チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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2ヵ月近く更新が滞ってしまい、申し訳ありませんでした。
パソコンの不調とリアルの諸事情に加え、スランプ気味になり滞っていました。

心配してくださった皆様方、本当にありがとうございました。
これからも不定期なるとは思いますが、拙作にお付き合いいただけると幸いです。


良き友は人生の支えであり、人生を生きゆく上の喜びである

どうも、私を見ているであろう皆様。

策の通用しない愛と平和の化身を使ってあの昼行燈に一矢報いてやったり、アイドル同士の料理バトル番組で大人気なく本気で勝ちにいったりとかなり充実した日々を過ごしました。

あの日の一件以来、まゆの甘えん坊属性が解放されてしまったのか、それなりの頻度で甘えに来ます。

私の膝枕はそんじょそこら高級枕にも負けない寝心地だという自負はありますし、撫でスキルも百獣の王であるライオンすら子猫のようにしてしまう魔性のものですが、ここまで癖になるとは思いませんでしたよ。

甘やかすのは嫌いではなく、寧ろ好ましいのでいつでもウェルカムです。

まあ、まゆの場合は麻友Pに甘えられない分のフラストレーション発散もあるのでしょう。

理解があるように振舞っていても、どこか青さの感じる10代の恋心というものは鉄の意志を以ってしても抑えるのは容易ではないでしょうから。

もっとも、男女間における恋だの愛だのを殆ど理解していない私が偉そうに語ってみた所で、知ったかぶり以外の何物でもないですね。

元々仁奈ちゃんやシンデレラ・プロジェクトの年少組、25歳児を甘やかしていたのですから、今更その人数が少し増えた所で問題はないでしょう。

それが一気に増えたのは少々驚きましたが、私の包容力の限界を超えるほどではありません。

 

まあ、そんな私の近況報告はさておき、本日私は武内Pにシンデレラ・プロジェクトのデビュー第二弾についての相談を受けていました。

武内Pの考えとしては蘭子を単独デビューさせようと考えており、説明された理由からも妥当な判断だと理解しています。

蘭子の厨二病真っ盛りの独自世界観は誰かと合わせられるものではありませんし、合わせてもらおうとするとその相手の良さを殺してしまいかねません。

どちらかの良さを殺してしまえば、どこかで歪みを生じていつか崩壊へと繋がるでしょう。

私が全力を出せばかなりの延命治療は可能ですが、根本治療ではなく対症療法なので結末は変わりません。

それどころか、長く続いてしまった分だけ揺り戻しが大きく来てしまい、最悪蘭子や組んだ相手がアイドルを辞めてしまうという事になりかないです。

感情を排して理に従うのなら、武内Pの考えの通りに進めた方が万事上手く進むというのはわかっているのですが、私の心情的には蘭子にも誰かとユニット組んで誰かと目標を達成する快感を味わってもらいたいのです。

過保護的な考えであるというのはわかっています。これが私自身に提示されたものであれば、いくら心情的に嫌だと思ってもそれを排して従うでしょう。

蘭子はまだ14歳。黒歴史を絶賛更新中という事もあり、自身の思うままに振舞え心底信頼し合える相手もまだまだ少ないはずです。

そんな娘だからこそ、仲間と共に何かを築き上げる達成感を味わってほしい。感情に囚われて、そう思ってしまうのはいけないことでしょうか。

 

 

「渡さん、いかがでしょうか」

 

「あの独特な世界観を共有できるアイドルはシンデレラ・プロジェクトには居ませんから、考えうる限り最善と言えるでしょう」

 

 

どんな苦境においても自分を曲げないであろう不屈の精神を持つみくならばとも考えますが、みくが進みたいのはねこキャラを前面に押し出したキュート系なアイドルであり、幻想さに重きを置いた物語性の強い蘭子の世界とは少し方向性がズレます。

上手く統合させられないこともないでしょうが、そうするとみくはねこキャラというよりも面倒見のいい世話焼きキャラが定着しかねません。

智絵里は雰囲気に流されやすく、自分より他人を優先する質ですから、組ませると方向性をこちらの都合で押し付けるような形になりかねないので、なるべく自身でアイドル像というものを固めて欲しいですね。

 

 

「そうですか。では、明日にでも皆さんに通達しておきます」

 

「‥‥わかりました」

 

 

