チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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皆様、明けましておめでとうございます。
本年も拙作をよろしくお願いいたします。

年末投稿に間に合わなかった特別番外編です。

冒頭のみになってしまったり、一部キャラ崩壊とも取れる部分があったりしますので苦手な方はご注意を。
時系列的には、アニメ2期終了後です。


番外編14 if 笑ってはいけないアイドル24時

どうも、私を見ているであろう皆様。

年の瀬迫るこの時期、私達アイドルは多忙を極めます。

年末特番と新春特番の撮影に、イベントの調整、ライブ等々挙げれば限がありません。

前世でもこの時期のアイドル、特にブレイクして人気のある人達は色々な番組に引っ張りだこでしたが、今世であるアイマス世界においては更に輪をかけるように多忙の極限に到達していると断言できるでしょう。

業界最大数のアイドルを擁する我が346プロダクションでも、1人に集中してしまわないように仕事を上手く割り振って適材適所で活躍してもらっています。

そんなアイドルの中でも私を筆頭にした成人を越えたアイドル達は深夜帯での撮影にもなれており、自身でペース配分もできることから、未成年よりも多くの仕事が回されるのは当然の結果と言えるでしょう。

未成年組、その中でも私の半分も生きていない中学生以下のアイドル達は家族と過ごす時間も大切ですから、昼行燈に手を回してもらって休日を確保してもらいました。

昼行燈に借りを作るのは避けたい所なのですが、背に腹は代えられません。

 

まあ、そんなアイドル達の年末事情はさて置いて、本日はいつもの5人メンバーで年末特番の撮影です。

普段なら滅多に揃う事のできない5人での仕事を嬉しく思うところなのですが、今回ばかりは内容が内容なだけにあまり素直に喜ぶことができません。

目的地は美城本社なのですから、わざわざちょっと離れた公園に集める必要はなかったのではと思いますが、偉大なる元ネタに敬意を払った結果なのでしょう。

 

 

「まさか、私達が()()をやる事になるなんてね‥‥」

 

「菜々、早くも不安しかないんですが‥‥」

 

 

普段仕事についてあまり文句を付けることがない瑞樹と菜々も今回の仕事には、思うところがあるようです。

私も最初に企画について聞かされた時には大反対したのですが、ファン投票による346アイドルに挑戦してもらいたい企画のトップ3にランクインしたものを却下するのは無理でした。

英雄的な能力を持つチートな私でも、ファンの総意という民主主義的暴力には抗うことはできないようです。

 

 

「ふふっ、私は結構楽しみですよ?だって、面白そうじゃないですか♪」

 

「楓さんはメンタル強いですね‥‥もう、七実さんも何か言ってくださいよ」

 

 

撮影は既に始まっていますが、企画自体はまだ開始ではないので罰ゲームはありません。

ですが、この中で一番笑いの沸点が低い楓のメンタルがいつまで持つかが見物ですね。

ハイテンション1、ローテンション3という4人の様子を眺めていた私ですが、相方にその輪の中に入るようにと促されました。

やろうと思えば完璧なポーカーフェイスを維持できるのでそこまで不安はありませんが、それをやってしまうと番組的に美味しくないので使いません。

なので、私もローテンション組寄りかもしれませんね。

 

 

「与えられた仕事を全うする。それだけです」

 

「なんで軍人っぽくなってるんですか」

 

「そう言い聞かせないと、愚痴が零れそうですからね」

 

「やっぱり、バラエティ馴れしている七実さんでもキツそうですか?」

 

 

バラエティ馴れは、好きでしているわけではないのですけどね。

この身体能力は普通のアイドル番組よりも、体を張ることが多いバラエティの方が映えるので結果的にそうなってしまっただけです。

その所為か、最近は346を代表するバラドルである幸子ちゃんや方向性が行方不明な弟子2名と組んで仕事することが増えたので悪いことばかりではありません。

そんな数々のバラエティ番組を経験してきた私をしても、今回の企画は少々骨が折れるでしょう。

海外ロケ等で移動時間を含めれば撮影期間の長い企画は両手両足で足りないくらいにありましたが、この企画の恐ろしい部分はそこではありません。

一番恐ろしいのは撮影開始から終わりまで、ほぼ休憩時間なく撮影され続けるという所なのです。

完全に気が休まることなくアイドルとして振舞い続けるのは、思った以上に精神力を損耗していくでしょう。

120時間でも一切集中を切らすことなく仕事を続けることができる私であれば大丈夫でしょうが、他のメンバーはそうもいきません。

ここは余裕がある私がフォロー役として動く必要がありそうですね。

 

