チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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幸福というものは、一人では決して味わえないものです

どうも、私を見ているであろう皆様。

最近、周囲が私のチート倉庫から色々と引き出そうとしているのではないかと思いましたが、それは今に始まったことでもないので気にするだけ無駄でしょう。

セッションを通して友誼を結んだ夏樹ですが、隙あらば私をロッカーへと導こうとしてくるので油断なりません。

まあ、本人的にはそういった意図は一切なく、ただ単に最高の音楽を楽しみたいだけなのでしょう。

そんな若さ溢れる熱意に影響され菜々も昔取った杵柄を披露したくなったのか、うちにL○DWIGや○AMAHA等各種メーカーのドラムセットのカタログやかなり使い込まれた跡のあるスティックが置いてありました。

見稽古というチートのお蔭で、私はベースでも世界最高クラスのベーシストと同じパフォーマンスを発揮できますから、3人編成(スリーピース)でのバンドなら組めるでしょう。

ですが、どうやら夏樹は私のギターを大層気に入ってしまったらしく、どうしても私にはギターをやってほしいそうなので組む為にはベーシストの捜索が急務ですね。

それなら、いっそのことキーボードも入れて表現方法の多様性を追求してもいいかもしれません。

アイドルで構成された本格派ロックバンド、提案書を纏めてあの昼行燈に提出してみたら意外と好感触を得られるでしょう。こういった、遊び心溢れる試みは大好物のようですから。

しかし、ロックバンドを組むのであれば李衣菜も入れてあげたい所ですね。

音楽の世界に身内贔屓をやってしまうと碌なことにならないというのは重々承知していますが、今はまだ歩き出したばかりでも自分の思うロック像を追おうとする直向きで純真な瞳を裏切りたくないという気持ちもあるのです。

初心者に二足の草鞋を履くのはあまりよくない選択だとわかっていても、ギターと並行してベースも仕込んでおくことも検討しておきましょう。

無論、世界最高峰のギターテクニックを伝授指導することについても一切手を抜くつもりはありません。

さてさて、そんな私たちの音楽事情はさて置き、本日は私達ソロCD発売記念イベント当日です。

サンドリヨンの2人で一緒の舞台でイベントを行っても良かったのですが、曲の方向性の違いからくる会場飾りつけ問題や私のファンの特異性が高いこと等様々なことを考慮した結果、別々の会場で行うことになりました。

ちひろのファン層は男性比率がやや高めとごく普通の王道的な女性アイドルのものですが、私のファン層は圧倒的な男性比率でしかも舎弟や堅気っぽくない人、女性ファンも社会人になればもう二度と会うことはないだろうと思っていた例の子やそういった気のあるっぽい人と思わず顔を覆いたくなるレベルです。

そりゃ、346も隔離措置を取りますよ。私だって、そうします。

ちなみに、きちんと同行できるように時間を確保していた武内Pはちひろの方につくように仕向けました。

これで私の方に来られでもしたら恋愛法廷開廷待ったなしでしょうから。

 

舞台袖から観客席の様子を確認してみましたが、誰も騒ぐことなく列を乱さず整列しておりアイドルのイベントというより極道か何かの襲名披露式のような感じがします。

最前列は舎弟の中でも幹部クラスと呼ばれていた人間や例の子といった濃い面子が並んでおり、正直今からでもこの話をなかったことにできないかと思うくらいですよ。

その後列には手作りとは思えないレベルの横断幕がいくつも掲げられていますし、本当に悪目立ちしています。

確かに過去に裁縫とかが得意だった子や興味のある子に技術を伝授指導しましたが、まさかこうも恩を仇で返すような真似で返ってくるとは思いませんでした。

本人達には悪気など一切なく、ただ純粋に私を応援する為に最高のものを作ってくれたのでしょうが、どうみても暴走族や極道の旗です。

ファンシーな色遣いにハートなどの柄をあしらってあり、偶に顔写真が入っていることもある一般的なアイドルを応援する時のそれとは全く別物ですね。

というか、新人アイドルのソロCDイベントなのにいくつもフラワースタンドがあるのはおかしいでしょう。

しかも、どれもこれも細部にまで拘っており、このような細かい注文を付けたカスタムフラワースタンドは確実に1万なんてレベルでは済まないでしょうね。

一般客の皆さんが引いていますが、決して堅気の人には手を出さないように躾てあるので問題を起こす人間が居ないのが幸いでしょう。

もし居たら、ちょっとオハナシしないといけませんが。

 

