チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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女は優しさがすべて、優しさに勝る武器はないんだから

どうも、私を見ているであろう皆様。

先日、無事私達サンドリヨンのソロCDが発売され、ちひろの『花暦』の売り上げも順調に伸びているそうです。

一方私の『拍手喝采歌合』の方はというと、恐らくイベントに来ることができなかった舎弟達も購入していたみたいで、ステルスマーケティングを行ったのではと疑われるくらいの売り上げをあげていました。

財力にものを言わせて資源を無駄にするような買い占めといったみっともない真似だけはしないようにと厳命しておいたのですが、いったいどういう事でしょうか。

武内Pによると通販サイトの売上ランキングにおいて、同時期に発売されたBランク上位に属する人気アイドルグループのシングルCDと大接戦を繰り広げているそうです。

信じられますか?、これ公式アイドルランクDのソロCDの売り上げなんですよ。

きっと舎弟の舎弟が購入するというねずみ講紛いな連鎖反応が起きたのでしょう。

購入を強制したり、させたりするようなことは認めていないので、純粋に曲を気に入ってくれて購入してもらえたのだと思いたいですね。

私の歌声は置いておいて、拍手喝采歌合はかなりの良曲ですからある程度の売り上げはあると思っていましたが、こんな事態になるなんて考慮していませんよ。

まあ、そういったソロCDに関連した諸問題については一旦脇に置いておきましょう。

現在の私が解決すべき最重要課題は、昼行燈より参加を打診されている複数のアイドル事務所共同による大型イベントについてです。

 

 

「アイドル大運動会‥‥これに参加しろと?」

 

「実に渡君向けだと思ったんだがね」

 

 

渡された資料に目を通すふりをしながら、あからさまに大きな溜息をつきました。

チートのお蔭で一度パラパラと捲って流し読みすれば十二分に内容を把握できるのですが、こうやった方が様になるのでそうします。

やはり、一応はアイドルですから絵になる仕草というのは大切でしょう。

確かにこのイベントに私が参加すれば単独でも、他事務所のアイドル達を足元にも及ばないと嫌でも理解させられるレベルの完勝を約束できるでしょうが、その代償として出禁になる可能性が高いです。

美城だけでもこのレベルの大イベントは開催可能ですが、やはりそれにかかる費用や労力等を考えると共同開催の方が色々と押し付けることができますから参加できなくなるのは痛手と言えるでしょう。

他事務所の失敗分をこちらで補填してあげることで恩を売ることができ、顔繫ぎや便宜を図ってもらいやすくなると昼行燈お得意の謀略の場でもありますから、その辺の重要度は理解しているはずなのですが、いったいどういう風の吹き回しでしょうか。

 

 

「勝負で八百長をする気はないので、蹂躙にしかなりませんよ」

 

「おやおや、言うじゃないか」

 

「事実です」

 

 

本気になれば世界記録(男子)と同じ身体能力を出せる私と身体能力が高いと言われても大会等に出られる程ではないアイドル達を一緒に競わせるなんて、正気の沙汰ではありません。

勿論、全力を出すつもりはありませんが、それでも埋めがたい実力の差というものは出てくるでしょう。

美城チームではなく、私のみの単独チームだったとしても独走状態の首位で終わりそうですし。

そうなれば、美城の知名度はうなぎ登りになるかもしれませんが、蹂躙された側のアイドルファンや事務所からの恨みややっかみを受けることは間違いなしでしょう。

大人の世界というのはなかなかに面倒くさいものであり、独り勝ちをしていると周囲から十字砲火の袋叩きにしようとしてくる場合があるので、自分の利を確保しつつ適度に相手に花を持たせること大切なのです。

こんなやるせない汚くエゴに満ちた大人の事情に純真無垢なアイドル達を巻き込むわけにはいきませんから、こうして裏方仕事にも精通した私が頑張らねばなりません。

しかし、こうした裏調整事に私以上に精通しているはずの昼行燈がこのことに気が付かないはずがないので、きっと上層部から突き上げをくらったのでしょう。

いくら昼行燈の影響力が1部門の部長職を越えているとしても万能という訳でもありません。

 

 

「企画提案した事務所全てに私の体力測定結果を送り付けたらどうです?それなら、向こうから土下座してくるでしょうから」

 

 