 

「当然です。辞退できるなら今からでもしたいですよ」

 

「‥‥それを聞いて、私は不安が加速しました」

 

「まあ、強く生きましょう」

 

「‥‥はい」

 

 

力ないちひろの返事は、死刑執行を言い渡された受刑者のような弱々しさでした。

この企画も元を辿れば罰ゲーム企画だったそうですから、受刑者というのは間違っていないかもしれませんね。

 

 

「でも、七実は良いわよね。ポーカーフェイス得意でしょ?」

 

「確かに、ずるいですよね」

 

「わ()()門には福来るそうですから、笑わないと♪」

 

 

私の感情抑制術について熟知しているメンバー達から集中砲火を受けましたが、これは想定済みです。

 

 

「罰ゲームは受けたくないですが、面白ければ普通に笑いますよ」

 

 

タイトル的には笑わないことは間違っていませんが、番組の趣旨としては間違っているのでそんな真似はしませんよ。

1人だけ一切笑わないメンバーがいたら視聴者は白けてしまいチャンネルを変えてしまうでしょう。

『砲兵は戦場の神』という言葉がありますが、それをテレビ番組に準えて使うなら『視聴率は番組の神』といったところでしょう。

それに逆らうような真似をしたら、どういう事が起こるか想像もしたくありません。

 

 

「でも、それって逆にハードル上がりません?」

 

「そうですか?」

 

「だって、我慢して笑われないのならともかく普通に笑われないのは辛いですよ」

 

 

確かにそう考えるとネタをやる側にプレッシャーがかかることになるかもしれませんが、仕事なのですからそれくらいの緊張感は必要でしょう。

それに、同情で笑うことほどやさしくて残酷なことはないでしょうから。

雑談を交えながら公園を歩いていると『ここで待て』という看板が目に入りました。

その近くには急ごしらえで用意されたと思われるそれぞれの名前が書かれている簡易更衣室があります。

手前からちひろ、楓、瑞樹、菜々、私という順番に並んでいますから、どうやら衣装ネタは私が落ち担当なのでしょう。

どのような衣装が来てもちゃんと着こなしてみせますが、あまりネタに走った衣装は勘弁してもらいたいですね。

 

 

「誰が来ると思いますか?」

 

「メンバー的に早苗ちゃんじゃないかしら?」

 

「いや、菜々は心ちゃんだと思いますよ」

 

「美優さんもあるんじゃないですか」

 

「大穴で、武内君とかあるんじゃないですか?元ネタも元プロデューサーでしたし」

 

 

寒空の下、無言で待っているのも何ですので進行役に選ばれた人の予想を始めました。

撮影は夜間帯まで延びるでしょうから未成年組が選ばれることはないでしょう。

私達5人を除いた346プロの成人したアイドルで、こういったバラエティ向きなアイドルと言えば早苗か心ですね。

しかし、この企画にあの昼行燈が関わっているのだとしたら、そんな王道から外れた奇策を取ってくる可能性もあります。

ここで土生部長とかが現れたら今日一日中笑い続けることは確定でしょう。

 

 

「お~~い、お前らぁ~~」

 

 

雑談をしながら待つこと数分、ようやく進行役の人間が現れました。

そして、その予想外の人物と格好に私達5人は同じタイミングで吹き出します。

 

 

「み、美波ちゃん!」

 

 

そう今回の進行役はシンデレラ・ガールズのリーダーである美波でした。

しかも、格好もラブライカ仕様で美城本社が今回の企画にどれだけ本気なのかを嫌でも教えられます。

あの専務だったら笑いよりも王道アイドル路線を狙ってくるのではと推測していたのですが、見事に裏切られましたね。

これは本当に気を引き締めてかからないといけないかもしれません。

 

 

「アレ、絶対寒いわよね」

 

「ですね」

 

「そっか‥‥美波ちゃんはこの前成人したから、引き込まれちゃったんですね」

 

