チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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愛は、お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである

どうも、私を見ているであろう皆様。

アイマス世界の円卓の鬼神です。

最近はアイドル業や係長業務、シンデレラ・プロジェクトのフォロー役と何かと忙しくも楽しい日々を過ごしていましたが、久しぶりの空は格別でした。

本物の空ではなく最新技術で限りなく近づけた架空の空ですが、それでも穢れない純白の雲とどこまでのびていきそうな蒼穹に心を洗われていくようで、気持ちよかったですね。

アイドル業やらが落ち着いて、好きなように時間が取れるようになったら海外に行って飛行機免許を取ってみるのもいいかもしれません。

流石にF-15Cとかの軍用戦闘機の免許は取れないでしょうが、この肌で実際にあの心地を味わえたらどれだけ素敵な事でしょうか。

何だか、時間ができたらやってみたいことばかり増えていくような気がしますが、見稽古があるので全てさして時間もかからずできるでしょう。

 

さて話を現状へと戻しますと、あれから数日経ち監督達の無駄な拘りによって色々と難題を課されていたMV撮影も佳境に入り、現在は最終シーンである城落としの最中です。

原作七花はとがめの説明によって尾張城の構造をある程度覚えており、その知識を上手く活用し休憩を挟みながら城攻めを行っていました。

ですが、これはMV撮影であり実戦ではありませんので派手さが求められますので、私は真正面から戦うことになったのです。

四方八方から襲い掛かる殺陣のプロ達の刀や槍を捌き、いなし、時に砕き、未完了の虚刀流の全てを以って立ち塞がる敵を排除してしながら制圧前進を続けました。

既に倒した兵士役の数は50を軽く上回っており、常人であれば疲労困憊で動けなくなってしまうでしょうが、私のチートボディには余力が有り余っていますね。

50人以上倒したと言っていますが、実際に参加している兵士役の数は30人弱であり、人数を調整しながら上手くローテーションを組みながら私に挑んでいます。

袈裟切りに振り下ろされた刀を紙一重の所をすり抜けながら、隙だらけな腹部に手刀を振り抜きました。

少し休憩した後にまた襲い掛かって来てもらわなければならないので、カメラからは容赦なく腹部を裂いたように見える軌道ですが、役者さんには一切傷つけはしていません。

勿論、それでは役者さんも気が付かない可能性がありますので、指向性を持たせて出力を絞った殺気をぶつけて殺したことを理解させて崩れ落ちてもらいます。

何度も殺気をぶつけられている人は、恐怖で震えだしたり、それを誤魔化すように我武者羅になったりしていますが、監督的に異常な相手に対する妙なリアルさが出ていると大満足で続行させていました。

トラウマになるかもしれないと危機感を抱きながらも、悪いのですが私も仕事なので勘弁してもらいましょう。

脇を抜けた先には槍衾の如く槍を並べて密集隊形をとった役者さん達の姿がありましたが、中央にいる人達に対して一瞬だけ視線を天井に向けてやろうとしていることをアイコンタクトで伝えます。

伝わった気で行動しては大惨事確定なので、意図が確実に伝わり相手が何かしらの反応が無ければ一度止めてもらいましょう。

中央にいる人達が頷いたので、きっと大丈夫ですね。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

これからやるのはかなりの集中力を要しますから一度呼吸を整えてから、気を引き締めます。

撮影スタッフ達も今から起こることを撮り逃してしまわないように、緊張が奔っているのが伝わってきますね。

それだけ期待されているのであれば、それを裏切るわけにはいきません。

杜若で槍衾に向かって突撃し、私を串刺しにしようと突き出された槍の穂先を避けながら跳び上がり天井に着地します。

天上を蹴り、アイコンタクトで伝えておいた場所に目掛けて落花狼藉の態勢を取りました。

重力や壁を蹴った反作用による運動エネルギーを集中させ、空気を擦りあげます。

 

 

「イャアアアア!!」

 

 

