チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
本編に出てくることは、恐らく無いと思います。
どうも、私を見ているであろう皆様。
同僚事務員と『サンドリヨン』というユニットを組み、バレンタインデーに行われる特別ライブでデビューを飾る事となったオリ主です。
ようやく原作『アイドルマスター』への介入となるわけですが、既に765プロのメンバーたちはトップアイドルであり事務所も違います。
なので、この世界は原作終了後のifの世界となるわけです。
元々原作について詳細な設定まで覚えていなかったので原作知識なんて当てにならなかったのですが、原作後の世界であるなら尚更でしょう。
原作知識で未来の結果を先取りしたり、抱えている問題を解決したりというオリ主のテンプレート的な行動は、今後一切無いので悪しからず。
さて、世界の説明と言い訳じみた前置きはこれくらいにして、現実世界に戻りましょう。
デビューが決まり、その舞台となるライブまでの時間は1ヶ月を切っています。
本当なら、毎日練習漬けでユニット曲のコンビネーション向上や全体曲のレッスンをしたいところではありますが、アイドルも給料が発生している以上企業に勤める会社員と同じなのです。
つまり、賃金に見合うだけの仕事をする義務が発生し、それには拒否権は存在しません。厳密に言えば、拒否権はありますが
ここまで言えば察しのいい方なら気がついてくれるでしょうが、現在私は仕事で都内にある動物園に来ています。
なんでもアイドルバラエティの撮影で、ゲスト枠にアイドル史上最強の存在として名高い私が何故か選ばれたそうです。
元々アイドルになる気もあまり無く、菜々のように自分のアイドル像に対しての明確なビジョンがあった訳ではないのですが、これは違うとはっきり言えるでしょう。
確かに、アイドルだらけの異種格闘技戦なんてものがあったならば、他のアイドル達に負けることはないでしょうが、それでも私が目指すアイドル像はこんなものではない筈です。
動物園の入口を眺めながらついた溜息が1月の冷えた外気で白く染まり霧散していきます。その儚さですら今は妬ましい。
私がこんな寒空の下で元気もやる気もファンサービス精神も無い動物達を相手し無ければならないというのに、ちひろは暖房が効いて快適な346プロ本社でラジオ出演だそうです。
せっかくユニットを組んでいるのですから私もそっちが良かったです。もしくは、ちひろも道連れでも可とします。
「どうしました、事務員さん?かわいいボクと一緒のロケなのに、溜息なんかついて」
「何でもありませんよ」
「ああ、わかりました。ボクのかわいさに見蕩れていたんですね!
いいですよ、存分に見蕩れていて。僕のかわいさは老若男女、白人黒人黄色人種等にも区別無く通用しますからね!」
今日のロケで一緒に仕事する事になった輿水 幸子ちゃんはその平坦に近い胸を主張しながら、見事なドヤ顔を披露してくれました。
本当に見本のようなドヤ顔ですね。煽り耐性の低い人であれば、癇に障る等の理由で敬遠したり害意を持つ場合もあるかもしれません。
自信過剰とも思えるその姿は、数年後良くも悪くも大人になってから今の自分の姿をネタにされて、どんな行動を取るかが実に楽しみです。
ドヤ顔は別として、輿水ちゃんの容姿は小悪魔系なかわいさで、多感で自意識過剰となる
過ちを認めて次の糧とするのが大人の特権なら、根拠の無い自信で思うままに行動するのは子供の特権なのでしょう。
微笑ましくて、つい頭を撫でてあげたくなります。
「事務員さん!何か反応してくださいよ!