 

「ねえ、七実」

 

 

私の横で同様に客席の様子を覗いていた片桐さんが若干引きつった顔をしながら尋ねてきます。

今回は私の最終決戦装束に合わせて町娘のような恰好をしている片桐さんですが、その小さな身体に似合わぬ自己主張の激しい2つの山の所為で、なんだかイケナイ感じがしますね。

前職の経験から私側のイベントの応援要員として派遣された片桐さんでしたが、結構荒事経験のある元警察官が顔を引きつらせるとは、私の舎弟達はいったいどこに向かおうとしているのでしょうか。

この状況下において何について尋ねられるかは、赤ん坊でも分かるくらいに簡単にわかりますが、願わくは外れて欲しいものですね。

 

 

「‥‥はい」

 

「あんたって、元ヤン?」

 

「‥‥一応、学校では優等生でしたよ」

 

 

成績も学年トップクラスを維持し、校内の様々な活動にも従事し、教師達が把握している部分においては校則違反はなく、手を焼いていた不良グループをある程度更生させ、生徒会長も務め各部活動を全国大会へと導いた生徒。

ほら、どこからどう見ても完全無欠の優等生でしょうに。

 

 

「いや、でもアレって」

 

「ほら、行き過ぎた親衛隊みたいなやつですよ。‥‥本当に、そうであってほしいです」

 

 

絶対に今回の件が切欠で私の黒歴史時代についての追及が強まるでしょうね。

正直、黒歴史が開帳されたらアイドル引退及び美城退社も已む無しと思っていますが、なるべくならその手段は取りたくないです。

ですが、あのやらかし過ぎた黒歴史を知られてしまえば、引かれるなんてレベルではないでしょう。

舎弟達も私が最低Cランク大学に合格するレベルの知識や色々を叩き込んでおきましたし、仲間(ファミリー)を決して裏切らないという鉄の掟を定めていますからマスコミ関係者達の口車に乗せられる愚か者はいないはずです。

 

 

「筋者じゃないわよね?だったら、シメるけど?」

 

 

その目はアイドルのものではなく、警察官の鋭いものに変わっていました。

普段は童顔で明るい片桐さんですが、こうして真面目な表情をしていると凛々しさと身長に似合わない頼り甲斐というものを感じます。

現職時代は性別問わず慕われていたのでしょうね。

 

 

「違いますよ。流れ者(アウトロー)気取りの元不良達が主ですが、人の道から外れるような真似や堅気の人に迷惑をかけることはするなと厳命してますから」

 

「‥‥七実。アンタ、ホントに過去何やってたのよ」

 

「その質問、黙秘します」

 

「というか、堅気とか言ってる時点で何かしてましたって白状してるようなもんじゃない?」

 

 

流石、警察官。見事な推理力ですね。

どれだけ頑張って痕跡を消したつもりでも過去というものは、人間の真の平和を雁字搦めにしてきます。

黒歴史時代はそういったことを一切考えることなく思うが儘に振舞っていましたが、その愚かさは今になって痛いほどにわかりますよ。

下手に否定した所で状況証拠が揃っており言い逃れはできそうにありませんから、適度に認めておいてそれ以上の追及をさせないようにするのが得策でしょう。

あの忌々しい昼行燈が浮かべるような含みのある笑みを浮かべるだけで濁します。

 

 

「まあ、あの身のこなしからして何かあるとは思ってたけど‥‥とんだ、大物みたいね」

 

「いえいえ、私はただの事務員系アイドルですよ」

 

「ああ、都市伝説扱いなあれ?」

 

「失敬な」

 

 

346プロダクションのアイドル一覧では、まだ私はちゃんと事務員系アイドルと表記されていますよ。

最近では昼行燈やアイドル部門の人間に加え、とうとう武内Pにまでプロフィールの情報改訂を打診され始めましたが、誰が変えるものですか。

 

 

「いやでも、もう諦めたら?」

 

「絶対にNOです」

 