発火して赤熱化してしまうのではないかと思うくらいの熱を持つ右足を裂帛の気合と共に叩き付けました。

当然、これを人に当てる訳にはいきませんので、犠牲となったのは上手く調整して中央にいる人達を上手く避けて床の畳です。

虚刀流として普通に放った落花狼藉であればセットの床を完膚なきまで破壊してしまい、再建に時間と費用が必要になるでしょう。

しかし、踵が床に接触した際に瞬間的な力の開放と集約を行うことで威力を殺さずに破壊をピンポイントに絞ることができます。

因みに私が鉄骨を歪ませることができたのも、この技術を使って七花八裂の威力を極限まで集中させたからであり、そうでなければ軽い凹み程度で終わっていたでしょう。

そんな技術を用いたので落花狼藉を受けた畳は表面だけ再起不能なレベルでボロボロになってしまっていますが、それ以外のセットについては畳下の床部分を含めて無傷です。

槍衾を構成していた役者さん達は落花狼藉の衝撃と殺気の威圧感に気圧されたのか、まるで吹き飛ばされたかのような見事なやられ姿を名演してくれていました。

流石はプロという事でしょうね。私もその名演に恥じないよう、もっと気合入れてなければなりませんね。

 

 

「よし、カァット!15分の休憩後、最終決戦いくぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

 

休憩が言い渡されたので手の空いたスタッフの人達は、未だに演技を継続している役者さん達に肩を貸しながら休憩スペースへと移動していきました。

 

 

「おい、しっかりしろ!傷はないぞ!」

 

「俺、足ついてる?」

 

「ああ、立派な足がついてる。だから、立って歩け!」

 

「手ぇ空いてるやつは、畳替えちまうぞ」

 

「すげぇな、この畳以外に一切傷ついてねぇぞ」

 

 

あっ、コレは役者さん達が名演した訳ではなく、純粋に私がやり過ぎたパターンですね。わかります。

只でさえ殺傷能力の高い虚刀流の奥義に、格闘戦最強クラスの光の戦士の必殺技を組み合わせたのはまずかったかもしれません。

でも、今回は組み合わせておかなければセットを破壊してしまいかねませんから必要な措置だったのです。

何だか物凄く気まずいので、直ちに戦略的撤退をとりましょう。

休憩スペースは落花狼藉の余波で倒れた役者さん達が次々に搬入されているので選択できません。

仕方ないので、少し離れた自販機前の共有スペースで水分補給をしながらのんびりしていましょうか。

この虚刀流最終決戦装束は色々と目立ってしまいますが、346プロではアイドル達がもっと際どい衣装で歩き回ることもありますので気にする社員はいないでしょう。

 

 

「何かあったら携帯にお願いします」

 

「わかりました」

 

 

スタジオを出たと同時に一気に加速して、ここから離れていて尚且つ人気のない自販機のある場所を目指します。

フロアマップは全て記憶済みであり、暇な時に歩き回って更新もしているので、お目当ての場所の検索と最短経路の構築は数秒で終わりました。

廊下を子供が走っているのと同じくらい速度を出せる凄い早歩きで向かいます。

歩法には杜若も取り入れていますので、もしも年少組アイドル達に遭遇したとしても即座に普通の早歩きにまで減速が可能なので反面教師化することはありません。

一応、反響定位等で周辺に飛び出してきそうな人が居ないかは確認していますが、それでもトラブルは起きる時には起きますから油断はせず慎重に進みます。

数分で目的地に到着したのですが、予想外のことに先客が居ました。

 

 

「お疲れ様です、道明寺さん」

 

「あっ、お、お疲れさまでしっ!」

 

 

トレードマークの巫女服に身を包み、盛大に噛んだ道明寺さんは真っ赤になった顔を隠して座り込んでしまいました。

トークをしては度々噛んだり、本社内での撮影の筈なのに迷ったり、何もない場所で急に転んだりする所がファンの心を掴んだ、守ってあげたい系アイドルです。

自身をドジでノロマと言いながらも決して卑屈にならずアイドルとして研鑽する姿は実に輝いていて、その愛い姿を愛でたくなったことは数知れずですね。

 