無反応は、かわいいボクに対して効果は絶大ですよ!」
「そうですか、気をつけます」
「素っ気無さ過ぎます!」
いちいち良い反応しますね。こうも楽しい反応をされてしまうと、もっと色々な表情とかを見てみたいと思ってしまいます。
アレですね、小学生くらいの男子が好きな子をついいじめ続けてしまう心理状態というやつ。
当時から最強だった私には無縁のもので、逆にその魔の手から守る方でしたね。お蔭で毎年、数個だけですが同性から本命気味なチョコを受け取る事になりましたけど。
それはさて置き、こういう子供っぽいかわいさが人気の秘訣なんでしょうね。
学生時代なんて疾うに終わったアラサーの私では、もう失われているでしょう。
「大丈夫ですよ、かわいいですから。だから、泣かないでください」
「わ、わかればいいんですよ。まあ、先輩アイドルであるかわいいボクを前にして緊張してしまうのはしょうがない事ですけどね。
後、決して泣いていませんからね!」
「‥‥」
「だから、無反応はやめてください!」
本当にちょろくて、かわいいですね。
娘とか出来たらこんな感じなのでしょうか、見え見えの背伸びが母性本能的な何かをくすぐります。
抱きしめて蕩けそうになるまで甘やかしてみたら、どうなるでしょうか。実際にやると法律に抵触する可能性が高いのでしませんが。
こんな事を考えている間にも、表情を色々と変化させる輿水ちゃんは見ていて飽きそうにありません。
これから予定されている撮影内容の中で、一体どれだけの表情を見せて私を楽しませてくれるのでしょうか。
「輿水さんは、今日の撮影内容をどの程度知っていますか?」
「冬場で元気の無い動物達を元気にしてあげようっていうアイドルと動物のふれあい企画ですよね。
正にボクにうってつけの企画ですよね。かわいいボクの姿を見れば、例え動物だって魅了されてたちどころに元気になるはずです」
「では、その相手となる動物は?」
「えっ‥‥ウサギとかカピバラとかじゃないんですか?」
やっぱり渡された資料をちゃんと全部読んでいないみたいですね。
確かにウサギやカピバラといった小動物系もいますが、ライオンやクマを始めとした大型の猛獣達とのふれあいも予定されています。
そっちは主に私の仕事になるでしょうし、アイドルに傷をつけてしまわないよう細心の注意と配慮はあるでしょう。
まあ、野生でこちらを殺さんと掛かってくる獣ならいざ知れず、動物園で飼いならされ牙の抜かれた観賞動物などに負けることはないですけど。
「何ですか、その笑顔!他に何がいるんですか!
教えてください、またスカイダイビング的なノリでボクは何をさせられるんですか!」
「いえ、私の口からはとても」
「とても、何ですか!何で言いよどむんですか!?
一思いに言ってくださいよ!猛獣ですか!猛獣なんですね!!」
「はい、そうですね」
「はっきり言わないでください!ボクを絶望させる気ですか!?」
あまりの事態に脳の理解が追いつかず言動が支離滅裂になっていますね。
頭を抱えてしゃがみ込んでしまった輿水ちゃんは『う~~、う~~』と唸っています。
恐らく多くの視聴者はこの姿を求めているのでしょう。とりあえず、私物のスマートフォンで撮影。
最新モデルの物というだけあって画像のクオリティも下手なデジタルカメラよりも高く、怯えている様子がはっきりと伝わってきます。
この画像をネット上にばら撒いたらどんな反応を見せてくれるでしょうか。まあ、そんなこと実際にはしませんが、仮定の話です。
「まあ、何とかなるでしょう」
「何でそんな楽観的なんですか!?猛獣ですよ!ライオンや虎とか肉食動物ですよ!」
「人間だってお肉食べますよ。ちなみに、今日のロケ弁当はハンバーグ弁当らしいです」
「そういう話をしてるんじゃないです!かわいいボクが危険だって言いたいんですよ!」
いつもはどちらかと言うとツッコミよりなので、こういうボケに回ることは滅多にないので超楽しいです。
しかし、あまりいじめても可哀想なのでそろそろフォローしておきましょう。
「大丈夫ですよ。輿水さんは直接的には接する事はないそうですから」
「ほ、ホントですか?嘘とか言ったら怒りますからね!」
「はい、これは本当ですよ。万が一に事故とか起こって、傷を負ってしまったら今後のアイドル活動に支障をきたしますから」