ごめんなさい、蘭子。人類最高峰のチートに恵まれているはずの私は、無力でした。

苦虫を噛み潰したよう顔をしそうになるのを必死に堪え、渦巻くような自身に対する失望や落胆といった感情を心の中でゆっくりと消化していきます。

ここで感情を表に出してしまえば、武内Pの心に楔を打ち込むようなことになってしまうでしょう。

折角、自身を車輪と化していた呪縛から解き放たれ、今まさに人間讃歌の輝きへと向かいつつあるのを他ならぬ私自身が邪魔するなど許せません。

 

 

「渡さん?」

 

 

複雑な感情を消化していると武内Pに心配そうに声を掛けられました。

言葉や態度に感情が漏れてしまっていたのでしょうか、だとしたらチートを使ってでも引き締めなければなりませんね。

普段ならチートを使うまでもなく押し込められるのですが、どうやら自分でも気が付かないうちにシンデレラ・プロジェクトのメンバー達が占める心の割合はかなり大きくなっているのかもしれません。

様々な人物に入れ込み過ぎて色々とやらかし過ぎた黒歴史時代を反省してはいましたが、これは気をつけないとまたやらかしてしまいそうです。

そうなる前に気が付けた分だけましと言えるでしょうが、今後も徹底した心の管理をしておかなければなりません。

 

 

「はい、何か?」

 

「‥‥いえ、何でもありません」

 

 

不自然にならないように気をつけながら完璧な笑顔を作り上げると、武内Pは伝えようとしていた言葉を飲み込みました。

右手を首に回して少し困ったような表情を浮かべていますので、早急な話題転換による雰囲気変更をしなければならないでしょう。

話題作りがそこまで得意ではない私ですが、武内Pに関して雑談に丁度いいネタがありましたのでそれを使わせてもらいましょう。

 

 

「そういえば、最近口調を変える練習を頑張っているそうですね」

 

 

武内Pが車輪から脱して、シンデレラ・プロジェクトが本当に一丸となったあの日、未央から提案された『試しに丁寧口調をやめてみる』というのを、この不器用極まりないプロデューサーは律儀に練習しているそうなのです。

ちひろが飲み会の場で口を滑らせ、それに楓が食いつき、最近は予定が空いていて時間が取れた方と練習しているようですね。

無理に変えることはないと思うのですが、アイドルからの要望にはできる限り応えていきたいというスタンスなのはドが付くほど真面目な武内Pらしいとは思います。

 

 

「はい。現状、結果は芳しくありませんが」

 

「口調というものは長年の積み重ねで定着してしまっていますからね。そう簡単に変えられるものではないでしょう」

 

 

特に丁寧な口調というのは大抵の場合で通用しますし、度が過ぎてしまわない限り好意的に受け入れられますから、社会人になってずっと使っていると親しい間柄の人間以外にそれ以外の口調を使おうとすると違和感が凄まじいのですよね。

私の場合砕けた口調を使おうとすると高圧的と言うか、黒歴史感が出てしまうようなので封印の意味を兼ねて親族以外には使わないようにしています。

演技スキルも見稽古済みですから、その気になれば口調を変えるどころか全くの別の人間として完璧に振舞うことは可能でしょう。

 

 

「難しく考えず、自然な感じでいけばいいと思いますよ」

 

「そう‥‥なのでしょうか」

 

 

武内P的にはあまり納得がいっていない様子ですが、こういったことは明確な答えが存在する数学的な問題ではなく、人の数だけ答えの形があるタイプですからね。

 

 

「彼女達も武内Pとの関係を良好にしたくて、そのとっかかりとして丁寧口調をやめてみたらと提案しただけでしょうから。もっと親しみやすい口調であれば、概ね受け入れられると思いますよ」

 

 

丁寧口調は砕けた口調で話すことが多い未成年の少女達にとっては壁を感じる要因となり得るでしょう。

それに武内Pの場合は、他者から誤解を招きやすい容姿をしていますから相乗効果によってさらに威圧感が増し、壁と感じるのを加速させているのでしょうね。

 

 

「まあ、いきなりは難しいですから、最初は身近な人の真似から始めてみたらどうですか?」

 

「真似ですか?」

 

「はい、何事も物の習いは真似から始まるものです」

 

 

見稽古というチートを持って、人々から様々なスキルを習得して真似している私が言うのだから間違いはありません。

身近な人の真似と言われて丁度良い人物が思い浮かんだのか、武内Pの表情が少し晴れやかになります。

といっても、それなりに付き合いの長い私のような人間でなければ分からないような些細な変化でしょう。

 

