チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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本当は本編を投稿する予定でしたが『君の名は。』をみて入れ替わりネタをやりたくなったので、また番外編です。
ご了承ください。

時系列的には、アニメ2期終了後となっています。


番外編13 if 入れ替わり生活が始まるや否や、そこに危険がある

どうも、私を見ているであろう皆様。

漫画やアニメでシーンを転換する際に古来より使われている展開として『目を覚ますと、そこは知らない天井だった』というものがありますよね。

主人公が見覚えのない場所で目を覚ましたという事により、その前まで続いていた流れが断ち切られ、空白の期間に何があったのだろうかという疑問と新しいことが起こるのだろうという予感に心が躍るものです。

ですが、それはそんな状況に関して一切の責任を負うことなく観覧することができる傍観者であるからでしょう。

実際に自身がその当事者になってしまうと、心躍るどころかその状況に至る寸前まで何をしていたのかを思い返したり、現状把握で精一杯だったりとそんな余地は一切ありません。

身体もいつも以上に重いですし、色々違和感が酷いです。正直、全く違う身体に作り替えられてしまったような感じです。

寝る前までの記憶を思い返しても、今見えている天井に関係しそうなものはありません。

とりあえず、思い切って身体を起こしてみますが、視点がいつもより高くて寝具もいつも私が愛用しているものではなく、あまり手入れがされていない飾り気が皆無な安っぽい寝具であり、ここからこの部屋の主は睡眠というものを軽視しがちであると判断できるでしょう。

部屋の中も物が少なく必要最低限しか置いていないようであり、持ち主はこの部屋に安息の場所ではなく休憩所程度の意味しか見出していないに違いありません。

そして、今更ながらかもしれませんが視界端に映る手から、この身体が私のものではないことが確定しました。

虚刀流を含む数々の鍛錬で一般的な女性よりも柔らかさ等で劣る部分がありますが、そうであってもここまで武骨で大きな手ではありません。

さてさて、いったいどういう事でしょうか、神様転生を果たしている身なのでちょっとやそっとの事では驚かない自信があったのですが、これは正直予想の範疇を越えています。

見稽古も失われているようですし、人類の到達点であるチートボディを前提とした数々のチート技能は使えそうもありません。

正確に言うならば使えないこともないですが、その反動によってこの身体に多大な負担をかけかねないでしょう。

誰のものかも知れぬ身体ではありますが、だからと言って乱雑に扱って良いという事にはならないでしょうから。

視線を落とし、身体を確認すると衝撃的な光景が広がっていました。

 

 

「ない‥‥そして、ある‥‥」

 

 

なんということでしょう。どうやら、私は男性と入れ替わってしまったようです。

いや、手を見た時点である程度の予想はついていましたが、それを実際に認識してしまうと衝撃を受けますね。

精神的な部分のチートは魂レベルで刻まれている為か失われていないので、感情を排して理に従うという心構えのお蔭で混乱はありません。

ですが、生理現象だとしても見事に起立したマッキンリーは精神衛生上よろしくはありません。

マナスル並の七花程ではありませんが、平均的な日本人のサイズを上回っているのは間違いないでしょう。

これ、冷静に考察なんてしていますが、やっている行為は変態以外の何物でもありませんよね。

確かに男女で入れ替わった場合に身体的な構造の違いに興味を覚えるのは、お決まりのパターンではありますがこれ以上はまずいでしょう。

考えが下方面に進んでしまわないように意識を切り替えながら、ベッドから降りて洗面所を探します。

一人暮らし用のマンションの一室なのか、シンプルですがデザインも良く相応の家賃を納める必要があるでしょう。

よく確認はしていませんでしたが、簡素な部屋の中で唯一整頓が行き届いていなかった机の上には仕事用の書類と思われるものがいくつもありましたから、この身体の持ち主はなかなかのエリートさんなのかもしれませんね。