体力測定の時も手は抜いていましたが、日本陸上の選手として選考される程度の記録は出しておいたので蹂躙されることが嫌でも理解されるでしょう。

事務所的にも自社のアイドルが活躍する部分がなくなってしまうと旨味が少ないでしょうし、八百長を仕掛けようにも既に私の身体能力の規格外さはアイドル業界において有名ですから不可能ですね。

こちらからではなく、相手方から申しださせることによって今後の交渉を有利に進める材料とする。昼行燈らしい老獪で狡猾な手腕です。

そのことを喜んでいいのかと問われれば微妙ですが、面倒事に巻き込まれずに済むなら役に立っているのでしょう。

 

 

「おや、いいのかい?」

 

「最初からこの言葉を引き出すつもりだったのでしょう?」

 

「さて、どうかな」

 

 

紫煙を燻らせながらご明察と言わんばかりの笑顔を浮かべているのが実に腹立たしいですね。

 

 

「まあ、渡君達の見せ場もちゃんと用意しておくから安心してくれていいよ」

 

「楽しみにしていますよ」

 

 

何だかひどい扱われ方しかしない予感がしましたが、こういったことは昼行燈に丸投げしておけばまず間違いはないでしょうから任せておきましょう。

本当にひどい扱われ方をしそうになったら武内Pが止めてくれるでしょうし。

 

 

「そういえば、渡君も用があったと言っていたけど、何かあったのかい?」

 

「ええ」

 

 

聴剄で足音の響きや調子から目的の人物がこの部屋に到着するまでの時間を逆算し、今から昼行燈が逃げ出そうとしても間に合わないことを確認します。

皆様なら良く知っていらっしゃるかもしませんが、私はかなりの負けず嫌いなのでやられっぱなしは性に合いません。

なので、ここで一矢報いてやることにしました。

 

 

「実は、とある部門の方から私に手伝ってほしいことがあると頼まれたのですが‥‥やはり、ここは今西部長にも話を通しておこうかと」

 

「そうかい。で、その相手は誰だい?」

 

 

余裕そうな表情をしていますが、その慢心が命取りなのですよ。

 

 

「‥‥モデル部門の土生(はぶ)部長です」

 

「なんだって!」

 

 

現在接近中の相手の名前を伝えた瞬間、昼行燈の顔が驚愕と恐怖に歪み、咥えていた煙草を落としました。

火のついたままの煙草がソファや資料に当たれば大変なことになりますから、雛罌粟(ひなげし)で起こした風圧で空中に巻き上げた後、指で挟んで確保します。

煙草の火を消しながら慌てふためく昼行燈の顔を満足げに眺め続けました。

今の私の気持ちを簡単に言い表すなら『この瞬間を待っていたんだ!』といったところでしょうか。

ああ、その表情が見たかったのですよ。

 

 

「は、謀ったね!渡君!」

 

「さて、何のことやら?」

 

 

昼行燈、貴方は良い上司でしたが、貴方が策謀家であるのがいけないのですよ。

恨みとは言いませんが、今まで散々無茶ぶりや策謀の餌食となったこともあるので不満は多少なりとありましたから。

今まで策に嵌めてきたのです、嵌められもしますよ。

嗜虐的な笑みを浮かべそうになるのをチートを以って抑え、最高に純真な笑顔で慌てて逃げ出そうとする昼行燈の姿を優雅に眺め続けます。

撤退までの判断が早いですね。ですが、無意味です。

部屋の外へ脱出しようと扉に手を伸ばしますが、その手がドアノブを掴む前に動き出しゆっくりと扉が開かれました。

 

 

「あんらぁ、そんなに慌てて出迎えてくれるなんて‥‥吾輩、感激ぃ!」

 

 

扉を開けて現れたのは、346プロダクション モデル部門の土生(はぶ) 志枝留(しえる)部長です。

武内Pや諸星さんを上回る2m近くの長身、古代ギリシアの肉体美にも劣らぬはち切れんばかりの強靭かつ均整の取れた肉体、立っているだけで雄々しさと優しさに溢れた芳香が漂い、きっちり固められたオールバックからまばらに垂れた前髪、きちんと整えられた口髭顎髭にその間にある唇には紫色のグロスが塗られ蠱惑的な魅力を漂わせていました。