 

「す、すみせん‥‥噛みました」

 

「別に今は撮影中ではないので、気にしなくていいですよ」

 

「はい‥‥」

 

 

今回のMVでは私が放浪の旅の中で訪れた寂れた神社の巫女役で登場しており、幕府が刀狩りとして徴収しようとしていた御神刀の守り手です。

なので、MV中では小早川さんと同様に戦闘シーンに関わることはなく日常パートにおける癒し枠、または巻き込まれるヒロイン枠として活躍してくれていますね。

はんなりとして少し腹黒さの片鱗を覗かせるお姫様な小早川さんとは正反対に、純真無垢で元気に頑張るドジッ娘な道明寺さんは丁度良くバランスが取れていると言えるでしょう。

恥ずかしがっている所を抱き寄せて目一杯頭を撫でたい衝動にかられますが、冷静さを失って暴走しては嫌われるだけなので冷たい飲み物を飲んで頭を冷やします。

そこで選ばれたのは、○鷹でした。

急須で緑茶のような舌に旨味が残るふくよかな味わいとコピーでは言っていますが、確かにこれまでのペットボトルの緑茶とは一線を画する味わいです。

まあ、ですが本当に茶葉や煎れ方にも拘ったお茶と比べると少々味の緊張感に欠ける気がしますね。

コスト等加味した上で判断するのであれば、自販機販売のお茶界における革命児と呼んでも構わないヒット商品でしょう。

さて、落ち着いたので改めて道明寺さんの方を向いたのですが、何か居ました。

 

 

『渡殿、先程の乱戦は実に見事でしたな。実戦ではないとはいえ、あの大人数を相手に自分の流れを作り続ける‥‥いやいや天晴れ!』

 

 

あの子曰くさっちゃんと呼称される戦国時代産の侍亡霊は、道明寺さんの肩あたりで胡坐をかいてうんうんと頷いています。

その顔は満足そうな笑みを浮かべながらも瞳だけは飢狼のようにぎらついており、今夜も仕合えと夢枕に立つのでしょうね。

この亡霊、白坂ちゃんに霊体に干渉できる有力な霊能者を探してほしいとお願いをしており、夢の中での手合わせでは全く満足できていないようなのです。

満足できないのなら安眠を与えて欲しいのですが。

一度火が灯ってしまった闘争本能はなかなか抑えらず、毎夜の如く私の夢を訪れてしまうと言っていましたが、手合わせ中の表情を見る限りそれは噓でしょう。

この時間がいつまでも続けばいいと思っていそうな恋する乙女にも似た恍惚とした表情をしているのですから、絶対我慢なんてする気がないに違いありません。

 

 

「な、なにかついてますかっ?この前は、霊をつれてきちゃって~」

 

「いえ、何もいませんよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 

この亡霊は道明寺さんではなく私が連れてきてしまったものですので、どちらかというと巻き込まれた方ですね。

本当に申し訳ないです。

実家は神社らしいのですが、まだまだ修行中の身である道明寺さんにはこの侍亡霊は見えていないようで安心しました。

戦闘狂の亡霊なんて直視してしまったら教育上良くありませんからね。

祝詞は練習中とのことでしたが、必要な道具を整えたら撮影期間だけでも干渉されない結界的な何かを作ってもらえませんかね。

 

 

「もう少ししたら最終シーンの撮影があるそうですよ」

 

「わかりました!今度こそ、噛んだり、こけたりしないで一発で成功させられるよう頑張りまつっ!あっ‥‥」

 

「気負い過ぎは駄目ですよ」

 

「はい‥‥」

 

 