身体も長らくちゃんとした運動をしていないようで錆びついてしまっているようですが、学生時代に何かを齧っていたのかそこそこの筋力量はあるようです。

もし、この入れ替わりが続くようであれば最高のパフォーマンスを発揮できるように研ぎ直してあげるのもいいかもしれません。

そんな不確定すぎる未来予想図を描きながら、洗面所で備え付けの鑑で顔を確認します。

 

 

「何と‥‥」

 

 

洗面所の鏡に映る男性の顔は、私の良く見知った人物のものでした。

初見では相手に威圧感を感じさせる目つきの悪い仏頂面、うちのマスコットキャラクターである『ぴにゃこら太』に似ていると一部では言われていますが、あちらの方が愛嬌があるでしょう。

先程思わず言葉を漏らした時に、何かひっかかりを覚えたのはこの身体が武内Pのものだったからなのですね。

実は私を驚かす為に皆が画策した盛大なドッキリであり、これも顔を洗えば落ちてしまう特殊メイクか何かではないかと思い顔を洗ってみましたが、何も変わりません。

まあ、寝ていたとはいえ私の感知スキルの警戒網を抜けてそんなことできる人間が居るとは思えませんし、それであれば見稽古が失われていることに説明が付きませんから。

身近な人間と入れ替わってしまうというのもネタとしては王道展開を爆走するものではありますが、本当に勘弁してほしいですね。

しかし、入れ替わった先が解れば対応も容易になります。

水の滴る顔をタオルで拭い、ベッドのあった部屋に戻りスマートフォンを探しました。

枕元で充電されていたスマートフォンを手に取り、少し斜めにして皮脂の跡と記憶にある武内Pの指の動きからロックナンバーを推理してロックを解除します。

そして、自身のスマートフォンの番号を入力して発信しました。

規則正しく繰り返される発信音が数度続いた後、突然通信が途絶された無情な音が聞こえてきます。

これは何かしらあったのかもしれませんね。念の為に固定電話の方にも掛けてみましょう。

 

 

『‥‥はい、もしもし』

 

 

長い発信音の後にようやく繋がった電話の向こうから聞こえてきたのは、間違いなく私の声でした。

普段自分が話している時に聞こえるものとは若干違う感じはしますが、そこは自己認識との差なのでしょう。

声から伝わってくる緊張している様子から、通話している相手は私と入れ替わってしまった武内Pであると確信します。

 

 

「単刀直入に聞きます。貴方は武内Pですね?」

 

『‥‥はい』

 

 

絞りだすようにして出てきた言葉には、未だ混乱の色が隠しきれていません。

非常時において人格や感情を切り離して、問題解決の為に理に従うことのできる精神構造を持った人間なんてそうそういないでしょうから仕方ありませんね。

特に武内Pのような堅物で融通の利かない人物であれば、尚更でしょう。

だからと言って、問題解決への努力を疎かにしていいわけではありませんので、余裕がある私が主導するしかありません。

 

 

「となると、私達は入れ替わってしまったという事が確定したわけですが‥‥何か身に覚えは?」

 

『ありませんね』

 

「ですよね」

 

 

人類の極限に位置しているという自負のある私ですが、こういった超常現象(オカルト)は門外です。

そういったことに詳しそうな白坂ちゃんや鷹富士さんであれば何かわかるのかもしれませんが、それは今後の方針次第ですね。

黙ったままでいるというのは不可能に近いでしょうが、徒に広めるのは悪手以外の何物でもありません。

特にちひろを筆頭とした恋愛法廷面子にばれたら面倒くさいことになるのは間違いないですし、法廷面子には入っていませんが懸想しているアイドルは何人かいます。

完全な無自覚なのでしょうが、いったいどこまでフラグを立てる気なのでしょうね。

節操がないと言われるハーレム系の主人公ですら、もう少し自重という言葉を知っていますよ。

 

 

「さて、これからどうしましょうか?」

 

『専務や今西部長には相談した方が良いかと』

 

「なるほど」

 

 

