チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
久しぶりの更新ですが、七実は出ません。
次話以降、番外編を完成次第投稿していく予定です。
今後も不定期になりますが、細々と更新していくつもりですので、お付き合いいただけると幸いです。
生存本能ヴァルキュリア
第14話『宙海を往く』
新型機実験小隊『アインフェリア』は敵性地球外生命体(通称:アウター)との実戦によって確実にエースとしての道を一歩ずつ進んでいた。
リーダーである新田美波は、新型ヴァルキュリアに搭載されていた搭乗者の生存本能に感応して発動するシステム『SIS』を起動させ、アウターの母艦級を中破に追い込み撤退させるという目覚ましい活躍をしている。
そんなアインフェリアに通達された次なる任務は、同じ実験小隊である『ノーザンライツ』と共に特別編成された部隊と合流、先の戦闘で中破に追い込んだ母艦級の行方の調査及び、可能であれば追討とのことであった。
『SIS』の発動によって精神的な損耗の激しい美波の状態を思い、副官である鷺沢文香は反対したが、膨大な物量を背景に太陽系を侵略しつつあるアウターの中でも確認数が少ない母艦級を討つ機会を逸することはできない地球連邦の判断を覆すことはできなかった。
唯一の救いは地球連邦最高司令で対アウター戦を主導する五英姫の1人、川島瑞樹元帥が現場の判断で撤退を許可するという言質を確保し、前衛戦力の少ないアインフェリアの応援に突撃力に長けたノーザンライツを派遣してくれたことだろう。
先の戦い同様に激戦が予測される任務にそれぞれが複雑な思いを抱えながら、追討部隊は光差さぬ暗黒の宙域を進んでいく。
切り拓いていくその先にあるのは地獄か、はたまたそれ以上の何かか、それは神のみぞ知るのだろう。
「美波ちゃん、大丈夫ですか?」
アインフェリアの母艦の医務室、医務官によって1週間強の安静が言い渡されていた美波に偵察結果等を纏めた資料を抱えた文香が訪れる。
宇宙世紀98年現在の技術であれば紙媒体の資料というのは聊か古臭いと言われがちであるが、彼女は紙媒体が持つ特有の手触りや微かなインクの香りが好きで、可能であれば電子データを紙媒体へと印刷していた。
アウターとの10年近くに及ぶ戦争により、格段に向上した再生技術等によって資源的なロスは限りなく少なく済んでいる為、他のクルー達も彼女のちょっとした拘りにケチをつけることはない。
そんな少し不思議な拘りを持つ頼れる副官の登場に、医務官の監視によって必要最低限以外はベッドの上で過ごすことになり暇を持て余していた美波は、やっとそれから解放されると顔を綻ばせる。
美波を監視していた医務官もそれを感じ取ってか、文香に『あまり無理はさせないように』とだけ伝えて医務室を出ていった。
心なしか彼女の足取りも軽いように見えたのは、恐らく美波の監視をする必要がなくなり思う存分に煙草を吸いに行けるからだろう。
煙が身体に害を及ぼさない煙草や煙をすぐさま無害化してしまう空気清浄装置等が存在しているが、それでも地球統一以前からの習慣で分煙というものが根強く残っている。
時代が空から
「うん、もう大丈夫。逆に暇すぎて病気になっちゃうわ」
「そうですか。でも、油断は禁物です」
何かと無茶しがちなリーダーに対して、少しだけ疑いの視線を向けながら文香はベッド近くにあった椅子に腰掛けた。
アインフェリアのリーダーを巡って一度は実機を持ち出してまでの喧嘩になったりもしたが、今ではメンバー全員美波がリーダーであると断言するであろう。
新しいことへの挑戦に対して抵抗が無く、少々冒険気味な所がありもするが、それに助けられている部分もある。
もし、それが行き過ぎているのであれば止めるのは副官である自分の責務だと文香は思う。
「ありすちゃん達は?」
「アナスタシアさん、前川さんコンビとシミュレーターで模擬戦をしています」
「そうなんだ‥‥勝率は?」
ある程度結果は予測できてはいるのだが、美波は一応聞いてみる。
この話題を出した時点でこの質問は想定内であったが、結果を言葉として口にするのが嫌なのか文香の表情が少しだけ歪む。
