チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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書き始めるとまだまだやりたいネタが思い浮かんできましたので、もう少しMV関係は続きます。


人間は、いつも完璧でいることは不可能だ

どうも、私を見ているであろう皆様。

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達と武内Pとの壁が取り払われる様子を鑑賞していたら、あれよあれよという間に私も名前呼びすることになってしまいました。

なってしまいましたとは言っていますが、これはシンデレラ・プロジェクトのアイドル達との距離感がぐっと近づいたことを示す確かな証なので、正直嬉しいです。

この調子であれば、他の交友があるアイドル達も名前で呼び合える日が来るかもしれません。

まあ、そうなる為には今回の件みたいな大きな出来事が無ければ難しいでしょうが。

それでも、そんな日が来ればいいなと思います。

 

 

「では、渡さん。お願いします」

 

「はい」

 

 

撮影スタッフから開始のお願いをされたので、私は手に持っていた模造槍を構えました。

右手で石突少し手前を把持し、左手は上から被せるように置き人差し指と中指の間に太刀打ちの部分を通します。穂先を斜め下に向け、足を肩幅よりも広く開いて身体をやや前傾させて重心を前に持ってきて、いつでも駆け出せる体勢にします。

明らかに突撃しますよと言わんばかりのこの体勢は、実戦向きではありませんがちゃんと決まれば見栄えのする構えであり、派手さの求められるMVにおいては丁度いいでしょう。

模造槍でありながら柄は樫製でしっかりと漆塗りがされ滑りが良くなっており、穂先の重みもしっかりありますがトップへヴィにはならず最適なバランスに仕上がっていました。

これなら私が少しばかり乱暴に振り回したとしても、そう簡単に壊れたりはしないでしょう。

恐らく、七花八裂の一件で私の使うものを安物にしていると一回の撮影すら耐え切れずに壊れてしまうと学習したスタッフが相応の品を用意したのでしょうね。

今回の標的は竹入畳表であり、どこかのバラエティ番組が大量発注したけど使い切れなかった在庫を譲ってもらったそうで、いくら破壊しても大丈夫だとお墨付きをもらいました。

本気を出してほしいと言われたとはいえ、何度もサンドバックを破壊してしまい徒に費用を浪費するのは心苦しかったので助かります。

まあ、今回は演技指導がメインですので一般的なアイドル達でも簡単にできて、尚且つ派手で見栄えのいい動作を心掛けねばなりません。

私が本気を出せば畳表は途切れることのない空中コンボを叩き込まれることになるでしょうが、流石にそれはやり過ぎでしょう。

深く息を吸い込んで心を戦闘モードへと切り替え、獲物を見据え、全身に神経を行き渡らせ、いつでも喰らい付けるようにします。

彼我の距離は5m程度、私であれば一足飛びで詰められる範囲内ですね。

 

 

「‥‥いきます」

 

 

被せていた左手で太刀打ちを掴み、撮影セットの床を踏み抜かん勢いで蹴り出し一歩目から最高速度まで加速します。

身体を引き絞りながら畳表の前で加速を全て槍に乗せて、右手のみで槍を突き出します。

穂先は金属製で刃引きしてありますが、チートボディで生み出された加速を上乗せされた状態ではその程度の抑制など無きに等しく、畳部分を容易に突き抜け芯となっている竹にまで到達しました。

私であれば貫通させることも可能ですが、今回は見栄え重視なのであえて貫通させずにここからコンボに発展させましょう。

突き刺されたままの畳表を持ち上げ、蹴り飛ばして深々と突き刺さった穂先を抜きます。

そして穂先が抜けたと同時に再び踏み込み、滞空中の畳表に追いつき、身体を回転させて遠心力を付けて薙ぎ払い、石突で再び空中へと打ち上げます。

力を入れ過ぎたためか、打ち上げられた畳表はセットの天井へと衝突しました。

幸いセットは壊れていないようなので、今後の撮影には影響を及ぼさないでしょうが、もう少し考えたコンボ構成が重要となるでしょう。

畳表には薙ぎ払いによる切創が刻まれており、石突の打撃や最初の刺創によってボロボロになっていて、そろそろ耐久限度でしょうね。

重力に引かれ落ちてきた畳表に対し、アニメ等で槍使いがよくやる槍を高速で振り回すことによる連撃を叩き込みます。

袈裟や斬上、薙を穂先の斬撃や石突での打撃を織り交ぜながら数秒の間に7連撃を決め、最後に穂先を床に突き刺して棒高跳びのように跳び上がり、空中で身体を捻りながら態勢を整え遠心力に自重を加えた振り下ろしの一撃を決めました。