「瑞樹から聞いてたけど、意外と頑固よね」

 

 

片桐さんは呆れたように溜息をつきますが、人間誰しも譲れない何かというものを抱えているのです。

 

 

「いいわ‥‥何かあったらお姉さんに任せなさい。きっちり、シメてあげるから」

 

 

ウィンクをしながら力こぶを作ってみせる見せる片桐さんは、どう見てもおませな子が背伸びしているようにしか見えませんね。

それを言ってしまうとむきになって私をシメようとして、どちらかが諦めるまで終わらないエンドレス鬼ごっこが開幕してしまうでしょうから胸の内に秘めておきましょう。

 

 

「お姉さんって、私の方が上ですからね。年齢的にも、外見的にも」

 

 

言葉にしてしまうと悲しいのですが、346プロダクション所属アイドル最年長のようなんですよね。

元々アイドルデビューするには遅すぎる年齢でしたから、仕方ないと言えば仕方ないのですが、いざ『最年長』という言葉が付けられるとなかなか心にくるものがあります。

転生経験があるので、あまり年齢には頓着してはいなかったのですが、ダメージを受けるあたり私もまだまだ女性としての自覚が残っているのかもしれません。

アイドルとして必要最低限の女子力は備えているつもりですが、女性らしさについては皆無に近いので忘れていただけなのでしょうか。

 

 

「私だって、好きでこんな童顔じゃないわよ」

 

 

不満そうに頬を膨らませると更に年齢に大幅なマイナス補正がかかりそうですね。但し、胸部搭載の大型耐衝撃装甲×2を除く。

 

 

「いいじゃないですか、童顔。瑞樹が『早苗ちゃんは、アンチエイジングの必要がなさそうで羨ましいわ』って言ってましたよ」

 

「失礼ね、これでもお肌にはきちんと気を使ってるわよ!」

 

 

これについては正直驚きました。

片桐さんの肌は30手前の女性とは思えないくらいにはりと潤いに満ちていて、触ったら病みつきになる程に依存性の高い仁奈ちゃんのもち肌に匹敵すると瑞樹が豪語していたので天然ものだと思っていました。

実際は水面下で頑張って足を動かしている白鳥のように、見えないところで頑張っていたのですね。

それならそれで、瑞樹がそのアンチエイジング術について根掘り葉掘り尋問しそうですが、矛先が私に向くわけではないので問題はないでしょう。

早速、今晩にでも伝えておいてあげなければ。

 

 

「それなら『七実の身体について研究したら、アンチエイジング技術は格段に進歩する気がするわ。化粧品部門の人に頼んでみようかしら』とも愚痴ってたわよ?」

 

「は?」

 

 

おい、バカ。やめましょう。

人様の身体を実験対象として売り飛ばそうなんて、これまで築いてきた友情に亀裂を入れるどころか、原子レベル分解する所業ですよ。

今までにも私の身体について調べようとした人間はいましたが、そういった人とは誠心誠意を込めてオハナシしたらそんな気持ちはすっかり無くなったようです。

確かに私のチートボディを調べれば色々と技術的な進歩が見込めるかもしれませんが、モルモットみたいになるのは御免ですね。

瑞樹も冗談で言っただけであって本気ではないでしょうが、念の為今度釘を刺しておきましょう。

 

 

「渡さん、もうすぐ始まりますんで準備お願いします」

 

「はい、わかりました。今の件については、後程で」

 

「はいはぁ~い」

 

 

さて、時間が来てしまったようなので覚悟を決めましょうか。

黒歴史開帳となるか否かは、今後の私の立ち回りに掛かっている部分が大きいので油断や慢心といった感情を抱く余裕などありません。

アイドルとして、一社会人として売り上げに貢献する努力も忘れず怠るつもりはありませんが、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に動いていきましょう。

全ては、私の平和な生活の為に。

 

 

 

 

 

 

『じゃあ、七実に登場してもらうわよ。出てらっしゃい!』

 

 