「私を含めた4対2で1割8分、私を抜いた3対2だとその半分以下ですね」
数で勝る状態での大敗とも言える戦績であるが、これは実戦経験の差と小隊毎に違う機体のコンセプトの違いが大きいだろう。
母艦級の率いる大部隊との戦闘を経験しアインフェリアはエースとして道を進んでいる最中だろう。
だが、前川みくをリーダーとするノーザンライツの実戦投入はアインフェリアよりも半年以上前であり、母艦級のような超ド級アウターとの戦闘こそ未経験であるものの、大型種のいる激戦区いくつも経験している紛うことなきエースなのだ。
そんなノーザンライツの機体コンセプトは『高機動機による突撃・強襲』であり各機多少装備が違えど攻めることに特化した構造となっている。
それに対しアインフェリアの機体コンセプトは『各分野に特化した機体連携による即応性』と5機揃ってはじめて真価を発揮するのである。
美波の機体である『Venus』は指揮官機としての役割と近~中距離においての小型種や中型種の掃討に特化した、相手を後衛まで到達させないようにする重要なポジションなのだ。
また、アインフェリアの部隊構成は前衛2、後衛2、索敵1と後方の割合が多く、只でさえ少ない前衛の片方が欠けた状態で電撃戦の如き突撃を得意とするエース2機を相手するのは難しい。
「まあ、あの2人相手なら仕方ないのかな?」
「実戦経験の差というのは、ここまで大きいものなのですね」
いくら相手がエースだとしても数で勝るのであれば5分の勝負ができるのではないか、という思い上がりを圧倒的な実力差で叩き伏せられてしまえばぐうの音も出ない。
アインフェリア1負けず嫌いなありすは、今現在も完敗しても辛勝しても『もう一戦』と残りの2人を巻き込みながら挑戦し続けているのだろう。
敗北をバネにしてより高みを目指そうとする若さ故の特権は、良くも悪くも社会の荒波を受け流しながら生きてきた文香には眩しいものがあった。
ありすは12歳とアインフェリアの中に限らず、実戦経験のあるパイロットとしては連邦最年少である。
パイロット候補生としては『L.M.B.G』というヴァルキュリアとの適合率の高い10歳に満たない少女達もいるが、彼女達の実戦投入は今のところ予定されていない。
連邦上層部の一部が自身の点数稼ぎに利用しようと極秘裏に計画を進めていたこともあったらしいが、五英姫で最も怒らせてはいけない人物の逆鱗に触れたと最前線送りになったという噂もある。
「それもあるかもしれないけど、天性のものもあると思うよ。特に、アーニャちゃん」
「‥‥確かに、超長距離からビームによる狙撃を何となくで避けるのは実戦経験では片付けられないかもしれません」
機体の索敵範囲外から放たれた光速にもなる狙撃ビームを何となくで回避することができるアーニャは、実戦投入1年未満のルーキーとは思えない程に撃墜記録のばしており一部からは五英姫の再来とも期待されている。
そして、
アナスタシアが生まれながらの天才であるのなら、前川みくは努力の天才であり、その決して折れない強い意志に未成年とは思えない気配り、そして世話焼きの性分と猫のようなあざとさは軍内部で密かな人気があり、ちゃっかり広報誌の表紙を飾ったこともあったりする。
「あの2人と闘うのはいい経験になるだろうから、心配はないかな」
「そうですね‥‥では、現状報告をさせてもらいます」
「うん、お願い」
美波に促され、文香は資料をめくりながら自身も参加した偵察結果についての報告をしていく。
文香の機体『Bright Blue』は『索敵・電子戦特化』である、アウターに対する戦闘能力はかなり低いものの精密索敵範囲250km、最大探知距離1500km以上と一般的な機体を遥かに上回る性能を持っている。
今回の母艦級追討作戦においては、早期発見の為にローテーションは組まれているものの他のメンバー達よりも出撃回数が多い。
ありすはそのことについて追討部隊を指揮する佐藤心大佐の下へと殴り込みをかけないばかりに腹を立てていたが、他のメンバーや文香本人から作戦を安全に遂行する上で仕方のないことだと諭され、一応納得した姿勢は見せている。
だが、文香の体調等に影響が出た場合には、彼女を姉のように慕うありすは今度こそ殴り込みをかけるだろう。