連撃なので最後の一撃以外はどうしても威力が低下してしまい、畳表は瀕死状態ではありますがいまだ健在です。

なので、正真正銘の止めといきましょう。

床に叩き付けられ軽く跳ね上がった畳表を壁の方へと蹴り飛ばし、そのまま足を大きく開き、槍を逆手に持った右手を後ろへと引き絞り狙いを定めて投擲します。

総重量3kgにもなる模造槍は放物線を描かず、大気を裂きながら獲物へと最短距離を直線で駆け抜け貫きました。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

身体の火照った熱を逃すのと意識を戦闘モードから通常モードへと切り替える為に、私は息を吐きます。

最近は虚刀流が多く、こうやって武器を使うのは久しぶりでしたが、どうやら腕は錆びついていないようですね。

これなら見栄えもいいでしょうし、槍を使った殺陣における映像資料にもなるに違いありません。

やりきったという達成感と好き放題暴れられた満足感で、私の心はとても晴れやかです。

 

 

「こんな感じで、どうでしょう?」

 

「無・理・で・す!!」

 

 

私の問いかけに対して監督達よりも先に返答したのは輿水ちゃんでした。

『バカでしょう?七実さん、貴女バカでしょう?』と口にしなくてもわかるくらいにわかりやすい表情で、手をクロスさせてそう否定する輿水ちゃんは相変わらずのうざかわいさですね。

馬鹿にされていると分かっていても許せてしまいます。

 

 

「何ですか、その変態機動は!?そんなのができるのは芸能界を探しても七実さんだけですからね!!

というか、なんで刃を潰した槍であんなに綺麗に斬れてるんですか!それに最後のアレ、勢い余って畳表を貫通して壁に磔にされてますよ!!」

 

「いやぁ、あれは往年のイチローのレーザービームを彷彿させたね」

 

「それを槍でしはるなんて、七実はんは恐ろしいお方やわ」

 

 

畳表を確認してみると確かに槍が貫通して壁に縫い付けられており、スタッフの人達が槍を痛めてしまわないように慎重に取り外していました。

少しやり過ぎてしまったようですね。確かに輿水ちゃん言う通り、このレベルの投擲を行うにはかなりの筋力が要求されるでしょうから、アスリートを目指していないアイドル達には難しいでしょう。

ですが、最後の投擲を無くしても十二分に見栄えのする映像が撮れるでしょうから問題ありません。

 

 

「成程、なら最後は無くしましょう」

 

「ボクが言いたいのは、そこじゃありません!全体的に無理なんですよ!」

 

「えっ、最初の突撃(チャージ)は一般的に可能な範囲内では?」

 

 

ただ走って相手との距離を詰めて、その勢いを活かして突くだけですし。

 

 

「5mもある距離を一瞬で詰めて、目にも留まらぬ速さで突くことを一般的だというのなら、七実さんは大辞泉で一般的という言葉の意味を熟読してきてください」

 

 

歯に衣着せぬ言葉ですが、それでも輿水ちゃんなりに私の事を思って言ってくれているのがわかるので、悲しいどころか嬉しいくらいです。

あの動物園事件後は一時期目すら合わせてもらえなかったので、それを考えればこうやって絡んでもらえるだけましでしょう。

 

 

「さっちん、最近七実さんに辛辣じゃない?」

 

「そないに言うたら、せっしょうどす」

 

「いいえ、友紀さんも紗枝さんもわかっていません。

七実さんの普通はかなりずれてるんです!だから、こっちで修正してあげないと、そのずれた基準のまま進んで大変なことになるんですよ!

2人共見たでしょう!周りが止めるのも聞かず、念の為にゴムを巻いていたとはいえ鉄骨に対して喜々として技を放つ七実さんを!!」

 

 

あの時は本当に姫川さんの機転のおかげで助かりました。

鉄骨自体も美城の資材庫に程良い半端な大きさのものがありましたから、それを運んで来て撮影用に少し加工するだけで良かったので何とかその日のうちに撮影することができたのです。

流石は地震大国日本の建築物に使用されるだけあって、手加減したとはいえ七花八裂を耐え切った時は驚きました。

鉄骨としての役割を果たすことができない程に歪んではいましたが、それでも耐え切ったのです。

最後の花鳥風月を繰り出し終えた後には、撮影スタッフ達から惜しみのない拍手を送られたのはいい思い出となるでしょう。

 

 

「あぁ~~、あったね‥‥」「ありましたなぁ‥‥」

 

 

