チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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書きたいことが多くなってしまったので、また前後編になります。
前編は7話のEDがメインとなった話となっております。


青春は人生にたった一度しか来ない

どうも、私を見ているであろう皆様。

武内Pと本田さんの間にあった見解の相違によって起きた一連の事件は、車輪となっていた魔法使いがかつての姿を取り戻したことにより、素晴らしいハッピーエンドを迎えることができました。

私が何もしなくてもこのような結末が訪れるのですから、やはり人間は素敵です、素晴らしいです。

この心の奥底から暴れ狂うように這い出して来る魔物のような歓喜の産声は、語ろうと思えば一昼夜でも語り続けることができるかもしれません。

まあ、そんな黒歴史の再来を晒した場合には、恥ずかしさが上限を容易く突破し恥ずかしさで死んでしまうでしょうね。

なので、皆様にお伝えしたいことは、今後シンデレラ・プロジェクトは飛ぶ鳥を落とす勢いで飛躍していくこと間違いなしですので、ファンになるなら今のうちだという事です。

そして現在はシンデレラ・プロジェクトの朝礼で今回の件を起こした本田さんがメンバー達に謝罪しているところで、事情は事前通達しておきましたが昨日帰ってしまった渋谷さんも一緒に頭を下げていました。

 

 

「「ごめんなさい!」」

 

 

その様子を見ているシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は、無事解決して良かったという心から安堵した優しい表情をしています。

本田さんに物申したいことがあると言っていた前川さんも、何だかんだで心配していたのか『仕方ないなぁ』と言わんばかりの優しい表情をしていました。

これくらいの事を容易に受け入れられる広い器が無ければ、カリーニナさんのストッパー役は務まらないのでしょう。

雨降って地固まるというように、この件を経てシンデレラ・プロジェクトの結束が更に密になることを願います。

出迎えたメンバー達の最前列にいた島村さんは、まだ病み上がりで鼻すじに赤みが残っており、感染予防としてマスクを着用していたのが現在は盛大にずれていました。

それでは、感染予防の意味を全くなさないのですが、こんな感動的な場面において空気の読めていない発言などできませんので黙っておきます。

 

 

「凛ちゃん‥‥未央ちゃぁ~~ん!」

 

 

2人がちゃんと戻って来てくれて、これからもニュージェネレーションズとしてアイドル活動ができることが余程うれしかったのでしょう。

感極まった島村さんは眦にうっすらと涙を浮かべながら、2人に抱きつきました。

武内Pと話した際は不安そうな様子は一切見せなかったそうですが、養成所で同じ志を持つ仲間との別れを経験してきた島村さんが今回の件で不安を抱かないはずがありませんでしたね。

その辺の配慮ができていなかったことに今更気が付くなんて、本当に今回は私の落ち度だらけです。

渋谷さんと本田さんの隣で土下座でもした方が良いでしょうか。

そんな事をしたら、余計怒られるような気が何となくするので実行には移しません。

 

 

「よかったです~~‥‥」

 

「‥‥ごめんね」

 

 

仲良きことは美しき哉、やはり友情というものは画になります。

それははっきりとした形では存在することができませんが、確かに存在していて、人が社会の中で生きる為には欠かせないものでしょう。

中にはそれを必要としない例外も一定数いるでしょうが、それは少し寂しいと感じてしまいます。

誰かを思い、思われることで互いに支え合い、人間は自身の強度を高めて強く、そして美しくあれるのでしょう。

私の隣で満足そうな笑みを浮かべて3人を見ているちひろも同じことを考えているに違いありません。

さてさて、結末を見届けたことですし、今回舞台に上がることができなかった私は退散するとしましょうか。

魔法使いを送り届けた魔法の箒は、魔法が無ければスポットの当たることなどまずないただの掃除用具でしかありませんし、いつまでも居続けても鬱陶しいだけです。

それにこの件を解決する為に、部下達に結構な量の仕事を任せしまいましたから今日明日くらいは楽をさせてあげましょう。

ステルスを発動し、視線誘導(ミスディレクション)で違和感を抱かれないように気をつけながら扉の方へと移動してきます。

ここから入口に辿り着くには武内Pと昼行燈の間を抜けていかなければならないのですが、警備の甘い施設であれば容易に潜入できるこの組み合わせが発動している間であれば、感知されることはまずないでしょう。