「私の機体で索敵できる範囲にはアウターの反応は発見できませんでした」
「う~~ん‥‥あの損傷具合と撤退ルートから考えて、そろそろ尻尾くらいは掴めて良さそうなんだけど」
「そうですね。落伍したはぐれの1体も発見されないのは少々不気味です」
「最近では遮断能力を持ったステルス型のアウターも見つかってるみたいだけど‥‥文香ちゃんの機体から逃れられる性能はないらしいし‥‥」
人類側がアウターに対抗する為に日進月歩対策を進めているように、長き戦いの中でアウターもその性質をより戦闘向けに進化させている。
最近、発見例が増えつつあるステルス型も旧型量産機や旧型艦の精密索敵範囲外では感知できないレベルに留まっているが、それでも装備の行き渡りにくい辺境警備隊にとっては十分過ぎる脅威であり、今後の成長も考えると無視できる存在ではない。
アウターに生殖機能は確認されておらず、これまでの調査結果から確認されている中で最大級のアウターである要塞級が女王蟻のようにアウターを増殖させていると考えられている。
その際に進化も行われているのではという考察もあり、ステルス型の出現は太陽系付近に要塞級が進出してきているのではないかと示唆されていた。
しかし、要塞級は推定全長700kmと巨大でありその存在を隠蔽することは難しいとも考えられており、地球連邦上層部は捜索隊を編成しているもののその規模は小さい。
居るかもわからない母星級の発見よりも、今は母艦級の追討の方が重要なのである。
嵐の前の静けさのような不気味で漠然とした不安感を覚えながらも、美波は気を取り直す。
「よし、難しいことを考えるのは後にして‥‥文香ちゃん、頼んでたものは?」
起こってもいない未来に怯え続けても仕方ないと開き直った美波は、話題転換というかこちらこそが本題であると言わんばかりに目を輝かせて文香の返答を待つ。
「美波ちゃんは酒癖が悪いので駄目です」
「えぇ~~~っ!ちょっとくらい、良いでしょ?」
ここ数日、娯楽は携帯端末のみで得られるものだけ、食事も内蔵へのダメージを考慮して消化に優しく薄味のものばかりであり、美波の不満は溜まりに溜まっていた。
時折、他のメンバーが差し入れとしてお菓子等の甘味やゲームのデータを持ってきてくれるが、どうしても文香でなければ手に入れられない物品があるのだ。
それが、お酒である。
入隊後に成人をした美波は、その記念として指導教官達に連れられてかなりお高めのバーに連れていってもらい始めてお酒に触れ、そして見事に嵌った。
特にお気に入りなのはジンやラムといったスピリッツ系であり、彼女部屋にはビーフィーターやグレイグースといったお酒がストックされている。
内臓ダメージも考えられるため安静期間中は飲酒厳禁となっており、それが彼女の不満をさらに加速させていた。
勿論、それだけが問題なわけではない。一番の問題点は、酒癖が極めて悪いという事だ。
笑い上戸と絡み酒の合わせ技に加え、かなり惚れっぽくなってしまい異性同性問わず求婚するので『飢婚者』という不名誉な称号まで送られている。
「何時だったか、アナスタシアさんの幼馴染のセガールさんを口説こうとして大変なことになったのを‥‥忘れたとは言わせませんよ」
「あっ、あはは‥‥その節は、どうもご迷惑をお掛けしました」
地球でオフが取れた時に文香は『朝酒というものをしてみたい』という、変な方向への冒険心を出した美波に連れられて、基地近くの早朝からやっている居酒屋で一緒に飲んだことがあった。
文香は基本的に誘われるか宴会の時以外にお酒は嗜まないが、家系的に強かったのか醜態を曝すことはない。
それまで美波と一緒に飲んだことがなかった文香は、人づてに聞いていた悪評を鵜呑みにしてはいけないと自身に言い聞かせ、折角の機会だと喜んで参加した。そして、後悔した。
よもや聞いていた悪評が、誇張どころか美波を慮ってマイルドな表現にされていたと誰が思うだろうか。
『セガール君みたいな人が旦那様だったら、きっと部隊が違うから離れ離れになるんだろうなぁ‥‥
でも、アインフェリアが窮地に陥ったりしたら、軍人の鑑な彼も命令違反を犯して助けに来てくれるの!