輿水ちゃんの言葉に姫川さんと小早川さんが納得したような顔をしました。解せぬ。

確かに私は素でやらかしたり、その場のノリではっちゃ気過ぎたりしてしまう事がありますが、それでも神様転生する前は没個性な一般人であり、現在でも臆病な小市民的な感性を持っていると自負しています。

 

 

「いやいや、そこまで酷くはないでしょう」

 

「やっぱり自覚がないんですね‥‥」

 

 

なぜでしょう、輿水ちゃんの私を見る目が可哀想なものを見るような感じになっています。

私の気の所為なのかもしれませんが、最近こうやって誰かから憐れまれるようなことが増えてきていやしませんか。

アイドル達と関わりだした当初は、万能で頼れる格好いい年上お姉さんキャラだったと思うのですが、いったいどこで選択肢を間違えてしまったのでしょう。

自分で過去を遡ってみますが、間違えてしまった部分が見当たりません。

まさか、感知していないだけで別の第三者による介入によって私のイメージを歪めるような捏造や偏向した情報を流しているのかもしれません。

そうであるのならば、それは許されざることですね。

 

 

「渡さん」

 

「はい」

 

 

犯人を見つけなければと意気込んでいた所に、スタッフの1人に声をかけられ現実に引き戻されました。

居るかもわからない存在に気を取られて仕事が疎かになってしまうなんてことは許されませんので、今はMV撮影に集中しましょう。

 

 

「監督が少し打ち合わせをしたいとのことですので、集合お願いします」

 

「わかりました」

 

 

監督が集合をかけるとは、今の演武を見てインスピレーションを刺激されてまた演出等の変更するつもりなのでしょうか。

一応、当初の予定で確保している撮影期間にはまだ余裕はありますが、それでも急すぎる変更は私以外のアイドルの負担になるので程々にしてほしいですね。

とりあえず、打ち合わせで監督が暴走せず常識的な範囲で収まるように頑張りましょうか。

このMV撮影は最後まで平和で、派手にいきたいですからね。

 

 

 

 

 

 

「フルコンボだどん!」

 

 

可愛らしい音声でフルコンボが達成されたことが伝えられ、プレイヤーだった武内Pはマイバチをぐっと握りしめて小さなガッツポーズを取りました。

武内Pがプレイしたのは346プロの代表的な曲である『お願い!シンデレラ』の難易度おにで、クリアするだけならばそこまで難しい曲ではありませんが、中盤と終盤にちょっとしたラッシュがあり、油断していると不可になってフルコンボを逃してしまいます。

ですが、やはり○鼓の達人の達人と噂になっているだけあり、危なげないプレイでした。

本田さんの一件が片付き、昼行燈の厚意によって私も武内Pもシンデレラ・プロジェクトのメンバー達も仕事が入っていなかったので良い機会なので、早速皆で346本社近くにあるゲームセンターへと突撃したのです。

到着後は各自思い思いのゲームをプレイしたいでしょうから、集合時間だけ決めて自由行動としました。

武内Pと一緒に行動しようと思っていたちひろはニュージェネレーションズに誘われて、エアホッケーをしています。

まあ、慕われているのは良いことですし、今回はちゃんと誘って抜け駆けしているわけではないので恋愛法廷行きは免れられるでしょう。

しかし、改めて武内Pの格好を見ると、普段はきっちりとした身嗜みをしている人間が上着を脱いで腕まくりをしている姿は妙な色気が感じられますね。

これが俗にいうフェチズムというやつで、私の部下に言わせるのならムーブメントなのでしょう。

悪くないと思いますが、心を激しく突き動かされる程のものではありません。

とりあえず、武内Pの健闘を称えるために拍手を送ります。

 

 

「す、すごいです‥‥プロデューサーさん!」

 

 

私の隣に座って観戦していた智絵里も武内Pに惜しみない拍手を送っています。

今回の件によって生まれた信頼感もあるでしょうが、共通の話題があるという事はお互いの距離をぐんと近づけてくれるものなのか、シンデレラ・プロジェクト始動時に武内Pに対してあった怯えや恐怖といった色が一切なくなっていました。

これは良い傾向ですね。引っ込み思案な智絵里はなかなか自身の意見を言うことができず、関係作りのきっかけを掴み難いですから、ここで共通の話題ができたことは今後のプロデュースにおいても役立つでしょう。

 

 

「ありがとうございます、緒方さん」

 

「私も地元でもよく叩いていたんですけど‥‥プロデューサーさんくらい上手な人は初めて見ました」

 

「いえ、自分なんてまだまだです」

 

 