足音等で気が付かれないよう、忍び足で2人の間を抜けます。

 

 

「そこだね、渡君」

 

「‥‥驚きました」

 

 

ステルス発動によって視覚的認識が困難になり、視線誘導で更に拍車がかかっているというのに、鋭く伸ばされた昼行燈の指先が肩を掠めました。

なるほど、ステルスといっても存在感が極限まで薄くなり認識できなくなるだけで、完全に透明になっているわけではないので前を通る際にできる認識の間隙による違和感から感知されてしまったようですね。

常人であれば、その違和感にも気が付かないのですがやはり昼行燈は侮れません。

絶対に気付かれることがないと思っていたスキルが破られるという、予想外展開に顔には出しませんが精神的な動揺が顕著です。

その所為でステルスや視線誘導にも揺らぎが生じてしまい、昼行燈に頭を下げていた武内Pにも存在を認識されてしまいました。

某スニーキングゲームの発見された時の効果音が頭の中に鳴り響きます。

最悪なことにそこから連鎖するように、ちひろやシンデレラ・プロジェクトのメンバー達にも気が付かれてしまい、視線を一身に集めてしまいました。

アイドル業を始めてから大勢の人に見られるという事には馴れてきたのですが、今現在程それを気まずく思ったことはありません。

 

 

「七実さん?」

 

 

背後から底冷えするなどという生温い表現では足りない絶対零度の声で、相棒が尋ねてきます。

ちひろがいったいどんな表情をしているのかは容易に想像ができるのですが、振り向いてそれを確認する勇気はありません。

こういう時にどうすればいいかと言うと、逃げるんですよ。今すぐ、たちどころに。

後でどうなるかなんて考えません。とりあえず、ここは戦略的撤退をしなければ恐ろしいことになってしまいます。

幸い、私の瞬発力に反応できる人間はこの場にいませんので、一気に扉まで駆け抜けましょう。

 

 

「武内君、捕まえて!」

 

「‥‥はい!」

 

 

逃げようとする気配を悟ったのか、ちひろが武内Pにそう指示しますが遅いです。

杜若の要領で捕まえようと伸ばされた腕を潜り抜けて、数秒で扉の前に辿り着き、一気に開け放ちました。

 

 

「えっ、ちょっと!何なの!」

 

「なんとぉぉぉ!」

 

 

開いた扉から脱出しようとしたのですが、扉の反対側には城ヶ崎姉さんがいたため止まらざるを得ません。

私1人が通り抜けられるスペースが開いた瞬間に飛び出そうと足に込めていた力を後退に変化させて衝突を避けます。

こういう時に前後に自在に動ける杜若の足運びは重宝しますね。

人類最速クラスの加速状態で衝突は、下手をすると乗用車に撥ねられたレベルの衝撃が加わる可能性がありますので絶対に避けねばなりません。

焦っていた所為で気配察知が疎かになっていたのが仇になりましたね。

 

 

「お姉ちゃん、ナイス!そのまま、じっとしてて!」

 

「えっ、わ、わかった‥‥」

 

 

しかし、飛び出せないからといって脱出ができない訳ではありません。

城ヶ崎姉さんの身長は162cm、美城本社内の扉の高さは200㎝、つまりは単純計算頭上に38cmの空間があるという事です。

少々厳しいですが、身体を上手くひねれば潜り抜けられない空間ではないでしょう。

助走をつけようとすると背後から迫る虚刀流門下の2人に掴まってしまうでしょうから、垂直跳びで扉上部を掴み身体を滑り込ませればいけるはずです。

 

 

「美嘉ちゃん、バンザイ!」

 

「うぇっ!こ、こう!?」

 

 

