チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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これにて7話のアニメ部分については終わりとなります。
8話に入る前に数話程、オリジナルが入ると思います。

今回、後書きに番外編ではありませんが短い他視点での話があります。


希望は強い勇気であり、新たな意志である

どうも、私を見ているであろう皆様。

目下最大の危機に瀕しているシンデレラ・プロジェクトの問題解決に乗り出して、積極介入ではない範囲内で頑張っています。

しかしながら、成果という成果を上げることはできていないというのが現状ですね。

人間の感情という正解の決まっていない上に状況によって複雑怪奇に変化していく儘ならない存在を何とかするのは、いくらチートを持っていたとしても難しいでしょう。

言い訳がましく聞こえてしまいますが、所詮私はこの程度の器だったという事なのでしょうね。

武内Pは島村さんのお見舞いに、ちひろは本田さんの家に行っている為、シンデレラ・プロジェクトを指示する人間が私しかいません。

幸い、調整が上手くいきメンバー達の予定は全てレッスンのみにすることができたので、精神的な動揺によるパフォーマンスの低下、それによる悪評価という負の連鎖は阻止できたでしょう。

私も後でレッスンルームに顔を出して、他のメンバーの心理面をフォローしておくべきかもしれません。

特に赤城さんや城ヶ崎妹さんのような年少組や緒方さんのような引っ込み思案なタイプは、こういった周囲の不穏な空気を敏感に感じ取りやすいでしょうから、特に注意が必要です。

色々な事柄に対して先んじて対策を打っていたつもりでしたが、結局のところ後手に回ってしまっていたという本当に呆れてしまいたくなる愚かさですね。

失敗を重ねるたびに思いますが、この見稽古というチートで何とか時間遡行というスキルを習得できないものでしょうか。

人が成長する為には時に失敗というものが必要というのは重々承知しているのですが、こうしてその事態に直面してしまうと思ってしまいます。特に私が何もできていないような現状においては。

 

 

「失礼します」

 

 

そんな考え事をしながら、武内Pの考えを基にして私なりに考えたシンデレラ・プロジェクトの今後の活動方針についてをまとめていると新田さんがやってきました。

その手には次回のイベントについて書かれた書類を持っているので、恐らく疑問点があったのでしょう。

生憎部屋の主である武内Pはいませんが、そのイベントについての資料は目を通しており、考えもわかっているので私でも十分に対応できます。

 

 

「どうされました、新田さん」

 

「七実さん?えっと、次のイベントのことで少しわからないところが‥‥」

 

 

今日はちひろがオフでしたから、きっと本田さんの件で精神が不安定な武内Pでは説明が足らない部分があったのでしょう。

その動揺を仕事に持ち込んでしまうのはいただけませんが、私のようにいざとなれば感情に反してなお鈍らず適切な判断を下し、人格を切り離し理に従うことができる人間の方が稀有でしょうね。

 

 

「それなら私でもわかりますから、聞いてくれて大丈夫ですよ」

 

「本当ですか。なら、ここなんですけど‥‥」

 

 

新田さんの質問に1つ1つ答えていくと、本来ならしないであろう通達ミスに溜息をつきたくなってしまいます。

トラウマを刺激されたのはわかっていますが、こんなミスを犯してしまうとはあの件が武内Pの心に植え付けたものは相当根深いようですね。

どちらに転ぶかわからない劇薬級のものを投与すれば早期治療は可能でしょうが、そうしなければ根治するには長い時間がかかるでしょう。

前世で読んでいた転生者の活躍する作品では、ヒロインたちが抱えるトラウマ等をオリ主の人達はいとも簡単に取り払っていましたが、私にはそれはできそうにありません。

 

 

「七実さん?」

 

 

考えがネガティブな方向へと沈みかけていると、心配そうな声で新田さんに呼びかけられました。

大人の動揺は子供達には伝わりやすいので、悩んでいる様子を悟らせないように表情を作っていたのですが、呆けていては何も意味がありません。

自分で考えている以上に昼行燈の言葉は私の中に波紋を起こしているのでしょう。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

 

動揺している原因さえわかれば対応は可能なので気持ちを入れ替えて、説明することに集中します。

10分ほどあれば、新田さんの疑問に関して全て答えることができました。

 