右手を首に回して謙遜していますが、褒められてかなり嬉しいのか頬に少し赤みがさしています。

あまり女性に褒められ馴れていないようですし、以前はこのように担当アイドル達と遊びに出ることはなかったらしいので、初めてだらけで心が追い付いていないのかもしれませんね。

 

 

「あの‥‥どうやったら、そんな風に叩けますか?」

 

「それは‥‥笑顔で楽しむことです」

 

 

出ましたよ、武内Pの笑顔推し。

私達が思っている以上に武内Pの口にする『笑顔』という2文字に込められた意味は大きいのでしょうが、それを理解するにはそれなりの関係性が無ければ難しいでしょう。

 

 

「笑顔?」

 

 

技術的なアドバイスをしてもらえると思っていた智絵里は、首を傾げて言葉の意味を考えています。

そんな一動作ですら人の庇護欲を絶妙に擽るのですから、これを意図せずに無意識でやってしまう智絵里はきっと学校で何人もの男子生徒の心を奪っているに違いありません。

もし、奪われていない男がいるとすれば、それは既に特定の女性に心を捧げている漢かホモセクシャルでしょう。

 

 

「はい、フルコンボやハイスコアを取ろうとせず‥‥その曲を楽しみ、笑顔でプレイできることが私は大事だと思います」

 

 

武内Pは本当に変わろうとしているのですね。

こうして自分の思いを臆して黙さずにちゃんと自分の言葉で伝えようとするなんて、車輪となってしまってからは殆どありませんでした。

きっと今までであれば『笑顔です』だけで済ませていたでしょう。

口下手な武内Pがバッドコミュニケーションをしてしまわないように、一応控えておいたのですが必要なさそうです。

 

 

「そうですね‥‥笑顔で楽しまないと、ダメですよね‥‥」

 

「ダメとは言いませんが、それは少し寂しく思います」

 

 

このまま去るのは何ですので、最後に少しだけお節介を焼きましょうか。

 

 

「なら、一緒にプレイしてみてはどうですか?曖昧なことを言葉で説明するより、そっちの方が早いでしょうし」

 

「えぇっ!‥‥え、えと‥‥ああ、あの、プロデューサーさんさえ良ければ‥‥」

 

「はい。緒方さんさえよろしければ、お願いします」

 

 

ここまで武内Pが積極的になるのは珍しいですが、目が少年のように輝いている所から察するに今まで一緒にプレイしてくれる人が少なかったのでしょう。

2人プレイができるように太鼓が並んでいるのに1人でプレイするのは、やはり心のどこかで寂しさを覚えていたのでしょうね。

うちの部下達はこういったゲームは苦手そうですし、麻友Pは格ゲーの方が好きらしいですから。

それに男というのは負けず嫌いな人間が圧倒的大多数を占めますから、これだけ極めた武内Pと一緒にプレイして負けるのを嫌がりそうです。

ゲームに熱くなり過ぎてどうするのですかと言うべきなのでしょうが、私も負けず嫌いな所があるのでその気持ちは解らなくもないですね。

 

 

「よ、よろしく‥‥お願いします!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

太鼓の達○の前で深々と頭を下げ合う姿は、何だかお見合いしている初々しい2人みたいですが、それを口にしたら折角の良い雰囲気が壊れてしまうのでやめておきましょう。

さて、後は若い2人に任せてお節介な人間はクールに去らせてもらいましょうか。

なんだかんだで、私もプレイしたいと思っているゲームがいくつかありますし。

2人が選曲し始めたことを確認してから、書置きを残して気付かれないように私はステルスでこの場を離れます。

実は入口ではためいていた幟を見た時からプレイしたいと思っていたゲームがあるのです。

移動する際に目にして記憶しておいた店内の見取り図と様々なゲームやプレイヤー達の声で溢れる音の濁流からお目当てのゲームの位置を特定し、最短経路を導き出して他の客達の迷惑にならない程度の速さで向かいます。

私は色々と目立ってしまいますので、あまり騒ぎ過ぎてトラブルに発展したり、一般人にSNSに色々と投稿されたりしてはかないません。

いつの時代においても、アイドル達の天敵はそういった情報です。

 

 

「ぷ、女教皇(プリエステス)!(七実さぁ~~ん!)」

 

 