確かに大きな騒ぎを起こさずに事態を収束させるには、相応の影響力を持った人間の庇護下に入るのが一番でしょう。

芸能部門を統括している美城専務であれば、何かしらの事例という形である程度落ち着くまでの時間稼ぎをしてくれるでしょうし、昼行燈は言わずもがなその独自の交友関係から有効な対策手段を見つけてくれるかもしれません。

正直に言うとあの2人、特に昼行燈に借りを作ってしまうと後でどんな無茶な要求をされるかわからないので避けたい所ですが、選り好みできる状態ではないので背に腹は代えられないでしょう。

 

 

『渡さん‥‥1つお聞きしたいのですが‥‥』

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

必要なことは臆面無く伝えてくる武内Pにしては歯切れが悪いですね。

もしや、身体を触ってみたり、色々確認してみたりしてしまったのでしょうか。

現状把握の為に必要な措置ですし、触っているのは第三者ものではなく私自身の手ですから問題ありません。

それに王道展開としてはもっと女性らしい身体つきをした美少女と入れ替わったからこそその身体に触ることに役得感が生まれるわけで、筋肉で構成された私のチートボディなんて触れてもそんな感情を抱くことはできないでしょう。

 

 

『普段、日常生活をされるにあたって、力加減等どうされているのでしょうか?』

 

「どういうことですか?」

 

『本来なら連絡が取れた時点で謝罪するべきことでしたが‥‥申し訳ございません、渡さんのスマートフォンを壊してしまいました』

 

「なんと‥‥」

 

 

あの通信途絶の裏ではそんなことが起きていたのですね。

武内Pは心底申し訳なさそうに謝ってきましたが、このような超常現象が起きているのですからこの程度は割り切りましょう。

こんなこともあろうかとデータのバックアップは定期的に取っていますから。

しかし、スマートフォンを破壊してしまうとは、もしかして入れ替わってしまったことで普段自身に課しているリミッターがすべて解除されているのでしょうか。

だとすれば、チートボディが扱いづらいじゃじゃ馬と化しているでしょう。

一般人の認識から私のチートボディを動かそうとするのは、軽自動車で運転に馴れたドライバーがF1で世界記録更新を目指すようなレベルですから。

 

 

『それに五感が鋭すぎて、酔ってしまいそうです』

 

 

私の秘密(チート)についてばらしたくはないのですが、このままでは武内Pは何もできないでしょうから緊急措置としてリミッターの掛け方だけでも教えておくべきでしょう。

 

 

「‥‥とりあえず、対処法を教えますから落ち着いてください」

 

『はい』

 

 

そう言われて簡単に落ち着けるのなら誰も苦労はしないので、波紋法等の様々な呼吸法をしてみるように勧めます。

身体能力系チートは身体の方が覚えているのか、やり方を教えるとすぐにできるようになりました。

元々は私の身体なのですが、教え甲斐が無くて面白みに欠けますね。

自身の規格外さ加減は自覚しているつもりでしたが、こうして第三者視点で認識できるようになるとまだまだ隔たりがあったのだと痛感します。

反省は元の身体に戻った時にしましょう。今は、武内Pにリミッターの掛け方を教えるのが先決です。

 

 

「では、これくらいで十分だと思える程度を想像してください」

 

『‥‥はい』

 

「できたら、それでどんなイメージでも良いのでそれをがっちりと固定させてください」

 

『はい‥‥これは!?』

 

 

驚愕しているようですから、リミッターを取り付けることには成功したようですね。

そうしないと話も進まないので上手くいって良かったです。

 

 

「大丈夫そうですか?」

 

『はい。これなら何とかなりそうです』

 

「では、これからについて少し話し合うとしましょうか」

 

 

さてさて、この入れ替わり生活が平和に進むように色々頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、最初に聞いた時には何の冗談かと思ったけど、どうやら本当みたいだね」

 

 

