると60代になっても現役で働いているという予感もしなくもないですが、それはまたそれで楽しいのかもしれません。

 

 

「お茶もどうぞ!」

 

「ありがとうございます。すみません、本来なら自分で注ぐべきなのに」

 

「いえいえ、これくらいどうってことありません!」

 

 

考え事をしていると日野さんが私の分のお茶を注いできてくれました。

アイドルとして先輩でありランクも高い日野さんにこのようなことさせてしまうのは申し訳ないですが、丁度お茶が欲しかったところなのでありがたくいただきましょう。

 

 

「はあ‥‥幸せですね」

 

「はい、お茶がおいしいのは幸せですよね!」

 

 

私の言葉の1つ1つに反応してくれる日野さんは、やっぱり大型犬ですね。

何となく頭ではなく顎の下を撫でてあげたくなりますが、犬相手であれば微笑ましくて癒される光景でしょうが、人間のしかも純粋な少女相手にしてしまうとあらぬ誤解を受けかねません。

特に男っ気が微塵も感じられない私は、一週間の内に何度もちひろ達を泊めたり、仁奈ちゃんや赤城さんを甘やかしたりしていることからそういった気があるのではないかと疑われているのです。

この前某掲示板サイトにて私のカップリングや受け攻めについての議論が交わされているのを目にした時には、苦笑するしかありませんでした。

 

 

「しかし、虚刀流って凄いですね!あんなに高く飛んだり!サンドバッグを真っ二つにしたり!」

 

「まあ、創った当初は最強を目指していましたからね」

 

「やっぱり、何事もやるからには1番を目指さないといけませんよね!」

 

 

何でしょうか、このくすぐったさは。

こういった私の言う事を全肯定するような人間は黒歴史時代の舎弟達の中にもいましたが、そこに日野さんの純粋さが加わると何ともこそばゆいです。

身体全体から嬉しいや楽しいというオーラが溢れ出す笑顔は、硬派を気取っている数々のラガーマンたちが骨抜きにされるのも仕方ないと納得できますね。

こんな一切裏を感じさせない光り輝く笑顔で甲斐甲斐しくお世話されてしまえば、余程特殊な訓練をされていない限り揺らがぬ心などないでしょう。

 

 

「七実さんは凄いですね!あんなふうに動けて、お仕事もできて、お料理も上手なんて!」

 

「ただの年の功ですよ。日野さんだって練習すればできるようになりますよ」

 

 

私の場合は見稽古というチート(ずる)をしていますが、最近めきめきと料理の腕をあげている佐久間さんのように努力をすればきちんと結果は現れます。

それが現れるまでには個人差があり、なかなか芽吹かない人もいるかもしれませんが、諦めずただひたすらに1つのことに打ち込めば裏切られることはないでしょう。

但し、打ち込むのと無茶をするのは違いますから、その辺を間違えると故障やけがの原因になります。

人間何でも適度にという事を忘れてはなりません。

 

 

「なら、私もおいしいご飯が作れるように頑張ります!見ててくださいね、すぐに追いつきますから!」

 

「不定期ですが、私が開いているお料理教室もありますのでよかったら参加してくださいね」

 

 

やる気があるのはいいことなので、私もそのお手伝いをしたくなりました。

どうやら、私は自分で思っている以上に誰かに何かを教えることが好きなようです。

そう考えると教師というのも天職だったかもしれませんが、就職の事を考えた大学選びをしていた時には学校=黒歴史というイメージが強くて教育学部は真っ先に除外しました。

もし教師をしていたら、こうしてアイドルデビューをして皆と出会うことはなかったでしょう。

ならば、美城で働くことが私の天職に違いありません。

 

 

「はい!ありがとうございます!!‥‥そうときまれば、早速今日から特訓です!

燃えてきましたよぉ~~~!!もっと、もっと熱くなれ!!ボンバァーーーー!!!」

 

 

テンションのあがった日野さんはそう言いながら拳を握り締めて、パイプ椅子から勢いよく立ち上がりました。

 

 

「熱くなるのはいいですが、ちょっと落ち着きましょうね」

 

 

撮影現場とは距離があるとはいえ、テンションのあがった日野さんの声はマイク要らずと呼ばれるくらいに大きいので少し消火しておかなければスタッフに怒られてしまいます。

叱られてしゅんとしている姿を見たくはないのかと問われれば、見たいと声を大にして言わせてもらう所存ではありますが、欲望を切り離して然るべき行動をとれるのが大人としての役割でしょう。

 

 

「はい!」

 

 