 

まだツボって笑っている楓を除いた3人は落ち着いて三者三様の意見を述べます。

確かにピュアホワイトメモリーズは首元や脚は温かいかもしれませんが、背中は大胆に開放されているので12月の朝の空気は堪えるでしょう。

ここは巻きで進めて一刻も早く暖房の利いたバスの中へ移動せねばなりません。

 

 

「お前ら、おはよう!」

 

 

寒さと羞恥とやけくそが混じった赤ら顔で美波は挨拶してきました。

恐らく脚本側から口調を指定されたのでしょうが、こうして年下の後輩からこういう風に話しかけられることなんて今世においては一切なかったので新鮮ですね。

プロのアイドルとしてしっかりと笑顔を浮かべていますが、よく見ると口元がひくひくしていたり、シバリング以外の震えも出ていたりします。

運動部の縦社会を経験している人間程、こういった目上の人間にため口を使うのがぎこちなくなりますよね。

番組側もそのギャップで笑いを誘おうとして送り込んできたのでしょう。

その思惑通り、私達5人とも噴き出してしまったので効果的であると証明してしまいました。

どうやら、ネタを考える側に武内Pやシンデレラ・プロジェクト、クローネ、美城芸能部門が関わっているという話は本当のようですね。

 

 

「美波ちゃん、その恰好は」

 

「見てわからんの?どう見ても、お前ら新人アイドルを導くプロデューサーじゃろう」

 

 

唐突な広島弁は、私達の腹筋に致命的(クリティカル)でした。

何処の世界にアイドルの衣装に身を包むプロデューサーがいるというのでしょうか、もし居たとしてもそれはもうプロデューサーではなくただの変態です。

笑いが収まっていないのに追撃を受けた楓は息をするのも難しいようで、地面に膝をついて苦しさと笑いによる涙を眦に浮かべていました。

挨拶代わりのジャブ程度でここまで笑っていたら、この先どうなってしまうのでしょう。

分厚い暗雲が広がっていそうな楓の未来に憐れみを覚えながら、今一度気を引き締め直します。

 

 

「あははは!ひ、広島弁!」

 

「ふふっ、何で本場の人なのに似非っぽいのよ」

 

「こ、これ、卑怯でしょう。絶対、菜々達のこと笑い死にさせる気ですよ」

 

「なんじゃ?うちは、いつもこんなんじゃったろ?

まあええ、なんじゃその衣装は‥‥只でさえ目立たんのに、そんな服着とったらさえんまんまじゃろ」

 

 

これは美波に広島弁キャラが追加されて、中国地方撮影や友紀を交えた野球解説系の仕事が増えるかもしれません。

言葉遣いというものは良くも悪くも個性を色濃く表しますから、方言なんてものはその最たる例でしょう。

あまり多用していると元の個性を食われてしまう可能性のある諸刃の剣ですが、今回のようなバラエティ企画のみでの開放は良いスパイスになってくれるでしょうね。

 

 

「そこの着替えボックスに用意しといた衣装があるけえ、早う着替ええや」

 

「「「「「はぁ~~い」」」」」

 

 

あまり美波を外で待たせ過ぎて風邪をひかせてはいけませんので、私達は足早に簡易更衣室に入ります。

簡易更衣室の中は姿見や脱いだ私服を掛ける為のハンガーや寒くならないようにハロゲンヒーターが置かれている等、意外と設備が整っていました。

番組側もあまりふざけ過ぎてアイドルに何かあったら、次回以降のオファーを断るでしょうからその辺のさじ加減はよく理解しているのでしょう。

『渡 七実様』と書かれた段ボールを開けて中に入っている衣装を確認します。

 

 

「そうきたかぁ~」

 

 

今日1日中着て過ごさねばならない衣装を見て、思わずそんな言葉が漏れました。

漆黒の左翼、純白の右翼を兼ね備えた咎に堕ちたる天使が纏う紫紺の装束、大輪に咲き誇る薔薇の髪飾りと咲ききっていない薔薇を頭部にあしらった金の錫杖、つまりは蘭子の『光ト闇ヲ繋グ薔薇(リヒト・ローゼ・シュバルツェ)』ですよ。