この説明が長いと感じる方に簡単に説明すると『ガチムチなおかま』でしょうか。

実際、ハーフだそうで彫りの深い顔立ちと白人系特有の筋肉量を持っており、モデル部門の部長として肉体の研鑽に妥協しないので黄金比率ともいえる素晴らしい肉体をしていて、まるで美術館に展示されている巨匠たちの彫刻像が動き出しているかのようです。

『LOVE&PEACE』がポリシーで、よく職員の誰かが熱烈なハグの餌食となっていますね。

おかまと表現しましたが、それは無駄に洗練された無駄のないモデルウォークと普段の言葉づかいから言われているだけで、本人は根っからのクリスチャンで同性愛という気はなく、ハグも『性愛(エロース)』ではなくすべて『真の愛(アガペー)』から来るものだそうです。

因みにこのハグ、油断していたとはいえ私ですら一度だけ餌食になったことがあると言えば、その強力さと恐ろしさを理解していただけるでしょう。

吸引力の変わらないただ1つの掃除機も真っ青な凄まじい吸引力で、熱い胸板と胸筋の柔らかくもゴリゴリとした感触とその何とも言えない芳香の合わせ技は体感時間が何倍にも引き伸ばされているようでした。

その恐ろしさ故に美城社内では『福音を告げてしまう者(エヴァンゲリスト)』というあだ名が付けられていて、何も知らない新入社員がハグの餌食となることが芸能部門に所属する者の洗礼だと言われています。

私もその後も何度か餌食になりかけましたが、組み合いによる力比べで互角に持ち込んで事なきを得ています。

リミッターを掛けているとはいえ、私と互角に組み合える腕力を持っているのですから、現代のもやしっ子では到底太刀打ちはできないでしょうね。

色々な策謀を巡らせる昼行燈とは対照的に100%の善意とその力をもって行動する土生部長は、昼行燈にとって相性がかなり悪く、数少ない天敵と言える存在です。

 

 

「土生!」

 

「久しぶりねぇ、なかなかアポを取ろうにも難しいから」

 

「そ、そうだね。お互い部長職として忙しいからね!」

 

 

昼行燈は扉の外へと逃げ出したいのですが、土生部長の巨体が邪魔ですし、逃げようにも距離が近すぎてその前に捕まるでしょう。

今考えると土生部長は最近勢力を拡大している美城のフリーダムなハーフ達の元祖と言える存在なのかもしれません。

こんな珍獣的な扱いをされる土生部長ですがその手腕は確かなもので、モデル畑から転向してきたアイドルは全て土生部長からの推薦によるものです。

特にアイドル部門が発足した当初に『この娘なら、きっと大輪の花を咲かせるわ』と楓を推しており、その先見性はトップアイドルとして活躍する姿を見れば理解していただけるでしょう。

その人を見極める目に関しては私をして規格外と言いたくなるレベルで、本人すら気が付かなかった才能をいち早く見抜きそれを開花させるので、慕う部下達はかなりいます。

性格さえまともならもっと出世していたのではと言われているくらいですからね。

さて、このままここにいると私まで巻き込まれてしまいそうですから、全速力で当領域からの離脱をしましょう。

 

 

「では、私はこの後収録があるので失礼します」

 

「渡君!私を見捨てる気かい!?」

 

「わかったわぁ、まゆちゃんにもよろしくねぇ」

 

「わかりました」

 

 

昼行燈の絶望に染まった叫びを無視して、私は自然な素振りで2人の脇を通り抜けて部屋を後にします。

入り口から見えない場所まで歩いたら、そこからは音を立てない全力疾走で離れました。

走り去る最中に潰されたカエルのような壮年男性の声が聞こえた気がしましたが、きっと聞き違いでしょうね。

だって今日も346プロダクションは平和な日々が続いているのですから。

 

 

 

 

 

 