元気のよい返事と共に大人しくパイプ椅子に座る姿は、やはり大型犬を彷彿させます。

そういえば、撮影の合間につまめるように作っておいたおにぎりがありましたね。

時間的にもそろそろ小腹がすくような頃ですし、日野さんは大のお米好きであると聞いていますからお裾分けしたら喜んでくれるかもしれません。

休憩スペースの隅に置いておいた鞄の中からおにぎりの入ったタッパーと焼き海苔、味付け海苔、韓国海苔と各種海苔を取り出します。

 

 

「おにぎりがあるのですが、日野さんもいかがですか?」

 

「ごちになります!」

 

「では、どうぞ」

 

 

今回は人数が多いので何も入っていない塩むすびを多めに定番の梅、昆布、おかか、ツナマヨの4種に絞りました。

このラインナップなら好き嫌いが多い人でも塩むすびとどれかは食べられるはずですから大丈夫でしょう。

どれに何が入っているかを説明すると日野さんが最初に手を伸ばしたのは塩むすびでした。

それを焼き海苔で包み込み、口を大きく開けて齧り付きます。

 

 

「とっても美味しいです!」

 

 

キラキラとした光が見えそうな満面の笑みは、見ているだけでお腹いっぱいになりそうですね。

意識がおにぎりに向いている今ならいけると判断し、ごく自然な感じで手を伸ばして日野さんの頭をゆっくりと撫でてあげます。

最初は驚いたように目を見開いた日野さんでしたが、嫌がる様子もなく気持ち良さそうに目を細めておにぎりを食べ続けているので受け入れてくれているのでしょう。

これで私の撫でリストに日野さんの名前を刻むことができました。なかなかにガードが堅い子やタイミングが掴めないことがありますが、目指せ346プロ完全制覇です。

落花狼藉、愉快活発、河海は細流を択ばず

平和な時間を過ごした後は、熱い気合の炎を燃やして頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

MV撮影の平和さに浮かれていた自分が恥ずかしいです。

事態を把握する為に私はシンデレラ・プロジェクトのプロジェクトルームで関係者である新田さんから何が起きたのかを聞いていました。

現状知り得ているのはミニライブで何かトラブルが発生し、本田さんと武内Pが言い争い最終的に本田さんがアイドルを辞めると言ったという事のみです。

問題解決をするには、まずはどうしてそうなってしまったかという原因究明が大切なのでその様子を知っている新田さんの情報はかなり役立ちます。

本来なら当事者である武内Pから話を聞きたい所ですが、本田さんの発言で過去のトラウマを刺激されてしまったらしく話を聞ける状態ではないのでちひろにケアを丸投げしました。

昼行燈にはきちんと許可を取り早退という形にしましたので、今頃ちひろに送られているところでしょう。

残っている仕事は武内Pの判断が必要なもの以外は私にかかれば1時間もあれば十分です。

 

 

「という訳なんです」

 

「なるほど」

 

 

新田さんから今回の件について一連の流れは把握できました。

原因は夢見る少女と裏方の人間との認識の相違、これに尽きるでしょう。

それだけであればちょっとした現実の厳しさを知るいい経験ですんだのでしょうが、ここにかねてからの問題であった武内Pのコミュニケーション不足と対応の拙さが最悪の結果を招きました。

殆ど無名な新人アイドルのミニライブであれば足を止めてくれる観客が20人にいくかいかないかであれば、十分過ぎる成果であり武内Pはこの功績を努力してきたメンバーの実力であれば当然の結果だと言いたかったのでしょう。

しかし、本田さんにとっては城ヶ崎姉さんのバックダンサーを務めるという最初から新人ではなかなか立つことのできない大舞台を経験してしまった為に基準が狂ってしまっていたのでしょうね。

私達の初舞台も似たようなものでしたが、一般的な新人アイドルの平均集客率などの現実を知っていた為そのようなことはありませんでした。

ですが、それと同じことを理解しろと高校生になったばかりの少女に求めるのは酷なことでしょう。

本田さんはニュージェネレーションズのリーダーとして気負っている部分もありましたし、クラスの友人も招いていたようですから勘違いからの恥ずかしさや混乱もあったに違いありません。

つまりは、今回の件は最悪が連鎖してしまった結果なのです。

武内Pも、本田さんも、そして大丈夫だと楽観視して本田さんに対するフォローや先輩としての助言を怠った私も全員が悪かったのです。

 

 

「ありがとうございました。何となく事情は把握できました。

ライブの疲れもあるでしょうに、引き留めてしまい申し訳ありません」

 

「い、いえ、七実さんにはお世話になってますから、これくらい全然大丈夫です」

 

「少し遅くなってしまいましたので、送りましょう」

 

 

やらねばならないことはありますが、後回しにしても問題ありませんし、こちらの都合でミニライブの疲れがあるというのに現在まで引き留めてしまったのですから、これくらいは当然でしょう。