目的地を一直線に目指していたのですが、涙目の蘭子に呼び止められて止まりました。

ゲームセンターにおいても目を引くゴスロリファッションですが、蘭子以外にもそういった服装な人は何人かいましたから、そこまで目立ってはいないようです。

アーニャと一緒にみくを引きずりながらガンシューティングコーナーへと駆けこんでいたはずですが、どうして涙目になっているのでしょうか。

見た所外傷や衣服の乱れはなく、変な匂いもしないので知らない人間に乱暴されたという訳ではなさそうですね。

まあ、そんなことになりそうであれば私の弟子2人が容赦しないでしょうから、心配はしていません。

ちなみにですが、私の嗅覚はチートを使えば特殊訓練された犬並になりますので、アイドルに何かしておいて逃げ切れるとは思わないでください。

 

 

「おや、蘭子。みくとアーニャと一緒だったのでは?」

 

「我が同胞達は冥府より蘇りし亡者を法儀式済み弾にて駆逐しに‥‥

(2人はゾンビの出てくるシューティングゲームをしてます‥‥)」

 

「なるほど、だからですか」

 

 

蘭子はゴシック&ロリータの衣装を好みますが、本家ゴスロリの怪奇猟奇趣味や耽美主義といった要素は大の苦手ですからね。

厨二心が擽られる堕天使とかが纏う装束としてイメージが近かったのがゴスロリ系だっただけの、にわかゴスロリちゃんです。

アーニャもそれを知っていたでしょうに、何故それをチョイスしたのでしょう。

蘭子の場合、普通のガンシューティングでも人が打たれた瞬間に目を塞ぎそうではありますが。

 

 

「その‥‥閉ざす者(ロキ)の遊技場に観覧者は必要か?

(あの‥‥ゲームしている所を見学してもいいですか?)」

 

 

(そも)、可愛らしい美少女に袖をちょこんと掴まれて不安げにお願いされて断れる人間はいるか、否か。

答えは、聞かずともわかるでしょう。

 

 

「いいですよ」

 

「感謝する(ありがとうございます)」

 

 

私のプレイしようとしているゲームは神崎さんの興味を引くようなものではないでしょうが、とてもにこやかな顔をされてはそれも言い出しにくいです。

せめて、興味が無くても楽しんでもらえるように魅せるプレイをしなければなりませんね。

先導する私の後を遠足時の子供みたいに嬉しそうについてくる蘭子を見て、今日は負ける気がしません。

ガンシューティングコーナーから少し移動したところに、私のお目当てのゲームはありました。

『AIR COMBAT7』前世では家庭用ゲーム機に移植され『ACE C○MBAT』シリーズとなっていた業務用大型筐体の本格フライトシューティングゲームですが、何故かこの世界では根強い人気を誇っており第7弾が製作される程の名作となっています。

基本的な設定も名作『ZERO』が存在しませんが、ほぼ前世にあったゲームそのままで架空国家に所属する軍人または傭兵となって、好きなように空を駆け、理不尽に撃墜されるのを楽しむゲームです。

1人プレイで様々な設定のシナリオを楽しむもよし、店内の戦友達と専用ミッションの攻略をするもよし、通信対戦で全国の猛者達とその技量を競うもよしと好みに応じて楽しみ方を変えられるのが強みですね。

初期の頃は残念画質でしたが、技術の進歩に応じてディスプレイや映像技術もアップグレードされ、今ではGこそ無いですが限りなく本物に近い空を楽しめると言われています。

前作6では、765プロとコラボしてアイドル達がノーズアートとして描かれた痛車ならぬ痛戦闘機もあり、それが更なる人気の火付け役となったのでしょう。

数年ぶりに出た新作の映像は格段に進化していて、今からプレイするのが楽しみですね。

私は新作用の専用ICカードを購入し、こんなこともあろうかと財布の中にしまい込んでいた前作の専用ICカードからデータの引継ぎを済ませます。

アイドル業を始める前の『定時の女王』と呼ばれていた時代には、カラオケと半々くらいのペースで遊んでいてちょっとした大会で優勝したこともありますので、その時に副賞としてもらったデータが喪失したら泣きますね。

数分もすれば引継ぎは終わり、私はエントリーリストに自身のTACネームを記載し順番を待ちます。

神様が気をきかせてくれたのかはわかりませんが、すぐにプレイすることができそうですね。

 

 

「天駆ける竜騎兵による闘争の宴か‥‥女教皇(プリエステス)であれば、天使が躍るが如き御業であろう

(戦闘機のゲームですか‥‥七実さんだったら、凄い上手なんだろうなぁ♪)」

 

「今作は初プレイですが、そう簡単に落とされはしませんよ」

 

 