嘘は言っていません。輿水ちゃんは檻の中に特別に設営された全方位透明なステージで、猛獣という観客の前で歌って踊るだけですから、直接的な接触はありません。
間接的とはいえ、猛獣たちが間近に迫ってくる姿に対する本能的な恐怖は大きいでしょうが。
輿水ちゃんの怯えるいつもと違うかわいい姿を見せたかったのでしょうが、流石に少々暴走気味な気もします。
私も悪乗りしてしまった所がありますが、やり過ぎましたね
これは武内Pや今西部長にも報告しておきましょう。
「そ、そうですよね!このかわいいボクに傷なんかついてしまったら、世界的な損失ですもんね。
なんだ、番組の人たちもわかっているじゃないですか。まあ、ボクの色んな表情があまりにかわいすぎるから、それを映像に収めたいという気持ちもわからなくはないですけどね」
とりあえず、今回の仕事でトラウマを抱えてしまい、アイドル活動に嫌気が差さないように最大限フォローしましょうか。
子供を守り、暴走した後輩の尻拭いをするのは、大人で先輩である私の役目でしょうし。
これを見越して今西部長も私をこの企画に半ば無理やり気味にねじ込んだのでしょうから。あの昼行灯は、見ていないようで、しっかりと全体に目を配っていますからね。
まあ、彼には今回の件を糧にして成長してくれる事を期待しましょう。
武内Pと今西部長も何やら新しいプロジェクトを企画しているようですから、九杜P達3人には一人前になってもらわないと。
今回の件は、その試金石的なものだったのでしょうが、この様子ではもう少し時間が掛かりそうですね。
「って、聞いてますか事務員さん!」
「はい、問題ありません。後、私の名前は渡ですから、ちゃんと覚えてくださいね」
「は、はい!ごめんなさい!」
事務員アイドルはちひろも同じですので、その呼び方だと区別がつきませんから。
ちょっとだけ強めに言ってみると、輿水ちゃんは気圧されてしまったようです。
別に脅しているわけではないのに、そんな反応をされると少し傷つきますね。
「輿水さん、渡さん、そろそろ準備お願いします」
「はい、わかりました」
「ま、任せてください。かわいいボクはいつでも準備万端ですよ」
そろそろ撮影開始の時間のようですね。
どんな事が起こるかはわかりませんが、恐らく私が対処できないレベルの事態は起こらないでしょう。
対動物特化のチート能力も見稽古済みなので、私の目下最大の敵はこのチート能力でも変えようが無い寒さという大自然からの刺客です。
特撮を除けば初のテレビ撮影の仕事ですし、精一杯頑張りましょう。
さて、私は黒歴史を作らず平和に過ごせるでしょうか。
○
悩みというものは大なり小なりあらゆる存在に付きまとう宿命でしょう。
解決されない悩みは不安を呼び、それが精神的な不調を招き、最終的には肉体的な面にも影響を与えてくるので無視できるものではありません。
しかも悩みというのは千差万別で、人が違えばその程度も変わってくるから厄介です。
例えば夕御飯がないという悩み1つをとっても、たまたま一食食べ損ねただけならそれほどの悩みではないでしょう。しかし、金銭的な問題で連日満足な食事をとれていないのであれば致命的な悩みとなるでしょう。
少々暗い話になりましたが、このように悩みというものは決して個人の杓子定規で測れるようなものではなく。
例え自身にとってはくだらないような悩みであっても、相談されたなら真摯に答える必要があると思うのです。
『だからね、俺思うんっすよ。本当にこのままでいいのかって、もっとこう、野生的で大きな事ができるんじゃないかって』
それが、若者特有の自信過剰状態に陥ったライオンの悩みであっても。
見稽古によって動物と会話できる私は、最初は育児に疲れ気味の母ライオンの相談を受けていたのですが、いつの間にかこの子ライオンの相手をする事になっていました。
もう少しで1歳の誕生日を迎えるらしい子ライオンは、顔立ちは幼いものの脚はがっしりとした凶器となりえる猛獣らしさを既に備えています。
この脚で本気で引っかかれたら一生物の傷跡が残りそうです。
『ママは、馬鹿なこと言ってないで他の兄弟と遊んで来いって言うんですけど、そんな子供っぽいことしたくないんっすよ』