わざわざ私の体型に合わせて作ったみたいで、着心地も抜群でした。

こんな事に無駄に力を入れるのはバラエティ番組らしいと言えばらしいのですが、これ肩とか丸出しなので私の筋肉が目立ってしまうのが嫌ですね。

これが放送されたら某掲示板サイトにおいて『堕天使(Lv100)』とか『堕天使(物理特化)』等といった書き込みをされるのでしょう。

しかし、こうして私がRosenburg Engelで美波がラブライカということは、今回の衣装はシンデレラ・プロジェクトの初期ユニット縛りという事でしょうね。

誰になるかわかりませんが、6ユニット中最も露出度の高い凸レーションに当たった人はきつい事になりそうです。

 

 

『へそ出しはやめてくださいって言ってたのにぃ~~』

 

 

隣の更衣室からそんな力ない菜々の呟きが聞こえてきました。

シンデレラ・プロジェクトのユニットの中でへそ出し衣装なのは凸レーションかアスタリスクなので、そのどちらかが当たってしまったのでしょう。

可能性的にはシンデレラの舞踏会で同じユニットとして活動したアスタリスクが高いですが、ここであえて外してくるというのもあり得ますから実際に確認するまでわかりません。

まあ、悩んでいても仕方ないので姿見で衣装の最終確認を済ませておきます。

蘭子が着ると堕天使厨二可愛い感じになるのに、私が着るとRPGの痛々しい格好の敵幹部みたいな感じになってしまうのは何故でしょうか。

理由として一番大きいのは、若々しさがないので痛々しさがより強調されることだと思います。

 

 

『お前ら準備はええか?じゃあ、千川から出てき』

 

『はい!』

 

 

どうやら、着替えの時間は終わりのようですね。

この姿を撮影されて全国のお茶の間に届けてしまう事に抵抗を覚えない訳ではありませんが、ここまで来てしまったら逃げるという選択肢なんてとることはできません。

いっそのこと、開き直ってやりましょう。

 

 

『おお、千川はニュージェネレーションズか』

 

『はい♪一度着てみたかったので、夢が叶っちゃいました♪』

 

『そうか、良かったのう』

 

 

どうやら、ちひろはエボリューション&レボリューションを割り当てられたようですね。

あの衣装はアイドル系の王道ともいえるデザインであり、露出量も控えめで童顔なちひろであれば問題なく着こなせるでしょう。

 

 

『次、高垣』

 

『はぁ~~い♪』

 

『キャンディアイランドのか、やっぱりかわええの』

 

楓の衣装はSweet*2 Happyでしたか、楓と言えばクール系のドレスタイプや浴衣等の色気があるものをイメージされがちですが、モデル畑出身という事だけあって可愛い系の衣装も似合います。

それどころかお茶目な一面をより可愛らしく引き出すという追加効果付きというのだから、世の中の不公平さに嘆きたくなる人の気持ちがよくわかりますよ。

しかし、この流れで気が付きましたが、これって安パイから崩されていませんか。

他のユニットの衣装を貶しているわけではないのですが、この光ト闇ヲ繋グ薔薇(リヒト・ローゼ・シュバルツェ)を含めてアラサーのアイドルが着るには少々勇気のいるものです。

 

 

『お姉さんにもあま~~い言葉が欲()()()()思うんだけどなぁ』

 

『はいはい、じゃあ川島』

 

 

楓の駄洒落をこうも華麗にスルーしていくとは、飲みで絡まれるようになって美波も成長しましたね。最初の頃はどう反応したらいいか分からず困惑していて、楓に『かわいい』と抱きしめられていたというのに。

あの初々しい感じの美波は、もう見ることはできないのでしょうね。

 

 

『はぁ~~い♡瑞樹、行きますにぃ♪』

 

 

この一言で瑞樹に割り当てられた衣装がわかりました。

本当に瑞樹はノリがいいと言いますか、こうやって若さアピールをするのが好きですよね。

鮮やかなカラーリングをしているポップ&パーティーは着る人間を選ぶでしょうが、そんな難しい衣装でも瑞樹なら問題なく着こなしてみせるでしょう。

 

 

『寒うないか、それ?』

 

『御洒落は我慢よ。そ・れ・に♪瑞樹はまだまだ若いんだも~~ん♪』

 