この世界のアイドル料理バトル番組には2つのタイプがあります、1つは料理自慢のアイドル達が己の腕を競い合うまっとうなタイプ。

もう1つはミニゲームや罰ゲーム等といった娯楽要素を重視したバラエティに特化したタイプ、この2つです。

私としては純粋な技能を競う前者の方が好みなのですが、麻友Pが持ってきた仕事は後者に属するタイプでした。

料理の合間にいくつかミニゲームがあり、その結果に応じて選べる食材や審査結果に影響が出てくるそうです。

食べ物で遊ぶような真似はあまり歓迎できないのですが、だからと言って仕事に手を抜いてしまうのは社会人あるまじき行為ですので、真剣に勝ちにいきましょう。

といっても、本当に全力でやってしまうと相手方のやる気を損ない番組的にも旨味が少ないでしょうから、基本的に佐久間さんのサポートに努めましょうか。

既に撮影は始まっていますが、こういった番組は初めてではない佐久間さんは特段気負ったような気配はありませんし、大丈夫でしょう。

今回の対戦相手である他事務所のアイドル達は、もう勝った気でいるのかわかりませんが、余裕に満ちた挑発的な笑みを浮かべています。

事務所が違えば入ってくる情報も断片的になるでしょうから、私達の実力を全く知らないのでしょう。

黒歴史時代の私なら挑発に対して人間讃歌を謳う為の試練で返していたところですが、今の私は淑女的ですから運が良かったですね。

 

 

『今回のお題はこれだぁ!』

 

 

司会の声と共に定番のドラムロールが流れ出し、キッチンの中間地点に設置されたモニターに丸っこいフォントで描かれたハンバーグという文字が表示されました。

隅の方には可愛らしくデフォルメされた絵が添えられており、アイドル番組らしい可愛さ重視の展開は出演アイドルの中で唯一10代ではない私には似合わないなんて言葉で収まるようなものではありません。

勿体ぶって表示しましたが、事前にメニューは通達されているので今更驚きも何もないのですが、ここはリアクションを取らねばならないところなので不自然にならない程度に考えるふりをします。

 

 

『では、材料選びの前に第1ゲーム 食材ハンティングの時間だぁ!!』

 

 

白い炭酸ガスが大量に噴射され、スタジオの奥からそれぞれ点数が付けられた動物型や野菜型の標的が現れました。

この番組の最初に行われるゲーム『食材ハンティング』は、簡潔明瞭に説明するならただの的当てですね。

チームに振り分けられた6つのボールを使って動く標的を狙い、命中した際にその標的に記されている分のポイントを得ることができます。

最終的に獲得したポイントを食材と交換していくシステムなので、高級食材をふんだんに使ったものを作ろうとする際にはこのゲームで相応のポイントを稼がねばなりません。

もし全て外してしまってポイントを得ることができなかったとしても、救済措置として基礎ポイントが設定されていますから普通より少し下のランクの食材をそろえることは可能です。

今回私達の作るハンバーグには、国産のものが望ましいというだけで特に高級な食材を使用するわけではないので、普通に遊びとして楽しんで問題ないでしょう。

スタッフからそれぞれのチームの前にボールが渡され、どちらが何個投げるかを決める作戦会議の時間が与えられます。

 

 

「師匠、どうします?」

 

「別に高得点を得る必要はありませんから、佐久間さんが5球投げていいですよ」

 

 

こんな年増なアイドルがゲームに興じる姿なんて見ていて痛いだけですし、それに見せ場を作るのも私は1球で十二分でしょう。

並べられた6球のうち最も重心が安定していなくて投げた際のブレが大きくなりそうな1球を選び、黄金回転の要領で掌の上で回して遊びます。

掌から指先に、指先から手の甲、再び掌へと、静かにしかし無限の可能性を秘めた回転を伴いながら滑るボールの様子は、並の大道芸には負けない自信がありますよ。

カメラマンもそれに気が付いてくれたのか、相手方よりも私達の方にカメラが向く割合が増えています。

 

 

「もう、子供っぽいですよ」

 

「大人だって隙あらば童心に帰りたいものなんですよ」

 

 

大人になるにつれて制約が増えていき、自分が思うままに自由に振舞える機会は減っていきます。

ですが、どれだけ年齢を重ねようとも人間の心の中には子供の部分というものが存在し、それを解放したいという欲求を少なからず抱えているのです。

だからこそ、現代社会において気軽に稚気を解放できるゲーム等にのめり込む大人が出てくるのでしょう。

 

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんですよ」

 

 

アイドルとして半社会人でもある佐久間さんですが、それでもやはりまだまだ庇護されるべき子供なので、この辺のことはわからないようです。

顎に人差し指を当て可愛らしく小首を傾げて、不思議そうな顔をしていました。

この年頃は年齢を重ねれば自動的に大人になれるものだと疑っていないでしょうから、いつまでも大人になりきれない大人がいるなんて思ってもいないのでしょう。

そんな考えは甘いと否定することは簡単でしょうが、それはせっかく綺麗に保ってきた純白のシーツに泥を投げつけていつか汚れるものなのだから仕方がないと言い訳するような唾棄すべき行為です。