そして敵が「何者だ!?」って言うと、「俺か、知りたいなら教えてやろう。地球連邦なんぞはどうでもいい‥‥美波・セガールの夫、ソウスキー・セガールだぁ!!」って答えるの!!‥‥きょほ~~♪』
千鳥足になり、碌に呂律も回っていなかったというのに、好みの琴線に触れた男性が現れて少し会話しただけでこれである。
まだ人類が宇宙に進出していない頃の日本で流行ったライトノベルの肉食系ヒロインですら、もう少し求婚するまでにプロセスを置くだろう。
ちょうど一緒にお買い物に出る所だったらしいアーニャとみくは、全てを飲み込む濁流の如き言葉の連続に呆気に取られていたが、一番災難だったのは酔っ払いの戯言に巻き込まれてしまったセガールである。
時代が許せばアイドルにでもなれたのではないかと思うくらいに整った容姿をしており、無意識で男性を魅了する魔性を兼ね備えている美波は基地内おいて非公式ファンクラブが結成されるくらいに人気があった。
酔っているとはいえそんな基地のアイドルから求婚されたセガールは、嫉妬マスクと呼ばれる平成日本で生まれた『ヒリアジュウ』の戦闘装束に身を包んだファンクラブに追い立てられたらしい。
奇跡的に重なったオフの一時を邪魔されたアーニャは、翌日ノーザンライツの他のメンバーを引き連れて決闘を挑んできたのだ。
結果は手も足も出ないくらいの完敗であったが、この一件を機に2つの実験小隊の仲は良くなってくるので世の中何が起きるかわからない。
「でも、今日はワンショット‥‥いや、ロック1杯で我慢するから!」
「訂正した後の方が量の多い気がするのですが」
「だって、飲みたいんだもん!」
「もんって‥‥」
いつもは沈着冷静で頼りになるリーダーなのだが、どうしてこうもお酒が絡むとお馬鹿になってしまうのだろうかと文香は頭を抱えたくなる。
確かに何かしらの欠点があった方が人間味のあって良いと言われるが、それにも限界はあるだろう。
「ねぇ、良いでしょ?私の部屋からヘンドリクスジンのボトルを持ってきてくれるだけでいいから!」
「そうすると‥‥絶対全部飲むでしょう?」
「‥‥ソ、ソンナコトナイヨ?」
そんなあからさまに上擦った声で否定されても信頼感は零どころかマイナス方向に振れそうなのだが、もしかしてわざと言っているのだろうかと疑いたくもなる。
これは一度、女性としてもっと気を付けるべきことについてお説教するべきではないのか本気で思い始める文香だが、今はこのお酒に魅入られたリーダーをどう諦めさせるかが先決である。
正直、偵察任務よりも疲れそうであるが、アインフェリアの、美波の名誉の為にも退くことのできない戦いがそこにはあった。
◇
「きゃああぁぁ!!」
前衛を務めていた夕美の駆る『Lilac』に特殊散弾弾頭のベアリング弾が降り注ぎ、その動きが止まった一瞬を予測していたかのような、あり得ない速さで詰め寄った青と白を基調とした機体が細身のメイスでコックピットを叩き潰す。
既に両手足の指では足らない程撃墜され、誰1人油断なんてしていなかったというのに反応すらできないあっという間の事であった。
「夕美さん!‥‥このぉ!!」
ありすは自機の右腕部に取り付けられたガトリングから大量のビーム弾を放ち弾幕を張るが、既にアーニャの『Stars shine』の機影は無くなっており、何も存在しない宇宙空間の暗闇を光条が虚しく裂いてゆく。
『in fact』は『重火器による面制圧力』に特化した機体であり、他のヴァルキュリアに比べて重装備である分取り回しが遅くなりがちである。
その為、ノーザンライツの機体や駆逐級といった機動力高い単体相手に接近を許すと対応が遅れてしまうのだ。
しかし、負けん気が誰よりも強いありすはそんな機体の欠点を言い訳にすることなく、自身の操縦技能を磨き、火力や弾幕展開力を損なわずバランスのとれた装備の組み合わせを模索し、その欠点をほぼ克服しつつある。
それでも、五英姫の再来とも言われるアーニャの背中は遠く、捉えることができない。
あまりアーニャの撃墜ばかりに気を取られていると今度はみくが通常弾頭で推進器を吹き飛ばしてくるだろう。
誘導機能がついていない威力重視のバズーカで脆弱な部分を精密な射撃をできる技量は、アーニャの陰に隠れて見落とされがちであるがかなりの脅威である。