ライオンにも中二病的な時期って来るんですね。動物学会とかで発表したらどうなるでしょうか。
しかし、子供っぽいことをしたくないといいながら、座った私の太股の上に顎を乗せているのは言動が一致していないと思うのですが。
少し離れた場所で輿水ちゃんの入った特設ステージに群がる他の兄弟をあやしていた母ライオンと目が合い、申し訳なさそうに頭を下げてきました。
どうやらこの子ライオンは兄弟一の問題児なのでしょう。
まあ、1匹だけこんな行動を取られては、他の兄弟たちの面倒を見なければならない母親にとっては負担となるに違いありません。
『聞いてるっすか、姐さん』
「はいはい、聞いてますよ」
『どうしたらいいんっすかね?』
現実を見ましょうか、という残酷な答えはこの子が求める答えではないでしょうし、本当にこっちがどうしましょうか。
檻の外の安全な位置から撮影しているスタッフからは、何かしらのアクションを求めるカンペが出ていますし。
輿水ちゃんは何故か群がってくるライオンたちに怯えて今にも泣きそうですし、番組的にも何かしらの見せ場的なものが欲しいのでしょう。
「とりあえず、何かやってみたいことはありますか?」
『やっぱり野生的な大人がするって言えば狩りっしょ!ママがご先祖様からそう聞いたって言ってたっす!』
少し鼻息を荒くしながら力説する子ライオン。
動物園生まれの動物園育ちは知らないでしょうけど、野性のライオンで狩りをするのは雌だけですよ。
それは置いておいても、やはり自分がどんなに恵まれた生活をしているのか理解していないようですね。
野生のライオンの狩りの成功率は低く、文献等によって多少の誤差は生じるでしょうが50%を確実に下回っていたでしょう。
厳しい野性の世界では狩りの失敗=食料が無いという事に直結し、飢えに苦しむ事になります。
それに大型肉食獣であるライオンの空腹を満たすためにはウサギなどの小動物の肉では到底足りないため、必然的に大型の草食獣が対象になります。
草食獣たちも狩られる=死に直結するわけですから、正に死に物狂いで逃げたり、反撃してきたりします。
草食獣の強靭な脚から繰り出される蹴りは強力で、いくら百獣の王と呼ばれるライオンであったとしても当たり所が悪ければ致命傷となるでしょう。
微温湯のような平和な世界に浸っていると刺激的な世界に憧れてしまう気持ちはわからなくも無いですが、本当に常に極限状態で生きる事になる野性の生活を本当に望んでいるのでしょうか。
『姐さん、獲物をやって欲しいっす。俺が華麗に狩ってみせるっすから!』
子ライオンは、私から少し離れた位置に移動し、今から襲い掛かるぞという雰囲気を漂わせながら戦闘態勢をとります。
人類の到達点である私を相手にして、大した自信ですね
人生経験が圧倒的に足りていないため、彼我の力量差を測りきれないは仕方ないとは思いますが。
蛮勇が過ぎれば、憧れる野性の生活では即殺されてしまいますよ。
ここは少し現実を教えてあげるべきでしょうか。
『行くっすよ!』
そう言って子ライオンは私に飛び掛ってきます。
フェイントも何も無い、肉体をフル稼働させて動物の弱点となる首を狙った最短距離での噛み付き。
なるほど、牙を抜かれているとはいえ百獣の王の血を引く生物。微かに残った野性的な本能がそれを成しているのでしょう、悪くない攻撃です。
輿水ちゃんやスタッフが突然の事態に悲鳴をあげます。
まあ、傍から見ていたらいきなり子ライオンが座っているアイドルに対して襲い掛かったように見えるのですから当然でしょう。
しかし、私にしてみれば何も考えずに繰り出された攻撃なんて脅威にすらならなりません。
首を少しだけ傾げて噛み付きを回避し、子ライオンの首根っこを掴みます。
「はい、残念」
『えっ?』
必殺と思った一撃が簡単に回避され、自身が首根っこを掴まれている現状を頭が理解できないのか子ライオンは呆然としています。
騒いでいた周囲も静まり返っていました。そんな中でもカメラマンだけは私のほうにカメラを向け続けていたので、そのプロ根性には敬服します。
子ライオンを降ろしてあげたのですが、よほどショックが大きかったのでしょう。茫然自失状態で地面を見て固まっています。
『ウソっす‥‥こんなのウソッす!今まで俺の噛み付きを避けれたやつなんていなかったっす!