これすら読まれていたのか、ちひろの的確過ぎる指示によって上部の空間も潰されてしまいました。

何でしょうか、こうやって私を捕獲する包囲網の形成が段々と早くなってきてはいませんかね。

もしかして、私の知らないところで対策マニュアルみたいなものを作っていて、日夜練習でもしているのでしょうか。

そんな事に余計な労力を割く余裕があるのなら、アイドルとして自己研鑽に励むべきです。

とりあえず、弟子2人の腕をバック宙で回避してから、両手を顔の位置まで上げて降参の意志を示しました。

私が本気を出せばこの場から逃げ出すことは容易です。

ですが、つい反射的に逃げ出してしまいましけど、そこまで必死になる必要性はありませんでしたよね。

ステルスを破られたことに動揺し過ぎていたようですね。今後はもっと平静を保てるように気をつけなければ。

 

 

「わかりました。降参しますから、皆さん一度落ち着きましょう」

 

「確保」

 

 

ちゃんと掌も晒してこれ以上抵抗する意思はないという事を示したというのに、素早く反転した弟子を含め、神崎さんと緒方さんに加え赤城さん、城ヶ崎妹さんとシンデレラ・プロジェクトの半分近くになるメンバーがちひろの号令の下に突撃してきました。

投降した相手に追撃をかけるのはハーグ陸戦条約によって禁止されているというのに、これでは徹底抗戦をするしかないでしょう。

まあ、そんな事を言っても私がアイドル達を傷つけるような真似などできませんので、一切抵抗することなく全員の突撃を受け止めます。

下手に回避行動をとったりしてしまうとアイドル同士で衝突してけがは避けられませんからね。

 

 

『捕まえました!』「離しませんよ!」

 

「に、逃げないで‥‥ください‥‥」「貪り喰らうもの(グレイプニール)!(捕まえちゃいます!)」

 

「つーかまえたっ♪」「逃げると噛みついちゃうんだからね!」

 

「はいはい、逃げも隠れもしませんよ」

 

 

私が相手なのだからかはわかりませんが、割と遠慮なく突進してきました。

消力(シャオリー)で筋肉を程良く弛緩させて衝撃を殺しておきましたが、これ下手すると怪我していましたよ。

その原因を招いたのは私ですので今は言えませんが、後で武内Pを通して注意してもらいましょう。

現在の私は両腕をそれぞれ前川さんとカリーニナさんに、両足を赤城さんと城ヶ崎妹さんに拘束され、胴体には緒方さんと神崎さんが抱きついている状態であり、流石のチートボディもこれでは満足に動けません。

 

 

「もう、七実さんはどうしていつもそうなんですか!」

 

「美波ちゃん、七実さんは自己完結タイプだから強く言ったところで伝わらないのよ。それで治るなら、私達も苦労してないから‥‥」

 

「‥‥ちひろさんも、苦労されているんですね」

 

 

ちひろと新田さんが打ち解けるのは嬉しいのですが、それが私の愚痴が切っ掛けであるというのは少々複雑な気分ですね。

確かに私は常々自己完結してしまうきらいがありますが、状況を見定めて私の必要性を考えた上で物事全体の流れが円滑に進むようにしているのです。

本心を言ってしまえば私だって味気ない係長業務を片付けるよりも、愛らしいシンデレラ・プロジェクトのメンバー達と楽しく交流していたいと思わない訳がありません。

ですが、そんな感情を優先した我儘で業務を怠るなど係長という肩書を拝命した社会人としては許されざる行動ではないでしょう。

 

 

「渡君、彼女達がここまで引き留めているんだ。もう少しゆっくりしていったらどうかね。

君の能力なら残っている仕事なんて数時間もあれば完璧に仕上げられるだろう?」

 

「まあ、そうですが」

 

 

上司からも許可が出ていますし、追加装備を付けすぎて原型がわからなくなってしまった戦隊物のロボみたいになっている現状ではそれ以外の選択肢を選ばせてもらえないでしょう。

なので、申し訳ありませんが、部下達には今日も頑張ってもらうことにしましょうか。

私はシンデレラ・プロジェクトのメンバーに囲まれて平和な一時を過ごします。これは、仕方ないですよね。

 

 

 

 

 

 

「皆さん‥‥待っていてくださって、ありがとうございました。改めて、シンデレラ・プロジェクトを進めていきたいと思います。

一緒に、一歩ずつ、階段を昇っていきましょう」

 