 

「以上が、今度のイベントの概要ですが、まだ何か質問はありますか」

 

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました」

 

「構いませんよ。私はシンデレラ・プロジェクトの補佐役ですから」

 

 

武内Pが不調の間は私やちひろで支えてあげなければなりませんし、私個人としてもシンデレラ・プロジェクトのメンバー達には好意を抱いているので助けてあげたいと思っています。

しかし、新田さんも気丈に振舞っていますが、やはりその表情には少しだけ影が落ちていました。

本田さんの件が起きてから数日しか経っていませんが、それでも一向に進展の見えない暗闇に不安を抱いているのでしょう。

昼行燈に止められていたとはいえ、こんな顔をさせてしまうくらいなら私を悪役にしても武内Pを奮起させるべきでした。

自己犠牲について考え直した方が良いと言われましたが、アイドル達の笑顔を曇らせてしまうくらいだったらその悲しみや悩みの全てを私が請け負ってみせます。

力があり、それを解決できる立場にあるのに何もしない、そちらの方が私の精神に悪いでしょう。

 

 

「大丈夫ですよ。明日にはみんな揃って、また笑い合えます」

 

 

新田さんの頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でます。

ちひろが動いているので本田さんとの会談は可能でしょうから、後はお見舞いから帰ってきた武内Pを本田さんの家に行かせれば全て解決でしょう。

それでも解決しないようであれば、本当に積極介入をせざるを得ないでしょうね。

まあ、そんなことはないでしょうが、何事も最悪の事態を考慮したうえで行動した方が良いです。

 

 

「‥‥本当ですか?」

 

「確かに、今回何もできていない私が言っても信頼できないかもしれませんね」

 

「違います!!」

 

 

大人しく頭を撫でられていた新田さんが、急に叫ぶような声で否定してきたので少々面食らいました。

頭に私の手が置かれたまま、怒りをあらわにしたような表情をされても子ども扱いされて反抗しているようにしか見えないのですが、それを言うと火に油を注ぐことになりそうなので黙っておきましょう。

とりあえず、しまらないので手をのけて傾聴態勢をとります。

手を放した瞬間、新田さんが少しだけ寂しそうな表情をしたので、思わず抱きしめたいという気持ちが溢れてしまいそうになりましたが何とか耐えました。

 

 

「七実さん、ちょっと正座しましょうか」

 

「はい?」

 

新田さんが指さしていたのは、人肌には冷たく感じられる床でした。

清掃員の人達や、時々私が綺麗にしているとはいえ人の出入りがそこそこあるこの部屋の床に正座をすればスーツが汚れてしまうので勘弁してもらいたいですね。

怒っていて正座と来れば、アニメや漫画で典型的なお説教コースではありますが、いったいどういう事なのでしょうか。

 

 

「だから、正座です。早くしてください」

 

「いや、ちょっと何言ってるのかわからないのですが」

 

「早く!!」

 

 

恋愛法廷を開廷した際のちひろや楓と同じ決して譲る気のなさそうな雰囲気に押され、これは何を言っても無駄だと判断した私は靴を脱いでから床に正座します。

今日は生憎の天気である為か床もひんやりとしていて、何とも言えない嫌な感じですね。

チートボディの筋肉量によって体温生産力が高いのでもう人肌くらいには温まってきましたが、それでも長くしていたいものではありません。

 

 

「何もしていないって、どういう意味ですか」

 

「意味も何も、言葉の通りですよ」

 

 

質問に素直に答えたのですが、新田さんの怒りは収まる様子はありません。

寧ろ、余計に長引きそうな予感があるのは気のせいだと思いたいです。

 

 

「アーニャちゃんから聞きましたけど、みくちゃんの相談に乗ってあげたことは?」

 

「それは後輩アイドルの愚痴を聞いてあげるのは先輩アイドルとして当然のことです」

 

「プロデューサーさんの代わりに私達のスケジュール調整をしたのは?」

 

「誰かが不調であるのなら手の空いている誰かが手伝うのは社会人の常識です」

 

 