他の兄弟だって、ママだって、みんな!みんな!』
母ライオン、甘やかし過ぎです。
今後交配の関係で、この動物園から移ることになる可能性があるのですから、上には上がいることを教えておかないと後々苦労しますよ。
特に上下関係が厳しい動物社会なら、尚更に。
『他愛無し』
どこかでこの様子を見ていたのか、檻の隙間を器用に潜り抜けて一羽の烏が私の肩に止まりました。
つい先日も私の部屋のベランダにいた烏の一羽で、嘴に大きな傷があるのが特徴です。
あまりにもゴミ漁りが酷いので、捕まえて少し教育してみたら私に付き従うようになりました。今では、私のマンション周囲半径十数kmを統括するまでになったそうです。
『なんっすか、お前!』
突然現れた烏にようやく正気に戻った子ライオンは、再び距離を取り戦闘態勢を取ります。
目標は私で無くカラスの方に移ったようですが。
『彼我の力量差もわからず、親方様に挑もうとは愚の骨頂。このような愚物が、かの百獣の王の血統に名を連ねるものであるとは、時の流れとはなんと残酷な事か』
『ハァ!?喧嘩売ってんすか!!』
『喧嘩?何故、愚物如きにそんな労力を払う必要がある?』
『言わせて置けば!降りてくるっす!噛み砕いてやるっすよ!』
『弱い獣ほどよく吼えるというが、それは誠だな』
『何だとぉ~~!!』
私そっちのけで舌戦を始める烏と子ライオン。
動物の言葉がわかる私には全ての流れがわかりますが、そうではない周囲からすればカーカー、ガウガウ鳴いているようにしか見えないでしょう。
怒りで毛を逆立てる子ライオンとそれを歯牙にも掛けない烏。このまま放って置くと面倒事に発展してしまうでしょうね、確実に。
「落ち着きなさい」
なので、とりあえず落ち着かせる事にします。ちょっとだけチートを使って。
漫画でよくある絶対強者が自身の気迫で、部下や敵に膝をつかせるアレです。
最初は冗談半分だったのですが、やってみると実際に出来てしまい、直接的な攻撃手段を取らずとも相手を制圧できるので何かと絡まれがちだった高校生時代に重宝しました。
原理としては、厳格な上司や教師に怒られる際に緊張や焦り等で吐き気を催したり、身体に震えを生じたりした経験が誰にも一度はあると思いますが、それが少し強力になっただけです。
『御意』『えっ‥‥うえっ、おえっ』
教育する際に何度か同じ事をしたことがある為烏の方は余裕そうですが、初めて受ける子ライオンはえずいていました。
檻の外からも何かを倒したり、落としたりする音が聞こえてきますから、久しぶりすぎてどうやら加減を間違えてしまったようです。
『親方様の威光は、愚物とはいえ百獣の王の血統を屈服させますか。流石でございます』
肩に乗っていた烏は音も無く滑空し、私の前に着地すると深々と頭を下げ平伏しました。
いや、そんな態度をとって欲しいわけではないのですが、弱肉強食の摂理が当然な動物世界では強さを示すだけで配下になろうとする輩が多すぎます。
このチートの元となった少女は、犬やハムスターをはじめとしワニや蛇といった爬虫類とも家族の絆を結べているのに、私が同じ能力を使うと武家社会のようになってしまうのでしょうか。
そんなことを考えていると母ライオンが私の元にやってきました。
『子の不始末は親の責任。わたくしの命1つで、どうか御慈悲を』
そう言って仰向けに寝そべってお腹を晒します。いわゆる服従のポーズというやつですね。
犬や猫が私にしてくるのは飽きるほどに見てきましたが、やはり同じネコ科の動物であるライオンも同じなんですね。勉強になりました。
と現実逃避をしている場合ではありませんでした。命1つで慈悲を願うって、動物達には私がどんな暴君に見えているのでしょうか。