 

「私は今の口調のままでいいと思っていますから、参考程度に聞いておいてください」

 

 

武内Pが思い浮かべた人物が誰なのか気にならない訳ではありませんが、ここで藪をつつくと蛇どころかもっと大変な何かを呼び出すこと間違いなしなのでやめておきます。

先程から、入り口の方向からちひろと凛の刺さるような視線が突き刺さってきていますし。

覗き見するくらいなら会話に混ざってくればいいのではと思うのですが、恋する乙女の複雑で奥ゆかしい、恋愛経験ゼロの私には到底理解できないような心情ではそれができないのでしょう。

私の危機回避能力は進化し続けているので、以前では踏んでいた地雷も見事に回避できるのです。

 

 

「はい、ありがとうございま‥‥いや、ありがとう。渡さん」

 

 

相手が避けたと思う先に罠を仕掛けるのは、罠師の基本でしたね。

まさか、地雷の方から足元の方へとやってくるなんて誰が思うでしょうか。こんなの考慮していませんよ。

入口の方から嫉妬のオーラが可視化したみたいで蒼い炎が揺らめいている気がするのですが、今のは不可抗力というやつではないでしょうか。

というか、2人共いつの間にそんなに仲良くなったのでしょうか。

同じ男性を懸想している仲間でありライバルなので、遅かれ早かれ友誼や同盟は結ばれるであろうとは思っていましたが、こんなに早いとは私の知らない間に何かあったのでしょう。

しかし、少し口調を変えただけで印象がかなり変わりますね。

丁寧さは残っているのですが、ですますが無くなるだけで距離感が近づいた気がして、暖かみのある感じがします。

 

 

「‥‥どうでしょうか。自分の父を真似てみたのですが?」

 

「良い感じだと思いますよ」

 

 

嫉妬の炎の勢いを焚火から火力発電ができそうなくらい進化させてしまう程度には。

自身の父親を真似たというのなら言葉から感じられる暖かみの理由も納得です。

きっと武内Pの両親は子供思いの優しい人なのでしょう。そう感じさせるだけの確かな何かがありました。

 

 

「しかし、父親の真似ですか‥‥なら、シンデレラ・プロジェクトのメンバーは娘達といったところでしょうか?ねえ、お父さん」

 

「い、いえ、そんなつもりは」

 

 

私の言葉に目に見えて狼狽する武内Pに私は、思わず笑ってしまいます。

ちょっとした冗談だったというのに、ここまで良い反応をしていると年少組の悪戯フルコースを乗り越えることなど不可能でしょう。

何事にも動じなさそうな巌のような外見をしているのに、中身はかなり初心で可愛らしい。こういったギャップがちひろ達の心を掴んで、ライバルでもない私に対しても嫉妬の炎を燃やすほどに成長させるのでしょうね。

 

 

「‥‥ねぇ、あの人ってホントに狙ってないの?」

 

「凛ちゃんの気持ちはよくわかるわ。でも、本当に無自覚なのよ」

 

 

扉の向こうからそんな声が聞こえてきましたが、本日は久方ぶりに割と平和な日々を過ごしています。

 

 

 

 

 

 

毎度ながら恋愛法廷は時間を取られてかないませんね。

ちひろ達から言わせれば私が原因となる種をまいているのだから仕方ないとのことなのですが、こちらの言い分としてそれは勘違いであると声を大にして言いたいです。

今日は凛のレッスンもあったため早めに閉廷されましたが、この件は後日楓も交えて再審議されるので完全に開放されたわけではありません。

面倒事の予感しかしない未来に溜息をつきたくなってしまいますが、今は小さな幸せを逃したくないので我慢します。

今日分の仕事はとっくに終わらせており、部下の仕事を手伝おうかと思ったのですが土下座して断られたので、現在は屋上庭園の噴水の淵に腰掛けてのんびりと空を眺めて過ごしていました。

仕事を手伝ってほしいと懇願するように土下座をするならわかりますが、まさか仕事をしないでくださいと土下座をしてくる社会人が存在するとは思わなんだですよ。

 