みくの方は藍子が狙撃用ビームライフルで牽制をしている為、直ぐには仕掛けてこなさそうではあるが油断はできない。
みくの駆る『Spectacle』はノーザンライツの最速であり、距離があると安心しているといつの間にか詰め寄られ相手の得意距離で一方的に蹂躙されることになる。
アーニャが機体の強力な加速力によって絶妙な静と動を作り出し相手の隙に喰らい付く猟犬であれば、みくは最高速度を巧みに維持しながら戦闘区域を縦横無尽に動き回る猫のようで捉えどころがない。
一見、高機動な部分を除けば正反対とも思える戦闘スタイルなのだが、ノーザンライツのこの
ありすは滑らかに機体を動かし、アーニャの放ったビームマシンガンを回避しつつ左腕のカービンライフルと腰部から延びるように接続された追加テールユニットからミサイルを放つ。
文香の機体によるロックオンサポートを受ければもっと早くミサイルを放つことができるのだが、この2人相手だとそれでも結果は変わらない。
ロックオンを振り切る程の強烈な加速で追跡してくるミサイルから逃走するアーニャだが、常人であればブラックアウトしてもおかしくない加速の中で的確にミサイルを撃ち抜き数を減らしていく。
追撃の弾幕を張りたい所であるが、ありすの機体に搭載される重火器は命中精度がそこまで高いとは言えない為、下手をするとミサイルを撃墜してしまいかねない。
ありすとは真逆のコンセプトである『超長距離からの狙撃』に特化して開発された藍子の『Stroll』が狙撃用ビームライフルを構えて狙撃態勢を取ろうとするが、武装を滑空砲へと切り替えたみくの牽制射撃に妨害される。
勿論、ありすもそれをただ見ている訳でなく、カービンでアーニャへの軽い牽制を維持しつつ、右肩部のランチャーから特殊散弾弾頭のロケット弾とガトリングをみくに対して放ち、藍子から距離を取らせようとした。
一般的なパイロットでは回避を諦めて防御に専念せざるを得ない弾幕を前にしても、みくは恐れるどころか寧ろ楽しそうな笑みを浮かべて最高速度を維持したままあえて弾幕へと突撃をかける。
意図的に集弾性を高めていない毎分8,000発が放たれるビームガトリングの描く光条は、さながら大輪の花火如く美しく、そんな中を潜り抜ける際にモニターに映る景色はとても幻想的でありみくとアーニャは密かに気に入っていた。
「上等です!」
ビームとベアリング弾による弾幕を戦闘続行には何も問題ない最小限の損傷で潜り抜け、自機に対して突撃をかけてくるみくに対してありすは闘志を燃やす。
ネコ科の猛獣を彷彿させる見られただけで恐怖感を覚えるデュアルアイに肌が無意識的に粟立つが、思考をクリアにクールに保つことを心掛け状況を確認する。
アーニャはミサイルを全て撃ち落としたようであるが、効果的な援護を行いにくい距離にまで離すことに成功しており、これで1対1の状況を作ることができた。
彼我の実力差を考えると圧倒的に不利なことには変わりないが、ここで撃墜もしくは致命傷を与えることができれば戦況は大きく変わるだろう。
模擬戦の回数が両手足で足りていた時には、突撃されてしまうとそのまま何もできず撃墜されてしまっていたが、何度も撃墜され敗北の苦渋を味わう度にそれを糧に成長しており、1分前の自分より進化する。
それが最年少パイロット 橘ありすの若さゆえの特権であった。
この瞬間の為に、模擬戦の途中で左肩部の装備をいつものスラッグガンから対近接型用クレイモアに変更しておいたのだ。
いくらノーザンライツ最速であろうと至近距離で初速から音の壁を突き破って襲い掛かるベアリング弾の雪崩から避ける術はない。
気付かれてしまってはこれまでの仕込みが台無しになってしまう為、恐ろしいほど正確に関節部に撃ち込まれようとする滑腔砲を必死に避けながらガトリングとカービンで抵抗を装い最高のタイミングが訪れる瞬間をありすは待つ。
少しでもタイミングがずれてしまえば敗北は必至と分かっており、操縦桿を握る手が汗ばむが落ち着いて呼吸を整えながらみくの挙動を見落とさないように意識を集中させる。
800m‥‥500m‥‥200m‥‥
モニターに表示される距離が恐ろしい速度で縮まっていくが、これではまだ遠い。