現実は甘くないですが、そこに個人の独善的な考えを押し付けるのは間違っているでしょう。

いつかそれを知った時に、先達として優しくアドバイスして導いてあげるのが一番なのではないでしょうか。

まあ、その役目を担うのは私ではなく麻友Pでしょうけど。

 

 

『作戦会議しゅ~~りょ~~!!じゃあ、先行は346チーム!!』

 

「はい!」

 

 

アナウンスに促されて、ボールを抱えた佐久間さんと共に投擲ポジションへと移動します。

標的との距離は殆ど置物状態の低ポイントのものまでが2.5mで射線が確保しにくい上に複雑に回避行動をとる最高ポイントのものが7mといったところでしょうか。

距離としては近いのですが配置や動きが嫌らしく、高得点を狙うには正確に投げないとその手前にある他の標的にヒットしてしまう事になるでしょう。

周囲の標的の動きに留意しながら、如何に素早く的確に狙った獲物を射抜くかが鍵となりそうですね。

 

 

『おおっと、346チーム!大胆にも半分ではなく、まゆちゃんに大半を託したぁ!これは、どういう作戦だ!?

その隣でボールを回している七実さんは余裕といった表情だ!もしや、これは伝説が生まれるのかぁ!』

 

 

お望みとあらば伝説を作ってあげても良いですが、そうすると佐久間さんや相手アイドルの活躍もかき消してしまいかねませんから、とりあえずは状況の推移を見守りましょう。

 

 

『さあ、346チーム1球目はまゆちゃんが投げるようです!その可愛らしい細腕から、いったいどんな球が投げられるのでしょうか!』

 

「‥‥いきます」

 

 

佐久間さんが1球目を投げましたが、テレビ出演には緊張しなくてもこういったゲームには緊張しているのか、無駄な力みが多すぎてリリースフォーム安定しておらず上半身や腕がぶれていて、あれでは狙った場所には飛んでいかないでしょう。

投げられた球は重力と不安定な回転の影響を受けて最初に狙っていたであろう標的から少しずれた、低めの点数のものに当たりました。

 

 

『346チーム、まずは40ポイント獲得!』

 

 

基礎ポイントは200で1ポイントが10円となる計算ですから、この後が全てこの点数だったとしても問題ありません。

七実特製 男の為のがっつり和風ハンバーグは、予算に合わせて肉の等級を調整することで高級志向の味わいから金欠な方でも美味しくできる応用性の高さが売りですから。

くず肉でも手間を惜しまず心を込めて調理すれば、相応の味わいとなって出てくるのです。

料理は愛情というのは、食べて欲しいその人の為に手間を惜しまずに美味しくなるよう丁寧に料理していくことなのだと私は考えます。

 

 

「思ったより、むずかしいですね」

 

「出だしとしては、まずまずでしょう。楽にいっていいですよ」

 

「わかりました」

 

 

その後も佐久間さんは次々にボールを投げていきましたが、結果は60、40、ミス、110でしめて250ポイントを獲得しました。

私のハンバーグを作るのなら基礎ポイントを合わせた4500円分で十分過ぎる位なのですが、佐久間さんやスタッフ、そして観客席から向けられる期待の視線が私を突き刺します。

過大評価という訳ではありませんが、もっと波風を立てずに穏やかに進行させたいのですけどね。

全球を投げ切った佐久間さんと入れ替わるように投擲位置であるサークルに入ります。

掌の上のボールは音も立てずに黄金回転を維持し続け、放たれるその時をひっそりと待っていました。

 

 

『さて、346チーム最後の1球は七実さんだ!さあ、番組史上初の最高ポイント獲得なるか!注目せざるを得ません!』

 

 

だから、煽りを入れないでください。余計にやり難くなりますよ。

最高ポイントの標的はボールの1.3倍程度しかありませんし、動きも緩急を兼ね備えていて、妨害するように配置された周囲の標的を避けて当てるのは、余程の豪運に恵まれない限り不可能な至難の業でしょう。

但しそれは一般人視点から見た場合の話であり、見稽古によって人類の到達点までに極まった私にとっては御遊びに丁度良い程度でしかありません。

折角ですから、師匠っぽく格好をつけさせてもらいましょうか。

 