2つとも今回の件に関係ないという訳ではありませんが、直接的な解決ではなく付随して発生した問題への対処ですから功績の範疇には入らないでしょう。

それに私がしなくても前川さんの場合は他のアイドル達が、業務であればちひろや昼行燈が手を回していたでしょうから、特別なことをしたわけではありません。

なのに、新田さんは呆れたことを隠さないあからさまな溜息をつきました。

 

 

「いいですか、七実さん。ちゃんと今回の件で頑張ってくれています!」

 

「ですが、今回の私の行動は根本的な解決になっていませんよね」

 

「もう!七実さんと私の間でこんなに意識の差があるとは思いませんでした‥‥」

 

 

私のことを評価してくれるのは嬉しいのですが、過大な評価は知らないうちに慢心や傲慢へと変貌しやすいので注意が必要です。

特に私はチートを持っていますから、それに胡坐をかいていては自身を錆びつかせてしまいいざという時に手が届かないという事になってしまいかねません。

しかし、こういう風に自分より5つ以上年下の少女に正座をさせられ説教をされていると、自分がなんてことのないちっぽけな存在のように感じられて新しい何かが見えそうな気がします。

今まで周りには私を格下に見てくるような人間はいませんでしたから、色々と新鮮ですね。

 

 

「とにかく、自分を卑下するのはやめてください!」

 

「卑下しているのではなく、自身の能力を客観視してそこから予想される基準によって判断していますよ」

 

 

見稽古という万人の努力を嘲笑うチートを持っている自分を卑下してしまっていては、その能力の習得元となった

努力を重ねてきた人たちに申し訳ありません。

だからこそ、その能力に敬意を払い正当な評価を下し、そして行動するならばそれに見合うだけの成果をあげなければならないのです。

 

 

「ああ言えばこう言うんじゃなくて、ここは素直にはいって言いましょうよ!」

 

「いえ、見解の相違というものは恐ろしいものですから、それがあるとわかっているのならきちんと話し合っておかないと」

 

「もう!‥‥もう!!」

 

 

今回の本田さんの件も武内Pとの見解の相違によって起きた事案なのですから、気をつけなければなりません。

私が言い返す度に新田さんはもどかしいような表情をして抗議してくるのですが、ぷんすかという表現がよく似合うであろう子供みたいな怒り方は罪悪感よりも微笑ましさの方が先行して説教されているというのを忘れてしまいそうです。

ここで表情を崩してしまうと余計に怒らせてしまいそうなので黙っておきましょう。

 

 

「七実さん、ちゃんと聞いてますか!」

 

「はい」

 

 

説教されていますが、割と平和な時間を過ごせています。

 

 

 

 

 

 

新田さんの説教後、時間が余っていたのでシンデレラ・プロジェクトのレッスンに参加させてもらい、聖さんと一緒に後輩の育成に努めました。

レッスン自体は調整レベルの軽いものでしたが、それでも本田さんの件がシンデレラ・プロジェクトに落した暗雲は大きく、真剣に取り組んでいても持ち前の魅力を十全に発揮できずにいました。

本来ならそんな身の入っていない動きをすればすかさず指導してくる聖さんも、今回の件について聞いているのか指導回数もいつもより3割程度少なめでしたね。

トレーナーとして夢破れる姿を多く見てきた聖さんから見ても、今のシンデレラ・プロジェクトの様子はよろしくないものと映ったのでしょうね。

現在はそんなレッスンも終わり、着替えを済ませてプロジェクトルームへと戻りました。

私は隊列の最後尾に位置していたのですが、先頭を歩いていた前川さん達が止まります。

 

 

「ぷ、プロデューサー!」

 

 

前川さん達の目の前に立っていたのは、島村さんのお見舞いから戻ってきたばかりと思われる武内Pでした。

何か急いでいるのか慌てた様子ですが、昨日までと全く違う輝きを取り戻した瞳を見て、私は魔法使いが自分に掛けていた魔法が解けようとしているのを悟ります。

きっと島村さんの笑顔の魔法が、自らを物言わぬ車輪としていた魔法使いの心を解かしたのでしょう。

島村さんの笑顔には不思議な力があるとは思っていましたが、まさかちひろや楓でもできなかったことを成してしまうとは思いませんでした。

いや、実際あの2人は今の関係がさらに崩れてしまうことを恐れて踏み出せていませんでしたから、厳密には違うかもしれません。

これなら、私がフォローをする必要がなくなる日も近いのかもしれませんね。

急にもたらされた後輩の成長を嬉しく思いつつも、少し寂しく思ってしまうのは私の傲慢なのでしょう。

 