ゆっくりとしかし確実に肌を焼いてくる初夏に入ろうとする太陽に手を伸ばしました。

地球との距離によって掌で隠れてしまう程小さくなってしまっていますが、それでも発せられる熱は地球を温め絶えず照らしています。

アイドルは太陽と似ています。その笑顔を以って人々の心を照らし、思いを込めた歌や踊りでときめきのような熱を与える。

私はそんな誰かの為になるアイドルになれているのでしょうか。

神様転生でチートという類稀なる才能を頂き、この世界においてただ一人ずるをして苦悩など殆ど無縁の人生を過ごし、人々の積み上げた努力の結晶を掠め取るような真似をして自身の名声を高め、意志もなく流されるようにアイドルデビューという少女達の夢ともいえる世界に居座る。

勿論、私自身アイドル業を楽しんでいますが、それでもふとそんなことを考えてしまう事があるのです。

これが贅沢過ぎる悩みで、傍から聞けば気分を害してしまう傲慢極まりないものでしょう。

ですが、今が楽しくなればなるほどにその思いは大きくなっていくのです。

 

 

「あっ、七実さま♪」「七実ママぁ~~♪」

 

 

太陽に手を伸ばしたままの姿勢で思考の迷路に囚われていると、聞いただけで心の奥から温かいものが溢れ出しそうになる可愛らしい声によって現実に引き戻されました。

顔を確認しなくてもこの声の主を間違えることなどありません。

 

 

「みりあちゃん、仁奈ちゃん。どうしました?」

 

「何にもないよ?」「七実ママに会いに行くのに理由なんてねぇでごぜーます!」

 

 

表情筋を蕩けさせてしまいそうな可愛らしい笑顔を浮かべて私の元に駆け寄ってきた2人は、私の心を喜ばせる嬉しいことを言ってくれます。

会いに来るのに理由はいらないというのは、それだけ近しい間柄でなければ築くことができない関係でしょう。

そんな関係が築けるように努力は惜しみませんでしたが、このように目に見えた形になって表れるとなかなか感慨深いものがあります。

 

 

「そうですか」

 

 

だらしなく見えない程度に顔を綻ばせ、隣に腰掛けた2人の頭をゆっくりと慈愛の情を込めて優しく撫でました。

最近は何かと私の精神を削りにかかっているような出来事が怒涛のように押し寄せてきているので、現在のような何も起こらない穏やかな癒しの一時は貴重ですね。

嵐の前の静けさやボスラッシュ前のセーブポイント等といった不穏な言葉が頭を過らないでもないですが、そんな不確定未来に頭を悩ませていては今を謳歌できないので考えるのを辞めます。

 

 

「七実ママは、何してたでごぜーますか?」

 

「空を見てたんですよ」

 

「お空を?」

 

 

私の言葉に2人は可愛らしく首を傾げた後、全く同じタイミングで空を見上げました。

空なんて子供の頃は毎日のように見上げていた気がするのですが、年齢を重ねて大人になっていくにつれ上を見ていた視線は次第に下がってゆき目の前の事で精一杯になってしまい、最後には視線は下がりきり下の方ばかり見ていて空なんて見えなくなってしまいます。

何処までも続いていそうな無限の広がりを見せる青空は、数多の星々の輝きを宿す夜空とはまた違う良さがあり、見ていて飽きることはありません。

そういえば、アーニャに寮生組と希望者で星を見に行こうと誘われていましたね。

シンデレラ・プロジェクトも第2弾へと移行しつつあり、私も自身のソロCD発売イベントやそれに付随した営業でなかなか機会が作れませんでしたが、今度武内Pが予定を空けてくれるそうなので楽しみです。

人数が多くなっても良いようにハイエースをレンタルできるように予約しておきましたので、シンデレラ・プロジェクトの大半が参加希望を出したとしても対応できるでしょう。

全員が希望して乗れなくなってしまった場合は、武内Pにも車を出してもらうしかありませんね。

まあ、その場合ちひろや楓にも一報を入れておく必要があるでしょうから、さらに希望者が増える可能性があるでしょう。

全く、恋する乙女というのは七面倒くさいですね。

もう、さっさと玉砕覚悟で告白して恋仲になってしまえばいいのにと思ったことは幾度となくありますが、そう簡単に事が運ぶなら世の中は悩みのない世界になっているでしょう。

未来は不確定でどのようになるか分からないからこそ面白くもあり、わからないからこそ不安も生まれる。

それが懸想している相手の事となると感じる不安も私が想像しているものよりも何倍も大きなものなのでしょう。

いつの間にか変な方向に思考がそれていましたね。高速思考を習得しているので、現実ではそこまで時間経過はしていないでしょうが、だからといって2人を蔑ろにしてよい理由にはなりません。