あれから電話で今後の対応について協議した結果、私の身体に入っている武内Pには休みを取ってもらうことになりました。

突然、女らしさの欠片もないですが一応生物学的上は女体になってしまった動揺と混乱が続く武内Pに私を演じ切ることは難しいと判断したからです。

私の方は、演技力が精神系チートと判断されたようで、殆ど問題なく怪しまれることなく出社することができました。

私も武内Pも元々が丁寧口調なので、そこから少し不愛想で無口になればいいだけだったのでそこまで苦労はありませんでしたね。

シンデレラ・プロジェクトのルームには顔を出さずそのままの足で屋上庭園に向かい、事前に連絡を入れていた昼行燈と落ち合い今に至ります。

最初は私の演技に疑っていた昼行燈でしたが、演技を解除して状況報告と出勤中に考えておいた対策案をいくつか挙げながら話し合っていると私であるとわかってくれたようでした。

その理由が『彼にこんな人の善性を利用する腹黒い案を思い付くとは思えない』という遠まわしで貶されている物なのが少々納得できませんけど。

緊急事態なのですから、使えるものは何でも使わないと損です。

勿論、利用するだけ利用して必要なくなれば使い捨てるような外道な真似をするつもりはありません。

アフターフォローも万全にして利用されたことに気が付かせず、尚且つ相手にも報酬に当たるものを用意してお互いが満足するWin-Winな関係でいることが一番ですから。

 

 

「なので、今西部長からは専務への説明と上層部に対する働きかけ、武内Pに対するフォロー等を頼みます」

 

「おやおや、随分人を扱き使ってくれるじゃないか」

 

「これくらいのことで、そう思うような部長ではないでしょうし‥‥それに、こうした悪巧みは嫌いではないでしょう?」

 

 

その筋の人間にしか見えない物騒で挑発的な表情を作りそう言うと、昼行燈は臆するどころかとても愉しそうな笑みを浮かべました。

片手に持った紫煙を漂わせる煙草も相俟って危険な賭け事を心底愉しむ博打打(ギャンブラー)の類にしか見えません。

昔は賭け麻雀で美城会長から負けた分のつけを無くす代わりにと色々と暗躍していたらしいので、あながち間違ってはいないのでしょうね。

 

 

「まあ、貸し1にしておいてあげるよ」

 

「わかりました」

 

 

危険な笑みを浮かべてそう言われると、今後要求されるであろう無茶ぶりが待ち受ける未来に軽く絶望してしまいそうになりますが、必要経費として割り切ると決めたので今更覆すつもりはありません。

昼行燈への根回しが終わったので、さっさと武内Pに頼まれていた仕事をこなしに行きましょう。

この身体では殆どのチートが使えなくなっているので作業時間もいつもの数倍はかかると仮定した方がいいでしょうし、プロデューサーとしてアイドル達に同行する必要もあります。

無理をして使い潰すような真似をしてしまえば、武内Pにもそして懸想するアイドル達にも申し訳ありません。

ですから、小市民的な感性を持って細々と分相応な業務に励むとしましょう。

 

 

「では、私は業務に戻ります」

 

「そうかい、私はこれを吸い終えてからにするよ」

 

 

『自分の演技力を過信し過ぎないようにね』という忠告に頷いてから、プロジェクトルームを目指します。

精神系チートは使えるようですが、見稽古を失った現状においてどれほど効果を発揮するのかは完全な未知数ですから過信や慢心なんてできません。

恋する乙女達の観察力は、素で私に迫るものがありますから。

途中で、ふとあることを思い出して足を止めて、顔だけ昼行燈の方を振り返ります。

 

 

「部長、今は全館禁煙ですよ」

 

「おっと、しまった。まだ、そうだったね」

 

 

まだという事は、既に全面禁煙解除による分煙化とする決定を勝ち取っているのでしょうね。

あの煙草を百害あって一利なしと断じている堅物専務から、それを引き出すとはいったいどんな魔法を使ったのでしょうか。

知りたいと思う気持ちもありますが、好奇心は猫を殺すとも言いますし下手に近づいて恐ろしい深淵に引きずり込まれてはかないません。

引き際を弁えているというのが、組織の中で下手に目立たず平穏に過ごして行けるのです。

私もそれ以上は何も言わずに屋上庭園を後にしました。

エレベーターに乗り込みプロジェクトルームのある階層のボタンを押します。

一度は地下の物置を改装した部屋にまで落とされたシンデレラ・プロジェクトでしたが、舞踏会の成功やその後の活動功績によって再び最初期に使っていた部屋に戻ることができました。