 

「とりあえず、後ろが閊えてますから進んでもらえますか」

 

「あっ、すみません」

 

 

最後尾からそう促すと前川さんも前に進みだし、廊下で立ち往生していた他のメンバー達もプロジェクトルームの中に入ります。

自身に掛けていた魔法が解かれ、答えを得た武内Pはすぐにでも本田さんの所へ向かいたいのでしょうが、ここで他のメンバーを疎かにしてしまっては同じ轍を踏みかねません。

なので、今の武内Pには必要はないかもしれませんがフォローを入れておきましょう。

 

 

「後、武内P。急ぐ理由はわかりますが、この子達も聞きたいことがあるようですからそれに応えてあげてくれませんか」

 

「勿論です」

 

「そうですか、安心しました」

 

 

私の眼をしっかりと見つめてそう答える様子に、今回の件はもう全て武内Pに任せて大丈夫なのだと確信します。

本当に私は何もできなかったのですね。

最悪の事態を想定して一時は黒歴史時代に戻る必要さえあるかもしれないと思っていたのですが、そんなものは無意味でした。

いや、ここは拘束術式を開放する必要がなかったことについて喜ぶべきところなのかもしれませんが、やはり何もできていないというのは心にくるものがあります。

勿論こんなことを口にしてしまうと新田さんだけでなく、他のメンバー達にも説教されてしまいそうな気がするので言いません。

ですが、周りがどう思っていようと私自身は今回の件で何もできていないと思ってしまうのです。

 

 

「ちゃんと聞かせて、この部署はどうなっちゃうの」

 

 

先陣を切って武内Pに質問したのは、シンデレラ・プロジェクトの切り込み隊長的存在である前川さんでした。

CDデビューの時もそうでしたが、疑問をそのままにせずに尋ねてくる姿勢はアイドルとしてのプロ意識の高さからきているのでしょう。

前川さんの率先して周囲を牽引していくあり方は実にリーダー向きですが、やはり年相応の未成熟で暴走しがちな部分もあります。

なので、シンデレラ・プロジェクトのリーダーは最年長で落ち着きもあって、私に説教するくらいの度胸のある新田さんが最適でしょうね。

 

 

「未央ちゃんは?凛ちゃんは?」

 

「やっぱりやめちゃうの?」

 

 

城ヶ崎妹さんと赤城さんの悲しげな声に、思わずそんなことはないと叫びだしそうになりますがチートを使って堪えます。

今日ここから始まる舞台はかつての姿を取り戻した魔法使いが、夢を見失いかけている灰被り(シンデレラ)に再び魔法をかけに向かう話。

私という存在が入り込む余地などありません。

台詞を与えられなかったものは大人しく陰に徹して、少しでもこの舞台が最高で完全無欠なハッピーエンドを迎えられるようにするだけです。

 

 

「プロデューサーのこと信じて待っていようと思ったのに‥‥」

 

「大丈夫です」

 

 

決して大きな声ではありませんでしたが、確固たる意志を持って告げられたその一言は私を含めた全員の心に響きました。

こんなにも自らの意志を持った言葉を口にするのはあの出来事以来であり、本当に進みだしたのだなと心の内で拍手を送ります。

この瞬間が見たかったのです。一度は絶望に沈んだ人間が、様々な経験を積んで再び立ち上がり歩み始める。

その姿に感激し、心が熱く燃えない人間がいましょうか。いや、いないでしょう。

先程までどこか暗い雰囲気を漂わせていたシンデレラ・プロジェクトのメンバー達も、驚いた表情で武内Pを見つめ次の言葉を待ちます。

 

 

「ニュージェネレーションズは、解散しません。誰も辞めることはありません。

絶対に‥‥彼女達は、絶対に連れて帰ります。‥‥だから、待っていてください」

 

 