言っている傍から噛んでしまい、さらに落ち込んでしまった道明寺さんの頭をポンポンとしてあげながら慰めます。

侍亡霊は未だ近くにいるようですが、一般人がいる所で騒ぎだすことはないでしょう。

なので、こうして道明寺さんを慰めている間は平和であり、そして私の心も満たされるという訳です。

ああ、この平和な時間が永久に続けばいいのに。

 

 

 

 

 

 

「よくぞ、ここまで辿り着いた。歓迎しよう、刀を持たぬ剣士よ」

 

 

いかにも悪役らしい紫色や金の刺繍で悪趣味に豪勢に飾られた束帯に身を包んだ将軍が下卑た笑みを浮かべていました。

本来なら今すぐにでも八つ裂きにしたい所ではありますが、それができないだけの理由があります。

 

 

「七実さん‥‥」

 

「堪忍しとくれやす」

 

「あわわ‥‥」

 

 

将軍の背後には喉元に小刀を突き付けられた輿水ちゃん、小早川さん、道明寺さんがそれぞれ違う表情をしていました。

刃引きもしてある殺傷能力の低い模造刀であっても、喉元に刃物が付き付けられているというのは精神的ストレスが絶大でしょう。

道明寺さんなんて模造刀であることを忘れているのではないかと思うくらいの狼狽えようですし。

虚刀流に拘らなければ隠し持っている暗器を投擲して2人を仕留めた後に、最後の1人を薔薇等で仕留めれば済むのですが、このMVではそんな行動は選択できません。

それでも杜若で一気に駆け抜けるという手もありますが、白い玉砂利が敷き詰められた庭の上では力を込めた瞬間に音で感付かれてしまうでしょう。

 

 

「そなたが動かなければ、この娘達の無事は約束しよう」

 

「‥‥」

 

「言葉を交わさぬか‥‥所詮は力を振るうしか脳がない獣か」

 

 

将軍が手を挙げると火縄銃を持った役者さん達が現れ、将軍を守る人の生垣みたく戦列を組み私へと狙いを定めます。

弾丸が入っていないとはいえ、10を超える銃口を向けられるのは心地よいものではありませんね。

これくらいの数であれば銃口の向きから弾道を予測して回避することは容易いですが、人質があるので動けない。

もはやテンプレート化しているこてこての王道展開ではありますが、万人の心に響き続け廃れていかなかったこそ王道と呼ばれるのであり、私もこういった展開は大好物です。

惜しむらくは台本を読み込んでいるので、この後の展開を知ってしまっているという事でしょうか。

今までは王道展開を眺める側だったのに、こうして作る側になったと思うとなんだか不思議な感じがします。

 

 

「撃て」

 

 

将軍の号令と共に引き金が引かれ、意外と軽い音のする発砲音と共に私に施されていた特殊メイクが起動し、頭部や腹部、肩と数か所から血の色をした液体が流れ落ちてきます。

折角の最終決戦装束が汚れてしまいますが、現在着用しているのはこの為だけに巫女治屋に依頼して製作してもらったローコスト版なので問題ありません。

起動した際にちょっとした衝撃がありましたが、この程度で怖気づいてしまう私ではありませんので、無花果の態勢のまま将軍達を睨み続けます。

顔に垂れてきた血が鬱陶しいことこの上ないですが、頭から流れてきた血を拭おうともせずに泰然としている様は見ていて格好いいと思いませんか。

 

 

「ふむ、外れか‥‥仕方ない、次を持ってこい」

 

 

その命令に従うように新しい火縄銃を持った役者さん達が現れ、斉射を終えた人達と入れ替わります。

 

 

「しかし、撃ってみれば獣のように悲鳴をあげるかと思ったが‥‥存外楽しませてくれる」

 

「七実さん!七実さん!」

 

「女子をいたぶって、ほんま下衆やわ」

 

 