いりませんからね。そんな決死の覚悟で慈悲を願う自己犠牲精神なんて一切いりませんよ。
「いりませんよ。貴女がいなければ、誰がこの子達を導くんですか」
『寛大な御処置を賜り、感謝致します』
晒されたお腹を撫でながらそう伝えると、母ライオンは震える声でされるがままになりました。
自慢ではないですが、私の撫でスキルは有名トリマーや調教師等の映像から見稽古したものですから、一般的な撫でよりも数段気持ちいいはずです。
その証拠に母ライオンの声が次第に切ないものに変わってきました。
「君も、お母さんの言う事をちゃんと聞かないと駄目ですよ」
『は、はいっす!』
「いい返事ですね」
子ライオンも烏の隣に平伏し、されるがままになっている母ライオンの方を見て羨ましそうにしています。
もう少し反省したら、撫でてあげましょうか。
とりあえず、母ライオンの悩みも解決したでしょうし、番組的にもそこそこの見せ場はあったでしょうから、これでいいでしょう。
一件落着、快刀乱麻、飴と鞭
このライオン親子の今後が平和でありますように。
○
「お疲れ様でした。渡さん」
「はい、武内さんもお疲れ様でした」
私と武内Pはスコッチの注がれたグラスを軽く打ち合わせます。
いつものメンバーであれば、とりあえずビールの特大ジョッキで後はご随意にとなるのですが、今日は武内Pと2人なので偶にはこういった静かなお酒の飲み方も悪くありません。
もはやお約束となった妖精社。今日は、少々遅くなりましたが特撮の時の約束を果たしにきました。
今日はちひろに仕事が入っているため練習は休みで、武内Pも丁度空いていたので良いタイミングでした。
マスタードのフレッシュさを持ち、海そのものの味を感じる事ができるといわれるこのクライヌリッシュは、どんな場面にでも合いそうでなかなかに癖になりそうな味わいです。
わざわざ取り寄せているという、クライヌリッシュの蒸留所があるブローラという街を流れるブローラ川の鮭を使った燻製が同じ空気、同じ水で作り上げられたお酒に合わないはずも無く、互いが互いを高め合い完璧な味のハーモニーを奏でます。
この五感を全て試されている味の緊張感は、なかなかに心地良いですね。
「‥‥美味しい」
普段はあまり料理に関して感想を言ったりしない武内Pでも、思わず言葉が漏れてしまうほどこの組み合わせの力は凄いものです。
こんな美味を前にしては言葉を交わすことすら無粋になりそうで、しばらくの間私達はこの絶妙な組み合わせに没頭しました。
「デビューの件では迷惑を掛けました。大変だったでしょう?」
酒も鮭も味わいつくし、少し落ち着いてきたところで私から口を開きました。
色々考えたうえでのお願いだったとはいえ、私のわがままのせいで武内Pは上層部や昼行灯達と交渉する必要があったでしょう。
その大変さは先輩である私にもよくわかりますから。
「いえ、渡さんには普段からお世話になっていますから、これくらいは問題ありません」
「そうですか」
「はい」
だから、なんでそんなに好感度が高いんですか。しかも普段からお世話になっているって、何もしてませんし。
武内Pの中のお世話になったというのは、いったいどのレベルからなのでしょうか。
否定すると、何だかまた訳のわからないところで好感度が上昇してしまいそうなので素直に受け取っておきましょう。
それでもこそばゆさが拭えず、少しだけ身体を動かすと手に持ったグラスと中の氷が接触しカランと独特の音を立てます。
「しかし、こうして武内さんと2人で飲むのは初めてかもしれませんね」
いつもはちひろが一緒で無自覚馬鹿ップル空間の餌食となっていましたから。