ああ、最高ですよ武内P。それでこそ、私のプロデューサーです。

私は痛いほどに高鳴り、その脈動が聞こえてくる心臓を両手で押さえながら、吊り上がってしまいそうな口角をきつく引き締めます。

貴方ならきっと足がすくんで動けなくなったり、途方に暮れて立ち尽くしていたりしても、最後には己のすべき事にきちんと向き合い歩き出すと信じていました。

これほど早くにこの光景を見ることができるとは思っていませんでしたが、心が躍りだしてこの場で高らかに万歳三唱を叫びたい気分です。

自分の中で激しく荒れ狂う獣のような衝動をチート能力で雁字搦めにして何とか鎮めて平静を保っていますが、些細なきっかけ1つでそれは解放されてしまうでしょう。

この場で全部を曝け出したいという欲望に従ってしまえば、第二の黒歴史が始まること間違いなしであり、今まで抑圧されていた分濃縮されたそれは過去の比ではないレベルの厨二力を発揮するに違いありません。

解放されている間は爽快感を味わうことができるでしょうが、平静に戻った瞬間には自動的に床を掃除してくれる清掃機器の仲間となるレベルでは済まない後悔が押し寄せてくるでしょう。

下手すれば、今世を諦めて来世に期待するしかないでしょうね。

一片たりとも開放してしまわぬように再封印に努めていますが、今回の欲望はなかなかに手強いです。

 

 

「わかった‥‥信じてるから、絶対に2人共連れて帰ってよね!特に未央ちゃんには、みくは言いたいことがあるし!」

 

「はい、必ず」

 

 

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達にそう約束した武内Pは本田さんの許に行くために、プロジェクトルームを飛び出そうとしました。

ですが、扉の前に立っていた私はそのまま立ち塞がります。

チート能力のお蔭でギリギリの境界線上ではありますが、平静を保てているのでまだ大丈夫でしょう。

 

 

「はい、ストップ」

 

「渡さん、何でしょうか」

 

 

かなり言いがかりに近いかもしれませんが、私の心をこんなにも掻き乱しておいて待っていてくださいという言葉を素直に『はい、そうですか』と受け入れられるほど我慢強い人間ではありません。

もっとその輝きを間近で見たい、どのような答えを得たのかを知りたい、覚悟を持って臨んだ結末がどうなるかを鑑賞したい、欲望を解放できないのですから、せめてこれくらいはさせてもらわないと本当に第二の黒歴史がきてしまいます。

そんなつもりではなくても私をこんな風にしてしまったのですから、責任はきちんととってもらわなければいけませんよね。

自身の欲望に忠実過ぎる気もしますが、そこは適当な理由をつけて正当化するという大人の狡さを使わせてもらいましょう。

 

 

「本田さんの所に行くのでしょう?」

 

「はい」

 

「どうやって?」

 

「公共交通機関を乗り継いで行くつもりです」

 

 

私的な要件である為社用車は使えず、また電車通勤な武内Pがとる手段としては妥当なものです。

ですが、私からすればそんなゆっくりとした選択肢は論外です。

そんなことはないと確信はしていますが、時間をかけてしまっては折角の輝きを浪費してしまい陰ってしまいかねません。

なればこそ、私の正当化する理由が使えるのです。

 

 

「それだと、少々時間がかかりますね。今日は、偶々愛車で来ていますから送りますよ」

 

「ですが‥‥」

 

 

武内Pは私用なのに私に迷惑をかけてしまう事を気にしているのでしょうが、その迷惑と思っていることが私の目的なので断ってもらったら困ります。

なので、そんな余計なことを考える時間を与えずに強引に行かせてもらいましょう。

 

 

「つべこべ言わずに付いて来てください。時間は有限です、無駄にする暇なんてありはしませんよ」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

やはり遠慮がちな人間相手には、押し売りするくらいの強引さが無ければ善意を受け取らせるのは難しいでしょう。

まあ、今回の場合はそんな善意とは程遠い、真逆と言ってもいいほどの身勝手な欲望ですけどね。

それで武内Pも公共交通機関を使うよりも早く本田さんの許へと駆けつけることができるのですから、win-winな関係というものでしょう。

扉を出た所に昼行燈がいたことが少々気がかりですが、今の私に取って優先順位の低い事柄ですから後にしても問題ありません。

拍手喝采、人間讃歌、善は急げ

さあ、最高に平和で素晴らしいハッピーエンドを期待していますよ。

 