輿水ちゃんと小早川さんがそう言うと小刀を突き付けていた忍装束が、更に力を込めて脅します。

これが台本で定められた演技でなければ、容赦なく七花八裂を叩き込んで八つ裂きにしてあげるのですが、これも仕事なので我慢しましょう。

しかし、わかっていても抑えられない殺意の波動の一部が漏れ出してしまったのか、役者さん達が半歩程下がります。

因みに、道明寺さんは台本で定められた通り気絶した演技をしているのですが、拘束している忍者役の人の反応を見る限り本当に気絶している可能性もありますね。

 

 

「さて、次こそ仕留めてやろう」

 

 

再び火縄銃が構えられ、私へと狙いが定められます。

ですが、弾丸が発射されることはありません。なぜなら

 

 

「ぐわっ!」

 

 

忍者達から死角となる方向から放たれた手裏剣が腕を直撃し、3人の拘束が解かれました。

それと同時に4つの影が飛び出し、火縄銃を構えた戦列を蹂躙していきます。

野球バットを改良した棍棒を振るう姫川さん、私の行った演技指導通りに素晴らしい突撃(チャージ)をかける日野さん、巧みな剣捌きで敵を切り伏せていく脇山さん、鷹富士さんも釵を素人とは思えない程使いこなしていました。

そして、最初に手裏剣を投擲したであろう浜口さんは忍者達を無力化し、人質となっていた3人を解放しています。

 

 

「七実殿!助太刀に参りました!」

 

 

一度は戦ったことのある好敵手達がピンチに駆けつけて力を貸してくれる。

これもまた、ご都合主義前回な王道展開ですが、熱く燃え上がる何かがありますね。

しかも、駆けつけてくれた仲間というのが見目麗しいアイドル達なのですから、もう負ける可能性など万に一つもありません。

 

 

「ええい、者共!出会え!出会え!」

 

 

将軍が呼びかけると、時代劇のお約束のパターンのように何処からともなく数十人の侍達が現れ盛大な殺陣シーンが始まりました。

人質という存在がなくなったので、我慢する必要もなく、私は今までの鬱憤を晴らす為に侍達の中に飛び込んでいきます。

やっと動けるという開放感から恐ろしい表情でも浮かべていたのか、私の相手をすることになった役者さん達の顔が若干引きつっているようでしたが、運が悪かったと諦めてもらいましょう。

打ち合わせによって誰がどの場所で戦うというのは大まかに決められていますので、カメラでは映らない所に施された目印を気にしつつ虚刀流で暴れまわります。

手刀と足斧を振るい、役者さん達を傷つけてしまわないよう最大限の配慮を忘れずに殺陣を盛り上げました。

ここで調子に乗って怪我等をさせてしまえば、美城にとって不利益となるであろう噂の温床になってしまうでしょうからその辺は特に気を付けなければなりません。

人の噂というものの持つ力は侮れないもので、下手な公式情報よりも信憑性があると思われたり、かもしれないという推測があたかも真実のようになっていたりと本当に油断のならない魔物です。

ネット社会においても口コミ情報がありがたがられるのは、そういった噂を信じやすい部分があるからかもしれませんね。

さて、そういったことに気を付けつつ派手に行きましょう。

 

 

 

 

「どうでしたか、七実殿!私の手裏剣捌きは!」

 

「そうですね、回転に少し乱れがありましたが、ちゃんと狙った場所に当たっていますし、以前よりも上達していますね」

 

「そうでしょう!あの日から鍛えていますから!」

 

 

褒めて、褒めてと言わんばかりに目を輝かせている浜口さんは忠犬のような可愛らしさがありました。

寮生である浜口さんは、私に完敗を喫した日から脇山さんと一緒に鍛錬を積んでいるそうで、時々みくとアーニャとも鍛錬していると聞いています。

特に忍者マニアであるアーニャとの相性は良いらしく、忍術とコマンドサンボを互いに教え合ったりしているそうで、仲は良好のようですね。

忍者談義が盛り上がり過ぎて、寮内で煙玉を作ろうとして部屋を煙だらけにした際はみくにハリセンでしばかれたそうです。

そんなみくも、その見事なハリセン捌きを見て脇山さんに剣道へと誘われているそうで、意外な所から交友関係が広がっているようで嬉しい限りですね。

 