疲れた身体のまま帰してしまって、事故等のトラブルに巻き込まれたりしてしまった方が大変です。

現在、只でさえ自己嫌悪中なのに、ここできちんと見送りしないでそんなことが起きたら梁等に縄をくくって背を伸ばしたくなりますね。

 

 

「大丈夫です。1人でちゃんと帰れますから」

 

「駄目です。ライブというものは慣れないうちは自身でも気が付かないくらい疲労するものですから」

 

 

それが初舞台ともなれば尚更でしょう。

肉体的な疲労もそうでしょうが、極度の緊張状態にあったことや人前でパフォーマンスを披露するというのは精神的な疲労も大きいのです。

私も初舞台の帰りには自力で帰らず、武内Pの運転する社用車で送ってもらいました。

本当は自力で帰るつもりだったのですが、武内Pとちひろ達の大反対をくらって却下となったのです。

なので、そんな人類の到達点である私ですらそうだったのですから、それよりか弱い新田さんを例外になんてさせません。

 

 

「でも、七実さんには仕事が」

 

「仕事よりも貴女の方が大切ですよ」

 

 

これは嘘偽りのない本心です。

仕事なんて最悪昼行燈あたりにでも丸投げしてしまえば何とかなるでしょうが、新田さんを始めとしたシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は掛け替えのない存在なのですから比べるまでもありません。

 

 

「‥‥七実さんって、なんていうか同性にモテそうですよね」

 

「‥‥ノーコメントで」

 

 

少し頬を染めながら言われた新田さんの言葉に思い出したくない新たな黒歴史の一部がサルベージされました。

思いを拗らせ過ぎたあの娘は、現在どうしているのでしょうか。自ら確認することは恐ろしくてできませんが、思い出してしまうと非常に気になります。

それはさておき、確かに今の台詞を思い返してみるとそういう意味に取られてしまってもおかしくない感じでしたが、そんなつもりは一切ありません。

新田さんもその辺については理解しているからこそ今みたいなことを言ったのでしょうが、それでも私の精神に対する攻撃力は高かったです。

 

 

「モテてたんですね‥‥」

 

「黙秘します‥‥では、行きますよ」

 

「あ、待ってくださいよ!」

 

 

これ以上探られては他の黒歴史も一緒にサルベージされかねないので、さっさと話題を切り上げてしまいましょう。

ソファから立ち上がりプロジェクトルームを出ようとすると新田さんも慌てて荷物をまとめてついてきます。

社用車を借りねばならないので一度事務の方に顔を出す必要がありますが、それくらいの遅れは問題にならないでしょう。

 

 

「あの、七実さん‥‥未央ちゃんはどうなるんでしょうか‥‥」

 

 

プロジェクトルームを出ようと扉に手をかけると新田さんは不安そうな声で尋ねてきました。

今は背中を向けている状態なのでどういう表情をしているかはわかりませんが、きっと不安で押しつぶされそうな顔をしているのでしょうね。

ようやく始動したシンデレラ・プロジェクトの仲間がいなくなってしまうのではないかと心配なのでしょう。

特に新田さんはプロジェクト最年長としてユニットが決まった後もメンバー全員に気を配っていましたから、今回の事を防げなかったことも気に病んでいるに違いありません。

それは新田さんが抱えるものではなく、全て私が背負わなければならない責任なのですが、言ったところで聞き入れてはもらえないでしょう。

 

 

「勿論決まっています。しっかり連れ戻して武内Pと和解させた後、トップアイドルになってもらいます」

 

 

あの日、シンデレラ・プロジェクトの全員に宣言したように、私がやると言った以上は全員にトップアイドルという高みへと昇ってもらいます。

その為なら私のチート能力を制限することなく使うつもりです。

前回は防げませんでしたが、今回は私が関わっているのですからこんなすれ違いのまま終わらせるなんてことはさせません。

 

 

「本当ですか?」

 

「ええ、お任せあれ」

 

 

さて、こうして本田さんの辞める発言撤回への積極的介入を心に決めた私の覚悟を、とある不幸自慢で特異な能力を有した右手を持つライトノベルの主人公の決め台詞を改変して述べるなら。

『アイドルを辞めるというのなら、まずはそのふざけた発言を撤回させる(ぶち殺す)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本田さんには悪いかもしれませんが、私は一度やると決めたことは絶対に諦めたりしません。例え腕を吹っ飛ばされても、足をもがれようとも絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し早いですが、明後日で拙作『チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 』は一年を迎えます。

元々見切り発車で短編投稿であった拙作が、今日まで続いてきたのは読者の皆様がお蔭です。
本当にありがとうございました。
まだまだアニメ一期分の半分くらいしか進んでおりませんが、これからもお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。

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