『AIR COMBAT』は投入した硬貨の枚数によってプレイ時間が延長される方式ですので、今のうちに千円札を両替しておき一定数の硬貨を確保しましょう。

マナー違反レベルの連コインはしませんが、アイドルデビューが決まって以来の久しぶりなので長く楽しみたいです。

測ったようなタイミングで私のTACネームが呼ばれたので、ICカードを準備して筐体の方へと向かいました。

 

 

「では、行ってきますね」

 

「汝に闇を纏いし堕天使の祝福を!(精一杯、応援してます!)」

 

 

ドラマとかでよくある出撃前の1シーンみたいなやり取りをした後、筐体に入りICカードを挿入し硬貨も数枚投入します。

タッチパネルを操作して、全国対戦モードの中からバトルロイヤルを選択しました。

チーム戦もいいのですが、やはりたった1機で戦況を大きく変えてしまう感覚が味わえ、数多くの猛者達が鎬を削るこのモードが一番燃えます。

使用する機体は愛機であるF-15C(イーグル)で、機体選択を終えた私はマッチングが早く終わらないかと興奮に胸を躍らせながら操縦桿を握り、ペダルの踏み心地を確認しておきます。

マッチング待機時間のカウントが0になり、ディスプレイの映像が滑走路へと変わりました。

ちゃんと離陸からやらせてくれるなんて、この開発陣はプレイヤー達の心をよく理解していますね。

さて、天使に祝福された以上は撃墜なんてありえません。

今日は別に蘭子の誕生日ではありませんが、あの可愛い堕天使気取りの天使に勝利をプレゼントしてあげましょう。

心を開く、感興篭絡、一騎当千

渡 七実 TACネーム『Cipher(サイファー)』 平和の為に、天使とダンスしましょう。

 

 

 

 

 

 

「「「乾杯」」」

 

 

いつも通り妖精社にて、私達は思い思いの飲み物の入ったグラスを打ち合わせました。

合計20機の猛者達が集う空域で、ノーダメージ且つ撃墜数10以上という華々しい勝利を飾った今の私にこのアブソルート・シトロンの甘みのあるフレッシュなレモンとライムの風味が爽やかで滑らかな味わいは、勝利の美酒に相応しいでしょう。

アルコール度数は程々なので火酒と書かれるウォッカの強いアルコールで喉が焼けてしまいそうな感覚は味わえませんが、これから来る夏に相応しいすっきりとした飲み口は、何杯でも飲めそうですね。

一緒に飲んでいるちひろはモヒート、武内Pはジントニックを飲んでいます。

本来なら約束していた凛と何か美味しいものでも食べるつもりだったのですが、今日はニュージェネレーションズで何か食べに行くそうなので、また別の機会という事になりました。

鉄は熱いうちに打てではありませんが、今回の一件が片付いたばかりの今の方が言いやすいこともあるでしょうから、今のうちに本音で話しておくことはいいことです。

本音は隠しすぎてしまうと、なかなか語れなくなってしまうものですからね。

 

 

「改めまして、今回は御二人にお世話になりました」

 

 

ジントニックを半分ほど飲んだところでグラスを置き、武内Pは私達に頭を下げてそう言いました。

全く、車輪から魔法使いへとかつての姿を取り戻したというのに、こういった所は変わらず律儀過ぎます。

もっと軽い感じで礼を言って、一杯奢ってくれるだけで十二分だというのに、今日の飲み代を全額負担するというのですから。

 

 

「別に気にしないでください。各自ができることをしただけです」

 

 

連日の流れでここで何もしていないと言えば、和やかな飲み会が一気にお説教モードに変わることが間違いないでしょうから黙って受け取りましょう。

実際ほとんど何もしていないのに、こうやって感謝されそれを受け取るのは心苦しいのですが、それを顔に出してしまって雰囲気を悪くしてしまう訳にもいきません。

なので、どれだけ罪悪感があっても私の心に押し止めていつも通りに振舞います。

 

 

「そうですよ。こういった時はみんなで助け合わないと」

 

 

昨日、私が事務所で孤独なグルメを楽しんでいる間に、一歩程ではありますがちひろ的に進歩を感じられたのかその表情は少しだらしがなく緩んでいました。

いつも無自覚で馬鹿ップル空間を形成して周囲(特に私)に甚大な被害を与える癖に、こうした進展はかなりゆっくりなのが不思議でたまりません。

武内Pもフラグを4本も立てているギャルゲーやハーレム漫画の主人公みたいなことにもなっていますし、ちひろもうかうかしていたら他の誰かに掻っ攫われてしまうかもしれませんね。