あの部屋を気に入っていたメンバーも多かったのですが、着実に知名度が上がってきているシンデレラ・プロジェクトをいつまでも冷遇していると思われては美城の面子にも関わります。

企業の看板という面子は見えないものですが、それ故に大切な物であり個人のケチな領分で汚してしまっていいものではありません。

汚してしまうのは簡単であり一瞬でもできてしまいますが、それを拭い去るには数倍から数十倍、もしくはそれ以上の途方もない時間を要するのです。

まあ、この辺の大人の世界は未成年者が殆どのアイドル達に理解しろと言っても難しいでしょう。

そんな詮のなき事を考えていたら、あっという間に目的の階層に到着し扉が開きます。

 

 

「あっ、プロデューサーさん。おはようございます」

 

「おはよう‥‥ございます‥‥」

 

 

扉の向こうにはかな子と智絵里の2人が居ました。

無垢な笑顔に迎えられると、それだけで幸せな気持ちで一日を過ごせそうですね。

『Power of smile』という言葉が幻想やまやかし等ではなく、ちゃんとこの世界に存在しているのだと確信させてくれる素敵な笑顔に私の悩みがどうでもよく思えてしまいます。

実際、そんな事はなく現実逃避にしか過ぎないのですが、気にしてはいけません。

 

 

「おはようございます。ち‥‥御二人は、今からレッスンですか?」

 

 

いつもの癖で名前呼びしそうになりましたが、寸での所で踏みとどまり言い直します。

笑顔で毒気が抜かれてしまった所為か気が緩んで演技が解けかかっていたようですね。

やはり、精神は完全に入れ替わっていても武内Pの身体ではチートを万全に発揮はできないようで、気を抜いてしまうと襤褸を出してしまうかもしれません。

もっと気を引き締めていかなければ。

 

 

「はい、今度のシンデレラガールズでやるライブの特訓です」

 

「皆が揃うのは‥‥久しぶりですから‥‥」

 

 

シンデレラ・プロジェクト改めシンデレラガールズと呼ばれるようになったメンバー達は、今や美城の看板を支える支柱の1つにまで成長し、様々な方面から引っ張りだこで、なかなか全員が揃うことがありません。

結成当初からここまで考えていたのかはわかりませんが、シンデレラガールズ達は特化した得意分野等を持っていて、それが絶妙なバランスに仕上がっているのです。

約1名、私の指導や自由(フリーダム)な親友の対応等の所為で、どんな仕事でも良い成果を出す汎用性の高いことから『(未来の世界の)ネコ(型ロボット)系アイドル』と呼ばれるようになってしまった娘もいますが。

それはさて置き、そういった理由からもシンデレラガールズは芸能部門上層部から『こなせない企画はないであろう』と言われるくらいの絶大な信頼を得ていました。

 

 

「そうですか、くれぐれも無理はされないでください」

 

「「はい!」」

 

 

かな子は以前無理なダイエットに挑戦して体調を崩したこともあったそうですが、後輩アイドルのフォローもきちんとできる頼れる先輩アイドルとなった今はそんなことはしないでしょう。

智絵里も引っ込み思案な性格は大きく変わっていませんが、それでも新しいことに対して積極的に挑戦していくなど成長している部分もあり、今でこそ慣れましたが最初はこれが子離れというものなのだろうとしみじみ思いました。