 

「しかし、回転を安定させるのは難しいですね。修業が足りない所為で、未だ自然界の黄金長方形を見つけることができません」

 

「そうですか‥‥」

 

 

相生拳法や現実でも再現可能そうな忍術を披露した際に、一人前のくノ一になる為にこれからどうすればいいかやチート技術について質問を受け、私の技術をいくつか教えました。

その中で、空港で披露した曲芸サインの色紙を安定させる方法について尋ねられ、黄金回転のことを教えたのですが、何故かそれを渡流忍術の秘奥と思い込み再現しようと躍起になっているのです。

回転で無限の力を引き出すなんてできないと何度も言っているのですが、それでも浜口さんは諦めようとしませんでした。

なので、そんな熱意に水を差すのは大人のすべきことではないので、私にできる範囲でアドバイスをしています。

 

 

「ですが、回転だけで全て変わるなんて思ってはいけませんよ」

 

「はい!Lesson1『妙な期待はするな』ですね!」

 

「‥‥はい」

 

 

違いますと声を大にして言いたいのですが、この輝く瞳を曇らせる真似は私にはできません。

普通に考えたらこんな技術なんてあり得ないと分かる筈なのですが、私が言うとそういった空想的な部分も信用されるくらい説得力があるというのでしょうか。

そうであるならば、今後の言動についてはより一層気を付けなければなりませんね。

 

 

「いつかこの黄金の回転を自分の物にして、珠美殿と一緒に七実殿を倒してみせますから!」

 

「その時を気長に待っていますよ」

 

 

私もチート転生者としての矜持というものがありますから、そうそう黒星をつけられる訳にはいきません。

学生時代の部活動では時と場合においては勝ちを譲ったこともありましたが、こういった真剣勝負であれば話は別です。

特にこうして完敗しても挫けることなく再び挑むと高らかに宣言してくれる人なんて貴重ですから、成長を促しながらその時を待つとしましょう。

 

 

「そんなに待たせません!」

 

「わかりました」

 

 

これから浜口さん達がどのような道を進むのかはわかりませんが、わからないからこそ楽しみですね。

青空を思わせるとても清々しい笑顔につられるように、私の頬も自然と柔らかく緩みました。

三者三様、人の噂も七十五日、平和共存

浜口さんと脇山さん、2人の勇者が私を倒して平和を掴むその日が実に楽しみです。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

七実のシンデレラ・プロジェクト相談室 in 妖精社

本日のゲストは先日約束した凛です。

いつもは一線引いたようなクールな態度を取っている凛ですが、私とさしで飲むのは初めてなので何処か慣れない感じが初々しくていいですね。

飲むと言っても凛は未成年なので、アルコールが一切入っていないソフトドリンクオンリーにしてもらっています。

良識ある大人であれば、誰も見ていないから、ちょっとくらいならばれないからと御法に触れることを推奨することなどあり得ません。

未成年アイドルの喫煙、飲酒騒ぎというのはいつの時代でもあり、それが致命傷となってこの業界を去っていく少年少女が数年に1人は出てくるのです。

まあ、私はとっくに成人していますので遠慮なくアルコールを飲ませてもらいますが。

通常のジンが5種類前後のボタニカルを使用しないのに対し、このボンベイ・サファイアはそれよりも多く厳選された10種類を使用しており、特有の深く華やかな香りに加えほのかな甘みと清涼感が飲みやすく、あまりジンに慣れていない女性でも気に入ってくれるでしょう。

 

 

「ニュージェネレーションズの方は、どうですか?」

 

 

もう問題はないと思いますが、一応当事者からの言葉で顛末を聞いておきたいので尋ねます。

 

 

「うん、もう大丈夫。3人でちゃんと話し合ったから」

 

「そうですか」

 

 