 

「佐久間さん」

 

「はい」

 

「どれに当てて欲しいですか?」

 

 

投擲位置から首だけ振り向いて、少し気障な言い方で尋ねました。

ここで普通に投げて当てても盛り上がるでしょうが、あえて佐久間さんに指定してもらうことによって縛りを課したように見せかけて更に盛り上がらせるという寸法です。

成功する確率が高いのにあえて難しくみせることによって成功時に得る周囲からの評価を高くする、所謂セルフ・ハンディキャッピングというやつですよ。

バレてしまえば卑怯者と誹られるでしょうが、こういったものはバレなければ正義なんです。

 

 

『おおっと、ここで七実さん!自分の狙う標的をまゆちゃんに任せるようだぞ!』

 

「では、3000ポイントで♪」

 

『そして、まゆちゃんの指定したのは最高ポイントだぁ!!これは面白くなってきたぞぉ!!』

 

「わかりました」

 

 

間髪入れずに最高ポイントを指定してくるあたり、佐久間さんは私のしたいことをよく理解してくれていて助かりますね。

流石は、我が弟子です。今度、武内Pから麻友Pの好きな食材や味付けなどの情報を仕入れて、それを基にいくつかレシピを作ってきてあげましょう。

私の記憶の中に存在するレシピの数は本にしようとすると大辞泉級の厚みで何冊分にもなり、今現在も随時更新中ですからね。

さて、その件は一旦置いておいて、今はこのゲームに集中するとしましょうか。

一応、コースを見極めるふりをしてCM用のためは作りましたから、これで後の編集する人達も少しはやりやすくなるでしょう。

素早く片付けるというのも重要ですが、物事には適度なためを作って緩急をつけることも同じくらいに重要だったりするのです。

これから投げるのは人類最速の男の投法に黄金回転を加えた、人類記録更新の可能性を無限に秘めた究極の1球です。

惜しむらくは、今後のアイドル活動に出る影響の事を考えると全力で投げることはできないことでしょう。

私の体格に合わせて最適化された身体運びで、一切ぶれることなく理想の軌跡でボールをリリースします。

放たれたボールは無限の力を持つ黄金回転によって重力という軛を振り切り、その加速を一切失うことなく延びていき、狙いから寸分違わず標的の中心に命中しました。

重い衝突音がスタジオに響き渡り、佐久間さんやスタッフ等の関係者全員が静まり返っています。

本当は130km/h前半位にしておくつもりだったのですが、黄金回転が加わったせいか150㎞/hは余裕で出ていましたね。

こんなお遊びゲームにスピードガン等の計測装置は用意されていないでしょうから、バレることはないでしょう。

 

 

「達成しましたよ」

 

「‥‥流石は、師匠ですね」

 

 

番組史上初の快挙かもしれませんが、私にとってはできて当然の事なのでそれを誇ることなく投擲位置を後にして佐久間さんの下へと戻りました。

観客から送られる万雷の拍手の中で、何事もなかったかのように振舞う姿に佐久間さんは少々呆れたように溜息をつきます。

その反応の仕方が段々とちひろ達に似てきているような気がするのは、気のせいでしょうか。それとも、私の相手をしていると必然的にこうなってしまうのでしょうか。

恐らく、後者のような気がしてならないのは杞憂だと思いたい所ですね。

 

 

『きょ、強烈ぅ!目にも留まらぬ剛速球で、見事撃ち抜いたぁ!!これは文句なし、346チーム3000ポイント獲得!!』

 

 

梅に鶯、有言実行、瞠若驚嘆

この料理番組が平和に終わってくれればいいのですが、まだまだ波乱は起こりそうです。

 

 

 

 

 

 

『圧倒的!3対0で、勝者346チーム!!』

 

 

ファンファーレ的な音楽と演出共にカメラが私達の方へと向けられます。

私達の対戦相手となってしまったアイドルには申し訳ありませんが、勝負事なので遠慮なく勝ちにいかせてもらいました。

相手のハンバーグもきちんと考えられていて何度も練習していたのか調理も丁寧で、食べたわけではないので味は材料や調理姿から想像するしかありませんが、ぎゅっと食べる人のことを慮った気持ちの入ったいい料理でしょう。