司会進行を務めてくれている片桐さんに促され、私は舞台袖から一歩踏み出します。

その途端に観客席の前5列が誰かが号令を掛けたわけでもないのに、恐ろしく統制が取れた乱れぬ動作で一斉に立ち上がり傾注してきました。

その無駄に無駄のない洗練された動きは、こうしたことに厳しいとよく言われる弟の職場においても通用しそうなくらいですね。

如何なる事態においても乱れず律し統制された集団は精強の証であると言ったのは黒歴史時代(過去)の私ですが、そんな言葉を社会人になった今現在においてまで引きずるのはやめましょう。

勢力が多くなってきた舎弟達の暴走を止める為とはいえ、訓示のように語ったのは失敗でした。

しかし、こんな展開を誰が予想できるというのでしょうか。きっと、神様だって不可能なはずです。

それでもアイドルとして表情を歪めるわけにもいきませんし、反応すると舎弟達を調子づかせてしまう可能性があるので、あえて視線を向けることもなく当然のものとして流しましょう。

足早になることもなく、昂ることもなく、全く気負いのない自然体で舞台中央へと歩みを進めます。

 

 

「うお、なんだこれ!?」

 

「えっ、これ仕込み?」

 

 

全く、一般客のファンの人達が突然のことに驚き混乱しているではないですか。

後、これが美城やイベントスタッフによる仕込みなら私としては大喜びなのですが、並んでいる顔ぶれ的にそれはあり得ないと嫌でも理解できます。

 

 

「馬鹿だな、七実さまのカリスマならこれくらい常識だろ」

 

「「確かに!!」」

 

 

そこで納得される当たり、ファンの中での私というアイドル像はいったいどんな存在になっているのでしょうね。

このような異常な空気においてのアイドルのCD発売イベントなんて、長い歴史のあるアイドル史を振り返っても類を見ないものでしょう。

私がチートを持って転生した人間だからか知りませんが、どうしてもっとこう普通に生きていくことができないものかと疑問に思います。

小市民的な内面しか持たぬ私が、なぜこんな目に合う必要がと嘆いたところで何も変わらないので考えないようにしましょう。

ステージの中央に到達した私はゆっくりと会場の方を向き、今にも歓喜の涙を滂沱の如く流しそうな舎弟達を睥睨します。

過去の教育の成果は失われていないようですから、余計な真似はするなと視線で訴えかけるだけで舎弟達は十全に察してくれるでしょう。

失神させてはまずいからと威力を弱めた威圧でしたが、それを受けて顔を引きつらせるどころか恍惚とした表情を浮かべている時点で色々と手遅れな気がしてなりません。

 

 

「この状況に聞きたいことは色々あるけど‥‥とりあえず、お客さん達に一言お願いするわ」

 

 

アイドル根性で必死にスマイルを保つ片桐さんに促され、ゆっくりと口を開きます。

 

 

「では、まず‥‥総員、着席。前列が立つと後ろの人達が見えないでしょうから」

 

 

私からの命令に、舎弟達は立ち上がった時と同様に全員がほぼ同じタイミングで椅子に着席しました。

しかも、ちゃんと後ろの席や立ち見の一般客の方達が見えやすいように配慮した座り方をしているあたりは、流石と褒めてあげるべきでしょうね。

 

 

「圧倒的な身内と言いますか、見知った顔ぶれが多いですが‥‥本日は私のソロCD発売イベントに来てくださり、本当にありがとうございます」

 

 

集まり過ぎた舎弟達の所為で私の黒歴史開帳の危機に瀕してはいるものの、こちらから一切強制することなくこれほどの人数が集まってくれたことについては感謝しています。

中には早々に休みが取れない激務なものや、融通の利かない仕事についている者もいるでしょうに。

そう思うと本当に『ありがとう』とそれしか言葉が見つかりません。

なので、その謝意をしっかりとそして簡単に示す為に深々と頭を下げます。

 

 

「俺の辞書の『最優先事項』の項目には、総長に関わることとちゃんと記載されていますから! 」

 

「今の俺らがあるのは総長のお蔭です!」「頭を下げられては、こっちが恐縮してしまいます!」

 

「やっぱり、今からでも私のお姉さんになってください!お母さんでも良いです!」

 

「教えて頂いた数々の料理で今の旦那を捕まえました!」「憧れの仕事に就くことができて、毎日が楽しいです!」

 

 