最低20mを切らなければクレイモアの殺傷圏内とはいえないだろう。
みくは弾切れになった滑空砲を投げ捨て、機体の膝に収納されていたビームソードを抜き極限まで絞られた薄く青白い刀身を展開する。
欠点として展開中は笑うしかない速度でENを消費していくので、短期決着をつけなければならない。
月光を抜いたという事はみくはこのまま撃墜するつもりであり、つまるところ全てありすの思惑通りに事が進んでいるのだ。
やられ放題で散々だったが、ついに一矢報いてやったという歓喜に頬が緩みそうになるのを内頬を噛みしめて耐える。
喜ぶのは、まだ早い。喜ぶのは撃墜判定を確認してからだ。
引き金を引きたくてうずうずしている指を必死に抑え込み、既に50をきったみくとの距離を見つめて最高のタイミングを計る。
『残念♪』
「‥‥えっ?」
残り30mに差し掛かった瞬間、突然のみくの機体は最高速度のまま宙返りをし脚部をありすへと向けた。
予想外の展開に理解が追い付いていないありすが次に目にしたのは、背部ウェポンラックに掛かっていたバズーカから連射されるHEAT弾だった。
戦場で一瞬でも気を抜いてしまえば、死神は容赦なくその者の命を刈り取る。
そんな当たり前の原則に従い、HEAT弾により搭載火器が誘爆しありすは撃墜され一瞬の輝きとなった。
「‥‥」
ブラックアウトした画面に『撃墜』という文字が示されありすは大きく、そして深いため息をつく。
撃墜前のあの一言から察するに左肩の近接クレイモアの存在はバレていたのだ。
それがいつなのはありすにはわからなかったが、図ったようなタイミングでのバック宙からのバズーカの連射を見る限り、月光を抜くよりも前にはバレていたに違いない。
あえて最強札である月光を見せ札にすることで、自身の策略が上手くいっていると誤認させて自分の戦いやすい状況を作る。
火力による平押しばかりで、そういった駆け引き的なことが苦手なありすには、まだまだ到達できない境地だろう。
今回の模擬戦における反省点をシミュレーターに繋いであるタブレット端末に音声入力し、硬いシートに沈み込む。
今すぐ泣き出してしまいたいくらいの悔しさは感じているが、ゆっくりと深呼吸をして結果からの修正案を考え始める。
泣いてしまえばその時点で頭が鈍ってしまい、次の模擬戦どころではなくなってしまう。
目標である母艦級の発見の報は届いていないので時間はまだまだ沢山ある、泣くのなら部屋に帰ってからでも十分に間に合うのだ。
この不屈の精神に支えられたストイックさと自己の成長に対する貪欲さこそ、橘ありすが最年少パイロットとして選ばれるだけの高い実力を作り上げている。
程無くして模擬戦終了を知らせるブザー音がシミュレーター内に鳴り響く。
みくとアーニャが健在な状態で、只でさえ機体相性の悪い藍子が敵う筈もなく撃墜され、アインフェリア側にまた黒星が1つ記録される。
ありすはパワーアシスト機構が付いていても少々重く感じるシミュレーターのハッチを開け、外に出た。
狭苦しいコックピットを模した密閉空間からの解放感と最新型の空気清浄装置によって森林浴をしているかのような爽快で新鮮な空気が、白熱した模擬戦を繰り広げたパイロット達の気持ちを和らげる。
「はい、アーニャ」
『
快勝したノーザンライツの2人は、パイロットスーツからタンクトップと下着だけの上半身をはしたなくさらけ出し、用意しておいたスポーツ飲料の入ったパックで水分補給を行っていた。
ありすの負けず嫌いの所為で、4時間近く殆ど休憩なしに模擬戦を繰り広げているというのにその顔色に疲れはない。
かつて経験した激戦区での防衛戦では、休憩は弾薬や推進剤を補給する僅かな間のみで援軍が到着するまでの数日間を不眠不休で戦い抜いたこともあるのだ。
これくらいのことでへばっていたら、当の昔に戦死者リストに名を連ねていたであろう。
太陽系全域から逐次送られてくる戦闘データや現場の声を基にして、更に高性能且つ汎用性の高い量産機の開発が進んでいるものの最低万単位で攻めてくるアウターの物量の前に人類は人的資材の消耗を強いられている。
例え撃墜スコアが千を優に超えるエースであろうと、死ぬ時は死んでしまう。
そして、そういったエースを育成するのは容易ではなく、戦況は苦しくなるばかりである。