そんな事を少しやけ酒気味にいつものメンバーに言ったら笑われるどころか、呆れられてしまいましたね。

今となっては良いとは言えませんが、思い出の1つでしょう。

いつまでも話している訳にもいかないので、レッスンルームへと向かう2人とは別れて私はプロジェクトルームを目指します。

とりあえず武内Pから頼まれていたのは、いくつかの書類作成とお昼からのニュージェネレーションズが出演するドラマの撮影への同行でしたね。

ドラマの撮影はほぼ1日仕事で夕方までありますが、丁度近くラブライカが参加しているイベントの方もあったはずなので折を見てそちらにも顔出しをしておきましょう。

現在時刻は8時半前で、ドラマの撮影現場は美城本社からも近いので11時前に出発すれば余裕を持って現場入りすることができますね。

つまりは2時間半程度の時間的余裕があり、武内Pの身体になって作業効率の低下があったとしても頼まれた書類作成を終わらせても御釣りが出る位です。

ですから、ここは頑張って私で処理しても構わないような仕事を終わらせておいてあげましょう。

武内Pは放っておくと直ぐに色々と背負い込んでしまって、1人で無茶をしてしまいますからね。

アイドル達が手伝おうとしても遠慮ばかりをして、逆に心配をかけています。まあ、完全に断っていた最初期に比べれば幾分かお願いするようになったのは進歩なのでしょう。

ですが、あまりにも続くようであればここは私が如何に1人の人間でできることの範囲が狭いかを説いてあげる必要があるかもしれません。

まったく、不器用な後輩を持つと苦労しますね。

自身を顧みない頑張りは徒に周囲に心配をかけるだけですし、それが懸想している者であれば募る思いは倍増ではすまないでしょう。

プロジェクトルームにある武内P用のデスクに腰掛け、気合を入れます。

 

 

「さて、頑張りましょうか」

 

 

色は思案の外、不羈奔放、不言実行

武内Pに平和な日々が訪れるように先輩として一肌脱ぐとしますか。

 

 

 

 

 

 

「プロデューサーさん、今いいでしょうか?」

 

 

想定よりも時間はかかりましたが、頼まれた書類作成を終えて武内Pの負担を軽減すべく、軽食用に持ってきておいたおにぎりを摘みながら作業をしていると、扉がノックされその向こうから卯月が声が聞こえてきました。

まだ9時半を少し過ぎたばかりであり、出発する為の合流には早過ぎるでしょう。

もしかすると、何かしらのトラブルが起きた可能性もありますが、卯月の声からはそのような事態が感じられる緊迫したものはありません。

 

 

「どうぞ」

 

 

ここで無駄に頭を働かせても仕方ありませんから、口に入っていたおにぎりを飲み込んでハンカチで口回りを拭って身嗜み整えてから、卯月を招き入れます。

何処か緊張した声色で失礼しますと言いながら卯月が入ってきました。

心なしか頬に赤みが差しているようですが、やはり同性である私と異性で懸想している相手である武内Pの前では色々と違うのでしょう。

後ろ手で何かを隠しているようですが、殆どのチートが使用不能となっている現在では判別することができません。

チートが使えれば反響定位で隠されているものの大きさ等を判別でき、そこに極限強化された聴覚と嗅覚を組み合わされば凡その特定ができます。

 

 

「どうかされましたか?」

 

「え、ええと‥‥その‥‥」

 

 

可愛らしい少女が恥じらう姿というものは、どうしてこうも背徳感的な何かがあるのでしょうね。

入れ替わりによって肉体は男性のものとなりましたが、私にその気はありません。

ですが、こうも色々と滾ってしまいそうな姿を見せられてしまえば、ほんの少しくらい揺らいでしまう事もあります。

このような邪な感情を抱いてしまうのも肉体に精神が引かれているからでしょうか。

女性に興味がないのかと疑われてしまうくらいに、悉くアイドル達からの秋波を見事に受け流す武内Pなのでそんなことはないと思いたいですが、読心系のチートが存在しない以上は心の奥底に秘められた内心は誰にもわかりません。

私も転生や見稽古というチートについてやそれによる心内を誰にも語ったことはないので、感付いている人すらいないでしょう。

 

 

「あっ‥‥」

 

 