一部聞き捨てならないことを口走っている人間が居ますが、礼に礼で返されてしまうと気恥ずかしいですね。

思わずだらしなく緩みそうになってしまう表情筋達をきつく引き締め、最低限の威厳を失わないようにしてから頭をあげます。

改めて、観客席にいる舎弟達の顔を見ると、全員が武内Pも太鼓判を押すであろうとても輝いた笑顔を浮かべていました。

それを見ていると、黒歴史でしかないと思っていたあの魔王時代も存外捨てたものではなかったのではないかと勘違いしそうになってしまいます。

あの頃の私がしたことと言えば、人間讃歌を謳う為、諦めなければ夢は必ずかなうと証明させる為に並大抵ではない試練を課し続けただけなのですが、それでも感謝してくれるというのなら少し嬉しいですね。

まあ、だからと言ってあの魔王モードの封印を解くかと言えば、それはそれ、これはこれであり話は別です。

あれは今となっては過去の出来事であるから、ある程度美化されてそう思えるだけであり、これが現在進行形であれば取り返しのつかない存在に他ならないでしょう。

 

 

「今回、何の因果かこのような年齢でアイドルデビューを果たし、こうして自身で作詞してソロCDを出すに至りました。

本当に人生というのは何が起こるかわからないですが、でも‥‥だからこそ人生は面白くて退屈している暇なんてありません。そんな人生を皆さんも最大限に謳歌してください。

これ以上話そうとすると校長先生の話みたいに長くなってしまいかねませんので、とりあえず聞いてください

 

『拍手喝采歌合』」

 

 

予定をちょっと巻くような形になってしまいましたが、流れから考えるとここでトークを挟むよりも曲の披露に入った方がいいでしょう。

こんなこともあろうかと、あらゆる事態を想定して10通り以上のイベント進行プランを用意しており、スタッフ達もそれらを臨機応変に使い分けられる精鋭ですから、このくらいは問題にはなりません。

片桐さんもステージ上から去っていき、スタッフのOKサインを確認したのでゆっくりと歌い出します。

自身が作詞したと言ってしまいましたが、私は完成していたものを前世から持ってきただけであり盗作行為と大差ありません。

世界線が違うので訴えられたりすることはないでしょうが、それでも罪悪感というものは感じます。

他人の功績を横から掠め取るような真似をして、賞賛だけを受けようとするのですから小市民的な感性を持つ私にはなかなかの精神的ストレスですね。

転生者の中にはこういったことをまったく気にしない人もいるようですが、私が奪わなければこの世界の誰かが受けていたかもしれない幸福を奪ってしまったかもしれないというのは心にこびりついてきます。

転生して、チートまで貰って、ただでさえ幸福すぎるというのに誰かの幸福を奪っても良いのかと考えても限がないことでしょうが、思わずにはいられません。

 

 

「♪~~♪♪~~~~」

 

 

そんな事を考えながらも私の身体は、一切のクオリティ低下なく最高のパフォーマンスを発揮しています。

この世界おいて『拍手喝采歌合』の振り付けは私用に改造されており、ダンスというより虚刀流演武と音楽を融合させたエクストリーム・マーシャルアーツ(XMA)に近いものがあるでしょう。

一撃一撃に必殺の意志を込めた武術的な側面よりも、見栄えと繋がり重視の構成は『虚刀流 演武混成接続』とでも名付けましょうか。

見栄え重視とは言っていますが、これを一般的な耐久力しか持たない人達にぶつければ、勿論死にます。

七花あたりであれば、どうしても生まれてしまうコンマ数秒程度の接続間に生まれる隙を見逃さずに反撃してくるでしょうがね。

 

 

「3番隊、振り付け遅れてるぞ!」

 

「すみません!」

 

「お姉さんのイベント、無様な応援は駄目ですからね!」

 

「はい!」

 

 

アイドルとして本来なら観客の人達が楽しんでくれているか、その表情1つまで気にかけるべきなのでしょう。

ですが、正直見たくありません。

確かにイベント2週間前から私達のソロ曲のコール等については美城公式から発表されていましたが、それを舎弟達は気持ち悪いくらい完璧に仕上げてきています。

振り付けが遅れていると怒られている3番隊の人達も、色々と極まった私や余程振り付け等の細かい部分まで熟知している人間でなければ気付くことがない1秒にも満たない僅かなものでした。