「「「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」」」

 

 

改めて行われた武内Pの所信表明に、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達はとても柔らかく良い表情で答えます。

今回の件を通して武内Pとアイドル達の間に信頼関係が生まれたことは明白であり、かつての姿を取り戻した魔法使いとお姫様達のこれから幕を開ける物語の序章(プロローグ)に立ち会えたことは胸が躍りますね。

例えそれがソファの上で正座しているという、何ともしまらない格好だったとしてもです。

昨日のように床に直接正座ではないのは温情なのかもしれませんが、1人だけ場違い感が半端ではありません。

足を崩せばいいだけの話なのですが、物凄い冷ややかな目でちひろが監視しているのでそれは許されないでしょうね。

しかし、連日正座をさせられるとは思ってもいませんでした。

こうも続くと明日もそうなるのではという嫌な予感がしないこともありませんが、悩んでいても仕方ないので明日になってから考えるとしましょう。

 

 

「あのさ、プロデューサー」

 

 

足が痺れてしまわないように、傍目ではわからないように筋肉を動かしたり、足に加わる圧力を分散させたりしていると本田さんが武内Pに呼びかけます。

 

 

「試しに丁寧口調、やめてみない?」

 

「えっ?」

 

 

本田さんの提案は武内Pの自我同一性(アイデンティティ)に影響するのではないかと不安を抱くレベルの爆弾でした。

丁寧口調ではない武内P、口数等は違いますが自身を物言わぬ車輪に変えてしまう前から現在の喋り方だったので想像もつきません。

個人的な意見を言わせてもらうなら、この丁寧口調は武内Pの実直な感じがよく表れているので嫌いではないのですが、少女達にとっては壁を感じてしまうのでしょうね。

この武内Pの今後を左右しかねない重要案件に、懸想しているちひろの反応はどうなのかを確認する為に視線を少し動かします。

 

 

「‥‥ありね。だけど、やっぱり武内P君はいつも通りが‥‥」

 

 

予想以上に複雑な表情で思い悩んでいました。

ちひろ的には丁寧口調をやめた武内Pはありなようですが、やはりイメージに合わないのかいつも通りの方が一番だと二律背反な問題にどちらを選ぶか苦悩しています。

これほどまでに動揺するちひろを見るのは久しぶりですが、その原因が好いた男性の口調についてだとは思いもよりませんでした。

 

 

「確かに、ちょっと硬すぎるかも」

 

「険しき壁を超える時か(いい機会なのかも)」

 

「きらりもそれがいいと思うにぃ!」

 

 

やはりシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は口調改善について賛成派が多いようですが、武内Pは予想外の提案に呆気にとられたままです。

恐らく、武内P的にもアイドル達とため口とまではいきませんが、麻友P達のように砕けた口調で話す自分が想像できないのでしょうね。

下手をすると学生時代から、もっといってしまうと家族に対しても丁寧口調で話していそうな武内Pですから、口調を変えることに対しての抵抗感は強いでしょう。

 

 

「私も賛成♪」

 

「私もいいと思うよ」

 

「そ、その方が私も‥‥その‥‥」

 

「お話ししやすくなりそう」

 

 

さてさて、担当するアイドル達からこうまで言われていますが武内Pはどうするのでしょうね。

私は口調変更反対派なのですが、基本的に面白いことは推奨する人間なので、意見は述べずに聞きに徹してどうなるのかを見届けさせてもらいましょう。

いや、こんな面白そうなイベントがあるのなら逃げずに捕まってよかったと思います。

 

 

「みんな、わかってないなぁ‥‥基本的に丁寧なコイツから時々零れる素の感じが良いのに‥‥」

 

 

耳を澄ませていると口調変更賛成派の声でかき消えかけていましたが、私のチート聴力はその微かなマニアック発言を聞き逃しませんでした。

ちなみに発言者は先程私の退路を絶妙なタイミングで塞いでくれた城ヶ崎姉さんであり、声を大にすることはありませんがどうやら反対派のようです。

確かに普段丁寧口調な人間が不意に出してしまう素の口調というのは、ギャップ的にもなかなかそそる感じがありますが、女子高生でその境地に到達するとは通ですね。

ちょっと面白くなさそう表情をしていますが、その瞳は若干期待しているように輝いていて、頬も赤いようですし、もしかしてコレはあれですか。城ヶ崎姉さんも武内Pに恋愛感情を抱いているという感じですか。