人類とアウターとの開戦から今日まで生き残っているエース級は少なく、その中で現在も戦場に残っている人間となるとさらに少なくなるのだ。
有名所では女性であれば五英姫、男性であればジャッカルと、いずれも数機で戦況を覆してしまうような超エース級のパイロット達である。
しかし、その絶大な戦力であるが故に地球本土防衛の要として、許可なき
非公式交戦記録としては『
これらの規格外なエース達は置いておくとして、どんな状況下でも休息を取れる豪胆さと疲れ知らずのタフさはエースとしての絶対条件なのだ。
「もう一戦です!」
休憩用ベンチに腰掛け、のんびりモードに突入しているみくとアーニャの前にやってきたありすはシミュレーターを指さしそう言った。
身体が小さく未成熟な分、休息の重要性について説くべきなのではないかとみくは考えるが、不屈の闘志に燃える瞳を見ては勝ち続けている自分達が何を言っても無駄だと悟る。
なので、先程同様に搦め手を使うことにした。
「みく達はいいけど‥‥独断専行のやり過ぎはよくないよ」
「‥‥勝ち逃げする気ですか?」
「そういう台詞はもう少し駆け引きができるようになってからだね。みくが言いたいのは、自分の気持ちも大切だけど、仲間の様子もちゃんと見ないと駄目だってこと」
ベンチの背もたれにだらりとリラックスした様子のみくは、ありすの背後を指さし諭すような優しい声色でそう言う。
因みに、相方のアーニャは水分補給を終え、みくの太ももを枕にして仮眠をとっている。
横になって数秒で眠ることができるアナスタシアであるが、慣れ親しんだお気に入りみくの太ももを枕とすることで睡眠までの時間を1秒未満にまで短縮することができるのだ。
みくに促され、振り返ったありすの表情は次第にばつの悪そうなものに変わる。
「ご、ごめんね、ありすちゃん。すぐ復活するから」
「藍子ちゃん、無理しちゃ駄目だって!」
シミュレータールームの廊下に藍子は座り込んでおり、隣に立つ夕美はそんな藍子をベンチまで運ぼうとするが、こちらも体力の限界が来ているのか微動だにしていない。
実戦経験浅いアインフェリアに4時間連続の模擬戦は、流石に酷だったようである。
ありすは持ち前の精神力で無自覚に誤魔化しているようだが、緊張の糸が切れてしまえばその場に崩れ落ちてそのまま眠りについてしまうだろう。
「一部の例外を除いて私達パイロットは、1人では何にもできない。だから、仲間は大切にしないとね」
「‥‥今日のところは、これで引き下がります。ですが、私はまだお二人に負けを認めたわけじゃないですからね!」
「はいはい」
「次やる時に勝つのは、私達アインフェリアですから!」
子供っぽくて可愛らしい負け惜しみを言い残し、藍子達の下へと駆け寄るありすの小さな背中にみくは思わず笑みを浮かべる。
それは、実験小隊に入ったばかりの向こう見ずだった頃の自分と重ね合わせているからかもしれない。
本来は守られているべき小さな身体で、人類を守る為に必死に背伸びをして戦い続ける。
理由はどうであれ連邦軍に入る際に『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務める』という宣誓を身に刻んでいるであろうが、それでも守ってあげねばと思わされてしまう。
きっと、自分達を庇って逝ってしまった人達も同じ思いを抱えていたのではないかと、守らねばならない存在が目の前に現れて初めて理解できた気がした。
そんな思いを胸に抱きながら、みくは人の太ももで心地よさそうに眠りにつく相方に目を落とす。
「‥‥ん、ん~~?」
耐Gの為に分厚くなっているパイロットスーツに包まれていると、なかなかベストポジションが見つからないらしく意識は夢の世界のまま、頭を擦りつけるように何度も動かしている。
それだけ足掻くくらいなら、わざわざ人の太ももを枕にしなければいいのにとみくは思うが、アーニャに言わせると『みくの太ももは、高級枕より快適です』と豪語し同じノーザンライツのメンバーである蘭子や智絵里にも譲らない。
『
ありすよりも幼く見えるあどけない寝顔を浮かべるアーニャの頭を優しく撫でながら、みく自身も穏やかに訪れた睡魔に身をゆだねた。