こうして2人っきりで飲むのは、私の記憶の中では最初のはずです。といいますか、父や弟といった家族を除いて男性と2人で飲むのは前世+2X年生きた人生の中で初めてかもしれません。
そう考えると無駄に緊張してきました。
ちひろが居るいつもなら2人のやり取りを傍観者気取りで耳を傾けつつ、適度に会話に入ればいいのですが今回はそれも無理そうです
仕事以外の内容で、男性と話す時ってどんな話題が最適なんでしょうか。
あらゆる分野において高レベルの性能を発揮してくれる見稽古ですが、コミュニケーションに関してはあまり効果がありません。
物怖じせず話すスキル、よく通り記憶に残る声を出すスキル、滑舌良く話すスキルと色々あるのですが、話題作りに関してはスキル認定されなかったようです。
「そうかもしれません」
沈黙が気まずい。
武内Pは自分から話しかけることが苦手でしょうから、ここは先輩である私が何とかフォローしなければなりません。
とりあえず、舌の滑りをよくするためにスコッチをもう一口。
焦って飲んだためか、少し唇の端に残ってしまったので少しだけ舌を出して舐めとります。行儀が悪いのは承知ですが、これを零してしまうのはあまりにも勿体無いので。
視線を感じ武内Pの方を見ますが、目を逸らされてしまいました。行儀の悪い真似をしたのを見て見ぬ振りをしてくれるということでしょう。
顔に血が集まってくるのがわかります、今鏡を見たらきっと真っ赤になっているでしょう。恥ずかしさを誤魔化すように笑ってみましたが、焼け石に水です。
フォローしようと思っていたのに気を使わせてしまいました。
しかし、武内Pの顔が若干赤くなったような気がしますが暖房がきついのでしょうか。
私はやや寒がりなので、今の温度が丁度いいのですが。
「武内さん、暑いですか?顔が赤いですけど」
「‥‥いえ、大丈夫です」
「本当ですか、遠慮せずに言ってくれて大丈夫ですよ」
「本当に大丈夫です」
「そうですか」
本人がこう言っているのに、これ以上追求するのはよろしくないでしょう。
藪を下手に突いて蛇以上の何かとかが出てきても、今の状態ではうまく対処できる自信はありませんし。
とりあえず、この恥ずかしさを少しでも紛らわせるために何か話しましょう。この際話題は二の次です。
「そういえば、もうすぐバレンタインですね」
困ったときのイベント系のネタです。
「はい、渡さんと千川さんのデビュー日でもあります」
確かにそうですが、そういう意味で言ったわけではないんです。
車輪と化してしまい一層仕事人間になってしまった武内Pに、このネタを出せばこう返ってくるのは想定済みでしたが、男性ならもう少し別の事も気にするのではないでしょうか。
ほら、甘くて茶色い何かの数とか、誰から貰ったとか。
「そうですけど、今はライブとは別のバレンタインの話にしましょう。今くらいは互いに仕事の事を忘れても罰は当たらないと思いますよ」
「すみません、仕事の話ばかりで」
「構いませんよ、武内さんがそういう人だということは知っていますから。私の言い方も伝わりにくいものでしたし」
いつもの癖で右手を首に回す武内Pを見て慌ててフォローを入れます。
焦っているとはいえ、さっきからどんどん墓穴を掘って言っているような気がするのですが、勘違いでしょうか。
とりあえず、口を潤すために何か頼みましょう。
オススメにアルマセニスタのアモンティリャ-ドがありますから、これにしましょう。
アルマセニスタのシェリー酒なんて滅多に飲めないでしょうから、この機会を逃すと次は無いでしょう。
店員を呼び、注文を伝えると店員は少し驚いたような顔をして武内Pの方を見た後、意味ありげな笑みを浮かべて店の奥へと戻っていきました。
いったい、あの笑みはなんだったのでしょうか。