そんな些末なことを考えていると、卯月の視線がある所で止まります。

視線を辿った先にあったのは食べ掛けのおにぎりでした。

入れ替わりよるごたごたによって朝食を準備する時間もなく、武内P宅の冷蔵庫には使えそうな食材が殆ど無かったのです。

なので、唯一あった炊飯器で保温状態だった昨晩の残りと思われるご飯に冷蔵庫にあった鮭フレークを詰めておにぎりにしただけという簡単なものしかできませんでした。

朝食を含め、食事に関してはきちんととるようにしている私にとっては許しがたいことであり、これは先の件も含めて少しオハナシしなければならないでしょう。

健全な肉体を保つ為にはバランスの良い食生活が欠かすことはできません。

若いうちは粗食でも耐えられるかもしれませんが、これを疎かにした代償は肉体的に衰えだす頃になって時限爆弾のように爆発するのです。

武内Pの食生活改善計画を実施するのは確定ですが、これを単独で実施しようとすると恋愛法廷行きが目に見えていますから、ちひろ達も巻き込みましょう。

問題は、その情報をどうやって流そうかという事ですが、状況を見ながら上手くやるしかありません。

 

 

「プロデューサーさん、それは?」

 

「今朝は少々立て込んでいまして、朝食が取れなかったもので」

 

「そうなんですか」

 

 

別に隠し立てするようなことでもないので正直に答えると、卯月は何故か天運に恵まれたと喜色に満ちた笑みを浮かべます。

いったい、何がそこまで嬉しいのでしょうか。

 

 

「あの‥‥私、じ、実は‥‥その‥‥お、お弁当を作ってきたんです」

 

 

卯月が差しだしてきたのは、ピンクのチェック柄をした可愛らしいお弁当袋でした。

緊張しているのか固く目を瞑ってお弁当袋を差し出している卯月の姿に、心の奥から優しく温かくなるような何かが溢れてきます。

漫画みたいに絆創膏が手に巻かれているなんてことはありませんが、卯月の事ですから今日の為に随分前から頑張って練習や準備をしてきたのでしょう。

折角勇気を振り絞って渡しに来たというのに、その相手が武内Pではなく入れ替わった私というのが申し訳なく感じてしまいます。

朴念仁な武内Pなら、アイドルから個人的にお弁当を作ってもらうなんてことはプロデューサーとしてあってはならないことだと遠慮するでしょう。

しかし、私は卯月の様々な思いが詰まったお弁当を断ることなんてできません。

 

 

「ありがとうございます、島村さん。今、いただいてもよろしいでしょうか?」

 

「はは、はい!勿論です!」

 

 

受け取ってもらえるか不安だったのでしょう、私がそう言うと卯月は嬉しそうにお弁当袋を手渡してくれました。

卯月も隣に立ちっぱなしというのも辛いでしょうから、デスクから面談や来客対応時に使用するソファの方に移動します。

対面ではなく、ちゃっかり隣に腰掛けるのは計算づくの行動ではなくて、持ち前の天然さの発揮でしょうね。

武内Pなら何か言ったかもしれませんが、中身は私なのでこれくらいは気が付かないふりをしてあげましょう。

袋の中に入っていた弁当箱は真新しい男性用の少し大きめのものであり、恐らく武内Pに渡す為だけに購入したものなのでしょうか。

蓋を開けると、真ん中に大ぶりの梅干しが置かれた白く輝くご飯に、美味しそうな焼き目のついた卵焼きの黄色、ブロッコリーや葉野菜とほうれん草の胡麻和えの緑、細切り人参サラダの橙、張りの良いプチトマトの赤、そしてメインとなるお弁当用にしては大きめに作られたハンバーグの圧倒的な存在感。

色見も美しく、またその配置も絶妙であり、食べなくても美味しいというのがわかります。まあ、しっかり味わわせていただきますが。

 

 

「では、いただきます」

 

「ど、どうぞ‥‥」

 

 