凛がそう言うのなら本当に大丈夫なのでしょうね。

今のニュージェネレーションズならば、今後再び大きな壁が立ちはだかったとしても、しっかりと話し合ってその壁を乗り越えていけるでしょう。

 

 

「あのさ‥‥1つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「はい、何でしょう?」

 

 

質問してきた凛は、どことなく不安そうで、先程まで澄んでいた瞳には微かな怯えの色が見えます。

今回の件が起きるまであまり接点がなかった凛ですが、こんな姿を見るのは初めてであり、いったい何に怯えているのか皆目見当が付きません。

もしかして、また無自覚のうちに恐怖させるような行動をしてしまったというのでしょうか。

そうでない可能性もあるので、私はボンベイ・サファイアをゆっくり飲みながら内面の動揺を表に出さないよう平静に振舞います。

 

 

「七実さんは‥‥プロデューサーと付き合ってるの?」

 

「んぐっ!」

 

 

全くの予想外過ぎる質問に、危うくボンベイ・サファイアを毒霧のように凛の顔に吹きかける所でした。

そんな事をしては凛に本格的に嫌われてしまいかねませんし、またこの美酒を無駄にしてしまい勿体無いです。

凛も武内Pに恋愛感情を抱いている様子でしたが、こんな質問をするという事はその予想が当たっていたという認識で間違いないようですね。

しかし、アイドルの恋愛は一定の年齢に至りファンから逆に心配されるようになるまで、暗黙の了解としてご法度になっていますが、若く蒼く燃えるこの恋心が抑えを知っているかが問題です。

折角問題が片付いたのに、別の問題が噴出するのは勘弁してもらいたいですから。

 

 

「その反応‥‥もしかして、本当に‥‥」

 

「ちょっと待ってください、お酒が気管に入りましたから‥‥えと、結論から言いますとそのような事実はありません。

しかし、どうしてそんな事を思ったのですか?」

 

 

私と武内Pの関係は仕事上の上司と部下、アイドルと担当プロデューサー等少々複雑ですが、一緒に飲むこともありかなり良好な部類に入るでしょう。

ですが、それはちひろも同じ条件であり、寧ろ無自覚で馬鹿ップル空間を形成する分問い質すのならそちらではないでしょうか。

カカオ分が多めになっているビターチョコを齧りながら、ボンベイ・サファイアを一口飲みます。

前回のストリチナヤと鰊の塩漬け達とのマリアージュには及びませんが、これはこれで悪くない組み合わせですね。

 

 

「だって、プロデューサー‥‥七実さんにだけ頼っているみたいだし」

 

「それは、見かねた私が無理矢理手伝ってるだけですよ」

 

「一緒に飲んでるみたいだし」

 

「それは、大人になると飲みの場でのコミュニケーションも重要なんですよ。特にこの業界では」

 

「じゃあ、七実さんの弟がプロデューサーを実家に招待してるのは」

 

「それは‥‥ちょっと待ってください、何ですかそれ?私も初耳ですよ?」

 

 

そんな衝撃情報、お姉ちゃん知りませんよ。

七花と武内Pが個人的に私の個人的な情報を横流ししたり、アイドルとしての近況を報告したりと密に連絡を取りあって良き交友関係を築いているのは知っていましたが、実家ご招待は初耳です。

余りの驚愕に危うくグラスを落としてしまうところでした。

 

 

「知らなかったんだ」

 

「ええ、というか凛は良く知ってましたね」

 

「休憩時間に偶々そんなやり取りをしてるのを聞いたんだ」

 

 

あの馬鹿弟はいったい何を考えているのでしょうか。

いや、七花の事ですから何も考えていない可能性も大いにありますね。

高校生的なのりの延長線で、最近仲良くなった友人が私の担当プロデューサーだから遊ぶついでに両親に紹介しておこうくらいしか考えていないような気がします。

そんな考えなしの行動の所為で、私が疑われてしまうのですから堪ったものではありません。

後で義妹候補ちゃんに連絡を入れて、軽く折檻してもらいましょう。

 