私は場合によってはアシストしますが、特定の陣営に大きく肩入れをするつもりはありませんので、そこは自分の力で頑張ってもらいましょう。

下手に首を突っ込んでしまってベトナム戦争並みに泥沼化が予想される恋愛大戦に巻き込まれてしまったら、私が精神的なダメージを受けてしまうだけで何の得もありませんからね。

 

 

「ありがとうございます」

 

「だから、お礼は不要ですって」

 

 

何度もお礼を言ってくる武内Pに呆れながら、鰊の塩漬けと完全に潰しきっていないマッシュポテトをライ麦パンの上に乗せて頬張ります。

小骨が気にならない程にとろけてしまう鰊の美味しい脂と塩気が素朴な味付けのマッシュポテトと風味豊かなライ麦パンがウォッカともよく合うのですが、この飾り気のない素材そのままの味を活かした肴にアブソルート・シトロンのフレーバーは少々くどく感じますので、一気に飲み干してフレーバーのついていないものを頼みましょう。

という事で、顔馴染みの店員にストリチナヤをショットグラスではなく普通のグラスで注文します。

 

 

「でも、今回の件が無事片付いてよかったです。武内君も前みたいな感じに戻ったみたいだし」

 

「ええ、私はもう彼女達から逃げたりはしません。ゆっくりですが、一歩ずつ共に階段を昇っていくつもりです」

 

「‥‥なんだか、妬けちゃうな」

 

 

憑き物の落ちた晴れやかな笑顔を浮かべる武内Pに対して、ちひろは少しだけ寂しそうに目を伏せます。

それは年単位での付き合いがあるはずの自分ではできなかった事を出会って数ヵ月のシンデレラ・プロジェクトの少女達が成してしまったことに対する無力感かもしれません。

人間関係というものは時間が経てば経つほどに、色々な感情や周囲の状況が絡み合って大きく複雑になってしまいますから、ちひろが変えられなかったのも仕方ないでしょう。

人間は一度微温湯のような心地よい関係に落ち着いてしまうと、関係を壊してしまう恐怖からかなかなかその関係から発展させることができません。

俗に言う、幼馴染キャラの負けフラグがこれにあたるでしょう。

ですが、誰がそれを責められるでしょうか、大切な相手と一緒に居たいと思ったり拒絶されるのが怖いと思う気持ちは当然なのですから。

私だって、そういった恐れを抱いているからこそ今日までシンデレラ・プロジェクトのメンバー達を名前で呼ぶことができなかったのです。

偶にどんな年齢の人とでもすぐに仲良くなれるコミュニケーション力の高い人が居ますが、そういった人達は本当に尊敬に値しますね。

届いたストリチナヤを受け取り、ゆっくりと味わうように一口だけ口に含みます。

冷凍庫でキンキンに冷やされたストリチナヤのほのかにスパイシーさを感じながらもソフトでクリアな味わいは、想像していたようにこの鰊の塩漬けとよく合いますね。

 

 

「‥‥渡さん」

 

「はい」

 

 

ストリチナヤと鰊の塩漬け達のマリアージュに満足し、ゆっくりと味わいながら食べ進めていると武内Pに声をかけられました。

今にも馬鹿ップル空間を形成してしまいそうだったので、居ることがわかる程度位にまで気配を殺して食に没頭していたのですが、どうしたのでしょうか。

 

 

「大丈夫ですか?あまり食が進んでいないようですが‥‥」

 

「‥‥ええ、問題ありません」

 

 

心配そうに尋ねられた言葉の意味を理解するまで、数秒の時間を要しました。

もしかしてですが、武内Pの中では私はいっぱい食べる腹ペコキャラという認識がされているのでしょうか。

確かに食べることは好きですし、このチートボディの制限を緩めて活動すると相応のエネルギーを消費する為一般成人男性以上に食べますが、いつもいつもそんな大食いをしている訳ではありません。

今のように美味しい料理やお酒をゆっくりと優雅に味わいながら食べることだってできるのです。

これが瑞樹達のように揶揄いながら聞いてきたのであれば、その無防備な眉間にデコピンを叩き込むところなのですが、武内Pはそんな悪気の一切ない善意から聞いていくるのですからやり難いですね。

 

 

「今飲まれているのはウォッカですから、サーロやシャシリク等はいかがでしょう」

 

 

普通であれば、アイドルなのだからといって体型維持だと食事制限をかける所が多いのですが、それとは真逆を行くようにアイドルに豚の脂身の塩漬けや肉の串焼きを進めてくるプロデューサーがいるらしいです。