 

 

「はい、空は良いですよ」

 

「そんなに、いいの?」

 

「落ち着かなかったり、焦ったりしてる時は空を見上げるんです。そして、動物に似た雲でも探してるといつの間にか気持ちが落ち着くんですよ」

 

「そうなんでごぜーますか!」

 

 

私がそう言うと2人は目を輝かせて雲を指さしながら『あれはワンちゃんかな?』『キリンもいやがりましたよ!』とすぐに夢中になり出しました。

そんな私が転生前から既に失ってしまっている純粋さに眩しさを覚えながら『いや、あれは蟹じゃないですか』と意見を述べます。

動物の雲を探すと良いと言ったのにその舌の根が乾かぬうちに甲殻類を挙げるのは良くないかもしれませんが、あの雲の形は間違いなく蟹でした。

まさか、あそこまではっきりとハサミの形が再現された雲があるとは思いませんでしたね。

自然というものは未だに科学で解き明かし尽くせない程の不思議が秘められているのですから、蟹に酷似した雲が漂っていてもおかしくはないでしょう。

 

 

「ア~~~ニャ~~~~!!」

 

ごめんなさい(イズヴィニーチェ)!!』

 

「今日という今日は許さないからね!」

 

 

動物雲探し(暫定ルール:甲殻類も可)に熱中しているとみくとアーニャの声とかなりピッチの早い足音が聞こえてきました。

何やらみくは大層怒っているようですが、またアーニャが持ち前のフリーダムさを遺憾なく発揮してしまったのでしょうか。

今回の怒りレベルは上から数えた方が早そうですから、余程の事をしてしまったのでしょうね。

しかし、ピッチの速さから凡その速度がわかるのですが2人はアイドルではなく陸上選手でも目指しているのでしょうか。

アイドルは身体が資本だからと2人で毎日のようにトレーニングをしているとは聞いていましたし、虚刀流の稽古をつけているので身体能力の高さは把握していましたが、普通の高校生なら喋らなくてもきついレベルの速度が出ています。

普段なら止めに入る所ですが、屋上庭園には私達以外の人間はいないので取り返しのつかないことが起きそうになるまで静観しておきましょう。

 

 

「待てぇ~~~~~!!」

 

いや(ニェハチュ)!!』

 

 

屋上庭園の中を只ぐるぐる回るのではなく、アメフトのような鋭いカットを交えたり、花壇の花を散らさないように気をつけながら飛び越えたりとアクション性も高く、体力測定を行った時からの身体能力向上が著しいですね。

この2人の追いかけっこは某ネコとネズミの追いかけっこアニメを思い出しますね。あれは何十年も前に製作された作品とは思えないくらいの名作中の名作でしょう。

正直、私は世界的に有名な著作権に厳しいネズミよりも好きですね。

しかし、この2人は私に憧れている節がありますから、それでアイドルとしての方向性を間違えつつあるのでしょうか。

体力はあって困ることはありませんが、行き過ぎてしまうと方向性が固定されてしまいかねません。

現在オファーが来ている仕事の8割が肉体労働系のバラエティ番組やスポーツ系と身体能力を試すものである私が言うのですから間違いありません。

 

 

「みくちゃん、アーニャちゃん、速ぁ~~い♪」

 

「みー姉もあー姉も頑張るですよ!」

 

 

みりあちゃんと仁奈ちゃんはそんな2人の様子に魅せられたのか、すっかり観戦モードに移行し応援をしていました。

もう少し一緒に動物雲探しをしていたかったのですが、2人の追いかけっこの方が派手さが上なので仕方ないことでしょう。

ちなみに、仁奈ちゃんがみくとアーニャの事をみー姉、あー姉と呼ぶのは、いつも通りフリーダムな方の姉による途中式を聞いても理解できない独自理論でまとめられた方程式による結果です。

まあ、本人達がいいのなら私が口出しすることではないので放置していますが、仁奈ちゃんまで虚刀流に引き込もうとした際にはきっちり阻止させてもらいました。

確かに若いうちから虚刀流を習得させていれば、みく達と同じ年齢に達した時には奥義を何個か修めることができるレベルになっているでしょうが、私は仁奈ちゃんが望んでいない内は修羅や羅刹の道を進ませるつもりはありません。

 

 

「アーニャ、変に杜若の足運びを混ぜると足を痛めますよ。みく、追うならば相手に気取られないように上手く誘導しないと」

 