 

「あえて、もう一度言っておきますが、私と武内Pの間にそのような関係は一切ありません」

 

「そうみたいだね。ちょっと安心した」

 

 

質問する前の怯えは消え去り、表情こそあまり変化していませんが、瞳は希望に輝き、頬も微かに赤みが差していて恋する乙女らしい可愛い顔をしていました。

この初々しくて、もどかしい感じからしてもしかすると初恋なのかもしれません。

今世においては初恋すら経験していない恋愛ポンコツ極まる私ですが、前世での初恋の甘酸っぱい思い出は今も微かに覚えています。

もう相手の顔も声も思い出せませんが、その姿が見られただけで喜びを感じて視線で追い続けた若い頃のときめきは思い返すと恥ずかしいですね。

でも、結局成就しなかったことまで含めて良い思い出だったと思います。

ドライクランベリーの強めの酸味とその後からじんわりと広がる果物の優しい甘味を舌の上で転がしながら、そんな昔の感傷に浸りました。

こんなの私には似合いませんが、偶にはいいですよね。

 

 

「あまりこういったことは言いたくないのですが、アイドル活動中は‥‥」

 

「わかってる。恋愛禁止でしょ?」

 

 

典型的な小言を言われると思った凛が、私の言葉を遮りそう言います。

まあ、そう思われても仕方ないですよね。

 

 

「いいえ、ばれないようにやってくださいね」

 

「えっ‥‥いいの?」

 

「まあ、若さ故に暴走してスキャンダルは勘弁してもらいたいですが‥‥自制内で上手く立ち回るなら構いません。

事実、同じように武内Pに好意を抱いているちひろや楓はそうしてますし」

 

 

大人組がそうやっているのに、若いから暴走してしまうかもしれないからと一方的に禁止してしまうのは間違っているでしょう。

それに大人に注意されたくらいで我慢できるくらい10代後半の恋心というのは単純なものではありませんから、適度にガス抜きさせた方が安全です。

下手に押さえつけて爆発してしまった事例は、この業界で仕事をすればそれなりに耳にする話題ですからね。

思わぬお墨付きをもらった凛は最初こそ驚きで目を見開いていましたが、他にライバルがいると聞かされて闘志の炎を燃やし始めました。

 

 

「ふ~~ん、やっぱりあれは誤魔化してたんだ」

 

 

何だか地雷を踏んでしまったような気がしますが、その被害を受けるのは私ではなく武内Pですから対処は丸投げしましょう。

恋する乙女の追及は一切の妥協がないので大変でしょうが、私はそれに巻き込まれたくないので永世中立国的な対応をさせてもらいます。

ここで変にフォローをしてしまえば、折角否定して外してもらった恋敵認定が復活して凛が恋愛法廷の陪審員になりかねません。

そんなつもりはなかったと真摯に訴えかけたとしても恋愛法廷においては、私の発言は大半が却下されるので一度巻き込まれると面倒くさいのです。

 

 

「武内Pはライバルも多く、鈍感な所もあるので大変ですが、決して悪い人間ではないので頑張ってください」

 

「うん、相手が誰であろうと負けるつもりはないよ」

 

 

初めて出会った時の凛は特に目標もなく何となく生き方に迷っているようでしたから、アイドルであれ、恋愛であれ、夢中になれる何かが見つかったのは良いことでしょう。

何故なら、こんなにも綺麗な笑顔を浮かべるようになったのですから。

そんな凛に武内Pと付き合うならば覚えておいた方がよさそうな、郵便輸送のパイロットを務めたことのあるフランスの作家の言葉を贈るなら。

『愛は、お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、義妹候補ちゃんに連絡をつけて好みのおかずレシピと交換で七花の折檻を依頼し、武内Pの実家ご招待を阻止しました。ですが、後日両親から是非会ってみたいと要請が届くのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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