いつまでも見蕩れていては固唾を呑んで見守っている卯月が、緊張でオーバーヒートしてしまいかねませんのでいただくことにします。

どれから手を付けたものかと悩みますが、ここはやはりメインを張っているハンバーグからいくのが一番でしょう。

朝に焼いてそれほど時間が経っていない為か、箸で容易に一口大にすることができ肉汁も抜けきってはいないようです。

口に含み噛みしめると適度な硬さを残しつつ容易に崩れていき、一口噛む度に美味しい肉の旨味が溢れてきました。

飴色になるまでしっかり炒められた玉ねぎの甘みに粗びきのブラックペッパーが気持ち強めに利かされていて、肉の風味を損なうことなく押し上げていて美味しいの一言につきます。

ケチャップをベースに数種のソース類を混ぜて作られた甘めの特製ソースとの調和も素晴らしく、昔私がちひろやまゆと一緒に作った男性向けハンバーグとは違い、これは本当に女の子が作ってくれたハンバーグという感じがしますね。

きっと、これは島村家のハンバーグをベースに武内Pの好みに合わせて調整を加えられた一品なのでしょう。実に武内P好みの味に仕上がっていました。

武内Pの食の好みを9割5分近く把握しているという自負のある私が断言するのですから、まず間違いありません。

 

 

「どう‥‥ですか?」

 

 

ハンバーグを味わうことに集中し過ぎていたようで、卯月の不安そうな声でようやく戻ってくることができました。

思い人に目の前で自身の手料理を食べてもらい、美味しくできているかなと不安になるいじらしい乙女心に抱きしめたくなる衝動を抑えます。

そんなことしてしまえば、武内Pが今まで築き上げてきた信頼関係諸々を粉砕してしまう事になりかねません。

 

 

「とても美味しいです」

 

「ほ、本当ですか?嘘じゃないですよね!?」

 

「はい」

 

 

演技を続ける必要性が無ければ、もっと気の利いた言葉を言っているのですが、饒舌な武内Pというのも想像できないのでこれくらいが丁度良いのでしょう。

 

 

「えへ、えへへ‥‥嬉しいです」

 

 

両手を頬に当てながらはにかんだ笑みを浮かべる卯月は、控えめに表現しても大天使クラスの神聖さがありました。

笑顔に人一倍の並々ならぬこだわりのある武内Pが、特に笑顔が素晴らしいと称賛するわけですよ。

だから、演技を忘れてつい卯月の頭を撫でてしまった私は悪くありません。

 

 

「ぷ、プロデューサーさん!?」

 

 

慌てて手を引きますが、時すでに遅しであり卯月の顔は真っ赤になって百面相状態になっていました。

さてさて、早速やらかしてしまいましたがどう誤魔化しましょうか。

なるべく波風立てぬ穏便な対応でなかったことにしたいのですが、この様子からは難しいと言わざるを得ないでしょう。

 

 

「‥‥不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」

 

 

とりあえず、武内Pっぽく謝ってみましたが望むような効果が得られるとは思えません。

 

 

「ふ、不快だなんて!そんな事ありません!!」

 

 

大声で否定する卯月に気圧されることはありませんが、この声を聞きつけて他のアイドルや他の職員が駆けつけてこないかと冷や汗が流れます。

この状況を見られると色々と誤解されてしまい、言い訳も通用しないでしょうから。

他の職員であれば強い衝撃等を加えれば記憶を飛ばすことができるでしょう。簡単な技で飛ばなければ、最悪尊大な閃光(アロガント・スパーク)の使用解禁も視野に入れなければなりません。

しかし、一番厄介なのは他のアイドルに見られた場合ですね。

暴力的な解決方法も取れませんし、様々な要因が絡み合って均衡を保っていた武内P恋愛包囲網のバランスが崩れてしまえば、何が起こるか私でも予想がつきません。

さて、こんな危機的状況をとある無教会主義の先導者の名言を少し改変して表現するのであれば。

『入れ替わり生活が始まるや否や、そこに危険がある』

 

 

 

 

 

 

 

この時、チート能力の低下によって気が付いていなかったのですが、卯月のやり取りのほぼ最初からを凛に見られており、後日仁義なきお弁当戦争の火ぶたが切られるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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