「「はい!」」

 

「後、花壇の花を踏んだら‥‥明日の鍛錬は組手ですよ。勿論、だからといって手を抜いても組手ですけど」

 

 

追いかけっこに程良い緊張感を持たせる為に、ちょっとした縛りを設けます。

やはり、虚刀流を修めようとするならこれくらいの試練は鼻歌交じりで熟してもらわなければ困りますからね。

 

 

「えっ?」『‥‥(ローシ)

 

 

その言葉を聞いた瞬間に2人の顔から血の気が引いていきましたが、私は穏やかな笑みを浮かべたまま眺めていると本気だというのが伝わったらしく追いかけっこのピッチがさらに1段階あがりました。

組手といっても本気を出すわけではありませんし、攻撃パターンもそれぞれの型に対応した技のみに限定していますから、見て実際にどう扱えばいいか理解できるので有意義だと思うのですが、あまり好まれません。

やはり、傷や跡を残さないように配慮しつつもしっかりと記憶に残るレベルのダメージを与えているからでしょうか。

原作七実のように『忍法足軽』を使えれば痛みを感じさせずに攻撃を放つことができますが『痛くなければ覚えませぬ』という言葉もありますし、やはりある程度のダメージは必要でしょう。

痛みもなく、覚悟もなく習得できる程虚刀流は甘くありませんし。

 

 

「もう!こうなったら、みくのコロッケの中にお魚フライを混ぜた分も含めて、懲らしめてあげるから!!」

 

「好き嫌いはダメです!それに『(スィェーリチ)』は、ちゃんとミクでも食べられるようにしてありました!」

 

「確かに魚っぽい感じは少なかったけど‥‥それでも、嫌いなものは嫌いなの!!」

 

 

成程、それが追いかけっこの原因だったのですね。

確かに魚嫌いというのは、美味しい魚が容易に手に入る日本に住んでいるのに勿体無いと思ってしまいますが、あまり荒療治をし過ぎるのは余計に意固地にさせてしまうだけでしょうに。

 

 

「みくちゃん、惜しい!」

 

「あー姉!もっと早く逃げるですよ!!」

 

 

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、一喜一憂、刻苦精進

さて、我が弟子達は次の鍛錬の平和を掴み取ることができるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

妖精社を訪れるのが、随分と久しぶりと感じるのは、それだけこの場所が私達の憩いの場として定着しているのでしょうね。

 

 

乾杯(サルー)

 

 

とりあえず、今宵の飲み物に合わせてスペイン語で乾杯をします。

ブランデーグラスに注がれたポルフィディオ・アネホの深く熟成された琥珀色は、若者達がふざけ半分で飲んでいるものとは違う品の高さがありました。

アガベが100%使用されたプレミアムテキーラはショットグラスで味わうなんて勿体ないので、その豊かな香りもしっかり堪能します。

アメリカンオークの新樽で熟成させている為か、樽の香りは薄い感じですね。

しかし、だからといって味わいも薄いなんてことはないでしょうから、今から飲むのが楽しみです。

 

 

「乾杯、ってまた七実さんは突然変なことを」

 

 

突然のスペイン語で音頭をとったことに呆れたのか、ちひろが仕方ないとも言いたげな表情をしています。

入社当初で私が教育係を務めていた頃は『先輩、先輩』と可愛らしく付いて来ていたというのに、いつの間にかこんなぞんざいな扱いもできるようなったとは成長しましたね。

 

 

「確か瑞樹が前に言ってたような‥‥何語でしたっけ?」

 

「今日はテキーラですから、メキシコ語じゃないですか?」

 

 

そこの25歳児、何でも国名に語を付ければ良いなんて安直な答えではクイズ番組でおバカ枠に入れられますよ。もっとも、手遅れかもしれませんが。

 

 

「楓ちゃん、メキシコはスペイン語よ」

 

 

流石元女子アナ、こういった雑学には強いですね。

十時さんと一緒にクイズ番組で司会もしていますし、このメンバー内では乙女モードで少し暴走することもありますが、基本的な方向性は落ち着いた秀才系だと納得させられます。

ブランデーグラスの持ち方も4人の中では色っぽく様になっていて、年齢ランキング第2位は伊達ではないのでしょう。

 

 

「あら、何だかイラっときたわ」

 

「気のせいでしょう」

 

 