いやいや、ちひろと楓でもうお腹いっぱいという感じなのに、これ以上参戦者が増えてしまえば泥沼化が回避不可能になるではないですか。

恋愛ポンコツという不名誉過ぎる称号から脱しつつあるという自負のある私が推察するに、城ヶ崎姉さんは意識し始めてからそれなりの月日は経っていますね。

現在は違いますが、元担当だったのでそこで何かしらがあったのでしょうね。

これは、私が気付いていないだけでまだまだ潜水艦のように影に潜んでいる人間が居そうです。

そうなると恋愛法廷に裁判員制度が適用されるようになるのも遠くないことなのかもしれません。

武内Pは、アイドル達とそういった関係になるつもりはないようですが、無自覚の間にフラグを立てすぎてしまって刺されるような別の意味でR指定のつく展開にならなければいいのですが。

 

 

「ふ~~ん‥‥」

 

 

あれ、なんだか渋谷さんも面白くなさそう表情をしていますよ。

まさか、こんなに早く新たな挑戦者の登場なんて展開はありませんよね。

確かに渋谷さんは一般から武内Pの度重なる勧誘アプローチで口説き落とされたアイドルですが、今回の一件もあってアイドル的な意味だけでなく、女の子的な意味でも口説き落とされたというのですか。

私の見立てではまだ完全な自覚にまでは至っていないようですが、それも時間の問題でしょう。

全く不器用そうに見えてこんなにもフラグを立てているなんて、武内Pはハーレム系漫画の鈍感主人公か何かですか。

年頃の女の子は恋に恋するような惚れやすく、多感な時期なのですから、そんな気がないのならそういった勘違いさせてしまうような行動は慎まなければ苦労しますよ。

まあ、言ったところでフラグが4つある時点で手遅れだと思いますが。

 

 

「努力しま‥‥す‥‥する」

 

 

修羅場に発展する未来しか見えない武内Pですが、全く気付いていない当人は困惑しながらも砕けた口調に挑戦していました。

まるで、馴れない丁寧口調に苦戦する新卒社会人の逆パターンのようなぎこちなさは、今までを知っている私からすれば破壊力抜群でした。

笑ってはいけないというのは解っているのでチートを使って表情を固め、口を引き締めていますが、笑ってはいけないと思えば思う程に破壊力に補正がかかっていきます。

耐えろ、耐えるのです、私の腹筋及び表情筋。

ちなみに、ちひろはそのぎこちなさに心を撃ち抜かれたのか、顔を真っ赤に染めて胸を押さえていました。

 

 

「いいこと、思いつきました!」

 

「どうしたの、アーニャちゃん?」

 

 

ここで現在まで沈黙を続けてきたシンデレラ・プロジェクトのフリーダムキャラ、カリーニナさんが何か思いついたようです。

素晴らしいアイディアが浮かんだと言わんばかりに満面の笑みを浮かべていますが、色々と前科があるので安心はできません。

同じ考えに至ったらしい前川さんは既にハリセンを構えて、ツッコミ待ちをしています。

鞄は持っていなかったようですが、いったいどこから取り出したのでしょうか。

そして、やはり大阪人としてハリセンは常時持ち歩いているのでしょうか。私、気になります。

 

 

「プロデューサーが『丁寧語』‥‥口調を変えるなら、師範(ウチーティェリ)も変えるべきです!」

 

 

突拍子もない意見ではありませんでしたが、先程全て武内Pに向いていた話題の矛先が私に向いてきました。

私はこれまで身内以外には全て丁寧口調(黒歴史時代は除く)で通してきましたから、この歳になって今更口調を変更するのは勘弁してもらいたいですね。

相棒であるちひろに対しても現在の口調なのですから、諦めてもらいましょう。

 

 

「アーニャちゃん、ナイスアイディアよ!」

 

 