「話を戻してバレンタインですが、今年からは色々とお世話になるでしょうからリクエストがあれば答えますよ?」
「‥‥‥」
「武内さん?」
どうしたのでしょうか、武内Pは私の顔を見たまま固まっています。
その表情は戸惑いや葛藤といった感情が浮かんでおり、私が店員に注文をする短い間に何かあったのでしょうか。
少し息も荒くなっているようですし、酔いが一気に回ってきたのかもしれませんね。
クライヌリッシュはそこそこの度数がありますし、あの最高の組み合わせによって、いつも以上にハイペースで飲んでしまった感も否めません。
私は一切酔いませんが、少し強いくらいの武内Pが同じペースで飲んだのならそうなってもしかないでしょう。
「気分が悪いなら横になりますか?」
「い、いえ‥‥問題ありません」
傍から見てそう思えないから聞いているのですが。
男の子には、無駄に強がってしまう意地というものがありますから、例え気持ち悪くなっても素直に言い出せないのでしょう。
素直に見えて、こういう所だけは頑固なんですから。本当に、困ったちゃんですね。
「‥‥渡さん」
「はい?」
「その、何ですか‥‥渡さんは、お酒にお詳しいのですか?」
何とも急な質問ですね。
お酒に詳しいかといわれると微妙なラインです。
今まで飲んだ中であれは美味しかった、不味かったくらいは語れるでしょうが、そのお酒に隠された歴史や背景とかになると殆ど知りません。
種類と銘柄だけなら、酔わない身体の強みを生かして色々と飲み歩いた事があるので普通の人以上には知っているでしょう。
それが何だというのでしょうか。
「そこそこですよ。ここの常連ですから、普通の人よりは知っているほうかもしれませんが」
「そう、ですか‥‥」
何だか今日は一段と歯切れの悪い言い方をしますね。
私がお酒に詳しかったら、何か困る事があるのでしょうか。
詳しく問いただすべきか悩んでいると頼んでいたアモンティリャードが届いたので、この件はいったん保留にしてお酒を楽しみましょう。
金色がかった琥珀色は宝石のようで、見ていて飽きない輝きは目を楽しませてくれます。
香りの方は、甘いけど決してくどさを感じさせない優しい花の香りをしており、飲む前からこのシェリーの美味しさを主張してくるようです。
風味豊かで芳醇でやわらかい味わい、甘い香りからは予想できない辛口で、一般的なほかのシェリーとは一線を画する逸品でした。
あまりの完成された美味しさに、思わず感動と満足感からの溜息が零れてしまいます。
「‥‥どうしました?」
「い、いえ、何でもありません!」
武内Pが声を荒げるとは珍しい。それ程気分が悪いのでしょうか。
それとも、このアモンティリャードを一口飲みたいのでしょうか。
「一口、飲みます?」
「‥‥す、すみません。少しお手洗いに」
「はい、お気をつけて」
まだ半分近く残ったグラスを差し出してみると、武内Pは顔を真っ赤にして個室を飛び出していきました。
どうやら一口欲しかったわけではなく、本当に限界だったようです。止めを刺してしまったようで、申し訳ないです。
とりあえず、戻ってくるまで少し時間が掛かるでしょうから、ゆっくりとこのシェリーを味わうとしましょう。
この幸せな気分をある、お酒のキャッチコピーを少し改変して述べさせてもらうなら。
『私、アイドルなんて酔わなきゃやっていけません』
それから数日後、女性がシェリーを頼む意味を知って、顔を真っ赤にして自宅を転げまわる事になり。
武内Pとかなりぎこちない日々を過ごす事になり、何かあったと察したちひろに事の仔細を語るまで絡まれ続け、修羅場っぽくなってしまうのですが、それはまた別の話です。
人物紹介
武内Pの後輩にあたる、新人プロデューサーの同期3人組