そんな失礼な考えを感じ取ったのか瑞樹は眉をひそめますが、私は関係ないふりをしてポルフィディオ・アネホを味わいます。

深い琥珀色に違わぬ芳醇で、コクがあり、スパイシーな風味の中にとろっとした果物のようなまろやかな甘みがあって実に美味な一品ですね。

世界的名優も虜になったというのも頷ける素晴らしさです。

これを馬鹿みたいに一気飲みなんてしたら失礼に当たるので、じっくり味わうように少しずつ飲んでいきましょう。

お酒が入ると口数が多くなる楓も、今はこのテキーラをじっくりと味わいたいのか一口飲んではブランデーグラスを揺らし、そこにできた波紋を眺めるというのを繰り返しています。

このメンバーであれば誰でも似合う仕草ではありますが、ミステリアスさを漂わせるオッドアイの楓がすると同性でも見蕩れてしまう映画のワンシーンみたいになりました。

中身はテキーラかサボテンを絡めた駄洒落を考えている25歳児だというのに、勘違いしてしまいそうになるのだから雰囲気というのは侮れません。

 

 

「お待たせしました。気まぐれタコスセットです」

 

 

このプレミアムテキーラにおつまみは不要かもしれませんが、私は元々健啖家で飲むと食べたくなるタイプなので必要なのです。

慣れた手つきで店員さんがトウモロコシと小麦のトルティーヤに小さめの牛のサイコロステーキ、細長くした焼き豚、牛タンの煮込み、チョリソー、インゲンの煮豆、刻み玉葱、コリアンダー、輪切りのキュウリ、焼いたハラペーニョ等の様々な具材、赤と緑の2種類のサルサ、ワカモレ、マヨネーズベース、ライムと各種ソースが次々に並べられていきました。

全て並び終え、グラスとおしぼりくらいしかなかったテーブルがタコスによって浸食されつくした光景は圧巻と言えるでしょう。

気まぐれという名の通り具材はその日によって変わるので、他にどんな具材が出てくるのかが気になってまた頼んでしまいそうですね。

妖精社の料理の味に不安要素は一片たりともありませんから、今からどんな組み合わせで食べようかと嬉しい悩みで頬が緩んでしまいそうです。

 

 

「随分と本格的ね」

 

「あっ、菜々はパクチー、要りませんよ」

 

 

そう言って菜々は、自分の前に置かれたコリアンダーが盛られた皿を瑞樹に押し付けました。

最近ではエスニック料理も日本文化に定着してきてはいますが、コリアンダーは確かに風味が独特で好き嫌いが明確に別れますね。

嫌いな人にとっては『まるでカメムシを食べさせられたみたいだ』と評する程のものだそうです。

 

 

「勿体無いわね。デトックス効果もあるらしいから、アンチエイジングにもなるのに」

 

「ウサミン星人とパクチーは不俱戴天の仇、仲良くなんてできません!」

 

 

胸の前で両手を交差させて大きなバツを作って拒否するあたり、相当嫌いなのでしょうね。

今後、菜々が泊まりに来ている間はエスニック系の料理は作らないようにするか、コリアンダーを控えるか全く使っていないものを作っておくかしておきましょう。

やはり作る側としては出した料理は全部美味しく食べてもらいたいですからね。

 

 

「コリアンダー、()()()()()めだ‥‥いまいちですね」

 

「なら、なんで言ったんですか」

 

 

楓は何とか駄洒落を捻り出そうとしているようですが、メキシコ語というおバカ発言でケチが付いたのかスランプ気味のようです。

まあ、そんな事はさて置きタコスですよ。タコス。

再度言うようですが、食べるまでもなく美味しいとわかる具材達がこれだけの並んでいるのは圧巻ですね。

前置きは捨て置いて、さっさと実食といきましょう。私の中に住まう腹の虫は、早く食べさせろと飢えた獣のような咆哮を今にもあげそうですから。

まずはトルティーヤの選択からですが、ここはトウモロコシの方を選びました。

小麦の方が癖が少なくて日本人の舌には合うのでしょうが、今の私の心はメキシコに吹く熱風(サンタナ)の如しですから、より本場に近い味を求めているのです。

まずはメインとなる肉系の具材ですがメキシコ風牛のサイコロステーキであるカルネ・アサダにしましょう。

そこに脇役として玉ねぎと焼きハラペーニョを添え、ここであえてサルサソースではなく軽くライムを絞ります。

無難にまとめてしまった感は否めませんが、最初から冒険する必要もないでしょう。

 