『そうか、じゃあ次の安部』

 

 

次はオーバー・ザ・カラーを着ているであろう菜々の番なのですが、なかなか出てくる様子がありません。

アスタリスクwithなつななを結成した際も、二の腕とお腹を大胆に露出することを避けて断った報いが今来ているのですからさっさと覚悟を決めて欲しいものです。

 

 

『うぅ‥‥ホントにでなきゃ、ダメですか?』

 

『いいから、はよ出んさい!』

 

『‥‥はぁ~~い』

 

 

年下である美波に一喝されて更衣室の中にとどまっていた菜々の気配が動き出しました。

他の年末特番で楓、早苗、心、美優との5人で以前私と瑞樹が旅番組で紹介した湯雲庵を満喫する際に油断してしまったのは自業自得です。

料理が美味し過ぎても食べ過ぎない方が良いですよと、ちゃんと忠告しておいたのに欲に負けてしまったのですから。

 

 

『なんじゃ、似おーとるぞ』

 

『そ、そうですか?って、カメラさん!お腹を映そうとするのはNGですからね!!』

 

『なら、モザイクでもかけちゃろうか?』

 

 

露出多めの衣装でお腹にモザイクを掛けられるアイドル。

もうそれはアイドルというよりも、お笑い芸人の領域に片足どころか両肩まで沈み込んでいるレベルの光景でしょうね。

その光景を想像したのか、ちひろ達の笑い声が聞こえてきます。

 

 

『それの方が酷いですよ!!』

 

『冗談じゃ、最後は渡』

 

 

さて、とうとう私の番が来てしまいましたが、折角トリを任されたのですから何かしら爪痕を残していくようなことをしなければならないでしょう。

でなければ、菜々に美味しい所を持っていかれて終わるという何とも釈然としないものになるでしょうから。

 

 

「ンナーッハッハッハッ!刮目せよ、これぞ堕ちた天使たる我が力の解放ぞ!」

 

 

左手に持った薔薇の錫杖で幕を打ち上げ、指を開いた右手で顔の大部分を隠しながらゆっくりと更衣室から出ます。

衣装は想像できていても、私がここまで開き直って厨二を爆発させるとは思わなかったのでしょう。

美波を含めた他のメンバー達は一瞬呆気に取られていました。

 

 

「‥‥え、えと、その‥‥強そうじゃの」

 

「フッ、当然のこと」

 

 

蘭子を意識して一言一言で大仰なポーズを取りながら答えると、スタッフを含めたほぼ全員が吹き出します。

このチートボディを使って表現される格好良さを追求しつつ人間の肉体美を存分にアピールするキレのあるポージングは、この格好ですると破壊力を増すでしょう。

某掲示板であれば『ジョ○ョ立ち』とか言われるに違いありません。

 

 

「ちょ、ちょっと‥‥ふふっ、な、七実!そ、それ、やめなさい!」

 

「何故、我が解放を止めるか!」

 

 

錫杖が身体に当たらないようにしながら両腕を頭の後ろで交差させて胸筋や腹筋をアピールしつつ、右膝関節を軽く曲げたポージングをすると再び周囲が笑いの渦に包まれます。

まだ企画が始まっていないので罰ゲームはありませんが、これはかなりの武器になりそうですね。

常に使い続けていれば慣れてしまうでしょうが、ここで一度やめておいてここぞという時に使いましょう。

 

 

「七実さん、やめましょう!」

 

「仕方ありませんね」

 

「もしかして、そのキャラでずっと行くつもりだったんですか?」

 

「左様」

 

「ふくっ‥‥だ、だからぁ!」

 

 

成程、こういう風に織り交ぜるというのもありですね。不意を突かれる分防御無視でダメージを与えられるでしょう。

その威力についてはお腹を押さえたまま座り込んでしまった楓と菜々の両名が証明してくれました。

受けてくれるのは嬉しいのですが、一応現在進行形で撮影されているのですからあまり素のリアクションを出し過ぎるのは気をつけた方が良いですよ。

これ以上連発させると相方の頭に角が生えてしまいそうなので、一旦封印しておきましょう。

 

 

「ま、まあ、ええ‥‥じゃあ、一応ルールを説明するけえ、ちゃんと聞きや」

 