カリーニナさんの提案に真っ先に賛同したのは相棒であるちひろでした。

私の口調については以前にも説明したというのに、まだこういった機会を窺っていたようです。

フリーダムキャラの抑止力である前川さんもハリセンをソファの隙間にしまいだしているので期待はできないでしょう。

ハリセンをどこから取り出したのかと思ったら、そんなところに隠していたのですね。

もしかしたら、このプロジェクトルームの至る所にこんな感じで隠されているのかもしれません。

そんな地形効果・千刀巡りのような技は教えていないのですが、独学で編み出したのでしょうか。

 

 

「いやいや、これは譲れません」

 

「プロデューサーは、『努力(スタラーニエ)』‥‥努力するって言ってくれましたよ?」

 

 

不器用な武内Pが努力しようとしているのを引き合いに出されると弱いのですが、それでもこの口調は生来、いや前世から染みついているものですから容易に改善できるものではありません。

例え年下であっても、他人に対して砕けた口調で話し続けるのは気が引けます。

 

 

「七実さん‥‥七花さんとは普通に話してました‥‥」

 

「いえ、七花は身内ですから」

 

 

カリーニナさんを援護するように緒方さんが七花に対する喋り方について言及してきました。

神崎さんとかではなく、引っ込み思案な緒方さんがこうやって自分の意見をはっきり言う程に、私の口調改善も求められているという事なのでしょうか。

そういう風に求められて嫌な気持ちはしませんが、こればかりは本当に勘弁してもらいたいです。

なので、何とかして妥協点を見つけなければなりませんね。

このキラキラとした光さえ見えそうな期待の視線を向けてくるシンデレラ・プロジェクトのメンバー達を納得させられるようないい案を出さなければ。

最悪、逃走できるように重心をやや前方に傾けておきましょう。

 

 

「えと‥‥ほら、今は武内Pの口調についての話だったじゃないですか」

 

「ええぇ~~、別にいいじゃん!」

 

「‥‥ダメなの?」

 

 

話題の方向性を無理矢理にでも戻そうとしましたが、流石に無理でした。

城ヶ崎妹さんや赤城さんに詰め寄られて、そう言われると私の拘りなんて些末なことに思えてしまいますが、この口調を崩すと連鎖的に色々と崩れてしまいそうな気がするので、やはり譲れません。

 

 

「きらりちゃん、そろそろ七実さんが逃げ出そうと画策する頃だと思うからドアを塞いでおいて」

 

「りょ~~かぁ~~い☆」

 

 

逃げること自体は既に画策していましたが、やはり付き合いが長いだけあってちひろはよく私の事を理解していますね。

諸星さんに扉を塞がれてしまった以上、退路は窓くらいしかありませんが、オフィスビル30階から飛び降りてはチートで勢いを殺しても流石に怪我は免れないでしょうし、見ていたメンバー達がパニックになること間違いなしなので選択不可でしょう。

つまりは、万策尽きました。

なので、真面目に口調を変えないで済むような妥協点を提示する必要があります。

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達が納得してくれそうで、私が口調変更せずに済みそうな妥協点を考えると1つだけ手っ取り早いものが思い浮かびました。

 

 

「‥‥な、名前呼びで勘弁してください」

 

 

今まではシンデレラ・プロジェクトのメンバー達を全員苗字で呼んでいたのですが、それなりの友好関係は築けていると思うので名前で呼んでも大丈夫ですよね。

口調変更を求められているのですから、これくらいは許される範囲の筈です。

逆にこれで拒否されてしまったら、私の心に致命的損傷(フェイタル・ダメージ)を負って当分立ち直れないでしょう。

仁奈ちゃんのように名前で呼んでいいという許可がもらえなかったので、今まで二の足を踏んでいたのですが、ここは攻める時です。

 

 

女教皇(プリエステス)が我が真名を呼ぶ‥‥歓喜に打ち震える!(七実さん、名前で呼んでくれるんですか!嬉しいな!嬉しいな!)」

 

はい(ダー)』「とても嬉しいです」

 

「七実さまが私を名前で!え、えと、とりあえず頑張ります!」

 

「いやいや、しまむー。何を頑張るのさ」

 

「第九じゃない?」

 