精一杯頑張った上で完敗して眦にはうっすらと涙を浮かべていますが、それでも気丈にアイドルとして振舞おうとしていました。

瞳には絶望に染まった暗い色は一切なく、小さいですが次は負けないという闘志の炎が揺らめいていますから、きっとこの娘達は大成するでしょう。

アイドル関係者には、私の心の良い所を擽る人材が多すぎて困りますね。

これではいつか本当に、心の封印が解かれてしまい人間讃歌を謳わせてくれと叫ぶ日が来てしまいかねません。

 

 

「やりましたね、師匠♪」

 

「そうですね」

 

 

負けることはないとわかっていても勝利の美酒というのは格別であり、私達は互いの頑張りを称えるようにハイタッチを交わします。

佐久間さんの嬉しそうな笑顔を見ることができた。それだけで、この仕事を受けた甲斐があったというものです。

 

 

『‥‥チームのハンバーグも素晴らしい出来でした。

ですが、346チームのハンバーグは目の前で作ってもらわなければ、とてもアイドルが作ったとは思えないクオリティだったのです』

 

『玉ねぎは付け合わせ、たまご等も使わない。ハンバーグとは言い難い筈なのに、この料理はれっきとしたハンバーグでした』

 

『御託はいらない。おかわりありませんか』

 

 

審査員を務めた人達が感想を述べながら、番組は終わりへと進んでいきます。

勝利者特典として宣伝タイムも貰えたので『拍手喝采歌合』についても宣伝し、佐久間さんも今度出演が決まったドラマについて話していました。

自ら積極的に虚刀流についていろいろ詰まった黒歴史の片鱗ともいえる代物を拡散していきたくはないのですが、これで給金を貰っている立場なのですから感情で会社への利益を削るような真似はできません。

そして、無事全撮影工程を終えた私達は控室に戻り、迎え役の武内Pが到着するのを待っています。

佐久間さんとしては、麻友Pが来てくれないことが少し不満なようですが、仕事が忙しいということに対する理解もあるので文句は言っていません。

『良い女性は、相手の仕事に理解を示すものですから』と、料理を教えている対価として無理矢理教えられている恋愛講座でそんなことを言っていましたから、それの実践なのでしょう。

しかし、私は恋愛事に興味はないと言っているのに『師匠の場合は、知っておかなければ余計にひどいことになりますから』と主張を認めてもらえず、ちひろや楓といった法廷メンバーも賛同したため、私が折れざるを得ませんでした。

確かに、以前はやらかしてしまいましたがこれでも成長しているのですから、もう少し信頼してほしいですね。

 

 

「佐久間さん、今日の撮影はなかなかにハードでしたが、疲れとかはありませんか?」

 

 

この番組のゲームは身体を使うものが多くそれに加えて調理も行うのですから、普通の番組撮影よりも消耗は大きいでしょう。

バラエティ慣れしている輿水ちゃんなら、自身のリアクションをとるタイミングを周囲の空気から読み取り体力を温存しておいても良い場面を見極められるのですが、普段はモデル系の仕事が多い佐久間さんには難しいでしょうね。

私の見立てでは体力消耗率は40%といったところでしょうか、やはり普段の運動量が少ない佐久間さんは瞬発的な部分は優れていても持続力はないようです。

 

 

「実は少し‥‥後、まゆって呼んでください」

 

 

佐久間さ、いえ、まゆから名前呼びを承認されて、私は心の中でガッツポーズを取りました。

師弟関係を結んでいるのですから、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達に名前呼びを許されたのですし、好感度の高そうな交友のあるアイドル達もできればそうしたいなと思っていたのです。

ですが、基本的に臆病な小市民的感性な私はなかなか自分からそれを言い出せないのでした。

攻めの印象が強く持たれがちな私ですが、実際はかなり受動的な人間なのです。

それは置いておき武内Pが来るまでにはもう少し時間がありますし、この控室もまだ使っても大丈夫なようなのでゆっくり休憩させてもらいましょう。

 

 

「では、まゆ。武内Pが来るまでもう少しかかるみたいですから、ちょっと横になって休みましょう」

 

 

私は畳の上に正座をして、膝の上をぽんぽんと叩いてそう言いました。

筋肉質な私の膝枕では固すぎて寝難いのではないかと思う方もいるかもしれませんが、筋肉を脱力させることによって快適な柔らかさを再現することなど朝飯前です。

座布団があるのでそれを使えばいいのかもしれませんが、甘やかしたがりな私はものではなく自分で甘やかしたいのです。

 