 

 

 

 

 

満足、久しぶりに満ち足りたという感じがします。

普通の満足感ならアイドル業や妖精社の飲み会で常々感じていますが、今回の満足感はそれとは全く別方向のものですね。

本来なら満たされてはならない部分ではありますが、それでも適度な餌は必要でしょう。

本田さんと渋谷さんの円満な解決を見届けた私は、武内Pの事はちひろに任せて1人帰路につきました。

私の愛車は2人乗りなのですし、武内Pを乗せて帰るなんて言ったりしたら問答無用で恋愛法廷開廷が確定するでしょうから。

しかし、本当に今回の件が無事に解決してよかったです。

一度は壊れかけてしまった関係でしたが、互いが本音で語り合って理解を深めたことによって得られた信頼関係は今後の活動において大きな力となるでしょう。

かつての姿を取り戻した武内Pとシンデレラ・プロジェクトのメンバー達が、いったいどんな飛躍を見せてくれるのかが今から楽しみでなりません。

まだ少し鼓動が早いような気のする心臓に手を置き、その鼓動を感じながら誰もいない夜の事務所でほくそ笑みます。

瑞樹に飲みへと誘われていたのですが、今日はこの心地よい熱を味わっていたいですし、いつも通りの対応ができる気がしないので遠慮させてもらいました。

といいますか、今日中にこの感情を処理しておかなければ、明日以降にやらかしてしまう未来しか見えないので割と死活問題なのです。

 

 

「♪~~」

 

 

気配を絶ち、鼻歌を謳いながら手に持った缶コーヒーを指先で回転させて弄びます。

手っ取り早い方法としては感情のままに振舞い暴れることなのですが、そうなった私を止められる人間など七花しかいないでしょうから大惨事確定なので却下ですね。

なので、私が取れる選択肢としては何か別の事で気を紛らわせるという手しかないでしょう。

美味しいものでも食べれば満足するでしょうから、近くにあるコンビニに駆け込み3000円くらい散財して良さそうだと思ったものを買い占めてきました。

現在私のデスクはおにぎりに弁当、ホットスナック、お菓子、スイーツ、飲み物と全て含めると成人女性が必要とする1日分のカロリーになるのではないかと思えるくらいの食べ物で埋め尽くされています。

 

 

「‥‥ふふっ、なんだか凄いことになっちゃったわね♪」

 

 

今宵は、楽しい晩餐会ですね。

缶コーヒーを脇において、いただきますとしっかり両手を合わせて感謝の言葉を述べてから、孤独なグルメに取り掛かります。

最初はあったかいうちに食べるべきホットスナック達でしょう。

ホットスナックの王道的存在であるフランクフルトにたっぷりとケチャップとマスタードを絡めます。

少し欲張り過ぎてパリッとした焼き目が付けられた照りを放つ皮から零れ落ちそうになってしまうのも愛嬌ですが、勿論そんな勿体ないことはできませんので垂れてしまう前に口に運びました。

見た目を裏切らないパリッとした皮の食感とそれを破った瞬間にあふれてくる肉汁が、甘味が強く安っぽいケチャップと殆ど辛味を感じないマスタードによくマッチしていて、これぞコンビニのホットスナックという感じですね。

妖精社に行けば、数十円プラスの値段を払うだけで極上の一品を味わうことができるでしょうが、偶にはこういったジャンクな味というのも乙な物です。

3分と持たずに串だけになったのでそれを直線でゴミ箱に投げ込み、次の一品を吟味します。

厳正な抽選の結果選ばれたかにクリームコロッケに齧り付きます。

勢い余って一口で半分近く齧り付いてしまいましたが、今この部屋には誰もいないのでこの食い意地を見られる心配はないでしょう。

サクッとした衣の下に大切に隠されていた、微かにかにの風味がするような気がするずっしりと質量を持ったクリームが濃厚に舌にまとわりついてきました。

これなら下手にソースなど使ってしまうとこの濃厚さを殺してしまう事になりませんね。

空いた片手でお茶のペットボトルを開け、少しだけ口に含み舌に残っていた油を拭い去ります。

しかし、こうして食べてみるとコンビニのホットスナックも格段に進歩していることを実感しますね。

本格的な飲食店には敵わないでしょうが、それでもこのクオリティのものが全国各地に点在するコンビニで食べられるのですから十分過ぎるでしょう。

 