「確かに歓喜の歌だけど壮大過ぎない!?しぶりん、真顔でボケないで!わかりづらいよ!!」

 

 

何だか途中で脱線していますが、嫌がるような素振りはないので受け入れられたという解釈でいいのでしょうか。

ここで一歩踏み出そうと勇気を振り絞ってみた甲斐があったというものです。

しかし、ここまで喜んでもらえるならもっと早く言いだしていた方が良かったのかもしれません。

ですが、これを温存したお蔭でこの場を上手く切り抜けられそうなので、万事上手くいったと思いましょう。

二度あることは三度ある、虎視眈々、有頂天外

私の華麗なる交渉術により、この場は平和に切り抜けられそうですね。

 

 

 

 

 

 

「その‥‥改めて、ごめんなさい」

 

 

お昼時より少し早い346カフェで私は本田さ、いや未央と2人で昼食をとっていました。

あの口調変更事件の熱が冷めた後、ちょっと早いですが午後からMV撮影があるので昼食をとろうと移動していたら話があると言われたので、誘ってみたら乗ってくれました。

未央とはあまり話したことが無かったので、いい機会だと思ったのです。

今回の件も事前にコミュニケーションをとっていれば、違和感等で認識の相違にも気付けていたかもしれませんし。

注文した料理が届き、食べながらゆっくりと話を聞こうと思っていたらいきなりの謝罪で面食らいました。

別に謝罪されるような迷惑をかけられた覚えはないのですが、いったいどういう事なのでしょう。

 

 

「‥‥謝罪されるようなことはされていないと思うのですが?」

 

「‥‥私、折角七実さんが用意してくれたステージを台無しにしちゃったし」

 

「別に初舞台でやらかしてしまうアイドルなんて少なくありませんし、今回の一件でシンデレラ・プロジェクトの団結力は高まり、本‥‥未央も社会の洗礼を受けて1つ大人になれたのですから収穫は多いです。

だから、気にしないでください」

 

 

確かに今回のステージは新人アイドルに用意されるものとしては破格のものでした。

数年前に開店したばかりのショッピングモールで、規模も都内にあるものとしては上から数えた方が早く、入っている店舗も老若男女問わず楽しめるように配慮されているため集客力も高く、新人が多くの人に顔を覚えてもらう為には最適な場所であり、他プロダクションを出し抜いて早めに確保しておいた一押しのステージでしょう。

新人ではなくても、私達サンドリヨンのような中堅なりたてアイドルのステージとしても使えるレベルです。

 

 

「でも、ちひろさんから聞いたけど、あのステージって結構凄いやつだったんでしょう?」

 

 

ちひろめ、恐らく話の途中で口を滑らせてしまったのでしょうが、失敗した新人に負担になってしまうような情報を流出させてしまうのは先輩アイドルとしていただけませんね。

後で綱紀粛正を兼ねて、少しお話しておきましょう。これは、決して先程良いようにやられ続けたことに対する報復ではないので誤解のなきように。

俯いてネガティブモードに突入しそうな未央の額を小突いて、顔をあげさせます。

 

 

「あれくらいのステージなんて、私に掛かればいくらでも確保できます。今回のようなことを繰り返すつもりはないのでしょう?」

 

「も、勿論!もうお客さんを数で見たりするようなことはしないよ!」

 

「ならば、良しじゃないですか。反省点をしっかり考察できている相手に追い打ちをかけるような趣味はありませんし。

後輩の成長の糧になったのなら、あのステージは成功ですよ」

 

 

これは本心です。

あのような結果になりましたが、初舞台を成功させるアイドルなんて半数より少し多いくらいなのですから、失敗したとしても糧となるなら意味があるでしょう。

それに私はニュージェネレーションズにあのステージを提供したことを後悔したことは一度たりともありません。

 

 

「でも‥‥」

 

「どうしてもと言うのなら‥‥次は、今回を上回る大成功のステージを見せてくださいね」

 

 

ちょっと格好をつけ過ぎた気もしますが、女だって格好をつけたくなる時くらいあります。

こうして落ち込みかけている少女を励ますには、これくらいが丁度いいでしょう。

まあ、こんなことをしているから同性達の禁断の扉を開きかけてしまう事があるのでしょうが、大抵言った後に気が付くので手遅れの事が多いです。

 