これ、私だから普通に流しますけど、ちひろや楓といった好意を抱いているアイドル達に言ってしまったら、色々深読みして面倒くさいことになってますからね。

しかし、このストリチナヤと鰊の塩漬け達のマリアージュも大変素晴らしいですが、強いお酒を飲んでいるとやっぱり肉らしい肉も食べたくなってくるのも当然なので頼んでしまいましょう。

 

 

「いいですね、シャシリクを頼みましょう。今は脂よりも肉です」

 

「わかりました。千川さんは、どうします?」

 

「今日はちょっとやめとこうかな‥‥」

 

「そうですか」

 

 

武内Pは近くを通りかかった店員を呼び止め、2人分のシャシリクと追加の飲み物を頼みます。

さて、肉が来るのであればその前にこの鰊の塩漬け達を食べ終えてしまいましょうか。

この飾り気のない純朴な味わいも十分に美味しいのですが、大胆かつ豪快な肉の串焼きを相手するには少々分が悪いでしょう。

先程より少しだけペースをあげて食べ始めますが、やはりこの素晴らしいマリアージュの前には自然に頬が緩んでしまいますね。

 

 

「‥‥すみません、渡さん。私も一枚頂いてよろしいでしょうか?」

 

「はい、どうぞ。この鰊は脂がのっていて絶品ですよ」

 

 

食に対する関心が強い武内Pは、この絶品マリアージュに興味を持ったようですね。

美味しいものは独占するのではなく、皆で分け合って共に喜ぶ派なので勿論断りません。

私の舌が導き出した鰊の塩漬けとマッシュポテトの黄金比率でライ麦パンに盛り付けて、小皿に乗せて差し出します。

律儀に礼を言ってから、武内Pは鰊の塩漬け達に豪快に齧り付きました。

男性なだけあって同じように齧り付くにしても、その雄々しさと豪快さは敵いそうにありません。

数多くの有名美食家の味覚を駆使して導き出した、この黄金比率による絶妙な味わいに満足してもらえたのかとても嬉しそうに表情が緩みます。

やはり、美食の力は絶大ですね。

 

 

「ストップ!」

 

 

食の力の偉大さについて改めて感心していましたが、武内Pが自身のボルス・ジュネヴァを飲もうとしていたので慌てて止めに入ります。

確かにボルス・ジュネヴァはジンの起源となったとも言われる銘酒であり、爽やかでありながらキリッとしていて芳醇な味わいがバランス良く、この鰊の塩漬け達ともよく合うでしょう。

ですが、このストリチナヤとのマリアージュを差し置いて、いきなりその組み合わせに進むなど、天の神々が許しても私が許しません。

 

 

「それには、ウォッカの方が合いますから、こちらをどうぞ」

 

 

私の飲みかけで申し訳ありませんが、今から頼んでも届くまでには時間がかかってしまうので我慢してもらいましょう。

冷凍庫で極限までに冷やされた美味さは失われても、人肌でゆっくりと温もったお酒はグラスの中から香りが開いていくようで、また別の味わいがあります。

武内Pは私の顔とグラスを何度か見比べた後、ゆっくりとした動作でグラスを受け取って飲み口を少し観察してから、ストリチナヤを少しだけ口に含みました。

そんなに観察しなくてもリップ等はきちんと処理してあるのでついていないのですが、男性からすると気になるものなのでしょうね。

 

 

「これは!」

 

「ね、合うでしょう?」

 

「はい。これほどの味わいになるのであれば、渡さんが熱心に進められる理由もわかります」

 

 

このマリアージュに武内Pも大満足なようで良かったです。

何事も頂を知らなければ裾野を広げていくのも難しいですし、裾野の中でも少し高くなった場所を頂と勘違いしてしまうかもしれませんからね。

 

 

「‥‥なぁ~なぁ~みぃ~さぁ~ん?」

 

 

まるで地獄の底から呼びかけられたようなおどろおどろしい声で相棒から呼びかけられて自身の失態に気が付きます。

契約を持ちかける悪魔のように、冷たくどす黒いオーラを漂わせているちひろは、思わず身震いするほど恐ろしく見えました。

後悔したところで現状が変わるわけではありませんのでどうしようもありませんが、これを教訓に食について熱くなり過ぎないように気を付けましょう。

気を付けた所でまたやらかしてしまう未来しか見えませんが、せめて今だけでも心に刻んでおきましょうか。

そんな私の今気持ちを将棋界で初めて7冠独占を果たした史上最強棋士としても名前の挙がる棋士の言葉を借りて述べるなら。

『人間は、いつも完璧でいることは不可能だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の夜より、何処かに隠れて私の槍捌きを見ていた侍の霊に、夢枕に立たれ度々仕合を望まれるようになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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