 

「さて、次は」

 

 

残っていたかにクリームコロッケを食べ終え、目の前に広がる食の楽園を眺め楽しみます。

ホットスナック系はまだフライドチキンが残っていますが、脂っこいものが続いていますのでそろそろ別のものを挟みたいですね。

ということで、次は日本人の心であるおにぎりにいきましょう。

中身もなく海苔も巻かれていない塩むすびは、塩気によって噛めば噛むほどにじんわりと広がるお米の味を引き立てていています。

具がない分だけ他のおかずとの相性も抜群であり、そう考えると最強のおにぎりなのかもしれません。

美味しいものを食べて、食欲のエンジンにも程良く火が入ってきたのでここからは加速させてもらいますよ。

ですが、とりあえず今回の件の総まとめとして、とあるドイツの宗教改革者の言葉を借りて述べるなら。

『希望は強い勇気であり、新たな意志である』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、シンデレラ・プロジェクトのメンバーの一部が私の部屋にお泊りしたいと言い出して、武内Pに調整してもらい『シンデレラ・プロジェクトお泊り会 in 渡宅』が開催されることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「そして男は自分をシンデレラ達をお城に送る無口な車輪に変えてしまった」


今西部長が話してくれた昔話、そこで語られた男がプロデューサーであるというのはこの場にいる全員が察しているだろう。
あの仏頂面で何を考えているのかわからないプロデューサーにそんな過去があるなんて知らなかった。
私は今の姿しか知らないが、アイドル達に真っ直ぐ過ぎたという昔の姿も何となくであるが想像できる。
きっとプロデューサーは、その去っていったシンデレラ達のことをすべて自分の責任だと背負い込んで、今も責め続けているのだろう。


「いや、実際には変えかけてしまったというのが正しいかな」

「どういうことです?」


何とも含みのあるような言い方をする今西部長に美波ちゃんが尋ねる。
その質問を待っていたと言わんばかりのちょっと胡散臭い笑顔を浮かべるのを見て、七実さんが『あの昼行燈め』と愚痴を零していたのを思い出す。
確かにいつもの今西部長は、時々ここに顔を出してお茶を飲みながらプロデューサーやちひろさんと話しているだけで、いったいどこで何をしているのかわからない存在だった。
だけど、こうして絶妙なタイミングで現れて昔話を聞かせるという行動をみれば、全てこの人の計算の内ではないのかと疑いたくなってしまう。


「それを語る為に、もう1人の登場人物を紹介しよう‥‥昔々ある所に神様に愛された女がいました。
女にできないことは殆どなく、知らなかったことでも数度教えれば完璧に身に着け、お城の中でも一躍有名になった」


七実さんの事だ。
誰も口にはしないが、その女が七実さんだという事はわかっているだろう。


「そんな女に周囲は困ったことがあるとすぐに助けを求めた。それは1人、2人、10人と女が誰かを助ける度に増えていき、男のような助けを求めていない人間にも手を差し伸べるようになった。
普通の人間であればとっくの昔に潰れている量の仕事であっても女にとっては不可能ではなく、全てに手を伸ばして救ったんだ」


確かに七実さんの抱える仕事量は異常である。
今朝の事であるが、本当に偶々346プロNo.1アイドルとして名高い楓さんのスケジュール帳の一部を目にしたのだが、その仕事量たるや身体が持つのかと心配になるくらいだった。
七実さんのアイドル活動も楓さんほどではないとしても、そこに係長としての仕事や私達シンデレラ・プロジェクトの補佐だったりとそれらを加味すると楓さんの仕事量を軽く上回るだろう。
そんな量の仕事を半日で片付けたりもする七実さんは、今西部長の言う通り神様に愛されているのかもしれない。


「しかし、いくら神に愛されているとはいえ限界はある。だから一部の人間は女を諫めたり、気を逸らしたり、先に救ったりと負担を減らそうとした。
だが女は止まらなかった、いや止まれないのかもしれない。女にとって誰かを救うことは、自身よりも優先度が高いのかもしれないね」