全員で集まれる機会は皆無に等しかった筈なのに、どうやって時間を作ったのでしょうか。

後、応援団長を務めている2人は知名度のある人間なのですから、あまり目立った行動するとSNSで曝されて厄介事になりますよ。

 

 

「おい、あれって、キャッツの正捕手の白牙選手じゃね?」

 

「あっちも漫画家の黄瀬 真紀だろ!」

 

 

ほら、バレた。

しかし、本人達的には気にすることでもないように応援に集中しています。もしかしたら外野の声は余計なものとしてシャットアウトしているのかもしれません。

その集中力については称賛に値しますが、人間程々というものも学んだ方がいいですよ。

まあ、とりあえずここまで舎弟達が頑張ってくれているのですから、それを統べていた首領である私が頑張らない訳にはいきませんね。

一致協力、打って一丸となる、緊褌一番

このイベントが平和に終わらないことはわかっていたのですから、いっそ開き直りましょう。

 

 

 

 

 

 

「では、私と七実さんのソロCD発売を記念して‥‥乾杯!!」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 

いつものメンバー+片桐さんは、それぞれが好みのビールのロング缶を打ち合わせます。

私達のソロCDイベント成功の打ち上げを開いているですが、本日は段々と侵食率が高くなっている私の部屋で行われることになりました。

普段であれば妖精社で行うところなのですが、店主の都合により臨時休業となってしまったので仕方ありません。

明日以降は通常通りに営業するそうなので、妖精社での打ち上げはまた今度にしましょう。

といった上記の理由から、他のメンバーを招いても余裕があり尚且つメニュー次第ではお酒以外の買い出しが必要ないほどに食材が揃っている私の部屋が、賛成多数という民主主義的数の暴力で可決されました。

酔い潰れたとしても背負って帰る必要がなく、その辺に転がしておいて何かかけておけばいいので後処理が楽で済むのはありがたいですね。

今日のお酒のお供は七実特製餃子です。

丁度良く寝かせておいた生地があったので皮から作り、餡もお酒に合うように少し大蒜を強めに利かせていますが大葉も少しだけ混ぜているので後味を爽やかにしてくれるでしょう。

またカロリー面にも配慮して野菜割合を味を損なわない限界まで大きくしているので、市販のものより幾分か抑えられています。

だからと言って、数を食べてしまえば無意味ですけどね。

ホットプレートで良い焼き音をさせて狐色の底面を覗かせている餃子は、今が食べ頃であると主張していました。

本場中国では餃子と言えば水餃子が一般的だそうですが、前世を含め生粋の日本人である私にとって餃子は焼き餃子です。

 

 

「ああ、もう最高!やっぱり餃子にはビールよね!」

 

「あつっ、口の中で肉汁が溢れ出すけど堪らないわぁ~~!」

 

 

瑞樹と片桐さんはその焼きたての瞬間を逃さず、既に食べ始めていました。

私も遅れを取るわけにはいきませんので、最高の焼き加減のものをいくつか見繕って自分の皿へと乗せてキープしておきます。

そこそこ大きなホットプレートを使っているのですが、一度に焼ける限界量が決まっていますので早急に確保しておかなければあっという間に無くなってしまうのです。

餃子自体は200個近く作ってあるので足りなくなることはないでしょうが、だからと言って譲ってあげる気などありません。

ちなみにこれとは別に、アイドルの部屋に上がるわけにはいかないと打ち上げ参加を遠慮した武内P分の餃子は用意してありますので明日にでも渡しておきましょう。

 

 

「ん~~!流石、七実さんですね!」

 

「菜々、肉汁が口元についていますよ」

 

 

溜息をつきながら餃子に夢中になり過ぎて汚してしまっている菜々の口元を拭いてあげます。

そこまで夢中になってもらえるのは調理者冥利に尽きますが、年齢的な事を考えるともっとしっかりしなさいと言いたくなりますね。

男性からすれば、こういった年上なのに庇護欲を擽るような女性の隙にぐっと来たりするのかもしれませんが、生憎同性の私には効果がありません。

 

 

「七実さん、紹興酒は何処ですか?」

 