 

「‥‥膝枕ですか?」

 

「はい」

 

「それだと、師匠が休めないんじゃあ?」

 

「あの程度で疲れるほど、やわではありませんよ」

 

 

寧ろ、甘やかさせてくれる方が1日の休日にも勝る休息となるでしょう。

 

 

「じゃあ、失礼します」

 

 

真剣な眼差しで催促すると、疲れのあるまゆははいはいで私の膝の元までやって来てゆっくりと頭を預けてきました。

まゆの頭の形や重みに応じて筋肉を脱力させて程良い柔らかさを作り出します。

普段はその規格外さばかりが目立つ肉体的チートですが、それをちょっと応用すればこのように最高の癒しにも転ずることが可能なのですよ。

ゆっくりと毛先まで手入れの行き届いた絹のような手触りの髪を、それが作り出す流れに沿うように優しく撫でていきます。

最初は戸惑っていたまゆでしたが、私の与える至高の癒しの魔力に抗えるはずもなく次第に心地良さそうに目をとろんとさせてきました。

 

 

「これ、ダメです。癖になりますぅ」

 

「良いですよ、癖になっても。何度でもしてあげますから」

 

「優しい言葉はもっとダメですぅ」

 

 

私としては甘やかせる相手が増えることは大歓迎なのですが、この年代の少女は自立心とかプライドとかいったものが特に強いお年頃ですから、素直に甘え辛いのでしょう。

まあ、そんな事お構いなしに私は甘やかしますが。

 

 

「そういえば、ブラウニーを焼いてきたのですが、食べますか?」

 

「もちろん」

 

 

まゆにも食べてもらおうとたくさん焼いてきたので、断られなくて安心しました。

アイドルでも特に身体のラインを気にするモデル系の娘の中には徹底した食事制限を課している子もいますから、こういったカロリーの高いお菓子系は嫌がられるのではと少し不安だったのです。

某25歳児のように、モデル畑にいた癖に好きなように暴飲暴食の限りを尽くすタイプもいますが、あれは例外中の例外でしょう。

菜々の実家であるウサミン母星から送られてきた落花生や甘めのチョコレートを使ったこのブラウニーは、かなりの自信作です。

しっとりとした舌に絡む濃厚で風味のある甘みの中に落花生の歯ごたえと微かな塩気が心地よい仕上がりになっていて、持っていく前の試食役を泊まっていた瑞樹と早苗に頼んだら美味しくて止まらないと文句を言われながら予備に作っていた1つを完食されました。

危うく、持っていくものにまで手を付けられそうだったので、そこはなんとか死守しました。

これをちひろ達にも食べさせなかったら、後で何を言われるかわかりませんからね。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

近くに置いていたカバンからタッパーに入れていたブラウニーを取り出し、まゆの口元に近づけます。

 

 

「自分で食べられますよ」

 

「まあまあ、いいじゃないですか」

 

「‥‥師匠は強引ですね」

 

「強引な人は嫌いですか?」

 

「‥‥その質問は、卑怯ですよ」

 

 

私の意地悪な質問に少しへそを曲げてしまったまゆは、ブラウニーを咥えると顔を隠すようにそっぽを向いてしましました。

それでも、膝の上から退こうとはせず、手が止まりそうになるとちらっと横目で見てくるのが可愛らしいですね。

ちょっと反抗期に入った娘を甘やかすのは、こんな感じなのでしょうか。

つんとした態度の1つにまで愛おしさが沸き上がってきて、いつまでもこうしてあげたいと思う優しい気持ちで胸が一杯になりそうです。

穏やかでのんびりとした時間の中で、まゆは膝枕の上でブラウニーを食べ続け、私はそれをただ眺め続ける。

会話はありませんが、それを苦痛に思わない言葉にはできない幸福感がありました。

そんなやさしさに包まれた私の気持ちを日本の紫綬褒章を受章したことのある女優で作詞家の母親の言葉を借りて述べるのなら。

『女は優しさがすべて、優しさに勝る武器はないんだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、甘やかされることを気に入ったまゆが屋上庭園等でも度々頼んでくるようになり、例の事件もあり私にその気があるのではと噂されたり、シンデレラ・プロジェクトの何人かや25歳児にも甘やかしてほしいとお願いされたりするようになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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