 

一、新人アイドルとなり24時間346プロダクションで研修生活。

一、24時間、絶対に笑ってはいけない。

一、笑ってしまったらおしおき。

 

事前説明されていたので知ってはいましたが、アイドル用としてマイルドな調整は一切なく本家へのリスペクトとしてそのままルールで臨むそうです。

アイドルに芸人紛いなことをさせてファンが何も言わないのかと前世のアイドルファンなら思う所でしょうが、この世界ではアイドルという大きなくくりの中に芸人要素も含まれているので問題ないようです。

流石はアイマス世界というべきか、アイドルもそのファンも訓練されすぎでしょう。

まあ、そんな世界でなければ私がアイドルデビューすることもなかったと思いますけど。

 

 

「‥‥テレビで見ている分には楽しそうだったけど、これは大変そうね」

 

「ホントですよ。これ衣装によって防御力に差がありますもん」

 

「菜々さん、文句言っても今更ですよ」

 

「ふふっ‥‥お腹痛い‥‥」

 

「ほら、バスが来るところまで案内するけえ、ついて来いや」

 

 

どうやら、今日は広島弁縛りのままで番組に望むらしい美波に連れられて移動します。

12月の冷たい風が露出している肌を撫でていきますが、私はチートボディの筋量にものを言わせて熱産生に励んでいますから寒く感じることはありません。

 

 

「あっ、七実さん凄いあったかい!」

 

 

お腹を隠しながら隣を歩いていた菜々が、私が産生している熱を感じ取り抱きついてきました。

菜々用の新作と思われるラインのカラーがピンクになっているオーバー・ザ・カラーは、基本的なデザインはみくと同系統ですが頭の飾りや尻尾もネコではなくウサギになっている等細かなこだわりが見られます。

今日これを着たことで、今後のライブではアスタリスクwithなつななは全員がオーバー・ザ・カラーで統一してステージに立つことになるでしょうね。

みくが『李衣菜ちゃんは夏樹ちゃんと同じ衣装なのに、菜々さんはみくと同じ衣装を着てくれない』と言っていましたから、夢が叶って良かったです。

菜々がお泊りに来ている間に様々なサイズを測定しておいて、衣装班に回しておいた甲斐がありました。

 

 

「嘘、菜々ちゃんホント!?」

 

「ホントですって!瑞樹も抱きついてみたらわかりますって!」

 

「オッケー、失礼するわよ」

 

 

私の返答を待たず、瑞樹も私に抱きついてきます。

先程は御洒落は我慢だの瑞樹はまだまだ若いと言っていましたが、やはりこの寒気がやってきた12月の風は精神論ではどうにもならないくらい堪えるようですね。

 

 

「あっ、ホントね。あったかいわ」

 

「七実さんの前世はきっと湯たんぽだったんですね」

 

「違います」

 

 

平平凡凡という言葉が良く似合う、その辺を探せばどこにでもいるようなオタク気質なつまらない人間でしたよ。

今の私を知る人間が聞けば、冗談だと信じられることはないでしょうけどね。

それはさておき、何度も言うようですがこの様子も撮影されているのですから誤解を招いてしまう行動は控えた方がいいと思います。

私達はアラサーアイドルで未婚、普段から一緒に飲んでいてお泊りもしているという事でその関係を邪推する人間も少なくはありません。

某掲示板サイトにおいては、そういったアイドル同士のカップリング談義に花を咲かせる場所もあるようです。

そう言ったことを考えて、内々で語る分については文句を付けるつもりはありませんが、それを現実に持ち込もうとするのはやめて欲しいものですね。

この業界には百合営業なるものもあるようですが、346プロはそれをあえて推し進めるようなことはありません。

そんなことしなくても私達やみくとアーニャのように勝手に周囲が盛り上がってくれますし、そういった感情の関わるようなものは強要するものではありませんから。

 

 

「おっ、丁度じゃな。あれが346プロダクション通勤用バス『SH(シュガーハート)号』じゃ」

 

 