「確かこの前の残りが冷蔵庫にあるはずです」

 

「はぁ~~い」

 

25歳児は、25歳児で自由に1人だけ紹興酒に入ろうとしています。

ロシアと道産子のハーフの自由の申し子であるアーニャと、まだ会ったことはありませんがフランスと日本のハーフで負けず劣らずの自由人と呼ばれている宮本さんと組んだりしたら大惨事が起きるのではないでしょうか。

それを止めに入らねばならないであろうみくの心労が大変なことになりそうですね。

最悪私が介入して止めなければならないでしょうが、そうならないように色々と手は打っておく必要がありそうです。

まあ、このフリーダム娘達を一緒のグループにしようと考える人はいないでしょうから杞憂で終わるでしょうがね。

 

 

「作ってていきなりテーブルを叩いて空中で餃子を握りだした時はビックリしましたけど‥‥ほんとに全部ちゃんと包めてるんですね」

 

 

ホットプレートの上が空になってしまったので、第2陣を並べながらちひろが不思議そうに言いました。

確かにあれは短時間で大量の餃子を握ることができるのですが、傍から見れば餃子を包んでいるとは思えないですからね。

見稽古しておいて良かったですよ、秋山式にぎり。

 

 

「ああ、あれは私もビックリしたわ」

 

「というか、なんであんなのできるの?普通落とすでしょ?」

 

「早苗さん、七実さんに常識は通用しませんよ。菜々達みたいに、そういうものだと受け入れた方がいいですよ」

 

 

そんな3人の言葉を無視して私は餃子を味わいましょう。

微塵切りにした生姜の浮かぶ醤油ベースに酢やごま油を混ぜた特製のたれを少しつけて口に含みます。

少し時間が経っても餃子の中に閉じ込められた熱い肉汁は、その熱量を一切失うことなく皮という防波堤が破られた瞬間に口の中を蹂躙し始めました。

しかし、この熱さも中華の醍醐味であり、ここで安易に冷たいビールに走ってしまうのはあまりにも惜しいのであえて耐えます。

そんな熱すらも楽しみながら咀嚼していると肉の旨味や野菜の甘み、大蒜のパンチが特製のたれと混ざり合い旨味の大合唱となり、最後に大葉の爽やかさが残りそうになる脂っこさを綺麗に拭い去ってくれました。

今回は大葉を入れましたが、入れない場合はここでご飯を持ってくると餃子の旨味に優しいご飯の味わいが加わり格別です。

餃子を飲み込み、口の中にいつまでも残ろうとする熱の余韻をビールで冷まして、再び餃子に取り掛かるという途切れることない永久機関に幸せを感じられずにはいられません。

 

 

「で、早苗さん。七実さんの方はどうだったですか?」

 

 

ホットプレートに水を注いで餃子を蒸しながらちひろが片桐さんに尋ねました。

この流れを当然予測していた私は片桐さんをビールで買収しておきましたから、舎弟達について余計なことを漏らされることはないでしょう。

戦略家の戦いは、戦いが始まる前の準備段階で勝敗が確定するのです。

残念ながら今回は先手を打っていた私の勝利はゆるぎないでしょう。

 

 

「いやぁ、色々と凄かったわよ。やっぱ、七実は本人もファンも規格外ね」

 

「詳しく!」

 

 

一応、片桐さんに目配せをして余計なことを言わないように釘を刺しておきます。

物事には念には念を入れておかなければ、どこで認識の相違が生まれて戦略的優位を覆されるかわかりませんからね。

慢心しては駄目です。根回しなども全力でやっておかなければ安心などできません。

 

 

「友紀ちゃんがファンなキャッツの捕手の人とか、現役漫画家が親衛隊じみたことをしていたわ」

 

「‥‥マジですか?」

 

「マジよ、マジ」

 

 

あの2人の情報はファン達の噂話やSNS系で既に広まっているでしょうから、秘匿する必要ないので許可しています。

寧ろ、その話題性の大きさで無駄に統率が取れ過ぎた異様な光景等の話を霞ませることができるので、どんどん聞いてもらって構いません。

 

 

「七実さん、いったいどういう交友関係してるんですか?」

 