自分を蔑ろにしてまで誰かを救う。それは物語の中であれば、救世の英雄のように尊い行為かもしれない。
だけど、止まることなく自己犠牲を払って誰かを救い続けるなんて間違っていると思うし、そんなの悲し過ぎる。


「‥‥どうして、その女は自己評価が低いんでしょうか」


何か思い当たる節があるのか、美波ちゃんが再び尋ねる。


「それは‥‥残念だけど私にもわからない。
ただ、これは推論でしかないがね。きっと女にとって全てはできて当然な事なんだと思うよ」


全てはできて当然、普通の人であれば傲慢として取られそうなその言葉も七実さんが言うと納得してしまいそうな説得力がある。
ネットでも偶に話題になっているが、七実さんにできないことなんて本当にあるのだろうか。
私も七実さんの一部しか知らないのだが、それでも料理や虚刀流を始めとした運動神経、歌唱力と規格外レベルの能力が何個も浮かぶ。


「男は君達と一緒に活動しだして、かつての姿を取り戻した。
だからね、私は君達が彼女も変えてくれるのではないかと、つい期待してしまうんだよ。

ああ、だからと言って君達に何かしろというわけじゃないから安心してほしい。彼女の場合、そうすると逆効果になりそうだからね」


『全く困った子だよ』と言い残して、今西部長は役目を終えたような清々しい顔で去っていった。
残された私達は自ずと互いの顔を見合わせて、どうするべきなのか誰かの言葉を待つ。
私達シンデレラ・プロジェクトのメンバー達は大なり小なりの差はあれど、全員七実さんのお世話になったことがある。
そんな恩人を助けられるなら頑張るつもりであるが、その方法が皆目見当がつかない。


「とりあえず、今西部長の言う通り私達は私達らしくいきましょう」

賛成です(アダブリエーニイ)』「師匠(ウチーティェリ)は強敵です」


確かに私達が何か企んだところで、きっと直ぐにばれてしまうだけだろう。
だったら、今まで通り私らしく振舞っていくしかない。
現状の方針が決まり、先程まで剣呑な空気も薄れ、まだ少しぎこちなさが残るもののいつもの和やかな雰囲気に戻りつつある。


「じゃあ、プロデューサーさんが戻ってくるまでお話でもしてましょうか。何かいい話題はあるかしら?」

「そういえば、ミクは師匠(ウチーティェリ)の家にお泊りしたらしいです」

「ちょっと、アーニャ!」


親友の当然の裏切りによってメンバー達の興味の矛先が一気に私の方に向く。
元々はあの行き場のない愚痴を聞いてもらおうとしただけであり、お泊りする気持ちなんてこれぽっちもなかったのだ。
だけど、色々と感情が溢れ出して泣いてしまいそのまま泣き疲れて寝てしまったら、次に目が覚めたら七実さんの家だったのである。
一緒に寝る約束をしていたのにすっぽかした件については散々謝ったというのに、どうやらまだ許してくれていなかったらしい。


「みくちゃん、お泊りしたの?」

「ええぇ~~、ずるぅ~~い!私もお泊りしたいぃ~~!」

「いや、別にお泊りしようとしたわけじゃ」

「我が盟友の裏切り、この真眼を持ってしても見抜けず」

「わ、私も頼んだら‥‥お泊りさせてくれるかな?」

「大丈夫だよ、智絵里ちゃん。七実さん、優しいもん」


先程までの空気は完全に消え去ったが、その代償として私はこれからメンバー達から集中砲火を受けることになるのだろう。
その原因となった親友の方を見ると舌の先を少しだけ覗かせた後、悪戯っ子のような無邪気な笑顔を浮かべていた。


「じゃあ、今からはみくちゃんへの質問大会にしましょうか」

「「「「「「「賛成♪」」」」」」」


杏ちゃんのような我関せずな人を除いて全員が賛成に回ってしまった以上、私に逃げ道はないだろう。


「勘弁してほしいにゃ‥‥」


興味津々な感じに目を輝かせて私への包囲網を形成するメンバー達を見て、私はそう言わずにいられなかった。




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