公園に入ってきた心のてへぺろ顔がドアップで描かれた破壊力抜群のバスに、すっかり油断していた私達はまたもや吹き出してしまいました。

いや、美城専務じゃなくアイドルを使用している分だけ温情があると考えるべきでしょう。

それをやられていたら、かなりの間引きずっていたに違いありませんから。

まあ、美城に勤める人間しかわからないような内輪ネタをやっても一般視聴者には通じないでしょうし、あの専務が自身をネタにすることを許可するはずがありません。

例え、最近は丸くなってきたとはいっても許容範囲を振り切るレベルでしょう。

しかし、私の視力に何かしらの異常がなければあのバスを運転していたのは土生部長だったように見えたのですが、気のせいだと思いたいです。

 

 

「し、心ちゃんだ」

 

「あの娘も身体張るわね」

 

「心さんがこんなことするなんて‥‥()()じられなくて、はぁ()()()しました」

 

「お前ら、このSH号はな‥‥シュガシュガでスウィートな超アイドルが描かれた由緒正しいバスなんじゃけえの」

 

「いやいや、シュガシュガでスウィートってこの超アイドルさん。先日うちに泊まった時に酔鯨の瓶を抱いて『やっぱり、日本酒は辛口が一番でしょ。そうだろ☆』って言ってましたし」

 

 

そんな日常での一幕を暴露すると、その様子を見ていない美波がツボったようで笑い始めました。

プライベートを暴露するのはあまりよろしくないでしょうが、菜々と一緒に『しゅがしゅが☆み~ん』なる自爆芸と強要芸を売りにしたユニットを組んでいますから大丈夫でしょう。

本人達に言わせたら違うと否定されてしまうかもしれませんが、傍から見ているとそうとしか捉えようがありません。

 

 

「美波、大丈夫ですか?」

 

「ちょ‥‥ちょっと、待っててください」

 

「よかろう。我は暫し倦怠の海に沈もうぞ」

 

 

美波を心配する振りをして追撃を仕掛けておきます。

予想外の追撃に美波の笑いは更に加速して、復帰までにはもう少しかかるでしょう。

このバスに乗ってしまうと企画が開始されて笑うことが許されなくなってしまうので、少しくらい時間稼ぎを兼ねた笑い納めをしておかなければなりません。

 

 

「もう、七実さん!駄目じゃないですか!」

 

「ちひろも今のうちに覚悟を決めた方が良いですよ。アレに乗ったら地獄の釜の蓋が開くんですから」

 

「それは‥‥そうですけど‥‥」

 

「今は悪魔が微笑む時間ですよ。平穏な時間は誰かから奪い取るしかないんです」

 

 

私流の論理武装によってちひろを言いくるめて、これ以上の追及を有耶無耶にします。

しかし、その代償としてバスに乗れないのでこの寒空の下でまだ待機しなければなりません。

私にしがみついて暖をとっている瑞樹、菜々、そして何故か楓には悪いことをしてしまいましたね。ちょっとした悪戯心だったのですが、高くついてしまいました。

 

 

「はぁっ‥‥はぁっ、じゃあ、1人ずつ乗っていってください」

 

 

ようやく復活した広島弁を忘れた美波に促されてバスの入口へと移動します。

笑い過ぎたことによって上気した顔と潤んだ瞳は、本当に年下なのかと思いたくなるくらいの色気に溢れていました。

特にピュアホワイトメモリーズは純白を基調とした衣装ですから、その穢れなきイメージと赤くなった美波の色気の二律背反な対比が若い男性ファンには堪らないでしょうね。

 

 

「もう一度言いますけど、このバスに乗った瞬間から笑ってはいけませんからね!」

 

「「「「「はぁ~~い」」」」」

 

 

さてさて、こんな罰ゲームのような耐久企画なんて心底やりたくないのですが、頑張らなければなりません。

どんな職業でも楽なことはありませんが、人々の願いの総意である偶像(アイドル)をしていくのも本当に楽ではありませんね。

カメラマンの気配を探って、顔が映らないようにしてマイクに拾われない程度の小ささで溜息をついてからバスのステップに足を掛けました。

 

それでは、平和とは程遠い『笑ってはいけないアイドル24時』開幕です。

 

 

 

 

 

 

この後、346プロのアイドルや本社の人間達が総協力し、あまつさえ765・961・876・315といった他の事務所を巻き込んだネタの数々に私達の腹筋が崩壊することになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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