「中学や高校が一緒だった同級生や後輩なんですよ。まあ、その頃に色々とアドバイスしてあげたり、助けてあげたりもしたので恩を感じてるのかもしれません」

 

 

世界最高レベルのスキルや効率の良いトレーニング法や身体の手入れの仕方を伝授したり、アクションシーンのモデルや漫画の題材とるネタ集めに付き合ったりと簡単な事しかしていないのですが、2人はプロになれたのは全て私のお蔭だと言ってくれるのです。

私からすれば夢が叶ったのは、幾多の試練や困難にぶつかっても諦めずに必ず叶うと信じ続けて努力していたからだと思うのですが、言っても違うと否定されました。

今回は来ることができなかったようですが、政党職員とSPになった同級生のコンビや五輪のメダリストになった先輩後輩等他多数からも今度こそは参加するという旨のメールや電話を頂きましたよ。

しかし、ちひろに言われた通り改めて私の元同級生や先輩、後輩には有名人になった人間が多くて本当に謎な交友関係が形成されていますね。

 

 

「やっぱり、七実さんの周りにはそういった人達が集まりやすいんですね」

 

 

私をどこぞの幽○紋使いみたいに言わないでください。

振り返ってみるとその言葉を否定できるような材料がありませんが、その切欠が私であるという根拠もないではありませんか。

 

 

「ぎょう子!ぎょう子を返して!!」

 

「ぎょう子は私と暮らす方が幸せなのよ!!諦めなさい、楓ちゃん!!」

 

 

そう言い返そうとすると、焼けていた餃子第2陣を巡って瑞樹と楓がくだらない争いを繰り広げていました。

何故あえて餃子の子の部分を『ざ』ではなく『こ』と読んでいるのかはわかりませんが、恐らくそう読むことで子供のように扱い親権争いする夫婦みたいなコントなのでしょうか。

あまりにも展開が突然すぎる且つ捻り過ぎていて、こういったいつもの流れに馴れている私達でなければ呆気に取られていましたよ。

 

 

「ほら、2人共餃子はまだあるんだから喧嘩しないの。じゃないと、シメるわよ?」

 

「私のぎょう子はあの子だけなんです!早苗伯母さんは黙っていてください!」

 

「よし、シメる!楓ちゃん、神妙に縛につきなさい!」

 

 

隣で暴れる2人を止めに入った片桐さんでしたが、既に酔いが回っていた楓のおばさん発言に仲裁者から参戦者へとクラスチェンジしました。

きっと楓の事ですから罵倒的な意味で言ったのではなく、寸劇の役割的な意味で言ったのでしょうが相手が悪かったですね。

 

 

「おう、やれやれ~~、火事と喧嘩は江戸の華だぁ~~」

 

 

江戸の華とか言っていますが、貴方はウサミン星(電車で1時間)出身でしょうに。

漁夫の利のように楓が確保していた紹興酒をちゃっかり拝借して、1人で次々に食べ頃の餃子を選別しているあたり抜け目ないですね。

 

 

「早苗さん、続きを聞かせてくださいよぉ!」

 

「ちょっと待って、ちひろちゃん!この娘をシメたら話してあげるから!」

 

 

収拾をつけようとして片桐さんの二の舞になりたくないので、私も菜々のように中立を装って最大利益の確保に勤しみましょう。

今なら、先程より多めに確保しても大丈夫な筈ですから。

ああ見えて楓の逃亡スキルは無駄に高いですから、酔いが回って身体のキレが落ちている片桐さんでは容易に捕まえることができないでしょう。

因みに、この原因となった瑞樹は既に餃子を食べ終え、菜々から紹興酒を分けてもらい観戦モードに入っていました。

全く、本当にこのメンバーが揃うと姦しくて退屈している暇なんてありませんね。

この部屋がこんなにも騒がしくなることなんて1年前では全く考えられなかった事であり、訪れる人が増えたことで温かみが増したような気がします。

こんな日が何時までも続けばいいなと願う気持ちを、とあるロシアの劇作家の言葉を借りて述べるのなら。

『幸福というものは、一人では決して味わえないものです』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、私がキャッツの選手と交友関係があると知った姫川さんに美城キャッツファンの会 名誉会員の称号を与えられ一緒に試合を観に行こうと度々誘われるようになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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