 

「いただきます」

 

 

私の血肉となる食材とそれに携わったすべての人々に感謝の意を示し、お淑やかなんて決め込まず豪快に齧り付きました。

陽気で自由奔放が売りであるラテン系なら、こうするに違いありませんから。

程良い硬さのトルティーヤを歯が食い破ると、包まれていた少し欲張って入れ過ぎた具材が零れ落ちてきます。

それらをゆっくりと咀嚼していくと香辛料を強めに利かせた牛肉の旨味、玉ねぎの甘味と苦味、焼きハラペーニョの辛味が混ざり、それをライムの酸味が引き締め、最後にトルティーヤが優しく受け止めてくれるという完璧な流れですね。

ラテン系の情熱的な性格を表しているような、味覚にがっつりと訴えかけてくる濃い味です。

選択次第では肉も野菜も好きなように取れますし、肉以外にも魚介類等を使ってもいいでしょうから軽食にはぴったりな一品でしょう。

 

 

「本格的なタコスは初めてですけど。癖になりそうな、美味しさですね」

 

「わかるわ、ちひろちゃん。こういう濃いものって、無性に食べたくなる時があるのよね」

 

「タコス‥‥タコス‥‥ダメですね」

 

 

他のメンバー達もそれぞれが好きな具材をトルティーヤに包み、タコスを堪能しています。

包んでいる具材にも個性があり、ちひろは肉と野菜のバランスがきっちり半々になっていますし、瑞樹はコリアンダーやインゲンの煮豆、ワカモレと野菜が多めで、楓はその真逆で9割5分が肉系で埋め尽くされていました。

 

 

「そういえば、昔ソンブレロを被ったおじさんがツーステップで行進するCMがありましたよね」

 

 

コリアンダーが入っているものを丁寧に選別して作り上げた特製タコスに舌鼓を打ちながら、菜々がそんなことを言い出します。

そういえば、前世もですが今世も小学生低学年くらいの時にそんなCMを見たような覚えがありますね。

 

 

「確かド○タコスでしたっけ?」

 

「そうです!そうです!『○ンタコスったらドン○コス』って、あのフレーズが頭に残ってるんですよね。

やっぱり、小さい頃に見たものって意外と忘れないみたいです」

 

 

この場には実年齢を知っているメンバーしかいないので問題ありませんが、撮影中に今の発言をしていたらウサミン星人の十八番『自爆芸』としてネットで盛り上がっていたでしょう。

本当にこのウサミンは、永遠の17歳とか言っている癖に素で爆弾を投下していきますから、結構ハラハラするんですよ。

最近は『逆に考えるんです。自爆しちゃってもいいさって』と開き直り気味ですが、そう言い切るのは撮影後に後悔しなくなってからにしてほしいですね。

 

 

「わかるわ!最近の番組とかは忘れ気味でも、昔にリアルタイムで追いかけてた番組とかってはっきり覚えてるのよね!」

 

 

確かにレンタルとかで1話から一気に観た作品よりも、毎週ワクワクしながら放送日を待ち望みながら観ていた作品の方が記憶に強く残っている気がします。

 

 

「今度、懐かし系の上映会でもしましょうか」

 

「良いわね。場所はいつも通り七実の部屋にしましょ♪」

 

 

まあ、このメンバーの中でそういった機器等の設備が整っているのは私の部屋ですから仕方ないでしょう。

確実にそのままの流れでお泊り会になるでしょうから、夕食の仕込みもしておかなければいけませんね。

この間生活費を徴収したばかりですし、折角ですから早苗も誘って少々豪勢にいきましょうか。

 

 

「じゃあ、ウサミン星からとっておきの一品を用意しておきますね」

 

「というわけで、ちひろと楓も何か観たいものとかあれば用意しておくように」

 

「はい」「はぁ~~い」

 

 

さて、こんな仲間内の楽しいひと時をとあるモンゴル出身の小説家の言葉を借りて述べるのなら。

『良き友は人生の支えであり、人生を生きゆく上の喜びである』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、約束通りに鍛錬として組手を行った際に、自身に2対1、攻撃は片手片足のみ等の縛りを課した上で行ったのですが、死に物狂いになった2人のコンビネーションに押されて1発袖を掠められてしまいました。

そこで『これなら少し制限(リミッター)を解除しても大丈夫でしょうか』と言って、土下座されることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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