 

「‥‥敵わないなぁ」

 

「さて、湿っぽい話はこれくらいにして食べましょうか」

 

「はい!」

 

 

完全ではありませんが、8割方未央の表情に明るさが取り戻されたので大丈夫でしょう。

なので、真面目な話だったので手が付けられなかった昼食を食べ始めます。

今回私がチョイスした昼食は、揚げパンです。コッペパンを揚げて砂糖などを絡めただけのシンプルな一品ですが、給食のメニューにこれが出てきたら嬉しかった人も多いのではないでしょうか。

少なくとも私の前世では、この日に休みの人間が出ると男女入り混じってじゃんけんによる争奪戦が起きていました。

今世はどうなのかと知りたいと思われる方は、私の学生時代がどんなものだったかを思い返していただければ答えはわかるでしょう。

砂糖のみだったり、きな粉、シナモンやココアパウダーといった少し変わったものだったりと様々な種類ある揚げパンですが、私の思い浮かべる揚げパン像はきな粉の塗してあるものです。

砂糖だけよりも甘味がほのかで、洋食カテゴリーに属するパンを和の方面へと導くきな粉の風味、そして何とも言えないざらざらとした舌触りが堪りません。

パンを油で揚げているので、素のコッペパンの3倍近いカロリーになっていますが、私には関係ありませんので3本いかせてもらいましょう。

この昔の給食の雰囲気を感じさせるアルマイト製のお皿に乗せて出してくるあたり、346カフェの店長は顧客のニーズというものをバッチリと掴んでいます。

後輩である未央の前ですから、はしたなく見えないよう気をつけながら齧り付きました。

 

 

「じゃあ、私もいただきまぁ~~す!」

 

 

私が食べ始めるのを確認してから、未央も頼んでいたベーグルサンドを食べ始めます。

346カフェのベーグルサンドには多くの種類がありますが、今回未央が選んだのはカプレーゼ風のものでした。

生ハム、モッツアレラチーズ、トマト、バジルが挟まれたこの一品は、全ての材料が黄金比率かつ計算されつくされた順番で挟まれている為、毎回トップ5に名を連ねる人気商品です。

生ハムの塩気、モッツアレラチーズの癖のない濃厚さ、トマトの酸味、バジルの風味、それらを黒コショウとオリーブオイルが橋渡しをすることにより互いを高め合い、口の中で完全なる調和(パーフェクト・ハーモニー)を奏でるのです。これが美味しくない訳がありましょうか。

そんなベーグルサンドに浮気しそうになってしまう心を抑えて、揚げパンを味わいます。

揚げパンは、やっぱりこの安っぽいコッペパンを揚げたものが一番ですね。

最近ではパンにもこだわった揚げパンを見かけることがありますが、美味しそうだとは思ってもこのコッペパンの揚げパン程に心を惹かれません。

やはり、人間の味覚というものは記憶と強く結びついているのでしょうね。

お行儀が悪いですが、この揚げパンを口一杯に頬張る満足感と言ったら、私の陳腐な語彙力では到底表せない程に素晴らしいです。

瞬く間に一本を完食し、油と甘味でくどくなってしまった口の中をブラックコーヒーで中和しました。

苦みが強めにきかせた味わいは、揚げパンの味にも一切臆することなく真正面からぶつかっていき、がっぷり四つの力勝負で寄り切っていきます。

これによって口内がリセットされ、再び新鮮な気持ちで揚げパンを味わうことができますね。

いや、コーヒーの心地よい苦みがある分、甘味がしっかりと感じられるのでこちらの方がより美味しく味わうことができるかもしれません。

視線を未央の方に向けると、ベーグルサンドに夢中なのかもう私のことなど目に入っていないようです。

そんな立ち直った未央に、今後のアイドル活動を精一杯楽しんでもらいたいと思い、米国のとある詩人の言葉を贈るなら。

『青春は人生にたった一度しか来ない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、MV撮影もそろそろ大詰めですから、油断することなくしっかりと頑張って最高のものに仕上げましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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